「ゲート破壊は悪手やったか…」
「わわ…はーじぇんさん、ごめんなさい…です」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は舌打ちをひとつ、華桜りりか(
jb6883)は慌てた様子でハージェンを見る。
しかし七ツ狩 ヨル(
jb2630)の言う通り、今は反省会の時間はない。
「…後悔は後。今はとにかく前へ進まなきゃ」
「とっとと巻き返して行くしかないな」
「んん、たいへんなの…ですね。頑張って何とかしなくてはいけないの…」
その状況で出されたテリオスの提案は願ったり叶ったりだった。
しかし美味い話には裏があるもの。
「まぁ頼むしかないんやけどなんもデメリットないっつーわけにはいかんわな?」
ゼロがいつものわるいかおでテリオスを覗き込む。
「嘘ついたらだいまおー様が黙ってへんで?」
「それは、怖いな」
りりかの姿をちらりと見て、テリオスは素直に白状した。
「ペナルティ、けっこう重いね…でも、頼むしかない。多分今はそれが最善だから」
本当に申し訳ないけれど、ありがたい。
元の場所から少し離れた森の中。
アレン・P・マルドゥーク(
jb3190)に背を支えられ、テリオスは詠唱を始める。
「フィリアさん、すみません…」
その言葉を振り払うように、テリオスは首を振った。
こういう時はありがとうと言うものだろう――そう言いたかったが、詠唱を中断している暇はない。
「テリオスの頑張りに報いるためにも、必ず成功させないとね」
青空・アルベール(
ja0732)が、肩に力が入りすぎているアレンの背を軽く叩いた。
「全部終わって、天界観光…それくらいじゃなきゃ」
勿論その時はテリオスも一緒だが、その為にはハージェンの協力が不可欠。
「はーじぇんさん、ごめんなさい。ごめんなさいだけど、質問とお願い事があるの…」
りりかが小首を傾げたお願いポーズで上目遣いに見る。
「はーじぇんさんの力で、テリオスさんを元気にしてあげることはできないの、です?」
「所謂辻ヒールってやつやな、ゲーマーならわかるよな?」
わかる。わかるが相手は下級天使、普通ならまず有り得ない。
「頼む。報酬はレアアイテムでええか?」
「テリオスは身を呈してゲートを作ってくれてるんだ。それですぐにコピーを追えるんだし、部下にもきちんとお返しするのがデキる上司だと思うのだ」
デキる上司はカッコイイ、そう言われれば悪い気はしないとおだてに乗って、ハージェンは短い首を縦に振る。
(「あと、そうじゃなくても無理はしないで欲しいし」)
後に仕事が残っているとあれば、それなりに力を抑えてくれる…かもしれない。
「ハージェン、思ってたよりずっと無茶するからな…」
詠唱が続く中、ゼロは拘束したメイラスに尋ねる。
「で、イラ吉、お前さんならどこ狙うよ? こっち来る前にある程度は目星付けとったんやろ?」
「それを私が素直に話すとでも? 言っただろう、このゲームは私の勝ちだと」
拘束は甘んじて受けるがそこまでだと、メイラスは頑なに口を閉ざしていた。
「はーじぇんさんなら、わかるの…です?」
りりか再びのおねだりモード、今度は両手をとって真っ直ぐにその瞳を見つめる。
「はーじぇんさんならきっとたくさんの事を知っているし、助けてほしいの…です。もちろんこの後何があってもはーじぇんさんの事は護るの」
だからお願い、教えて?
