「もでるがん、なの…です?」
風雲荘の玄関先。そこに現れた予想外の客を前にして、華桜りりか(
jb6883)はかくりと首を傾げた。
「馬鹿兄に頼まれ…いや、奴が用意しろとうるさいのでな」
目の前に立つテリオスは不満げな表情で言い直してみる。
が、既に手遅れだった。
「章兄のお遣いなのですね」
後ろからひょっこり顔を出したシグリッド=リンドベリ(
jb5318)が、偉い偉いとその頭を撫でる。
「気安く触るな!」
そう抗議してみるが、それが単なる照れ隠しである事は最早バレバレだった。
「すっかり丸くなったのですねー」
なでなでなで。
「それで、何を頼まれたのです?」
手渡されたメモを見て、二人は不思議そうに顔を見合わせる。
「章治兄さまは何を作るの、でしょう?」
「知らん」
素っ気なく答えたテリオスは、彼の訪問を聞いて玄関に顔を出した者達に尋ねた。
「それで、お前達はどうするのだ」
待つか、それとも――
「動きます」
答えたのはカノン(
jb2648)だ。
力を見せなければ話し合いにも応じないと言うなら、戦うしかない。
ただし相手はメイラス、それなら期限いっぱいまで待つ必要もないだろう。
(前回のパーティーが無駄ではなかったと信じていますが、それでも先生の状態は良くなかった…早く決着をつけないと)
焦っても良い事はないが、これ以上の引き延ばしは相手を利するだけだ。
「意思を伝える、知って貰う、まずはそこからだね」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)が頷いた。
「つーかもう、ええ加減頭ばっかり使ってストレス溜まってもーたわ」
だから一発殴らせろと、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が右の拳で左の掌を打ち付ける。
「ゼロおにーさん、一発でいいのです?」
シグリッドは「ずいぶん優しいのですねー」とニコニコ顔でゼロを見るが、ハイライトが消えた目は全く笑っていなかった。
正直、メイラスは一発どころじゃなく殴りたい。
物理的に可能ならボッコボコにしてから擂り潰して、捏ねて丸めておでんの中にでもブチ込んでやりたい。
(でも、そんなことしたら章兄が悲しむのです…)
だから、じっと我慢の子。
我慢しすぎて、そのうち壊れそうだけど。
「ならば、買い物は必要ないな」
何を作るつもりでいたのかは知らないが、救出作戦を敢行するなら戻ってから自分で買いに行けば良いだろう。
テリオスはりりかの手からメモを取り上げようとした――が、りりかは素早くそれを後ろ手に隠す。
「とにかくご用意はするの…だから、テリオスさんはその間に少しお休みすると良いの、ですよ?」
「章兄もですけど、テリオスおにーさんも倒れそうで心配なのです…」
逃がさないと言わんばかりに、シグリッドがその腕をぎゅっと掴んだ。
お説教覚悟でリュールに尋ねたところによれば、ゲート作成で失った力を回復するための特別な手段はないらしい。
それまでと同じ様に、地道に経験を積み重ねて取り戻すしかないとすれば、ゲートを開く為の下準備が入念に行われる事にも納得がいく。
迂闊に開いて「何も収穫がありませんでした」では消耗するだけ損というものだ。
「だからせめて、休める時には休んでほしいのですよ…」
門木もそれを見越して風雲荘に立ち寄るように言ったに違いないと、超好意的に解釈する門木脳。
「自分からお休みしていた方が良いと思うの、ですよ?」
りりかが笑顔で告げる。
その裏には「それとも休むしかない状況に追い込まれたいですか」という文字が透けて見えていた。
「わ、わかりました」
そう答える以外、テリオスに選択の余地はない。
