世界を救う為のメシテロ依頼!!
常々抱いていた妄想が現実になっちゃったよ!!!
というわけで、星杜 焔(
ja5378)は本日テンションがおかしなことになっていた。
キッチンの魔術師な仮装で、まずはこの依頼の意義を蕩々と語る。
「美味しいもので堕天させる場合、一人ひとり堕としていかなきゃならない。でも堕天せず天界で美味しいものを広めてくれるなら、効率よく平和に近づけるのではなかろうか!」
誰ひとり傷つかないし、失うものもない。
エネルギー問題だって解決しちゃう、夢のような手段じゃないですか。
ただ、ちょっとしたハードルを越える必要はあるけれど。
「消化排泄機能が備わったままという事は、食欲という本能も眠っているだけの筈!」
揺り起こせ、覚醒せよ!!
「ふむ、なるほど」
依頼の趣旨を聞いた鴉乃宮 歌音(
ja0427)は早速アップを始めた。
「異文化の良さを知って、侵略に躊躇いを持ってくれたらいいのだ」
未知なるものを敵と見なすのは人も天使も同じだろう。
それなら知ってもらえばいい。
「美味いものを食べて新たな境地に目覚めることで、侵略以外の道があることを広めてほしいね」
料理なら任せてほしい、要望と材料があれば何でも作る。
でもまずはオススメ料理で腕を振るってみようか。
説得などの搦め手は使わず、本能に向かって正面から訴える料理一本の直球勝負だ。
「美味しいごはんが世界を救う、か」
単純な考えだが、悪くない。
寧ろ単純なだけに、相手の心にストレートに響くだろう。
かく言うファーフナー(
jb7826)も、料理という文化に魅せられた一人だった。
初挑戦から数ヶ月、今では包丁を握る姿もこなれた感がある。
腕前は初級から中級程度で、まだあまり手の込んだものは作れないが、レシピを忠実に再現するため失敗はない――レシピが間違ってさえいなければ。
「大丈夫だ、客人をもてなすのに冒険のような真似はしない…そうだな、パンプキンスープとカボチャのサラダを作ってみるか」
どちらも一度は作ったことがあるし、評判も悪くなかった。
特にスープは素材も味付けもシンプルゆえに、初めて口にするものとしてはハードルも低かろう。
「そうだね〜、かぼちゃスープは離乳食の定番でもあるし〜」
どうやら焔も同じものを作るようだが、ここは上級者に任せた方がいいだろうか。
「いや、スープが被ってもよいだろう? 見た目も楽しいし」
そう言ったのは歌音だ。
「シンプルだからこそ、同じ料理でも作り手によって味わいが変わる…そんな奥の深さも感じて貰えるだろうしな」
では遠慮なく、スープの競作と行こうか。
「なんだ章治、ちゃんとお兄ちゃんしてるじゃないか」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は何かと弟の世話を焼こうとする門木の姿を見て、ちょっぴり反省モード。
実はかつて、彼に何かあればテリオスを殺そうと考えていたほどに尖っていたミハイルの内面も、近頃では随分と角が取れてきた。
門木が弟を気にかけ始めたのも自分が落ち着いてからと聞くから、お互いパートナーの存在は大きいようだ。
そんなわけで、今回は互いの彼女の為に男子力を上げよう大作戦。
「フルーツの飾り切りに挑戦するんだぜ」
ミハイルは料理は得意ではないが出来なくもない、という程度。
ややこしい味付けはバランス感覚が必要だから、おもてなしの料理には手を出さない方が無難だろう。
しかし、これなら手先の器用さだけで乗り切れる。
「上手くできるようになれば奥さんも喜ぶぞ」
そう言って門木を持ち上げ、とりあえずは事前練習…と思ったら。
「俺、切って飾るだけなら得意だから」
門木はあっという間にオレンジで蝶を作って見せた。
「くっ」
その見事な手捌きを見て、負けてなるかとミハイルもぺティーナイフを手にとる。
レシピを見ながら格闘すること数時間。
「俺は遂に、飾り切りをマスターしたぞ!」
多分、初級コースくらいは!
