これは急を要する調査だが、一分一秒を争うレベルの緊急度ではない。
従って、出発までには多少の余裕があった。
「かつての調査で色々わかっているなら、内部の見取り図なんかもある筈ですよね」
準備の為に用意された一室で、若杉 英斗(
ja4230)が言った。
「最深部まで行った事があるなら、罠の位置や種類も記録にあるんじゃないですか?」
そう考えるのは、もっともだ。
そして実際、罠の種類や対策は判明している。
しかし、位置はどこにも記載がなかった。
「どうやら、罠はランダムで移動する上に、壊される度に新しい場所で復活するらしい」
門木の答えに、英斗は「そんなズルい」とでも言いたげな表情をして見せる――が、すぐに思い直した。
「なるほど、わからないからこその難度設定か」
同じ事を考えていたのだろう、ファーフナー(
jb7826)が呟く。
予測可能な攻撃から一般人を守る事は、例え人数が倍に増えたとしてもそう難しくないだろう。
「規則性も存在しないと考えるべきか」
ただ以前の記録を見る限りでは、罠は複合的に設置されている場合が多い様だ。
ひとつの罠ばかりに気を取られる事なく注意を払う必要があるだろう。
「でも種類はわかってるんだから、そこは対策しておきたいよね」
英斗が皆に向けて言う。
「ガス対策なら、坑ウイルス用のマスクでどうでしょうか」
「あらァ、どうせならガスマスクの方が良いんじゃないかしらァ♪」
黒井 明斗(
jb0525)の提案に、黒百合(
ja0422)はそう返した。
「でもガスマスクなんてコンビニでは買えませんし…」
「そこは学園からの依頼なんだしィ、少しは融通が利くんじゃないのォ?」
ごもっともです。
今回は特別に学園の倉庫などからすぐに取り出せる備品は貸出可能となった。
「んー、でもここにはガス対策として、走れって書いてあるんだよね〜」
星杜 焔(
ja5378)が首を傾げる。
マスクが有効なら、そう書かれていても良い筈なのだが。
「そうですね…でも、対策は多いほうが良いでしょうし、無駄にはならないと思いますよ?」
そう言った妻、星杜 藤花(
ja0292)は何枚ものタオルとポットに入れたお湯を用意していた。
現場で濡れタオルを作っても良いし、休憩の時にはお手ふきにもなる。
万が一の時には包帯代わりにも――勿論、それが必要な事態にはさせないけれど。
「全員、必ず護り抜くよ」
「はい」
応えた藤花は夫と絆を結ぶ。
これも一種の内助の功だ。
それぞれに必要な準備を整えた一行は、遺跡の中に足を踏み入れた。
先頭には斥候役のエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)、少し遅れてエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が続き、その後ろには門木と二人の研究員を挟み込む様に残るメンバーが続く。
前には黒百合、明斗、大炊御門 菫(
ja0436)が、後ろには焔と藤花、英斗が付き、少し離れた殿には後方を警戒する為にファーフナーと龍崎海(
ja0565)が付いた。
「遺跡の探索ねェ、ワクワクするわァ…どんな危険が潜んでいるのかしらァ♪」
黒百合が楽しそうな声を上げる。
まるで遊びに来た様な言葉とは裏腹に、自在に動くフレキシブルワイヤーを壁に沿って這わせて警戒する様子は真剣そのものだった。
「…この間の戦闘ぶりですね、出雲」
藤花は興味深そうに周囲を眺めながら、研究員達に歩調を合わせて進む。
内部は床や壁に描かれた幾何学的な文様が淡く発光しているせいで、互いの顔が見分けられる程度には明るかった。
「この文様は何かの文字の様にも見えますね」
そう感じるのは自身が書家であるせいだろうか。
