新幹線のプラットホームに、やたらとテンション高くはしゃぎ回る一団の姿があった。
「おつかれさまー! 今回の旅行は皆、楽しもうねっ」
カメラを片手に、青空・アルベール(
ja0732)は仲間達の姿を写真に収めている。
目の周りが少し腫れぼったく見えるのは、わくわくしすぎて良く眠れなかったせいだろうか。
「あ、来たで御座る!」
静馬 源一(
jb2368)がホームから身を乗り出す様にして、線路の先を指差す。
滑る様に走り込んで来たのは、E5系はやぶさだ。
「あれに乗るで御座るかっ!?」
興奮して跳ね回る源一の尻に、出力120%で振りまくる尻尾が見えた気がする。
「写真! 記念写真撮るよ!」
青空は皆を呼び集めて先頭車両をバックにタイマーをセット、急いで皆の中に飛び込んでいった。
皆と一緒にフレームに収まりながら、ミハイル・エッカート(
jb0544)は心の中で呟く。
(分かってる、浮いてる、遊ぶ格好じゃない。会社の出張のようだ)
そうは言っても、ダークスーツにトレンチコートというこのスタイルは崩せない。
ラフな格好は隙を見せるようで落ち着かないのだ。
大丈夫、浮いている者なら他にもいる…いや、待て。
「やはり様子を見に行って正解でしたね」
前日から色々と世話を焼いてくれたレイラ(
ja0365)のお陰で、浮いてる不良中年として双璧を成す筈だった門木はすっかり若い子達に溶け込んでいる。
ミハイルが引率の先生、或いはお父さんと間違えられるのも無理はなかった。
「そろそろ発車の時間だぞ、荷物はちゃんと持ったか?」
率先して気を配る辺り、本人もちょっとその気になり始めている。
と言うか、門木に任せておいたら全員で迷子になりそうだった。
皆が席に着くと、列車はゆっくりと動き出す。
余りに静かなので、窓の景色を見なければ気付かない程だった。
「動いてます…!」
窓に貼り付いていたカノン(
jb2648)が小さく驚きの声を上げる。
「景色がすごいスピードで流れて行くのだよ!」
向き合って座ったフィノシュトラ(
jb2752)も、随分とはしゃいでいた。
その後ろでは、七ツ狩 ヨル(
jb2630)が熱心に窓の外を見つめている。
「こんな乗り物作るなんて、人間って本当凄い」
勿論隣は蛇蝎神 黒龍(
jb3200)だが、今の所そちらは眼中にないご様子。
でも黒龍はメゲなかった。ヨルが楽しそうにしているなら、それで良いのだ。
「翼を持たない事が、発展の原動力になったのかもしれんね」
不足や欠如が背中を押す事も、世の中にはあるらしい。
だから…この想いも、まだ解らなくてもいい。ただ、傍にいて欲しい。
(その瞳がみる君の世界を朋に見たい)
黒龍はガラスに映る夜の姿を透かして、流れ行く景色を眺める。
源一は靴を脱いでシートに横向き正座という気合いの入れ様だ。
向かいに座った青空もまた、その真似をして横向き正座。いい歳をして、とは誰も言わない。本人も思わない。
彼等、興味津々の天魔とお子様に窓際のシートを譲ってくれたのは、仲間達の心遣いだ。
「そろそろ車内販売が来る頃だね」
列車が郊外に出た頃、刑部 依里(
jb0969)が言った。
「皆、何か欲しいものはあるかい?」
弁当にはまだ早いが、飲み物くらいなら奢る。
いつもより気前が良い様に感じるのは、彼女なりの気遣いだろうか。
(…色々あったからね、皆も手放しで安心は出来ないだろうし)
さりげなく周囲を警戒し、皆が…特に年下の子達が楽しめる様に気を配る。それが自分の役目だと、依里は考えていた。
「軽食もあるわよ」
東雲 桃華(
ja0319)がサンドイッチを差し出す。長旅になると思って、学園の購買係に頼んでおいたらしい。
この程度なら昼食に響く事もないだろう。
「良かったら皆で食べて?」
