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マスター:スタジオI
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/11


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 天、魔、人。
 三つの世界の争いが悲劇的な結末を迎えてより、数世紀が経った。
 戦いの終点に起きた大崩壊により、人類は築き上げてきた文明の大半を喪い、中世同然の暮らしに戻っていた。
 法も秩序も消え失せ、力のみが人の価値となった世界。
 廃虚と化した街には野盗が蔓延り、それに殺された罪なき民の遺体が当たり前のように転がっていた。
 もはや、撃退士もV兵器もない。
 救世主の存在しない、絶望の時代。
 その暗闇の世界を、やはり力で収めた者がいた。
 ジェスタ王。
 古来より光纏の力を操る、ジェスタ宗家の当主。
 その眷属である十の貴族家とともに“光纏の拳“と呼ばれる拳法を操り、その力でこの国に新たな秩序を築きあげた。
 だがその政は荒廃の世界に一定の秩序をもたらしたが力を元にしたものであり、人々にかつてのような文明と平穏をもたらすものではなかった。

 それから三十年。
 無敵と思われていたジェスタ王も老いた。
 病に倒れた王はこの半年、人前に姿を見せず、いかな国難が起ころうと何の発令も出していない。
 圧倒的だった力のタガが揺るんだ事により、野には再び野盗が溢れ人々を苦しめ始める。
 それを鎮圧しようと十の貴族家が立ちあがったが、今度の野盗たちは光纏の拳の前にも簡単に屈しなかった。
 なぜなら野盗の中にも、光纏の拳を操るものが現れたからだ。
 彼らは自らこそが“王の落とし種である”と宣言した。
 王には妃との間に子はいない。
 だが、市井の女との間に子を儲け、秘拳の一部を伝授していたのだという。
 彼らの操る光纏の拳は、王家の拳の片鱗が見えるものであり、実際に貴族の拳を退けた。
 “王の落とし種”たちは王の住まう“王の搭”の頂に登り、病身の王から王権を授受しようとしている。
 だが、それを果たすには、王の搭各階を守る貴族たちを倒さねばならないのだ。


 力ある者たちが鎬を削る間、力なき市井の者たちの間を一つの噂が駆け巡っていた。
 “暗殺者”の噂
 病に倒れたと思われていたジェスタ王の胸に、深い拳の痕が残されていたことを、かつての主治医が告白したのだ。
 最強と謳われた王家の拳とは異なり、なおかつそれを凌駕する謎の拳法の使い手、それがこの国のどこかに潜んでいるのではないか?
 あるいは、その者こそが新たな支配者となるのではないか?
 噂は、人々に希望と恐怖を与えた。

 法と文明が崩壊し、食料すらも貴重なこの時代。
 光纏の拳を操るキミは、この絶望の時代に希望をもたらせるのか?


リプレイ本文


 光纏歴三十年三月、王の搭。
 建国後、最初に建てられたこの搭の前に一台の馬車が停まった。
「カイ、体調はどう?」
「心配かけてすまないねフミカ、とても調子がいいよ」
 馬車から降りてくる、一組の男女。
 衆目を浴びそうな黒髪の美少女、川澄文歌(jb7507)と、どこか儚げな容貌の貴公子、水無瀬 快晴(jb0745)である。
「さあ行こう、王が待っている」
「お父様……」
 文歌は王の実子である。
 暗殺を避けるため、これまで存在を隠され十貴族中の名門である水無瀬侯爵家で育てられてきた。
 二人が搭の入り口へと足を踏み出した時、入り口から銀髪の少女が飛び出してきた。
「水無瀬侯爵、お待ちを!」
「これはレフニー准男爵、久しぶりだね」
 笑顔をRehni Nam(ja5283)に向ける水無瀬。
「知り合いなの?」
 文歌が問いかけると、答えは本人から返ってきた。
「私の名はレフニー・ナム だが人は“いつもニコニコあなたの隣に這い寄る白猫にゃふーらとうにゃっふ”と呼ぶ!」
 びしっとキメ顔のレフニー。
「呼ぶの?」
 不思議そうな文歌。
「呼ばない」
 笑顔で首を横に振る水無瀬。
「呼んで下さい――と! そんな場合ではありません! 水無瀬侯爵、一体何の御用で? 貴方は病気療養で搭守護の任を解かれているはずですが?」
 水無瀬はこれまで穏やかだった目に、真摯な光を湛えた
「謁見に来たのだ、彼女を王に遭わせるために」
 文歌が、不安の混じった顔で名乗る。
「私は文歌、王と妃の実の娘なのです」
 値踏みでもするかのように文歌をジロジロ眺めるレフニー。
「ほう、王の実子とあらばジェスタ王拳が使えるはずですが」
 文歌は穏やかに首を横に振った。
「私には拳の才が受けつがれなかったのです、しかし」
 言葉を遮るかのように、文歌にレフニーが襲い掛かった。
 文歌をかばって、水無瀬が繰り出されたレフニーの拳をはじく。
「何をする!?」
「力なきものは王の子に非ず! 下賤の子にそれを僭称させた水無瀬侯爵に大逆の疑いあり! 排除せよとの月詠公爵からのご命令です!」
「月詠公爵は王の子に過敏すぎる! 数多の偽物おれど、この文歌は本物だ!」
 説得など聞かず、拳を水無瀬の脳天に振り下ろすレフニー。
「我が流派・深殻闘の前に倒れ伏せ!」
 「ちぃ!」
 瞬間、水無瀬は両脚を空に跳ね上げた。
 いわゆる零戦蹴りでレフニーの腹を穿つ。
「うごっ」
 レフニーの体が、大きく上空に跳んでゆき、視界から消えた。
「我が龍闇足蹴拳に、一欠片の翳りなし!」
 勝利宣言する水無瀬。 
 瞬間、文歌が鋭く視線を送った。
 それを受け止める水無瀬。
 次の瞬間、水無瀬の脳天をレフニーの踵が穿った!
 鈍い音がし、水無瀬の体がゆっくりと前庭に倒れ伏す。

