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マスター:STANZA
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:9人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/01/13


みんなの思い出



オープニング




 ハージェンは部屋の戸口に立ったまま、撃退士達を見下ろしていた。

「さて、んなら次はこっちのパーティに招待しよか。ハージェンもこの前のハロウィンで気になってるんやろ?」
「みなさんが一緒だともっと楽しくなるの、ですよ」
 何やら香ばしい匂いがする男と、甘い香りを漂わせた女が語りかけて来る。
 しかし、その言葉はハージェンの耳を右から左へと素通りして行った。


 彼等は自分が知っている「家畜」とは違うのではないか。
 ハージェンのガチガチに固まった先入観と固定観念に、遅まきながら僅かなヒビ割れが生じる。

 今まで搾取してきた種族は皆、自分が少し本気を出しただけで震え上がり、抵抗する気力さえ失っていた。
 なのに、こいつらは何だ。
 初っ端から力の差を見せ付けてやったのに、怯む様子もない。
 折れず、潰れず、諦めず、それどころか笑顔で手を差し伸べてさえ来る。

 ただの馬鹿なのか。
 それとも自分達とは思考も感情も全く異なる、理解不能な宇宙人的存在なのか。

 いや、理解は出来る。
 だからこそ彼等の行動が不可思議に思えて仕方がないのだ。

 自分の本気には及ばずとも、彼等には力がある。
 事実、メイラスは彼等によって抑えられ、ほぼ無力化されているではないか。
 ならば本気を使い切った自分に勝ち目はない。
 彼等もそれに気付いているだろう。

 なのに何故、反撃して来ない。
 メイラスに対して止めを刺さないのも不思議だった。

 天界の秩序から外れた彼等に、守るべきルールはない筈だ。
 秩序ない実力社会では、力の強い者が弱い者を押し退け、のし上がる。
 それが当然ではないのか。
 秩序によって守られていなければ、自分など社会の底辺に追い落とされてしまうだろう。
 能天使という階級に生まれただけで、他には何の才能も、力もないのだから。

 それとも――

 その認識は、間違っていたのだろうか。


 ハージェンは膝に置かれた小さなぬいぐるみに目を落とした。
 その汚れてクタクタになった様子を見て、ずいぶん大切にしている物らしいと感じる。
 その感覚も、恐らく彼等と共通のものだろう。
「だ、大事なものは……受け取れぬ、ぞよ」
 ハージェンは脚の一本に命じて、それを返した。
 その代わり、部屋の中央に積まれた品々を受け取ってやってもいい――と、言おうか言うまいか。

 いや、今はそれよりも。
「そ、その。ぬしらは、それをどうするつもり、ぞよ」
 ハージェンはメイラスを見る。
 これまでの行動から見て、この場で殺す事はないだろう。
 自分に引き渡して処分を任せようとするのか、それとも人間界に連れ帰るつもりか。
 メイラスが腹の中では自分をどう思っているか、そんなことは承知している。
 だがそれはお互い様だ。
 ハッタリだけで実際には大して強くもない能天使と、誰からもまともに扱われない異端の大天使。
 そこには信用も信頼も、好意も好感も必要ない。
 ただ互いの利害が一致し、決して裏切らないという事実さえあれば。
「我には、まだ……それが必要なの……ぞよ」



 その頃、門木章治(jz0029)は別室のベッドに寝かされていた。
 意識ははっきりしているし、痛みもさほど感じない。
「大丈夫、この程度は慣れてるから」
 跡が残るような大きな傷でもないし、治療も済んでいる。
 暫く休めば普通に歩ける程度には回復するだろう。

 その間にここ数時間の出来事を聞いた門木は、曖昧な表情で微笑んだ。
「そうか……大変な思いをさせたな」
 とにかく皆が無事で良かった。
「いつも迷惑かけてばかりで、すまない……ありがとう」
 実を言えば、蛇の力とやらに全く未練がないと言えば嘘になる。
 それが守る為の力となるなら、どんな事をしてでも手に入れたいという思いはあった。
 しかし、それは自分の手には余るものだということも承知していた。
「俺は、そんなキャラじゃないし」
 自嘲気味に溜息を吐く。
「守りたいのに、守られてばっかりだ」

 それはそうと、これからどうなるのだろう。
 このまま帰っても良いのだろうか。
 しかし、まだハージェンの許可は下りていない。
 メイラスが余計なことをしたせいで脇に逸れてしまったが、ハージェンの本来の目的は門木が持つ技術の提供を得ることだ。
 その考えは、今も変わっていないのだろうか。
 それとも、撃退士達と関わることによって何か変化が生じているのか。
「話を聞きに行くか」
 門木はベッドから起き上がった。
 大丈夫、自分の足で立てる。
 ただ少し、支えてもらうだけでいい。
「ハージェンも、まずは自分の足で立ってみることだな」
 まだそれほど肥大化していない今なら出来るだろう。