さすが大魔王の風格だった。
「ところで、テリオスさん」
要件が済んだ事を確認し、ユウ(
jb5639)が尋ねる。
「先生に何か変わった様子はありませんでしたか?」
自分達の訪問によって門木の状態はかなり改善されたように見えたが、メイラスが黙ってそれを許すとは思えなかった。
きっとまた何か、新たに仕掛けて来たに違いない。
テリオスから話を聞いたユウは、それが杞憂ではない事に確信を持った。
「メイラスに何を言われたのか…或いは何をされたのか、先生は何も言わないのですね」
「何かを隠した様に見えたが、何でもないの一点張りでな」
まったく頑固で困ると、自分の事を棚に上げたテリオスは溜息を吐く。
「わかりました、先生に会ったらそれとなく注意して様子を見てみますね」
一人で考え込まないようにと言われたばかりなのに、まだ信じてくれていないのだろうか。
いや、多分そうではない。
皆に関わりがある事なら、門木も迷わず話しているだろう。
そうしないのはきっと、個人的な事だから…或いは既に心を決めているのか。
テリオスを強制終了させたりりかが買い物に出かけている間、雨野 挫斬(
ja0919)は学園を通じて撃退庁に連絡を取っていた。
高松が天使と繋がっている事は伏せて事情を話し、いざという時の協力を要請する。
「もしも私達が帰らずに、そのまま一ヶ月の期限が迫って来たら、その時は先生への救出部隊を派遣してくれる?」
ただ、今はまだ動かないでほしい。
「そもそも目的は撃破でなく和解よ。だから相手を刺激しないためにも今はまだ何もしないで欲しい」
騙し討ちなどしようものなら、もう二度と道は開けないだろう。
「ここは私達が何とかするつもりだしね」
信じて任されたものを、途中で投げ出すつもりはない。
「だから、あくまで全てが失敗した時の為に保険でお願い」
門木や仲間達が望む未来を手に入れる為にも、ここは慎重に。
「先生はこれからの人類に必要な人。失うわけには行かないわ」
たとえ本人にはその自覚が皆無だとしても。
そして翌日。
一行は戦いの決意をもってゲートを訪れる。
だが、一戦交えるその前に。
「きっつあんの様子、気になるんやろ?」
ゼロがユウに声をかける。
「なら、すぱっと直球で斬り込んだ方がええんとちゃうかな」
腹を探り合う様な真似はメイラス相手で充分だ。
というわけで。
「ヘイへーい! きっつあん今日は何隠してるん〜?」
顔を見るなり言い放ったゼロに対して、門木は思わず目を泳がせた。
「あー、やっぱ反応わかりやすいわー。きっつぁんに隠し事は無理やな、うん」
では後は任せたと、ゼロはシグりり姉妹(?)ミサイル(?)発射!
「章兄何か隠し事してませんか」
にこー。
「章治兄さま、またかくし事をしているの…です?」
はぎゅー。
「いや、俺は別に…」
だが、シグリッドは見逃さなかった。
「華桜さん、そこです…!」
何かを隠すように動いた手が、逆にその在処を白状している。
抱き付くふりでボディチェックをしていたりりかがポケットに異物を発見、問答無用で回収完了。
「章兄は隠し事本当に出来ないのですね…」
ハージェンに嘘をついた時はあんなに上手だったのにと、シグリッドが苦笑いを漏らす。
それともあれは、火事場のナントカの非物理バージョンだったのだろうか。
それはともかく――
「それ、何なのです?」
「お話を聞くの、ですよ?」
一人で悩みを抱えこんでも、良い答えは出ないから。
考える為の頭と情報は多い方が良い――まあ時には多すぎて決められない、などという事もあるかもしれないけれど。
「ぼくたちのこと家族と思ってくれてるなら、ちゃんと相談してくれると嬉しいです」
それとも、信じられない?
頼りにならない?