それに、子どもの頃に見た冒険小説や映画の影響か、こうした事にはつい胸が高鳴ってしまう。
「護衛任務でなければ、うっかりよそ見して罠にかかってしまうかも…」
恐らく緊張しているであろう研究員達の気持ちを解そうと、そんな話をしながら少しずつ前へ。
(「袖触れあうも多生の縁、人間関係の構築も大事ですから」)
なお二人は田中くんと佐藤さんと言うそうだ。
二人とも世間一般に認められている真面目な学問に秀でているのは勿論だが、その傍らでUMAや超古代文明などに興味津々な、某月刊誌の愛読書であるらしい。
「ところで、これは何です?」
田中が自分と佐藤の腰に繋がれたロープを見下ろす。
その先はファーフナーの手に握られていた。
「もしもの時に、落とし穴に落ちるのを防げるかと思ってな」
「それは良い、飛び出し防止にもなりそうだ。研究者というものは大抵、夢中になると周りが見えなくなるものだからな」
自分の猪突猛進ぶりを棚に上げつつ、菫が大真面目に言った。
だが殿で背後を警戒する者が持つのは何かと不自由だろう。
「良ければ私が持つが」
「そうだな、では頼んだ」
差し出された手にロープを預け、ファーフナーは背後に意識を集中した。
「超古代文明か、俺もそういうのはちょっと興味あるな」
隣で海が呟く。
「この任務を買って出たのも、ことによれば以後は機密とかで内部にはいったりできなくなったりしそうだって理由で」
「奴らが目を付けたからには、余程のものがあるはずだ。出入りは制限されて当然だろうな」
その声が聞こえたのか、前方のエカテリーナが周囲に鋭い目を配りながら返した。
いや、目を付けたと言うより、取り戻しに来たと言った方が良いかもしれない。
「すると、ここは大昔に天使が作った、ということなのだろうか?」
ファーフナーが質問とも独り言ともつかない調子で言った。
サーバントが遺構を守っている事から考えれば、恐らくはそうなのだろう。
「出雲は神が集う国というが、古代の人々は彼等の姿に神を見たのかもしれんな」
しかしここが天使の遺構なら、造った本人が罠にかかっては本末転倒だ。
何か回避する方法はないのだろうか。
「罠を避ける歩き方があるのか、もしくはCRでセンサーが作動するのか、どこかに解除スイッチがあるのか――或いは天使ならば罠が作動しないのか…」
「ふむ〜、試してみる価値はありそうですね〜?」
その声に、焔が門木を見る。
「先生に一人で先行して貰って、何事もなければ…なんて、冗談ですよ〜?」
護衛対象にそんな危険な事をさせる筈がない。
それに門木は発現していないとは言え天魔ハーフ、システムが純粋な天使と認識する確証はなかった。
「早速お出迎えですよ」
暫く行くと、生命探知で反応を捉えた明斗が声を潜めて囁いた。
「蛇と蠍か、レベルもそう高くなさそうだし、星の輝きで目をくらませれば近づきにくいのでは?」
交代で使えば長時間保つと、まず最初に海がそれを使う。
清らかな光が辺りを照らすと、壁や床の隙間から這い出たものの多くはそれを嫌う様に再び闇に戻ろうとする。
しかし中には気にせず近寄って来るものもいた。
黒百合はワイヤーを調整して即座にそれを切り刻み、逃れたものもすぐ後ろで明斗が投げた春雷のルーンに触れて動きを止める。
蛇や蠍は前ばかりではなく、横からも後ろからも、天井からも湧いて来るが、その度にいち早く見付けた誰かが確実に仕留めていった。
と、一行が通り過ぎたその後を追う様に、後ろの通路から不規則な物音が近付いて来る。
「来たか」
ファーフナーが振り返り、身構える。
「壁や床を弾んで来るということは、衝撃で爆発するのではなく、時限式か」
ならば遠くに蹴り戻すか、どこかに引っかけて止めてしまえば良さそうだ。
そう考えて蹴り返してみた――が。
ボンッ!
