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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/26


みんなの思い出



オープニング


「駄目です、許可できません」
 退院の希望を表明した門木章治(jz0029)に対して、医師は考える間もなく即答した。
「……え…でも、ほら。ちゃんと動く、し」
 門木は怪我をした方の腕を動かして見せる。
 傷はもう殆ど塞がっていたし、リハビリのお陰で腕の機能もかなり回復していた。
 ただ、指先はまだ思う様に動かせない。
 それでも日常生活に支障はないし、第一もう安静にしている必要もなかった。
「……襲撃を心配しているなら、大丈夫だ」
 門木は左手の指を開いたり閉じたり、ゆっくりと動かしながら続ける。
「……もし、相手が本気で襲うつもりなら…ここも安全とは言えないだろう。それに、俺がいつまでもここに閉じ籠もっていたら…皆を不安にさせる」
 外に出れば心配は増えるだろう。
 しかし、心配は具体的な対策を講じて取り除く事も出来る。
 手の届かない所で何かが起きているかもしれない、起きるかもしれないと、漠然と感じるだけで何も出来ない不安な状態よりは、ずっと良い。
「……それに、俺も…皆と一緒にいたい、から」
 これはただの我侭だけれど。
 正直、ここから出ても何かの役に立つとは思えない。
 却って足手纏いになるだけかもしれない。
 もしそうなら、大人しくこのまま入院している。
 いや、怪我が治ったら撃退署の施設に移送される事になるだろうか。
 そこに研究室でも作って貰えば、科学室の仕事も出来るだろう。
 一生、外に出ないで過ごす事も可能かもしれない。
「……それ以外に、何の役にも立たないなら…それで、良い。でも、そうじゃない、なら」
 家に帰りたい。
 今までと同じ様に、毎日を過ごしたい。
「……頼む」

 そう言われて、医師はひとつ大きく息を吐いた。
「まあ、病院はホテルではありませんしね。入院の必要がない患者をいつまでも置いておくわけにはいきません」
 ただ、出て行った直後に逆戻りしかねない状況では、退院させる事は出来ない。
「ここを出てもある程度の自衛が可能だと判断出来れば、退院を許可しましょう」
 具体的には――
「出たければ、出ても良いですよ。ただし、こちらも全力で阻止しますが」
「……え?」
「脱獄、いや脱院して下さい」
 待って、何それそんなの聞いた事ないし。
「こちらの妨害をかわして、無事に家まで帰り着く事が出来れば退院を許可しましょう」
 その程度の自衛が出来ないのであれば、まだまだ保護下にいて貰うしかない。
「勿論、生徒達の助けを借りて良いですよ」

 病院側としても、本気で退院を阻止したいわけではなかった。
 ただ、許可を出すきっかけが欲しいだけなのだ――「ほら、大丈夫でしょ?」という、お墨付きの様なものが。
「では、頑張って下さい」
 医師はニコヤカにそう言って、病室を後にする。

 風雲荘のリビングでは、先日誰かが飾ってくれた杏の花が、皆の帰りを待っていた。



リプレイ本文

 久遠ヶ原島の一角にある、おんぼろアパート風雲荘。
 門木が入院し、リュールが拘束されてからというもの、住人達は各自の部屋に籠もりがちになっていた。
 賑やかだったリビングにも寛ぐ者の姿はなく、アパート全体に重たい空気が居座っていたものだが――
 ひとつの報せが、その空気を春風の様に吹き払った。

「センセが退院…え、条件?」
「脱走? パーティ?」
 話を聞いた鏑木愛梨沙(jb3903)とレイラ(ja0365)が首を傾げ、顔を見合わせる。
 退院はわかった。でもどうして逃げたり追われたりする必要があるのだろう。
「よくわからないけど、センセを守れば良いのよね?」
「まったく分かりませんが、門木先生の願いですもの。叶えてみせます!」
 多分、豆まきや水鉄砲でのサバイバルゲームと同じノリで行けば良いのだろうと、二人は納得した様だ。
「もちろん、章治兄さまのお手伝いをするの…」
 華桜りりか(jb6883)は考える前に返事をしていた。
 わかってもわからなくても、問答無用で兄の味方に付くのが妹の嗜みである――がどうかはともかく、兄の頼みとあらば例え火の中水の中草の中森の以下略。
「じゃあ、まずは着替えを持って行かないと」
 愛梨沙は門木の部屋から、ショップの紙袋に入ったままの新しい服を取って来る。
「ニット帽で髪の色を隠しても良いかな」
「足元はサンダルじゃなくって、きちんと走れるスニーカーが良いでしょうか」
 レイラは靴の用意を。
「では、私は先生のお着替えお手伝いですー」
 アレン・マルドゥーク(jb3190)が荷物を預かり、一足先に病院へ。

 それを見送って、シグリッド=リンドベリ(jb5318)は掃除道具を取り出した。
「ぼくは家のお掃除とか準備しておきますね。ここでお帰りなさいって言いたいので(こくり」
「それじゃ、あたしも準備を手伝いましょうかねぇ」
 そう言ったのは、隅に立っていた和服姿の女性――点喰 因(jb4659)だ。
「あ、殆どの人が始めましてですかねぇ?」
 袖に襷を掛けながら、因はにっこりと微笑む。
「今日からあたしも、ここの住人なんですよぉー。皆さんよろしくね?」
 あ、まだ許可は取ってないんだけど。
 誰でも入居は自由って聞いたし、良いよね? 問題ないよね?
「私も! 入居募集って聞きました! 聞いたったら聞いた! かぎくださいぷりーず!」
 向こうで手を上げているのは、メル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)だ。
 うん、わかった。後でちゃんと用意しておくから。
「門木先生…無事に退院できるようで本当に良かったです」
 皆の嬉しそうな様子を見て、ユウ(jb5639)も思わず顔を綻ばせる。
 だが、そんな浮かれ騒ぐ空気の中で、眉間に皺を寄せて、わなわなと肩を震わせる約一名。
「全く、先生も先生ですが、退院をゲームにする病院も何を考えているのか…」
 カノン(jb2648)さん、お怒りでございます。
 そりゃぁもう、怒濤のお説教フルコース待ったなしという程度には。

 ――ぞわわっ!