「そうじゃない」
信じているし、頼りにもしている。
寧ろ頼りすぎなくらいに。
「それでいいのです、章兄だいすきなのですよ…!」
「あたしたちは章治兄さまが好きで傍に居るの」
二人は両側から門木をさんどいっち。
「お役に立てる事がないなんてこまってしまうの、です」
二人に迫られ、門木は観念した様に話し始めた。
それを使えば悪魔の血に覚醒する、らしい。
そうすれば新たな力が得られる、かもしれない。
「章治兄さま、力がほしいの、です?」
薬を手に持ったまま、りりかが言った。
「力が全てではないの、でしょう? そう言っている兄さまが力を求めるなんておかしいの…」
「わかってる。大丈夫、使うつもりはないから」
だから返してくれないだろうかと、門木は手を差し出す。
しかし。
「でも章治兄ちゃん、まだ迷ってるように見えるのだよ」
青空・アルベール(
ja0732)が言った。
「今私たちに必要なのは、憂いを全部吹っ飛ばす力、じゃない気が私はしてる」
それは結局、天使と悪魔がやっていることと変わらない。
「私達は、私達の勝ち方で勝たなきゃだめなんだって、思う」
だからこそ、門木は自分達に頼んだのだろう。
「えっと、だからな」
青空は少し照れた様に笑った。
「なんか迷ってるんだったら、ちゃんと相談してね」
「ありがとう…ごめんな」
だが迷っているわけでも、悩んでいるわけでもないのだ。
ただ――
「お前達、戦いに来たんだろ?」
顔を上げた門木は仲間達を見る。
「もし、それで誰かが傷付いて…命の危険に晒されたら、俺はそいつを使う」
その事に躊躇いはなかった。
大切な誰かを守ることが出来るなら、例え自分がどんな姿に変わっても、他の何を失ったとしても――そのせいで忌み嫌われたとしても悔いはない。
「でも、それで何の効果もなかったら…」
「章治兄さま」
りりかは硬く握られた門木の手を取り、その指を一本ずつ、ゆっくりと開いていった。
「人にはそれぞれ得意な事があるもの、ですよ?」
親指はそこにいるだけで誰もが安心するような大黒柱。
人差し指は戦いが得意で皆を守ってくれる人。
中指は美味しい料理で皆を元気にしてくれる人。
薬指はどんな怪我でも治してしまう魔法使いのような人。
小指は人を笑わせるのが上手なムードメーカー。
どの指も、それぞれに役割が違う。
違っていなければ、手は上手く動かない。
「章治兄さまのモノ作りはここに居る誰も出来ないの、です」
「でも、それじゃ誰も守れない」
せめて何かサポートでも出来ればと考えていたが――
「何を作るつもりだったの、です?」
頼まれ物が入った袋を手渡しながら、りりかが問う。
「…くさや爆弾の…もっと酷いやつ、かな」
はい?
「その、薬莢に粉末ハバネロとか、そういうのを仕込んで…」
当たれば中の粉末が飛び散って、目や鼻が酷い事になる筈だ。
殺傷力はないが、相手に隙を作るくらいの効果は期待出来るだろう。
「でも、ごめん。皆が真面目に戦おうとしてる時に…ふざけすぎたかな」
「俺はそういうのもアリだと思う」
ヨルが首を振った。
「それがカドキの戦い方なら、それで良いんじゃないかな」
実際、以前のくさや爆弾はそれなりに役に立っていたし。
ただ残念ながら今回は間に合わない。
それに。
「力がなくても仲間がいれば大丈夫、じゃないです?」
りりかが言った。
「はーじぇんさんにもそれを教えてあげれば良いと思うの」
だから、こんな危ないものは「ないない」しちゃいましょうねー。
にっこり笑顔で注射器を床に落とし、踏み潰す。
「えっ!?」
門木が慌てて止めようとした時には、それはりりかの足元で粉々に砕け散っていた。
「さすがだいまおーやで…」
ごくり、ゼロが息を呑む。
「ゼロさん、その件に関しては後でゆっくりお話ししましょう、なの」
にっこり微笑み閑話休題。
「効果と副作用に関して正しい情報が得られいない以上、妥当な措置でしょうね」
ユウが頷いた。
あのメイラスのこと、嘘は吐いていないにしても重要な情報をわざと隠している可能性はある。
彼にとってはこれもゲームか、或いはギャンブルなのだろう。
「そもそも厚意では有り得ませんし」
注射器の残骸を見下ろしながら、カノンは少しほっとした様な表情を見せた。
これでもし、門木が力を求める方向に流されたとしても、薬を使ってしまう危険は避けられる――メイラスが予備を持っていなければ、だが。
「でも何故天使のメイラスがそんなものを持っていたのでしょう」
ユウが首を傾げる。
「先生に合わせて一から開発、又は何処かから仕入れるとしても、時間が足りないのではないでしょうか」
ならば自分用に所持していた?