「あ…俺、カフェオレ持って来た」
黒龍に荷物を降ろして貰い、ヨルは皆におやつのカフェオレを配り始めた。
どうやら鍾乳洞の件で分け合う楽しさを覚えたらしい。
そして、商店街のオバチャンの店で買ったのが悪かった…いや、良かったのか。
沢山オマケしてくれたのは良いが、買った数よりオマケが多いってどういう事だ。店の経営は大丈夫なのか、オバチャン。
そんな訳で、カフェオレは皆に配ってもまだ余っていた。
「また、喉渇いたら…言って」
皆で軽く腹拵えをしている間に、レイラ作の旅の栞が配られる。
その情報によると、松前はクロマグロが美味いらしい。
「明日の昼は高級料亭でマグロ三昧といこうか。勿論、ミハイルの奢りで」
「また俺か!?」
当然の如く言ってのけた依里に、ミハイルは顔面蒼白。
頑張れ、おとーさん。
楽しそうな皆の様子を眺めながら、獅堂 遥(
ja0190)は窓に映る自分の表情が前より明るくなった事に気付く。
(昔の様に屈託なく笑む事はなくなったけれども、皆との戦いは少しずつ私を引き上げてくれた)
この皆と別れてしまうのは、少し寂しい。
だからこそ、今は存分に楽しもう。
フィノシュトラにトランプに誘われ、遥は笑顔で応じた。
終点の新青森に着くと、そこからは在来線だ。
今頃はどこかで悪魔の軍勢が暴れ回っている筈だが、この辺りにまでは及んでいない様だ。
この地にはいずれまた、今度は戦いの為に来る事になるだろう。
でも、今だけは忘れてしまいたい。
(楽しい気分に、水を差したくは無いからね)
桃華は観光客で賑わうホームの様子をカメラに収めた。
自分達の他にも、侵攻の最中に旅行を計画する人がいる事には少し驚いたが、楽しむ事を忘れない姿勢もまた彼等なりの抵抗なのかもしれない。
(この美しい景色を失う訳にはいかない、その時は全力で従事しないとね)
またいつか、皆で楽しむ為にも。
函館方面に向かう列車のホームには、駅弁の売店があった。
「駅弁というのも、種類があって面白いですね…」
カノンはサンプルを前に品定めに夢中になっている。
「でも、どれか一つを選ばなければいけないのは難しいです」
と、その中に一際目立つ赤いパッケージがあった。
「こ、これは…金魚ねぶた弁当!?」
ねぶた祭の金魚を象った包装が、強烈に己の存在をアピールしている。
これだ。これしかない。
皆はそれぞれに気に入った弁当を買って、座席に着いた。
「小さな箱の中にその土地の特色を詰め合わせ、なおかつ見た目美しい」
これが日本の心というものかと、サングラスを外したミハイルは膝の上に置いた弁当を感動の面持ちで見つめる。
ただし上品すぎて量が物足りないのが難点だが、そこは抜かりなくボリュームたっぷりの肉系と海鮮系も買っておいた。
残念ながら団体割引もオマケもなかったし、依里の値切りスキルも不発に終わったけれど。
「三つも食べるで御座るか!?」
源一が目を丸くしている。
「体がでかいぶん消費カロリーもでかいんだ」
お父さんが言うのだから、間違いはない。
「皆のお弁当も美味しそうなのだよ、目移りするのだよー」
「だったら、おかずの交換とかしてみない? 私もそれ、少し食べてみたいわ」
向こうでフィノシュトラと桃華の声が聞こえる。
早速あちこちで交換会が始まった。
「これ、全部食べて良いからね」
青空がとびきりの笑顔で差し出したのは青菜のおひたし。
「それじゃ青空殿の分がなくなってしまうで御座るよ!」
「いいから食べて、お願いっ」
その目を見て、源一は何となく事情を察した様だ。
「でも自分、肉はもう食べてしまったで御座る」
「仕方ない、俺が分けてやろう」
交換するものがないと困っている源一に、ミハイルが自分の弁当を差し出した。
流石おとーさん、太っ腹だ。って言うか三つもあるからね!