 そうだ、あの四人にも名前を訊かないと――



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リプレイ本文

「はーじぇんさん、お話しをしましょう…です」
 華桜りりか(jb6883)がにっこりと微笑む。
 笑顔は万国共通の言語、それは異種族にも通じる筈だ。
「何か望みがあるなら、できるだけ聞くの…ですよ?」
「あたしたち、貴方がこっちに危害を加えない限り危害を加える事は無いわよ」
 鏑木愛梨沙(jb3903)も、だから安心してほしいと会話を促す。
 それともまだ、考えが纏まらないのだろうか。
 急すぎる展開に理解が追い付かないだろうか。
「俺らの言うとること、わからんか? そんな時こそパーティやな!」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)が謎理論をぶち上げる。
「俺らが何なのか…知りたいやろ? なら、酒の席はもってこいやと思うで?」
 知りたくないと言っても誘うし教えるし、拒否権はない。
「あ、もちろん飲まんでも大丈夫やけどな♪」
 更なる急展開に、ハージェンはますます困惑の色を深めているが、そこらへんのフォローはきっと他の誰かがしてくれるって信じてる。

「今すぐに何かを決めろって言われても、それは難しいと思うのだ」
 返されたぬいぐるみを胸に抱いて、青空・アルベール(ja0732)が言った。
 それが重大な決定なら尚更、考える時間が必要だろう。
「だから今はこのまま帰るね」
 とは言え戦利品はしっかり頂かなくては。
(油断、はできない状況ですが、ここまで来ましたね…先生が無事に帰れそうで、良かった)
 カノン(jb2648)は小さく息を吐いた。
(だから、詰めを誤らないようにしないと)
 まだ気を緩めるわけにはいかない。
「ゲームは終わりました」
 改めて「メイラスの言うゲーム」が終了した事を宣言する。
 ハージェンが天界の理屈に合わない事を理解出来ないなら、理解出来るように道を付けてやればいい。
 これまでの常識が通用しない世界に放り込まれた時の混乱と恐怖は、堕天使やはぐれ悪魔なら誰しも、多少なりとも覚えがあるだろう。
 その恐怖は「分からない」からこそ感じるもの。
 理解出来ればそれは居心地の良さに変わる、だから自分達は今「こちら側」にいるのだ。
「つい先程まで戦闘していたのに、今度は一転してパーティに移る…それは天界の理屈には合わないかもしれません」
 しかしそれも自分達なりの理屈で区切りをつけて行っていることだ。
「だから、こっちが二連勝したゲームの賞品として先生は返して貰うし、メイラスもこちらで預からせて貰うわ」
 雨野 挫斬(ja0919)は、床に座り込んだメイラスを警戒しつつハージェンに視線を移した。
「そっちは最初のゲームの賞品も渡さずに勝手に次のゲームを始めたんだから、認めて貰うわよ」

 しかしハージェンは困ったように視線を彷徨わせている。
 先程、自分にはまだメイラスが必要なのだと言った。
 それは何故なのか、ゼロが理由を尋ねる。
「答えによっちゃ、イラ吉を解放したってもええわ。ただし半端な答えやったら聞く耳持たへんで、他に部下がおらんわけでもないやろ?」
「もしかしたら、部下ではなくてお友達なの、です?」
 りりかに問われて、ハージェンはぷるぷる首を振った。
「部下は他にもおる…が、あれは、あれだけは決して我を裏切らぬ…ぞよ」
 コピー作成の件はメイラスの独断だが、彼には自由な裁量権を与えてある。
 たとえ最初は裏切りに見えても、最終的に自分を利する結果となれば良いのだ。
 メイラス本人を信じているわけではない。
 彼が出す最終的な結果を信じ、そして今まで裏切られた事はなかった。
「なるほど、人望はないけど仕事は出来る…いるわね、そういうの」
「だけど『絶対に裏切らない』なんてのは難しいのだ」
 挫斬が言い、青空が続ける。
「メイラスにだって他に手を伸ばす人がいるかもしれないよ?」
 他には誰も欲しがらないから、他に行く所がないから…だから裏切らないなんて。
 そんな理由で一緒にいるのは、少し寂しくないだろうか。
「絶対の信頼は、愛の上にしか成り立たないし、愛は時間がないと築けない、と私は思う」
 互いに相手を道具としか見ていないなら、暖かい感情は芽生えないだろう。
 打算に基づく関係は、数字次第で容易く裏切られる。
「もしイラ吉に裏切るつもりがなかったとしてもや」
 ゼロが続けた。
「返すにはちーとばかしおいたが過ぎてるねん。自分勝手な理由には付き合えんで?」
 それにこのまま放任主義を貫くなら、メイラスがまた勝手に「ゲーム」を始める危険もある。
「罪には罰をってやつや。こっちにはこっちのルールあることぐらいはもう理解できるよな」
 ハージェンは答えない。
 もしかしたら、まだ理解出来ていないのだろうか。
 それとも不安なのか。
「安心して。そちらが先生の技術を諦めるなら、こちらもメイラスが大人しくするなら乱暴しないわ」
 挫斬が言った。
「身柄も私達と仲良くなったら直に返してあげる。どうやって仲良くなるかは自分で考えて自分で実行なさい」
 それが宿題、出来るまではメイラスを預かる。
「とりあえず今度のパーティでどうするか考えてみたら?」
「どう、とは…ぞよ」
 そう言われても、さっぱり何も思い付かない。
 狼狽えるハージェンの口に、りりかがチョコを放り込んだ。
「チョコを食べて少し落ち着いて下さい、です」

