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マスター:STANZA
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/10


みんなの思い出



オープニング




 意識が戻ってから三日。
 門木章治(jz0029)は、まだ集中治療室に入っていた。
 怪我の回復が思わしくない、というわけではない。
 そちらは順調で、既にベッドから起き上がり、自分で食事を摂る事も出来た。
 ただ怪我をした方の左腕は動かせないが、それを除けば至って元気そうに見える。
 いや、元気そうに見えるだけではない。
「……もう、退院しても良いかな…科学室、俺がいないと困るだろうし」
 などと言い出す程度には実際に元気だった。

 が、勿論それが許可される筈もない。
「何を寝ぼけた事を言ってるんですか、三日前まで昏睡状態だった人が!」
 体温を測りに来た看護師が、あっさり一蹴。
「……でも、座っていても出来る仕事、だし…システムの調整とか、その、色々」
「折角の熱意に水を差す様ですが」
 看護師はきっぱりと言い放った。
「先生が不在でも、科学室の業務はすこぶる順調です。全く何の問題もありませんから、ご心配なく」
 それにまだ怪我も治りきっていないのに、あちこちフラフラされては困る。
 この集中治療室が最も安全であり、警備に適した場所なのだ。
「って、また熱が上がってるじゃないですか! 大人しく寝てて下さい!」
 それから、と去り際に念を押す。
「チョコは禁止ですからね! 過剰な糖分の摂取は傷の治りを遅らせるんですから!」
「……はい…」

 しかし退屈だ。
 警備の都合上、面会が許されるのは指定された僅かな時間のみ。
 しかも警備員の立ち会いの下でガラス越しにというのだから、プライベートな話は難しい。
 勿論、それでも風雲荘の仲間達や普段から付き合いのある生徒達は、暇を見つけては面会に来てくれていた。
 だが、たまにぽっかりと、誰もいない時間帯が出来る事もある。

 そんな隙間の時間に、彼は現れた。
「……紘輝」
 高松紘輝、今回の事件における真犯人だ――本人の供述が事実だとすれば。
「俺のこと、聞いてる?」
 その問いに、門木は黙って頷いた。
「なのに俺がここまで来れるって事は、やっぱ上には黙ってんだ?」
「……証拠は、ない。俺も見てないし、覚えてない」
 覚えていても、恐らく黙っているだろうが。
「ったく、どこまでお人好しなんだか。本人がそう言ったんだから、信じろよな?」
 高松は呆れた様に鼻で笑い、小さく首を振った。
「まあいいや。それはそうと、退屈だろ先生? この向こうには、家族以外には誰も入れないしな」
 高松は病室のガラスをコンコンと叩いた。
 この場合の家族とは、戸籍などの書類によって証明可能な関係を指す。
 よって風雲荘の住人は誰も、病室に入る事は出来なかった。
 ただひとりの「正式な家族」であるリュールの拘束は、まだ解かれていない。
「結局はただの家族ゴッコってわけさ」
「……別に、誰に認めて貰わなくても良い。俺にとっては、皆が家族だ」
 今も特に不自由はしていない。
 身の回りの事はヘルパーが世話してくれるし、赤の他人の方が気楽でもある。
「ふぅん。でもさ、本物の家族が欲しいと思わねぇ?」
 天界の何処かにいる筈の、血の繋がった父や母、兄弟姉妹。
「今、メイラスが探してるらしいぜ……あんたを捨てた、本物の家族をさ」
 勿論それは善意からではない。
 いくら門木がお人好しでも、それくらいはわかるだろう。
「っと、もう時間か」
 面会時間の終了を告げられ、高松は病室の窓から一歩後ろに下がる。
「あ、そうそう。あの年増に言っといてくんねーかな。逃げも隠れもしないってのは嘘じゃねえってさ」
 そう言うと、ひらりと手を振りながら去って行った。


