「ようこそ、撃退士の皆様」
黄金の竜に乗った金ピカな天使が恭しく頭を下げる。
言葉と態度は丁寧だが、撃退士達が得た印象は、まさに慇懃無礼そのものだった。
その横に立っているのは彼の使徒だろうか。
「…なんだか、嫌な感じ」
鏑木愛梨沙(
jb3903)が眉を顰め、ぼそりと呟く。
「ほんと、趣味じゃないわ」
御堂 龍太(
jb0849)も、ひらひらと手を振りながら鼻の頭に皺を寄せた。
「顔はそこそこ良さそうだけど、門木先生の話からすると大概な外道みたいじゃない? …待っていなさい。いつかその顔面、ぶん殴ってやるから」
しかし今はまだ、彼に手を出すべき時ではない。
機が熟すまで耐えて待つのも作戦のうちだ。
「あなた方の力量、しかと計らせて頂きます」
アロンが再び口を開いた。
「くれぐれも、私を失望させない様にお願いしますよ?」
「ねえ、まさかアナタがサシで勝負してくれるの?」
だったら嬉しいけど。
雨野 挫斬(
ja0919)の身体を覆う、濁った赤い陽炎が大きく揺れる。
だが、レイラ(
ja0365)が阻霊符を発動させた途端、撃退士達を取り囲む様にサーバントの群れが現れた。
天使に似たものと、獅子の様なもの。その数、およそ50体。
場所を指定して待ち伏せているなら、何も仕込んでいない筈はないと思っていたが。
だが、こちらもそれに対応した陣を組んである。
「それじゃ、始めようぜ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が、ログジエルGA59の銃口を陣の外に向けた。
その二日前。
門木が生徒達を集めたのは、アロンの顔見せから一夜明けた翌日だった。
その当日は、とても誰かと顔を合わせられる状態ではなかったらしい。
今も目は充血し、その下には濃い隈が出来ている。
昨日は恐らく、一睡も出来なかったのだろう。
「その新手の天使、門木先生の知り合いなのですね」
普段より更に言葉少なに語る門木の話を聞いて、レイラが呟く。
「そう遠くないうちに来るとは思っていましたが…また厄介なタイプのようですね」
言いつつ、カノン(
jb2648)は少し咎める様な視線を門木に向けた。
手は出さないと高松は言ったらしいが、そんな言葉を信じてのこのこ付いて行くなんて。
しかし言いたい事は色々とあるが、今はこの状況を切り抜ける事を考えなければ。
「僕たちの実力をはかる…?」
レグルス・グラウシード(
ja8064)は不快そうに眉を寄せる。
「気持ち悪い奴ですね。でも…天魔の襲来を放っておくわけにはいきません」
人々に害をなそうとするならば、それが誰であろうと倒す。
「なるほどねぇ」
龍太が頷いた。
実は、門木が天使である事は報告書を読んで初めて知ったのだが、それは置いといて。
「で、人界に堕ちた理由があの悪趣味黄金鎧野郎ってワケね?」
「…いや…直接の原因か、どうかは…」
アロンは天界を追われるきっかけとなった襲撃の実行犯ではない。
ただ、その背後に存在した可能性は充分に考えられる。
あれは、そういう奴だ。
「カドキ、そのアロンって奴の事…詳しく聞かせてくれる?」
声をひそめた七ツ狩 ヨル(
jb2630)が、そっと尋ねる。
聞き辛い事ではあるが、今この場で彼の事を知っているのは門木だけだ。
しかし、大勢の前で話すのは辛いだろう。
「後で、いいから」
「…いや…今でいい」
門木は顔を上げた。
作戦立案の為に、敵に関する情報はすぐにでも欲しい筈だ。
なのに誰も敢えてそこに踏み込もうとしない、その気遣いは有難かったが…それに甘えて楽をする訳にはいかない。