「…天界の都市は飛べることを前提に作られている、ぞよ」
管理区域の構造はゲームで見た城塞都市のようなもの。
周囲に城壁を巡らせているわけではないが、構造上の壁が徒歩での出入りを阻んでいる。
そして域内に狙われそうな場所はない。
最も近いのはすぐ外側、域内の雑用を担う者達が住む一帯だろうか。
人間という荷物があるなら、なるべく近場で事を済ませようとする筈だ。
「じゃあ、飛べないコウキ達は先に反乱天使と合流するしかないってことだね」
それを防ぐ事が出来れば最悪の事態は避けられるだろう。
「最短ルート教えて、上手くすれば先回り出来るかも」
その少し前。
「事態は思わしくありませんね」
点々と続く血の跡を目で追って、ユウ(
jb5639)が重い息を吐く。
周囲では事件を目の当たりにした天使達がパニックを起こして右往左往していた。
規律と秩序のみで成り立っているかに見えるこの世界には今、規律も秩序も存在しない様に見える。
それは天使であるカノン・エルナシア(
jb2648)にとっても初めて見る光景だった。
「こうなると、出来るのはどこまで進行と被害を抑え込めるか…」
よく知っている相手なだけに、高松にのみ意識を集中しすぎた――彼さえ抑え込めればと楽観していた面もあるかもしれない。
もはや小芝居で誤魔化せる段階ではないが、決定的な亀裂を生むことを阻止できれば、また歩み寄れる可能性は残るはずだ。
「この痕跡もいつまでも無対策とも限りませんし、あちらが対応する前に追いつきましょう」
「ええ、何としても彼らの行動を阻止しなくては…」
二人が急いで跡を辿ろうとした、その時。
誰かに似た片翼の天使が――いや、本人だ。
黒咎の三人と共に降り立った門木は、何か言いたげなカノンの視線から逃げるように目を逸らしつつ、雨野 挫斬(
ja0919)に光信機を手渡した。
「ありがと、私達は逃げた紘輝達を追うわ。先生はそこの二人に事情を説明して捕虜の見張りをお願い」
挫斬は足下に転がった生徒を顎で指す。
その四肢は有り得ない方向に曲がっていたが、意識ははっきりしている様だ。
「それとメイラス班が合流したら、光信機を受け取って私達を追うように伝えて。目印は残しとくから」
「あ、ちょっと待って」
踵を返しかけた挫斬をサトルが呼び止める。
「これ、アレンさんからの伝言です」
正確を期すために、スマホで録音した通話の声を直接聞かせた。
『メイラスのコピーは天界の反乱分子を集めて、小規模ながらも強固な組織を形成している可能性があります。
高松くん達はコピーと合流して武器を受け取る手筈になっているようです。狙いは恐らく域外の一般人コミュニティ…その近くに異世界人が入れ、それなりの人数と武器を隠せそうな場所はありませんか?』
それを聞いて二人のお目付役に視線が集まるが、どちらも心当たりはないと首を振る。
後は捕虜に訊くしかないが、素直に吐くとは思えない。
「時間が惜しいわね」
何かわかったら連絡するように言い残し、挫斬は走り出した。
「あの、先生」
一旦動きかけた足を止め、ユウが心配そうに声をかける。
「ダルドフさんが今どこにいるか、ご存じありませんか?」
「来てないのか?」
アレンが心配していた通り、迷子にでもなっているのだろうか。
「わかった、あまり手は割けないがこっちでも探しておく」
頷いたユウは瞬時に頭を切り換えた。
何かあったとしても、ダルドフに万が一を起こせる実力者が動いた時点で何かしらの情報が上がっている筈――ならば便りがないのは元気な証拠だ。
「サトルさん、マサトさん、アヤさん。先生と一緒に彼の見張りと伝言宜しくお願いしますね」
無事を信じ、ユウは急いで仲間の後を追った。
『あなたも神界で見た筈です、私達には喪った大切な人達が寄添っていることを』
捕虜の耳元にアレンの声が響く。
『貴方達が殺戮を望むのは構いません。ですが貴方達を見守る人々は、大切な者が己を殺した者達と同じになり殺される様を見せられることになるのですよ? 彼等に喪う痛み更に与えるのですか?』
