● 鶴ヶ城公園
「へえ、あの綺麗な花は桜っていうんだ?」
鶴ヶ城公園に続く城下町を歩きながら、アルクス(
jb5121)は物珍しそうに辺りを見回していた。
人間界に来て間もない彼にとっては、全てが珍しいものばかりの様だ。
「ねえ、あれは? あっちのは何?」
土産物屋の店先で矢継ぎ早に質問を浴びせるアルクスに、隣を歩く森田零菜(
jb4660)は淡々と答えを返す。
その話し方のせいか不機嫌そうにも見えるが、これで結構ノリも良いし、本人は楽しんでいるらしい。
「あれは赤べこ。そっちは起き上がりこぼし。会津人の不屈の精神を表した郷土玩具で…」
「零菜さん、物知りなんだね」
ガイドブックで仕入れた知識を流しているだけなのだが、アルクスはニコニコと嬉しそうだ。
「一人で見てもわかんない事も多いし、話す相手がいないと面白くないなって思ってたんだ」
寄り道しながら歩くうちに、やがて白壁の立派な城が見えて来る。
「あれが鶴ヶ城?」
「そう、あの城は――」
零菜が解説を始めようとした、その時。
城の方から悲鳴が上がった。
二人は顔を見合わせ、次の瞬間には走り出した。
良く晴れた青い空。
眼下には満開の桜が広がっている。
天守閣の屋根から見える景色は、バルドゥル・エンゲルブレヒト(
jb4599)の目に好ましく映った。
時間が許すなら、このまま日が暮れるまで眺めていても飽きる事はないだろう。
しかし…
「風情ある良き地に、なんとも無粋であるな」
異変をいち早く察知したバルドゥルは、翼を隠したまま宙に舞う。
桜の下から溢れ出た人々と、それを追う異形の者。その流れを把握しようと高度を下げ、状況を仲間達に知らせる為に携帯電話を取り出した。
「これは、こうした使い方で良いのだろうか…」
機械を操作する手つきはぎこちないが、それでも何とか無事に通話を終える。
味方の現在位置と方角から見て手薄になりそうな場所を選んで、バルドゥルは地上に降り立った。
「わあ、桜や桜やー!」
見事に咲き誇る桜と、鶴ヶ城の天守閣。
その絵になる光景に、瀬尾伊織(
jb1244)は目を輝かせていた。
「やっぱりええもんやなー、なあヒリュウ?」
呼び出したヒリュウと共に、まるで小さな子供の様に桜の下を走り回る。
が、そこに無粋な邪魔が入った。
悲鳴だ。伊織はその発生源をヒリュウの目で探す。
と、荷物の中から携帯の着信音が聞こえた。
走りながら電話に出ると、バルドゥルの声が聞こえて来る。
「もしもし? うん、わかった。敵の数は10体程度で、一箇所から纏まって湧いとるんやな?」
場所は城を挟んで反対側。そして、味方よりも数が多い。それなら分断させて叩くか。
「ヒリュウ、先に行って敵の目ぇ引き付けとくんや。頼むで!」
移動速度は変わらないが、ショートカットが出来る分ヒリュウの方が速い。
一声鳴くと、ヒリュウは一直線に飛んで行った。
「今、外で悲鳴が聞こえなかった?」
「気のせいかと思いましたが…サキさんも聞こえましたか?」
鶴ヶ城の天守閣内部にある博物館を見て回っていたサキ(
jb5231)と炎武 瑠美(
jb4684)は、手近な非常口から外に出た。
途端、逃げ惑う人々とそれを追う異形の者の姿が目に飛び込んで来る。
「よ、妖怪…です、か?」
瑠美は突然の出来事に頭の中が真っ白になりかける。
だが…
「大丈夫、行こう」
その肩に手を置いたサキの言葉で落ち着きを取り戻した。
襲撃がある事は予想していたし、しっかり準備もしてある。
「私は空から全体の状況を確認してみるよ」
「は、はい、お願いします!」
闇の翼で空に舞い上がったサキを見送り、瑠美は出口に向けて走った。
● 飯盛山
「お花見遠足なんて楽しそうっ!」
「人間界にきて初めての遠足! 楽しみ!」