「ん? どうした先生?」
 集中治療室のカーテンの向こう、着替えの手を止めて窓の方を見た門木に、医師に扮したミハイル・エッカート(jb0544)が声をかける。
 電子ロックにはインフィの開錠スキルも通用しない為、病院側も部屋の入口だけは開けてくれた。
 しかし、防犯カメラその他のセキュリティは生きている。侵入に気付いた病院側が動き出すのも時間の問題だった。
「…いや、何だか今、妙な寒気が…」
「気のせいだろ。それより急いでくれ、ゼロもそう長くは引き止めておけないだろうしな」
 隣接するナースステーションでは、稀代のナンパ師(自称?)ゼロ=シュバイツァー(jb7501)が、看護師と医師の足止めを引き受けていた。
「脱走? 得意分野やな」
 とてもとてもわるいかおで微笑んだゼロは、この時間帯に勤務するスタッフが全て女性である事など調査するまでもなく把握済み。
 脱走アシストという大義名分を得て、それはもう活き活きとナンパを楽しんでいた。
「さぁ、俺が止めている間に!」
 大丈夫だ、すぐに追い付くつもりは微塵もない!
 全員のメアドと今夜の予定を聞くまでは、死んでもこの場を離れない所存であります!
 というわけで、門木はゼロから手渡されたイケメンドクターセットに着替えて準備完了、そこに医師の回診を装った花見月 レギ(ja9841)が堂々と入って来る。
「ルナ君…具合はどう、かな」
 それは門木の本名エルナハシュから微妙なところで二文字を切り取った独特の呼称。
 恐らくこの名で呼ぶ者は他にいないだろうと思うと、その特別感がちょっと嬉しい。
「脱出経路を確認してきた、よ」
 今のところ異常なし。
「よし、今から先生はドクター門木だ。それらしく堂々としていろよ?」
 ミハイルが白衣の胸ポケットに名札を取りつける。
 よく見れば偽造である事はバレバレだが、遠目にはかなりそれっぽく見える筈だ。
「俺とレギは年齢的にインターンの設定だからな、先生の後ろを付いて行くぜ」
 申し訳程度の偽造工作としてベッドを人の形に膨らませ、カーテンを閉めて、いざ出発。
「…荷物は、どうするんだ?」
「大丈夫だ、後で取りに来れば良い」
 チョコの山とか暇潰しに乱読したらしい本の山とか、軽トラでも借りて来ないことには運べないだろうし。
 あ、チョコは主食じゃありませんから、冷蔵庫に仕舞っちゃいましょうねー、ってシグ君が言ってました。
 全部仕舞うには専用の冷蔵庫が必要になりそうな量だけど。
 かくして三人は、最上階の奥に位置にする集中治療室から堂々と廊下を歩いて正面玄関へ。
 しかし、そう簡単に辿り着ける筈もなかった。
「見付かった、ね」
 迫り来る病院関係者――に扮した撃退士、このままでは取り囲まれるのも時間の問題だ。
 しかしこんな事もあろうかと、ミハイルは次の手を用意していた。
「走れ!」
 ダッシュでリネン室に飛び込み、ミハイルとレギはそこに用意しておいた清掃作業員の服装に早変わり。
 置いてあったカートに門木を突っ込み、上からシーツやタオルを被せる。
 しかし被せる物が足りなかった様で、頭の先が隠しきれていなかった。
「…シーツの海から『わかめ』が生えているよう、だ」
 しかし、わざわざカートの中まで覗き込む者はいないだろうと、何食わぬ顔で外に出る。
 ところが相手も撃退士、天井に張り付いて待ち伏せなんて事はお手のものだ。
「くっ、見付かったか!」
 そう言いつつも楽しそうに、ミハイルはレギの背中を押す。
「俺に任せて先に行け!」
「ミハ君、それ…フラグ……ああ、行ってしまった」
 よっぽど言ってみたかったんだね。
「ここを通りたければ俺を倒してからにしろ!」
 ヒャッハーな勢いで豆撒機関銃をぶっ放す、大人げない大人。
「まあ、うん。君が楽しそうでなによりだよ…じゃあ行こうか、ルナ君」
 その背にそっと声をかけ、レギはカートを押した。
「うん、このまま通用口から出れば…怪しまれずに済みそう、かな」
 ところが、そこには先回りした撃退士の姿が!
 その時、門木の頭の中にアレンの声が響いた。
『門木先生、こちらですよー』
 シーツの山から顔を出すと、そこに一匹のヒリュウが浮かんでいた。
『今、ヒリュウの目でそちらを見ていますー。この子の後に付いてきて下さいー』
 門木は言われた事をレギに伝え、レギはヒリュウを追って廊下を移動、やがて男子トイレ(という所に微妙な違和感があるが)で手招きするアレンの元へ無事合流。
「引っ張りまわしてすまないな。多分、お医者ごっこが楽しかったんじゃないかな」
 シーツの山から門木を引っ張り出すと、レギは軽くなったカートを押してリネン室へと戻って行った。
「お疲れ様でした〜、パーティでまたお会いしましょうね〜」
 ひらひらと手を振り見送ったアレンは、門木の改造に取りかかる。
 普段着に着替えさせ、だいぶ伸びて来た髪を後ろでひとつに結び、被せたニット帽の後ろから尻尾の様に垂らして、眼鏡をサングラスに取り替えて。
「この眼鏡はちょっとお借りしますねー」
 自身は緑髪のカツラを被り、よれよれの白衣を着て、仕上げにおっさんメイク。
「これで囮になるのですよー」
「…俺、そんなに老けてる、か…?」
 本人は不本意な様だが、残念ながらその通りだ。
 もっとも、スッピンでも表情と姿勢を変えるだけで五歳は若く見えるし、服装と髪型を整えれば更なる若作りが可能だろう。
「では、ご武運を祈りますよー」
 エールを贈ったアレンは通用口から出て行き、呼び出したスレイプニルに飛び乗って盛大にアピール!
「私はココですよー!」
 ちょっとキャラが違う気もするけれど、この変装を見破れない程度の相手がそれに気付く筈もなかった。