彼等は自分の代わりに危険を冒してくれるのだ。
「じゃ、答えられそうな部分だけ、答えて」
前置きしてから、ヨルは質問を始めた。
「天界がアロンを派遣したのは何故だと思う?」
「…わからない、が…昔の因縁がある事は、確かだ」
「アロンって、どんな奴? 性格とか」
「…優等生、だな」
ただし、表向きは。典型的な、弱者には横暴で強者には媚びるタイプだ。
「嫌な野郎だな」
ぽつり、ミハイルが呟いた。
「アロンはリュールの事をどう思ってた?」
ヨルが質問を続ける。
「憎んでたと、思う?」
「…だろうな」
リュールは彼を実の息子として扱っていた。
大人の間では、それはただの物好きな行動、変人の気紛れ程度と思われていた様だ。
だが、ただの天使が大天使の扱いを受けるなど、潔癖な子供の目には重大なルール違反に見えたことだろう。
不公平だと、そう感じもしただろう。
「アロンに関して、何か強く覚えている事はある?」
その問いに、門木の手がピクリと痙攣する様に震えた。
「ごめん、無理に答えなくていい」
ヨルがその手をぎゅっと握る。親友や…門木がそうしてくれた様に。
「…いや、大丈夫だ」
ひとつ息を吐いて、門木は話し始めた。
「…奴は、かなり高度な治癒能力を持っている。…ある程度の傷なら、跡形もなく消せる程の、な」
それでもアロンは慎重だった。
誰かを傷付ける時は必ず服に隠れる部分を狙い、しかもその傷は治してから解放する。
だが一度だけ、彼がその「自己ルール」を破った事があった。
「…目を、抉られそうになって…どうにか、逸らしたが…奴の力では、治しきれない傷が残った」
それが元で数々の悪事が露見し、結果として彼の両親は解雇され、一家は家を追い出される事になった。
「…どれも実行犯は…他の奴だったんだが」
「自分では絶対に手を汚さない、か」
まるで高松だな――ミハイルが吐き捨てる様に言った。
「あのガキは今回、何を企んでやがるんだ?」
珍しく言葉遣いが荒いのは、それだけ腹に据えかねているという事だろうか。
「ヤツがやってることは、天使が気に食わないってレベルじゃない」
中村という人間をシュトラッサーに推薦したり、中村がやった殺戮行為を黙認したり。それは撃退士にあるまじきことだ。
それでも、門木は赦すと言う。
あんな奴でも更正の余地があると、門木は見ているのだろう。
「…すまん」
「いや、先生が謝る事じゃない」
その判断は正しいと、出来れば自分も思いたい所だが――
「高松の人を寄せ付けない態度、ヤツの本来の目的を隠すためのものじゃないか?」
「本来の目的、ですか?」
ユウ(
jb5639)が首を傾げた。
過去の報告書には一通り目を通して来たが、何かそれを匂わせる様な記述はあっただろうか。
「先生が今年の2月に襲われた事があっただろう?」
「ええ、天使生徒の襲撃が多発していた頃の事件ですね」
「あのとき、高松が仕掛けたならどうやってディアボロを呼び出した?」
言われてみれば、撃退士には下僕を呼び出す能力はない――天魔いずれであろうとも。
「高松は悪魔と繋がってないか?」
ヨルや蛇蝎神 黒龍(
jb3200)を拒否した態度は、それを隠すためのものではないだろうか。
「高松の交友関係を洗おう。できたら行動を見張っておきたい」
「では、それは私が」
ユウが頷く。
続いてヨルが言った。
「俺も手伝うよ。コウキには訊きたい事もあるし」
手負いの身で高松に近付くのは危険かもしれないが、今の自分達に敵の本隊と戦う力はない。
