人払いをした科学室の片隅。
「本格的に、仕掛けてきたのか…」
話を聞いて、レグルス・グラウシード(
ja8064)は中学生らしい真っ直ぐな正義感で拳を握り締めた。
「でも、先生を殺させるなんて、絶対させません!」
力強く言い放った頼もしい言葉。
しかし、それを聞いた門木は何故か浮かない顔だ。
「どうした、先生?」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が、その様子に気付いて声をかける。
「先生を狙っていると分かっていて、素直に引き渡すわけがないだろう」
「…うん、ありがとう」
「よしよし、素直じゃないか」
ぽふぽふ、ミハイルは門木の頭を軽く叩いた。
生徒に守って貰うなんて教師としてどうなんだとか、毎度の如く負担をかけて申し訳ないとか、それでも守って貰うしかない自分が不甲斐ないとか…大方そんな事を考えているのだろうが。
「先生にも、後でちゃんと戦って貰うからな」
勿論、武器を取れと言うつもりはない。
「先生には先生なりの戦い方ってものがあるだろ」
いつかはアロンと対峙する時が来る。
いや、向き合って貰わなければ、自分達も先へは進めないだろう。
「そのときは俺たちが全力で守るから」
だが、今はまだその時ではない。
今の状態では、戦場に連れて行くのは危険すぎる。
「ですから、今回は留守番して頂くのが最善の策だと思います」
カノン(
jb2648)が後を引き継いだ。
「しかし、いつまでも先生が学園にいて安全である保証もありません。今回は残って頂きますが…アロンの性格を考えれば、いつまでもそうしておくわけにはいかないでしょう」
「その点は、学園側にも伝えておいた方が良いと、僕は思います」
レグルスが、ちらりと門木の顔を伺う。
「勿論、先生が嫌でなければ…ですけど」
門木が命を狙われている事と、ゲートが作成された事。
それを周知しておけば、ひとまずは学園内での身の安全を図る事が出来るだろう。
可能ならそれに加えて、ゲート攻撃に向けて学園側で対応が取れるように動いて貰えれば――
「ゲートまでつくられた今、僕は、…僕たちだけで、この問題が解決できるとはとても思えません。学園として、戦うべきだと思います」
「…学園や、撃退庁も…支援は可能だろう」
門木が答える。
ただ、一般人に被害が及んでいない現状では、積極的なサポートを得る事は難しいだろう。
とは言え、予め情報を共有しておけば、事態が動いた時の対応が容易になる事は確かだ。
「…わかった…伝えて、おく」
それは良いとして。
「高松の件はどうする?」
「僕は…今後の事も考ると、伏せておいた方が良いと思います」
ミハイルの問いに、レグルスが言った。
「なら、やはり護衛は必要だな」
「あ、それなら私が」
雨野 挫斬(
ja0919)が手を挙げる。
少々派手な怪我をしたお陰でゲート戦は厳しいが、学園内での護衛程度なら問題はないだろう。ついでに情報収集も。
「高松は…優しいだけの言葉かけても心動かないだろうな」
ミハイルが呟く。
中村と連絡を取り合っていた彼なら、リュールの拠点を知ってる筈だ。
今すぐ改心しろとは言わないし、期待もしていないが、その情報は欲しい。
「俺自身の感情は置いて、先生の損失は学園にとって大ダメージだ。人類にとってもな。高松はそれを分かってるのか?」
もしかしたら、彼は人類そのものの壊滅を願っているのだろうか――あの、中村の様に。
「情に訴えても効果がないなら、取引を持ちかけてみるもの手かもね」
挫斬が言った。損得勘定で話をすれば、案外乗って来るかもしれない。