 その頃、脱走の妨害に回った面々は、せっせと仕込みを行っていた。
「リュールさんはまだ監視される身ですが、先生の元気な姿を見てもらう為にも、全力を尽くし大丈夫であることを示さなくてはいけませんね」
 ユウはおもちゃの刀の威力を試そうと、くず鉄を全力で叩いてみる。
「プラスチック製とは言え、撃退士の力で振るえば凶器になりかねません」
 不安的中、くず鉄はそれを叩いた刀もろとも粉々に砕け散ってしまった。
「…水鉄砲の方が良さそうですね」
 目の前でこれをやって見せれば、威嚇にはなりそうだけれど。
「…何というか。阿鼻叫喚にならなければいいわね」
 それを見て軽く溜息を吐いたメルも負けてはいなかった。
「そうね。危険なスキルは使わないわ」
 何が危険か、人それぞれに見解の違いはあるとしても。
「水鉄砲を借りて…ちょっと『氷結晶』するだけよ」
 逃走の妨害という目的からすれば、それが最適な手段である事は間違いない。
「あら。避けるにしても当たって滑るにしても。いいリハビリになるでしょう?」
 バナナの皮とかパチンコ玉とか、滑らせて転ばせるのは妨害の定番だ。
「画鋲や撒菱でないだけ良心的だと思って欲しいわ」
 げに恐ろしきは久遠ヶ原の女子。
 その中でも恐らくは最強、いや最恐の刺客が、病院のロビーで門木を待ち構えていた。

「先生」
 びくーん!
 その声に、門木は条件反射で直立不動。
 先程の悪寒は、これを予期したものであったらしい。
「…カノン…えと、あの…ごめんなさい」
「私はまだ何も言っていませんが」
 仁王立ちしたカノンは、それはそれは清々しい笑顔を見せた。
 ただし、こめかみの辺りがヒクヒクと引き攣っている。
「それとも何か、謝らなければいけない様な事をした覚えがあるのですか?」
「…え、あ、いや、その…」
 覚えがないなら思い出させて差し上げましょうか。
「先生、快癒していないのにわがままを言って退院とはどういうことですか? そんなに心配をかけたいのですか?」
 久しぶりに顔を合わせた門木は、それなりに元気そうに見える。
 けれどやっぱり心配で…何しろこの人、無駄に我慢強くて滅多な事では本音を吐かないのだ。
 反論を差し挟む余地もなく一気にまくし立てるつもりが、顔を見ているうちにだんだん喉が詰まって来る。
 鼻の奥が、ツンと熱くなった。
「…ごめん」
 その背に、門木はそっと腕を回す。
「…お前こそ、怪我は? もう良いのか? どこも、痛くないか?」
 黙って頷いたカノンに、ほっと一息。
「…うん。じゃあ、遠慮なく」
 深呼吸をして気合いを入れると、門木はその身体を力一杯に抱きすくめた。
「…な? 大丈夫、だから」
 力を入れても痛くはない。
 まだ指先の細かい作業は難しいが、それも訓練すれば元通りになるだろう。
「…心配してくれて、ありがとう」
 門木はそっと身体を離し、「帰ろう」と手を差し伸べてみる。
 だが、カノンは一歩退いて首を振った。
「私は妨害班ですから」
 結局妨害になっていなかった気もするが、だからといって途中で鞍替えするのも何か違うという生真面目思考。
 と言うか、ここで一緒に出て行ったりしたら爆破されそうなんですが。

 病院の外では、妨害に回った他の面々が配置に付いていた。
「門木先生のリハビリを兼ねた、サバイバルゲーム風の大退院劇ね。それじゃ私は、リハビリのお手伝いって事で攻め側に回ろうかな」
 六道 鈴音(ja4192)はヒリュウを召喚し、病院の周囲を見張らせる。
「いい? 門木先生が出てきたら、戻ってきて知らせるのよ」
 それよりも視覚を共有した方が確実な気もするが、ここは実用性よりも受け狙いを重視するという事で。
「どうせなら楽しい方が良いもんね!」
 お、戻って来た戻って来た。
「キィ、キキキィ、キッ!」
「ふむ、なになに?」
 言葉を話せないヒリュウは、懸命に身振り手振りで意思を伝えようとする。
「え? 門木先生がリア充してる?」
 いやいや、そんなまさか。
 有り得ない、こともない、ような気もするけれど、まさか、ねえ?
「なになに? それは置いといて? 裏口入学が偽物で? 本物は爆発?」
 ごめん、よくわかんない。
「…とにかく門木先生が出てきたのね」
「キィッ!」
 ヒリュウに先導され、鈴音は正面玄関へ。