 ――――――


 その数日後。
 東北地方のとある町で事件が起きた。
 事件そのものは、天界勢が市街地で人を襲っているという、ごくシンプルなものだ。
 悲しいかな、今時そんなものは珍しくも何ともない。
 ただ、ひとつ違うのは――

「なあ、これ……この美女」
 久遠ヶ原学園の昼休み。
 食事をしながらスマホを弄っていた学生のひとりが、流れて来た画像に目を留める。
「これって確か」
「え?」
 袖を引かれて、やはり同じ様にスマホを弄っていた友人が、その画面を脇から覗き込んだ。
「ああ、見覚えあるな。確か、こないだ堕天して来た……門木先生の奥さん?」
「お母さん、な?」
「ああ、そうそう。で、これ何してるん?」
 足元には人が倒れている。
 それも一人や二人ではない。
 首や手足を有り得ない角度にねじ曲げ、血にまみれて――
「ねーよ。だって今、こないだの事件のやつで撃退署に拘束されてんだろ?」
 だがそれは無実の罪で、念の為の処置だと聞いている。
「コラじゃねぇの?」
「いや、動画もあるよ……ほら」
 それは時間にすれば30秒足らずの短いものだった。
 しかし、そこに映っているのは紛れもなくリュール・オウレアルの姿。
 右手に白い杖を持ち、逃げ惑う人々に魔法弾を浴びせている。
 何の表情も浮かべていないその顔が、カメラの方へ向いた。
 杖の先端がこちらに向けられる。
 一瞬の後、画面に眩い光が溢れ――そこで映像はぷっつりと途切れた。
「これって本物だよな?」
「まあ、映像は……多分? でも、映ってるのが本物かどうかは――ほら、こないだのも偽物だったって」
「うん、そう言ってたな」
 だが、それを知っているのは学園や撃退署の関係者だけだ。
 しかも詳しい事情まで知っている者はごく一部に限られる。
「これ見たら、一般の人はどう思うだろうな」
 本人がまだ拘束中であるという事実を流しても、恐らくは黙殺される。
 人々はより刺激が強く、面白そうな、そして自分に都合の良い情報を好むものだ。
 ましてや天使に怨みを持つ者にとっては格好の攻撃材料になることだろう。
「じゃ、そいつはコピーだって流すか?」
「ダメだろ。本人が捕まってるから、代わりにコピー操って暴れてるんだって思われるのがオチさ」
「だったらどうすりゃ良いんだよ!」
「まあ、さっさと倒さないとヤバいのは確かだよな。倒してところで手遅れって気もするけど」
 とりあえず自分の所で情報の拡散を止める。
 二人に出来るのは、それくらいしかない様に思えた。


 ――――――

 その報せは病室の門木の元へも届けられた。
「……これを流したのは、紘輝…とは限らないな」
 人間を見下して、その技術を使おうとしない天使は多い。
 だが使おうと思えば、メイラスもスマホ程度は使いこなせるだろう――余程の機械音痴でもなければ。
 どうやらリュールに罪を着せて、人間社会に戻れない様にするつもりらしい。
「……ここまで、ひとりも傷付ける事なく来たのに…な」
 本人の与り知らぬところで嘘が作られ、あたかも事実であるかの様に拡散される。
 それが人の心に定着し、根を張り、成長すれば、やがて事実として語られるようになるのだろう。
 そうなってしまえば、もう戻れない。
 本人は、それも仕方がないと笑うかもしれないが――
「……とにかく、偽物をどうにかしないとな」
 リュールの件を抜きにしても、このまま放っておく事は出来ない。

 天使が求めるものは、生き物の感情。
 悪魔と違い、それは相手を殺してしまっては手に入らないものだ。
 だが、稀に殺戮そのものを楽しむ天使も存在する。
 メイラスは恐らく、その部類に入るのだろう。