天原 茜(
ja8609)と草薙 タマモ(
jb4234)の高等部女子二人組は、出発前から盛大に盛り上がっていた。
「お花見遠足なんて小学生ぶりだな、楽しそうだね」
そんな二人の様子をちょっぴり保護者的な目線で見守っているのは、大学部の大日向 透(
jb5151)だ。
「でも、遠足って何です?」
タマモはかくりと首を傾げる。天界では経験した事がないらしい。
「遠足っていうのは…そうだな…」
ここは年長者である自分が答えねばなるまいと、透は遠足の定義を考えてみる。
だが、気の利いた説明が見付からないうちに、茜に先を越されてしまった。
「綺麗な景色が見える所に出掛けて、皆で楽しくお弁当食べたりする事だよ!」
学校側にはもう少し教育的な意図や思惑もある筈だが、生徒達の認識としてはそんなものだろう。
「今回はただ楽しいだけ…とはいかないかもだけどね…!」
でも大丈夫、準備は万端だ。
そして当日。
「麓の桜も綺麗だったけど、ここも良い感じに咲いてるね」
ファラ・エルフィリア(
jb3154)は、のんびり花見を楽しみながら山道を登っていた。
空を飛んでしまえば速いのだろうが、仲間と歩調を合わせて歩くのも悪くない。
「ね、チェルシーさん。綺麗だよね!」
「はい」
ファラの笑顔に、隣を歩いていたチェルシー・ディーネット(
jb5149)は一言ぽつり。
無表情かつ無感動に見えるが、その目は桜に釘付けだった。
やがて二人は白虎隊自刃の地に辿り着く。
「チェルシーさん、ほらほら、桜に囲まれたお城が見えるよ!」
と、ファラが手招きをした、その時。
何処かで悲鳴が上がった。
周囲の空気には、白虎隊の隊士が眠る墓から流れて来るのだろう線香の香りが含まれていた。
ここは神聖な祈りの場。なのに…
「こんな所で暴れるだなんて、野暮な鬼達ね」
イリヤ・メフィス(
ja8533)は咄嗟に周囲を見渡し、状況の把握に努める。
ここは観光客がよく利用する階段や動く坂道スロープコンベアとは逆の方向にある遊歩道。
そちらに比べて人影はまばらだが、それでも十数人の観光客の姿が見えた。
しかも、杖をついた老人や小さな子供の姿が目立つ。
動く坂道は上りしかなく、下りは階段か、それが厳しければこちらの遊歩道を利用するしかないのだ。
「急いで逃げて…って言っても無理そうね」
イリヤは遊歩道の両脇から現れた小さな鬼をまず退治してしまいたいと焦る心を抑えて、まずは観光客の避難誘導に当たった。
しかし、一人では到底手が足りない。
そこへ和服美人の小学生が飛び込んで来た。
「人が大勢いる場所に出て来て暴れる、だなんて」
その和服美少女、月白 優光(
jb5124)は、坂道で尻餅をついた老人に迫る餓鬼の足元に向かってアウルの弾丸を撃ち放つ。
驚いた餓鬼は思わず身を竦め、その場から飛び退った。
その間に割って入った優光は子供とは思えない力で老人を抱き上げると、敵に背を向けて走る。
「ここなら大丈夫かしら」
少し離れた場所にあるお堂の様な建物に担ぎ込むと、優光は再び戦場に戻って行った。
仲間の誰かが阻霊符を使っている筈だし、戦いは彼等に任せれば良い。
(私一人ではないのだから…)
自力で逃げられそうな人々に向かって避難を呼びかけつつ、今度は子供二人を両脇に抱えて戻って来る。
(誰かの大切なヒトが喪われないように、精一杯やらなくちゃね)
その頃には、急ぎ集まった仲間達が敵に対する包囲網を敷いていた。
● 石部桜と二尾狐
「小さい頃両親に連れられて一度見に行った事があるけど…あんまり覚えてないな」
遠足の行き先を聞いて、牧之瀬 セラ(
jb5250)は真っ先にこの桜を身に行く事を決めた。
もう一度、見てみたい。それに…
(何があるとしても、桜は絶対守る!)