足が触れた直後、それは弾け飛んだ。
その間にも、通路の奥から次々と爆弾が転げ落ちて来る。
「生体に反応しする仕掛けか」
「なら片っ端から壊していくしかなさそうですね」
ファーフナーと海は通路を塞ぐ様に立ち、先に行けと仲間達を促す。
「大丈夫、一個も後ろに逸らしたりしないよ」
海は次々と転がってくる爆弾を盾で押し返し、或いは近付く前に雷の槍を放って撃ち落としていった。
その頃、先行したエイルズレトラはネットにボウリングの玉を入れ、それにロープを結んだ「罠探知機」を転がしながら進んでいた。
加圧式の罠なら、これを左右に往復させるように転がすことで反応する筈だ。
同時に目はガスの噴出口を探る。
と、その目が捉えるよりも早く、壁の模様に紛れた小さな穴からガスが吹き出して来た。
「これはまた巧妙に隠されていますね」
一旦退いたエイルズレトラは荷物からジャケットを一枚取り出し、丸めて持った。
息を止めて再び噴出口に近付き、丸めたジャケットを突っ込む。
しかしガスの圧力は高く、詰め物をボロ雑巾の様にした挙げ句に弾き出してしまった。
「これは壊してしまう他になさそうですね」
息を止め、壁ごと打ち砕こうと妖刀を振り下ろす。
途中で僅かにガスを吸い込んだ様だが、どうやら自分にはさほど影響はない様だ。
機能停止を確認し、次へ進む。
直後に設置された落とし穴を飛び越え――
「ん? これは…」
重さを感じた瞬間だけ開く仕組みか。
穴が閉じてしまえば、そこに罠があることを目で確認するのは不可能だった。
「誰か、何か目印になる様なものは持ってませんか?」
後続の仲間に声をかける。
「それなら、これはどうでしょうか?」
藤花がピンク色の濡れタオルを差し出した。
それを畳んで穴の上手と下手、両側を挟む様に置いておけば、薄暗い中でも良く目立ちそうだ。
ある程度の重さもあるから何かの拍子に飛ばされる事もないだろうし、帰りも安心して通れるだろう。
「それは良いね」
次から次へと転がって来る爆弾の処理をしながら海が頷く。
「帰りも通るのだから罠の位置とか種類が分かっていれば帰りやすい」
本当は地図を作りながら攻略したかったのだが、こう忙しいのでは手を休める暇もなかった。
エイルズレトラは次に固定砲台を攻撃して潰そうと試みるが。
「そこは私に任せておけ」
エカテリーナが前に出て、アサルトライフルを構えた。
「お前の得物はその刀のみの様だが、向こうは長射程だ…それに何でも一人で片付けようとするものではない」
しかも砲台は目視で確認出来るだけでも四ヶ所にある。
その言葉にエイルズレトラは軽く肩を竦め、「では囮役にでもなりますか」と通路の真ん中に飛び出した。
「さあ、ショウ・タイムの始まりです」
四つの砲台が一斉にそちらを向き、射線が一箇所に集まる。
それを身軽にかわす間にエカテリーナが一つずつ無力化していくが――流石に手が足りないか。
「大丈夫、加勢するよ〜」
焔が後方からアハト・アハトを撃ち放った。
ホモクレェ!