 しかし、それよりも早く動いた者達がいた。
「それじゃま、始めますか」
 玄関の真上にある庇の上で待機していた千葉 真一(ja0070)は、門木が動き出すのと同時に行動を起こす。
(まぁリハビリがてらということなら協力するのも吝かじゃない)
 幸いと言うか何と言うか、最近はくず鉄も出していないし、そのお礼にというわけでもないけれど。
 ハリセン二刀流を振りかざし、音もなく飛び降りてスパーンと!
「油断大敵ってことで…あれ?」
「させないんだから!」
 門木を狙ったハリセンは、飛び込んで来た愛梨沙がシールドでブロック。
 更にはりりかが鳳凰を召喚し、その大きな翼で真一の視界を遮った。
 ついでに思わず開けた口の中に、一口サイズのチョコをぽいっと。
「あ、ごちそうさまです」
 うん、美味しい。もぐもぐ。
 その隙に、門木を真ん中に挟んだ二人はさっさと逃げる。
 が、その頭上からバケツをひっくり返した様な雨が――ではなく、本当にバケツをひっくり返して水をぶちまける者がいた。
「はははっ、フェイントという奴さ」
 上空から水と共に楽しげな声が降って来る。
 見上げると、そこには津島 治(jc1270)の姿があった。
 狙いは護衛の二人、相手が女子でも容赦はしない。
「こういうのは悪戯の定番だよね。さあ、存分に妨害に回ろうじゃあないか」
 チョークの粉がたっぷり付いた黒板消しを、ぽいっとな。
「人間界には悪戯に使えそうな面白い物があって良いね」
 それは愛梨沙の頭にポコンと当たって白い粉を撒き散らす。
 実害は殆どないが、やられると地味に悔しい。金だらいの直撃を喰らうのと同じ程度には。
「心配はない、どれも安心安全設計だよ」
 そういう問題ではない気もするが。
「水鉄砲を使う手間が省けたわね」
 追い討ちとばかりに、メルが足元の水を氷結晶で凍らせようとした。
 しかし残念ながら、氷結晶は水を凍らせるスキルではない。
 いくらコメディでもスキルの効果を勝手に変える事は出来ませんので悪しからず。
「大丈夫、メルさんの仇は私が討ちます!」
 いや、別に死んだわけじゃないけれども。
 瞬間移動で門木の目の前に飛び出した鈴音が、ライフル型水鉄砲をふぁいやー!
「これでもくらってください!」
「お断りします!」
 え?
 と思った瞬間、鈴音の身体は後ろに吹っ飛ばされていた。
「門木先生に危害を加えようとする方は、速やかにご退場ください!」
 レイラさん、遊びだというのに容赦ない。
 だが鈴音も負けてはいなかった。
 今度は背後に瞬間移動して、後ろからスポンジ刀で叩く!
「隙あり! 天誅! 天誅!」
 だが、今度は門木が自力で避けた。
 その隙にマジックシールドを発動したりりかが割って入り、魔法の障壁でそれを受ける。
 ぽしょんぺしょんぺこぺこへにょん!
 全く痛そうな音がしないし、実際に殆ど痛くないだろう。
 しかしこれが実戦なら、門木に一撃でも通った時点で全てが終わりだ。
「兄さまとお家に帰るの、です。じゃまはさせないの…」
 頭から水とチョークの粉を被ってるけど、気にしない!
「…いや、俺が気にする」
 じりじりと後退しつつ、門木が言った。
「…二人とも、風邪ひくぞ。先に帰って熱いシャワーでも浴びておけ」
 しかし、愛梨沙もりりかも動こうとしない。
「これくらい大丈夫よ、センセを守るの!」
「帰る時は兄さまと一緒なの、です」
 と、そこに頭上から謎の声が。
「それなら、どうしても帰りたくなるようにしてあげましょうか」
 声と共に飛んで来る風船爆弾、弾けて飛んだのはケチャップとマヨネーズだ!
「あ、中身は風雲荘の冷蔵庫から拝借しました」
 これぞ由緒正しきゲリラ戦法と、声の主――天宮 佳槻(jb1989)は胸を張る。
 ピーマンが苦手な例の人は見当たらないが、摺り下ろしたピーマンを詰めたこれも投げてしまおう。
 ニンニク入りや納豆を詰めたもの、ソースや醤油入りもあるよ!
「鎌倉時代末期の武将が寡兵で大軍を翻弄した手だ」
 え、違う?
 それはともかく、歩くお好み焼きの様な姿になった二人は、諦めてシャワーを浴びに行きましょうね。
「…佳槻、よくやった」
 GJと親指を立てる門木に、佳槻も同じサインを返す。
「でも勘違いしてもらっては困りますよ」
 これはあくまで護衛の数を減らす為の策略であって、あの二人の健康を気遣っての事ではない。断じて違う。
 続いてコショウ入りの卵爆弾を投げ付け、足元には油の入った風船をバラ撒いて本気度をアピール。
「これを踏んで転ぶと良いわ」
 NGを喰らって以降、隅っこで黙々と氷結晶を作り続けていたメルは、出来上がった10個の塊をどばーっとぶちまけた。
 足元はもう、卵や風船や氷の欠片が一杯で足の踏み場もない。
「…後で掃除しておきます」
 だからここは大目に見て下さいと言い残して、佳槻は早くも戦線離脱。
 反撃を受けるのは遠慮したいし、もう爆弾も残ってないし。
「門木せんせ、助けに来たよ!」
 入れ替わる様に走り込んだ青空・アルベール(ja0732)が、空中の治に向けて水鉄砲と豆撒機関銃を乱射。
「刀じゃないけど二刀流なのだ!」
 さあ行くぜ!

 \れっつぱーりーなのだ!/

「護衛の訓練ですね、頑張ります」
 リタイアした二人から直衛を引き継いだ水無瀬 雫(jb9544)は、追っ手に足払いをかけて転がしていく。
「地上の相手はお任せ下さい」
 オモチャと言えども武器は使わず、体術のみで組み伏して無力化していった。
 しかしここで立ち止まっていては、いつまでたっても家には帰れない。
「ここは俺達に任せて先へ!」
 露払いを買って出た黄昏ひりょ(jb3452)は、門木と護衛の数人に韋駄天をかける。
 迫り来る追っ手に水鉄砲で弾幕を張り、少しでも足止めを。
(実際の銃は怖いし、正直射撃は自信ないからこういうのなら安心できるな)
 近付かれたらシャープペンシルに切り替えて、相手の背後に回り込む。
 え、シャーペンで何をするのかって?
「別に、この先で突き刺そうというわけではありませんよ」
 こう、芯を長く出して、ぺきっと折って、ひゅっと投げる。それだけ。
「これって、意外と当たるとびくっとするし、注意引くにはいいよな、ふふふ…」
 撃退士に効くかどうかはわからないけれど。
 でも良いんだ、不意打ちになれば。
 ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべつつ、ひりょはシャーペンをカチカチカチカチ…ぺきっ、ひょいっ。
 カチカチカチカチ…
 カチカチカチカチカチカチ…
 その音、地味にイラつくんですけど。
 はっ、もしかして、それで相手の精神を乱して自滅させるのが真の狙い…芯だけに。
 …はい、ごめんなさい。
「手助けありでも、あれだけ逃げられるなら大丈夫そうかな?」
 走り去る門木を見送った真一は、任務完了と満足げに頷いた。
 後は他の皆に任せて、パーティの買い出しにでも協力しようか。
「冷蔵庫の調味料が全滅した様だし…」
 それは今、病院の玄関先にぶちまけられ、前衛芸術の様な模様を形作っていた。
「いや、その前に片付けを手伝うか」
 見た目も酷いが、匂いも強烈だし、ね。

