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マスター:STANZA
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/21


みんなの思い出



オープニング



「さて、新しいゲームを始めようか」
 メイラスは言った。

 ルールは簡単だ。
 黒咎の三人と門木を戦利品とした攻防戦。
 メイラス側は黒咎を、撃退士側は門木を、それぞれ本丸として守る。
 その本丸を先に倒されたり、奪われたりした方が負けだ。
 戦場はここ、何もない荒野。
 罠を仕掛けたり塹壕を掘ったり、バリケードを作ったりする時間も資材もない。
 小細工なしの真っ向勝負だ。

「特別に、貴様らは黒咎のどれか一匹でも奪う事が出来れば勝ちとしてやろう」
 つまり、一人を奪った時点で三人とも無事に奪い返せるというわけだ。
 ただし黒咎達はまだメイラスの術中にあり、抵抗して来る事も考えられるが。
 メイラス側のチーム構成はメイラスと、コピーが三体、そしてテリオス。
 撃退士側は現在のメンバーそのままという事になるだろう。
 数だけを見れば、撃退士側がかなり有利だが――

「……そんなゲーム、俺達が受けると思うのか」
 服を破り捨てた仲間に自分の上着を手渡しつつ、門木が言った。
 そもそも、それが目的なら何故最初からそうしないのか。
「お陰で話が弾んだではないか」
 メイラスが鼻で笑う。
 見知らぬ者同士なら、殺し合う事にもさほどの抵抗はないだろう。
 だが、知ってしまえば情が移り、葛藤が生まれる。
 相手を知り、戦う理由を失い、それでも尚、剣を置く事が出来ない状況に追い込まれた時、人は実に良い表情をするものだ。
 そこから収穫される感情は至高の逸品。
 人間で言えば、質の良い作物を育てる為に手間暇を惜しまない事と同じと言って良い。
 感情も収穫までに手間をかけるほど、質の良いものが出来上がるのだ。
「貴様らに揺さぶられたせいで、あれも少々不安定になっている様だ。それにまだ、話していない事もある様だが――」
 視線の先に佇むテリオスは何かを言いたげな様子で、じっと門木を見つめていた。
「あれは貴様の正体を知っている。貴様が捨てられた、本当の理由もな」
 ぴくり、門木の眉が動く。
「聞きたいだろう?」
 だが、門木は首を振った。
「……知らなくても、俺は、俺だ。知りたくもないし、知る必要もない」
「まあ、良かろう」
 メイラスは底意地の悪そうな笑みを浮かべながら頷いた。
「いずれ貴様に子供が出来た時の楽しみにでも、とっておくが良い」
「……余計な世話だ」
 それに、そんな予定はない。
 今のままで充分だ。
 これ以上を望んだら、きっと罰が当たるから。

 しかし、どうやらメイラスは門木を殺す気はない様だ――少なくとも、今すぐには。
 恐らく殺すよりも生かして苦しめる方が実入りが多いと判断しての事だろう。
 そんな彼が「楽しみ」と言うくらいだから、テリオスが持っている情報とやらも、どうせ碌なものではあるまい。

「勿論、貴様らにも拒否権はある」
 笑みを貼り付けたまま、メイラスが言った。
「ここで撤退して、後日改めてという事でも構わんし、貴様の代わりにあの元大天使を連れて来ても良い」
 ただし、撃退士側に準備期間が増えるなら、メイラス側にも同じだけの時間が与えられる事になる。
 更には自力で救出しなければならない黒咎が、一人から三人全員に増える。