そんな奇声と共に白銀の┌(┌ ^o^)┐が飛んで行く。
これを使うと緊張感やシリアス、その他諸々の大事なものが迷子になる気がするけれど、その威力と射程の長さには替えられなかった。
そうして幾つかの関門を抜けた先にあったのは、針が飛び出す加圧式の罠。
ボウリングの玉が床に乗った瞬間、それは上下左右から飛び出して来た太い針に刺し貫かれ、粉々に砕け散ってしまった。
「なかなか、えげつない罠だな」
菫がぽつりと感想を漏らす。
「だが加圧式ならば、この床を踏まなければ作動しないという事だろう?」
撃退士ならば幅跳びの要領で飛び越え、研究員達は誰か翼のある者が抱えて飛べば良いだろう。
しかし、事はそう簡単には行かなかった。
「この場所は罠が連続していますね」
最初の罠を越えて投げられた明斗のサッカーボールがポンと弾んだ直後に床が消え、辛うじてその先へ転がった所で串刺しトラップが発動、ボールは風船のように弾け飛んだ。
しかもその先には毒ガスと砲台、更に向こうでは巨大な石が通路を塞いでいる。
「先にあれを片付けないことには先生達を向こうへ渡すわけにはいかないね」
英斗が言い、外で拾って来た大きな石を取り出した。
「これを置いた瞬間に針が出て来るだろうから、そこを狙って攻撃すれば壊せないかな?」
「やってみる価値はあるな」
菫が穂先から焔を噴き上げる短槍を構えた。
そうしている間にも砲台からの攻撃が飛んで来るが、そちらは黒百合が盾を構えてガードする間にエカテリーナが攻撃、更に翼を活性化させたエイルズレトラが罠の向こうに飛んで、ガスの噴出口を壊しにかかる。
海とファーフナーは休むことなく転がり落ちる爆弾の処理に専念し、藤花は星の輝きに耐性を持つ蛇や蠍を黄金のシンボルから撃ち出される炎の矢で一匹ずつ焼き払って行った。
菫が槍の一閃で針を粉々に打ち砕くと、次には落とし穴が待ち構えている。
更にその向こうには針の罠が隙間なく並んでいた。
「攻撃するにも足場が必要ですよね」
明斗が落とし穴の上に伸縮式の梯子を渡す。
荷物になるかと思ったけれど、持って来て良かった。
渡された梯子の重さで奥の針トラップまで一緒に作動したが、却って好都合。梯子を足場にした菫が、飛び出した針を氷柱でも叩き折るかの様に薙ぎ払う。
どうやら加圧式の罠はそれで終わりの様だが、まだ危機は去っていなかった。
その先ではゴーレムが通路を塞いでいる。
向こう側が全く見えない為に、肉眼では勿論、エカテリーナのサーチトラップでも罠の存在を感じることは出来なかった。
「こいつの後ろに催眠ガスがあるパターンは考えたくないな」
菫が呟くが、そうした最悪のパターンこそ守る側にとっては最強の布陣だ。
「それを使って来ない筈はない、急いで仕留めるぞ」
ガスは皮膚から吸収される場合もある為、マスクがあると言っても油断は禁物。
菫が前に出、爆弾処理と直衛の数人を残し、他の者達も人型に変形したゴーレムと対峙する。
案の定、その背後から催眠ガスが漏れ出して来た。
「噴出口は破壊出来るんでしたね」
明斗が言い、通路の向こうを伺う。
「僕が向こう側に抜けて壊して来ます」
人型になってもやはり通路の殆どを塞ぐその巨体は足が短く、横に広がった体型で、とても機敏に動けそうには見えなかった。
足の間などは簡単に潜り抜けられそうだ。
「ちょっと待ってェ、抜けた直後に落とし穴にドボンなんてこともありそうよねェ?」
ここは自分に任せろと、黒百合が壁に立つ。
「床さえ踏まなければ良いんでしょォ?」
「わかりました、では僕は援護に回ります」
少し後ろに下がり、明斗は弓を構えた。
「動きが鈍そうってことは、逆に言えば動かずに済む様な攻撃方法を持ってるって事だよね〜」
焔が言ったそばから、石の腕が蛇腹の様に伸びて来る。
それを叩き付けて来るのかと身構えたが、攻撃はそれだけではなかった。
肩口に開いた発射口から二発のミサイルが撃ち出される。
一発は明斗が咄嗟に射落としたが、もう一発は前衛の間をすり抜けて後方へと向かって行く。
「でも残念、ここの壁は崩せないよ」