やはりメイラスも天魔ハーフ?
「残念だが、私の家系には一滴の不純物も存在しないよ」
メイラスの声がした。
部屋の扉が開き、黒ずくめの大天使が姿を現す。
「毎度毎度、笑わせてくれる…貴様らの珍妙な推理は私の想像を遥かに超えているな」
「なんや、盗み聞きしとったんかい」
実に悪い顔をしたゼロが前に出た。
「つまり、こういうモンにはそれなりの需要と供給があるってことでええんか?」
答えの代わりに、メイラスは懐から予備の薬を取り出して見せた。
「ちょーっとねちっこさが過ぎるなぁ」
子供のやることにしても、いいかげん腹に据えかねてきた。
ちょっと遊んだるか、そう呟いたゼロは薬を取り上げるふりをしてメイラスに近付く。
薬に意識を集中していると見せかけて、握った拳は真っ正面から顔面を捉えた。
「しまった。つい手が出てしまった」
それとも手が滑ったと言った方がそれっぽく聞こえるだろうか。
だが誤魔化す必要はない。
「さてさて。そろそろ体も動かしときますか。なぁ? メイラス」
「私と戦うつもりか」
メイラスは鼻から流れ出る一筋の赤い糸を、黒い手袋の甲で拭った。
「あのデブ蛙が回復する前に、私を倒してそいつを取り返そうと?」
メイラスは門木を見る。
「そもそも、私に勝てると思っているのか?」
「勝つよ」
青空が答えた。
「臆病なハージェンをわざわざ呼びつける必要はないのだ。私は、ただ話がしたいだけなのだから」
メイラスはその為の踏み台だ。
「君を倒せば『対等』に近しいであろ。だから倒す、ここで倒す」
ただし、殺しはしない。
「ゲーム…というか、御前試合みたいなものだね」
ヨルが言葉を継いだ。
「ハージェン自身は安全な状態で、こちらの力をそちらの流儀に則った形で見せたいんだ」
それが武力だと言うなら、それに合わせよう。
「色々やってみて、まずまともに会話出来る状態を作るにはこれしかないかなって」
能天使がまともに会話してくれるとしたら、普通の天使を倒したくらいの力では無理だろう。
実際、天使クラスなら過去に倒した実績があるが、ハージェンは見向きもしなかった。
「少なくとも大天使クラスの実力を示す必要がある…そうだよね、大天使メイラス」
メイラスは答えない。
返事をすると都合の悪い事でもあるのだろうか。
「こっちが勝てばハージェンと話したい。そっちが勝てばカドキはますます追い詰められるだろうね。どちらにしろそっちの退屈しのぎにはなると思うけど、どう?」
「つーかそろそろ、こっちも前に進めなあかんやろ」
ゼロが先程殴りつけた拳をほぐす様に手を振った。
そして改めて拳を握り、関節を鳴らす。
「毎回てめーの土俵で事が片付くと思うなよ?」
いいかげん各方面でヘイトも溜まりまくってるしな!