だが彼はその言葉を鼻で笑った。
「あんなもん集団催眠か何かだろ、幻覚に決まってる」
生き残った者の感傷、或いは安っぽいオカルト。
「それが本当なら、俺らがこうなる前に止めてくれただろうさ」
それっきり、彼は何も語ろうとしなかった。
血の跡は途中で途絶えることなく続いていた。
「まさか目印になっとることに気付いとらんこともないやろ」
ヤギ餅の最後のひとつを頬張りながら、蛇蝎神 黒龍(
jb3200)はそれが導く先に目を凝らす。
「ってことは、どう考えても罠やろね」
飛べる者が途中の脇道を上から確認するなど注意して見て来たが、何手かに分かれたり細工をしたような形跡はなかった。
中心部ではその社会構造と同じで整然と秩序正しく見えた景観も、この辺りでは雑然とした下町のような印象が強くなっている。
ちょっとした迷路の様にも見えるこの区画に血の跡は迷いなく続き、行き止まりに見える壁の前でふいに途切れていた。
そこはひと暴れ出来そうなほどの広場になっている。
「袋小路へようこそ、子鼠ちゃん達?」
「行きがけの駄賃ってやつだ、受け取りな」
誰かの声に顔を上げた瞬間、爆音と共に目の前が真っ白な煙に覆われた。
「え、私まだ何もしてない」
挫斬は思わず自分の手を見る。
握り締めていた発煙手榴弾はまだ手の中にあった。
煙の向こうにぼんやりと見える七つの人影は、入り組んだ建物の間に隠れていたのだろう。
「なるほど、ここが武器の隠し場所やったわけや」
七人の手には既に得物が握られていたが、それを手渡したであろう天使の姿はない。
今の煙は恐らく集合の合図、ということはまだ暫くは反乱天使が加勢に来る恐れはないだろう。
彼等の手、いや翼を借りなければ高松達はここから動けない筈だ。
「ここで止めればキミらの計画はおじゃんやね」
高松を支えているのはアカレコ。
その前に阿修羅と忍軍が壁を作り、左右にダアトとナイウォ、後方に奥義を残している方のダアト。
いずれも範囲攻撃に備えた位置取りで、纏めて一網打尽というわけにはいきそうもない――が、楽な相手ではないことはもう充分にわかっていた。
「合流はさせへんよ、援軍も来たしな」
黒龍は意味ありげにちらりと後方を見る。
「なるほど、こいつらか」
その援軍、ミハイル・エッカート(
jb0544)は物陰に身を潜めてブラックファルコンを構えた。
「死に場所求めているならば戦って散ってもらおうじゃないか、武器をとって攻め込む覚悟はこういうことだと体に刻み付けてやろうぜ」
なに、生かして捕らえろ?
「いかにも章治が言いそうなことだな」
了解、だが手加減はしない。撃退士ならすぐに死ぬようなことはないだろう。
「同盟に不満のあるヤツはいくらでもいるさ。全員の望みなんてかなうものか――で、どいつから潰す?」
「まずはコウキをひっぺがすんが先や」
黒龍の答えに、ミハイルは高松を支える男に照準を合わせる。
「これを食らって立っていられたら褒めてや…、……」
「どないした?」
「いや、何でもない」
言えない、バレットパレードとストームを間違えてセットしたなんて言えない。
こうなったらアサルトライフルに持ち替えて身軽になり、ストームを隠れ蓑に接近戦を挑んでやる。
GunBashの射程を考えればその方が得策じゃないか。
「行くぞ」
走り込んだミハイルは黒点の混ざる赤い霧に包まれ、そこから生み出された赤黒の隼が前衛の阿修羅と忍軍に襲いかかる。
その背後に隠れるように続いた黒龍は、アカレコの足を封じようと高松もろとも氷の夜想曲で眠らせようとした。
が、回避に長けた二人には当たらず、逆に後方のダアトからCRをプラスに寄せた攻撃が飛んで来る。
「紙防御のナイウォは真っ先に潰すのがセオリーだろ」
味方なら護り、敵なら優先的に排除するのが定石、ダークフィリアによる潜行も隠れ蓑にはならなかった。
しかしその攻撃は割って入ったカノンによって防がれる。
「ええ、だからこそ相手の狙いも読みやすくなりますね」
「だったらお前を先に潰すまでだ!」
ダアトは標的を変えるが、その頭上から常夜の闇が降り注ぐ。