「美味しいものを食べると笑顔になりますよね」
シグリッド=リンドベリ(
jb5318)は難しい事を考えず、ハージェンが美味しく食べてくれるように頑張る所存。
なお色々あったにも関わらず彼に対する印象は悪くない、と言うより割と良い人だと思っているので、おもてなしは心を込めて。
「テリオスお兄さん、僕と一緒にお菓子作りしませんか…!」
大丈夫、不器用なのは知ってる。
「でもフルーツゼリーなんかはそんなに難しくないですし」
何なら材料を混ぜるだけでも!
「人数分作るのは結構量がありますから、一人では少し大変なのですよ」
知ってる、こう言えばきっと手を貸してくれるって――ほらね?
「何をすればいい」
「まずは見ていてほしいのですよ」
手伝いが必要な時は言いますからねー。
作るのはデザート系。
苺や桃、オレンジやマスカット等を入れた透明なゼリーに、生クリームとフルーツソースやチョコソース、フルーツをトッピングしたクレープ、それにクッキー各種。
食べる事に馴れていないのなら、肉や魚より果物や乳製品系からの方が手が出しやすいかと考えた結果のチョイスだ。
「ゼリーはアガーを使うと透明度が高くて綺麗です、見た目も大事ですよね」
そう言われても、テリオスには今ひとつピンと来ていないようだ。
恐らくゼラチンや寒天との違いはおろか、ゼリーが何から作られているのかも理解していないのだろう。
「あ、僕がゼリー液をカップに入れますから、テリオスお兄さんはフルーツを入れて貰えますか?」
流石にそれくらいは失敗しないよね。
「テリオスお兄さんはどの果物が好きです? 好きな果物でクレープ作りましょう。焼いたり飾りつけしたり、楽しいですよ!」
わからなかったら、ほら、ここに小さくカットしたフルーツがありますから、味見して選んで下さいねー。
「…全部」
けっこう欲張りさんだった。
「わかりました、全部乗せで作りますね。その代わり、僕の分はお兄さんに作ってほしいのです。取替えっこしませんか?」
自分で作ったのより人に作ってもらった物の方が何故か美味しいですよね、出来はどうあれ。
皮を焼くのは無理ゲーっぽいから、包むだけでも。
「まあ、それくらいなら」
上手く巻けずにぐちゃっとなってしまったけれど、そこは予想通り。
だからそんなに落ち込まないで、次はクッキーの型抜きをお願いします。
「これならきっと上手に出来るのです(こくり」
申しわけ程度のハロウィン要素で猫と南瓜の型を使って、絞り出しクッキーにはナッツを乗せて香ばしく。
もしどうしてもこの場で食べるのに抵抗があるなら、持ち帰ってこっそり食べて貰っても良いし、ね。
「美味しいご飯は幸せと活力の元、諺にもあるじゃないですか『衣食足りて礼節を知る』って」
礼野 智美(
ja3600)は、それほど料理が得意という自覚はない。
寧ろ親友や妹の得意分野ではあるが、とりあえず危険はないと聞いているものの、彼等をゲート内には入れたくない――ということで、自分が買って出た次第。
ハロウィンパーティという事で、他の仲間が作るものは西洋系に偏っているようだ。
ならば自分は和風の料理にしてみよう。
「味覚は好みもあるし、俺はどっちかというと大量料理の方が得意だし…それに今回の来賓さん、いざという時の為にエネルギーを貯めているんですよね?」
ならば少々面倒はあるが、作る過程でも楽しめたら良いのではないだろうか。