 完全に拒否する事も出来るが――その場合は最悪の結末が待っている事は言うまでもないだろう。

「さあ、どれでも好きなものを選ぶが良い」



前回のシナリオを見る


リプレイ本文

 メイラスの言葉に、撤退しかけていた撃退士達は足を止めた。
 それは提案と言うよりも命令に近い。
 複数の選択肢を用意し、拒否する事も可能だと言ってはいる。
 だが実際に拒否した場合のリスクを考えると、受ける以外の選択肢は無いも同然だった。
「ゲーム…? 趣味の良くないゲームなの、ですね」
 鉄扇を弄る華桜りりか(jb6883)の声は、僅かに震えている。
「回りくどい事をしますね。もっとも、無駄ですが」
 誰が相手だろうと、どんな状況だろうと、初志貫徹するのには変わりはないと、カノン(jb2648)はディバインランスを握り直した。
「ここで一回引いてから後日ってやるよりは、今何とかする方がチャンスだと思うのだよ!」
 フィノシュトラ(jb2752)の言葉に異を唱える者はいない。
「そうと決まったら、まずはきちんとルールを確認しないとね」
 門木に借りた上着を羽織りながら、雨野 挫斬(ja0919)がメイラスに問う。
 と、その前に。
「ありがとう先生、借りておくね!」
 余った袖を折り返すついでに、くんくん嗅いで一言。
「先生の匂いがする」
「……え」
 ちゃんと洗濯はしてある、けれど。
 煙草は吸わないし、香水も整髪料も付けていないし……あ、まさか加齢臭!?
 門木は思わず自分の匂いを嗅いでみるが、自分ではわからない。
 いや、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
 因みに特に変な匂いはしない、はず。
「私達が勝ったら使徒の解除や術を解いて返してくれるのよね? それともそれは次のゲームの賞品?」
 話しながら、味方が準備を整える為の時間を稼ぐ。
 何も答えないメイラスに対し、今度は山里赤薔薇(jb4090)が少し角度を変えた問いを投げてみた。
「その子達が操られてるなら元に戻るの?」
「操ってなどいない」
 メイラスが鼻で笑う。
「あの三匹は自らの意思で私に従っているのだ」
 ただ、その目に憎い仇の幻覚が見えるようにしてやっただけだ。
 それだけで彼等は、自らの意思で使徒となる事を選んだ。
「じゃあ、その幻覚を解除する気は?」
 答えはない。
「メイラスがそんなサービスするとは思えませんが……」
「わかっているなら問うまでもあるまい?」
 ぽつりと零したカノンの独り言には反応するあたり、地獄耳かつ底意地が悪い。
「こんな馬鹿げたゲーム、いつまで続ける?」
 やはり答えはない。
「時間稼ぎの質問など、答える義理もあるまい?」
 メイラスは人間共の浅知恵などお見通しだとばかりに首を振った。
「小細工の必要はない。装備を整える程度の時間はくれてやる、私は寛大だからな」
「ぼくは寛大っていう言葉の意味を間違えて覚えていたのでしょうか」
 ぽつり、シグリッド=リンドベリ(jb5318)が呟き、そっと溜息を吐く。
「ゲームに勝ったら返す、っていうなら元の状態にして返して欲しいですよね」
 出来れば人間に戻して欲しいけれど、それが無理ならせめて術を掛ける前の状態に。
「寛大って言う割には、やる事がセコくないですか」
 多分これも全部聞こえているのだろうけれど、構うものか。
「そう、じゃあ遠慮なく準備させてもらうわね」
 挫斬としては、どうしたら奪った事になるのかも確認しておきたかったが、性格の悪いメイラスのこと、下手に訊いたら藪蛇になりかねない。
 触らぬ陰険野郎に祟りなし、だ。
「まだまだ冷静ですよ」
 レイラ(ja0365)は遠距離戦用にPDWに持ち替えておく。
「相手が空を飛んで来るなら、撃ち落とすまで刀は使えませんから」
 鏑木愛梨沙(jb3903)はまず、深手を負った七ツ狩 ヨル(jb2630)にヒールを。
「ありがとう、助かった」
 礼を言ったヨルはケセラン召喚の準備をしつつ、ハイドアンドシークで自身の気配を消す。
 青空・アルベール(ja0732)は、薬の雨を降らせて挫斬の体力を回復させた。
「挫斬もけっこう怪我してるのだ」
「そう? 気にしてなかったけど、ありがとうね!」
 各自スキルや装備を戦闘用に切り替え、全員の準備が整った事を確認したところで――


「いいわ。んじゃゲーム開始!」
 宣言と同時に死活を使い、挫斬は飛び出して行った。
 両陣営はそれほど離れてはいない。
 少し大きな声で話せば互いに聞こえる程度の距離だ。
 その向こうでは三人のコピーが、それぞれに黒咎達を守っている。
 彼等はこの状況の変化に戸惑っているらしく、不安げな様子でコピー達と撃退士達を交互に見比べていた。
「さあ、私を撃ちなさい!」
 挫斬は咎銃アヤに向かって叫ぶ。
 だが、アヤは躊躇っていた。
 天使を倒せると言われた力は殆ど通用せず、今度は自分達を賭けたゲームを始めると言う。
「あいつらが勝ったら私達はどうなるの? 仇の手に引き渡されるの? そんなの約束が違うじゃない!」
 だがコピーは答えない。
 コピーでなくとも、きっと何も答えはしないだろう。
 手にした銃が、やけに重い。
 銃口を「敵」に向ける事も出来ず、アヤはただ呆然と、事の成り行きを見守っていた。