はぐれる前の姿を取り戻したかに見えるユウの姿が上空に浮かんでいた。
「貴方がたには貴方がたの想いがあったとしても、私は私の想いを持ってそれを否定します」
CRを上げた直後のマイナスの一手は流石に効いた――その一撃で戦闘不能に追い込める程ではないにしても。
ダアトが膝を折った事を確認し、ユウは忍軍に狙いを定めた。
範囲攻撃なら空蝉は使えない、残った常夜を使い切り、後は吸魂で生命力を補充しながらエクレールのゼロ距離射撃で各個撃破に努める。
「まだ話は終わってないわよ、紘輝!」
味方の攻撃に紛れ、挫斬は敵陣に突っ込んで行った。
「紘輝、私の為に死を選べだ貴方はまだ壊れきってないわ――って、ちょっと! 話くらいさせなさいよ!」
無粋な攻撃で足を止めようとする阿修羅の側面に回り込み、貪狼を叩き込む。
効いた様子がないのは死活の効果だろうが、挫斬の体力は僅かに持ち直した――と言っても気休め程度だが。
「その子達のように本当に壊れた人間は生も死も自分の為にしか選べないのよ。そして紘輝が壊れてないなら私は紘輝と一緒に生きたい」
「高松、耳貸すんじゃねぇぞ!」
そんな雑音は聞き流し、挫斬は続ける。
「それが嫌なら私を殺して。私は今から紘輝達に仕掛けるけど紘輝には何も、攻撃も防御もしない。だから簡単に殺せるわよ?」
「だったら望み通り――」
「だから私は今紘輝と話してるの、構って欲しいなら後で存分に相手してあげるから」
マテの指示と共に、挫斬は戦槌をぶん回す。
「何だか知らんが取り込み中の様だな」
反撃の大技を繰り出そうとした阿修羅の後頭部に、ミハイルがアサルトライフルの銃床を叩き付けた。
ただし普通の物理攻撃。
「こいつらにはこれで充分だ」
余裕の笑みを見せるミハイルだが…言えない、盾を忘れたなんて言えない。
だって仕方ないじゃない、急を聞いて急いで駆け付けたんだもの!
その分は気合いでカバーだと、ミハイルは続けて銃身をめり込ませる勢いでゼロ距離どころかマイナス距離射撃。
「人の恋路を邪魔する奴は、あの世まで馬に蹴り飛ばされるらしいぜ?」
「そんなもんが効くかよ!」
「今はな。だが後でデカいツケが回ってくるんだろう?」
その時が楽しみだと笑うミハイルに、阿修羅は「そこまで付き合うわけねぇだろ」と言い捨てて距離を取り発勁で反撃、ミハイルはそれをモノケロースで受け流す。
その間に挫斬は再び高松に問いかけた。
「どう、紘輝?」
返事は無言のまま、頭の上に挙げた両手で示される。
「てめぇ裏切る気か!?」
仲間の言葉に、高松は静かに首を振った。
「ここまでお膳立てしたんだ、もういいだろ? これで何も出来なきゃ、お前らの想いがその程度だったって事だ」
「ふざけんな!」
怒りのワイヤーが高松の身体を切り刻もうとする――が、その前に頭上から逆十字架が投げ落とされた。
「ほな、ちょいと浚って来ますかねっと」
重圧の効果は見られないが、黒龍の目的はそこではない。
高松の腕を掴むと同時にアカレコにランカーを喰らわせ一気に後退、高松を仲間達から切り離す――いや、もう「元」仲間達と言うべきか。
「ちっ、結局そっち側か!」
その瞬間、高松は完全に敵と見なされた。
(「ここまで来たら足手纏いはもう要らんっちゅーことか」)
高松がいなければ反乱天使達との合流に支障が出るのかと思ったが、彼はここまでの案内役にすぎなかった様だ。
ただ、彼が鍵であろうとなかろうと、反乱天使達は人間の顔など覚えてはいないだろう。
それなら彼等を撃退士側の援軍と偽り同士討ちに持ち込むことも出来るかもしれない。
(「行き着くところまで行き着いたモンは、仲良く死ねばええんや」)
とは言え合流前に片付けるのがベストな選択ではある。
黒龍は高松を後方に放り出すと、再び敵陣に突っ込んで行った。
「お待たせ、恥ずい告白は終わりよ」
高松の無事を確認すると、挫斬は改めて元仲間達に向き直る。
「さ、愛し合いましょうか。紘輝の友達だから半殺しで許してあげる!」
友達なんかじゃない? じゃあ殺しても良いのかな?