英斗が浮遊盾『飛龍』を展開させ、庇護の翼を広げた。
「ディバインナイトの本領発揮ってとこかな」
自分がいる限り、守るべきものには掠り傷ひとつ付けさせない。
それに、前衛の仲間がそう何度も撃たせる筈がなかった。
「腕が届く距離で挑発してやれば、こっちを潰すのに夢中になりそうですよね」
飛び出したエイルズレトラが再びショーを開き、自分に注目を集める。
狙い通り、ゴーレムはそのちょこまかと動き回る目障りな相手を押し潰そうと、両腕を振り回してきた。
しかし同時に肩口の発射口にも次弾が装填され、今にも発射されようとしている。
目の前の敵に対処しつつ遠距離の敵も狙う、そんな高度な処理が出来る頭脳を持ち合わせている様には見えないのだが。
「もしかすると、こいつはただ生命反応を関知して動いているだけなのかもしれんな」
発射口に向けて攻撃を撃ち込みながらエカテリーナが呟く。
「意思がある様に見えて、実は砲台やガス罠と同じ…という事か」
頷きながら、菫が発射口から顔を出したミサイルに向けて全力の一撃を喰らわせた。
あわよくばミサイルの自爆と合わせた威力で砕いてしまおうと思ったのだが。
「硬いな」
ゴーレムはビクともしない。
その時、後ろから藤花の声が飛んで来た。
「ゴーレムの額にemethの文字があります、最初のeを削れば動きが止まるかも…!」
「わかった、やってみるね」
焔が応え、腕の攻撃をかいくぐってゴーレムの身体に取り付く。
そのまま肩までよじ登り、額の文字を狙ってバトルシャベルを振り下ろした。
ザクッと音がして、その部分が削り取られる。
途端、ゴーレムは大小様々な石の塊に分かれて崩れ落ちた。
「こっちも任務完了よォ、ガス穴は全部壊したわァ♪」
瓦礫の向こうから、黒百合の声が聞こえた。
瓦礫の山を乗り越えて、噴出口や砲台を壊し、魔具でコツコツ叩いてみたり銃撃で圧力をかけてみたりしながら足下や周囲を確認し、一行は更に奥へと進んで行く。
「古い遺跡と言うから、内部はもっと薄汚れているかと思ったが…」
相変わらず後ろから転がってくる爆弾を処理しながら、ファーフナーが呟く。
周囲の耳を気遣ってソフトな表現を使ったが、想像していたのは飛び散った血痕や白骨死体などが累々と連なる光景だった。
罠の修復ついでに、それも掃除されたのだろうか。
しかし短時間で修復が可能なら、帰りには既に復活している事も考えられる。
休憩を取る暇はなさそうだった。
「大丈夫、異常はない様です」
曲がり角の向こうに手鏡を差し出し、とりあえず危険はないと判断した明斗が告げた。
それを確認して、エイルズレトラが角を曲がる。
「またさっきと同じパターンですね」
複合トラップへの対処は先刻と同じ、英斗がゴーレムの残骸から持って来た石を置いて針の罠を発動させ、壊す。
先程の現場から回収した梯子を渡して、落とし穴も同じ要領でさくっと無力化。
二度目ともなれば、もう慣れたものだ。
奥で待ち構えるゴーレムに対しては、今度は焔が囮になってエイルズレトラが文字を削る。
そして、そろそろ最深部に辿り着くかという頃。
「ゴーレムもこれで最後でしょうかね?」
エイルズレトラがeの字を削る――が、ゴーレムは動きを止めなかった。
よく見れば額には傷が付いており、emethのtの字が欠けている。
どうやら最初から欠陥品だった様だが、お陰で必殺技が通じなくなってしまった様だ。
その間にも誘導ミサイルが後方を狙って飛んで行くが、こちらは黒百合が防壁陣で、英斗が庇護の翼で壁を作っている。
その後ろに控えた藤花の回復スキルが続く限り、この壁は破れない。
「こっちは大丈夫、気にせず大元を!」
英斗の言葉に頷いて、焔は赤色の双斧を手にゴーレムの足を狙った。
「注目は効果ないみたいだし、ここはもう力押しで行くしかないね〜」
短い足の隙間から片方の踵に斧を食い込ませ、思い切り引いて後ろへ転がそうとする。
が、それだけではピクリとも動かなかった。
「上半身も同時に突き飛ばさないと無理そうだな」
菫が短槍を掲げて夬月の構えを取る。
その衝撃波がゴーレムの上半身を弾き飛ばすと同時に、焔が斧を引いた。
