「やっとひと段落なの…」
怪我の手当を終えて、華桜りりか(
jb6883)はほっと一息。
しかし、まだこれで終わりではない。
「あともう少し、楽しいをたくさんにするために頑張りましょう…です」
ここに残ってフォローするのは勿論だが、もうひとつ。
「章治兄さま、おつかれさまでした…です」
ところで、ひとつお願いがあります。
「メイラスさんに、何かお土産を持って帰りたいの…もし会えるなら、欲しいものがあるか訊いてほしいの…です」
「わかった、伝えておくな」
危険物や機密の類でなければ持ち出しの制限も受けないだろう。
「俺が戻れるかどうかはわからないが、話が聞けたら誰かに伝言を託そう」
「よろしくお願いします…なの」
頷いた門木がゲートに踏み込もうとする直前。
「ちょっと待って、紘輝は私のものよ」
雨野 挫斬(
ja0919)がその手から高松を奪い取り、人目も憚らずに抱き付いた。
「いてっ、おい足…っ!?」
文句を言いかけたところで唇ごと言葉を塞がれる。
その間たっぷり一分はあっただろう。
「うん、やっぱり解体よりは劣るけど好きな人とキスするのは気持ちいい。紘輝もどう? 気持ちいい?」
「痛ぇよ、足」
「もう、素直じゃないんだから!」
罰として、もう一回蹂躙してあげよう。
「ん〜、本当はもっと気持ちいい事したいけど子供がいるから我慢ね」
まだ仕事が残っているし。
「待たせてごめんね。戻ろっか」
高松に肩を貸し、挫斬は何事もなかった様にゲートをくぐる。
「俺も手伝うよ」
「ヨル君がやるならボクも」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)と蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が一人ずつ肩に担ぎ上げた。
「私もついでに何か使えそうなものを取ってくるのだ」
子供も楽しめる様なものが良いだろうかと考えつつ、青空・アルベール(
ja0732)も手を伸ばす。
最後の一人はアレン・P・マルドゥーク(
jb3190)が背に負った。
フィリアの事は気がかりだが、今は自分のやるべき事を全うしよう――迎えに行くのはそれからだ。
「すぐに戻りますので、皆さんそれまでここをお願いしますね」
騒ぎ自体は既に天使達があらかた収めている。
皆が戻る頃には「話を聞く」用意も出来ていることだろう。
「ところで本気モードになっていたけど、はーじぇんさんは大丈夫なの…です?」
見送りを終えたりりかが振り向くと、そこには――ぺしょーんと縮んだ老人の様な姿で椅子に腰かけているハージェンの姿があった。
どう見ても大丈夫そうではない、けれど。
「んと…確かえねるぎーを補充すれば元に戻ると聞いたの…です」
エネルギーと言えばチョコ、チョコと言えばりりか。
「とりあえずこれで、少しでも元気になってください…なの」
そう言って、常に持ち歩いている餌付け用のチョコを差し出した。
「はーじぇんさん、たくさんありがとうございました…です。とても感謝しているの…」
今はこれくらいしか出来ないけれど、あの約束に期限はない。
「あたしが出来る事があったらいつでもお手伝いするの」
こくりと頷いたハージェンが、小さく笑い返した様に見えた。
「彼らには生きて、罰を受けた後に今とはまた変わった世界を見て欲しいな」
高松達が病院に収容されるまで見届けたヨルは、去り際に病室を振り返った。
「コウキにはサギリがいるから大丈夫だと思うけど…他の人達には誰かいるのかな」
「誰ぞおったら、ここまでにはならんかったかもしれんね」
黒龍が答える。
「それでも、生きてさえいればいつかは巡り会えるかもわからん…ボクにとってのヨル君みたいな存在に」
それを願ってやる義理はないが、ヨルがそれを望むなら叶えたいとは思う。
「ヨル君は本当に成長したなぁ」
「そう?」
「あんな風にが叫ぶの、久々に聞いた気するわ」
あれにはちょっと驚いたけれど、自分と立ち向かった事とか、その心を持って改めて相手に示そうとしたこと――数々の勇気は、とても凛々しくかっこよくて。
「惚れ直した」
「え、なに?」
「んー、なんでもないよ。そんなヨル君と、皆と、新しい友人となるかも知れない天使たちと、これからを歩めるのは楽しいだろうなってさ」
「うん、そうだね」
その為に今、しなければならない事がある。
戻ろう、天界へ。
一方、挫斬は天界へは戻らず、高松の監視者としての使命を全うすることに全力を傾けていた。
即ち彼に付き添い、付きまとい、嫌がられようが文句を言われようが、構わず抱き付いたりあちこちまさぐったり匂いを嗅いだり舐め回したり――
「留置所と刑務所では面会出来ても触れ合えないのよ? だから今のうちに一杯しておかないと!」
「だからって治療してる最中に手ぇ出してくる奴がいるか!」
「いるわよ、ここに。紘輝もこれから数年は女に触れられないんだから、今のうちに触っておかないと大変よ? 頑張って数年分ラブラブしないと」
なるべく早く仮釈放の決定が下りるように動いてみると、門木は言っていたけれど。
「あ、紘輝が刑務所に行く前に籍いれとかないと面会できなくなっちゃうね。結婚式は紘輝の服役後に皆を呼んで派手にやろう! あ、紘輝は和式と洋式どっちがいい?」
「和式と洋式ってトイレかよ!」
そこかお前、突っ込む所はそこなのか。
つまり結婚はOKという事で良いんだな?