 深殻闘流・斧鎚世(みかくとうりゅう・ぷっちょ)
 本来は敵に力を込めて拳を振り下ろしつつその反動で前宙し、空中で踵落しをする技である。 拳と踵、どちらが斧で鎚かは不明。

 倒れた水無瀬を足元に、前髪をかきあげるレフニー。
「病みに飲まれぬそのキレは見事、だが侯爵が病魔と闘っている間、私は数々の強敵と戦ってきたのです」
 残された文歌を連行しようとレフニーが、近づく。
「来て貰いましょう、貴方と水無瀬家には大逆の罪を問わねばならない」
 その瞬間、倒れていた水無瀬が突如、レフニーの右足を掴んだ。
「え?」
 両腕で右足をクラッチ。
 光纏の光に溢れさせつつ、全身を激しく捻る。
 水無瀬は光の渦巻きと化した!
「龍闇足蹴拳奥義! 龍天回!」
 光の渦巻きに飲み込まれるレフニー。
 膝が逆方向に曲がっている。
「そんな、斧鎚世が完全に入ったのに……」
 激痛に気を失うレフニー。
「フミカが教えてくれたんだ、一瞬先の未来を」
 王の拳才を受け継がなかった文歌だが代わりに、ごく近い未来を見る才がある
「お蔭で、俺は急所を外す事が出来た。 深殻闘流恐るべし。 あのまま突かれていたら……」

「行こうフミカ、正直、時間がない」
 搭に向かう二人。
 その背後に、聞き覚えのない女の声がした。
「王の娘は拳才を持たぬようじゃのう。 ならば抹殺すべきは金眼と銀髪か」
「何者だ?」
 辺りを見回すが、人の影も、気配もない。
 水無瀬の顔に恐怖に似た緊張が走った。
(まさか晩鐘真螺拳か? 自身の気配を宇宙全体に散らし隠すという暗殺拳!)
 その瞬間、水無瀬の背中をアウルの矢が貫き、左胸にまで抜けた。
「ぐあっ!」
「カイ!」
 文歌が悲鳴に似た叫びをあげる。
 その矢を放った黒髪の女――エイネ アクライア (jb6014)は己の左掌をじっと見ている。

「手ごたえが浅い――まさか」
 水無瀬に駆け寄る文歌を見やるエイネ。
(この娘、未来が見えると言っていた、攻撃の瞬間には気配を現さねばならぬ拙者には天敵という事か)
 水無瀬の背中にアウルの鎧が貼られている。
 おそらくは文歌が、とっさに張ったのだろう。
(マステリオ家に受けた依頼はあくまで“光纏の拳士の抹殺”――だが、やむをえぬ)
 エイネが左掌に宇宙の気を集め、再び螺旋の矢として放たんとしたその時だった。
 どこかから飛んできた真空の刃が、エイネの手首を裂いた。
「なに!?」
 見れば、レフニーが折れた左膝をかばいつつも、上体を起こしている。
 その右掌は手刀の形に残心していた。
「深殻闘流奥義・殺万魔(さつまんま)! ふふっ、その深手ではもう戦えませんね!」
 痛みに脂汗を流しながら勝ち誇るレフニー。
 左膝が折れてもう戦える体ではない上、距離が離れているのでエイネに油断が生じていたのだ。
「遠当ての技とは――! 本日はその命、預ける!」
 血の溢れる手首を抑えながらエイネは気を拡散させ、そのまま姿を消した。