巨体が僅かに傾き、それでも危うくバランスを保っていたところに、後方から黒百合が駄目押しのロケット砲を撃ち込む。
遺跡全体が崩れるのではないかと思える様な地響きを立てて、ゴーレムは仰向けにひっくり返った。
暫く息を潜めて周囲の様子を伺ってみたが、どうやら崩れて来る様子はない。
これで一安心かと思ったが、ゴーレムは何かの一つ覚えの様にミサイルを放ち、腕を振り回して暴れていた。
「しぶとい奴だ」
槍を手にゴーレムの身体に駆け上がった菫が、ミサイルの発射口をメッタ刺しにする。
もうひとつの発射口から飛び出したミサイルは、防御の手が空いたタイミングでロケット弾を構えた黒百合が迎え撃った。
「ミサイル迎撃って言ったら、やっぱりコレよねェ♪」
エカテリーナは最深部まで残しておくつもりだったアウル炸裂閃光を撃ち込んだ。
「石像風情が、さっさと砕けろ!」
ここで惜しんで倒し損ねたら、何の為にここまで来たのかわからない。
「大丈夫です、スキルは突入前に僕が回復させますから」
明斗の言葉に頷いて、もう一発――同じ場所を狙って撃ち込む。
ゴーレムの身体に大きな亀裂が走った。
そこに狙いを集中して、可能な限りの攻撃を加えていく。
数秒後、それは大小の石の塊となって崩れ落ちた。
「ここからが本番って事でしたね」
最下層の扉を前に、英斗がごくりと唾を飲み込んだ。
扉の中心部には、いかにも意味ありげな何かの装置が埋め込まれている。
「これに手をかざせば良いのですね」
明斗が言った。
その仕事を終えれば、後はもう出来る事はそれほど多くないだろう。
「突入前に体勢を整えておきましょう」
スキルを使い切るつもりで仲間の怪我を治療し、アウルディバイドで強力なスキルを回復させる。
「じゃあ俺は庇護の翼を回復させようかな」
海は攻撃よりも防御を重視し、それを使い切った後はアウルの鎧に切り替えた。
「新米撃退士程度の防御力は得られるから、いざという時の気休めぐらいにはなるかもしれない」
ただし使えるのは二回分で効果は十秒しか続かないから、使うのは突入の直前、研究員の二人のみに。
門木は一応天使だし、大丈夫、多分。
準備を整え、明斗が扉に手をかざす。
瞬間、扉と掌の間にアウル色の火花が散ったかと思うと、明斗の全身から湧き上がった清浄な光が扉に吸い込まれていく。
「く…っ」
痛みはないが、空気の重さが上からのしかかって来る感じがした。
膝から力が抜け、それでも崩れ落ちる事に抗おうとしたが、まるで身体中の骨がスポンジにでもなったかの様に、ふにゃりとその場に腰を下ろす。
「大丈夫ですか?」
駆け寄った藤花に頷き、明斗は顔を上げた。
暫く中央の装置に留まっていたアウルの光は、やがて扉に描かれた文様をなぞる様に縦横に走り始める。
それが四隅まで行き渡った直後、扉は音もなく、手前に向かって静かに開き始めた。
その部屋はまるで天井から陽の光が差している様に明るかった。
中央には祭壇らしきものが安置され、そこから黒いオベリスクの様なものが低い天井を突き破って真っ直ぐに伸びている。
いや、部屋のその部分だけ天井に穴が開いている様だが、扉の外からではそれ以上の事はわからなかった。
好奇心に駆られた田中が、恐らく無意識にフラフラと歩き出す。
しかしまだ腰に巻かれていた命綱で容赦なく引き戻された。
「まさか、ここに罠がないとは思っていないだろう?」
そう言って、菫はまず自分が入ろうとする。
しかし、それを焔が止めた。
「あの柱、何か撃って来そうに見えないかな」
何かのゲームで見た、目からビームを撃つ柱に似ている。
ここからでは奥の二本しか見えないが、ああいうものは大体四隅にあると相場が決まっているのだ。
それを確かめる為に、拾ったゴーレムの欠片を投げ入れてみる。
が、何も起きない。
「やはりここも、無生物には反応しないのではないか?」
ファーフナーの言葉に、黒百合が自分の分身を送り込んでみたが、それにも反応はなかった。
やはり自分が行くと言った菫に、焔は「それなら」と連撮モードにしたデジカメを部屋に差し入れる。
準備完了、はい撮影スタート!