遠足の拠点となる鶴ヶ城公園から仲間達と共に歩くこと暫し。
開けた視界の向こうに、淡いピンク色をした小山の様な桜の木が見えて来た。
(…あ、この景色…)
何となく見覚えがある。そうだ、あの時もこの道を通って――
しかし、近付くに連れて何だか少し様子がおかしい事に気付いた。
あれは何だろう。狐…?
満開の桜の下では大勢の観光客が花を愛で、香りを楽しんでいた。
そこに、ひょっこりと可愛らしい動物が姿を現した。
「わあ、可愛い!」
「狐かしら? ずいぶん人懐こいのねえ」
狐達は桜の周囲、あちこちからひょこひょこと顔を出し、観光客の傍に寄って行く。
だが、次の瞬間――
「春は恋の季節だと聞いているのだがね」
騒ぎに気付いたサラ(
jb5099)は闇の翼で上空に舞い上がり、そこから状況を把握しようと下を見る。
「…いやはや、妖が出るのは無粋というものじゃないかな?」
せっかく石部桜で遊ばせて貰おうと思って来たのに。
「景観をゆっくり楽しむためにもまずはお邪魔な子達を追い払わないとね」
狐は桜の周囲を好き勝手に跳ね回っている様だ。
「こらー! お前らやめろー!」
サラからの連絡を受けて事態を把握した瞬間、セラは走り出していた。
木の周囲では狐に襲われた人々がパニックを起こして逃げ惑っている。
その間に割り込んで大声で叫び、セラは狐達の注意を自分の方に引き付けた。
「お花見に来たけど、やっぱり一筋縄じゃいかないんだねぇ」
そう呟いて、点喰 因(
jb4659)も傍らの雫石 恭弥(
jb4929)と共に桜に向かって走る。
「落ち着いて避難お願いしますー混乱が最大の危険ですよー」
「皆さん、落ち着いて指示に従い避難してください!」
そう声をかけつつ、二人は手分けして人々を桜から遠ざけていった。
だが、二人だけでは目の届かない場所もある。
上空から避難の様子を見ていた花房 桜夜(
jb4226)は、逃げ遅れた人の姿を見付けてその前に降り立った。
「大丈夫か?」
相手を背に庇い、目の前の敵に打刀を振るう。
巧みに避けた狐は反撃の火を放ったが、シールドを発動したセラが割って入り、それを受け止めた。
「大丈夫?」
「ああ、すまぬな。助かった」
背後の人物に速く逃げろと目で合図を送り、桜夜は再び――今度はセラの背後に身を隠しつつ狐に斬りかかった。
『キャンッ』
子犬の様な鳴き声を上げて、それは斃れる。
(鳴き声まで可愛いなんて…!)
実はカワイイモノスキーの恭弥は、その余りの可愛さに闘争心が折れそうになるのを必死に堪えながら、因と共に避難誘導に当たっていた。
花見客達もそんな可愛らしさに油断していたせいか、突然の攻撃を受けて怪我をした人も少なくない。
二人は怪我人を抱き上げ、或いは担ぎ上げて、桜から少し離れた田圃に急いだ。
田圃にはまだ水はない。畦道から一段と低くなっているから、身を隠すのに多少は役に立つだろう。
「はいはい、こっちこっちー」
怪我人を運び終わると、因は自力で動ける人々を誘導しながら、追って来る狐達に向けて牽制の矢を射る。
そうしながら、逃げ遅れた人はいないかと周囲に目を配るのも忘れなかった。
一方の恭弥は怪我人に付き添いつつ、回復役のカイン・フェルトリート(
jb3990)に向かって手を振る。
「こっちだ、回復を頼む!」
その要請に無言で頷いたカインは、急いで駆け寄ると怪我の酷い者からライトヒールをかけていった。
重傷者は三人。他にも何人かの怪我人がいるが、そちらの緊急性は高くなさそうだった。
「ありがとう、少し楽になったよ」
治療を施した相手からそう言われて、カインは僅かに戸惑いの表情を見せる。
だが、この場にはもう自分の出来る事はないと見ると、前線に向かって走り去ってしまった。
「後は救急車を呼べば大丈夫かな」
消防に連絡すると、恭弥は因と共に背後の人々を守るべく畦道の上に立った。
円形の盾を構えたカインは背後を守る者として最前線に立った。
その背に守られながら、ヴェーラ(
jb0831)は可愛らしい外見にも心を動かされる事なく、笑顔でビシビシ攻撃を撃ち込んでいく。
「こんなに立派な桜だもの、惹かれて出てくるのも分かるけれど…おいたは駄目よ?」
敵が直線上に重なった所を見計らって、ダークブロウを放つ。
「さぁいらっしゃい」
だが、相手は素早く身をかわすと反撃の狐火を放って来た。
「あら、案外素早いのね」
慌てて距離を取り、ヴェーラは六つの狐火を遣り過ごす。
「結構やるわね…ぽよんぽよんのふよんふよんのくせに」
可愛いけれど、一般人の安全には代えられない。
ここは心を鬼にして…とは言え。
(…一匹ぐらい持って帰って躾けられないかしら?)