「……また、危険な仕事を頼む事になるが…頼んだぞ」
 あまり無茶はしないように、と言っても聞かないだろうが――

 ちゃんと、帰って来いよ。




前回のシナリオを見る


リプレイ本文

 その日、雨野 挫斬(ja0919)はいつもの様に高松を拉致していた――が、今日は少し、いつもとは様子が違う。
 最初から最後まで黙って食事を続けた挫斬は、最後の一口を呑み込んで、空になった皿を脇に寄せた。
 そのまま黙ってコーヒーを飲んで、漸く一言。
「ねえ、紘輝君」
 名前を呼ばれて、高松は面倒臭そうに目を上げた。
「敵ならともかく恋人や友達とはガチの腹の探りあいはしたくないの」
「誰が恋人や友達だよ」
「いいから黙って聞きなさい。だから借りの清算とか色々手を考えたけど、止めて正面から聞く事に――ってあら?」
 一気に言葉を吐き出そうとした、その時。
 緊急の呼び出し音が鳴った。
「あ〜もう! 色々覚悟決めてきたのに!!」
 苛立たしげに髪をかき上げ、挫斬は席を立つ。
「とにかく私と皆が君を信じてる事だけは憶えときなさい。だから何時までも一人で抱え込まないで色々話してね」
「…へぇ」
「それと帰ってきたら払うから会計よろしく!」
 馬鹿にした様に鼻を鳴らす高松に伝票を押し付け、ついでに唇も押し付けて、挫斬は急ぎ足で店を後にした。
「メシ代くらい俺が払うっつーの、年上ぶりやがって」
 その背に聞こえる筈もない言葉を投げると、高松はレジに向かった。
「…信じてる、ね」
 くくっと喉を鳴らす。
「最後までそう言ってられたら、お前に殺されてやるよ」
 だから、その前に死ぬんじゃねぇぞ――心の中で呟いて、高松はもう一度喉を鳴らした。



「さて、まずは初手で13匹か」
 戦場となった町では、低空に浮かんだ黒い影が犠牲者の数を数えていた。
 30体余りを動員した割には効率が悪いが、劣化コピーではそれも止むなしか。
「奴等が来るまでに、あと何匹潰せるか…楽しみだな」
 人間という種は、仲間がどれだけ殺されれば怒りを燃やすのか、どの時点で怒りが恐怖に変わるのか…或いは最初から恐怖しかないのか。
 どこまで痛めつければ抵抗を諦め、思考を放棄するのだろう。
「良い機会だ、じっくりと観察するのも悪くない」
 地上に舞い降りた黒い影は、死体の傍に転がっていたスマホを拾い上げると、そこに記録されていた動画ファイルを何処かに送信した。
「貴様の形見は、この私が有効に活用してやろう」

 その数分後、偽リュールの凶行を撮影した動画が世界中に広がり始める。

「偽リュール軍団?」
 一報を受けて斡旋所に飛んで来たレイラ(ja0365)が、それを見て言った。
「メイラスとかいう男も存外追い詰められているのかもしれませんね」
「偽物を使って、リュールさんのことを悪者扱いするなんて許せないのだよ!」
 フィノシュトラ(jb2752)が顔を真っ赤にして頷く。
「戦うだけなら負ける気がしない。しかし、それだけじゃないのが常だな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は静かに怒りを燃やしていた。
「そういうやり方は流石に汚ねーと思うのだ、メイラス…」
「アロンもムカついたけど、メイラスはさらにムカつくわね…」
 普段よりも三割増しの低い声でそう言ったのは、青空・アルベール(ja0732)と鏑木愛梨沙(jb3903)だ。
「リュールさんを陥れようとしたこと、絶対に許せないのです…!」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)も、前回から引き続いての怒り心頭怒髪天、歯ぎしりのしすぎで奥歯が磨り減る勢いで怒っている。
(すりみに出来ない人が犯人で、この気持ちのやり場をぼくはどうすれば…)
 高松の事は挫斬に任せるしかないと言うか、彼の姿を見たら怒らない自信がないと言うか、考えただけで既に怒ってるけど。
 これはやはり、メイラスにぶつけるしかない。
「メイラスさんってほんっとに性格悪いのです…!」
 親の顔が見たいという言葉は、きっとこういう時に使うのだろう。
「リュールさんを親に持つ章治おにーさんはあんなに優しく育ってるのに…一体どうやって育ったらあんなねじれた性格になるんでしょうか(まがお」
 ――などと言っている場合ではなかった。
 七ツ狩 ヨル(jb2630)とカノン(jb2648)の姿は、既にその場にない。
「人をおそうなんていけないの、です。これ以上させないの…」
 それに続いて華桜りりか(jb6883)が、挫斬と愛梨沙も最低限の準備を済ませると、次々に部屋を飛び出して行った。