だから、もしかしたらうっかりやり過ぎてしまうかもしれないが――
「ま、自業自得やな」
その流れを見て、シグリッドは心配そうにテリオスを見た。
「もしかしてテリオスおにーさんとも戦わなきゃだめなのかな…」
だが、その懸念を吹き飛ばす様な声がする。
「あ〜あ、こんなに楽しかったり便利なのに遊んだり使わないなんて勿体無いな〜」
メイラスとの交渉(という名の舌戦)には参加せず、ハージェンへの贈り物を弄って遊んでいた挫斬は、それをお供えの山に戻して立ち上がった。
「というわけでテリーはハージェン様へのプレゼントの護衛をお願いね。プレゼントに万が一の事があったら困るから戦闘に混ざっちゃ駄目よ?」
よし、これで解決。
メイラスもまさか、大事なお供え物が台無しになっても良いなんて言わないよね?
「そんな事になったら、お仕置きされちゃうかも」
個人的にはそれでも一向に構わないのだが。
「なら、章兄もここにいると良いのですよ」
シグリッドが門木を引っ張って来る。
「テリオスおにーさんが、きっと守ってくれるのです」
それを聞いたテリオスはこれ見よがしにそっぽを向いて見せた。
でも知ってる、テリーくんやる時はちゃんとやってくれるって。
「章治兄ちゃん、ひとつ約束してほしいのだ」
青空が門木に向けて人差し指をぴっと立てる。
「私達はきっと勝つし、勝った時必ず、ここに章治兄ちゃんがいなきゃ駄目だ」
そのままで、何も変わらないままで。
「皆のことは、あたしが守るから。だから心配しないで」
鏑木愛梨沙(
jb3903)が言った。
正直、どうすれば良いのか全く判らない。
でも皆で決めた事だから、自分に出来る事を頑張ろう。
「薬なんて使わせない」
使う必要もないのだと、証明して見せる。
「わかった」
信じて任せると、門木は頷いた。
「ごめんな、役に立たなくて」
「そんなことないのですよー」
シグリッドが何やら期待の眼差しで見つめている。
「章兄のおまじないは利くのです」
信じる者は救われる、利くと思えば何でも利く。
イワシの頭も信心からって言うじゃない。
だからほら、遠慮しなくていいのよ?
「まあ、気休め程度にはなるのかな…」
じゃあ希望者はそこに並んで。
それに――
「カノン」
この前は出来なかったから。
「お前すぐ無茶するし…迷惑でなければ、いいかな」
どうか無事でと、頬に軽く触れる。
おまじないはそこじゃないとか野暮な事は言いっこなしで、ね。
「今度は他に守るものもないし、直接対決だね」
青空がショットガンを構える。
出口へと続く白い小部屋はその壁が取り払われ、視界を遮るものが何もない空間となっていた。
こうして見るとそう広くはない、一片は30mほどだろうか。
天井は20m程度だろうとゼロが告げる。
「この前のシグ坊打ち上げで確認しといたわ」
つまり翼の飛翔高度よりも低いということで、飛べる者は注意が必要だろう。
「天井、見えないですけど…当たると痛いのです」
と、経験者は語る。
小部屋を移動する時に使っていた見えないワープゾーンは、壁の消失と共に機能を失った様だ。
「それでも警戒は怠らないようにしたいですね」
ユウが注意を促す。
以前の勝負でメイラスは瞬間移動の様な能力を使っていた。
それに、あの幻覚を見せる能力は危険だ。
「ただ、杖で直接触れない限り発動する事はないようです」
近接は出来るだけ避け、離れて戦うのが良いだろう。
透明化にはカラーボールでもあれば良かったのだが、それは撃退庁にでも要請しなければ手に入らない。
近頃は以前に比べて、備品の手配にも面倒な手続きが必要、かつ審査も厳しくなっている様だ。
マーキングで代用出来るかもしれないが、使用者にしか見えないのでは余り効果はないだろうか。
「ま、ないもんはしゃーないわ」
それより問題は「あの数」だと、ゼロは敵陣を見る。
そこには九人のメイラスがいた。
勿論そのうちの八人はコピーだが、外見からは見分けが付かない。