「とにかく、こっちの調査は任せて」
「こちらは全力で、あちらを抑え…いえ、越えていきます」
カノンが頷き、門木を見据えた。
「そして、先生に信じてもらいます。先生の過去・思い出よりも、今を生きる私達の力の方が強いのだ、と」
その瞳には有無を言わせぬ強さがある。
よく似た眼差しを、見た事があった。いや、いつも見ていた。
強く厳しく、そして優しい――
門木は殆ど反射的に、こくこくと頷いていた。
「それで、具体的な作戦だが」
ミハイルが仲間達を見る。
「まずは2班に分かれ、1班はゲートの出入り口確保、ツルギとサーバント達を足止めし、食い止める」
「その間にあたし達2班が潜行して探索、コアを探すってわけね、ミハイルちゃん♪」
御堂 龍太(
jb0849)が「任せといて☆」と片目を瞑って見せた。
2班は彼、いや彼女の他に蛇蝎神 黒龍(
jb3200)と七ツ狩 ヨル(
jb2630)の三人で構成される。残る六人が1班だ。
「さほど広くないとは思うが、素直に探索させてもらえるとは思えない。危なくなったら光信機を使うこと。すぐに駆けつけるからな」
「あら、カッコイイ(ぽっ」
と、龍太ならずとも思ってしまいそうだ。
しかしミハイルはそれを華麗にスルーし(内心はどうかわからないが)平常心を保ったまま続けた。
「もうひとつ、2班にはマッピングをお願いしたい」
「それは、俺に任せて」
ヨルが応えた。
「その場では無理だと思うけど。帰ってから、思い出せる様に…しっかり覚えてくる」
念の為、マーキング用のカラースプレーとチョークも用意したし。
「あとひとつ、よろしいでしょうか」
ユウ(
jb5639)が手を挙げた。
「前回の戦闘の報告を見て思ったのですが、ツルギは自身の判断で行動することを苦とするのではないでしょうか」
確かに、命令がなければ指一本さえ動かさない印象があった。
「ですので、彼と対峙した時はアロンの指示に注意を向ける様にすれば、次の行動が読みやすくなると思うのですが…どうでしょうか」
「それは考えられますね」
レグルスが頷く。
ただ、天魔の場合は「意思疎通」のスキルを持つのが厄介だが――気にかけておいても損はないだろう。
と、作戦としてはこんなものだろうか。
後は現場で臨機応変に…と言えば聞こえは良いが、何しろ初めて足を踏み入れる場所だ。実際のところは出たとこ勝負と言った方が適切かもしれない。
しかし、予測不能な出来事にも対処可能な柔軟さこそが、撃退士に求められる「力」の最たるものではないだろうか。
作戦会議を終え、次は出撃の準備だ。
「…黒、どうしたの?」
装備品を目の前に並べて、あれこれ付けたり外したり。悶々と悩む黒龍に、ヨルが声をかけた。
「ああ、うん…これ、どないしよ思てな」
ヨルとお揃いのアクセサリや、ミスラの指輪。外したくはないが、お揃いで付けているのを見られたら、敵はそこを突いて来るだろう。
自分が狙われるならまだ良いが、自分を陥れる為にヨルを利用されたら。
(薄々は見透かされるかもしれへんけどな)
苦々しく思いつつ、黒龍は指輪を外した。
敵の前では、いつものヨルに対するそぶり――イチャついたり触ったりを徹底的に見せない。心を鬼にして、庇う事もしない。
もしヨルが集中攻撃を受けても、平常心を顔に貼り付けて仮面の如くにこやかに…出来るだろうか。
ヨルが本当に生命の危機に陥る事になりそうな時は、その平常心もかなぐり捨てる事になりそうだが…その時はその時だ。
そんなわけで暫くお預けになる分、今のうちに――
と思ったのに。
「ヨルちゃんと黒龍ちゃん、はい。二人ともこれ持ってってね♪」