「カイ!」
 金眼を虚ろに開けている水無瀬にすがりよる文歌。
「すまないフミカ……残念だ……」
 アウルの鎧で即死は避けたものの、病に衰弱した体を貫かれては死を免れる事は出来なかった。
 文歌は幼い頃、水無瀬侯爵家に預けられる時、水無瀬家の者とは恋仲にならぬよう王に厳命されていた。
 王の実娘と大貴族が結びついては貴族間のパワーバランスが崩れ、新たな戦乱を招きかねないからだ。
 だが、二人は恋に落ちた。
 水無瀬は家名を捨て、市井の者になる事も考えたが、それも出来ない。
 この身分差社会で、王の娘と市井の者が結婚する事などとうてい許されぬ事なのだ。
 最後の手段として、王に謁見し自由な婚姻が出来る制度を作るよう願いに来たのだが、王の搭に入る事すら適わなかった。
「カイ……」
 力を失っていく水無瀬の掌を握りしめ、文歌が涙を流したその時だった。
「何が起こった? お前たちは貴族のようだが」
 背後に、細身の、だが鍛え上げられた肉体を持つ黒髪の少年が立っていた。

「俺は龍成道の男、雪ノ下・正太郎」
 龍成道は気を操り、打投絞極寝とあらゆる技を繰り出す総合武術。
 十二の獣の名を冠する光纏の拳の一派である。 
 雪ノ下・正太郎(ja0343)はその伝承者だった。
「お前たちは何故、闘った? そこに義はあったのか?」
 文歌は雪ノ下に身分と目的を明かした。
 死にゆく恋人の生き様を、強き意志を瞳に宿した少年に伝えるために。
「なるほど、その男も義に生きたのだな。 ならば」
 雪ノ下は、水無瀬の前に屈むと、全身のアウルを針と化した。
 それを鍼灸針とし、水無瀬の体内の経絡各所に打ち込む。
 やがて意識を失っていた水無瀬が目を開いた。
「これは?」
「かつて涯呀(ガイア)という男から教わった麒麟衝という技だ、この先、針の入れ方によってお前には二つの道がある」
「道?」
「一つは残った生命力をアウルに換え、闘う力を取り戻す道。 生きられる時間は長くはないが王に会う事も出来よう。 もう一つは光纏の力を生命力に換える道。 病を癒す事は出来るが生涯、拳を振う事は出来なくなる。 どうする? 拳に死すか? 愛に生きるか?」
 水無瀬と文歌は、視線を重ね合せた。
 
 雪ノ下は水瀬侯爵家の馬車を見送った。
 「王女ゆえにこの世で結ばれる事はなくとも、愛する者と共に生きたいのです」
 二人はそんな悲愴な決意を語った。
「その心配はない――お前は王女ですらないのだから」
 聳える石塔を見上げ、雪ノ下は断言する。
「この搭に王はいない、真の王はこの俺なのだ」


 翌日、王国の山中深くにあるマステリオ邸の玄関。
「涯呀さん、ありがとうございました」
 家主であるエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、金貸しである涯呀に金貨を渡した。
 先日借りた金、をそっくりそのまま返したのだ。
「おや、少し多いようですが?」
「払わなくても良い報酬が発生したもので、まあ今後、急ぎの時に御用立ていただければと思い色を付けさせていただきました」
 エイルズは暗殺者エイラに、光纏の拳士の殺害を依頼していた。
 水無瀬侯爵からは拳を奪ったので実質成功と言って良いが、レフニー准男爵はやり損ねたとのことなのでエイラがその分の報酬受取を辞退してきたのだ。
「ではありがたく。 今日はこれで失礼いたします」
 人の良い笑顔を浮かべ立ち去ろうとする涯呀に、エイルズは以前から抱いていた疑問をぶつけた。
「涯呀さん、あなたは仁良井 叶伊という方をご存じですか?」
「ニライ……? さあ、聞いた事がありません、お役に立てず申し訳ない」
 涯呀は笑顔を崩さぬまま去っていく。
 仁良井 叶伊(ja0618)――幻の暗殺拳を身に着けんがため、名を捨てた男。
 父から聞いた、その男の風貌に涯呀は似ているような気がしたのだが――。
「僕の方こそおかしな事を聞いてすみません、ではまたいずれ」