「まさか九対一の勝負で『力を見せた』などと言うつもりではあるまいな?」
そう言われれば、確かにその通りなのだが。
「でもコピーの性能が前と同じなら、それほど怖くない筈よ」
挫斬が言った。
「アロンの杖を持ってるのも本物ひとりだし」
残りは全て形を写し取っただけのハリボテ、コピー自身の能力も本物に比べれば劣る筈だ――ほんの僅かだが。
「本物はバリアも使ってたのだ」
青空が記憶を辿ってみる。
あれは一定のダメージを受けるまで一切の攻撃を無効にした筈だ。
「なら、その間にコピーの方を狙う?」
ヨルが問いかける。
範囲攻撃でバリアを削りつつ、同時にコピーにもダメージを与えられれば。
「バリアさえ解ければ、あの杖を狙う事も出来るよね」
「せやな、あの杖さえなければメイラスもただの大天使や」
大天使を「ただの」呼ばわりするゼロもタダモノではないが、そう聞くと何となく行けそうな気がして来る、かもしれない。
「ここでなんとか、掴みたい…!」
青空が見上げた空は、いつもと同じ黄昏の色。
そこに、戦闘開始の合図が吸い込まれていった。
「さてと、まずは小手調べやな」
凶翼で宙に舞ったゼロは上空から手近な一体に狙いを付ける。
叩き込まれた雷が体表で菊の如く咲き誇り、その身体を縛り付けた。
その周囲をユウが淡い闇で包み込むと、巻き込まれた何体かがダメージを受けると同時に眠りに落ちる。
だが、中に全く影響を受けない者がいた。
「あれが本体です」
闇の翼で舞い上がり、その一体に意識を集中させる――が、直後にそれは姿を消した。
「でも、消えている間は攻撃も出来ない筈です」
ならば、その間に少しでもコピーの数を減らしたい。
本体の出現に注意を払いつつ、ユウは上空からエクレールを撃ち放つ。
バステにかかったものを狙いつつ、なるべく目立つように、残った敵が自分に意識を向けるように。
地上ではシグリッドがスレイプニルのスゥちゃんにブレイブロアの咆哮を上げてもらい、周囲の仲間を鼓舞する。
と、その背に何かの気配を感じ――殆ど同時にユウの声がした。
「シグリッドさん、後ろです!」
振り返ったシグリッドは咄嗟にインビジブルミストを命じる。
直後、腹に響く様な衝撃を感じた。
メイラスの全範囲攻撃――だが、それは目の前で盾を構えた愛梨沙によって防がれる。
ヨルの前にはカノンが、青空の前には挫斬が立ち塞がっていた。
カノンの後ろから飛び出したヨルは、メイラスの本体が再び姿を消す前にその周囲を炎に包む。
一方の青空はバレットストームを浴びせて潜行、距離を取りつつ射程外に下がり、得物をスナイパーライフルに持ち替えた。
この射程ならメイラスが何処に居ても狙える。
ただし、その姿が見えていれば、だが。
どうする、マーキングの出来る紅雨と入れ替えるか、それとも念の為にバレットストームを残しておくか――
迷っているうちに、その姿は再び消えてしまった。
「あ…っ」
しかし悔やんでいる暇はない。
「コピーと言っても侮れないしな…!」
その攻撃は今のところ黒い羽根をナイフの様に飛ばす単体攻撃のみ。
とは言え、一撃の重みはメイラス本体に匹敵するだろう。
カノンはいつも通り、それを正面きって受け止めながらコピーに迫る。
(コピーとは言え、これもメイラス…最も得意な分野を生かさなければ、力及ばず敗退することになるでしょう)
その姿はメイラスも見ている筈だ。
ここで「いつもの動きと同じ」動きを見せれば、本人に対した時に油断を誘う効果もあるだろう。
馬鹿の一つ覚えと言われても良い,寧ろそれこそが狙いだ。
とは言え防御スキルを使い切ってしまえば耐え続けることは難しい。
その前に、何とかメイラス本人との対戦に持ち込まなければ――
「とにかく数を減らそう」
ヨルが皆に声をかけ、指示した一体に攻撃を集中させる。
バステにかかったものを優先し、確実に。
「援護するの、です」