そうこうしているうちに、列車は青函トンネルを過ぎて北海道へ。
「北海道は初めてなのだよ!」
フィノシュトラは窓から身を乗り出す勢いで景色を眺めている。
ちょっと別世界に飛び込んだ様な気分だった。
「キャーンプキャンプ〜♪ キャンプで御座る〜♪ みんなと楽しいキャンプで御座る〜♪」
源一が歌っている。ポーズは勿論、横向き正座だ。
「あ、桜で御座る! 咲いてるで御座るよ!」
その言葉に、皆が一斉に窓の外を見た。
桜を追いかけて、はるばる来たぜ北海道。さあ、遊ぶぞ!
一行はキャンプ場に荷物を置いて、まずはそれぞれに自由な時間を過ごす。
「う、うわぅぅ〜! 桜で御座る! 桜がいっぱいで御座るよ〜♪ わっはーーー♪」
犬は喜び庭駆け回る…じゃなくて、源一は早速公園を走り回っている。
いやはや、子供は元気で良いなぁ。
「おーい、あんまり遠くに行くなよー?」
余りの元気に思わず心配になるミハイルお父さん。
「桜は咲いている期間が短くてはかない感じがするけど、その分すごいきれいなのだよ…」
満開の桜を前に、フィノシュトラがうっとりと呟く。
「松前では桜が咲く季節なのですね」
わかってはいたけれど、こうして実物を見るとやはり感慨深いものがあると、レイラが頷く。
「遅咲きの桜、って訳じゃないのよね」
咲き誇る桜の幹にそっと手を触れ、桃華はその手触りを楽しんでみる。
「でもこの時期にこれだけ咲いてるのって新鮮」
「そういえば今回のお花見は先生の企画ですけれど…」
レイラは門木を見て首を傾げた。
「先生は桜に詳しいのですか?」
「…ん…、ここの桜はソメイヨシノの他に、八重桜など250種類、約一万本の桜が…」
「先生、それ旅の栞に書いてあるし」
青空がツッコミを入れる。
つまりは殆ど知らないという事か。予想はしていたけれど。
(はじまりは冬で、門木先生はどうにも放っておけない方で――今も放っておけない方なのですけれど)
今は少しだけ、のんびりしよう。
「さあ先生、買い出しに行きますよ」
レイラはぼんやりと桜を見上げている門木の腕を引っ張って歩き出す。
この際だから、門木には社会勉強として常識を学んで貰おう。
それに人の世界の良いところをたくさん見て触れて、知って貰いたいという思いもあった。
「僕も買い出しに行って来るかね」
依里も漁港の方に歩いて行く。
「ボクらも少し散歩でもしてこよかー」
黒龍は傍らに居る筈のヨルに声をかけようとして…
「あれ、ヨル君?」
いない。
拉致か誘拐か、はたまた天魔の襲撃かと黒龍は顔面蒼白。
いや、落ち着いて考えればそんな筈はない。
案の定、来た道を戻ってみれば――
いた。道の真ん中に突っ立って、桜の花を見上げている。
眺める事に夢中で、足を動かす事を忘れてしまった様だ。
「うん、こうして眺めとるんもええな」
でも通行の邪魔になるから、もう少し端に寄って下さいねー。
ガイドブックで得た知識を総動員しながら、レイラは門木をあちこち連れ回す。
テーマパークになっている松前藩屋敷には、明日にでも皆で行った方が楽しいだろうか。
この辺りには歴史的な遺構や史跡が多いが、その多くが桜の名所でもあった。
中には「縁結びの木」なるものもあったが…ここは素通りして、良いかな。
そして外せないのは、やはり海。
海岸や灯台を歩き回り、地元の人達と話をして、お土産を買って…
