「勇紀さん、助太刀いたしますよ!」
黒猫忍者カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、チョコの香りが染みついたユキの身体をもっふる。
と、その目の前を何かが通り過ぎた。
それも目にも止まらぬ超高速で。
一瞬だけ網膜に映り込んだその姿を脳内で補完してみる。
「被害も出てるし状況は芳しくないのはわかっちゃいるんですが…」
点喰 縁(
ja7176)はこみ上げて来る笑いを必死に抑えつつ、真面目な表情を作ろうと頑張ってみた。
「コミカルななまものですねぇ、今回はまた」
しかし、その努力も虚しく噴き出す羽目になったのは、隣で大騒ぎしている友人のせいだ、きっと。
「あいえーーーなんでーーーなんでーーーちょこがはしってるー!!」
走るチョコは見た事がある、と言うか去年は学園中を走り回っていた。
しかし、それを街中で見ることになるとは。
(今年も走っておりますな〜…しかもアレ…そこらへんの忍軍よりもめちゃくちゃ早くありませんかね…?(ふるえ
あれは自分の知っているチョコとは違う。
「走るチョコなんて面白いね☆」
柚葉(
jb5886)は何かツボに入った様に、遠慮なく笑い転げていた。
「ハート型っていうのがまたいいよね! チョコと一緒にお前のハートも奪ってやるぜ! みたいな?」
指をピストルの形にして「ばきゅーん」と効果音を添えてみる。
しかし、それはふざけた見た目に反してなかなかの強敵…いや、難敵だった。
「恐ろしい程に足が速いですね…気持ち悪い形状をしていますが」
雫(
ja1894)がぽつりと零した、その瞬間。
ぴゅっ!
茶色くドロリとした液体が雫の頭上に降りかかる。
「熱っ」
どうやら敵は雫が発した「気持ち悪い」という言葉に敏感に反応した様だ。
どこに耳があるかもわからないくせに地獄耳で聞きつけて、わざわざ報復しに戻ったらしい――その後はまた、あっという間に姿をくらましたけれど。
「厄介と言うか…はた迷惑な天魔が現れた物だ」
瞬時に硬化したチョコの塊in雫をコンコンと叩きながら、鳳 静矢(
ja3856)が溜息を吐く。
「これは叩いて破壊すれば良いのか?」
しかし、刀の柄頭で叩いてもヒビひとつ入らなかった。
「無駄だよ、それは食べるしかないんだ」
そう言って首を振るユキの顔は真っ青だが、何があったのだろう。
「大丈夫、ちょっとチョコ食べすぎただけ…」
ユキはムカつく胃を押さえながら、状況を簡単に説明した。
「人の思いを踏みにじる上に食べ物を粗末にするなんて万死に値致しますのよ!」
ぷりぷり怒りながら、黒猫忍者は雫を閉じ込めたチョコ(らしきもの)を早食いもしゃばりぃ。
その様子を眺めながら、麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)は余裕の笑みを浮かべていた。
「あらあら…変なバレンタインもあったもんねぇ」
この学園に来てから、もう幾つの依頼を受けただろうか。
その中には変わった敵を相手にするものもあり…つまり、この手合いにはもう慣れていた。
見た目がアレでも油断は禁物、という事も知っている。
「まずは全体の状況を確認しておかないとね♪」
闇の翼で上空に舞い上がり被害の状況を確認、何が起きたのかわからずに右往左往する人々に声をかけた。
「はいはい、とりあえず中にはいっててもらえる? あとでたっぷりと時間はあげるからね♪」
色っぽいお姉さんに甘い声でお願いされれば、大抵の男性は素直に従うものだ。
「まだチョコが無事な子は急いで、アレが狙ってるから――」
と、言った傍からそのアレが近付いて来る。
急降下した麗奈はチョコ怪人を感電させて足止めし、その間に人々を逃がした。
「刺激的なチョコになるといいわね♪」
一方、チョコを奪われた女性達にはファーフナー(
jb7826)が渋くて苦いカカオ95%くらいの声で避難を呼びかける。