邪魔し――いやいや、大事な仕事の話だ。
御堂 龍太(
jb0849)は、二人の手に使い捨てカメラを押し付けた。
「これでゲートの中の様子を、ばっちり撮ってきましょうね」
「カメラなら、俺…持ってるけど」
ヨルはそう答えるが。
「あらそう? でも買っちゃったし、遠慮なく使ってちょうだいな♪」
戦闘は極力避けて、ゲートの内部データを持ち帰るのが彼等の仕事だ。
「そやけどボク、ゲート内部ってよう知らんからなー」
黒龍はゲート内行動に関連する資料を片っ端から集め、その全てに目を通していった。
「先人の知恵は大事、これも一つの武器や」
「あたしにも見せてくれる?」
その手元を鏑木愛梨沙(
jb3903)が覗き込む。彼女もゲートに足を踏み入れるのは初めてだった。
「うん、なるほど」
わかった様な、わからない様な。
「こんな感じで良いのかな?」
「ああ、うん。装備も余裕あるし、大丈夫だね」
挫斬にお墨付きを貰って、一安心。
やがて全員の準備が整い、出発の時間が近づいて来た。
「…では、行ってきます」
カノンが一礼をして、真っ先に部屋を出て行く。
「…気を付けろ、よ」
月並みな事しか言えない自分をもどかしく思いながら、門木はその背を見送った。
次いで、黒龍が通りすがりに門木の背を――正確には背中の蛇を、ひと撫で。
「ひぁっ!?」
「ボクの十字傷は大事やから残した」
一度立ち止まり、尋ねる。
「けどその傷は先生の何なん? 先生はどうしたいん?」
「…どう、とは…」
「あー、ええよ。今すぐに答えんでも」
答えも聞かずに、黒龍はさっさと行ってしまった。
因みに傷が残っているのは眼の脇の一箇所だけだ。背中の蛇は生まれつきの痣。
その痣をどうしたいかと問われれば、答えはもう決まっているが。
と、その顔色がよほど優れなかったのだろうか。気が付けば門木は心配そうな顔をした女性達に囲まれていた。
背中から、レイラ(
ja0365)の細い腕が伸びる。
「一人では乗り越えられなくても、皆で支えあったらきっと乗り越えられるはずです」
踏み出す勇気をあげられたら――そう思って、そっと抱き締め優しく励ましてみた。
「…ぁ、うん…ありが、とう」
少し上擦った声と、自分の体に直接伝わって来る心臓の鼓動。
それに気付いて急に恥ずかしくなったのか、慌てて飛び退いたレイラは門木に背を向けたまま荷物をごそごそ。
「あの、約束のお弁当ここに置きますね」
机の上に風呂敷で包んだ懐石料理風の弁当を置くと、真っ赤になった顔を隠す様に部屋を飛び出して行った。
その背を見送ったユウ(
jb5639)が、門木に笑顔を向ける。
「先生、負けないで下さいね」
門木には「心」を強く持ってほしい。
強い心は勇者や英雄だけのものではない。寧ろ何の力も持たない弱き者の方が、強い心を持っている場合もある。
ユウに「心」を教えてくれたのも、力を持たない普通の人だった。
ただ、教えられたからといって、すぐに変われるものではない。変わるには、自分自身の意思や努力が必要なのだ。
だから…言葉にしたのは、ただ一言。
その言葉に、門木は無言で頷いた。
きっと、言葉以上の何かが伝わったのだろう。
そう信じて、ユウは戦場へ向かう。
「じゃ、私は色々調べてくるから、先生は職員室で待っててね?」
最後に挫斬が念を押しながら出て行った。
「私が迎えに行くまで絶対に出ないでね。わかった?」
はい、わかりました…って、職員室まで送ってはくれないのか。
門木はひとまず椅子に体を沈め――と、そこに誰もいない筈の背後から声が!
「センセ?」
「うわぁっ!?」
まだ一人残ってた!