ちょっと本気、かも?
その隣で、百鬼 沙夜(
jb5085)が炎陣球を放つ。
(母様、いよいよ初陣です)
真っ直ぐに飛んだ火球は狐の体を包んで燃え上がった。
二撃目は外れたが、沙夜は得物を金と銀の双剣に替えて、敵の目の前まで近付いた。
「百鬼(ナキリ)は『鬼を撫で斬る』の意。…いざ、参ります」
双剣の扱いは難しいが、その代わりに持つ者の回避力を高める効力が秘められている。
沙夜は狐火を巧みに避けながら斬り付け、追い詰め、遂にはその体に刃を叩き込んだ。
多少の反撃も受けたが、この程度ならどうという事もない。それに、自前の回復手段もあった。
「私は大丈夫です、他の方の回復を優先してください!」
ライトヒールをかけようとしたセラに、沙夜はそう言って首を振る。
狐に使った吸魂符は一度は外したものの、二度目は狙い通りの効果を発揮した。
生命力を吸われた狐に、上空からサラが放った破魔弓の矢が突き刺さる。
狐は体を丸めて転がると、動かなくなった。
桜夜もまた闇の翼で空を駆け、ゴーストバレットを放っては狐火の届かない高さまで逃げる。
避難した人々の安全を確認すると、因と恭弥も敵の殲滅に乗り出した。
「可愛いなりでも危ないいなりだねぇ」
因はそう言いながら玉鋼の太刀を一閃させる。
狐が可愛らしい悲鳴を上げながら転がった所で、恭弥の闘争心は再び折れそうになるが…そう想いながらも攻撃の手を緩めないのは流石に撃退士。
敵の数が多い間は守勢に回っていたカインも、形成逆転の機を見て攻撃に移った。
一気に距離を詰め、インパクトを乗せた零距離射撃を見舞う。
もとより外観の美醜は害ある者を殺さない理由にはならないと思っているから、敵への躊躇は無い。
そんな事よりも、この戦いが周囲の田畑や桜に悪影響を与えないかと、そちらの方が心配だった。
やがて桜の周囲にも静けさが戻る。
翼ある者達が手分けをして周囲の様子を探るが、どうやら敵は残っていない様だ。
それを確かめると、カインとセラは先を争う様に桜の元へ飛んだ。
幹の周囲は柵で囲われている為に近付く事は出来ないが、見たところ何処にも損傷などはない様だ。
「…良かったな」
セラは桜に語り掛ける。
傍らで、カインも無言で頷いていた。
桜の無事を確認すると、セラは花見客が残して行った周辺のゴミを拾い始める。
それを見たカインは、やはり無言でその手伝いを始めた。
「ありがとう」
礼を言われても、やはり戸惑いの方が先に出てしまうが…
もう一度、信じてもいいのだろうか。
カインは父の形見にそっと手を触れ、心の中でそう呟いた。
その向こうでは、サラがひとり桜に語りかけている。
一本桜、というのは寂しいものだ。
「…桜君、君は隣に誰かいなくて寂しくないのかい?」
私は、寂しいよ。
口には出さず、柵の外にまで張り出した枝にそっと触れた。
「お疲れさまでした。皆さんも、お茶をどうぞ」
沙夜は仲間を労おうと、温かいお茶を配って歩いている。
可愛い狐を退治した事で微妙に落ち込んでいた恭弥も、それを貰って少しは立ち直った様だ。
「これからもよろしくお願いしますね」
沙夜は皆に向かって丁寧に頭を下げる。
見事に咲き誇った一本桜を眺めながら仲間と共に飲むお茶は、いつもより格段に美味しく感じられた。
「こちらは無事に片付いたわ」
一息ついたヴェーラは、別の場所で戦う仲間達に連絡を入れた。
「そちらはどう? 必要なら援護に――」
● 餓鬼と赤鬼