(チョコを奪うディアボロか…)
目的は何か。
いや、相手がディアボロなら最終的な目的は人の魂を奪う事、なのだろうが。
(プレゼントに用意したチョコを人から奪うという悪意があるのか…もしくは、店頭に置いてあるチョコでも何でもいいのか)
どちらかというと、前者のように見受けられる。
その証拠にチョコを売る店が被害を受けたという報告はなかった――客がチョコを手に外に出た途端に奪われたという報告はあるが。
「だったら囮作戦と行きましょうかねぇ」
縁が言う。
「パン食い競争の様にチョコを空中に垂らしておくのはどうでしょう」
「それは絵面的に面白そうですの☆」
雫の提案にカーディスが乗っかった。
「それにはまず、チョコを持ち歩いている一般人を片付けねば」
ファーフナーの言葉は物騒だが、要はディアボロ退治が完了するまではチョコを持って外を出歩かないよう徹底させるという事だ。
警察や役所に連絡を入れ、その旨を防災無線で周知して貰おう。
「今のうちに罠の準備といきましょうかねぇ」
スマホのアプリで地図を確認しながら、縁が敵を追い込む場所を探す。
上空では麗奈がチョコ怪人の動きを追いつつ、その位置を知らせてくれていた。
「まずは位置取りどうにかしねぇと、ですねぇ」
繁華な場所から少しずれるような追い込みやすい場所、袋小路なら尚良し。
いくつか候補を絞り、念の為二ヶ所に分けて罠を仕掛けた。
A地点:雫
道路を挟んで隣り合うビルの二階同士にロープを這わせ、その中央にチョコを吊す。
ジャンプした程度では届かない高さに吊せば、きっと真下で足を止める筈だ。
そこを狙ってダークハンドで拘束するか、氷の夜想曲で凍らせるか。
「高い知能は持っていない様ですから上手く行くとは思うのですが…」
B地点:縁
チョコレート色をしたワイヤー、その名もショコラを活性化し、そこにチョコを括り付ける。
チョコは二つ、香りがよくわかるようにシンプルな板チョコと、バレンタイン用に綺麗に包装してあるものを。
敵が匂いに誘われるにしても、見た目で寄って来るにしても、これで両方カバー出来る筈だが。
「釣れるかねぇ…」
セットが完了したところで、チョコ怪人の追い込み漁が開始された。
「チョコでチョコをおびき寄せるだなんてシュールですの」
両手いっぱいにチョコを抱えた黒猫忍者は、それを見せびらかすように歩き始める。
『アレはそこから2ブロックの所にいるわ、次の角を右に曲がったあたりで気付かれそうね』
「了解ですの」
麗奈に指示された通りのルートを辿り、暫く行ったところで何かが近付いて来る気配を感じた。
「これは…っ」
来たと思った瞬間、手にしていたチョコが消えている。
何を言っているのかわからないだろうが、それは事実だった。
「も、もう一度ですの…!」
今度は気配を感じた瞬間に、囮のチョコを別方向に投げてみる。
それで意識を逸らす事が出来れば、すぐには追い付かれない筈…筈だと思ったのに!
「うわぁん、持っていたチョコを全部取られてしまいましたの…!」
投げ捨てられたチョコは見向きもされず、そのままそこに転がっていた。
「やはり、奴には悪意があるようだな」
報告を受けて、ファーフナーは自分の予想が当たっていた事を知る。
「当たったところで嬉しくはないが…これで有効な手立ても絞られて来るか」
その旨を皆に伝達し、作戦変更。
「それなら、次は袋小路に追い込みましょう」
雫が言った。
「奪いに来たところで追いかけて、袋の鼠にします」
退路を断って取り囲めば、いくら逃げ足が速くてもどうにもならないだろう。
ただ、チョコは置くだけでは餌として機能しない事が判明した。
誰かが大事そうに抱えている必要があるのだ。
それはわかる。
わかるが――
「私は何故、チョコを持ったまま吊されているのでしょう…」
まるで洗濯物のようにぶらーんと吊された雫は、解せぬといった顔で遠くを見つめる。
チョコを持って囮になるのはいい。
しかし、吊される事の意味は?