後は食材の買い出しだが、松前と言えばやはり海の幸。それに北海道と言えばジンギスカン。
「鮪やホタテは手に入りやすいと思いますし、イカにウニ、アワビ…羊肉や赤牛の肉もいいかも知れませんね」
ところが。
漁港には先客がいた。
「はは、この周辺も物騒だというが――僕たち、久遠ヶ原学園の生徒でね」
天魔退治の専門家、困った時には久遠ヶ原に。
電話一本で、いつでもどこでも駆けつけます…などという宣伝文句があるかどうかは知らないが。
とにかく、撃退士は撃退士は人類を守る盾。恩を売っておいて悪い事はない。ここはひとつ、保険料を払ったつもりで値引きして貰えないだろうか――
なんて、あからさまな事は言わない。
ただ、相手が自然とそうしたくなる様に仕向ける、これが交渉のコツだ。
「ふぅ、撃退士と言えども、食わねば戦は出来ないしなぁ…」
最後に一言そう呟けば、大抵の相手は気前よく大盤振る舞いをしてくれる。多分。
そんな訳で、依里は本日の水揚げを破格の安値で買い占めて、意気揚々とキャンプに戻る。
勿論、途中でスーパーに寄るのも忘れなかった。
「焼酎に日本酒、ビール、未成年には甘酒とソーダにジュース、ノンアルコールのカクテルも良いか」
そうそう、カフェオレも買って行こうか。
「桜の花の塩漬けは、後で湯を入れて飲もうか。酔い覚ましにね」
桃華は桜の下で、ひとり静かに時を過ごしていた。
彼女にとって、桜の木はちょっと特別な物。だからこうして桜に触れ合える時間は、とても大切に思える。
「仲間と一緒に過ごせるのなら尚更ね、こんな機会を与えてくれた先生には感謝しないと…なんて、こんなこと恥ずかしくて直接は言えっこないんだけどね」
でも、今それを聞いているのは桜だけ。
桜の木が、想いを全て受け止めてくれる。
「さてと、私もサボってないで準備を手伝わないとね」
丁度、桜並木の向こうに買い出し組の姿が見えて来たところだ。
「いよいよで御座るね!」
火おこしは任せろと、源一の尻尾がますます元気に振りまくられる。
「わふふふ! 久遠ヶ原の炎の番犬(自称)とは自分のこと!」
取り出したのは、太古の時代から使われて来た、摩擦熱で火を熾すアレだ。
このキャンプ場ではワイルドなサバイバル体験を求める人々の為に、そんな道具まで用意されているらしい…って、そこから始めるのか。
「滾れ熱風! 燃え盛れ炎! わーはっはっはっ」
しゅこしゃこしゅこしゃこ…
「…げほっげほっ!? うぇ!? 煙がのどに入ったで御座る!?」
しかも出るのは煙ばかりで、肝心の火はサッパリ点かない。
「火をおこす時はちゃんと注意しておこしましょうで御ざ…げほっ」
気を取り直して再チャレンジ――
「待て待て、ここは俺が…」
満を持して登場したミハイルが、煙で涙目になった源一を下がらせた。
家族でBBQすると、おとーさんなる者が火起こしに張り切るのが日本の伝統だと聞く。
ならばここは、自分の出番…
「って、俺、まだ独身だが! 彼女もいないのだが!」
しかし子供達は聞いちゃーいない。
「お父さん、頑張って」
ぽむ、ヨルがその肩を叩く。
「みはいるおとーさん、頑張るのだよっ」
フィノシュトラは何処から持って来たのか、小さな日の丸の旗を振り回していた。
「…お、おう…頑張るぜ」
使う道具はライターだけどな!