「新婚旅行はどこいこう? 今回天界行ったから冥界と魔界に行く?」
「別に興味ねーし」
「じゃあ世界一周とかにする? 子供は何時から作ろうか? 私は結婚後数年は2人でラブラブしたいなぁ〜」
「…勝手にしろ」
それ即ち承諾の意。
「わかった、勝手にするわね」
にっこり笑って、挫斬は高松をベッドに押し倒した。
「ちょ、おま…ここ病院! ナースコール押すぞこら!!」
「なによ、嫌なの?」
「そういう問題じゃ――」
大丈夫、看護師さんもきっと気を利かせてくれるから。
「全く…無事だったからこそ良かったですが、本当に心配したんですよ?」
護送を終えて戻ったダルドフに、ユウ(
jb5639)は頭から湯気を立てる勢いでプンスカと小言を言い続ける。
「単独行動するならせめて光信機を持ち歩くなりして下さい」
結果的には無事だった事に安堵しつつ、だからこそ余計に厳しく、ユウはお説教を続けていた。
「リュールさんだってどれほど心配していたか」
「いや、私は別に心配など…」
言いかけたリュールにその先を言わせず、ユウはにっこりと微笑む。
「していましたよね?」
「いや、だから」
「していましたよね?」
「…ああ、まあ多少は――いや、心配したぞ、甘い物も喉を通らなくなる程に!」
よろしい。
「そういう事ですので、ダルドフさん。以後はしっかりと肝に銘じておいてくださいね?」
「う、うむ」
気が済んだ所で、さて仕事だ。
(「はぐれとはいえ、悪魔である以上は下手に動きすぎると警戒されてしまうでしょうね…それでも少しでも天界の天使の方々と交流を行うことができればいいのですが」)
でもこの二人がいればきっと大丈夫。
「リュールさん、ダルドフさんのお手伝い一緒に頑張りましょうね」
怖ろしいほどの超笑顔。
「私の様な堕天使など呼んでも何の役にも立たぬだろうに」
「いいえ、二人一緒だからこそ意味があるんです」
主にユウ自身にとって。
「私はここでは部外者ですから不信感を持たれる事もあるでしょう。注意していても警戒される事があるかもしれません」
だがダルドフに前面に立って貰えば、その連れという事でハードルも下がるだろう。
「私の出番はそれからです」
「やれやれ、某は防波堤かのぅ」
笑いながら、ダルドフは歩き出す。
「ほら、リュールさんも早く」
ユウはまるで家族で遊びに出かける様に、リュールに向かって手を振るのだった。
(「侵略を繰り返していた側である天界が、される側に回るとこの騒ぎということに思うところはないではないですが――そのことと傷を受けた方々個々人のことを混同して考えてはいけません、ね」)
きちんと後始末を済ませなくてはと、カノン・エルナシア(
jb2648)は白い翼を広げてかつての同胞達の前に立った。
いや、今でも同胞には違いないのだが、堕天した身を彼等がそうと認めるかどうか。
認められないとしても、その出自が天に属するものであることは明白だ。
同じ天使でも人間に与した者もいるという事実は、枠に嵌められ考えることをやめてしまった彼等の心に一石を投じるきっかけになるかもしれない。
種族や世界でくくらず、様々な考え方の者がいるのだという事に気が付けば、彼等の世界はもっと広がるだろう――自分がそうだったように。
「ふむ、そういう事なら…」
悪魔である自分が前に出るのは拙かろうと思ったが、この場面では却ってそれが役立つかもしれない。
そう考えた緋打石(
jb5225)は暗色の翼を広げてカノンの脇に立った。
「見ての通り、わしは悪魔じゃが――なに、見てもわからん?」