なるほど、挫斬は気を利かせてくれたという訳か。
「もう、そんなに驚くことないじゃない」
愛梨沙は少し怒った様に頬を膨らませながら、しかし目には笑みを浮かべている。
「ねぇ、章治センセ…ううん、エルナハシュ」
本名を呼ばれ、門木の肩がぴくりと震えた。
「『アルテライア』と言う過去を失ったあたしじゃ説得力無いけど…どんなに辛くて苦しい事でも、自分で乗り越えないと弱いまま…だよ?」
弱いまま。
そう、いつまでも過去の傷を生々しく抱えたままの門木は、きっと弱いのだろう。
「あたしも皆も、貴方が乗り越えてくれるの、待ってるから…それから、辛いなら何時でも相談して…約束ね」
こつん。
愛梨沙は門木の頭に両手を添えて、熱を測る様に額を合わせる。
門木の眼鏡がズリ落ち、ついでに本人も椅子からズリ落ちた。
「センセ、大丈夫?」
大丈夫じゃない、さっきから心拍数とか色々。
どうすんだこのハーレムって言うか羨ましいぞ門木のくせに!
いや、それはともかく。
その後、愛梨沙は無事に職員室まで門木を送り届けて仲間と合流、戦場へ向かった。
敵の指定通り、先日の戦場からそう遠くない所にそれはあった。
時刻は昼過ぎ。時間の指定はなかった為、夜間の奇襲という手も考えてはみたが、暗闇で戦うにはそれなりの装備や対策が必要になる。
それに、慣れない土地では却ってこちらが不利になる危険もあった。
「赤外線カメラみたいなんは流石に借りられへんしね」
黒龍がビデオカメラをセット。これで外の動きもわかる…とは言え、確認できるのは持ち帰った後になるが。
「あの金ピカは見当たらない様ですね」
地面に貼り付いた小さなゲートを遠目から見て、レイラが呟く。
周囲には外に向かって円陣を組む様に、10頭あまりの獅子型が配置されている。
他に敵の姿はなかった。アロンもツルギも、あの大型の黄金龍も。
「なによ、自分でセンセを連れて来いって言ったくせに」
愛梨沙が不満げな様子でぼそりと呟いた。
従う筈がないと踏んで、最初から撃退士だけを狙うつもりだったのだろうか。
それとも自分達を門木から引き離す為の罠か。
「…アイツ、やっぱり嫌い」
とは言え、今回は戦わずに済むなら、それに越した事はないのだが。
「アロン、門木先生を苛めていた天使…どこかに隠れて様子を見ているのでしょうか」
レイラが幾分か私怨の籠もっていそうな声で呟く。
「ゲートの中にいるとしたら、厄介ですね」
レグルスが言った。せめて外に引きずり出してから戦う事が出来れば良いのだが。
「前回もあんなに苦しかったのに、今度はゲート内で、かぁ…まぁ、やるしかないよね」
愛梨沙は覚悟を決めて、金剛夜叉を活性化させた。
門木の力になりたい、それだけを願う。
「先生にも複雑な過去があるようですけれど…先生が乗り越えてくれると信じて、私は私にできることをするのみです」
とは言え、一度にあの数を相手にするのは少々分が悪いかとレイラは思う。
「これを使えないでしょうか」
レイラは発煙手榴弾を取り出してみる。
煙幕で敵の視界を遮断すれば、一度に戦う数を上手く調整できるのではないか。
「いや、確か天魔には殆ど効果がない筈だぞ」
ミハイルが言った。
「大丈夫だ、まだゲートの外だしな」
獅子型だけなら前回も苦戦はしなかったし、今回もそこで躓く事はないだろう。と言うか、そこでコケたら最後まで戦えるかどうかさえ怪しい。
「良くない流れ、ですが…最初で転んだ分だけ盛り返す気でいきましょう」
カノンが前に出て、円形盾アスピスを構える。
戦いとしては前座にもならないこの時点で、味方を消耗させる訳にはいかないかった。
その両脇をレグルスと愛梨沙、二人のアストラルヴァンガードが固める。
前列の動きに反応して、獅子達が一斉に円陣を離れた。
それを充分に引き付けた所で、壁の背後から遠距離攻撃が跳ぶ。レイラはミカエルの翼を飛ばし、ミハイルはアサルトライフルMk13をぶっ放し――