だからせめて次に繋げる為の支援をというのが、二人の思いだった。
「それで、作戦ですけど…具体的にはどう動きますか?」
レグルスが一同を見渡す。
「カドキの話を聞く限り、アロンが一人で来るとは思い辛いよね」
ヨルが言った。
彼がボスだとすれば、その配下には使徒や下僕がいる筈だ。
こちらの戦力を見定めるつもりなら、それなりの質量を揃えて来るだろう。
楽な戦いではない。それだけは確かだが、それでも。
「こっちの実力を認めさせた上で、各自の奥の手は出来るだけ隠すのが良いと思う」
実力を見せつけるのは、リュールの立場を守る為だ。
「リュールが俺達に手心を加えてるのは天界側もある程度感付いてはいると思う。けど、それを天界に確信させちゃいけない。リュールが苦戦しても仕方がない、と思わせる必要がある」
奥の手を隠すのは、今後の戦いを有利に進める為だ。
「今後は今回と違って、誰かを守りながらの戦いになるかも知れないし」
「全力を出さないことで、次回以降に敵の油断を誘う効果も期待出来そうですね」
レイラが言った。
「何よりも『つまらない』『取るに足らない』と思われて、問答無用に先生を狙われるようなことは避けないと」
相手に侮られる事が最も危険だと、カノン。
その為にも無謀な選択は取らず、且つ力はしっかり示す事が重要だ。
余力を残して撃破する事が出来れば、それが理想なのだが。
「サーバントは必ず出して来るでしょうから、まずはその全滅が目標ですね」
レグルスが言った。
「ボスや中ボスには、余力があれば相手をするという事で良いでしょうか。向こうから襲って来るなら、話は別ですけど」
その方針に異を唱える者はいなかった。
「先生、小さくて目立たない録画機器…ポケットにさすボールペンみたいなもの、作って貰う事は出来ますか?」
方針が決まった所で、レグルスが門木に向き直る。
「敵の行動パターンや様子を後で分析するために、記録を残したいんです。相手が様子見なら、こっちだって様子見です。次につながれば…」
「…出来ない事はないが…」
門木が難しい表情で何やら考え込む。
事前に想定されていない特殊機器の製作や貸出は難しいのだ。
融通が利かないと思われるかもしれないが、それが決まりなのだから仕方がない。
「なら、望遠レンズの付いたカメラはどうやろ?」
黒龍が問う。
「…その程度、なら」
業者から手軽に借りられるし、料金もそう高くない。
まあ、この場合のレンタル料は門木が出す事になるのだろうけれど。
「わかりました、僕の方は自分のスマートフォンで試してみますね」
レグルスが頷く。
「じゃ、ボクはもう少し情報を集めておこうかな」
黒龍は部屋の隅に置かれた端末に向かった。
「何、調べるの?」
その画面を、ヨルが覗き込む。
「今までの情報や相手の特徴から、敵の割り出しをしてみよ思うてな。過去にも幾多数多な依頼での登場が…」
「ないと思うけど」
アロンは人間界に来たばかりだと言っていた。
それが本当なら、記録などある筈がない。
「あ、ほんまや」
それらしいキーワードで検索をかけても、有用な情報は何も引っかからなかった。
という事は、アロンの下僕も新型の可能性が高い。
「でも、戦場の情報は手に入りますよね」
代わって、レイラがモニタの前に座った。
地図情報の検索サイトで戦場となる荒野の上空からの画像を手に入れる。
多少見にくくはあるが、レイラはその画像を地図に起こしてみた。
高低差が殆どない所に、僅かばかりの灌木と岩の影が見える。
「この様な地勢での戦いでは、数の力がものを言います」