突入前に乱れた呼吸を整えて鎮め、体力を回復させた菫は、恐る恐る第一歩を踏み出した。
腰には研究者達と同様に命綱が巻かれている、何かあったらそれを引き戻してくれるように、外の仲間に頼んであった。
入ってすぐ内側に何かのレールの様な浅い溝が掘ってある。
それを越えて一歩、もう一歩…そして入口と祭壇の中間点近くに達した時。
柱に付いた目玉がギロリと動いた、気がした。
気のせいかと思って更に一歩を踏み出そうとした途端。
「…っ!?」
黄金色に光るレーザーが四方から一斉に掃射された――と見えたのは周囲の者達のみで、本人には自分の周りが突如として金色の光に包まれた、としか思えなかった。
間一髪、命綱で引き戻されて部屋の外に転がった菫は、その場で尻餅をついたまま尋ねる。
「今のは何だ…?」
では、スロー再生で見てみよう。
「やっぱりこの目が撃って来るんですね〜」
しかも四方に一本ずつある柱は左右に移動し、そこに付いた十個の目が一斉にレーザーを放っている。
「この目、動いてますね」
画面を覗き込んだ英斗が言った。
更にもう一度再生したところで藤花が首を傾げる。
「目が動く角度にも、限度がある様な…?」
文具セットから三角定規を取り出して、画面に当ててみた。
一番下の目が上を向いている角度と、一番上の目が下を向いている角度を重ねてみると、どうやらその幅は30度に収まる様だ。
「それなら三平方の定理が適用される可能性もありそうですね」
どこにいるとどこからレーザーが飛んでくるか、それがわかれば、目を潰す優先順位も割り出せるだろう。
「祭壇の所まで攻撃が届く目は、下から三分の二くらいでしょうか」
それを重点的に潰せば良さそうだ。
「では僕が囮になって攻撃を引きつけますので、その間に誰かお願いします」
エイルズレトラはそう言うが、いくら身軽な彼でも四方からの集中砲火を一手に引き受けるのは厳しいだろう。
「ゴーレム四体なら、堅い四人がそれぞれ盾になれば、その隙に調査できないかな?」
自分もその一人になる前提で英斗が提案する。
「それも良いけど、守ってるだけじゃあんまり時間は作れなさそうだよね…」
抑えるよりは壊してしまった方が良いだろうと、焔はアハト・アハトを構えた。
向こうの攻撃は部屋の外までは届かない様だから、扉の外から撃てば反撃もないだろう。
ホモクレェ!
うん、大丈夫。当たれば壊れるよ! 他の何かも壊れた気がするけど!