 残ったのは五人。
「油断せずに、彼の策を打ち破ると致しましょう」
(門木先生…任せておいてください)
 レイラは病院の方角をちらりと見ると、現場の地図や人口などの情報を調べ始める。
 青空はペンキを入れたビニル袋弾を作ろうとするが――ペンキなど、そう都合良く手に入るものではなかった。
 代わりに職員室から書道の添削に使う朱墨を失敬。
「後で買って返すのだ!」
 緊急事態だから、大目に見て…くれなかったら反省文かな。
「カラーボールも必要だろうな」
 ミハイルは卵の殻に塗料を詰めた簡易カラーボールの作成に取りかかる。
「私も持って行きたいのだよ!」
「ぼくも幾つか欲しいのです」
 フィノシュトラとシグリッドが手伝いを申し出た。
 しかし、これから作業を始めるとなると、一体どれくらいの時間がかかるのだろうか。
 準備に時間をかけられる場合は良い。
 しかし撃退士の力が必要とされるのは、一刻を争う緊急事態である場合が殆どだ。

「…14匹…15、16…」

「…20、21…」

 その間にも犠牲者の数は着実に増えていく。
「これじゃ間に合わないのだよ!」
 フィノシュトラが叫んだ。
 諦めて何も持たずに行く事も考えたが、それでは目印が付けられない。
 誰の目にもはっきりと見える何かが欲しいのだが。
「マーキングは本人にしか見えないからな」
 ミハイルが唸る。
 が、そこに走り込んで来た青空がビニール袋と朱墨を振りかざした。
「大丈夫、これで何とかするのだ!」
 袋詰めは走りながら出来る。
 零れて手が汚れても気にしない、いや気にしている場合ではなかった。
「急ぐのだよ!」
 フィノシュトラに促され、撃退士達は全力で走る。
 到着が一分でも遅れれば、その分だけ犠牲者が増える――緊急事態とは、そういう事だ。

「現地の撃退士に伝えて」
 転移装置から飛び出したヨルは、上空から敵の姿を探しつつ撃退署に連絡を入れた。
「敵は俺達が何とかする、そっちは避難誘導を優先して。あと、なるべく急いで」
 手短に伝えて通話を切ると、ヨルは阻霊符を発動する。
 その目よりも先に、鼻が異常を捉えた。
 風に乗って漂う鉄錆びた匂い。
 赤く染まった科学室の光景が脳裏に甦る。
「…させない」

 そのすぐ後に、カノンが続く。
(嫌がらせに念のいった事を…)
 いや、これはもう嫌がらせなどという生易しいものではない。
(ですが、どんな搦め手だろうと切り拓いて見せます。これまでそうしてきたのですから)
 これまでも、これからも。

「さあ、30を超えたぞ」
 黒い影が楽しそうに笑いながら、配下に命じた。
「老い先短い年寄りは放っておけ。それよりも子供だ、親の目の前で殺せ…いや、その逆でも良いな」
 命令を受けて、偽リュール達が恐怖に立ち竦んだ親子連れに迫る。