 やるべき事は全てやった。
 後は時間と、距離。

「さっき『大事な物は受け取れない』って言ってたよね」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)が問う。
「本当に俺達を家畜と見るなら、家畜の物なんて何も感じずに奪い取れる筈だ」
 しかしハージェンは共感し、モノの中にある想いを読み取った。
 自分では意識していないかもしれないが、それは相手を対等な存在と認めた結果だろう。
「だから能天使って役割を、傲慢な振舞いを無理して演じてるんじゃないかって気がして」
 今まで何人か天使を見て来た。
「その誰もが皆、天界の言う『秩序』…ルールに苦しめられてるように見えるんだ。カドキも、リュールも、テリオスも、アロンも、メイラスにハージェンも、みーんな」
 本来の自分を押し殺して、型に嵌めて。
「でも、そんなの苦しいよね」
 その苦しさを紛らす為に自分よりも劣るとされている者達を押さえ付ければ、ますます階級による縛りはきつくなる。
 自縄自縛、負の無限ループ。
「俺としてはこの世界がただのハージェン、ただのメイラスでいられる場所になれば、そんな可能性を少しでも感じてくれれば嬉しいと思う」
 天界を縛る縄を絶ち切るのは簡単な事ではないだろう。
 だが不可能ではない筈だ。
「…その一環で俺達に一度メイラスを預けてくれないかな、駄目?」
「今までずっと一緒だったなら、少し離れてみることで新たな発見があるかもしれないのだ」
 まだ迷っているらしい優柔不断なハージェンに、青空が言った。
「相手の事も、自分の事も、知ってるようで知らない事ってあると思うな」
 今までメイラスに任せきりにしていた事も、自分でやってみたら案外上手く出来るかもしれない。
 でもここでメイラスが元の鞘に収まってしまったら、きっと彼は今までと同じ形を再構築してしまうだろう。
 それでは何も変わらない。
「だからメイラスには少しの間こちらにいてもらいたいのだ」
 その間にテリオスの天界との関係をフォローしたり、ハージェンにゆっくり考えて貰ったりしたい。
「友達になろうっていっても、そう簡単ではないってわかってるし」
 だから今は、これ以上は望まない。

「あ、もちろんきっつあんは連れて帰るで。イラ吉の侘び賃とパーティの参加費みたいなもんや」
 そう断言したゼロの言葉に、りりかが続けた。
「あとでどうするかはともかく、章治兄さまには休息と治療が必要なの…です」
 まずは一度、一緒に帰る。
 その上で後日、パーティの席で最終的な話し合いを――勿論、協力の件はなかった事にしてもらう方向で。
「こんな感じでどうかな?」
 挫斬が門木に尋ねた。
「いいならメイラスをこっちで預かる間の監督責任者をよろしく! あ、皆と仲良くなった判定も先生がやってね」
「ああ、それでいい…ありがとう」
「よし、んなら後はきっつあんよろしくな♪」
 怪我人を容赦なく使うスタイルのゼロさんである。
「ま、飾りモンにされてるよりはなぼかマシやろ。それに任せるんが一番ええ結果になりそうやしな♪」
「そうなるように、頑張ってみる」
 肩を叩かれ、門木は頷いた。
 ただ、メイラスは既に多くの命を奪っている。
 一度捕虜として捕らえたら、解放するのは難しいだろう。
 しかし、そこは敢えて黙っておくことにした。
 少なくとも今はまだ言わなくていい。
 ハージェンが人間界についての理解を深めれば、メイラスが犯した罪の重さもわかるようになるだろう。
 それに対して、どんな罰が必要になるかも。