 一方、玄関からアプローチを抜けて病院の正門を抜けた門木達は、ほっと一息――つく暇もなかった。
 門の外へ一歩踏み出した途端、周囲が冷気を纏った薄闇に包まれる。
 上空からの強襲を悟った時にはもう、刺客は門木の目の前にいた。
「先生、お覚悟を」
 言うが早いか、ユウはその顔面を目掛けて水鉄砲を撃ち放つ。
 しかし縮地で刹那に飛び出したレイラが標的を掻っ攫い、お姫様だっこで風雲荘まで一目散。
 だが流石にそれは勘弁願いたいと、門木は透過で腕をすり抜けた。
 落ちて地面に転がった先で、待ち受けていたのはエイルズレトラ マステリオ(ja2224)と、その相棒ヒリュウのハート。
 どうも攻守の人数に差がある様だが、多勢に無勢だからといって必ずしも不利になるとは限らない。
「少ないなら少ないなりに、戦い方はいくらでもありますよ」
 上空に待機させたハートに斥候を頼み、自分は物質透過で隠れて待ち伏せ。
 ハートの姿はそれなりに目立つが、そちらに注意が逸れれば儲けものだ。
 プラスチョックの刀を手に飛び出したエイルズレトラは、門木の頭上にそれを振りかざす。
 しかし。
「先生危ないのだー!」
 駆け寄った青空が水鉄砲で卯の花腐しを放ち、その青いアウルの衝撃波で狙いを逸らそうとした、けれど。
 水鉄砲はV兵器じゃないね?
「ああっ、しまったのだ!」
 かくなる上は手元を狙い、水圧で物理的に狙いを外させるしか!
 しかし間に合うのか!?
「大丈夫だ。目には目を、ゲリラ戦にはゲリラ戦を」
 すぱーん!
 近くに身を潜めていたエカテリーナ・コドロワ(jc0366)が、エイルズレトラの後頭部をハリセンで引っぱたいた。
 流石は元軍人、透過や隠密のスキルがなくても奇襲作戦はお手のものらしい。
「早く逃げろ」
 門木を促し、自分は子供用のオモチャのエアガンを構えて、振り向いたエイルズレトラの前に立ち塞がる。
「ここから先は行かせん! 行きたければ私を倒してからだ!」
 フラグではない。
「ここを片付けたら、私もパーティに参加させて貰うとしよう」
 繰り返す。フラグではない。
 反撃を受けたエイルズレトラは門木を追う事もなく、再び物陰へと姿を消した。
 奇襲による優位性を保てないならば、長居は無用という事だろうか。
「ならば深追いをする事もあるまい」
 エカテリーナは標的を変更、道の向こうから迫って来る追っ手の集団に向けて、エアガンの弾幕を張る。
 あれはきっと、名もなきモブだ。
 モブなら倒してしまっても構わないのだろう?

 背後の守りをエカテリーナに託し、門木達は再び逃げる。
 その先は商店街、追っ手も流石にここでは派手な事は出来ないだろう…と思うのは、久遠ヶ原を知らないモグリである。
「あの人達は、やる。きっとやる。やるに決まってる」
 だって病院内でも暴れるくらいだもの、商店街で大人しくしてる筈がないじゃないですかー。
 というわけで、クリス・クリス(ja2083)は根回しに励んでいた。
「商店街のおじさん、おばさん、おにーさん、おねーさん、いつもサービスありがとう!」
 顔見知りの店主達に事情を話し、門木を追う撃退士達をいつもの巧みな話術&接客術で足止めするようにお願いぷりーず。
(先生は皆さんに愛されてるから快く引き受けて貰えると思うけど)
 しかし、それで安心してはいけない。
 念には念を入れ、更にひと押し。
「でね。この後、せんせの快気祝いのパーティーするのー。もちろん必要なご馳走や飲み物は調達させてもらいますね♪」
 当然、お買い物はこの商店街で。
 あ、持ちきれないから届けて貰えると嬉しいな。
「ボクまだ仕事あるし。あ…支払いはミハイルぱぱのツケでよろしくー」
 仕事というのは勿論、商店街の入り口で監視する事だ。
「あ、来た来た。こっちこっちー」
 ぱたぱた手を振りお出迎え、駆け寄って手を取り中まで引っ張って来る。
「せんせ、ここは安心だからね。ちょっと休んでく?」
 門木も流石に疲れた様子。
 一ヶ月以上も入院生活が続けば、体力が落ちるのも無理はないだろう。
 ちょうど空き店舗の前にたこ焼きの屋台も出ているし…って、あれ、ゼロさんミッションはクリアしたのかな?
「この通り楽勝やな」
 掲げて見せたスマホのアドレス欄には、女性の名前とメアドがぎっしり。
「かどきっつぁんにも後でコツ教えたるで?」
「…いや、俺は…必要ない、し」
 それに、捨てアドではないという保証も…いいえなんでもありません。
 店先のベンチに座ってお茶を飲みながら、たこ焼きを食べて一休み。
「これが神のたこ焼きや!」
 ソースの香ばしい香りで、妨害班の面々も足を止めること間違いなし。
 あ、例え敵でも女子にはサービスするよ、だから代わりにメアド以下略。
 そうしているうちに、偽物に扮したアレンも追い付いて来た。
「何だい何だい、へったくそな変装だねぇ」
 早速おばちゃん達から容赦なくダメ出しを喰らうアレンカドキ。
「ここは、こう!」
「あー、違う違う、姿勢はもっとこう…」
 おばちゃん達、恐るべき観察眼である。
 リテイクを元に修正されたアレンカドキは、より本物に近くなって再び囮となった。
「後でカッパ巻き届けてあげるから、頑張るんだよ!」
 どーんと背中を押され、アレンカドキは通りの真ん中へ。
「出来れば納豆巻きも追加でお願いしますー」
 大手を振って通りを歩く囮の背後から、本物はこっそりと動き始める。
「病み上がりであんまり疲れてもいけないから、これを持って来たのだ」
 青空が用意した担架、じゃなくて、ストレッチャー。
 そんなもの何処から持って来たのかは後で詳しく説明して貰うとして、まずは門木を乗せて強行突破だ。
 ガーッと押してスピードアップ、暴走ストレッチャーが商店街をひた走る!
「あわわわわ、止まらないよー!」
 ブレーキ? 知らない子ですね?
「先生逃げて! 降りて!」
「…お、降り…っ!?」
 無理だな?
「せんせ、飛べば良いんだよー」
 天使なんだからとクリスに言われるまで思い付かない程度には自覚のない天使は慌てて飛び上がる。
 空になったストレッチャーは更にスピードを上げ、そのまま出口で待ち構えていた妨害班の集団に突っ込んでって、どーん!
「そ、そう! 私は最初からこれを狙っていたのだ!」
 嘘だけど。
 さあ、妨害班がボウリングのピンの様に倒れている今のうちに!
 え、もう起き上がったの?
 流石は撃退士、ただのストレッチャーでは倒せないか。
 でも大丈夫、僕達には最後の砦クリスがいる!
「あ。先輩発見! お茶おごってー」
 知らない人だけど、学園生ならみんな先輩で良いよね。