「…戦う事で、護る。護ってみせる」
 そこに飛び込んだヨルが血色の斧槍を一振り、その一撃で身体を真っ二つに裂かれた偽リュールはただの人形に戻り、地に落ちた。
 同じ標的を狙っていたもう一体を、ディバインランスが背中から貫く。
 それを引き抜きざま、カノンはタウントで周囲に散らばる敵の目を一身に集め、すぐさま上空へ。
 劣化品とは言え、その攻撃は一般人にとっては当たれば即死、掠っただけでも重傷は免れない威力がある。
 これ以上の犠牲を出さない為には、避難を急ぐ事は勿論、その攻撃を人々に向けさせない事が重要だ。
(こちらに攻撃が集中すれば、それだけ人々が狙われる確率が下がる筈です)
 カノンは偽物達を引き連れて人のいない場所を目指す。
 それに敵の上を取るこの位置なら、人々が流れ弾に巻き込まれる危険もないだろう。
 だが、敵の全てがカノンに意識を向けた訳ではなかった。
 注目の効果に抵抗してまでも執拗に人々を狙うのは、それだけ強く命じられているという事だろうか。
 釣られなかった何体かが、人々に向かって行く。
 しかし。

「させないの…ですよ?」
 そこに駆け込んだりりかがシールドを展開、自分の周囲に抗天魔陣の結界を張った。
「もう大丈夫なの、です。あたしたちと一緒に行動して頂ければ必ず助かるの…」
 この中にいれば、敵に見付かりにくくなる。
 ただし、そのレベルがりりかを上回っていたり、そもそも丸見えの状態では効果がないのだが、それをわざわざ言う必要はないだろう。
(本当のことを言っても、ふあんにさせるだけ…なの)
 ここは嘘でも大丈夫だと言い続けるしかない。
 言い続け、守りきる事が出来れば、それは嘘ではなくなる。
 嘘を本当にするのも撃退士の仕事だと、櫛玉鉄扇を盾に、りりかは人々を庇う。
 それでも構わずに攻撃を続けようとした敵の一体を、ヨルが斬り払った。
 もう一体をカノンが引き付けた群れの方へ蹴り飛ばし、人々から遠ざけると、闇に沈んで近付き、舞う。
 血色の閃きの中に薄明の煌めきが弾けては消える度に、人形にかけられていた魔法が解けていった。
「けがをした人は、いないの…です?」
 りりかの問いかけに、何人かが手を挙げる。
 いずれも逃げる途中で転んだ程度の軽い怪我で、避難所に落ち着いてから手当をしても遅くない様に見えた。
 しかし今は治療の必要性よりも、それによって人々に安心感を与える事の方が重要だった。
 怪我人の前に跪いたりりかが祈りを捧げると、その吐息が桜花となって舞い、傷口を覆う。
 辺りに広がる仄かな桜の香りが人々の不安を和らげ、もう大丈夫だという安心感が広がっていった。
(章治兄さま…家族の記憶のないあたしの、大切な兄さま)
 互いに身を寄せ合う親子連れの姿を見て、りりかは想う。
 大切な人の大切な人は、自分にとっても大切な人だ。
(大好きで大切だから…だから必ず、章治兄さまの大切な母さまを護るの、です)
 こうして誰かを護る事が、大切な人達を護る事に繋がる筈だから。

「助けが来たわよ! もう大丈夫だから、動ける人はこっちに急いで!」
 挫斬は大声で叫びながら、幹線道路の方へ走る。
「車に乗ってる人は降りて! 自分の足で走った方が早いわ!」
 車は渋滞、あちこちで衝突事故まで起きている。
「これじゃ救急車も入れないわね」
 ヘリでも呼ぼうかと考えたが、敵を片付けるまでは却って危険か。
「墜とされたら洒落にならない大惨事よね」
 仕方がない、一人ずつ背負って運ぶしかなさそうだ。
「怪我の酷い人を一箇所に集めましょ。自分で歩けるようになる人もいるかもしれないわ」
 愛梨沙が声をかける。
「とにかく応援に呼んだ撃退署の人たちが来るまでは、あたしたちでなんとかしないと」
 壊れた車から怪我人を助け出し、何人か纏めて癒しの風で包む。
 恐怖で動けない者には少しでも落ち着いて貰おうと、心を癒やす暖かなアウルを分け与えた。
「ほら、ね。大丈夫」
 天使の微笑でにっこりと微笑み、手を引いて立ち上がらせる。
 後はヨルとカノンが上空で敵を足止めしている間に避難させれば、ひとまずは安心だ。
「とにかく、近くの丈夫な建物に逃げて!」
 この際、正式な避難所でなくても良い。
 と言うより、そこまで逃げている余裕はなかった。
 そうしている間にも、住民に対するコピーの攻撃は続いている。
「させないって言ってるでしょ!」
 挫斬が庇護の翼を広げ、背後に人々を庇う。
 手が届く限り、誰も死なせはしない。