普通、お客様は全ての準備が整ってから呼ぶものだが、今回は仕込みの段階から呼んでしまおう。
キッチンから漂う食欲をそそる匂いに、能天使ハージェンは鼻をヒクヒク。
今までもお菓子や料理を出されたことはあるけれど、それを全面的に受け入れるまでには至っていない。
天界の秩序維持を重んじる身としては、そう易々とヒトの文化に馴染む訳にはいかないのだ――と言いつつ、ゲームやマンガはこっそり楽しんでいるけれど。
そんな彼の目の前に、智美が作ったおでんの鍋が置かれていた。
削りたての鰹節と昆布で出汁を取った汁に、米のとぎ汁で下茹でした大根、ねじり蒟蒻と隠し包丁を入れた三角の普通の蒟蒻、黄身がぴったり真ん中に収まったゆで卵、湯通しした厚揚げにがんも、餅巾着に宝袋、白滝とロールキャベツ、黒はんぺんに白はんぺん。
串に刺して柔らかく煮たすじ肉は出来合のものではなく、いつも通り精肉店で購入したものだ。
「何を気に入るかわからないから、具沢山にしてみた」
おでんは温めるだけで済むように下拵えを済ませて来たが、もうひとつ、南瓜のほうとうは麺が伸びると困るからとハージェンの目の前で作ったものだ。
「ハロウィンといえばやはり南瓜料理だろう」
歌音はレンジで丸ごと加熱した南瓜の頭を真横に切って、種を取り中身をくりぬいたら薄皮を削ってジャックランタン風の器に。
食べやすい大きさにカットした鶏肉、玉葱、人参、しめじを鍋で炒めて水とコンソメを加え、沸騰したら南瓜の中身を入れて弱火で煮込む。
その傍らでバターと小麦粉、牛乳でホワイトソースを作り、本体に加えて更に煮込み、塩胡椒で味付け。
カボチャの器に盛って蓋をすれば、見た目にも楽しい丸ごと南瓜シチューの完成だ。
「もうひとつは鶏のディアボロ風――と言っても本物のディアボロにあらず。辛い味付けを悪魔風と言うんだ」
潰したニンニクにオリーブオイルと胡椒、ローズマリーを入れたポリ袋に、叩いて柔らかくした鶏のもも肉、胸肉、手羽先を入れてよく揉んで、そのまま30分ほど寝かせておく。
鶏肉が馴染んだらフライパンで漬け汁ごと、カットした人参とマッシュルームと一緒に焼いて、塩胡椒で味を整えて。
皿に盛りつけたら茹でたブロッコリーとレモンを添えて出来上がり。
あとはスイートポテトなど、スイーツも各種取り揃えて、さあどうだ。
焔は参加者に対する徹底リサーチの上、誰もが好きで、美味しく食べられるメニューを考案した。
「美味しく食べるさまを見せるのも、食欲を目覚めさせる手段の一つであるからだ!」
とろける半熟卵やチーズ、食欲を刺激する赤い色、ハーブ等スパイスで官能的に食欲を誘う香りを追加!
ハロウィン的な可愛い盛り付けや食器で見た目も盛る!
「視覚や嗅覚に訴える方向で行くよー」
そしてトドメに溢れる肉汁!
ジュウジュウ焼ける音で聴覚も刺激だ!
「溢れる肉汁と言えばこれだろう!」
ミハイルはホットプレートを用意して、ほかほかの白いごはんと焼肉のたれ、そして霜降りの神戸牛をどーん!
「さあ、焼くんだ」
自分で好きなだけ焼いて存分に食う、それが焼肉の醍醐味だ。
ハージェンを見て(どう見ても体型ヤバイだろ、これ以上食べさせてもいいのか?)とは思ったが、ダイエットは明日からという言葉もある。
「焼きすぎるなよ…なに加減がわからん?」
だったら手本を見せようじゃないか。
「こうやってタレ付けて、白い御飯と一緒に――」
パクリ、これ最強!