コンロにアルミ箔を敷いてその上に丸めた新聞紙を置き、炭を並べる。
新聞紙に火を点けて、団扇で扇ぎ…暫くお待ち下さい。
待っている間に他の皆は下拵え。
その場を仕切っているのは遥だった。男系家族で育ったのでアウトドアも手馴れた物らしい。
ブロックで買って来た大量の肉を切り、皿の上に綺麗に並べていく。
慣れない者は野菜を洗ったり、切ったり、皮を剥いたり…
「これくらいなら出来るのだよ!」
フィノシュトラはピーラーを使ってジャガイモの皮を剥き、出来たものをヨルに手渡す。
「これ、切れば良いの…?」
受け取ったヨルはそれを投げ上げ、空中で見事にスパスパ…って、そんな漫画みたいな事が出来たらカッコイイんだけど。
まあ、ごく普通にサックリと切って、次は串係の青空に。
「えーと、まずは牛肉、次に羊肉、鶏肉、豚肉…」
「コラ、肉ばっかりじゃないか」
ちゃんとバランス良く野菜も並べなさいと、依里に怒られた。
そうこうしているうちに、お父さんの仕事も終わった様だ。
「わーい火が付いた! ミハイルおとーさんかっこいいー!」
青空の拍手に、お父さんは「やり切った表情」で親指を立てる。
もうすっかりお父さんの顔だ。
「よし、焼くぞ」
まずは肉、何はなくとも肉だ。
網の上に乗せると、ジュワーッと良い音が広がる。
「じゃあ、まずは乾杯なのだよ!」
フィノシュトラが皆に飲み物を配った。
大人にはビール、未成年にはジュース、ヨルにはカフェオレ。
「俺、一応20年以上生きてるけど…」
「私も超えてるのだよ」
飲酒は二十歳からの表示を見て不思議そうに首を傾げるヨルに、フィノシュトラが言った。
実年齢が大人の領域なら飲んでも良いのかもしれないが、フィノシュトラも酒は飲んだ事がない。
「ノンアルコールカクテルも気になるのだよ!」
よし、それにしよう。
青空は遠くに置かれた缶をワイヤーで取ろうとして……
スパッと真っ二つ。
\ギャー!/
はい、横着はいけませんね。でも大丈夫、ちゃんと替わりはあるから。
「大人っぽくてかっこいいなー」
ちゃんと自分の分を受け取った青空は、上機嫌で缶のデザインを眺める。
「俺は…これでいいや」
ヨルはやっぱりカフェオレが良いらしい。
「飲んだ事ないメーカーだけど」
飲み比べてみるのも楽しいかも。
「それじゃ乾杯なのだよ! でもその前に、門木先生にお言葉を頂くのだよ!」
「…俺…っ!?」
いきなり振られて、門木は手にしたビールの缶を取り落としそうになった。
一言で良いからと言われて、本当に一言。
「…ありがとう」
それだけでは流石にあんまりなので、もう少し付け足してみる。
「…今回の、件では…本当に、世話になった。また、色々と頼むだろうし…迷惑も、かけるだろうが…その、よろしく頼む、な」
「お礼をいうのは私の方です」
そう答えたのはレイラだ。
「門木先生と知り合えて、一緒に過ごせて…とても楽しかったです。こ、これからも宜しくお願いします」
ぺこり、少し頬を赤らめながら頭を下げた。
「まだ全部が片付いた訳じゃないけれど、とりあえずお疲れ様」
桃華がジュースの缶を目の高さまで差し上げる。
「ここらで小休止ってのも、悪く無いわよね」
という訳で、乾杯!
「さあ食うぞ!」
ところが。
「肉が真っ黒になってるで御座るよ!?」
見れば、コンロには炭がてんこ盛り。しかもボウボウ炎が出てる。
「誰だ、こんなに火力上げたの!?」
「…俺」
ヨルが手を上げた。
「こういうのは強火の遠火が良いんだ」
ただ火力を上げるだけでは駄目らしい。
網の焦げ付きを落とし、網奉行のお父さんは再び肉を並べ始める。
「お父さん、野菜はどうしたんだい?」
お母さ…いや、依里に言われて今やっと気付いた風に野菜が登場。
(野菜は存在を許そう、だがピーマン、お前はダメだ)
しかしダメだだと言われても、野菜を盛った皿の上にはしっかりとその姿がある。
さて困った。よい子の皆の前で、大の大人がピーマン嫌いなんて見せづらい。
と言うか、お父さん的には率先して食べて見せるべきではないのか。
「ほらみんなー、すききらいせずになんでもたべるんだぞー」
思いきり棒読みで言って、ピーマンを口に放り込んだ。
鼻をつまんで噛まずにビールで流し込み、口直しには肉、肉、肉!