 だが、真っ先に駆けつけた撃退士の数に比べて敵は多く、戦場も広い。
 彼等の手が届かない所で、一人、また一人と犠牲者が増え続ける。

「…32、33…」

 そんな中、カノンはひたすらコピー達を自分に引き付けていた。
(メイラスは、必ずいる。ならば介入までに少しでも数の不利を減らしておかなければ――)
 しかし何しろ多勢に無勢、防御ばかりに手を取られ、なかなか攻勢に出る事が出来ない。
 それなら敵の攻撃を逆に利用してやろうと、自分を狙った範囲攻撃に巻き込む様に動いてみたが、劣化コピーとは言え元々魔法防御が高いリュールには掠り傷ひとつ付かなかった。
 その時、首筋の毛が逆立つ様な感覚がカノンを襲う。
 本能的な危険信号。前と横からも魔法弾が迫っていたが、背後に迫る気配の大きさはその比ではなかった。
 咄嗟に振り返り、盾で辛うじて受け止める。
 代わりに無防備な背中に二発喰らったが、そちらはまだダメージとしては可愛い方だった。
 劣化度の低い一次コピーの攻撃だけは、確実に防御しなければ生きて帰れる保証はない。
 だが防御で凌ぐ事さえ出来れば、後は仲間が何とかしてくれる筈だ。
「見付けた」
 潜行しつつ一度距離をとったヨルが、それを見て物陰からアサルトライフルの狙いを付ける。
「俺が牽制するから、カノンは回避と防御に専念して」
 ヨルは他の仲間にも一次コピー発見の報を伝えると、援軍を待つ間に銃撃でカノンを援護、その合間に近くにいる筈のメイラスに向けて意思疎通を飛ばしてみた。
『今日は来てるんだ。それとも来なきゃいけない理由があるのかな』
 返事はない。
 届いているかどうかもわからない。
『精度の高いコピーは操ってないと裏切られるとか? なら結構欠陥品だね』
 そもそも居場所のわからない相手に対する意思疎通は、目を瞑ってボールを投げる様なものだ。
 気心の知れた相手ならまだしも、敵に対しては殆ど通じないと言っても良い。
 だが、まぐれでも何でも、届いているなら。
(延々と脳内に悪口流されるの、割と不愉快だと思うんだよね)
 それで行動を起こすなら、見つける為の手掛かりにもなるだろう。
『ああ、そこにいたんだ』
 ただのハッタリだが、届いているなら効果はある筈だ。
 しかし、その陽動は長くは続かなかった。
 リュールも自分の弱点は承知している。ならばそれを放置している筈もなく、何らかの対抗策は持っていると考えるべきだ。
 それはコピーも例外ではなく、案の定、遠距離からの攻撃は殆どがバリアで弾かれてしまった。
 ならば接近戦を仕掛けるしかないと、ヨルは潜行状態を保ったまま集団に近付いて行く。