 その日、雪ノ下は王の搭へと侵入した。
 一階を守護していたレフニー准男爵は、負傷療養中なのか姿を見せなかった。
 二階から九階を守護していた貴族たちはその爵位に相応しいとは思えぬ腑抜けばかりだった。
「偽りの王が選んだ貴族ならばこんなものか」
 十階の扉を開けた時、異次元の光景が眼前に展開した。
 殺伐とした搭の中に、優雅なティールーム。 伝え聞く、中世の貴婦人の部屋がそこにあった。
 そして、そこで紅茶を嗜む金髪の令嬢。
「お待ち申し上げておりました、雪ノ下様。 貴女にはお伺いしたい事がございましたの」
 アレクサンドラ伯爵家の令嬢・長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)だ。
「真の王は己だと宣言したそうですね。 ジェスタ王は王に非ずと――どういう事ですの?」
「俺は――」
 自らの素性を明かそうとした時だった。
 雪ノ下の腹に、肉の弾丸が食い込んだ。
「うごっ」
 倒れる雪ノ下。 
 みずほの拳は本物だった。
 光纏正拳――全流派中最速と噂される拳は伊達ではない。
「言葉は不要! 己が本物かどうか、拳で示しなさい!」
「望むところだ!」
 雪ノ下は起き上がり、気の塊を炎として射出した。
 放たれた炎弾をみずほは軽やかなステップで躱す。
「遅いですわ!」 
 この動き、人の世が栄えていた時代に存在した、ボクシングという流派だろうか?
 ならば、その攻撃は拳によるもののみに限定されるはず。
 今の炎弾はみずほの動きを制限するためのもの。
 雪ノ下はみずほの一撃を躱すと左腕を取り、投げを打った。
「くっ!」
 みずほの左腕から、鈍い音。
 関節をはじけさせた手ごたえ
 そのまま膝十字固めに移行しようとする。
「龍転膝壊!」
 瞬間、みずほの残った右拳が死神の鎌の如く閃いた。
 頬を撃たれ、よろける雪ノ下。
 追い打ちの右ストレートが繰り出される。
 黄金の拳が、雪ノ下の胸を撃った。
 心臓が止まったかのような衝撃と共に、雪ノ下の肉体は壁に向かって跳んだ。
 激突した背中が、石壁に大きな穴を穿つ。

「光纏断罪拳――この搭を登る資格なきものを、壁を越え搭の外へと落とす拳ですわ」
 壁に背を向けるみずほ。
 やはり偽物だったのかと、失望を禁じ得ない。
 その時、土煙の向こうから青龍を思わせる鎧を身に着けた男が現れた。
「ならば、俺は資格ありという事だな」
 声は雪ノ下のものだ。
「その姿は?」
「龍成鎧――気を全身に鎧として纏う術、遠い祖先の記憶がそれを青い龍の形とする」
 拳を降ろすみずほ。
「光纏断罪拳は嘘をつきません、雪ノ下様はこの搭を登る資格をお持ちなのですわ。 偽りの王を倒す者としての」
「お前も王が偽物だと知っているのか?」
 みずほは強い意志を以て頷いた。
「真の王は私の父なのです、ジェスタは父の双子の弟。 建国後に摂政を務めましたが、父を毒殺し、産まれたばかりだった私を事実を知る者たちへの人質とするため、貴族としてこの搭に封じ込めたのですわ」
「それでは俺と伯爵は姉弟ではないか。 その時に乳母に連れ出された男児が俺なのだ」
「まあ! 貴方が正太郎?」
 再会を喜び合う二人。
 拳士として、姉弟として、拳を重ね合う。
「我ら姉弟、今こそ偽王を倒し王権を取り戻すのですわ!」
「そして民のために、民による新たな国を築くのだ!」。
 みずほは瞳が熱く潤むのを感じた。
 同じ志を持つ者を待ち続け、偽王の元で搭の番人に甘んじて来たのだ。
 まさか実の弟が、自分と同じ『民のために拳をふるう』という志を抱いて現れるなど、余りの僥倖に感慨も極まる。
 姉弟が搭の頂を目指し歩き出したその時だった。
「血筋? 絆? くだらないわね! この国を支配するのは、さいきょーなあたいなのよ!」