でもこんな奴等の為に明るい未来を棒に振るのも馬鹿らしいから、出来るだけ手加減はしてあげる…多分ね。
「今更こんな八つ当たりをしても意味はないでしょう」
カノンは自分に攻撃を向けさせようと、相手の射線を塞ぐように前に出る。
彼等に「正論」が通じないことは先の戦闘で痛感した。
しかし、だからこそ正論が耳に痛く、鬱陶しく感じるであろうことも。
「駄々をこねても何も変わらないことくらい、わかっているのではありませんか?」
彼等を苛立たせるような正論を吐き続け、時に大きな溜息を吐きながら、ひたすら前に立ち塞がる。
「分別のない子供でもあるまいし…床にひっくり返って泣き喚いてみたところで、誰も助け起こしてはくれませんよ」
「うるさい黙れ!」
こうした場合、先に頭が沸騰した方が負けだ。
相手の意識はカノンに釘付けになり、仲間の状況を見る余裕もなく、退く判断も出来ず、自らの戦う力が徐々に削られていくことにも気付かない。
(「私達の目的は彼らを抑えること」)
倒すことでも、この場で改心させることでもない。
たとえ最終的に押し切られても、合流までの時間を稼ぎ、後続に対応する余力を削ぎ取ることが出来れば、無用の被害を生むことは防げる。
「たった五人で俺らを止めようとか…でしたね」
ふと、ユウが手を止めて後方を振り返る。
「心配しないでください、今度は大丈夫です」
視線の先に、仲間達の姿が見えた。
管理区域はハージェンが今までに見たことがないほど騒然とし、混乱を極めていた。
アレンの指示に従い黒咎達が対応している筈だが、能天使に繋がるとは言え使徒では影響力を持たないのかもしれない。
だがその本人がいれば話は別で、名乗りを上げただけで魔法のように秩序が回復していく。
「はーじぇんさん、さすが、なの…」
りりかのキラキラ光るそんけーのまなざしにハージェンは上機嫌、今ならきっと何を頼んでも二つ返事でOKしてくれそうだが、色々と試すのはまた今度。
「見て、向こうに煙が上がってる」
ヨルが指さした方角は、ハージェンが見当を付けた襲撃ポイントに近い。
「もう戦闘始まってるのかもしれない、急がないと」
青空がハージェンの膝にちょこんと座る。
椅子を運ぶ四人の天使達に、ハージェンと一緒に空輸して貰うのだ。
りりかはゼロに掴まり、ヨルとアレンは自前の翼で一直線に現場に向かう。
「やられる前にやってしまえばこちらが不意打ちできるのだよ!」
できるとは言ってないけどな!
「イラ吉捕まえたからイラ吉コピーにはバレてる可能性も高いし、とにかくスピード勝負やな」
「ゼロさん、それはとても良い考えだと思うの…、でも…」
「なんやりんりん?」
「そのあなうんすは必要なの、です…?」
「必要に決まっとるやろ、世の中ムダなもんは何ひとつないんやで!」
と言われても。
「ヘーイみなさまこんにちは! 毎度お馴染みたこ焼きセキュリティサービスです!」
初耳やて? 気にすんな!