 アレンの囮とクリスの足止めに助けられ、門木達は風雲荘へと通じる一本道まで辿り着いた。
 真っ直ぐに伸びる道には、一見したところ何の罠も仕掛けられていない様だが――
「リハビリ、ねぇ」
 道の脇に設置されたゴミ集積場に段ボールを積み重ね、さりげなくバリケードを築いた鴉乃宮 歌音(ja0427)は、その影に隠れて獲物が通るのを待ち伏せていた。
 風雲荘に帰るなら、この道を通るしかない――普通に道を通って行くならば。
 そろそろ妨害の手も減って来たところで、のんびりと歩いて来た一行に向けて、歌音は豆マシンガンの無差別攻撃。
 しかし、そんな攻撃はゴミ箱の蓋を盾代わりに構えた雫によって悉く防がれてしまった。
「なるほど、これはどうにも分が悪いね」
 早くも不利を悟った歌音はその場に豆機関銃を置き、両手を上げて降参の意思表示。
 だが、それもまた作戦のうちだった。
 撤退と思わせて物陰に隠れ、クリアマインドで気配を殺す。
 やがて全員が通り過ぎたところを見計らい――
「『王手』」
 門木の背後を取り、隠し持っていた銃を突き付けて、幻視殺劇『暗殺者』を発動――しないけどね、ただの豆鉄砲だから。
「戦争は勝つことではなく目標を達成することにある。私たちは門木先生を仕留めればいい…人数上もとより形成不利だしね」
 それで、王手を取ったら後はどうすれば良いのかな?
 まさかこのまま徹底抗戦で接近戦に移行とか言わないよね、そしてら今度こそ本当に降参するよ?
 接近戦は好きじゃないし、訓練だし痛いの嫌だし。
「…とりあえず、先に行ってパーティの準備を手伝って貰えると良い、かな」
「わかりました、ではそうしましょう」
 美味しい紅茶の淹れ方なら、お任せを。

 風雲荘まで、あと僅か。
 だが、その道の先は工事中という事で通行止めになっていた。
「おかしいですね、来る時には何もなかった筈ですが」
 雫が首を傾げるのも当然、それはジェラルド&ブラックパレード(ja9284)による妨害工作だった。
 ご丁寧に、近くには迂回路として空き地へと誘導する為の看板まで置かれている。
「罠ですね、どう見ても」
 無視して進みますかと雫が訊いてくる。
 だが門木は首を振った。
「…せっかく用意したものを、素通りするのも申し訳ない…な」
 変な所で妙に律儀である。
 愛梨沙からの情報によれば、ここにはジェラルドによる巧妙な罠が仕掛けられているらしい、が。
 まあ、リハビリには多少強めの負荷をかけるくらいが丁度良いと言うし、ここは全ての罠を踏んで行く心積もりで行ってみようか。
「ふっふっふ…こちらも阻止の依頼…そう簡単には逃がしませんよ☆」
 背の高い枯れ草の影に身を潜めたジェラルドは、まんまと踏み込んで来た門木達を見てほくそ笑む。
 しかし門木の側も警戒は怠らなかった。
 先行した青空が鋭敏聴覚と魔糸を使って罠を探る。
「そこ、足を取られないように気を付けて」
 長めの草を結んで輪にしただけの簡単な罠、気を付けていれば見破るのは容易いだろう。
 だが、そうして足元に気を取られていると――
「っと、危ないのだー」
 クビもとの高さにピンと張った紐に引っかかりそうになる。
 それはただの紐だし、背を屈めて潜り抜ければ、これで一安心と油断するだろう。
 しかし、その先には更に落とし穴が待ち構えていた。
「どう、屈んだ姿勢だと避けにくいでしょ? 撃退士ならこの位しておかないとね☆」
 三段構えの連携罠、それは草むらのあちこちに仕掛けられていた。
 その中に飛び出したジェラルドはプラ刀と銃のガンカタスタイル、対するのは青空だ。
「ここは任せて先に行くのだ!」
 って言ってみたかった!
「ガンカタならインフィが本家なのだよ」
「良いねえ、じゃあ遠慮なく本気で行かせて貰おうかな☆」
 やるなら徹底的に、悪役スマイルと共に割りと本気で、自ら罠に嵌まりつつ――と言うか、罠を蹴散らしつつ?
「望むところなのだ!」
 二人の戦いは続く。
 多分、最後に殴り愛からの意気投合、夕日に向かってダッシュまで。
「ハッハァ☆キミとは一度、本気で闘ってみたいね♪」

 そして漸く見えて来たゴール、風雲荘。
 先に戻った仲間達が次々に出迎えてくれる――が。
「ふむ…良く判りませんが兎に角門木先生を寮に帰さなければ良いのですね」
 ここに、状況がよくわかっていない人がいた。
「大人しく病院に戻って貰いましょうか」
 門扉の影に身を隠した雫(ja1894)は、門木達の接近を感知するや闘気を解放、ただひとり最後まで護衛に残ったレイラの技をシールゾーンで封印し、地すり残月で一気に殲滅を狙う!
 本気だった。
 本当に脱走したものと思い込んでいた。
 もしかしたらまた何か大切なものがくず鉄になったか、或いは突然変異に呑まれたか――
「待って、だめ!」
「いけないの、です…!」
 飛び出して来た愛梨沙とりりかが割って入らなければ、病院に逆戻りどころの話ではなくなっていたかもしれない。
「え?」
 勘違い?
「本当に脱走したのでは無かったのですね…」
 雫はメリ込んだ。
 穴があったら埋まりたいと思う程度には、がっくりと。
「知らなかったとは言えご迷惑をおかけしました」
「…いや、ちゃんと説明しなかった俺が悪いんだし」
 内心では本気で肝を冷やしながら、門木は懸命に笑って見せる。
「…うん、スリル満点で、楽しかった」
 などと言ったら、お説教の延長コースだろうか。

「しっかしまぁ、すごいリハビリだよねぇ…」
 まるでバラエティのサバイバル企画の様だと、その様子をのんびり眺めていた因が感想を漏らす。
 それはそうと。
「準備出来てますよ、先生」
 早く中に入って下さいなー。


「章治おにーさんおかえりなさいです…!」
「章治兄さま…会いたかったの、です。おかえりなさいなの…」
 門木は揃って出迎えたシグリッドとりりかを二人纏めてハグしつつ、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
「…ん、ただいま」
 二人とも少し元気がない様だが、それも仕方がないだろう。
 リュールはまだ戻らないし、先日の依頼での事もある。
 それに――
「章治おにーさんが帰って来てくれたのは、嬉しいのです、けど。ほんとにもう退院して大丈夫なのですか?」
「…大丈夫だ。久しぶりに動いて、少し疲れたけど…な」
「それ、大丈夫じゃないのです…!」
 寝て、早く寝て、安静にしてて!
「パーティはいつでも出来るのです…!」
「…そんなに心配されると、却って病人の気分になるぞ」
 せっかく皆で準備してくれたんだし、大丈夫。
「…明日あたり、少し寝込むかもしれないが…」
 あ、ごめん。冗談だから!
 だから泣くなって!