言われてみれば、天使の殆どは白い翼だが他にも様々な色や形の翼を持つ者がいる。
翼を出さない状態であれば、人間と見分けることも難しいだろう。
「ことほど左様に我らは多様な見た目を持っておる、ならばその中身が更に多様なものである事は容易に想像できよう」
この自分も居並ぶ天使達と変わらない程度には同質であるし、自分と隣の者が違っている程度には異質なものだ。
その前提に立って話を聞いて貰えば、さほど抵抗なく受け止められるのではないだろうか。
「中々面倒な事件ではあるし、この先も似た様な事件は起きるじゃろう。だがここでまた拗れる様な流れは作らぬようにせねばな」
「ええ、ですがまずは謝罪と慰撫の言葉を」
小声で囁いた緋打石に、カノンもやはり小声で返す。
「説明は大事ですが、説明から入れば言い訳と取られるでしょうから」
途中で何か言われても、反論はまず言うべきことを言ってからだ。
「なるほどのう。よし、この場は任せた」
自分はつい熱くなるからと、緋打石はカノンの背を押した。
「まずは被害を受けた方々にお詫びを申し上げます」
カノンは深々と頭を下げる。
これが人間界なら激高した者に石でも投げられていたかもしれない。
そこまではいかなくとも、謝罪の最中にも罵倒や叱責の言葉が投げられる覚悟はしていた。
だが、天使達は大人しくカノンの言葉に耳を傾けている。
上位の者達には先の根回しが効いて、既にあらかたの事情は伝わっているのだろう。
そして上の者が黙って受け入れているなら、下の者がその空気に逆らう事はまず不可能だった――少なくとも人目のある場所では。
「なんつーか…感情くっとる割には感情の乏しい奴らやのぉ」
その様子を見てゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が呟く。
異世界にまで侵略に出向く様な者達にはまだ覇気があるが、下級天使のしかも一般人ともなると全体に諦めムードが漂っている風にも見えた。
「そらまぁいくら頑張っても上に行けん様な仕組みになっとるんやから、当然と言えば当然やな」
しかし、おもんない。
面白き事もない世なら、面白くするのがバラエティ班の使命である。
でも空気は読むよ、一度シリアルに踏み込んだら二度とシリアスには戻れないからね!
カノンの話が終わったと見て、緋打石が口を開く。
「今回の件は身内の不始末とはいえごく一部の撃退士が起こした事じゃ。人間すべてが同盟を潰そうと思っておる訳ではないと、そう理解しては貰えぬかのう」
彼等に手を貸したのが天使であるという事実もある。
しかし、だからといって天使の全てがそれに同調したという事にはならない――それと同じだ。
「実際、今回の動きを察知した『人間』からの通報によって、早めの対応が可能になりました」
カノンが付け加える。
ただ、その通報者が襲撃の首謀者だったという事実には、訊かれでもしない限り触れる必要はないだろう。
その複雑な事情もいずれは理解されるだろうが、今の段階では混乱がより深くなりかねない。
ひとまずはシンプルな構造に落とし込み、人界が仕掛けた側であると明確にすること。
その上で毅然となすべき事を――
「とまあ、大体の事情をご理解頂いた所でやな」
ここから先はバラエティの時間だと、漂うソースの香りが告げる。
「さー食ってけ食ってけ! 人界名物たこ焼きや! とりあえずこんなエネルギー補給方法もあるって事を教えたるわ!」
ほらほら、ええ匂いやろ?
生ツバ湧いて来るやろ?
感情なんてカスミみたいなもん食うとるよりナンボか精がつくで!