ちょこまかと鬱陶しく動き回る餓鬼達の背後には、木々に紛れて巨大な赤い体が見え隠れしていた。
切り札のつもりで木陰に隠れて出番を待っているのだとしたら、かなり間抜けだ。
「小山の大将ね。…子分が居なくなったら逃げたりして?」
イリヤは苦笑混じりにそう言うと、遠い間合いから煌めく氷の錐を撃ち出して貧相な子分の体を貫く。
「右がお留守よ!」
餓鬼は『ギャッ』と叫ぶと地面をのたうち回った。
続けてもう一撃を撃ち込むと、それは完全に動かなくなる。
攻撃が当たりさえすれば、そう苦労する相手ではなさそうだった。
その間に他の餓鬼どもが素早く距離を詰めて来る。
使い切ったスキルを切り替えつつ、イリヤは仲間の方に向かって行く餓鬼に薄紫色の光の矢を放った。
だが、今度は上手く避けられてしまった。
それはそのままダブルアクションの自動式拳銃モノケロースU25を構えた樹月 夜(
jb4609)の目の前に飛び出して行く。
「させない…!」
イリヤはそれを追って追撃を撃ち込もうとするが、間に合わない。
餓鬼の爪が夜に向かって振り上げられた、その時。
シールドで防御を固めたケイン・ヴィルフレート(
jb3055)が間に割って入った。
「間に合ったね〜」
おっとり言って、にっこり振り返る。
その目の前で、夜の拳銃が火を噴いた。
ケインの防御に跳ね返された餓鬼が、アウルの銃弾に撃ち抜かれて吹っ飛ばされる。
「ありがとう」
目の前の危険が去った事を確認してから、夜はケインに礼を言った。
「鬼と餓鬼か〜地底に帰ってもらわないとね〜」
言いながら、ケインが頷く。
民間人の怪我人は、腕を鈎爪で切り裂かれた青年と、避難の際に転んで怪我をした老人の二人だけ。
撃退士達の到着が早かった為か、幸いそれ以上の深刻な怪我人はいない様だ。
彼等にはライトヒールをかけておいたし、後はここを突破されなければ守りきれる。
「まぁ、やれるだけやってみようか」
夜は壁役となったケインの背後に隠れつつ、攻撃が届くぎりぎりの所から餓鬼どもに向けて引き金を引いた。
「まずは少し数を減らさないとな」
「でも、全滅はさせない様に気を付けてね〜」
派手に撃ちまくる夜に、前を向いたままのケインがのんびりと言う。
「え、何で?」
「パワーアップする敵とかもいるみたいだしね〜」
ボスが子分の死体を吸収して体力回復とか、そんな可能性もありそうな気がする。
「わかった、気を付ける」
夜はそう答えたが、不安要素がなきにしもあらず。
「いやーモリアガッテマスネー! いっつあショーターイーム」
Marked One(
jb2910)はアサルトライフルを股に挟み、良識ある大人なら思わず目を逸らしたくなる様な格好で乱射している。
「ウヒョー! ズババアババアバババババン!」
彼の耳には多分、ケインの忠告は聞こえていない。
「っしゃあ、いっちょドツいたるでぇ!」
そう叫んで赤鬼に吶喊する秋津 仁斎(
jb4940)の耳にも、聞こえていない気がする。
が、こちらの狙いは赤鬼の様だから問題はないか。
「せっかくの花見が台無しー!!」
折角の花見をむちゃくちゃにされて激怒真っ最中のファラは光の翼で空に舞い上がると、上空から敵の位置を把握、それを皆に伝える。
「これ以上押されると一般の人に流れ弾が当たっちゃうかもだから、ここで食い止めるよ!」
怒り心頭でも指示は正確だ。
そしてチェルシーと共に赤鬼の誘導にかかる。
「目標確認、誘導開始。支援要請します」