「それでは交渉成立ですね」
 ハージェンはまだ何も答えていないが、何も言わないということは文句もないのだろう。
 沈黙を消極的な肯定と判断したユウ(jb5639)は、メイラスへの態度を多少なりとも態度を軟化させた。
 警戒は解かないが、その具合を気にかける余裕も生まれたようだ。
「メイラス、頭の方は大丈夫でしょうか?」
 その中身に色々と問題がある事は承知している。
 尋ねているのは物理的な傷に関する事だ。
「以前と合わせて二度も無防備な所に直撃させてしまいましたし、今は全身の痛みの方が強いと思いますが何かあれば直ぐに言ってくださいね」
「言えば治すのか」
 ぽつりと答えたメイラスに、ユウは頷いた。
「私自身には何も出来ませんが…仲間に治療を提案する事は出来ます」
 それが受け入れられるかどうかは、メイラスの態度と仲間の心証次第だ。
「んぅ…大人しくしてくいただけるなら、少し楽にしてあげてもいいの…ですよ?」
 ぽいっと口に放り込まれるチョコ一粒。
 それが治療ですか、りりかさん。
「はーじぇんさんから指示を出してもらって、何もしないと約束してもらえたら、ちゃんと治すの…です」
 しかしメイラスは折角の申し出を鼻で笑った。
 あ、そう。
 そういう態度を取るなら、こっちにも考えがある。
「なるほど、もっと弄って欲しいんやな?」
 バキバキと指を鳴らしながら、ゼロが目の前に立った。
「まぁ俺はまだ大した被害は被ってないからな。でも構って欲しいんやろ? イ・ラ・き・ち・君♪」
 立て、そして歯ァ食い縛れ。
 腹パンかましたるわ!
 だがしかし。
「ゼロおにーさん?」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)が、にこやかに微笑みながらその前に立った。
「なんやシグ坊、こいつに情が移ったんか? まさか身代わりになるつもりやないやろな?」
 違います。
 今も隙あらば擂り身にしたいと思ってるのに、そんな筈ないでしょう?
 でも、それはきっとメイラスにとってはご褒美なのだ。
 だから。
「物理攻撃は堪えないと思いますけど」
 にこにこしながら、シグリッドはメイラスの頭を撫でにかかる。
 頭とか怪我してるけど別にいいよね、自分で治療拒否ったんだし(なでなでわしゃわしゃ
「え? 嫌? パサランの方がいいです?」
 わかりました、じゃあそれは後のお楽しみで。
「学園に戻ったらすぐに習得するのです(きりり」
 そして収容所に面会に行って、頭から呑み込んでやるのだ。
「ほんとに、どうやったらこんな性格に育つんでしょう…」
 溜息を吐くシグリッド。
 でも残念、収容所の面会では召喚獣の喚び出しは禁止されているのです。
「え、捕虜虐待?」
 言われてみれば、そうかもしれない。
 やはり、もう少し早く習得しておかなかった事が返す返すも悔やまれる(ぐぬぬ

 しかしダメなものは仕方がない。
 頭を切り換え、シグリッドは門木の手を取った。
「章兄、帰るのですよ」
 ハージェンはまだ「ポカーン」かもしれないけれど、一人で落ち着いて考える時間もきっと大事だから。
 本当はハグしたいけれど、怪我が痛そうだから代わりにおまじない。
「いたいのいたいのとんでけー」
 なでなでなで。
「ん、ありがとな。でも、お前の方が死にそうな顔してる」
 くすりと笑って、門木はおなじないのお返しを。
「章兄が怪我すると自分の怪我より堪えるのです…」
「ごめん。でも大丈夫だから」
 ここに来る前、愛梨沙にライトヒールをかけまくって貰ったし。
「本当は兄様にはゆっくり休んで欲しいんだけれど…こういう時に休んでくれないのが兄様なのよね」
 愛梨沙も既に諦めの境地だ。
 傷口そのものは小さいから、ある程度はヒールで塞がるし出血も止まる。
 他に必要なのは血を作る為の食事と休養なのだが、今は一刻も早くここを出るのが先決か。
「甘いのは幸せの味なのです、はいどうぞ」
 シグリッドは持っていたキャンディを門木にあーん。
「家に帰ったら、ごちそうたくさん作るのです」
 だからそれまではこれで空腹を宥めてほしいと、残りの袋ごと手渡した。