「俺はこのほうが戦いやすいんだ」
今回は得意の物理攻撃で本気度を上げて来た。とは言え、まだ本気MAXではないが。
そしてユウは闇の翼で獅子達を挑発する様に飛び回る。
鬱陶しい敵を撃ち落とそうと獅子はタテガミの槍を伸ばしてきたが、それで地上への注意が疎かになった。
そこを衝いて、最後尾に控えた潜行調査組の三人が援護射撃、次々と獅子の動きを止めていく。
それなりの強さがあるとは言え、やはり特殊能力を持たない獅子型では足止めにもならない様だ。
スキルも使わず、軽い準備運動とばかりにそこを突破した撃退士達は、陣形を保ったままゲートに飛び込んで行った。
「うわ、眩しい…」
レグルスが思わず目を細める。そこには一面の白が広がっていた。
まるで壁や床、それ自体が淡く発光している様に見える。壁にも床にも、影ひとつ出来ていない。それどころか、壁と床の区別さえ付かない。
勿論、彼等自身の影もなかった。
その場所が狭いのか広いのか、それさえわからない。
光に溢れ、目も見えている筈なのに、仲間の姿の他は何も見えなかった。
ふと見上げれば、そこにはゲートの出口だけが見える。
やがて目が慣れてきた、その時。
それは突然、目の前に現れた。
「ツルギ!?」
誰かが叫ぶ。撃退士達は一斉に盾や武器を構え、臨戦態勢に入った。
そこに、次々と現れる模造天使達。既に周囲を囲まれていた。
「現れたのではありません、今まで見えなかったのです」
ユウが言った。
彼等の目が慣れるまで、気配を殺して潜んでいたのか。
いや、気配を殺すまでもなく、白い装束を纏った模造天使は周囲の白に溶け込んで殆ど見えない。
「約束の物はどうした」
ツルギが口を開いた。
「見ればわかるだろう。俺達は戦いに来たんだ」
ミハイルがライフルの銃口を向ける。
「やはり、そうか」
言うが早いかツルギは剣を抜き放ち、そのまま居合いの様にミハイルに斬りかかった。
が、それを見越していたミハイルは後ろに大きく下がり、開いたスペースにカノンが滑り込んで防壁陣を発動、その一撃を受け止める。
だが、動いたのはツルギばかりではなかった。模造天使も一斉に両手の剣を振り上げる。
ツルギと模造天使、両方を一度に相手するのは難しい。こうしている間にも数を増やしてくる模造天使より、このままツルギだけに攻撃を集中させるべきか。
仲間達は互いに視線を交わす。
それに応えて、カノンは次の一撃に備えてシールドを発動、ツルギの目の前に飛び出した。
直後、重たい一撃がその腕を振るわせ――
「く…っ」
受け止めきれなかった。
前回はこれで何とかなったのだが、やはりゲートの影響は大きい。
「ならば、いちかばちかです…!」
カノンは盾を構え直すと、それをツルギに向けて思い切り突き出した。
不意を衝かれたツルギは思わずたたらを踏む。
そこに闘気解放で能力を底上げしたレイラが烈風突を撃ち込むと、弾き飛ばされたツルギは無様に尻餅をついた。
が、壁に打ち付けられた様子はない。この空間は少なくとも10m程度の広さはある様だ。
起き上がろうとするツルギに撃退士達が迫る。その移動と同時に周囲を囲む模造天使も一緒に付いて来たが、今はそちらに構う暇はなかった。
追い付いたレイラが、ツルギを庇う様に立ち塞がった模造天使もろともに時雨で貫く。
その一撃で自爆モードに入った模造天使を、上空に舞い上がったユウが槍で一閃し排除。
次いで飛び出したレグルスが、ベルゼビュートの杖でツルギに打ちかかった。
外に誘い出せないのは痛いが、能力が削られた分は想いで補えばいい。
「あなたが剣なら、僕は盾だ…傷つけることしかできない役立たずの剣なんて、砕け散れ!」
それに合わせる様に、愛梨沙は金剛夜叉を袈裟懸けに振り下ろした。
同時に真上からは、やはり闘気を解放したユウの槍が弧を描く。
その攻撃が最も危険と判断したツルギは、槍の穂先を盾で受け止めた。