 一方、本物のメイラスはテリオスを従えて空から撃退士達に迫る。
「やはり空から来ましたか」
 レイラはまだ距離があるうちからメイラスに向かってPDWを連射。
「メイラス、仕掛けてきたわね……センセは絶対護るんだから!」
「さっきから意地の悪いことぺらぺら喋ってるこいつが本物で間違いねーのだ」
 接近される前に撃ち落とそうと、青空はイカロスバレットを放った。
 だが、やはりメイラスには効かず、愛梨沙の星の鎖もその身体を縛る事は出来ない。
 しかしテリオスは高度を下げ、更には鎖に絡め取られて引きずり下ろされた。
「そのまま少し大人しくしていて下さい」
 蛍丸に持ち替えたレイラが飛び出し、烈風突で突き飛ばす。
 軽く吹っ飛ばされたテリオスは、その衝撃で身動きが取れなくなった。
 これで暫くはメイラスだけに集中出来るだろう。
「先生、危険なので離れていてください」
 赤薔薇は門木を下がらせ、メイラスの頭上から彗星の雨を降らせた。
(門木先生は守る。もう、好きな人が傷ついたり死んだりするのは嫌なんだ!!)
 本物がこちらに向かって来るのは計算外だったが、相手が誰であろうと赤薔薇の行動は変わらない。
 だが、その攻撃がメイラスに効いている気配はなく、降り注ぐ雨の中でも平然と、避けるでもなく受け身を取るでもなく、ただ立っていた。
 よく見れば、その身体は僅かに光る膜の様なもので覆われている。
「それもアロンの杖の能力ね」
 背後で愛梨沙の声がした。
「でも強度には限界がある筈よ」
 それ以上のダメージが蓄積されれば、バリアは解除される筈だ。
 ただ、アロンが杖を持っていた時よりも攻撃の威力が増している様に、バリアの強度も増している可能性がある。
「わかりました、やってみます」
 二発、三発、ありったけの力を使い切った後は、その小柄な体格には不釣り合いなほどに大きな黄金の大鎌を振りかざして、赤薔薇は側面からメイラスに迫った。
「私は上から援護するのだよ!」
 光の翼でメイラスの上を取ったフィノシュトラが、大きな筆で書いた「壊」の文字を頭上から叩き付ける。
「ここは、チャンスなのだよ? 焦らず、でもみんなで頑張って助けるのだよ!」
 だが、その間にもメイラスは容赦なく攻撃を仕掛けて来た。
 頭上からは毒の雨が降り注ぎ、全方位を狙ったエネルギー弾の攻撃、更には一直前に伸びる光の帯が門木に迫る。
 どれも一度戦った事のある者なら見覚えがあるであろう、アロンの杖の能力だ。
「絶対に渡しませんから…! もう章治おにーさんに怪我なんかさせないのです…!」
 ストレイシオンのシロちゃんを喚んだシグリッドは、防御効果とホーリーヴェールで守りを固め、更にマスターガードで攻撃を防いだ。
「章治兄さまは必ず護るの、です」
 りりかはその攻撃を阻害しようと、日本人形・輝夜を掲げて反撃しつつ、マジックシールドの障壁を展開する。
 ルミナリィシールドに持ち替えた愛梨沙がブレスシールドで防御を固め、メイラスの目の前に飛び込んだ赤薔薇はシールドを展開、その身で射線を塞ごうとした。
 しかし貫通攻撃や全体を狙った攻撃はガードの壁を貫いて、その背後に立つ門木にも襲いかかる。
 せめて少しでもダメージを抑えようと、門木は目を閉じて身を固くした――そんな事をしても、気休めにもならないだろうけれど。
 だが、予想された衝撃は来なかった。
 恐る恐る目を開ける。
 すぐ目の前に、見慣れた背中があった。
「……カノン」
「後はご自分で何とかして下さい」
 庇護の翼で二人分の痛みを引き受けたカノンは、振り向きもせずに答える。
 守っているだけで勝てるルールではないし、どのみちもうスキルは残っていない。
 他の仲間達も多少なりとも消耗しているだろうし、そもそも戦闘の用意をしていない者もいるだろう。
 長期戦になれば、それだけこちらが不利になる。
「一気に決めて来ますから」
 そう言い残し、カノンは飛び出して行った。