しかしそんな涙ぐましい努力にも関わらず、青空は野菜が盛られた皿を遠慮なく押し返す。
まあ、仕方ないか。良いじゃない、苦手なものの一つや二つや三つや四つ。
「そう言えば、バーベキューの時にマシュマロとか聞いたような…」
肉祭が一段落したところで、カノンはマシュマロを焼いてみる事にした。
串の先に刺して、火に近付ける。
「せっかくですから試してみま…」
ボッ! …燃えた。
「…あう」
どうやら火に近付けすぎたらしい。
気を取り直して、もう一度。今度は上手く焼けた。
「美味しい…!」
何だろう、生のマシュマロとは全然違う味になっている。
「焼きバナナもあるぞ」
お父さん自慢の手料理は、焼いたバナナにアイスを乗せ、チョコソースをトッピングした焼きバナナ。
「ほら、先生も食べてみろ」
うん、確かに美味い。
食べながら、門木は小声でカノンに言った。
「…気、使わせた…か」
「え?」
「…いや、無理に来させたかと…思って」
「そんな事ありません」
確かに、ここで参加しなかったら気にするだろうとは思ったけれど。
「桜は綺麗ですし、バーベキューも美味しかったですし…キャンプも楽しみです」
実はわざわざテントを買って来たのだが、ロッジ完備で内心ショボーンなのは内緒だ。
「…テントは、今度また…暖かい季節に、な」
あれ、バレてる?
「あ、そうです。キャンプという事で花火を持ってきたんでした」
「花火! やるー!」
聞きつけた青空が飛び上がった。
「打ち上げ花火やろうよ! どーんと! どーんと!!」
「いや、一尺球で火事とか笑えんやろ」
安全第一と、黒龍がスーパーで買って来た手持ち花火のパックを差し出す。
「私もそれらしいものを適当に選んでみたのですが…これとは違う様ですね」
カノンは自分が持って来たものと見比べてみた。
試しに火を点けてみると…もこもこパチパチ。
蛇花火と鼠花火だ。
「敵!?」
ヨルが勘違いするのも無理はなかった。
と、その時。
ドーン!
すぐ近くで大きな爆発音が聞こえた。
今度こそ敵かと身構える彼等はしかし、上を見上げてぽかんと口を開ける。
殆ど真上の空に、大輪の花火が打ち上がっていた。
「…サプライズ、だ」
門木の声がする。
皆をびっくりさせようと思って予め花火師を呼んでおいたらしい。
こんなに近くで見る機会なんて、そうそうあるものではない。
「すごい、すごい!」
青空は地面に引っ繰り返って眺めている。
最初は緊張を漲らせていたヨルも、その正体を知ると素直に楽しんでいた。
五分ほどの饗宴が終わると、次は手持ち花火だ。
これはこれで綺麗だし、派手な打ち上げとはまた違った良さがある。
レイラは舞い散る桜と花火の閃光に心を輝かせながら、ゆるやかな時に身を委ねていた。
それはきっと、明日への糧になるだろう。
そして最後の締めは線香花火、これ定番。
誰が最後まで消えずに残るか、それを競うのも定番だ。
花火の最中は煙に紛れて煙草を吸っていた依里も、これには参戦していた。
勿論、しっかりギャンブルにするのも忘れない。
そして早々に脱落した者が、生き残った者の邪魔をするのもまたお約束。
「あ、こら、くすぐるな! やめ、落ち…あっ…!」
四方八方から伸びる手にくすぐり倒されたお父さんの叫びが夜空にこだまする――
腹も膨れ、遊び疲れた後は、広場でキャンプファイアーだ。
「いやー、キャンプファイヤーをしながらの夜桜とはきれいで御座るな〜♪」
ジュースをちびちび飲みながら、源一は舞い散る火の粉と桜の花びらを眺めてご満悦だ。