「ここはやっぱりチョコなの…」
ゼロがたこ焼きなら、りりかはチョコ。
チョコは幸せの味、という事でいつも通りチョコで皆を和ませにかかる。
「もう大丈夫なの。おさわがせしてごめんなさい…です」
ふわりふわりかつぎを翻し、舞う様に移動しながら天使達の手にチョコを押し付け――いや、そっと手渡して。
その笑顔が怖いなんて、そんな事を言うのはゼロさんくらいなものなのです。
ミルクやビターのスタンダード、イチゴや抹茶、ミントなどのフレーバー系、ナッツ入りや洋酒入り、更にはドリンクまで、どこに隠し持っていたのか出て来る出て来るチョコの山。
自分の手だけでは足りず、喚び出した鳳凰にも手伝って貰いながら、ひたすら布教を続けるりりか。
「たこ焼きもチョコも美味しいものは最強なの、です」
騙してないけど騙されたと思って食べてみて!
しかし慣れないものには拒否反応が出やすいのは人も天使も同じこと。
「たこ焼きやチョコレートはとても美味しいのですよー」
同じ天使が美味しそうに食べていたら興味を持つだろうかと、アレンは率先して食べてみせる。
そしてやはり、最初に反応したのは子供達だった。
彼等にはまだ階級制度が染みついていない。
大人達が上位の天使達の顔色を伺う中、子供達の手が次々に伸びて来る。
しかし、恐る恐る口に入れてはみたものの、その感覚をどう表現すれば良いのかわからない様だ。
「それは、甘くて美味しいというの…幸せの味なの、ですよ」
「たこ焼きはごっつ旨い神の味やな」
ところで、その神の味を自分の手で作り出せるとしたらどうでしょう、皆さん。
「まあ俺の腕には及ばんやろうが、そこそこ神に近い味なら誰でも出せるで」
どや、焼いてみたくなったやろ?
人類文化の刷り込み開始や。
おや能天使様がやりたそうにウズウズしてらっしゃいますね。
そんな事はないなんてまたまた遠慮して、本当はやってみたいんでしょ?
和平の為に積極的に異文化に触れてみようとするその姿勢、カッコイイな!
皆の憧れ、上司の鑑だな!
「よろしいならば屋台に立て、すべて叩き込んでやろう」
なに簡単だ、まずは材料を型に流し込んで焼くだけだ。
本格的に修業したいなら仕込みから徹底的に鍛え上げるけどな。
「ただし! 作ったものはちゃんと食えよ。お残しは許しまへんで〜」
あ、俺やのうてそこのだいまおーさまが。
「もう大丈夫だよ、安心して」
両手にお土産を抱えた青空は、にっこり笑顔で子供達に近付いた。
「これは人間界のおもちゃだよ、教えてあげるから一緒に遊ぼう?」
テディベアに、ゆきわんこのぬいぐるみ、携帯ゲーム機には能天使がハマってるゲームが入れてある。
恋と冒険の学園TRPGでは撃退士になりきって楽しく遊びながら人間世界のことが学べるよ!
あ、でも久遠ヶ原学園はちょっと特殊だから、これが普通だと思われるのもちょっと困る、かな。
抱き枕はサンドバッグじゃないんだけど…中の綿や羽毛が飛び散る様子が面白いらしいから、まあいいか。
「気に入ったならあげるね、今度またいっぱい持ってきてあげる」
携帯ゲーム、使い方は能天使様が詳しいよ。
流行ったらハージェンにもフレンドが増えるかも?
ヨルはせめて外見だけでも丸くしようと、たぬきの着ぐるみで登場。
「これね、『天使と悪魔と人間とが手を取り合う証』として作られた物なんだ」
可愛らしいぬいぐるみを差し出して、たぬきは言った。
「俺は悪魔だけど、天使とも人間とも仲良くしたい。一緒にカフェオレ飲みたいし…あ、カフェオレって、これね」
手持ちのありったけを腹のポケットから出して、たぬきは続ける。
「一緒に遊びたいし、一緒に笑いたい。そういう奴もいるんだって、そういう気持ちの証がこうしてあるんだって、知って欲しい」
もし皆もそう思ってくれるなら。
「…これ、受け取って欲しい」
ひとつしかないけど――え、あっ、取り合いになってる!?