「最初の作戦の応用、と言うか改良版だな」
物陰に身を隠した静矢が答えた。
今度はジャンプでぎりぎり届く程度の高さにセットしてある。
「私はそのチョコを取ろうと飛び付いた瞬間に弓で射掛ける。飛んでいる瞬間はさすがに身動きが取れまい」
大丈夫、釣れたらすぐに下ろしてあげるから。
「それじゃ行くわよ、オペレーションβ開始♪」
麗奈の声と共に、チョコ怪人の足元に雷が落ちる。
「ほらほら、こっちよ…あぁん、そっちじゃないってば、お・ば・か・さ・ん♪」
雷で行く手を塞ぎつつ、待ち構えていた黒猫忍者の元へ誘導。
「後は任せたわね」
「任されましたの! ディアボロさん、こちらですの…!」
チョコを大事に抱え込んだ黒猫忍者は忍ばず全力で走る。
が、それでもやっぱり追い付かれた!
「ああっ、しまったぁ!」
なーんて。
「上手く引っかかってくれやしたねぇ」
その先で縁がほくそ笑む。
彼の懐にもやはり、チョコが隠されていた。
チョコ怪人は当然それも狙い、あっさりと奪い取る。
だが、その先には――
「袋小路へご案内、とねぇ」
まんまと誘き寄せられたチョコ怪人を見送って、縁はチョコ色をしたワイヤーを道いっぱいに張った。
魔具を使ったトラップは手を離すと消えてしまうのが難点だが、この待ち伏せはすぐに終わるだろう。
最後の餌は、すぐ目の前にぶら下がっていた。
「来たか」
静矢は雫がぶら下がっている、そのすぐ下に弓の狙いを定めた。
「今回の敵は一撃必殺を狙わないと厄介そうだな」
これまでの動きから見て、敵がこの場に留まるのはほんの一瞬。
何らかの手段で動きを阻害しない限り、攻撃の機会は一度きりだろう。
「それを逃すわけにはいかん」
両の腕から明暗二つの紫色をしたアウルが混ざり合い、番えた矢に注がれる。
雫の真下に来た一瞬、チョコ怪人の動きが止まった。
その瞬間、静矢は矢を放つ。
ほぼ同時に、下に落ちた雫の影から腕が現れ、ハート型のボディを抱きすくめる。
ゴボォ!
紫の矢に射貫かれたハートは傷口から熱い血潮ならぬチョコを噴き出しながら悶えた。
悶えながらも束縛を振り切り、チョコを撒き散らしながら逃げようとする。
が、その足元にはワイヤーのトラップが待ち構えていた。
チョコを被らないように物陰に身を隠しつつ、縁はワイヤーを引く。
見事に足を引っかけたチョコ怪人は、勢い余って転がっていった――四方八方に熱いチョコの無差別攻撃を加えながら。
「口に入れるのはいささかねぇ? 体への影響やカロリーとか…」
縁は盾を構えつつ前に出て、それを受け流しながら後を追った。
しかしそれでカバー出来る範囲はそれほど広くない。
「すいやせん、レディファーストなもんで」
蜃気楼で姿を消したファーフナーも、無差別にべちゃべちゃと降りかかるチョコにまみれて殆ど身動きが取れなくなっていた。
「これは本当に、食べるしか手がないのか…?」
どんな謎成分が含まれているか知れないチョコなど気味が悪い。
出来ればあまり食べたくないのだが――いや、どちらにしてもそれは後回しだ。
「とにかくまずは足止めしないことには。ユキとやら、審判の鎖を頼む」
「はい!」
ファーフナーに言われ、ユキが拘束を試みる。
しかしその射程に入る前に熱いチョコが横殴りの雨のように降りかかり、ユキの身体は再びガチガチに。
「駄目か」
これで二人が戦闘不能、やはり侮れない相手だ…あんな見た目で、こんな攻撃しか出来ないくせに。
あの噴射口と傷口を何かで塞がない限り、接近戦に持ち込むのは難しいだろう。
「何かを突っ込んで塞いだら、ディアボロの体内に逆噴射しないだろうか」
しかしそれを試すにはまず敵に近付かねばならず、近付けばチョコまみれになる事はほぼ確実。
にっちもさっちもいかないこの状況、さあどうする撃退士!