恐らく敵もそれを見越して、かなりの数を投入して来るだろう。
「少しでも遮蔽物になりそうな岩や潅木は、ここと…この位置になります」
レイラは地図上に印を付ける。
「これらを有効活用することで一度に戦う敵の数を最小限にしつつ方陣を組み、方陣の角に強力な戦力を配して、方陣の中央に防御力の弱い方を守りつつ、全周囲からの攻撃を跳ね返しながら戦う…というのはどうでしょう」
その提案に対し、特に反対の意見は出なかった。
混戦になれば、いつまで保てるかわからないが…初期の配置はそれで問題ないだろう。
一通りの話し合いを終え、会議はひとます解散となった。
「…愛梨沙、どうした? ここ、閉めるぞ?」
殆どの者が出て行った後、一人残った愛梨沙に門木が声をかける。
「あ、うん…センセ、ちょっと良い?」
「…何か、質問でもあるのか?」
「そういう訳じゃないけど」
愛梨沙は何か言いたそうにしながら、窓辺に歩み寄った。
外は僅かに夕暮れの色を帯びつつある。
「センセ、エルナハシュって名前だったんだ…」
窓越しに空を見上げながら、独り言の様に呟いた。
と、くるり。後ろを振り返る。
「じゃあ、あたしの名前も教えてあげる。アルテライア・エルレイス…」
「…あるてぇ、りゃぃ」
噛んだ。
「うん、呼びにくいわよね、やっぱり」
予想通りの反応に、愛梨沙はくすくすと笑う。
「愛称はアルトって言うの」
「…あると」
良かった、それなら噛まずに言える。
「この名前、天界での記憶を殆ど無くしてたあたしが唯一ハッキリ覚えてたモノなの」
空の色さえ、ここから見上げるものと同じだったのか、定かには覚えていないのに。
「誰にも教えてないけど、センセには覚えてておいて欲しいな…」
「…普段の、呼び名は…愛梨沙で良いのか」
「うん」
愛梨沙はゆっくりと窓辺を離れ、ドアに向かう。
「だって、センセとあたしだけの秘密だもん」
そのまま、小走りに廊下を去って行った。
そして当日。
「…ごめんなさい。どうか、皆無事で」
「皆さん、お気を付けて…ご無事をお祈りしております」
別行動となったヨルとユウは、皆の見送りに出た。
勿論、今回は留守番役の門木も一緒だ。
「ええて、依頼に出たら怪我は付き物なんやし、好きで重体なった訳でもないんやからな」
戦闘に参加出来ない事に対して責任を感じているらしい二人に、黒龍が言った。
それより、ヨルが無理をしてでも一緒に行くと言い張ったらどうしようと、内心ビクビクしていた所だ。
「二人には、今ここでしか出来ん事がある。新しい情報が入ったら、すぐに連絡頼むで」
黒龍は耳にかけた携帯のマイクを指差した。
「いつでも通話OKにしてあるよってな」
「うん、わかった」
ヨルが頷く。
「ところで先生」
挫斬が尋ねた。
「アロンに何か伝言ある?」
だが門木は首を振った。あれは言葉が通じる相手ではないのだ。
「そ、わかった」
門木の心情を察してか、挫斬はそれ以上は訊こうとしなかった。
「では、行って来ますね」
レグルスが言う。
「あ、そうそう。帰って来たら門木センセが何か奢ってくれるのよね? 楽しみにしてるワ♪」
「先生、一か月分の給料が吹っ飛んでも知らないぞ」
龍太の言葉に、ミハイルが笑う。
「俺はとにかく美味い酒を飲んで肉を食いたい。覚悟しといてくれよ?」
「…ミハイル、お前には…ピーマンのフルコースだ」
特注しておいてやるから、楽しみに待ってろ。冗談だけど。
「先生、帰ってきたら手料理の作り方教えますね」
レイラが言った。
作り方を、教える? 教えるから自分で作れって事? 作って食べさせてくれるんじゃ、なくて?