 二人の前に姿を現したのは、小柄な少女・雪室 チルル(ja0220)だった。
「天を見よ! 頭上に輝く北極星こそあたいよ!」
 天を指差すチルル。
 小柄な体を金属鎧で多い、体に似合わぬ巨大な剣を携えている。
「あんたたち、王とか言ってショボイのね! あたいは帝よ! 王より偉い帝なの! 跪きなさい!」
「大それた名乗りの前にまずは、この搭に登る資格があるかを問わせてもらいますわ!」
 再び光纏断罪拳を放つみずほ。
 チルルは巨大な剣に氷のアウルを帯びさせた。
 それを石床に突き立てて楯とする。
 大剣は光纏断罪拳を受け止め、こゆるぎもしない。
「な!?」
「一歩も退かないだと!?」
 雪ノ下でさえ、壁まで吹っ飛ばされた拳相手にだ。
「退かぬ、媚びぬ、省みぬ! あたいに敗北などないわ!」
 言葉と共に、大剣が氷を纏った。
 氷の塊と化した大剣が雪ノ下に振り下ろされる。
「無双氷塊槌!」
「ぐはっ!」
 雪ノ下は、強く床に叩きつけられた。
 そればかりか、全身を覆っていた青龍の鎧が解除されてしまう。
 その光景に愕然としつつも、みずほは両拳を握った。
「こうなれば、光纏蝶舞拳を使うしかありまえんわ」
 それは全身のアウルを燃やし、両腕から千発の拳を繰り出す光纏正拳の最終奥義。
 千の拳の嵐を浴びれば、いかな強敵といえど肉片となろう。
 だが先程の戦いで、右腕を痛めてしまっている。
 半減した威力でチルルを仕留め切れるのか?
 仕留められなければ――終わりだ。
 絶望的な拳をみずほが繰り出しかけたその時、倒れていた雪ノ下が顔をあげた。
「待て姉上、俺が姉上の右腕となろう」
「正太郎!」
 おそらくは先程、拳を併せた時に姉弟の血が全てを伝えてくれたのだろう。
 姉弟は半身を重ね合せながら、チルルに向かい拳を突き出した。
「我ら姉弟、生まれも育ちも違えども!」
「志宿る拳は同じ!」
 姉弟は姉弟が声を重ね、奥義を繰り出さんとする。
「光纏正拳奥義! 光纏蝶舞拳―ッ!」
 その瞬間だった。
「氷砲破軍撃なのよーーっ!」
 チルルの大剣から、光が解き放たれた。
 帯は光の束となり、姉弟が重ね合ったその半身を貫く。
 絆も、愛も、志をも砕く、単純でただ圧倒的な力がそこにあった。
「姉……上」
「正太……郎」
 肉体が消えていくのを感じながら、姉弟は魂の中でその拳を永遠に重ね合わせた。

 王の搭を登るチルル。
 王の座を守る最後の階である二十九階。
 そこを守護していたのは、十貴族の長たる公爵、月詠 神削(ja5265)だった。
「伯爵とその弟を倒したのか、奴らはいずれ俺が王位につく妨げとなったもの、まずは礼を言うぞ」
「あんたも王なんてチンケなものになりたいの? あたいは帝よ!」
 その答えに月詠はフッと笑い。
「痴人の夢を抱いたまま――死ね!」
 瞬間、チルルが立っていた階段近辺が大爆発を起こした。
 天井が崩れ、階段が音を立てて下の階へと落ちてゆく。
 爆砕・大蛇哭。 予め周囲に満たしておいた無色無臭のガスを光纏の力で着火、爆発を起こす技。
 月詠の流派・寂滅蛇蝎拳は光纏の力を組み込んだ暗器術。 不意打ち、騙し討ちを主とする為、他の貴族からは『外道の拳』と蔑まれている。
 だが、月詠に後ろ暗さはない。
「王の為ならば、俺は蛇蝎外道へ堕ちても本望!」
 チルルが瓦礫の下に埋もれたのを確認し、王の住まう最上階に向かって呼びかける。
「王よ、私の中に、王の血は流れていません。 だが、貴方に育てられた恩を忘れてはいない。 私は貴方を父と呼びたいのです」
 王から返事はない。
 もう半年間、王の声を聴いていなかった。
「お体がよくならないのか」
 月詠が哀しげに俯いた時だった。
 瓦礫の下から、火山弾の如くチルルが飛び出してきた。
 爆発で肉が爆ぜ、瓦礫に体を切り刻まれて骨すらもはみ出ている。
「血筋? 恩? くだらないわね! 一番偉いのはさいきょーであることなのよ!」
「その体でなぜ動ける? 化物か!?」
 チルルは何事もなかったかのように、大剣を抜き放った。
「それはあたいが、さいきょーだからよ!」
 冷気を纏ませた大剣が、雨霰の如く降り注いでくる。
 それに身を切り刻まれながら月詠は、世の理不尽さを感じた。
(なぜだ、なぜ王の一番近くにいた私が敗れる? こんな野盗崩れの小娘に!)
 己への怒りに血を流す瞳で、月詠はチルルを睨みつけた。
「そんな事があってはならん」
「なに?」
 月詠の黒髪が不可思議に伸びた。
 チルルには、そう見えただろう。
 抱擁・蛇女郎――幻覚を見せると同時に、髪に仕込んだ鋼線で相手を拘束する技である。
「こんなの!」
 大剣を振い、鋼線を切断しようとするチルル。
 月詠も、この規格外の化物を鋼線如きで捕えられるとは考えていない。
 切り札を解き放った。
「活殺・真蛇足!」
 寂滅蛇蝎拳の最終奥義にして、己の体内に仕込んでおいた無数の暗器を一斉に放つ暗器術。
 体内という察知困難な箇所から、暗器が高速で飛び出すため、相手に対応不能のダメージを与える。
「ああぁ!」
 全身を暗器に切り刻まれ、今度こそ倒れ伏すチルル。
 心臓に刃が刺さり、血が溢れ出ている。
 これで生きていられる人間は、いまい。
 確信を持つ月詠、
 だが、活殺・真蛇足は同時に月詠の命をも奪う技であった。
 王を守る道具という自分の役目を全うした月詠は、父に抱かれた子のような安らいだ顔を浮かべながら静かに息を引き取った。
(お守り申し上げました――父上)