「ここは私にお任せあれー!」
その時、黒猫忍者が敢然と敵に立ち向かう!
転がって来る熱いハートの前に立ち塞がり、鋭白布槍をびしっと構えた。
\たたみばりあー/
からの、布槍あたっく!
「簀巻にしてさしあげますの!」
鞭のように振るって回転を止め、次いで包帯のようにハートをぐるぐる巻きに。
「これで傷口は塞がりましたの」
別に手当てをしてやったわけではない。
その逆、引導を渡すための準備だ。
「では、その噴射口も塞いでやりましょうかねぇ」
突き出た口に縁がワイヤーを絡め、縛り上げる。
チョコ怪人はそれを引き千切り、元来た方へ逃げようとするが――
「どこへ行くつもりですか」
そこには洗濯物状態から自力で抜け出した雫が待ち構えていた。
「私から逃げられるなどと思わないことです」
特に今日は、吊されていたお陰で少々ご機嫌ナナメなので。
ブレスシールドで突進を受け止め、即座に叩き割る勢いで思いきり突き飛ばす。
突き飛ばされて転がって、止まった所にファーフナーが両手に宿した雷を叩き込んだ。
痺れて動けなくなったチョコ怪人は、膝をプルプルさせながらその場に立ち尽くす。
麻痺が解けても動けないように、黒猫忍者はその膝を狙って目にもとまらぬ怒濤の突きを繰り出した。
なおファーフナーは脱出に際してチョコを自力で食べ尽くした模様。
「自由を得る為の代償だ、高くつくのはやむを得まい」
後で胃薬飲んでおこう。
全力移動と全力跳躍で回り込んだ静矢は、息を整えてから愛刀を抜き放つ。
純白の光を宿したその刃で、ハートを一刀両断。
それでもまだ蠢くしぶとい恋心(?)に、上空から最後の一撃が――
「もう一回作り直してみるってのはどうかしら?」
麗奈のフレイムシュートでジュッ。
「あら、焦げちゃったかしら」
テンパリングって難しいのよねぇ♪
危険が去った町に救急車のサイレンが鳴り響く。
戦いに巻き込まれた者はいなかったが、混乱の中で転んだ者や追突事故を起こした車に乗っていた者など、怪我人は意外に多かった。
「大丈夫、応急手当しておきますからねぇ」
縁はそんな人達を集め、仄かに光る柔らかな風に包み込む。
「他に人手が要るところあったら言って下さいねぇ」
交通整備や事態収拾など、手伝いが必要な場所は多そうだ。
「ごめんなさいねせっかくのバレンタインなのに…ちゃんとサービスはするからね♪」
麗奈は意味深な台詞で事後処理を頼む。
チョコを奪われた乙女達(性別不問)にはチョコのお裾分け。
「せっかくだからバレンタインのプレゼントよ♪ みんな幸せになればあんなのも出てこなくなるでしょうしねぇ」
しょんぼりしているユキには静矢が声をかけた。
「何も当日に間に合わなくても送るのに支障はあるまい」
作戦に使ったチョコを手渡す。
残り物だが、それを使って作り直してみてはどうだろう。
「バレンタインは特別な日ではあるが、感謝や好意などの気持ちを伝えるのには、日時が重要ではないはずだろうしね」
ユキの表情がぱっと明るくなる。
聖なる日、全ての乙女達に幸あれ――