しかし――怒濤の波状攻撃はまだ続く。
「これくらいやらないとお前さんには通じないだろうな。回避できたらご主人様に自慢できるぜ」
槍を受け止め、杖と剣を避けたツルギに、ミハイルが放ったスターショットが襲いかかった。
カラン、乾いた音がして右手の剣が床に転がる。
「…なるほど、確かに油断は禁物か」
そう呟くと、ツルギは痛む右手を挙げた。範囲攻撃が来る。
「ユウ、しゃがんで!」
叫んだ愛梨沙は、咄嗟に最もダメージを受けそうなユウの前に立った。盾を天にかざして彗星の雨を受け止める。
それが止んだ時、そこにツルギの姿はなかった。
敵の意識がツルギを攻撃する仲間達に向いた、その時。
「今のうちに行くわよ」
潜行調査組の三人は、前を向いたまま僅かずつ後退を始める。
まず最初に龍太が、続いて伊達眼鏡で瞳孔を隠したヨルが、殿に黒龍が続き…10mほど下がった所で、その背が壁に触れた。
そこから見ると、ゲートの出入口は自分達と仲間の中間あたりに見える。恐らく左右にも同じくらいの広さがあるのだろう。
「20m四方の広間って所かしらね」
さて、ここからどう進もうか。
「内部の形状がどうなってるか分からない以上、敵の多い場所から探すしかないわね」
黄金龍やアロンが守っている場所にコアがあると見ていいだろう。
「多分、黄金龍はアロンのお気に入り」
ヨルが頷く。それ故に、重要な役割を任されている可能性が高いと踏んでいた。
「もちろん、引っ掛けもあり得るけれど…あいつがあたし達にそんな面倒な心理戦かけるとも思えないしね」
それは良いとして、問題はどうやってそこに近付くかだ。
「正面からはさすがにいけないわよね」
さて、どうする。手分けして回り込むか、誰かが囮になるか。
「囮で行くなら、あたしが適任かしら」
「うん、悪いけどお願い」
ヨルと黒龍では、狙われた時の危険が大きすぎる。
逆に、隠れて狙撃するなら二人の破壊力が物を言うだろう。
「じゃ、決まりね♪」
前後左右に手を伸ばしながら、三人は進む。何しろ明るいのに何も見えないのだ、ここは手探りで壁を探すしかない。
「普通の壁にも、色つけておく?」
色を付ければ壁の位置も距離感もわかりやすくなるだろうと、ヨルは分岐点と見分けが付く様に縦の線を引いてみた。
龍太はそれをすかさず写真に収める。
「二人とも、怪しいものがあったらとにかく写真に撮るのよ」
三人は慎重に壁を辿りながら、コアの場所を探した。
分岐点では、ヨルが目の高さにスプレーで矢印を。しかし、それは囮だ。
「アロンの性格の悪さだと道標一つじゃ消されかねないから」
本命の印は膝の高さにチョークで付ける。更には天井にも黒龍が印を付けた。
そして歩くこと暫し。
何故か知人にオネェが増えてきた事を思い出して戦慄するほど余裕で探索していた黒龍が、ふと足を止めた。
身振りで他の二人を制したその目の前を、一体の模造天使がふわりと通り過ぎる。
「向こうからや」
黒龍が指差した方向を見ると、もう一体が近付いて来るのが見えた。
「あの方向に、ゲートがある?」
「そう思って間違いないでしょうね」
ヨルの問いに龍太が頷く。
ここから先は戦いを避ける訳にはいかない様だ。
もう一体が通り過ぎた事を確認して、龍太が通路に飛び出した。
そのまま天使が来た方へ歩く。
「次、二体同時に来たわよ!」
それを受けて、ヨルと黒龍は銃を構えた。
「黒、自爆前に倒すよ」
「わかってるて」
攻撃の届くぎりぎりの距離から狙い一体ずつ集中攻撃、互いの双眸の紅を信じて一気に畳みかける。
CR差に加えて、相手が囮に気を取られて無警戒な分、攻撃も当たりやすかった。
だが、それを考慮に入れても簡単すぎる様に感じるのは気のせいだろうかと、ヨルはふと疑問に思った。
敵の攻撃は思ったほど激しくない。見張りも殆どいない。
(まさか、このゲート自体が…罠?)