和平の象徴で喧嘩になるとは何たる皮肉。
「でも困ったな、これ記念品だから量産はしてないし…」
そうだ、困った時の黒頼み。
「ん、ええよ? 同じもんぎょーさんこしらえたる、少し時間はかかるやろけどな」
そんな黒龍は、言葉や想いを伝える文化として、手紙や本を根付かせてみたいと考えていた。
「ボクは道化師だから、全ての垣根を取り払い越えられるモノを伝えたいんや」
まず最初は絵本から。
今回の事を忌まわしき事から、楽しい予兆へ意識を変える。
そして子供達から。
育ち大人になり子供へと伝え行く、その存在から。
これから、天使たちは人間界の善し悪しを知ることになる。
それをマイナスでなくプラスに働くように伝えていけるといい。
皆が手を取り合えるように、これからできることがある。
「いつか人間界の本を天使の言葉に訳して広められたらええな、とも思うとる」
ただ、天使の――特に一般人の識字率は低い。
階級社会にはよくある事だが、余計な知恵を付けて反抗されても困るという上の意図があるのだろう。
だがこれからは違う。
未来は常に開かれている。
希望を望めば希望の道が、暁へと繋がっていく。
「まずは読み聞かせからやね」
スケッチで絵本の内容を大きく描き出し、言葉は意思疎通で伝えれば言語の壁もなくなるだろうか。
子供達が打ち解けてくると、大人の心も次第にほぐれ始めた。
「良い香りでしょう、よろしければ差し上げますよ」
香りが癒しになればと、アレンはご婦人がたにバラのミニブーケを贈る。
「騒ぎで乱れた髪などもよろしければ整えましょう」
出来上がったら子供達に携帯ゲーム機で写真を撮って貰うのも良いだろう。
機械に馴染めない子には簡単なトランプ遊びを紹介したり、綺麗な千代紙で折り紙を作って見せたり。
メダルや折鶴、人形に、飛び跳ねるカエルや投げて遊べる手裏剣なども喜んで貰えそうだ。
「難しくありませんから、一緒に作ってみませんかー?」
頑張った能天使様に金メダルを作ってあげても良いのですよ?
「ほら、綺麗だろ…これはアクアリウムって言うんだ」
LEDで色が変化する手のひらサイズのミニ水族館や星座図鑑、それに空と雲の写真集など。
自分の好きな「綺麗な物」を見せながら、ヨルはカフェオレを布教――
「ん?」
誰か、たぬきの尻尾をモフってる?
「もふもふ、好き?」
頷いたのを見て、緋打石がケセランを召喚してみる。
「ほれ、こっちはちっこい毛玉っ子じゃぞ」
え、たぬきの方が良い?
どこの世界にもケモナーは存在する様だ。
「それなら大きい子はどうでしょうねー」
アレンがパサランをどーん。
「もふもふしてみませんか? 白いもふもふの子はとってももふもふで気持ち良いですよー」
大丈夫、呑み込まれたりしないから…命令さえしなければ。
「命令?」
「ええ、呑み込めと――」
ばっくん。
「あ」
い、いや、大丈夫。
ベッタベタにされるだけだから…!
「ええと、でも」
遊びながら、青空が呟いた。
「彼らのしたことは悪だけど、彼らが初めから悪だったわけじゃないことはわかって欲しいのだ」
それはどうしても言いたくて、でもなかなか言い出せずにいた事。
この楽しい雰囲気が壊れてしまうのが怖かったから。
でも今だからこそ、それは彼等の心に素直に届く気がした。
「突然現れた第三者に、攻撃されて痛い思いしたり、大切な人を亡くしたり、天使と悪魔の戦争で怖くて悲しい思いをした人が、私の世界には沢山、沢山いて」
だから、今度こそ。
「天使と悪魔と私達、仲良くできればいいなって、私は思うよ」
「今はきっと夜明けの時期なんだ」
ヨルが言葉を継いだ。
「夜と朝の境目、俺の大好きな、空の色」
夜は戦争とその確執。
朝は終戦と未来への希望。
「そう言えば、天界の夜ってどんな感じなのかな?」
暗くなるまでにはまだ間がある。
その間に少し天界巡りでもしてみようか。
「そうそう、ハージェンはありがとうね。味方だとすごい頼りになるよな。敵同士で対するのはもうごめんなのだ」
と、青空がおだてたところで――いやいや、感謝しているのは本当だし本気ですごいと思っているけれど。
☆教えてハージェン先生☆
「天界でも特に景色が綺麗な場所ってどこかな? 俺、天界の綺麗なものを沢山写真に収めたいんだけど」
「そうだ、良かったら天界案内…はもしかしたら大変? 良いところあったら教えてよ。楽しいとこか綺麗なところ」