 数分後。
「血が何よ……こんなものでさいきょーのあたいが負けるはずがないのよ」
 チルルは、自らの心臓に刺さっていた刃物を力で引き抜いた。
 心臓、そして全身の傷が、筋肉の収縮で塞がっていく。
 何という生命力、否、精神力。
 己は最強である、最強が負けるはずがないという圧倒的な自負心。
 これがこの時代の覇者に必要なものだったのだ。
 雪ノ下も、みずほも、月詠も、血に拘っていた。
 チルルは、そんな事を考えない。
 己が最強である事、それだけを信じ続けている。
 チルルの力の純粋さに、強者たちは敗れたのだ。

 最上階に昇ったチルルは、病身の王を躊躇いなく殺し玉座を奪った。
 光纏歴三十年四月、ジェスタ王国滅亡。
 チルル帝国が誕生する。


 光纏歴三十三年一月。
 水無月と文歌は、町の片隅で小さな暮らしを営んでいた。
 だが、その暮らしは平和とは言い難い。
 この日、文歌の予知力が働く。
「カイ、来るよ」
「またか!」
 家の石畳を剥し、その下にある空間に隠れる二人。
 直後、家に野盗たちが入り込んでくる。
 野盗たちは家財金品から食料まで全てを奪い付くし、去って行った。
 もし隠れなければ、二人の命も奪い去っただろう。
 「どうして帝は、野盗を放っておくのかな?」
 地下室に隠れたまま呟く文歌。
「何も考えていないのさ、国を奪う事だけを目的にし、その先の事は何も考えていなかった。 今の帝は民の敵だ!」
 水無月の金眼は怒りに満ちる。
 だがその拳に戦う力は、もうない
「マステリオ家だ! かの一族なら不死身の帝を殺す方法を知っているはず! 俺の隠し財産を全て注ぎ込み、マステリオ家に帝暗殺を依頼する!」

「またお願いしますよ、エイネさん」
「心得たでござる」
 エイルズは、エイネを再び雇い、王の搭へと侵入した。
 エイルズは傍流マステリオ家の末裔である。
 政治や権力などには一切の興味を示さず、ただ、光纏の拳の伝承者の暗殺のために生きている。
 エイネも、金で次第で暗殺依頼を引き受けるプロの暗殺者だ。

 搭にはもはや、かつてのような貴族はいなかった。
 力なき衛兵たちにエイネが気配を消し、近づく。
「放刃流でござる!」
 真空の刃を纏った手刀の斬撃は衛兵たちを声すら出せずに死んでいった。