そうして続いて現れた3体目の模造天使を倒した頃。
龍太が無言で立ち止まった。
やがて、静かな声で一言。
「前に会った時から思ってたけどね…あんた、ファッションセンス最悪」
「それはどうも、お褒めに与り光栄です」
「褒めてないわよ!」
目の前に、金ピカ天使がいた。
その背後に見え隠れしているものは――
「コア発見…と」
黒龍が残った仲間に光通信で連絡を入れる。
「なるほど、あなた達はこれを破壊しに来た、と」
アロンが笑いを滲ませた声で言った。
「約束も守らず、何をしに来たかと思えば…まあ、あなた達に蛇を渡す気がない事は先刻承知ですが」
やはり罠かと身構えた瞬間、手の中の杖が光る。
しかし、アロンが技を発動する前に、ヨルが何かを投げ付けた。
「…それ、カドキの秘密兵器」
本当はただのくず鉄だが、天界から来たばかりなら機械には弱いのではないかと考えた末の奇策だ。
「無理矢理壊そうとすると起動するから。じゃ、頑張って『解除』してね」
「何っ!?」
引っかかった。アロンは慌てた様子でくず鉄をひっくり返し――使徒を呼んだ。
「おい、ツルギ! 何だこれは! おい!」
思わぬ弱点、発見。
その隙に、三人は全力でその場から逃げ出した。
学園に残った挫斬は高松の過去を調べていた。
彼と同郷の生徒は11人。その中にかつての彼を直接知る者はいなかったが、一人だけ、同じ襲撃で家族を失った生徒がいた。
恐らく似た様な経験をしたのだろうと、その生徒に話を聞いてみる。
それによると、彼の故郷を襲った天使は子供のいる家族を好んで狙っていたらしい。
子供の目の前で家族全員を殺し、その際に迸る感情を刈り取る――
『極限状況に置かれた感情、特に子供のそれは…美味いらしい』
その生徒は、そう言った。
一通りの調査を終えると、今度は高松への直接アプローチ。
「ふふ、私とデートしない?」
食堂で友人達と笑い合っている所を見付け、いきなり声をかけた。
「え、なに? あんた誰?」
面食らった様子の高松に、挫斬はそっと耳打ちする。
「退学したいの?」
それを聞いて、高松の顔色が変わった。
「てめぇ、門木の回しもんか」
「回し者って訳じゃないけど、色々知ってる事は確かね」
そう言われては、この場は従うしかない。
仲間達に冷やかされながら、高松は挫斬の後を渋々付いて行き…入ったのは商店街にある人の多い喫茶店。
「いきなりゴメンネ〜。さっきのは冗談だから安心して」
仏頂面の高松は何も答えないが、挫斬は構わず続けた。
「ふふ、君の事調べたんだけど壊れたのも納得。あ、安心して。私は助けがいらないって人を助ける程お人好しじゃないから。私も助けなんて要らないしね」
コーヒーがふたつ、運ばれて来る。
「調べた結果、君と組めそうだなって思ったの」
「何?」
思わぬ言葉に、高松は顔を上げた。
「私達は天使を解体したい。君は天使に復讐したい。ね、協力できると思わない?」
高松は黙って聞いている。
「私達が欲しいのはリュールの居場所か接触する手段。もしくはアロン達の情報。対価は天使の死。足りないなら私が個人的に君の暗い願いの手助けをしてあげる」
「お前らの手なんざ借りるかよ」
高松は鼻を鳴らした。
だが自分を追い返し、果てはパシリに使ったあの金ピカ野郎は気に食わない。
奴が不利になりそうな情報なら、教えてやっても良いか。