「それじゃ、私達はメイラスに攻撃を集中させるのだよ!」
 防ぎきれないなら攻撃させなければ良いと、フィノシュトラはその視界を邪魔する様に魔法を撃ち出していく。
(先生は学園の看板よ。失うわけにはいかない)
 相手は空中に浮かんだままだが、赤薔薇の大鎌から撃ち出される黄金の刃は充分に届いた。
 翼の性能が通常と同じなら、メイラスはもっと高く飛べる筈だ。
(なのに、あの高さに留まっているのは……)
 それ以上離れると自分の攻撃が届かないからか。
「まずは、あのバリアを破壊しましょう」
 レイラはダメージを蓄積させるべくPDWを連射する。
 自身を守るものがなくなれば、防御に手を取られるか、こちらの攻撃が届かない距離まで逃げるしかないだろう。
 逃げられても良い、それで互いの攻撃が届かなくなるなら。
 今回の目的はメイラスを倒す事ではないのだから。
「あたしたちの大切な章治兄さまに近付かないで下さい…です」
 りりかが腕に抱えた人形をメイラスに向かって突き出すと、人形の全身が光った。
 それは月の様に輝く小さな丸い球となって一直線に飛んで行く。
「陰険なメイラスのことですから、きっとぼくたちが章治おにーさんに怪我させない事はわかってると思うのです」
 目一杯近付いたシグリッドが、射程のぎりぎりからアイアンスラッシャーを浴びせた。
「わかっていて、わざと攻撃してるんじゃないでしょうか」
 門木を庇えば、庇った者が怪我をする。
 それを目の当たりにして、門木が平然としていられる筈がない。
 かといって、守って貰わなければどうにもならない事も事実だった。
 今は平気そうにしているが、あれは絶対痩せ我慢だ。
 その板挟みで、そろそろ胃に穴が開く頃合いではないだろうか。
 あの陰険天使はその様子を見て楽しむつもりなのだ。
 きっとその為に、門木を連れて来いと言ったに違いない。
「ほんっと性格悪いですよね、メイラスって」
 大事な事なので何度でも言います。
 ああ、早く擂り潰したい。
 けれど今はもう、めぼしい攻撃スキルが残っていないのです。ぐぬぬ。


 飛び出したカノンはメイラスを攻撃すると見せかけてその脇をすり抜け、黒咎を守るコピー達の元へ飛ぶ。
 途中で庇護の翼をフェンシングに入れ替え、ディバインランスを握り締めた。
 メイラスの能力を考えれば物理攻撃なら少しは通りやすい筈だ。
(私の敵は、先生を苦しませるものです)
 それは、この場においてはゲームを仕組んだメイラスと、リュールを貶めたコピーサーバント。
(ならば、その敵を、その目論見を打ち砕くのみ)
 だが、その前に体勢を立て直したテリオスが立ちはだかった。
「ここは通さん」
「いいでしょう、受けて立ちます」
 こちらも啖呵を切った身、あの言葉に偽りはない事を証明して見せる。
「もう一度言います、私は、恥じ入るような生き方をしていない。テリオス、貴方もそうだというなら構いません、全力で来なさい」
 しかしテリオスは動かなかった。
 それはカノンの言葉に打たれたせいか、それとも。
「来れないなら、自分が全力を出せる生き方をよく考えなおしてみなさい!」
「堕天使ふぜいが偉そうな事を言うな」
 テリオスは足元に視線を落としたまま、抑揚のない声で返した。
「天界には天界の掟がある。それを破ればどんな生き方でも出来るだろう。だが私は一族の名誉を継ぐ者として、その掟を厳格に守る義務がある――そこの出来損ないが放棄した分まで」
 まるで暗記した文章をそのまま読み上げている様にも聞こえる。
「それこそ、私が全力を注ぐに値する道だ。貴様に見せる全力など、ない」
 そう言って、テリオスは顔を上げた。
 刹那、その姿が消える。
 次の瞬間、テリオスは遥か後方に跳んでいた。
「瞬間移動、ですか」
 追いかけるか。
 しかし今は、この下らないゲームを終わらせるのが先だ。
 カノンは気持ちを切り替えると、黒咎を守るコピー達に切り込んで行った。