「大変だ! 天界に反乱しようとしてる天使達が多数出現しております! 早々に潰しとかないとアテナ的な何かの雷とかだいまおーの侵略とかとても大変な事になります! 手伝ってくれー!」
エライ天使がいなければ自分達の身の安全も確保できないとか恥ずかしくないんか!
平和は自分の手で掴み取るもんなんやで!
と、そんな台詞を大声で叫びながら、戦闘地域を飛び越えた。
「ゼロさん、通り過ぎてしまったの…」
「これでええんや、不意打ちや言うたやろ!」
ゼロは管理区域の外周を越え、外側に貼り付くように形成された小さな集落をも飛び越える。
「恐らくあれが狙いやな、でもって奴等は――あそこや」
高松達をピックアップする為だろう、何人かの天使が区域内に入ろうとしていた。
コピーの姿が見えないが、他の仲間と共にどこかに身を隠しているのだろう。
「まずはあのカトンボ落とすで」
りりかを集落の前に降ろし、ゼロは上空から天使達を狙う。
まずは幽隷で体力を奪い取り、回復用の餌としての利用価値がなくなった後は朽嵐どーん!
天使達の浮力を奪う様に超高温と超低温の嵐が吹き荒れる。
それに続いたアレンが撃ち漏らしに魔法書で攻撃、真空の刃が翼を切り裂いていった。
一方、地上に降りたりりかと青空、そしてハージェンは残りの天使達の姿を探す。
集落はひっそりと静まり返り、既に避難が完了している様に思えた。
まずは一安心と胸をなで下ろした彼等の耳に、集落の中から聞き覚えのある声が響く。
「姿が見えないところを見ると、私のオリジナルは人間界で骨抜きにされた様だな」
メイラスのコピーだ。
しかし声はすれども姿は見えず、代わりに何処から湧いたのか何人もの天使が彼等の前に壁を作る。
「悪いけど邪魔するならどいて貰うよ」
青空の手元から放たれた双頭の犬がその壁を食い千切る――が、視界が開けたその向こうに見えたのは、武器を突き付けられた住人達の姿だった。
「私に手出しすればこいつらがどうなるか…わかるな?」
本人はその背後に隠れているのだろう、相変わらず声しか聞こえない。
「まあ、そこの能天使様ならただの天使の犠牲など厭わずに攻撃して来るのだろうが――」
「ハージェンもダメだ。階級は関係ない、一般人は怪我させないように」
「ではどうしろと言うのだ!」
椅子から立ち上がったハージェンは今にも全力モードに移行する勢いだが、ここで手綱を放すわけにはいかない。
「はーじぇんさん、この後にまだ何があるかわからないの。だから余力をのこしておいてほしいの…」
「どうすれば良いかは今考えてるから…!」
青空は張り巡らせた魔糸の赤い光を目で追って、それが途切れる箇所を探す。
しかし人質を取り巻く天使達を倒さない限りは、どうやっても無事に逃がせるルートが見付からなかった。
「ねえ、聞いて」
こうなったら情に訴えるしかないと、青空は語り始める。
「楽しいこと、きっといっぱいあると思うんだ。今は変革の時、その瞬間…だからここで自棄になっちゃうの、勿体無いよ」
変革の途中は苦しい事もあるだろう。
我慢を強いられる事もあるだろう。
「蝶だって蛹の時は身動き出来なくて苦しいと思う。でもそれを乗り越えれば全然違う世界が開けるんだ」
ここにいたくないなら、今なら堕天することも難しくない。
「能天使がハマってるゲームだって買ってきてあげる! フレンドにだってなれるし、他にも友達がいっぱい出来るよ!」
それに、とコピーに向かって話しかける。
「メイラスが君達に託したといえば聞こえはいいけど、君達は放り投げられた手榴弾みたいなものだ」
あとは爆発して終わりなんて、寂しくない?