「ならば先に、ここから撃てる分は壊してしまうか」
今の銃声(?)は聞かなかったことにして、自分が代わるとエカテリーナが前に出る。
黒百合がロケット砲を担ぎ、英斗とファーフナーが拳銃でそれに加わった。
やがてそこから壊せるだけの目を壊し、残るは手前の二本だけとなった時。
「気を付けて下さい、目が復活しかかっています!」
明斗が指さした方に目を向けると、確かに最初に撃った目が殆ど元通りに復元しようとしていた。
「一定時間で復活するなら、やっぱり護り抜くしかないな、ただし壊しながら!」
英斗の案が採用され、盾役が囮になっている間に攻撃役がひたすら壊し続ける形を取る事となった。
「では、行きます!」
真っ先に飛び出した英斗が盾を構えつつ、自らも攻撃を加えていく。
焔とエカテリーナは範囲内の目を一度に潰そうとショットガンで狙いを付けた。
「正直、柱ごと全部壊してしまいたい所だが…無理だな」
菫が呟く。
が、それを無理だとは考えない者がいた、いや、そちらの方が多かった。
「これもゴーレムなら文字を消す方法が使えるのではないか?」
エカテリーナがそれを探してみるが、ここのゴーレムには書かれていない様だ。
「しかし先程のゴーレムは力ずくで壊したのだ、これが壊せない道理はあるまい」
「本体ごと壊してしまえば、もし復活するとしても目玉だけよりは時間がかかりそうだな」
菫が頷き、エイルズレトラに注目していた柱に横から近付いた。
短槍が纏う焔が倍ほどにも膨れ上がった瞬間、菫は渾身の力を込めた一閃を放った。
真横から殴りつけられ、それは巨大な達磨落としの様にスコーンと飛び、壁に当たって崩れ落ちる。
念の為に残骸の目のあった部分を壁に向けておけば、万が一復活したとしても何も出来ないだろう。
そうして一段低くなった柱に、エカテリーナがアサルトライフルを向ける。
その銃口にアウルを凝縮し、至近距離から放つと、柱は更に半分程の高さになった。
別の場所にある柱の横に回った焔は、まずは攻撃範囲を制限しようとレールを掘ってみた。
しかしそれはゲーム内の壊せないオブジェクトという奴らしく、全く歯が立たない。
ならばと今度は斧を振り上げ、柱を横から叩き割ってみる。
英斗も盾でレーザーを防ぎつつ――
「いや、狙いが分散してるし、少しくらい当たってもいいかな」
それより攻撃に集中しようと、不死鳥でダメージを相殺しつつ本気の一撃を叩き込んだ。
「燃えろ、俺のアウル!!」
強力なスキルを惜しみなく使い、ひたすら削っていく。
黒百合は漆黒の巨槍を振りかざし、咆吼と共に圧縮されたアウルの塊を炸裂させた。
低くなった柱に飛び乗り、上から尻尾ドリルで纏めて貫いて行く。
上の方にある目の攻撃を引き付けながら、ファーフナーは天井に何か仕掛けがないかと見て回っていた。
ゴーレムを止める手立てがあるとすれば、飛行が可能な天使にしか触れることの出来ない場所に何かがあると踏んだのだが。
「何もないか」
すると、何か特別な許可証の様な物で識別するのだろうか。
中心の穴を見上げると、そこには直径50cm程の黒いモノリスが天を指す様に立っていた。
穴の大きさが鉛筆ほどだとすれば、モノリスは芯くらいの比率になるだろうか。
下から覗き込んだ限り、天井は塞がれている様だが――後は研究者達が解明してくれるだろう。
扉の外で海と明斗が警戒に当たり、残りの仲間は外側に盾や武器を向けて中心部を取り囲む。
焔の幻影騎士が作った結界に咲き誇る、虹色の花に囲まれながら、調査は一時間以上にもわたって続けられた。
花畑はすぐに消えてしまったが、お陰で充分な資料が得られた様だ。
その場でわかった事は多くないが、成果を持ち帰って研究を重ねれば様々な事が判明するだろう。
「帰りも気を抜かずに行きましょうね」
藤花がふわりと微笑んだ。
無事に帰って、成果を報告するまでが依頼ですから――