「見事だなぁ――。桜は、日本の国花だというからね、コノハナサクヤが賜ったとか」
依里は酒を煽りながら、傍らの桃華にさりげなく話を振ってみた。
(潔く散る。それは、伏せておくべきか…)
しかし、散り際が見事である事もまた、桜の魅力である事には違いない。
「丁度良いわ、一差し舞わせて貰おうかしら」
桃華が立ち上がり、炎に照らされた花吹雪の中に立つ。
扇を手に、桃華は静かに舞い始めた。
幼い頃から学んで来た日本舞踊、それで心を伝えられたなら。
――仲間への感謝、そして先生への感謝、激励、心配。
色々な感情が溢れ出す。
それを惜しむことなく舞で表現し、この一時を大切に心に刻み込む。
恥ずかしくて直接は伝えられない事でも、こうして舞う事で伝える事が出来る。
(…本当にありがとう)
やがて舞い手は二つの影となった。
重なる影は、遥の姿。溶け合い、離れ、また重なり合って共に舞い踊る。
親和感、信頼感は感じていた。
これからも仲良くなりたい。
桃華と、そしてここにいる皆と。
まだまだ自分が行くべき道に迷いはある。それでも…皆と一緒なら。
「すごいきれいなのだよ!」
フィノシュトラはうっとりと見とれていた。
舞いというものは見た事がなかったが、想像以上の素晴らしさだ。
「また来年も、ずっとずっとその先もみんな仲良くきれいな景色を見たいのだよ!」
「うん、出来るといいね」
青空が答える。
(もしかして、ヤマトともこうして旅行とか出来る別の未来もあったのかな)
ヒーローは、「誰の」ヒーローであるべきなのか…それはとても難しいことで。
(でも、今日は門木先生と皆と、ここに来れて良かった)
皆で頑張ったから。だから、今はそれでいい。
(今を一生懸命楽しく生きる、そんな今日を明日に繋げたいと思えたら、弱い私もヒーローになれるから)
皆と戦えて良かった。
胸に刻んだありがとうの気持ちは、きっと皆にも伝わっている。
(守らなければいけないもの…)
カノンはこの旅でそれを見て、肌で感じた様に思う。
「まさに、コノハナサクヤだね」
依里は二人の舞い手に惜しみない拍手を贈った。
未来が平和で明るく仲良くいられることを望みながら、皆は舞いの余韻を楽しむ。
やがて夜も更け、賑やかだった公園が静けさを取り戻し始めた頃。
風呂上がりのミハイルは、外の風に当たりながらビールをごくり。
勿論、腰にバスタオルを巻き腰に手を当てて、両足を肩幅に開いたあのスタイルだ。
引き締まった身体は中年太りとは無縁だが、やってる事はオヤジ臭い。
「それにしても俺も変わったな。一回り以上年下の学生と一緒にキャンプで楽しむとは思いもしなかったぜ」
遅れて出て来た門木に声をかける。
「なあ、先生もいい方面で変わった。周りのことは眼中になく研究に没頭タイプかと思っていたが、けっこう生徒思いだな」
「…昔は研究しか、なかったからな」
今は違う。やりたい事も、やるべき事も、山のようにあった。
少し照れながら、門木はフルーツ牛乳を一気に飲み干した…って、ビールじゃないのか。
服を着込んだ二人が部屋に戻ろうとした時。
「先生、少しお散歩しませんか?」
遥が声をかけてきた。
「夜桜綺麗ですね」
ライトアップされた遊歩道を、二人は少し距離を置いて歩く。
暫く黙って公園を巡り、星が綺麗に見える丘の上に出たところで、遥は足を止めた。
「私は自分の命を軽くしか思えなかった」
ぽつり、呟く。
「自分の命で助かるモノがあるならいつでも捨てれるものでしかなかった」
その危うさは、きっと皆にも見えていただろう。
「けれども、先生に逢えて護れるものが出来た事で、自分の命は護る故で大事なものだと…意味のあるモノだと思えた」