りりかが輝夜の光球をぶつけて意識を逸らし、そこに他の仲間が攻撃を叩き込む。
ユウが上空から頭を撃ち抜いて一体、ヨルがその胴を斧槍で薙いでまた一体。
が、今度はヨルの背後に――
「メイラスなのだ!」
声と同時に青空がその銃撃によって位置を知らせる。
直後に再びの全周攻撃、だがヨルは防御を仲間に任せて周囲に炎を踊らせた。
上空からはユウが作り出した凍て付く闇が降りて来る。
更に背後からはゼロの大鎌が振り下ろされた。
「手応えアリやな」
その手にバリアが解かれた感触を覚え、ゼロがニヤリと笑う。
ここからが本番だ。
「ふふ、さぁ遊びましょう! 解体したら先生が悲しむからしないけど、個人的にアンタは紘輝を巡るライバルだから潰せるなら潰させてもらうわよ!」
挫斬が目の前に躍り出る。
だがメイラスはそれを貫通弾で容赦なく撃ち抜いた――が、挫斬は怯まない。
盾で防いで一気に距離を詰め、メイラスの身体にワイヤーを巻き付けた。
「きゃははは! つ〜かまえた!」
ワイヤーごとその身体を抱きすくめ、拘束する。
「もう逃がさないわよ、こうしていれば消えることも出来ないでしょ!」
しかし、メイラスはワイヤーを引き千切り、その勢いで挫斬の身体を弾き飛ばした。
追い討ちをかける様に、杖の先を挫斬に向ける。
その瞬間、メイラスの背に衝撃が走った。
攻撃に気を取られた隙を衝いて、カノンが盾で突き飛ばしたのだ。
しかしメイラスは挫斬に向けた杖の先を、そのままカノンに向ける。
「残念だったな」
シールドバッシュは効かなかった。
杖の先から迸る光線がその身体を貫く。
防壁陣でどうにかダメージは減らせたが、もう後がなかった。
しかし、その隙に仲間達がメイラスの周囲を取り囲む。
「言ったでしょ、もう逃がさないって」
カノンの前に立ち、挫斬が笑った。
「なるほど、それは良い考えだ…が」
メイラスは余裕の表情で周囲を見渡した。
「コピーはまだ六体残っているぞ、奴等からの攻撃はどうするつもりだ?」
「いーや、残り五体やな」
ゼロが頭陀袋に戻ったコピーを蹴り飛ばす。
「四体だよ、今倒した」
そう言っている間に、ヨルがもう一体。
「もう一体追加ですね」
上空からエクレールを撃ち放ったユウが言い、その銃口をメイラスの頭に向ける。
「残り三体なら、放っておいてもそんなに怖くないのだ」
青空が言った。
「連携とかも、あんまりして来ないみたいだしな」
協調性がないのは本体譲りなのだろうか。
「俺達一人ひとりは、そんなに強いわけじゃない」
そう言ったのはヨルだ。
「飛び抜けて強い仲間もいるけど、それだって皆と力を合わせるから全力を発揮出来るんだ」
でも、メイラスのコピーは勝手に動いているだけ。
「悪いけど、俺達の勝ちだ」
今からそれを証明して見せる。
「大きく出たな」
メイラスは鼻で笑った。
「だが私はまだ掠り傷ひとつ付けられてはいない」
付けさせる気もない。
「そうかもしれない」
ヨルが頷いた。
「でも、俺達の狙いはそんな事じゃないから」
メイラスには理解出来ないかもしれないけれど。
「じゃ、いくよ」
ヨルの合図で盾を構えた挫斬、カノン、愛梨沙が三方向から包囲を狭める。
全周囲攻撃に押し返されても、三人は歩みを止めなかった。
同時に上空からユウが頭を狙って銃を撃ち、シグリッドが包囲網の隙間からアイアンスラッシャーを放つ。
青空は近寄って来たコピーをバレットストームで粉砕し、潜行。
「メイラスさん…おいたが過ぎてはいけないの、です」
少し大人しくしていなさいと、りりかは式神・縛でメイラスの動きを束縛する。
同時にゼロが真っ正面から大鎌を振りかぶる。
しかし、それは囮。
鋭い一撃を浴びせて一撃離脱、メイラスが反撃に出ようとした時には既に遥か後方へ逃げ去っていた。
「残念、本命はこっちなのだよ!」
挫斬の背後に隠れて忍び寄った青空が、杖を持った右手にグリースを巻き付け――あれ、ない。
(もしかして、持って来るの忘れた!?)