「人間界と違うところや、甘い物とか、何かお土産に持って帰れるものはあるの…です? 章治兄さまからの伝言で、メイラスさんには何もいらないと言われてしまったの…でも何かあればきっと喜んでくれると思うの、です」
「本屋、本屋はないのか? 天界の本屋には何が売っておるのかのう、魔界でも地球でも見なかったものが――」
怒濤の質問攻めに処理が追い付かない能天使様。
しかし最後の緋打石の質問には即答だった。
「本屋というものは、ないぞよ」
「なんじゃと!?」
ああ、そう言えば先ほど識字率が低いと聞いた様な。
「では図書館もないのか、小説は、紀行文は、歴史書は、学術文献は!?」
「書物を集めた施設はあるが、一般向けではないぞよ」
知識は主に口伝で伝えられ、殆ど門外不出の扱いである事が多い。
一部の好事家の間では、異世界の――特に人類の文化は人気がある様だが、ハージェンはつい先頃までそれを避けていた為、そういったコミュニティには縁がなかった。
「綺麗な場所、と言われても…我には人界の方がよほど美しく見えるぞよ」
地元民は観光資源に気付かない法則がここにも。
「まあ、案内くらいなら出来る、ぞよ」
本来なら管理区域外には出られないが、ハージェンの領地内を本人が案内する分には構わない。
何が綺麗で何に興味を惹かれるかは見る者の感性に任せれば良いだろう。
「ガッカリしても、知らん…ぞよ」
出かける前、エネルギー補給の為に自分のゲートに立ち寄ったハージェンは、約束通りフィリアにもその一部を分け与えてくれた。
「ありがとうございます。それに、貴方の活躍で被害が抑えられた事にも感謝致します。それから…ゲートを破壊してしまった事のお詫びも」
アレンはハージェンさんに向かって深々と頭を下げた。
「駆けつけてくれた全ての皆さんにも、心からの感謝を。それに――」
マサトとアヤに向き直る。
サトルは門木の弁護をすると言って戻った後、まだこちらには来ていなかった。
「色々無理を聞いていただいて…本当にありがとうございました。帰ったら何かお礼をさせて下さい」
「別にいいよ、そんなん」
「むしろサトルが良い方に向かいそうで安心したかな」
サトルの事はアレンも気になっていた。
この三人は伴侶の使徒、ならば我が子も同然。
遠慮せずにいつでも頼って欲しいのだけれど――中高生ではそれも難しいだろうか。
「…お洒落とか興味あるでしょうか?」
「ある!」
答えたのはアヤ…かと思いきや、意外にもマサトだった。
「何であんたが!?」
「いいだろ、俺だってモテたいし!」
「ではひとまず天界のファッション事情を見に衣料品店を覗いてみましょうかー」
「あ、それは遠慮する」
「デートの邪魔しちゃ悪いもん、私達はカノンに案内して貰うから――ね?」
「え? あ、はい」
いきなり話を振られ、ぼんやりしていたカノンは弾かれた様に姿勢を正す。
「構いませんよ、行ける範囲は狭いにしても、慣れていれば説明できることもある筈ですから――」
「もー、カノンちゃん相変わらず固いんだからー」
ちゃん、て。
「旦那が戻って来なくて寂しいだろ? だから俺らが付き合ってやるよ」
「いえ、そんな事は」
「こういう時は嘘でも寂しいって言うの、男なんて単純なんだから!」
ヒドイな女子高生。
「フィリアさんも、今回は本当にありがとうございました」
ミニ観光ツアーに出かけた仲間達を見送ったアレンは、改めて頭を下げた。
「それはもういいから、どこか行きたい所はないのか? 誰かに会いたい、とか」
「いいえ、フィリアさんこそ…」
「ここにはあまり良い思い出がないからな」
それに自分が生まれた場所以外には殆ど行った事がない。
案内しようにも材料が何もなかった。
「では適当にこの辺りをぶらぶらしてみましょうか」
アレンも大分浦島太郎、20年近く経てば流石に…、あれ、殆ど何も変わっていない。
ファッションも十年一日どころか百年一日かという程に変化がない。
そうだ、これが天界での時間の流れ。
「もう戻れませんねー」
「戻る必要もない、人の世界が私達の生きる場所だ」
そう言って、フィリアはアレンの袖をそっと摘んだ。
そのあたりが今のところ、最大限の愛情表現であるらしい――
「私達も少し散歩して来ませんか?」
一仕事を終えたユウが、ダルドフとリュールを誘う。