 ミハイルはクラッカーを鳴らしてお出迎え、部屋を飾ったティッシュの花や色紙のワッカもミハイルの作だ。
 まるで小学生のお誕生日会の様なノリだが、制作者は立派なアラサーである。
「俺も少し…手伝ったんだ、よ」
 奥の方でレギが手を振る。
「お帰り、ルナ君」
 おめかしをしてもらった柴犬のタロも、尻尾をぶんぶん振って嬉しそうだ。
「退院おめでとうございます、でいいんですよね?」
 ひりょが声をかけてくる。
「…うん、どうやら連れ戻される心配もなさそうだし、な」
「先生、退院おめでとう御座います」
 ユウの声かけに対しては何故か一瞬ビクッとするが、それもやはり条件反射なのだろう。
 門木としては、ハリセンでお仕置きされる様な事をしでかした覚えはないのだが。
 他にもあちこちから祝福の声が飛んで来る。
 ところで、今日のパーティは門木だけではなく、他の仲間達の退院祝いも兼ねていた。
 なのに、その本人が見当たらないのだが。

「…カノン?」
 ああ、いた。相変わらず隅の方で、居心地悪そうにしている。
「…ごめん、こういうの…好きじゃない、かな」
「いえ、そういうわけでは」
 ただ、門木の状態がまだ万全でない事から、素直に祝う気になれないだけで。
「無理、していますよね?」
 問われて、門木は素直に頷いた。
 隠し事は出来そうもないし、隠す気もない。
「…また、お説教かな」
「完治するまでは、保留にしておきます」
 そう言うと、カノンは壁際を離れてテーブルに歩み寄った。

 シグリッドが丁寧に掃除したリビングの隅には、雛壇と桃の花が飾られている。
「お雛様?」
 それを見て、雛祭りも一緒にやるのだろうかとクリスが首を傾げた。
「でも、お雛様って早く仕舞わないと、女の人の結婚が遅くなるんじゃなかったっけ」
 確か一日で一年とか…今日って何日だっけ?
「大丈夫なのですよ、雛壇だけですから!」
 シグリッドが胸を張る。
 言われてみれば、段の上に乗っているのは桃の花と猫のぬいぐるみ。
「うん、これならきっと問題ないね。シグリッドさんナイス!」
 そして真ん中に置かれた大きなテーブルには、りりかお手製の大きなチョコケーキがどーんと鎮座していた。
 その周りに円を描く様に並べられたクッキーも、りりかが焼いたものだ。
「ねこさんの型でプリンも作ったのですよー」
 チョコに抹茶、プレーン、それぞれ人数分と、リュールへの差し入れも併せて。
 残念ながら、ピーマン味はない。
「あってたまるか!」
 あ、豆鉄砲が飛んで来た。
 一口サイズのミートパイもシグリッドの作だ。
 因はナゲットやフライ、オードブルなど、軽くつまめるような洋食を。
 所々野菜の形であったりソースの盛り付けかたが猫々しい…ってどんな感じなのだろう。
「先生のご退院ということで、風雲荘では新参ものだけど、日々お世話になってる先生にお礼も兼ねて頑張りました」
 あ、そうそう。
 入居はOKという事で良いんですよね?
「…ああ、うん」
「よかった、今までは弟と一緒に寮住まいだったのですが、これで晴れて独立です」
 明日にでも荷物を持って来よう。
「はい! 俺も悪巧み部屋を下さい!」
 そう言ってたこ焼きを差し出したゼロは、屋根裏部屋を御所望の様子。
 だってそこなら夜中とか気にせず屋根から出入り出来るしー。
 夜中に屋根から出入りして一体何をするつもりなのかは、訊かない方が良いのだろうか。
 とりあえずボロだし壁も床も天井も薄いから声とか筒抜けだよ、という事だけは言っておきますね。
「僕も一部屋頂いて良いだろうか」
 治は学園に来たばかりで、まだ住む場所も決まっていないという。
「…それは、構わないが…犬は大丈夫なのか?」
 学園に提出されたプロフィールには、犬が嫌いと書かれている様だが。
 ここに住むなら、リビングを自由に歩き回っているタロとは毎日の様に顔を合わせる事になる。
 それでも良ければ歓迎だが、とりあえずは仮入居という事にしておこうか。
「…合わなければ、他を探してもらう事になるが」
「ありがとう、ひとまず今夜はネカフェで過ごさずに済みそうだ」
 治は包帯だらけの手で握手を求めて来た。
 門木がそれを握り返すと――すぽっ!
「…っ!?」
 手が、取れた。
「ははっ、驚いたかな。本物はこっちだよ」
 シャツの袖口に引っ込めておいた本物の手が伸びて来る。
 今ので門木の寿命が一年くらい縮んだ気がするが、元が長いから大丈夫か、うん。
「私はもう荷物を運んでおいたから」
 にっこり、メルが笑う。
「だから214号室の鍵ぷりーず」
「俺も…入居希望で良いか、な」
 じゃあレギは211号室、という事でますます賑やかになる風雲荘。
 そんな皆の様子を、愛梨沙はひたすら写真に収めていた。
 目に見える形で思い出を残す為に、そして近況をリュールに伝える為に。