「ぁ、それは、あの…(////」
まあいい、まずはとにかく邪魔者を片付ける事だ。
「…奴は弱点を見付けたら、とことんそこを抉って来る。…気を付けろよ」
皆が転移装置に消える間際、門木が言った。
経験の浅い者、CRに差がある者、防御の薄い者、動きに無駄がある者――
「大丈夫です。不利な点があれば皆でカバーしますから」
カノンが頷く。
そうだった。戦いに関しては、生徒達の方が余程わかっている。
「それより、帰って来たらお説教ですからね」
覚悟しておいて下さい。
そう言って、カノンは転移装置の向こうに消えた。
そして場面は再び戦場に戻る。
まだ、敵に動きはない。
「あ、そうそう…先生から伝言ね!」
大きく息を吸い込むと、挫斬はアロンに向けて一息に言い放った。
「いつまでも昔の事でいい気になるな、使用人風情が。聖槍もってる俺達に時間と場所を指定とかアホか。見逃してやったのはこっちのほうだ、間抜け! 自分の低脳さが理解できたらとっとと帰ってお山の大将やってろ、バーカ!」
本当は、伝言など何もない。
これは挑発だ。
だが、アロンは乗って来なかった。
返事もしない。
完全に無視を決め込んでいた。
(アロンは動かん、か)
その様子を、黒龍がじっと見ていた。
アロンが動かないならこちらも動かないと、そう決めた。
今の挑発はギリギリだ。
(一応、釘は刺しておくかな)
黒龍は挫斬と並ぶ様に前に出ると、アロンに言った。
「力量を測る、という名目なら、此方の力量をみる審判はアロン貴方しかいない。ので今回は見守って動かないでいただけるとありがたい」
いや、その実は強敵に対して執着を見せる、挫斬に対する牽制なのだが。
言外に「だからこちらも動かない」という意味を込めたそれは、果たして通じただろうか。
「心配しなくても、こっちから仕掛けたりはしないわよ」
小声で挫斬が答えた。
「今はまだ、ね」
確かに強敵と戦う事に惹かれはするが、仲間内で決めた事だし、自分もそれに同意している。
それを蔑ろにする様な人間ではなかった――確かに、他人に与える印象は少々危ういかもしれないが。
「それならええんや…すまんかった」
黒龍は自分の持ち場に戻り、マライカMK-7を活性化させた。
「アロンの隣におるんは使徒やろうな。あれも高松の駒か? …高松と話が出来れば情報が入ったやろうな」
何かわかれば、いずれヨルから連絡が来るだろう。
(さて、ヨル君の分まで頑張らんとな)
今は動けない彼の為にも、自分が出来るだけの情報を集めて、持って帰る。
彼ならその情報を活かし、次に繋げてくれると…そう信じて。
「趣味の悪い金ピカですけれど、門木先生を傷つけるならば容赦はしません」
方陣の角の一角を担うレイラがPDW FS80を構える。
その隣にはミハイル。今回、彼は敢えて魔法攻撃に徹するつもりだった。
「といっても中レベルダアト並みの攻撃力は保障するぜ」
その向こうで盾代わりの金剛夜叉を構えた愛梨沙は、突然現れた敵サーバントの余りの数に、対処しきれるのだろうかと不安を覚えた。
だが、それも一瞬の事。
「負けるモンですかっ」
震えていた門木の事を思い出し、勇気を振り絞る。
「センセは絶対守る。小手調べだろうが準備運動だろうがそう簡単には負けられない」
次いで、ぼそりと付け加えた。
「それにあー言う上から目線の奴って嫌いよ」
先手を取ったのは撃退士達だった。
レイラが放ったアウルの弾丸が、先陣を切って突っ込んで来た獅子型の額を割る。
血を噴きながら地面に転がった獅子はそれでも前に進もうとするが、更に一撃を食らってその場に倒れ込んだ。
続いて三発、四発。レイラの銃撃は確実に二回の攻撃で獅子型を仕留めていく。
これを突破するのは無理だと悟ったか、或いは使徒や天使から指示があったのか。獅子達は進路を変えて左右に回り込む。