「それでは、私達は一旦引き上げさせて頂きます」
 ユウがハージェンに向かってそう告げる。
「パーティの準備のため、今後もゲートを出入りさせて頂く事になると思いますが、構いませんか?」
「う、うむ…ぞよ」
「では、待っている間は退屈でしょうから――」
 ユウはハロウィンの貢ぎ物を指差す。
「どうぞ、お受け取り下さい」
 使い方がわからなければ教えに来ても良い。
 遊びを通じて、少しでも人間界の事を理解してくれると良いのだけれど。



 ゲート内にハージェンとテリオスを残し、挫斬が手配した撃退署の護送車輌に便乗して、一行はひとまず収容施設へと向かう。
 そこでメイラスの身柄を引き渡し、簡単な事務手続きを終えてから、漸くの帰宅となった。

「ただいまなのです、母上」
 出掛けた時と何も変わらない風雲荘。
 その玄関先で出迎えたリュールの姿を見て気が緩んだのか、体中の傷が悲鳴を上げ始める。
 だが倒れている場合ではなかった。
 ふと気配を感じて振り返ったその目の前で、カノンが膝から崩れ落ちた。
「カノン!?」
 咄嗟に腕を伸ばして、その身体を受け止める。
 自分の痛みは瞬時に何処かへ吹っ飛んだ。
「どうした!?」
 無事に見えたが、どこか怪我をしていたのだろうか。
「いえ、安心したら力が抜けて…すみません、もう大丈夫ですから」
 カノンは自分の体を支えている腕をそっと押し退けようとするが、それは意外にも微動だにしなかった。
「謝るなよ…謝るのは、俺の方だ」
 いつも迷惑かけてばかりで、守られてばかりで――倒れるまで無理させて。
「熱はないようだが、少し休んだ方が良い」
 額でコツンと熱を測り、そのまま抱き上げて部屋まで一直線、文字通り真っ直ぐに、壁もドアもすり抜けて自室のベッドへ。
「俺は、ここにいるから」
 ベッド脇の床に膝を付き、枕元に流れる黒髪にそっと手を触れる。
 言いたい事は色々あったが、出て来たのは一言だけだった。
「…ただいま、カノン」
 お帰りなさい。
 少しかすれた囁きが、耳をそっとくすぐった。

 尚、衆人環視の中で行われた「お持ち帰り案件」について、他の者達がそのまま放っておく筈もない。
 こっそり後をつけた彼等がドアに貼り付いて聞き耳を立てているのはお約束。
 話し声が聞こえなくなって、暫く後。
「こら、見世物じゃないぞ」
 ドアをすり抜けて、門木が顔を出す。
「なによ、添い寝くらいしてあげたら?」
 肘でツンツンつついて来る挫斬をあしらって、門木は居間のソファに沈み込んだ。
「今日はこのまま寝かせておくから…俺はここで良いや」
 しかし、それにはすぐさま待ったがかかった。
「章兄、ぼくさっきも言いましたよね、章兄が怪我すると自分の怪我より堪えるって」
「そうよ、これ以上身体に負担かけて怪我が酷くなったらどうするの? ほんと自分の事には無頓着なんだから」
「風雲荘には客間もあるの…そこのベッドで寝てください、ですよ?」
 シグリッド、愛梨沙、りりかの三姉妹(?)に三方向からお説教。
 この圧力に抗える猛者はそういないだろう。
「わかった、でもまだいいだろ?」
 腹も減ったし――それにまだ、きちんと礼を言っていなかった。
「改めて…皆、ありがとう」
 最悪このまま戻れない事も覚悟していた。
 頭の中にある知識ごと、自分を消し去る事も考えていた。
 仲間の多くが命を落とす可能性もあった。
「まだ最後の一仕事が残っている。でも、戦いは終わった…俺が考えていた、どの結果よりも希望のある形で」
 正直、ハージェンがここまで態度を軟化させるとは思わなかった。
「俺は結局、何の役にも立たなかったな」
「そんなことはないの…章治兄さまは十分力を持っているの、ですよ」
 自嘲気味に笑う門木に、りりかが言った。
「あたしたちが頑張ろうと思ったり何かをしようとする原動力なの。それって凄い事だと思わない、です?」
「それはつまり、俺が迷惑ばかりかけるから皆がその尻拭いに追われると、そういう――」
「章治兄さま、それは冗談で言ってるの…ですね?」
 にっこり、だいまおー様が微笑んだ。
「それは頑張っても手に入れる事がむずかしい力なの…」
「いや、でも」
 好きだとか、大切だとか、そんな風に思って貰える価値が自分にあるとは、未だにどうにも信じられないのだ。
「信じても、いつか裏切られるんじゃないかって…それが怖くて」
 門木はヨルが手にしているアロンの杖を見た。
 その持ち主が、かつて掌を返した様に――
「そうだ、返さないと」
 ヨルはその杖を門木に差し出した。
「これはカドキのものだから」
「ありがとう」
 天界由来の武具は学園で保管するのが原則だが、一晩くらい持っていても良いだろう。
「それと、もしまだ悪魔の力に未練があるなら、の話だけど」
 杖を手渡しながら門木の表情を伺っていたヨルは、少し迷った後そう前置きして続けた。
「天魔ハーフの人や天魔ハーフに知り合いがいる人達に、一度話を聞いてみたらどうだろう」
「なんや、天魔ハーフならここにおるで!」
 ゼロがひょいと手を挙げる。
 そう言えばそうだった…けれど、ゼロさんはちょっと規格外の様な?
「なんやそれ、俺のどこが規格外や!」
「移動力23とか、どう見ても規格外なのですよ…」
 シグリッドが遠い目をする。
 何にしても平均的な例としての参考にならない事だけは、ほぼ確実だ。
「それか、学園に相談してみるかだね」
 どちらにしろメイラスの怪しい薬よりはずっと危険が少ない筈だ。
「悪魔の血だってカドキの一部だもの。忌み嫌ったり恐れる事はないと、俺は思う」
「そうだな、ありがとう」
 正直、未練はある。
 しかし、門木がそれを求める事は恐らくないだろう。
「大丈夫だ、俺には皆がいるから」
 蛇の力よりも強くて確かなものがあるから。
「そうですね、人には向き不向きがあるのです」
 こくり、シグリッドが頷く。
 自分ひとりで全てを背負う必要はない。
 それに――
「章兄は守りたいって言いますけど、章兄が元気で幸せなのがきっと一番みんなの力になるのですよ?」
 だから無茶しないでくれると嬉しいんだけど多分無理だろうなー(遠い目再び