 二十九階、初めて光纏の拳の使い手と出会う。
「お前たちが倒した戦士は我らの中でも一番の小物! さあ、我が流派・深殻闘の前に倒れ伏せ!」
 言ってみたかった台詞を言うレフニー。
「久しいでござるな、レフニー准男爵」
「ふふふ、今の私はレフニー公爵! 他に貴族がいなくなったので繰り上げ昇進になったのです!」
 ネコ口でドヤ顔をするレフニー。
「エイネさん、その人はお任せしますよ。 ネタ枠同士相性が良さそうだ」
 トランプを撒き散らし、レフニーが気を取られた隙に十階に向かうエイルズ。
「ネタ枠って何ですか!?」
 レフニーはエイルズを追おうとしたが、エイネがその前に立ち塞がる。
「三年前の借りを返すでござる!」
 エイネは自身の体温を氷点下まで下げ、拳を凍結させた。
「な、なんかすごそうです!」
「喰らうでござる! 刃無無!」
 だがやる事は“凍ったバナナで釘を打つ”
 これではネタ枠と呼ばれても仕方がない。
「うぬぬ、同じネタ枠でも私の方がマシです!」
 対してレフニーは、体内で生体電流を操り磁場を生成した。
 レールガンの要領で超加速・赤熱化した蹴りを叩き込む!
 原理的には凄いのだが、名前は、
「重蹴朱(しげきっくす)!」
「ぐお、なんたるお菓子な技! だが、バナナもお菓子に入るでござる!」
 バナナで殴り返すエイネ。
 不毛な争いを続けるネタ枠二人を尻目に、エイルズは搭の頂へと登った。

「退屈なのよー、さいきょーすぎるというのも退屈なのよ」
 チルルは、毎日玉座でうとうとしていた。
 最強の帝になったはいいものの、その先の事は何も考えていなかったのだ。
「では陛下、僕と遊びませんか?」
 いつのまにか玉座の前で、赤毛の少年がトランプを差し出して微笑んでいた。
「あんた誰よ」
「僕はエイルズ、トランプ最強のものです!」
「なんですって! あたいはトランプだってさいきょーなのよ!」
 チルルのプライドを刺激し、トランプ対戦に持ち込むエイルズ。
 実はエイルズ、事前調査でチルルがゲーム好きであり、しかもムキになるタイプである事を知っていた。
 適度に負けてやりながら、チルルを没頭させ、その隙に一枚のカードを切る。
 毒を塗った、エッジ付きのトランプがチルルの掌を撫でた
「痛っ! 何よこれ!」
「このゲームを終わらせる切り札ですよ、陛下」
 エイルズは、満足げに微笑んだ。
「あたいわかった! あんた曲者ね!」
 レフニーを呼ぼうとしたチルルだが、早くも毒の威力で肉体がしびれを感じ始め、大きな声を出せない。
「おっと、もしもお仲間を呼ぶなら、僕は今すぐ逃げますよ。 そうなれば、解毒剤は手に入らずあなたは死にます」
 解毒剤――それに見える丸薬を目の前にちらつかせる。
「死にたくなければ、このゲームに勝つ事です。 陛下が毒に斃れる前に、僕を仕留められるかというゲームにね」
「ふざけんじゃないわ!」
 大剣を握り、力任せに振り廻すチルル。
 エイルズはそれを、風に舞う木葉の如く躱し続ける。
 エイルズは、他の拳士のような派手な技は持ち合わせていない。
 毒を塗ったカードで相手をわずかに傷つけ、毒が廻るまで相手の攻撃を回避し続けると言う戦術を徹底訓練しているのだ。
 そしてそれは、大剣使いであるチルルにとって最悪の相手であった。
 細胞を活性化させ、いかな傷をも塞ぐ“最強への自負”も細胞そのものを侵されていては逆効果でしかない。
 チルルは毒の前に力尽きた。
「そんな……さいきょーのあたいが」
 チルル帝崩御。
 即位からわずか三年の事であった。

 帝を倒した事にエイルズには何の感慨もない。
 エイルズは己の拳が虚拳であり、全流派の中で最弱である事を知っている。
 そんなエイルズが最強を手にする唯一の手段、それは己以外の拳士を殺し尽くす事だった。
 下の階では、レフニーとエイネが共に斃れている。
 拳による相討ちではない。
 目晦ましに撒き散らしたトランプが二人にわずかな傷をつけ、そこから毒が廻ったのだ。
 最弱のカードで、他全てのカードに勝つ。
 そんなゲームを、エイルズは楽しんだだけだったのだ。
「さてクリア出来ましたし、家に帰って新しい奇術でも練習しますかねぇ」
 エイルズが搭を去ろうとした時だった。
『待つのよ』
 玉座から青と黄、二つの魂炎が立ち上った。
 チルル、そしてかつてはジェスタ王が座っていた場所である。
『あんた、あたいからさいきょーを奪ってただで帰る気?』
『最強たるものがこの君臨するは、この国の掟。 新たな王よ、玉座に座るのだ』
 二つの魂炎がエイルズの中に入り込む。
 これまで政治や権力に興味がなかったエイルズの中に突如、欲が燃えあがった。
「そうですねぇ、今度は国を治めるゲームでもしましょうか」