門木が安堵の息をつく気配を感じる。
その気配に背を向けたまま、遥は続けた。
「貴方が私達の背にある事はとても大事な事です。先生は何も出来なかった訳じゃない。私達を見守ってくれて、信じてくれて、大事に思ってくれた…その心強さが私達に戦う力をくれた」
遥の肩が小刻みに震えている。
「だからこれからも生徒の傍にいて、下さい」
「うん」
「何処にもいかないで下さい」
「うん」
「私達が支えます、聞けば答えます、だからこれからも頼っていただけますか?」
「うん」
こういう時は、どうすれば良いのだろう。
昔、母がよくしてくれたのは――
ふわり、白い翼が遥の視界を包み込む。
「…片方しかなくて、ごめんな」
遠慮がちに回された腕を、遥は思い切り抱き締めた。
背中が温かい。
「私はこの景色を忘れない、貴方のぬくもりも忘れたくない、だから貴方も忘れないで下さい」
「…大丈夫だ。忘れないし、どこにも行かない」
暖かな雫が門木の腕を濡らす。
「…ありがとう、遥」
その一言で、腕はますますびしょ濡れに。
でも、明日からは今までよりも穏やかな表情で過ごせると…そんな気がした。
同じ頃、別の場所では――
「ボクにとってはヨル君が唯一無二やとおもとる、だからヨル君もボクの事そう思うてくれへんかな」
桜の木の上で、寒くないようにとヨルを抱き締めながら、黒龍はその指にミスラの指輪をそっと嵌めた。
「君の傍で一緒の思い出を一杯作りたいなて」
その指輪は友情の証。
黒龍の気持ちはそれとは少し違う所にあったが、きっと今はそれを言ってもヨルには理解出来ないだろう。
でも、それで良い。
「大事に、思ってくれるだけでええ、ボクはヨルをなくしたくはない、ヨルもそう思ってくれたら嬉しいなって」
「黒、寒いの?」
小刻みな震えを感じて、ヨルは顔を上げる。
大丈夫だと、黒龍は笑顔で首を振った。寒くはない。ただ、怖いだけだ。
「今だけでもええから約束、唯一無二の存在だって思ってるって」
震えながら返事を待つ。
沈黙の時間が果てしなく続く様に思われた。
けれど、その沈黙はヨルが自分の言葉を真剣に受け止めてくれた、その証拠だ。
きっと、自分なりに精一杯返そうと頑張っているのだろう。
「黒の言う事、全部はわからない。けど」
顔を上げ、黒龍の目をしっかりと見る。
「黒と一緒にいるのは楽しいし、怪我した時は苦しかった…多分、俺にとって一番大事な友達だから」
黒龍も門木も仲間の皆も、代わりなどいない。全てが唯一無二だと思う。
けれど、黒龍が言うそれは多分、何か別の意味を含んでいるのだろうと感じる。
感じはするが、それが何なのか…今のヨルにはわからなかった。
だからこそ、いいかげんな返事は出来ないと思った。
「そっか一番かぁ」
黒龍はにっこりと笑った。震えはもう止まっている。
一番大切な友達。それで良い。
何よりも、真摯に受け止め答えてくれた事が嬉しかった。
「でも、いつでもボクの処に帰ってきて欲しい、ボクもおかえりっていうから、ボクも君の傍におるから」
普段通りの笑顔でそっと手をとる。
風は冷えて来たが、不思議と寒さは感じなかった。
翌朝、レイラは誰よりも早起きして朝食の支度をした。
ご飯に味噌汁、焼き鮭という疲れた胃に優しいお袋の味だ。
その間に青空はいつものトレーニングを済ませ……さて、今日は何をして遊ぼうか。
色々な所を回って、美味しいものを食べて…そうそう、お土産も買わなければ。
帰りの列車は寝台特急、出発までにはまだたっぷり時間が残されていた。