 翌日から、パーティの準備が始まった。
「このゲートもまだ暫く使うんやろ?」
 再び舞い戻ったゼロが、ゲート内に残った家の中を見て回る。
 天界との間を繋ぐ拠点としても使えそうだし、この際だから使いやすくリフォームしたいところだ。
 ついでに家捜しをして、メイラスのコピーが残っていれば片付けておこう。
 それが終わったらツリーを運び込んで。
「はーじぇんさんも、一緒に飾り付けするの、です?」
 りりかはチョコで餌付けをしながら、ツリーを飾っていった。
 クリスマスの意味やオーナメントの説明を交え、雑談をしながら楽しく――多分ハージェンも楽しんでいるのだろう。
 逃げずに付き合っているのがその証拠だ…と、思いたい。

 一方、挫斬は例によって高松の家に押しかけていた。
「きゃはは、紘輝が組もうとしてたメイラスを捕虜にしてやったわ! そう簡単に私から離れられるとは思わない事ね!」
「…ちっ」
 高松は渋い顔で舌打ちをするが、挫斬は構わず抱き付いてキス。
「く〜、久々!」
 あ、そう言えば今度大学生になったんだっけ?
 じゃあ、お祝いにもう一回。
「さてもっとしたいけどそろそろパーティの買物に行かないと! 紘輝も来て欲しいんだけど天使主催だから来ないよね?」
「行くって言ったら?」
「良いけど、本気?」
「んなわきゃねーだろ、ばーか」
 大学生になっても、やっぱりコイツはお子ちゃまだった。
「終ったら寄るからお酒とプレゼントを用意しとくのよ! 満足度に応じてプレゼントが私のサイン入りブレス→私の写真入りロケット→私の順に上がるから頑張ってね!」
「いーらーねー」
 あー、ほんと可愛くない。
 でも知ってる、あんなこと言っててもプレゼントはちゃんと用意してるって。
 因みにそれは酒に合う肴のセット(一応は高級品)という色気のないものですが、如何ですか?