「それより一緒に来てくれたら、退屈はさせないのに」
「人も生まれで決まる階級社会から実力社会に変わりました」
一仕事を終えて合流したアレンが引き継ぐ。
「実力社会が一概に良いものとは限りませんが、階級社会を理不尽と感じるなら正式な手続きを経て改革を求める事も出来ます。それとも、彼らにできて天使にできないとでも言うのですか?」
それに何故、一般人を巻き添えにするのか。
酷な話だが、最下級の天使がいくら犠牲になろうと、上層部が心を動かす可能性がない事は彼等も知っている筈だ。
「だから、あの人間達を利用した」
コピーが答える。
「この和平ムードの最中にヒトが天使を襲えば、衝撃は内乱の比ではなかろう」
「プランとしちゃ悪くない考えやな」
ゼロが頷く。
「せやけどその可能性は俺らが潰したったで、もう諦めた方がええんちゃうか」
だが繰り返し折られ続けた心には何も響かなかった――コピーに心があったとしても。
突如、上空から無数の光の矢が降り注ぐ。
それは人質もろとも反乱天使達の身体を貫く無差別攻撃。
「なんて、こと…いけないの、です…!」
思わず飛び出したりりかが両腕を広げ、人質を守ろうとする。
しかし頭上に佇む武装天使の一団は、それに構わず二の矢を番えた。
彼等は管理区域を護る戦闘員、その頭に人質にされた下級天使を救うという考えはない。
天界の内乱、天使同士の争いに天使が巻き込まれるなら、人類側にとっては何の不都合もないかもしれない――が、だからといって見過ごす事は出来なかった。
「だめだ、その人達を巻き込んじゃ…!」
青空の叫びはしかし、鋭く低い声にかき消される。
「そこまでだ」
いつの間にかスリムになったハージェンの姿が空中にあった。
能天使の一喝に、武装天使達の動きが止まる。
「今のうちに、あの人達を建物の中へ」
アレンとりりかは人質の保護に向かい、青空とゼロがその援護に回る。
残った反乱者への対応は、ハージェンと戦闘員に任せておけばいいだろう。
避難を終えて誰もいなくなった路上には、ずだ袋がひとつ転がっていた。
「ヨルくーん!」
はすはす。
黒龍はひとり飛び込んで来たヨルをハグ&チュー。
「回っ復!!」
なんてやってる場合じゃなかった。
「そんなに自分が変わるのが怖いのか! 馬鹿! 弱虫!」
ヨルは元高松組に向かって子供の様に言葉をぶつける。
少しでも自分に意識を引き付ける様に――いや、そんな計算よりも、ただ感情を抑えきれなくて。
「皆、そんなに強くなるくらい撃退士としてずっと仕事してたんでしょ」
どんな仕事を請け負っていたかは知らないけれど、きっと色々な経験をしてきた筈だ。
「何も感じなかった? 本当に、壊れた時から何も変わらなかったと思ってるの?!」
後に引けないと言うのなら引く理由を作ってやる。
──要は、ぶん殴って止める!