「乗って来ないんじゃ仕方ないわね」
 攻撃して来る気配のないアヤの様子を見て、挫斬は軽く溜息を吐いた。
 しかし、それはメイラスに対する疑念が膨らんでいる証拠だと考えれば、悪くない。寧ろ良い傾向だ。
 最初の計画はお蔵入りになってしまったが、それならそれで、まだ手はある。
「青空君、フォローお願いね。あと、帰りもよろしく!」
「わかったのだ!」
 挫斬は縮地と全力移動をフルに使ってアヤに迫る。
 だが三体のコピーはそれを察し、黒咎達を抱えて上空に舞い上がった。
「ちょっと、ずるいじゃない!」
 などと文句を言っても仕方がない。
「撃ち落としてみるのだ!」
 イカロスバレットはまだ一回分残っている。
 本体に効かなかったものがコピーに効く可能性は低いが、試してみる価値はあるだろう。
 狙うのはアヤを抱えているコピー。
 だがコピーは抱えたアヤの身体を青空に向けた――まるで盾にするかの様に。
「きたねーことするのだ」
 流石はメイラス、コピーも汚い。
 だが直後、別方向から飛んで来た銃弾がコピーを貫いた。
 気配を隠したヨルだ。
 更にこっそり場所を変え、別の角度からもう一撃。
 その隙に背後に回り込んだカノンがディバインランスを突き刺す。
 と、コピーは抱えたアヤの身体を投げ捨てて反撃に出た。
「あ、きゃあっ!」
 まだ上手く飛べないアヤは、そのまま地上へと落下する。
 だが、その身体を挫斬が受け止めた。
「捕まえた!」
 これでゲーム終了――というわけには、いかない様だ。
「まあ、そんな事じゃないかとは思ってたけど」
 やはり自陣に連れ帰る事が条件か。
 一人が奪われたと知るや、残るコピーはそれを取り返そうと、自分が守る人質を放り出して挫斬に迫る。
 一人を取り返す為に二人を放り出すとはおかしなものだが、コピーはそれに気付かない様だ。
「大丈夫、守るから」
 挫斬は自分と殆ど変わらない背丈の少女を包み込む様に抱き締めた。
 残る二人はどうにか自力で飛んで、墜落を免れる。
 その足元に、何かふわふわと丸いものが転がって来た。
 ヨルのケセランだ。
『俺の姿見えてないだろうから代わり。大丈夫、その子戦闘出来ないから』
「まっ、またお前か!?」
 咎剣サトルが声の主を探す。
 しかしやはり、その目には全て同じ天使にしか見えなかった。
『あの女天使の姿に見える俺達は、皆、君達を待ってる人の所に帰したいんだ』
 恨んでいい、憎んでいい、俺にそれをぶつけるのは構わない。
 けど、君達にはまだ待っている人がいるから。
 だから帰ろう、その人達のところへ。
『その子は召喚獣。その子を傷つければ俺も傷つく』
 言われて、サトルはケセランをじっと見た。
 何も考えてなさそうな、微妙に焦点の合わない円らな瞳がそれを見つめ返す。
 見つめ合っていると、膝から力が抜けそうだ。
『信じられないならその子を傷つければいい。それで俺…女天使の一人は倒れるよ』
 言われて、サトルは毛玉を軽く蹴飛ばしてみる。
 ぽてん、ぽてん、転がって行く毛玉。
 しかしその程度では全くダメージが入らない。
 かといって強く蹴ったり、ましてや剣を突き刺すなんて出来なかった。
『本当の仇に一泡吹かせたいなら、俺達と一緒に帰ろう』
「本当の、仇……」
 黒咎達は揺らいでいた。