そこには背中合わせになる様に、ミハイルと黒龍が陣取っていた。
ミハイルのログジエルが右側に回り込んだ獅子達に向けて火を噴く。こちらは三発、急所に当てれば二発で足を止められた。
そして大体が急所に命中する辺り、流石は射撃を本職とするだけの事はある。
「インフィル、ナメんなよ?」
ミハイル、ちょっと得意そうだ。
だが、黒龍は苦戦していた。
岩陰から狙う弾はなかなか当たらないし、当たっても獅子は平気で突っ込んで来る。
たちまち、接近戦の間合いに踏み込まれてしまった。
岩を回り込んで獅子の牙が黒龍に迫る。だが、その瞬間。
「させないわっ」
割って入った愛梨沙がその攻撃を受け流し、反撃に転じた。
怯んだ隙を見て、インパクトを叩き込む。
それでも、獅子達は愛梨沙の死角を衝いて執拗に黒龍を狙って来る。どうやら、そこが穴だと思われた様だ。
「大丈夫です! 僕の盾で、守ってみせます!」
プロスボレーシールドを構えたレグルスが、敵の進路を塞ぐ様に立ちはだかる。
その二人の隙間を埋める様に、カノンが立った。
残る一方の敵には、祝詞を発動した龍太が対処する。
炸裂陣を二連続で撃ち込む。だが、それは銃器に比べて範囲攻撃が出来る利点はあるものの、射程が短かった。
炸裂陣の爆発に巻き込まれながらも、獅子型がそのタテガミを鋭い槍の様に伸ばして来る。
スキルを入れ替える間もなく、龍太は防戦に回る事を余儀なくされた。
咄嗟に盾を構え、その攻撃を受け流す。
「攻撃力は期待できないけれど、天使の攻撃を受け止めるには最適よ、コレ♪」
使ったのはレグルスと同じプロスボレーシールドだ。
敵の出方を伺う為にも、今は攻撃よりも守りに徹した方が良い。
「攻撃ならアタシより得意な人達が一杯いるし」
ちらりと後ろを振り返ると、偃月刀を振りかざした挫斬が飛び出して来る所だった。
闘気解放で能力値を底上げし、一刀のもとに獅子を切り伏せる。
二頭、三頭、龍太が盾で弾き、魔法攻撃を叩き込んだ所を挫斬が斬る、そのコンビネーションがいつの間にか出来上がっていた。
「数ばっかりで大した事ないわね!」
挫斬が少々面白くなさそうに言う。
獅子達の攻撃は直線的で捌きやすいし、総合力もたかが知れている。
もっと手応えのある相手が欲しかった。
「なるほどね、流石にその程度は雑魚だったか…これは失礼」
アロンが含み笑いを漏らしながら片手を上げる。
「では、こいつはどうだ?」
その手が下ろされるのと同時に、天使型のサーバントが動き始めた。
一方、その頃。
ヨルとユウは、教室に高松を訪ねていた。
「紘輝、お客さん!」
応対に出た生徒に呼ばれて立ち上がった高松は、先日の印象とはまるで違っていた。
「お、さんきゅ」
軽く手を上げて廊下に出た彼は、暗いものをその内に秘めているとはとても思えない、ごく普通の生徒に見えた。
「何、なんか用?」
そう言って首を傾げながら、高松は廊下ですれ違う生徒達と挨拶や短い言葉を交わしている。しかも笑顔で。
「そう言えば、門木先生が仰っていました」
ユウがヨルの耳元でそっと囁く。
「高松さんは、変化の術で外見を変えるだけではなく、中身までそれに合わせて変える事が出来るのではないかと…」
高松について何か気になる事はないかと尋ねたユウに、返された答え。
今までに見た彼の全てが芝居で、本来の姿は誰も知らないのではないか――そんな気がすると、門木は言った。
だとすれば、これも演技のうちなのだろうか。
それを証明する様に、人気のない場所に移動した途端に高松は豹変した。
「カドキを守ってくれて、ありがと」
「はぁ?」
ヨルの言葉に答える様子は、確かに報告書で見た通りだ。
「手は出さないって約束、守ってくれた。それに、手を出すなって天使に言ってくれたのも…コウキ、だよね」