という叫びは心の中にしまって、何事もなかった様にショットガンを突き付ける。
「杖を奪えないなら、腕ごと持っていけばいいの、だ!」
至近距離で腕ごと吹っ飛ばすよ!
「これが君の手にある限り君に近づくことはできない…そんな気がするのだ」
でもきっと、こんな攻撃は簡単に避けられてしまうのだろう。
だから――
「実はこれも囮なのだ」
本命はほら、そこに。
ダークフィリアで潜行したヨルが、メイラスの手を狙ってゴーストバレットを放つ。
「見える弾じゃ難しいだろうけど、不可視の弾丸ならどう?!」
流石のメイラスも、それを避ける事は出来なかった。
カランと軽い音を立てて、メイラスの手から杖が転がり落ちる。
それをすかさず、ヨルが拾い上げた。
「返してもらうよ」
メイラスが授けた物だと聞いたが、門木にとってはアロンの形見と言って良いだろう。
「なら、カドキに渡すのが筋だよね」
壊してしまった方が良いのかもしれないが、その判断は門木に任せよう。
「さて、これで切り札ものうなったんと違うか?」
ゼロが停戦を呼びかける。
「まだ何か隠しとるんかもしれんけどな、お前もこれ以上手の内晒したくないやろ? ここで手打ちってことでどないや?」
乗ってくるならこのまま交渉に移ろう。
しかし、あくまで抵抗すると言うなら――
「とりあえずボコっときゃええか?」
メイラスは何も言わないが、その目は負けを認めてはいなかった。
「では、認めさせてあげましょうか」
ユウの頭に悪魔特有の二本の角が生えて来る。
変化〜魔ニ還ル刻〜、ただでさえ高い能力を更に高める秘術。
CR差を含めれば、無抵抗なら一撃で致命傷になりかねない――それを考え、カノンが止めた。
「私たちの敵は、最終的には目の前の個人ではないのですから」
戦って力を見せるのは、あくまで「対等と認めてもらうため」だ。
そして、認めさせる相手はメイラスではない。
「今、ハージェンはこの映像を見てると思う」
ヨルはフィールドの端に設置しておいたデジカメを回収し、撮影を続けながら言った。
映像は「お供え物」のゲーム機に転送されている筈だ。
もしこの勝負に少しでも興味を持ったなら、それを手にしているだろう。
ヨルはメイラスに手を差し伸べる。
「確かにこれはパフォーマンスもあるよ」
100%の善意ではない事は認める。
「けど、人は度々こういう事をするのもまた事実だから」
敗者にも敬意を払い、今日の敵を明日の友にする、人間という生き方。
それをハージェンに見せたい。
「楽しいことはいっぱいあるよ!」
青空がカメラに向かって叫んだ。
「私はそれをちゃんと、ハージェンに教えてあげたいって思ってるから!」
果たして、その声は届いているだろうか――