 ふいに現れたテリオスの攻撃を、愛梨沙が盾で受け止める。
 思いきり跳ね返されたところを赤薔薇が異界から呼び出した無数の手が押さえ付けた。
「あなたはこれでいいの? 先生が憎いの?」
 身動きが取れなくなったところで、訊ねてみる。
「家族…なんでしょ? 失ってからじゃ遅いんだよ?」
「別に、何の感情もない」
 テリオスは目を逸らしたまま答えた。
「我が一族の名誉を汚す者がいるなら、それを排除する。それだけだ」
「テリオスさんの考えはないの、です?」
 メイラスに攻撃を続けながら、りりかが訊ねる。
「メイラスさんの言うがままで……テリオスさんの意思は何処にあるの、です?」
「言いなりではない、私は私の意思でメイラス様に従っている」
「本当に、そうなの……です?」
 どうにも、言葉と表情が矛盾している様な気がするのだけれど。
「さっき会ったばかりだけど、テリオスはテリオスだ。誰が何と言おうとも」
 ヨルが言った。
「今『テリオスは』どうしたいの。どうありたいの」
 無視されてもいい。ちゃんと聞いている事は知っているから。
「掟だから、とか…上級天使さんに従うのが当然だから、とかではなく……貴方自身の気持ちを、考えを、教えて下さい…です」
 言えないのなら、言わなくても良い。
 けれど、もし命令に従いたくない気持ちが少しでもあるのなら、武器を収めてはくれないだろうか。
「テリオスは、フィリアスって呼ばれていたんだよね?」
 フィノシュトラの問いに、テリオスの眉が僅かに動く。
「もしかしたらかもだけど、門木先生は片翼で処分されないために…護るために、両親に捨てられたの?」
 今度は門木がぴくりと眉を動かした。
 その反応は二人とも全く同じ様に見える。
(やっぱり、本当に兄弟なのでしょうか…)
 シグリッドが二人を見比べて首を傾げた。
 見た目で似ている所は殆どない。
 テリオスは小柄で丸顔、カッコイイと言うよりカワイイ系の顔立ちだ。
 線が細くて神経質、根は悪い人ではないのだろうが、頑固そうだ。
「章治おにーさんも頑固なところありますよね」
「……俺が?」
 自覚ないのか、この人。
(そう考えるとやっぱりちょっと似てるのかなー…?)
 それにしても、テリオスはどうしてあれほど完璧に拘っているのだろう。
 母親の教育だろうか。
 もしそうなら、なんだかちょっとしんどそうだ。
「門木先生の両親はそれを悲しんで、テリオスさんをそんなふうに呼んで…門木先生の代わりにしようとしてたのかな…?」
 だからテリオスは、捨てられないように完璧になろうと頑張ったのではないだろうか。
「もしそうだったら、両親のことを怒っていいんだよ! 喧嘩もして、言いたいことを言い合えるのが家族なのだよ!」
「なるほど、大した想像力だ」
 テリオスはフィノシュトラの考えを鼻で笑った。
「そう思いたければ、それで良い。貴様らに事実を教えてやる義理はない」
 ただ、ひとつだけ。
「そいつの父親を殺したのは、私の父だ」
 二人は父親の違う兄弟。
 詳しい事ははわからないが、どうやら表沙汰には出来ない事情があった様だ。
「父は生まれた子供も同じ様に殺そうとした。そいつが生き延びたのはただ、それを命じられた者が祟りを怖れ、殺し損ねたせいだ」
「……タタリ…?」
 どうやら天界にも、そうした迷信のようなものがあるらしい。
 だが、赤ん坊を殺したら祟られるとは、どういう事か。
「単純に気味が悪いと思われたのだろう。何しろ半身が蛇の鱗で覆われていたのだからな」
「……!?」
 そんな話は育ての親であるリュールからも聞いた事がないし、自身の記憶にもない。
「何故だか、知りたいか」
 テリオスはメイラスに何かを問いかける様な視線を投げる。
 メイラスが頷き、ニヤリと笑ったのを見て、向き直ったテリオスが言った。