「さあ、楽しもうじゃあないか。死に執着しているが、生を放棄している訳ではないからね」
 雑用でも何でも、遠慮なく言いつけてくれて構わないと買って出た治は、早速ウェイターに早変わり。
 真一作の揚げたてポテトフライを運び、レイラが用意したすっぽん鍋を卓上コンロの火にかけて――
 何故にすっぽん鍋?
「お花見がてら、体に優しい鍋物でもと思いまして」
 花はテーブルに置かれた杏と、雛壇の桃で。
「それじゃ、パーティを始めましょうか」
 折角だから私も参加してあげると、何故かメルさん上から目線。
「妹にいい土産話が出来るでしょうしね」
 と言うか飲み食い出来ればそれで良し、みたいな?
 爆弾製造の為に割った卵の中身でパンプティングを作った佳槻は、それをテーブルに紛れ込ませる。
「中身だって無駄にはしません。レンジでパパッとお手軽だけど美味いですよ」
「あ、これ緑茶にも意外と合うね」
 早速頬張りながら、ひりょはお茶を一口。
 歌音が美味しい紅茶を淹れてくれたから、自分は緑茶を淹れてみた。
「洋食系やスイーツが多いからどうかと思ったけど、結構良いかも?」
 肉食系の皆さんにはエカテリーナが肉を焼いてくれますので、存分にどうぞ。
「私はやっぱりスイーツが良いかな」
 鈴音はねこさんプリンに手を伸ばす。
 ダイエットは明日から、はい皆さんご一緒に!
「…え、と…何が、良いかな」
 体力の回復にはやっぱり肉だろうか。
 そう思って伸ばしかけた門木の手を、カノンが止めた。
「良いです、やりますから」
 怪我をした左側に立って、飲み物を取ったり料理を取り分けたり。
「…ん、ありがとう」
 でも、何も言っていないのに、どうして自分の取りたいものがわかるのだろう。
 こんな風に世話を焼いて貰えるなら、たまには怪我をするのも…いえ、ごめんなさい冗談です。


「二次会はリュールのとこで! 行くよー!」
「よし、酒持って雪崩れ込むぞ!」
 青空とミハイルの掛け声で、舞台は撃退署の収容施設へ。
「お話を聞いて差し入れを作ってみました」
 拘束中なら何か精のつくものが良いだろうかと、雫が重箱に詰めた料理を門木に手渡す。
「もし良ければお母上とご一緒にどうぞ」
「…ありがとう。でも、折角だし…一緒に来ないか?」
「でも、私は面識もありませんし」
「俺も会った事はない、けど…会いに行く、よ?」
 門木から伝え聞いた話に興味津々、是非とも本物にお目にかかりたいとレギが笑う。
「だから、構わないよ…ね、ルナ君?」
「…賑やかな方が良いし、な」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
 こくり、雫が頷く。
「そうと決まれば早速しゅっぱーつ!」
 青空が門木の背中をぐいぐい押しまくる。
「門木先生の元気な姿見せて安心させましょー」
 アレンは失礼のないように自分も身だしなみ整え、綺麗な衣装に着替えて、お土産の納豆巻きやカッパ巻きを持って。
 人間界の女性用パーティドレスにヘアメイクがアレンにとっての最大限の「おめかし」だが、違和感のやる気スイッチがやる気ないので問題なし。

 そして結局、パーティ参加者の殆ど全員が収容施設に雪崩れ込む事になった。
 勿論その人数では個室に入りきれる筈もなく、面会という名のパーティ二次会は撃退署の食堂で盛大に行われる事となった。
「リュールさん、タロちゃんも一緒に来たのですよー!」
 シグリッドに連れられたタロが真っ先に飛び付いていく。
「特大プリン! 持って来たのだ!」
「酒飲もうぜ、酒!」
 青空がバケツプリンを、ミハイルが一升瓶を、テーブルの上にどーんと置く。
「ホワイトデーは男の方が日頃の感謝を伝える日だそうなのだ」
 プリンを贈る話はあまり聞かないけれど、良いよね。
「えへへ、皆で分け合って食べると美味しいからな! パーティのおすそ分け!」
「ふむ、皆も元気そうで何より…でもないな」
 わりと脳天気な男子に比べ、女子は何だか元気がない。
「あの…ごめんなさい、です」
 下を向いたまま、りりかが言った。
 未だ誤解が解けない事を申し訳なく思う気持ちと、先日の仕事で犠牲者を出してしまった事に対する後悔と。
 カノンからも失敗の報告と謝罪の言葉を聞かされたリュールは、盛大に溜息を吐いた。
「お前達は葬式にでも来たのか?」
 自分はまだ死んではいない。
 なのに何だ、その通夜の様な顔は。
「お前達にはまだ、出来る事があるだろう」
 後悔は歩みを鈍らせる。
 立ち止まるくらいなら、全て忘れてしまえ。
「最後に笑った者が勝つとはよく言うがな…最初から最後まで、意地でも自棄でも負け惜しみでも、ずっと笑い続けている者が最強だとは思わんか?」
 というわけで。
「呑むぞ!」
「よし、そう来なくちゃな!」
 ミハイルが勢いよく酒の栓を抜く。
 青空リュールの衣装の事がバレていないかとヒヤヒヤドキドキしていたが、どうやらバレてはいない様だ。
「あの、どうぞ…です」
 酒の肴にと、りりかがゼロから預かって来たたこ焼きを手渡す。
 それに、自作のクッキーも。
「ゼロさんも一緒に来れば良かったの…」
 今頃はシグリッドの部屋に雛壇でバリケードを築いている事だろう。
「ぼく、家に帰れるのでしょうか…」
 帰れたとしても一体どんな事になっているのか、考えるだに恐ろしい。
「それなら、お前も一緒にここで寝泊まりするか?」
 リュールがニヤリと笑った。
「慣れてしまえば、ここもなかなか悪くないぞ」
「でも、退屈なのではありませんか?」
 ユウが訊ねる。
「何か欲しいものがあれば、次に来た時にお持ちしますよ」
 それに、ダルドフの近況なども少し。
「センセは元気だよ」
 愛梨沙が今日の分の写真を手渡しながら言った。
 まあ、元気なのはそこにいる本人を見ればわかると思うけれど。
「あたしたちが頑張って護るから、リュールも希望を捨てないで!」
「心配ない、伊達に長生きはしておらぬわ」
 その様子を見ながら、レギが門木の脇腹をつついた。
「噂通りの美人だ、ね」
 それに何と言うか、男前だ。
 門木がマザコンになるのも頷ける、ような。
 そうしてここが撃退署の中である事も、リュールが監禁状態である事も暫し忘れ、皆で笑い合う。
 そんな様子を見て、青空が一言。
「笑いあえる一日になれば、きっと明日への活力になる」

 待ってて。
 この幸せがずっと続くように、頑張るからな――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
偽りの祈りを暴いて・
花見月 レギ(ja9841)

大学部8年103組 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
212号室の職人さん・
点喰 因(jb4659)

大学部7年4組 女 阿修羅
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト
負けた方が、害虫だ・
エカテリーナ・コドロワ(jc0366)

大学部6年7組 女 インフィルトレイター
214号室の龍天使・
草薙(jc0787)

大学部4年154組 女 アカシックレコーダー:タイプA
死の円舞曲を僕と共に・
津島 治(jc1270)

卒業 男 陰陽師