ダウナーらしからぬ気迫で、ヨルは彼等に迫った。
闇の翼で宙に舞い、見えないアウルの弾丸で後衛のダアトを撃つ。
そのまま彼を狙うのかと思わせて、アカレコの前に降り立ちランカーで攻撃――避けられるのも想定内だ。
弾かれた先はダアトの目の前、彼が事態を把握し迎撃態勢を整える前に、ヨルは振り上げた拳を思い切り叩き付けた。
もちろん顔面ど真ん中に。
「あの神界システムが問いかけてきた時、皆はどんな世界を願った?」
その願いは叶わなかったのかもしれない。
この世界は望んだものとは違うのかもしれない。
でも。
「それはこんなテロで変わる世界ではない筈だ、絶対に」
「そんなこと、わかってるさ!」
わかっているから暴れるしかない。
自分を消してしまう事でしか変われない。
彼等はそんな生き方しか――或いは死に方しか出来ないのだろう。
しかし、それを認めて受け入れるわけにはいかない。
「キャハハ! まだ終わらないわ!」
死活モードに入った挫斬が、まだ悪足掻きするダアトにトドメを刺す――と言っても殺してはいないが、多分。
「たとえ死んでも本望だろう、寧ろ殺してやった方が親切な気もするぜ」
距離を置いての狙撃に切り替えたミハイルは、味方を狙う動きを見付けてはその行動を潰して行く。
「一人も逃がさん、逃げ帰る場所があったとしてもな」
そうでなくても動き回られると厄介だ、とりあえずじっとしてろ。
動きを止めたらストライクショットで楽にしてやる――或いは更なる苦痛を与える事になるかもしれないが、どっちでもいい。
「とにかく、弱ったやつから潰す」
それが戦場の鉄則だ。
残りはダアトの片割れと忍軍、アカレコ、阿修羅の四人。
敵味方の双方に疲れが見えるが、人数では既に撃退士側が上回っている。
そこに殆ど消耗していない援軍が加わる事で、状況は一気に終息へと向かい始めた。
一人の身体に菊紋の様な雷が迸り、もう一人には蛇の幻影が絡み付く。
上手く並べたところで双頭の犬が駆け抜けて行き、最後にパサランが大口を開けた。
「天使達はもう来ません、貴方がたこそ自ら袋小路に飛び込んだのですよ」
ばくん。
拘束具がないなら手足を潰すまでと、吐き出されたベタベタの塊にミハイルが銃を突き付ける。
「俺は敵と認定した相手には容赦ないんだ、たとえ学園生だろうとな」
宣言通りに容赦なく引き金を引いた。
「復讐心を持つのは結構だが、迷惑だから鬱憤晴らしなら他の方法を考えろ。何なら恨む対象を俺にしても構わんぜ」
そこに黒龍があり合わせの布きれで猿轡を噛ませる。
「自滅されるんは勘弁やからね」
身体検査も徹底し、どんな形であれ逃げを打てない様に。
「貴方達の『ヤケ』は決して成立しません」
転がされた彼等にカノンが声をかける。
それを自覚させ、本当の意味で再起を促せれば――そう考えるのは誰かの甘さに感染したせいか。
「俺は再起も更生も期待しちゃいないが」
ミハイルが言った。
「それが出来るなら章治に任せるさ。そいつが先生の役割だろう」
ひとまずはこれで状況終了、か。
「ありがとう、紘輝」
挫斬は大人しくしていた高松の頬に軽く口付ける。
「さーて、協力者には神のたこ焼きを振る舞わなあかんな」
こんな所まで屋台を持って来たゼロは既に事後処理という名のお祭モード。
他の者達もひとまずは安堵の表情を浮かべている――が、浮かない顔が二人。
一人はアレンだ。
「今回の嘘は全て私が指示した事ですから、罰するなら私だけを」
再び世界間の関係拗れるの避けたかった。
もう戦争は沢山だった。
「彼らが犯行を企てたのも元は我々天使のせいです。大切なものを還せないなら、せめて守りたいと…」
「でも、それは一人で背負い込む事じゃないと思う」
ヨルが首を振る。
自分達もそれに乗ったわけだし、嘘も方便という言葉もある。
それにこの結果なら、問題視する者はいないだろう。
「それより、これからどうするかの方が大事じゃないかな」
ハージェンとはこれからもフレンドとして付き合っていきたい。
ゲームの中では勿論、出来れば外でも。
他の天使達とも繋がって、どんどん輪を広げて行けたら。
その輪にいつかメイラス達も――
もう一人の浮かない顔、ユウはダルドフの事が心配で仕方ない様子。
「ちょっと探して来ますね」
黒い翼が天界の空に舞った。