「そいつの父親は、蛇の化身――悪魔だ」

 恐らく相手は劇的な効果を期待していたのだろう。
 だが、門木達の反応は淡泊だった。
 本人も周囲も勿論それなりに驚きはしたが、それだけだ。
 それもその筈、学園には人間も天使も悪魔もいるし、ハーフもミックスもチャンポンも、そう珍しくはないのだから。
「そうか、だからテリオスは俺のこと嫌いなんだ?」
 納得した様にヨルが頷く。
 悪魔のせいで自分の家族が壊れたのだと、そう思っているなら悪魔が嫌いになるのも無理はない。
「けどさ、例え血が繋がらなくても家族にはなれるって、テリオスは知ってる?」
 それが半分とは言え血の繋がりがあるなら、それは立派な家族だ。
 例え残りの半分が敵対する種族の血だとしても。
 だがテリオスにとって、その反応は理解出来ないものだった。
「何故だ、何故そんなに平気な顔をしていられる!?」
「……何故、と言われても、な」
 門木は寧ろ喜んでいた。
 敵対種族との間に生まれた子供なら、捨てられても仕方がないと思える。
 少なくとも、出来損ないの失敗作だったからだと言われるよりは、ずっと良い。
 天使の社会からはみ出し、疎まれていたのも、天魔ハーフだからと思えば納得がいく。
「信じられん……何なんだ、お前達は…」
 理解の範疇を超えた現象を目の当たりにして、テリオスは呆然と首を振った。
 その心の奥から、アイデンティティが崩れるガラガラという音が聞こえて来そうだ。
「私には血の繋がった家族いねーけど、私は私だよ」
 蒼白な表情で虚空を見つめるテリオスに、青空が声をかけた。
「門木先生は門木先生で、テリオスはテリオスで。だから、怖がらないでいいのだよ」
 今までの価値観が崩れたのなら、生き方を見直す良い機会だと思えば良い。
「門木先生もテリオスも、完璧じゃなくていいんじゃないかなって私は思うのだ」
 科学室の強化だって完璧とは程遠いけれど、それでも門木がクビになる事はない。多分。
 失敗や突然変異に不満を持った学生が暴動を起こせば科学室が丸ごと消し炭になりそうだけれど、そんな事件も起きてはいない――計画を立てられた事くらいは、あるかもしれないけれど。
 だから大丈夫。完璧じゃなくたって、誰も怒ったりしない。
 いや、怒るかもしれないが、怒るだけだ。
 それで存在が全否定されるわけではない。
「なのに、何をそんなに焦って守ろうとしてるの?」
 テリオスは答えない。
 けれど、恐らくそれは自身の存在意義。
「私は、完璧でなくてはならないのだ」
 そうしなければ捨てられる。
 兄の様に価値のないものとして処分される。
「カドキとリュールは親子で、俺と風雲荘の皆も家族だ」
 ヨルが言った。
「テリオスが欲しい物、この世界ならもしかしたら手に入るかもね」
「黙れ!」
 テリオスは槍の切っ先を門木に向けた。
「我が一族に不純物は要らぬ、消え去るが良い!」
「このわからず屋!」
 そこに赤薔薇が割って入る。
「兄弟…なんでしょう!? 家族で殺し合うなんて絶対許さないわ!」
 赤薔薇の足元から火竜の様な紅のアウルが立ち上る。
「私にもお兄ちゃんいたよ。目の前で天魔に殺された。今でもその瞬間を夢で見るよ。こんな思い、地球上の誰一人にだってさせてたまるもんか!!」
 掌に収束したそれは一気に放たれ、紅蓮の龍槍となってテリオスを貫いた。
 防御を固める余裕はあった筈だ。
 なのにテリオスは、一切の防御も抵抗も、避ける事さえしなかった。
「申し訳、ありま……せん、メイラス…様」
 辛うじて気絶を免れたテリオスは、ふらふらと立ち上がり、自身にヒールをかける。
「これでは、お役に立つ事も叶わず……」
 撤収を申し出たテリオスに、メイラスは「行け」と顎で示した。


 アヤを抱え込んだ挫斬にコピー達の攻撃が集中する。
 だが死活が効いている限り、そんなものは痛くも痒くもなかった。
 その援護にレイラが飛び込んで来る。
 青空が残ったイカロスバレットで一体を撃ち落としたところに、蛍丸で斬り込んで烈風突、手出しが出来ない所まで弾き飛ばした。
 更に縮地で距離を詰め、薙ぎ払いで動きを止めると、今度はサトルとマサトのところへ。
「さあ、帰りましょう」
 問答無用で二人を抱え上げ、全力で離脱。
「挫斬もこっちに来るのだ! ちょっと痛いけど我慢してな!」
「大丈夫、痛くなる前に気絶しとくから!」
 スナイパーライフルに持ち替えた青空が挫斬を狙う。
 出力を出来るだけ抑えるとは言え、味方を撃つのは気が引けるが――
「これが一番早くて確実なら、びびってる場合じゃねーのだ」
 銃撃と同時に逆風を行く者を使い、挫斬はアヤを抱えたまま青空の目の前に飛び込んで来る。
「これで一人取り返したわよ! 約束は守ってくれるんでしょうね!」
 叫んだ途端、挫斬は気を失って倒れ込んだ。
 どうやら死活の効果が切れた様だ。
「派手に貰ったわね」
 愛梨沙がとりあえずヒールをかけてみるが、目を覚ます気配はない。
「……まったく、無茶をする」
 苦笑いを漏らした門木がその背を差し出す。
 そこへ更に、両脇に二人を抱えたレイラが戻って来た。
 これで全員確保、これなら文句もケチも付けようがないだろう。
 そのうちの一人に、愛梨沙は聖なる刻印を試してみる。
 しかし、やはりメイラス自身が術を解くか、或いは彼を倒さない限り、解ける事はない様だ。
 ただひとつ、わかった事がある。
 彼等の目には、門木の姿だけは普通に見えているらしい。
「普通の人も全部リュールさんに見えてしまったら、流石に何かあると疑われるでしょうから」
 レイラが言った。
 それなら一般人に限りなく近い門木が普通に見えるのも納得だ。
「サトルさんの母さまを助ける事が出来なくてごめんなさい、です」
 りりかが三人を纏めて抱き締め、その頭を撫でる。
 彼等にはもう、逆らう気力も残っていない様子だった。
「たくさんさみしいと思うの……でもカズさんもサトルさんがいなくなってさみしいと思っているの。かなしいを増やしたくないの、です」
 マサトも、アヤも、待っている人がいる。
 だから。
「一緒に帰りましょう、です」
 すぐに元の生活に戻れるわけではない、けれど。
「長居は無用です。撤収しましょう」
 カノンに促され、一同は後退を始める。
 本当は術も解いて欲しいところだが、目標はあくまで黒咎の保護だ。
 殿となった青空が牽制の射撃を浴びせるが、メイラスはじっと佇んだまま、追って来る気配はなかった。