「美味しいものいっぱい用意したいな」
 青空は白いクリームの特大ケーキを、色々な型で焼いたクッキーやカラフルなマカロン、可愛い形のチョコや宝石の様なドライフルーツでデコレーションしていく。
「ハージェンはもしかしたら食べないかもしれないから、見た目も楽しいものがいいと思うのな!」
 あれ、でもこの前はりりかがチョコをポイしていたような。
 人間界の食べ物を一度口にすれば、次のハードルはぐっと下がる。
「なら、これも食べてくれるかな!」
 自分で飾り付けをすれば、もっと食べてみたくなる筈だ。
 だから――
「ハージェンも手伝ってくれる?」
「ぞ、ぞよ…」



 そして当日。

 この数日のうちに発電機も完成し、部屋の隅に置かれたオーディオ機器からはクリスマスソングが流れていた。
 歌に合わせてサンタの人形がクネクネ踊り、ツリーに巻かれた電飾がピカピカ光っている。
 この日のために改造した室内には大きな丸テーブルが、その周囲には人数分の椅子が置かれていた。
「あ、兄様の席はそこね?」
 愛梨沙が指差した椅子には柔らかいソファがてんこ盛りになっている。
「兄様の身体に負担が掛からない様にと思って」
「いや、俺もう治ってるから」
 気持ちは嬉しいけど、そんな過保護にしなくて大丈夫だから。
 ハージェンの席はその真っ正面、数日のうちに更に体積を増した身体の威圧感が半端ない。
 椅子の面積と合わせたら、部屋の三分の一は占拠しているだろうか。
 今その椅子は床に下ろされ、それを支えていた四人は主の後ろに控えている。
 りりかの情報によれば、彼等の名前はアニク、ロケリ、フスィ、モナスというらしい。

「さ、こっからは俺の得意なお祭りや♪」
 お祭り男のゼロが音頭を取って、メリークリスマスの声とクラッカーの音でパーティが始まった。
 テーブルにはチキンやオードブル、りりかのチョコケーキや洒落た洋酒の瓶、青空のデコレーションケーキなどが並んでいる。
 と、ここまでは通常のクリスマス仕様。
 しかしテーブルの上には他にも挫斬が買い込んだ大量の酒や、ゼロのたこ焼き、それにユウが卓上コンロごと持ち込んだ水炊きの鍋といった和風アイテムが勢揃いしていた。
 しかもオレンジキャンディを手渡したシグリッドの掛け声は「トリックオアトリート!」で。
「こ、これは、何ぞよ…!?」
「クリスマスパーティだよ!!」
 青空が答える。
 だって久遠ヶ原の生徒が企画したんだもの、普通じゃないに決まってる。
 闇鍋がないだけまだマシだよね、きっと。
 ユウが用意した鍋の中身は鶏肉と白菜、葱などを昆布出汁で煮た定番。
「これはこうして小皿に取って、ポン酢醤油を付けて食べるものです」
 まずはハージェンに勧めてみる。
 菓子類は気に入った様だが、これはどうだろう。
「ふむ…なかなか、ぞよ」
「お気に召したなら、いつでも食べられるように後で御節をお届けしますね」
 配達はテリオスに頼めば良いだろうか。

「ハージェンさん良い人に違いないのです」
 ぬいぐるみを青空に返すのを見て、シグリッドは確信していた。
 きっと仲良くなれる筈だ。
「メイラスの悪影響が手遅れになる前に、引き離すことが出来て良かったのです」
 この席にメイラスはいない。
 暫く彼と離れているせいか、ハージェンは以前よりも少し物わかりが良くなった気がした。
「ぼくは難しい事はわから無いですけど、ハージェンさん達も幸せに笑ってくれると嬉しいのです」
 だから、はい。
 トリックオアトリート?