囮となったチェルシーは、距離を取りつつ木々の間をぬってリボルバーを撃った。
(成る程油断させての実戦試練といったところでしょう。完遂させてみせます)
大物はさっさと倒してしまうに限る。
先に倒してしまえば、逃げられる心配も合体してパワーアップする心配もないし。
チェルシーの攻撃は余り効いている様には見えなかったが、神経を逆撫でする効果はある様だ。
『ぐおぉぉっ』
赤鬼は苛立たしそうに吠えると、煩い蠅でも払う様に、手にした巨大な棍棒で目の前の木々を叩いて砕く。
そのままゆっくりと歩き出した赤鬼に、ファラは空中から怒りの矢を放った。
「あの赤鬼マジ射抜く!」
喰らえ乙女のど根性!
地上と上空からチクチクと攻め立てられた赤鬼は、次第に歩を速めて林の中を進み、やがて遊歩道に姿を現した。
「そのままこっちに来るんだよ!」
ファラは少し先の開けた場所まで低空を飛びながら誘導して行く。
が、怒った赤鬼は手にした棍棒をぶん投げて来た!
「そんなもの、当たらないんだから!」
華麗に避けるファラだったが、しかし。その棍棒がブーメランの様に戻って来る事までは予想していなかった。
「いたっ!?」
後頭部をどつかれて、ファラはますます怒り心頭、吸魂符で赤鬼の生命力を吸い尽くす…とまではいかないけれど。
「ふ…吸ってやったぜ」
ドヤ顔をしつつ、何となく口元を手で拭ってみる。
もう一人、同じタイミングでドヤ顔をしている者がいた。
「魔術は尻から撃つ…ドヤァ」
背後に回り込んだ餓鬼どもに、尻からガスを…いや、仕込んでおいた六花護符を発動させて雪玉を発射したMarked One。
彼は魔術を尻から出す事に命を賭けているらしい。
「餓鬼、あと六匹!」
イリヤがカウントする声が辺りに響く。
「楽しいお花見の邪魔するなら、悪魔でも容赦しないよ〜!」
そこに駆けつけた茜、タマモ、透の三人組が、残る餓鬼どもの始末を一手に引き受けた。
「タマモちゃーん! 敵の動き解ったら教えてね〜!」
上空のタマモに手を振りながら、茜は和槍・雷桜を構え、今度は透に声をかける。
「透くん! 怪我しないでねー! 呼吸合わせて、いくよっ!」
それに応え、透は片刃の曲剣を抜き放った。
「このディアボロ達も遠足に来たのかな。でも…」
目にも止まらぬ速さで刀を一閃。
「人の迷惑になるようなコトはしちゃダメってダレかに教わらなかった?」
返事の代わりに呻き声を上げ、餓鬼はその場から逃げ出そうとする。
だが、タマモの指示で回り込んでいた茜が強烈な一撃を叩き込んだ。
「あと五匹!」
イリヤのカウントが聞こえる。
「茜さん、透さん、援護します!」
残った餓鬼の死角に回り込み、タマモは雷の刃を放ってその足を止めようとした。
が、一匹の餓鬼がその網をかいくぐり、逃げようとする姿が目に入る。
二人は今、手一杯だ。誰か他に対処できる人は――
「餓鬼が一般人の方に向かっています。抑えてください」
その声に応えたのは優光だった。
「ここは通さないわよ」
死神が持つ様な不気味な大鎌を振るい、優光はその行く手を塞ぐ。
「レッツ介錯! WABISABI!」
その背中を、Marked Oneが大太刀でばっさりと斬り捨てた。
「あと三匹…二匹!」
カウントダウンが続く中、そろそろ決着を付けようとファラが炎陣球をぶちかます。
「燃えちゃえ!」
赤鬼の体が真っ赤な炎に包まれた。
「行くよ」
続いて、夜がストライクショットを乗せた銃撃を浴びせる。