「その脂肪に力を溜め込んでいるそうだが、力を付けるなら肉が一番だぞ」
撃退士がどんどんレベルを上げるのも肉のお陰だ、なんてな。
「どうした、食わないとなくなっちまうぞ?」
ミハイルは皆の料理も積極的に食べる。
ハージェンが手を付けようとしなくても、いや、だからこそ余計に美味そうに食べる。
(視覚と嗅覚から刺激してやる、どうだ!)
その表情を見る限り、だいぶグラグラしていそうなのだが…もう一押しか。
「ならば、まずは部下の四人に勧めてみるか」
本人には無理に勧めず、周囲が盛り上がることで自主的に興味を持って貰えれば良いと、ファーフナーはパンプキンスープを手に、ハージェンの後ろに控える者達に近付いた。
彼等はかなりの重量を支えてエネルギーを消費しているだろうし、主人が溜め込んでいる分、あまり摂取できていないかもしれない。
もしもそうした点で不満を持っているなら、切り崩しやすそうに思えた。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、というわけだ。
「天界は主従関係が厳しいようだし、心身共に疲れているのではないか?」
労りの声をかけられ、四人は戸惑ったように互いの顔を見る。
どうやら勝手に意思表示をする事さえ許されていないようだが――
「構わぬ、好きにするが良い…ぞよ」
そう言われて、四人は興味津々の瞳を向けた。
人類側との密かな交流を始めて以来、どうやら彼等の待遇も格段に良くなっているようだ。
「ワインやジュースもあるが…そうか、スープの方が良いのか」
確かに、湯気と共に良い香りが立ち上るスープの方が食欲をそそられるだろう。
一口飲めば、甘い温もりが腹の底から全身に広がっていく。
彼等のハードルは砕け散った。
「よし、肉も食え。焼肉の後は口をさっぱりさせるために果物が良いんだぜ」
ミハイルは白鳥型に切ったリンゴを青い皿に並べたもの(題して「白鳥の湖」)や、薄く輪切りにして薔薇の花びらのように形作ったキウイフルーツ(花に留まったチョウチョ付き)、それにサイコロ型に切った色とりどりの果物を虹の形に並べた皿を目の前に置いてみる。
それに加えて、シグリッドのフルーツゼリー。
そのカラフルな色合いに彼等はすっかり心を奪われたようで、「まるで宝石を食べているようだ」と大いに盛り上がっている。
それでも、ハージェンは耐えていた。
しかし喉の肉はプルプルと震え、口元からは今にも涎が垂れそうに見える。
「ハロウィンの料理は魔除けにもなるんだよ〜」
焔はその背をもう一押し。
「こうしてパーティで皆で同じもの食べるのも厄払いになるし!」
紳士的対応で好印象を与え、料理にタウントをかけて嫌でも注目させてみる。
その誘惑には、勝てなかった。
特にがっつり系の肉料理が気に入ったらしく、大量に作った料理の数々は瞬く間に腹の中へ消えて行く。
「気に入ったら天界の部下達にも勧めてみようぜ」
部下の胃袋とハートを掴んだら、次は同僚や上司達に広めれば周囲からの評価はバッチリだ――とミハイルは言うが、流石にそこまで簡単ではないだろう。
今のところ、天使にとっての食事は一部の酔狂な物好きが嵌まる、所謂オタク文化、サブカルにすぎない。
まずはその固定観念を崩す必要があるだろう。
その上で――と、焔が言った。
「人間は食事でエネルギーを得て生きてるって事と、その為の色んなノウハウがあるって事には、興味を示す偉い人もいるんじゃないかな〜」
天界はエネルギー不足だとも聞くし、この技術を伝える事も可能だと提示すれば、それが和平に繋がる可能性もある。
「でも今は、出来るだけ多くの天使達に美味しいものを食べる事に目覚めて貰うのが先かな〜」
「ああ、草の根運動は大事だな」
智美が頷いた。
美味しい料理で世界を幸せに。
これは、その為の第一歩。
最初の一歩を踏み出せば、あとはそのまま歩いて行けばいい。