でも、それなら。
「コウキは誰に頼まれてカドキを呼び出したの?」
「お前らの知った事じゃねえよ」
「じゃあ、今アロンの隣にいるっていう使徒の事は、何か知ってる?」
「知らねえな」
知っていても教える気はない、そんな態度だ。
「コウキが紹介したんじゃないの? …ヤマトみたいに」
「言っただろ、俺は今回関係ねえって」
実は紹介しようと思ってリュールに近付いた所、間に合っていると言われて追い返され、そのついでに学園までの手引きをさせられた…という事実は、口が裂けても言えなかった。
「もうひとつ、ディアボロを呼び出せたのは何故?」
「呼び寄せた訳じゃない」
廃墟のゲート跡からは、今でも勝手に天魔が湧いて来る。
「ディアボロが湧いたタイミングを見てお前等を呼び出しただけだ」
では、悪魔との繋がりはないのだろうか。
「あの、門木先生に何かお伝えしたい事はありますか?」
しかしユウの問いは完全に黙殺された。
今回はここまでの様だ。
手に入れた情報を知らせようと、ヨルは黒龍の携帯を呼び出してみる。
だが、ハンズフリーになっている筈のそれに応答はない。
彼の身に、何かあったのだろうか――
合図と共に模造天使が動き出した。
両手に持った二本の剣を振りかざし、滑る様に宙を飛んで来る。
そのスピードは獅子の倍ほどもあった。
接近戦を余儀なくされた撃退士達は、壁役のレグルス、龍太、カノン、愛梨沙を外側に配置する様に布陣を変え、その中から残る四人が高火力の攻撃を加えていく。
それは、最初のうちは上手く機能しているかに見えた。
しかし――
集中攻撃を浴びた瀕死の模造天使がふらふらとカノンに近付き、次の瞬間。
「…っ!!」
爆発した。
咄嗟にシールドを発動したが、その威力はカノンの体力をごっそりと奪っていく。
「僕の力よ! 仲間の傷を癒す、光になれッ!」
レグルスがライトヒールをかけるが、その間にも敵の侵攻は止まらない。
狙いは壁の中心に位置する黒龍だ。
一体の模造天使が壁役に攻撃を仕掛けている間、もう一体が空中から狙う。
或いは獅子の体当たりで壁を強制排除し、その背後から模造天使が飛び出し、斬る。
しかし、反撃しようにも迂闊に手を出す事は出来ない。
「半端にダメージを与えるな、こいつら自爆するぞ!」
ミハイルが叫んだ。
だが、全く反撃せずにいては味方のダメージが増えるばかりだ。
「自爆される前に集中攻撃するしかありませんね」
得物をミカエルの翼に持ち替えたレイラが、闘気解放で能力の底上げを図る。
「時雨を使います。どなたか範囲攻撃を」
「わかったわ、あたしが奇門遁行でぶっ飛ばしてあげる」
迫り来る模造天使の一段に、龍太が奇門遁甲の術をかける。
敵が方向感覚を狂わせる間もなく、レイラの一撃がが手前の二体を斬り裂いた。
「いけるわ!」
二体はもう動かない。
この調子で残りも片付けようと、龍太は再び奇門遁甲を使った。
それが切れれば呪縛陣で、とにかくありったけのスキルを使って――ただし奥の手だけは温存して戦う。
レイラも時雨が尽きれば薙ぎ払いでスタンを誘う。動きを止めてしまえば、自爆される心配もなかった。
「こっちも行くよ!」
挫斬は自爆の気配を漂わせる模造天使を次々に狙い、落としていく。
その間、ミハイルは残った獅子型を片付けていた、
ナパームショットで蹴散らし、黒龍と共にトドメを刺していく。
ダークショットはCRが下がる諸刃の剣だが、敵の攻撃は壁役が止めてくれると信じて、撃つ。
その信頼に応えるべく、カノンがミハイルの前に出た。
仲間の回復魔法を温存するべくリジェネレーションをかけ、ひたすら敵の攻撃を受け続ける。
そうしながら、敵の後方に注意を向ける事も忘れなかった。
「ふん、だいぶ建て直しやがったな」