たまらず、赤鬼は逃げ出した。
子分がまだ残っているにも関わらず、恥も外聞もなく棍棒をがむしゃらに振り回しながら逃げ出した。
「まさか逃げ出すとは…」
それを呆然と見送るケイン。だが、すぐ我に返って光の翼で舞い上がり、空中から魔法攻撃を浴びせた。
やはり空から先回りしたタマモが退路を塞ぎ、全力疾走で追いかけた茜がその背に風の衝撃波を撃ち放つ。
「逃がさないわよ!」
更に、イリヤが放った火の玉が追い討ちを掛けた。
得物をスナイパーライフルに持ち替えたMarked Oneは、それをバズーカの様に構え、明らかに間違った射撃体勢で赤鬼の足を狙い撃つ。
「ちょろいもんだぜ…その綺麗な顔をフッ飛ばしてやるぜって、狙ってるのは足デスケドネー」
赤鬼の足がもつれ、その巨体が地面に沈み込んだ。
こうなればもう、後はありったけの火力をぶち込むだけだ。
「こっちもまだ残ってるんだけどな」
赤鬼の方に殺到した仲間達を横目に、夜は残った三匹の餓鬼に銃撃を浴びせる。
「大丈夫よ、私も残ってるから」
ふわりと微笑みつつ、容赦なく大鎌を振るう和服美少女。
彼女が実は子持ちの未亡人だなどと、誰が想像出来るだろう――
● ろくろ首
十体程のろくろ首を、六人の撃退士が取り囲む。
数の上では若干不利だが、気迫は充分だった。
この網は抜けさせない。
「ディアボロの癖に生意気な…」
零菜の背からは、何故か真っ黒なオーラが噴き上がっていた。
別に、その豊満な胸が目に入ったとか、羨ましいとか、そんな事じゃないけど!
そこに渦巻く怨念を何と勘違いしたのか、アルクスはそんな零菜をキラキラした目で頼もしげに見つめている。
「零菜さん、戦いも頑張ろうね!」
お互いに動きはそこそこ早くて正面戦闘は不向き、ならばお互いフォローしあって動き回りながら攻撃していくのが良いだろう。
アルクスはいつでも飛べる様にと翼の準備をしながら、零菜の背を守る様に立つ。
「我が怒り、思い知るが良い!」
零菜は敵を挑発する様に前に出て攻撃を誘う。
何の怒りか、それは敢えて言わずにおくけれど。
案の定、ろくろ首は零菜を目掛けてその首を伸ばして来た。
まあ、他に攻撃方法もないし、そうするしかない訳なんだけれども。
伸ばした首を更に引き延ばそうと、零菜は届きそうで届かない絶妙な距離を取りつつ走る。
首が思い切り伸びた所で、アルクスの大鎌が一閃。
ちぎれた首は零菜を追いかける勢いのままに飛んで行き、城の石垣に当たって割れた。
「あの首はからまったりしないのであろうか?」
その様子を見て、バルドゥルが首を傾げる。
リクエストに応える様に、零菜は壁走りを使って縦横無尽に走り、遂には敵の背後に回った。
伸びきった首は周囲の樹木や公園灯に絡まり、自身でも結び目を作って…大変な事に。
「伸びすぎる首も難儀よの…」
しみじみと呟くバルドゥルの目の前で、首はあっさりちょん切られた。
だが、たかが首でも一般人が当たれば致命傷になりかねない。
バルドゥルは気を引き締めて、盾を構え直す。
仲間達に対しても、ライトヒールの出番など無い方が良いのだ。
伊織は仲間達とは少し離れた位置に立ち、ヒリュウを使って敵を分断する様に誘き出してみる。
「よし、その調子や!」
ヒリュウは小さな羽根をマッハで動かし、牙を剥いて襲いかかる女の首から必死の形相で逃げて来る。
それを待ち構えた伊織がデュアルソードでちょん切って、一丁上がり。