 エイルズが国号をマステリオ奇術王国に改めてより三か月。
 懐かしい顔が王の搭を訪れた。
「即位おめでとうございます、陛下」
「おお、貴方は涯呀さん」
 かつて取引のあった金貸しの男、涯呀である。
「さっそくですが陛下、お借しした金銭をお返しいただけないでしょうか?」
「借金? 僕はとうにお返ししたはずですが」
「陛下に御貸したわけではございません、四十年前ジェスタ王に御貸したものです」
 それは、ジェスタ王が即位する前の事であった。
 当時、貧しい若者でしかなかった王に一食分の食事代を涯呀は貸したのだ。
 少額ではあったが、証文もきちんと書いてある。
「証文にあります通り、借りた本人が死亡等で返済不能となった場合、その後を継いだ方が返済義務を負う事になっております。 陛下はチルル帝を経て、ジェスタ王の全てをお継ぎになられたはず」
「しっかりしていますねぇ、まあいいでしょうおいくらですか?」
「こちらの額になります」
 涯呀が要求した金額は、膨大を通り越してバカげたものだった。
「また冗談を、元は食事代でしょう?」
「日利がこちら、複利計算ですので、四十年経つとこうなります」
 涯呀は笑顔ではあったが、その目は冗談を言っていなかった。
「この国全てを売り払ってどうにかという額ですよ?」
「現物でのお支払いで結構です」
 玉座から立ち上がるエイルズ。
「こんな契約は無効です、命が惜しければ証文を今すぐ破り捨てる事です」
 にこやかだった涯呀の顔つきが変わった。
「これまで権力者の方は、力で弱き者との契約を踏みにじってきました。 金貸しとしてはそれが我慢なりません。 例え王であろうと、契約には従っていただく」
 涯呀の巨体にアウルが立ち上った。
「我は蒼天武刻拳伝承者・涯呀!」

 蒼天武刻拳、それは撃退士が出現する前から存在した最古の拳。
 いわば全光纏の拳の源流となったものである。
「やはり光纏の拳士でしたか! だが!」
 エイルズはトランプを投げた。
 かつてチルルを屠ったものと同じ、道化師のカード。
 だがカードが突き刺さったのは、エイルズの腕だった。
「!?」
 群龍陣――発剄で作り出した衝撃波で相手の攻撃を弾き飛ばす反撃技。
「蒼天武刻拳は全ての源流! 後に派生する全ての拳を内包し、想定しているのです」
 エイルズは、腕に突き刺さったジョーカーを涼しい顔で抜き捨てた。
「自分が扱う毒への耐性くらい出来ています。 そして、このゲームにはジョーカーが二枚あるんです」
 指差すエイルズ。
 涯呀の左脚には、隠しジョーカーが突き刺さっていた。
 涯呀の意識の隙に投げたのだ。
「もはやまともに動けないはず、逃げさせてもらいますよ、貴方に毒が廻り切るまでの数分間ね」
 エイルズがウインクし、陽炎のように姿を消した次の瞬間だった。
「!?」
 エイルズの肉体が再びそこに現れた。
 紅蓮の炎に包まれて。
 翔鳳斬。
 摩擦熱を巻き起こすほどの神速の程の蹴り。
 その蹴りが、神速で逃げたはずのエイルズを斬り捨てたのだ。
「ばかな、毒にやられてなぜそんな動きが」
「麒麟衝――アウルを鍼灸針に変える癒しの技です。 本来病身のジェスタ王に施し、借金を完済していただくまで生きて頂くために習得したものでしたが、まさか己に使う事になろうとは」
 エイルズは炎に中に燃え尽きた。
 彼の築いた王国は、僅か三か月で幻の如く消えた。

「私が王、ですか? 取り立てに来ただけのつもりだったのですが――でしたら、皆が契約を順守する国にしたいですね」
 涯呀が起こした新たな国。
 それは金銭を社会基盤とし、力あるものないものも契約を順守する社会だった。
 金貸しだった涯呀の矜持がそのまま反映されたものではあった。
 だが、奇しくもそれは人類が最も栄えた時代の価値観と同じものなのである。

 これは再び人類が、隆盛への入り口に立つまでの物語。
 その影に、九人の拳士と一人の王女の戦いがあった事を忘れてはならない。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 伝説の撃退士・雪室 チルル(ja0220)
 撃退士・仁良井 叶伊(ja0618)
 紡ぎゆく奏の絆 ・水無瀬 快晴(jb0745)
 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
重体: −
面白かった!:3人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師