「そうさのぅ、ぬしが見て面白いものはそうそうなかろうとは思うが」
「そんな事はありませんよ、空ひとつとっても魔界とは全然違いますし」
「ふむ、では適当に回ってみるかのぅ」
楽しげに歩く三人の姿は、天使達にはどう映っているだろう。
親子の様に見えるだろうか。
(「お父さん、お母さん…ありがとう」)
記憶にない両親、その姿を二人に重ね、しかし決して口にはしない――が、態度は口以上にモノを言う。
筒抜けだと気付いていないのは、ユウ本人だけかもしれない。
「ほう、これが天界か…」
ハージェンの先導で空を飛びながら、緋打石は興味津々の様子で辺りを見る。
「この開放感、やはり魔界とは違うのう」
知識としては知っていたが、やはり実際に見て触れる体験に敵うものではなかった。
眼下に広がるのは海の様にも見えるが、海とは違う何かかもしれない。
セキュリティ関連も気になるが、流石にそれは開示されないか。
やがて行く手に緑に覆われた小さな島が見えて来る。
「あれがハージェンの島?」
自力で飛ぶハージェンに代わって椅子で運んで貰っている青空がそれを指さす。
隣にりりかを乗せてもまだ余るほどの大きな椅子は、白い大理石の様な建物が見える芝生の庭に降ろされた。
「あまり時間はないが、どこでも好きに見て回るとよい、ぞよ」
許可を貰って一行はさっそく探検を始める――と言っても翼も透過も持たない人間にとって、その建物は外から眺めて楽しむ事しか出来なかったけれど。
「これも知らなかった事のひとつ、だね」
まずは互いに知るところから。
今後手を取り合っていくなら相互の理解こそ大事なのだと、青空は思う。
「此方にも、怖がりだったり戦えない人がいるってわかったから。それなら、私は。此処に住む人達も、ちゃんと守ってあげなきゃ」
ヒーローが守る世界はより広くなった。
それだけのことが、今日、少し嬉しい。
りりかは庭で小さな花を一輪、そっと手折ってみた。
たとえ知らない花だとしても、押し花にしてあげたらメイラスは喜んでくれるだろうか。
管理区域に戻ると、そこには食材と酒をありったけ買い込んで、門木やサトル、風雲荘で暇そうにしていた者達などを引き連れて来た挫斬の姿があった。
「というわけで皆お疲れさまでした。ありがと〜! 色々あったけど楽しかったわ!」
これより周囲の天使たちも巻き込んだ打ち上げパーティを開催します、意義は認めない!
こうなるともう無礼講、ヨルは記念写真を撮ってハージェンのゲーム機にこっそり送りつけてみたり、手当たり次第にマルチプレイに誘ってみたり。
「テリオスもどう?」
なお未だに彼女を彼だと思っている模様。
「向こうに戻っても天界とマルチ出来ると良いのに…カドキ、これ改造して!」
無茶振りなんてしてないよ、出来るって信じてるからね。
それはそうと――
「結婚式はいつにする?」
黒龍はヨルの手を取って、そっと口付け。
「って6月にする物だよね? …少なくとも来年以降かなぁ」
一朝一夕では変わらないマイペースさ、だがそこが良い。
結婚式に天使が呼べたら楽しいだろうか。
「さて、今こそコレの出番やな!」
ゼロが取り出したのは花火セット、だって祭に花火は付き物でしょう?
あと人間の技術がどんなものか見せる為であるっていうのは今考えた。
遊びではないが娯楽の様な形で天使達に『感情』というものが何なのか、この様に感じるものだという事が教えられたら嬉しく思うっていうのはわりと本音。
(「ま、いきなり全てのわだかまりが解消するとは思ってないしな」)
ただこういった事が何かしらのきっかけになればいいと願う――最後くらいはシリアスに。
長くは続かないけどな!
「どうも、私こういう者です」
手製の名刺を渡して、立ち上げたばかりの組織の宣伝も。
「人天魔全部ひっくるめての何でも屋や。表も裏も話持ってきてくれたらどないか対応するで。ちなみに今らなこっそりゲート開いてくれるやつも随時募集してるから」
あ、後半はオフレコで。
その少し前。
「頑張ってね。あ、浮気したら解体するわよ」
「周り野郎ばっかでどうやって浮気すんだバカ」
比較的怪我の軽かった高松は、その日のうちに収監されることになった。
「わかんないでしょ、男だって」
「つまんねーこと心配してねぇで、ドレスの準備でもしとけ」
別れのキスは、たっぷり三分はあったかもしれない。