アロンが呟く。
だが、これで終わらせるつもりはない様だった。
「ツルギ」
傍らの使徒を呼ぶ。
「少し遊んでやれ。一匹くらい殺しても良いぞ」
使徒は黙って頷き、剣を抜いた。
「使徒が来ます!」
カノンが叫ぶ。
まだサーバントも残っているこの時点で使徒にちょっかいを出されるのは、正直きつい。
だがここで、こちらが強敵の介入にも反応・対応し得るという事さえ示す事が出来れば、相手も一定の評価をしない訳にはいかなくなるだろう。
カノンは防壁陣を発動させると、使徒の目の前に飛び出した。
両腕の骨が砕けるかと思う程の衝撃が来る。
辛うじて持ち堪えたが、そこまでだった。仲間のもとへ向かう使徒を止める余力はない。
「これ以上は行かせない!」
「ここで止めます!」
愛梨沙とレグルスが、その前に立った。
「挨拶する手間が省けたぜ」
その後ろから、ミハイルが一発残ったダークショットを挨拶代わりに撃ち込む。
だが、使徒はそれを盾で受け流すと、剣を天高くかざした。
途端、上空から無数の彗星が無差別に降り注ぎ始める。
その中に飛び込む様に、使徒が走り込んで来た。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
乾坤網を発動した龍太がそれを受け止めようと盾をかざした、その時。
「キャハハ! 雑魚ばかりで退屈してたの。遊びましょ!」
横から飛び出した大剣の一振りが使徒の足を止める。
「ふふ、面白くなってきたぁ!」
挫斬は狂気にも似た情熱をもって使徒に斬りかかった。
燃え上がる炎の様な刀身が、使徒の盾を打ち鳴らす。
だが、使徒は反撃して来なかった。指示を伺う様に後方の天使を見る。
「もういい、戻れ」
その声と共に、使徒は逃げる様に空中に舞い上がった。
まだ残っていたサーバント達も攻撃を止め、後退を始める。
これで戦いは終わった。
何とか切り抜ける事が出来た。
誰もがそう思った時。
「ちょっと待って」
挫斬がアロンを呼び止めた。
「私達だけ手の内を明かすのは不公平よ。次はそっちの番よ」
死活を発動させ、挫斬はアロンに近付く。
「ちょっと、やめなさいよ!」
龍太が止めるが、挫斬はどんどん敵陣深く入って行く。
それは仲間達を巻き込まない為の配慮でもあった。
「アナタかそっちの使徒の全力を私に頂戴。それとも立派なのは外見だけで女性の誘いを断る臆病者なのかな?」
「挑発すれば、私が手の内を見せるとでも?」
そう言いつつも、アロンは一本の杖を取り出した。
他の装備と同じく、やはり金ピカだ。
「折角ですから、一つくらいは見せて差し上げましょうか…冥土の土産とならなければ良いのですが」
その瞬間、杖から眩い光が迸った。
アロンの周囲数メートルに放射状のエネルギー弾が広がる。
しかし挫斬は耐えた。
死活の効果はまだ続いている。
「キャハハ! 合格! これなら楽しめそうね! それじゃまたね! 次は本気で解体してあげる」
挫斬の捨て身の挑発によって、アロンの手の内が少なくともひとつ、明らかになった。
「僕の力が、痛みをぬぐい去る風になるならッ!」
敵の姿が消えた荒野で、レグルスは残ったスキルの全てを使って皆の傷を癒やそうと頑張っていた。
だが、黒龍に積み重なったダメージは予想以上に大きい。
それを癒やすには、技の他に時間と休養が必要だった。
どんなに壁役が頑張っても、混戦になれば…ましてや相手が強敵ならば、それだけでは守りきれない。
自身にも、消耗を抑える為の何らかの策が必要になるだろう。
「帰ったらまた入院やね」
黒龍は小さく溜息をつく。
予定していた門木の奢りは、これでキャンセルだろうか。
いや、折角皆で頑張ったんだし、報告する事も色々あるし。
退院祝いに一席設けて貰っても――良いよね?