「私たちが痛い思いしたからって、同じだけ痛い思いをさせよう、ってしちゃったら、お互いに辛いのがずっと続くことになるんだ」
 ハージェンが機嫌良く食事をしている頃合いを見計らって、青空が言った。
「それを知ってるから、私たちは弱いから、手を伸ばす選択ができる」
 でも、それでも譲れないものはある。
「章治兄ちゃんはちゃんと返してね。前に言った通り、兄ちゃんに何かあったら私たちは今みたいに君に手を伸ばしたりもできない」
 折角ここまで仲良くなれたのに、それは勿体ないよね。
「そもそも最初の目的は門木先生の成果物を得る事だった筈です」
 それならもう手にしているだろうと、カノンが言った。
「このパーティも、今まで知らなかった価値観も、先生を天界に囲うことでは得られないものです」
 それは目先の戦いで役に立つ力ではない。
 策謀を巡らせる為に必要な機密情報でもない。
 しかし手に入れることで世界が広がり、未来が変わる――かもしれない。
「帰還を許して頂けるなら、今後もまたこうして集まる機会があるでしょう」
 正直、許可を得るのも腹立たしい。
 それでも歩み寄りの為には少しずつ段階を踏むことは必要だろう。
「ふむ…もしこの先、新たな力が必要となった時には…手を貸してくれる、ぞよ?」
「それは――その時の状況によります」
 門木をちらりと見て、カノンが答える。
「しかしここで帰還を阻むというなら、協力は絶対に有り得ません」
 強い調子で返されて、ハージェンは怯んだ。
 それを見てユウは、ヨルの「不安で怖くて仕方がない」と言った言葉を思い出す。
 彼は自分自身の才能や力を全く信じていないのではないだろうか。
「人と同じように天魔も変わることが出来ます。自分自身を諦めず変わろうと努力すれば、きっと自分というものが見えてくるはずです」
 かつて自身がそうだった様に。
「…初めは変化に戸惑うことも傷つくこともありますが」
「それ以上は、今は望まないのだ」
 青空が続けた。
「ゆっくり見て、ゆっくり考えるといい。きっとハージェンが思っているより、この世界は優しいよ」
「そう…ぞよ?」
「ぞよ!」
「わ、わかった…ぞよ」
 前回、彼等の言う事に従っても悪いことは起きなかった。
 ならば今度も、きっと。
「その者は解放する、ぞよ」
 これで良い、ぞよ?
「約束の印なの、ですよ」
 りりかが誓いの組紐をハージェンの手首に巻き付ける。
(メイラスさんのことは何も言わないの、ですね)
 ならば触れずにそっとしておこう――忘れ去られたメイラスには少し気の毒だけれど。

「交渉成立ね!」
 もうすっかり出来上がった挫斬がグラスを掲げる。
「にゅふふ、今度はそっちがゲームに苦しむ番よ、ハージェン」
 気分が良い、気分が良いからもっと飲んじゃおう。
「ちゃんと飲んでる、テリー? 椅子運びーズも飲みなさいよ!」
 だから、ちゃんと名前があるんだけどな。
 絡み魔と化した挫斬から逃げて来たテリオスは、今度はシグリッドに捕まった。
「テリオスおにーさんは故郷の天界のほうが良いのでしょうか」
 堕天してほしいとか、流石にわがままだっただろうか。
「テリオスおにーさんはどっちが好きです?」
「好き嫌いはさておき、天界との間を繋ぐパイプは必要だろう」
 堕天使にそれは出来ない。
 ならば答えは決まっている――そう答えたところに、愛梨沙が声をかけてきた。
「テリオス踊れるでしょ? お相手してくれるかしら?」
 部屋の中は狭いから、庭に出て踊ろう。
 音楽はダンスナンバーではない普通のクリスマスソングだけれど、楽しく踊れればそれで良いから。

 賑やかになって来たところで、ペンギンの着ぐるみに身を包んだヨルがケセランを召喚。
 門木に団扇で扇がせて、一人と一匹でふわふわたゆたう。
 これぞダブルになって帰って来た、空飛ぶペンギン・リターンズ。
「ハージェンもやってみない? 楽しいよ」
「楽しい…ぞよ?」
「楽しい」
 きりり。



 そうして存分に食べて飲んで騒いで、気が付けば時刻は明け方近く。
 と言うかパーティは予めそのタイミングで終わるように設定されていたのだ。
 何故なら――

「これ、見せたかったんだ」
 皆を連れてゲートの外に出たヨルは、夜明けの空に浮かんでいた。
 満点の星空が朝の色に変わっていく。
「俺はこの空をもっと見たくて、ただそれだけの理由ではぐれ悪魔になったんだ」
 他人から見れば「そんな理由で」と思われるかもしれない。
 でも後悔はしていなかった。
「何が切っ掛けかなんて人それぞれだけど…ちょっとした事で世界は変わっていくんだよ、きっと」
 ハージェンの世界は、これからどんな風に変わっていうのだろう。


 夜明けの空を見る為に、皆が外に出て行った中。
 門木はカノンを引き止めて、ツリーの下へ。
 他に誰もいない事を確かめて、その手を取った。
「あの、な」
 この間からずっと考えていた。
 どうすれば、大切な人を少しでも楽にしてやれるのか。
「俺は、お前の傍が一番落ち着くんだ」
 その手が触れただけで、どんな痛みも消えてなくなる。
「だから俺も、お前にとってのそんな存在になりたい」
 どうすればそうなれるのか、その方法を考えて。
 結局これしか思い付かなかった。
 迷惑なら忘れていい。
 返事もいらない。
 怖くて聞けない。
 ただ、伝えたかった。

「――愛してる」

 その一言を。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 夜明けのその先へ・七ツ狩 ヨル(jb2630)
重体: −
面白かった!:12人

dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