「……皆、ありがとうな」
 後刻、黒咎達の収容先となった撃退署の施設。
 彼等の身体検査が終えるのを待っていた門木は皆に向けて改めて一言。
「……それに、いつも面倒をかけて…すまない」
 もしも悪魔の力が覚醒したら、皆にばかり負担をかけずに済むだろうか。
 守られてばかりではなく、守ることも出来るだろうか。
「そんな都合の良い話がある筈なかろう、馬鹿者」
 黒咎達と入れ替わりに施設を出る事になったリュールが門木の頭を小突く。
「それ、リュールも知らなかったの?」
 ヨルの問いに、リュールは頷いた。
「右半身の鱗も、数日で消えてしまったからな……まさか、そういう事だったとは」
 だが、今の門木は完全に天使だ。
 覚醒を促さない限りは、恐らく今後も変わらないだろう。
「ただ、子供には何かしらの影響が出るかもしれんが――私は構わんぞ」
 何しろ鱗の生えた赤ん坊を拾って育てるくらいだ、孫がどんな姿だろうと問題ない。
 そんな事より以下略。
 
「先生、ごめんなさい」
 会話が一段落したところを見計らって、赤薔薇がぺこりと頭を下げる。
「……何が」
「先生の、弟さん。ひどい怪我をさせてしまったみたいで」
「……ああ」
 軽く笑うと、門木はその頭を掻き混ぜた。
「……あれは撤退の口実が欲しかったんだろうな」
 恐らく自分でそう仕向けたのだろう。
 だから、問題ない。
「テリオスさんの母さまがずっと兄さまのお名前を呼んでいたのは、きっと手をはなしてしまった兄さまの事を忘れられなかったから……だと思うの、です」
 りりかが言った。
「成長するテリオスさんの中に兄さまを見ていたの、です」
 それはテリオス本人には言えない、けれど恐らく気付いているであろう事。
「なんだかちょっと、テリオスが可哀想に思えてきました…」
 シグリッドが溜息を吐く。
 何とか戦わずに済めば良いのだけれど――さて、次はどう出て来るのだろう。


 一方、挫斬は例によって高松を拉致していた。
 いきなり抱き付いて、くんかくんか匂いを嗅ぎまくる。
「やっぱりこっちのが好み」
「犬かお前は」
 そう言いつつ好きにさせているあたり、高松もだいぶ甘い。
 充分に堪能した挫斬は顔を上げた。
「これ以上紘輝君に失望されたくないから頑張って償ってくわ。だから元気を頂戴」
「元気?」
「決まってるでしょ、野暮なこと言わないの」
 目を瞑り、待つ。
「私も恋する乙女だからね。好きな人とのキスはするよりされたいな」
 してくれなくてもいいけど、してくれるまで離さない。
 しかも徐々に力を篭めていく。
「それ脅迫だろ。つーかお前、案外ちょろいな」
 何とでも言え、今なら許す。
「ったく、しょーがねぇ……高くつくぜ?」
 ちゅ@デコ
「そこじゃない」
 ちゅ@まぶた
「違う」
 ちゅ@ほっぺ
「ちょっと紘輝君、ふざけt――ん…っ」
 最後に塞がれた唇は、息も出来ないほどに熱く。
「ありがと! んじゃ買物に付き合って。先生の上着を駄目にしちゃったから弁償しないとなんだけど男物とか解らないから選んでよ」
 大丈夫、資金はある。
 上着と抱き枕、セットでオークションに出したら言い値で買ってくれたよ、誰とは言わないけどね!


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師