もう一回、と思ったが…残念、時間切れでした。
「本物見るの初めてですけど、人に悪さをするなら放ってはおけません」
盾を構え、瑠美は敵の前に立つ。
その隣にサキが降り立った。
「楽しい遠足のために、さっさと倒しちゃおうね」
一般人を攻撃する前に、撃退士が相手をしなくては。
その二人に地元出身の香織を加え、三人は横一列になって壁を作る。
だがその壁は、ただ敵が来るのを待ってはいなかった。
敵が首を伸ばすよりも早く、瑠美はその懐に飛び込んでインパクトを乗せたハイキックを見舞う。
「炎武式…ソニックインパクト!」
蹴り上げられた首は体ごと飛んで行く勢いで真上に伸びて行き、サキの剣で胴体から切り離される。
彼等を狙って伸ばされた首は瑠美の盾で跳ね返され、香織の釘バットでホームランされ、サキの剣で首を斬られた。
もはや回復の手は不要と見たバルドゥルも大鎌を振るって参戦し――
鶴ヶ城公園は、瞬く間に元の平穏を取り戻した。
● 夜桜
夜の鶴ヶ城公園は、城と共にライトアップされた桜によって昼間とは全く違った様相を呈していた。
「ふむ。夜桜とは粋なものであるな…」
再び天守閣に登ったバルドゥルは、その様子を上から眺めている。
下では一般客に混ざって撃退士達の宴会が始まっていた。
「予想外にいい汗かいちゃったねー!」
タマモが広げたシートに座り、茜は遠慮なく足を伸ばす。
「うわぁ、きれいですね!」
夜桜に見とれるタマモをよそに、茜は色気より食い気。
「今度透くんの手料理ご馳走してよ! ね、タマモちゃん…って、お弁当!?」
透は抜かりなく、手作りの重箱弁当を持って来ていた。
「腹減ったなー。タマモも茜もお疲れ、ほら、いっぱい食えよ」
どーん!
弁当は三人だけでは食べきれないほどの量だった。
その臭いを嗅ぎ付けて、食べ盛りの仲間達が集まって来る。
「あんまり上手じゃないけど…みんな喜んでくれるかな?」
そこに瑠美の筍の炊き込みご飯を使ったおにぎりや、季節の食材をふんだんに使った弁当が加わる。
更には零菜からは大福の差し入れが。
「花より団子だよね」
その言葉に、風流だの典雅だのといった言葉には無縁な者達が盛んに頷く。
恭弥からのお菓子やおつまみも加われば、後はもう酒盛りをするしか!
いや、本人は呑めないけれど。
「夜桜はやはり、良いな…一献どうだ?」
先程まで刀を振るって型の練習をしていた桜夜が、一升瓶と共に席に加わる。
「夜桜…花見酒…フ〜ゥ!」
仁斎は待ってましたとばかりに飛び付き、後はひたすら呑みまくっていた。
「ま、こういうときにこそ、かなぁ」
そんな中、因は持参した篠笛で桜にまつわる曲を奏で始める。
どれも聞き覚えのあるメロディだが、そのどれもが和楽向けにアレンジされていた。
篠笛の音色は桜に良く似合う。
そんな小粋な演出と共に、夜は静かに更けて行った。
「桜も無事でよかったわ…」
ヴェーラがしみじみと呟いた。
チェルシーも顔には出ないが、それなりに楽しんでいる様だ。
夜は周囲の仲間達と、桜を見ながら静かに話し込んでいる。
一部、静かに出来ない者もいた様だが…彼はどこかのオジサンにゲンコツを貰ったらしい。
それはともかく。
春の遠足は大成功に終わった。
経験の浅い者でも、協力と連携、そして作戦次第では実力以上の力が発揮出来るという自信を、彼等の胸に残して。
儚き桜花の一片は互いに集い、寄り添って、やがて満開の桜となり十重二十重に咲き誇る事だろう――