「お前ら、あの金ピカの巣を探す気はねぇのな」
「つまり、アロンもゲートを持ってるって事? どこに?」
「知らねぇよ」
それくらいは自分で調べろという事か。まあいい、それだけ聞ければ充分だ。
挫斬は伝票を手に立ち上がった。
「あ、そうそう、君は私と違ってまだ壊れきってないから忠告。一方通行の道でも歩みを緩めたり止めて周りの景色を見たり、道を外れる事は出来る。一度願いが何でできてるのかを考えてなさい。望でなく意地だと壊れた後が辛いよ?」
じろり、高松は挫斬を見上げる。
それはお前の事かと、そう問いたげ目つきだ。
しかし、挫斬はそれには答えなかった。
「行止まりに着くまでに考えておく事ね。じゃね。あ、ここは奢ってあげる。貸し1ね」
まずまずの収穫を得た挫斬は職員室へ。
「先生、大人しくしてた?」
大丈夫、無事だ。ちゃんと机の前に座って――
「…え?」
出口を守る者達は模造天使の猛攻をどうにか凌いでいた。
守りは壁役に任せ、自爆を防ぐ為に一体の敵に複数でかかり、確実に仕留める。基本的にはツルギに対するものと同じ戦法だ。
だが倒しすぎても拙い。退路を確保する為と悟られない様に、表向きは攻めあぐねて進めないといった風に見せかけて時間を稼ぐ必要があるのだ。
その時、ゲート発見の連絡が入った。
あと少しだ。
「僕の力よ! 仲間の痛みを癒す、光になれッ!」
レグルスが仲間達に蓄積されたダメージを癒やす。
仲間が戻るまで持ち堪える事、誰にも重症を負わせない事。それが今回、レグルスが自らに課した使命だ。
愛梨沙も頃合いを見て守りをカノンに任せ、怪我の酷い者を治療してはまた守りに戻る。
暫く後――走り込んで来る三人の姿が見えた。
彼等の為に道を開こうと、レイラは烈風突で周囲の敵を吹っ飛ばす。
「お待たせ、さあ帰るわよ!」
とは言っても、出口は遥か頭上。飛び上がっても届かない。
だが幸い、仲間の半数以上が翼を持つ者達だ。
彼等の助けを借りて、全員が無事にゲートの外に出た。
と、そこで待っていたのは――
「やられた…!」
職員室にあったのは、例の看板と空になった弁当箱。
看板の裏には「お説教は後で聞く」と書かれたメモが貼られていた。
「先生っ!?」
「どうしてここに!?」
生徒達が口々に叫ぶ中、門木は「…いや、その」と言いながら頭を掻いていた。
どうやら皆に心配され、気遣われ、励まされ、優しい言葉などかけて貰った結果、これではイカンと思い立ったらしい。
「蛇!?」
彼等を追って現れたアロンに、門木は持っていた何かを投げ付けた。
アロンはまたフェイク爆弾かと、怒りに任せて叩き割るが。
「っくっせぇっっっ!」
それは超強化型くさや爆弾。以前、レイラが作ったものの改良型だ。
「…逃げるぞ」
襲い来る悪臭に呑み込まる前に、一同は必死で逃げる。
やがて確実に振り切ったと思われる頃。
「…すまん」
門木は勝手な行動を詫びた。
だが、動かずにはいられなかった。
「…俺は、強くはなれないかもしれない。だが、それでも…奴には、負けない」
負けられない理由がある。
今はこの程度が精一杯だし、まだ膝は震えているが…それでも。
その決意に免じて、今回は大目に見て貰えないだろうか。
風呂と飯、奢るからさ。
撃退庁からの連絡が入ったのは、その数日後だった。
学園からの情報を元に捜索した結果、アロンのものと思われるゲートが発見されたと――