「34匹、か」
 黒い影は不満そうに呟いた。
 意外に少なかったのは、あの二人のせいか。
「100匹を目標にしていたのだがな」
 気に入らない。
「叩き潰せ」

 突然、カノンを狙う劣化コピーの全てがヨルの姿になった。
 偽ヨル達はカノンを取り囲み、本物が取ろうとしていた行動をそのまま引き継ぐ。
「…っ!!」
 闇を纏った血色の斧槍が閃き、その身体を容赦なく切り刻んだ。
 浮力を失って落ちて行くカノンを追って一体の偽ヨルが急接近、止めを刺そうと斧槍を振りかざす。
「させないって、言ったよね?」
 それを阻止すべく本物が突っ込んで行くが、その背を一条の光線が貫いた。
 目を上げると、ひしめく偽ヨルの向こうに一人だけ、リュールの姿をしたものが――しかし、ヨルの意識はそこで途切れた。
 このままでは、二人とも地上に激突する。
 だが、その直前。

 蒼煙を纏った黒と蒼の馬竜が、二人の身体を掬い上げた。
「間に合ったのです…!」
 シグリッドが思わず安堵の息を吐くが、安心するのはまだ早い。
「今のうちに目印を付けないとだよ!」
 青空からビニール袋を受け取ると、フィノシュトラは上空へ舞い上がった。
 偽ヨルが再びリュールをコピーして来たら、また見分けが付かなくなってしまう。
 その前に何とか、とは思うものの――
「もうっ、邪魔しないでほしいのだよ!」
 わらわらと群がって来る偽ヨルの上を取り、賢者の筆を取り出して空中に「落」の字を書いた。
「落ちろ、なのだよ!」
 それを上から叩き付ける様に撃ち出すと、偽ヨルは僅か一撃で元の木偶人形に戻って四散する。
「どうやらこいつらは本人の能力ばかりでなく、カオスレートもコピーする様だな」
 ミハイルが偽リュールにイカロスバレットの狙いを付けながら言った。
 ただ、元がサーバントだけあって、そのマイナス幅はコピー元の半分程度になる様だが。
「とにかく、まずは墜とすぞ」
 ミハイルはスナイパーライフルの引き金にかけた指に力を込める。
 しかし偽リュールの反応は早かった。
 偽ヨル達の背後に素早く隠れ、同時に偽ヨル達もその姿を捨てて、また元の劣化リュールに戻り始める。
「大丈夫、私に任せるのだよ!」
 見分けが付かなくなる前に、飛び出したフィノシュトラが被弾覚悟で突っ込んで行った。
「こんなもの、痛くないのだよ!」
 劣化コピーの攻撃をまともに喰らいながらも「開」の字を書いて射出、偽物の姿を隠した壁をこじ開けて、朱墨入りのビニール爆弾を投げ付ける。
 それを無造作に払い除けた偽リュールの杖や服の袖口に、鮮やかな朱色が散った。
「これで目印はばっちりなのだよ!」

 一方レイラは予め確かめておいた情報を元に避難場所を選定、避難誘導に当たる仲間達にも連絡を入れる。
 撃退署と市役所にも連絡を入れ、避難場所の情報を市民の携帯に入れてもらう事を提案してみた。
 だが、それは緊急時の対応として自治体の側に枠組みが出来ていなければ機能しないし、そういったシステムが存在するなら事件発生の初期段階で活用しているだろう。
 今はもう初期のパニックも収まり、地元の撃退士達も続々と集まり始めていた。
「少し時間をかけすぎましたか」
 勿論、時間をかけてじっくり調べ、対策を練る事が重要になるケースも多いだろう。
 しかし今回はスピード勝負、事態は既に次の段階へと移行していた。
「わかりました、それでは戦闘班の援護に向かいます」
 ただ、戦場にもまだ逃げ遅れた者がいるかもしれない。
「見落としがないように、気を配っておきますね」
 発見したらすぐに避難させると言い置いて、レイラはその場を離れた。

「じゃあ、ここは任せたわね」
 愛梨沙は到着した撃退士達にその場を託し、戦場へ。
 事前に要請しておいた通り、応援班にはマインドケアを使える者が多くいるし、人々もだいぶ落ち着いて来た。
 ならば、後は偽リュールを倒すだけだ。
「センセやリュールの為にも絶対に偽リュール達は倒さなきゃ」

 そして挫斬は、目の前に現れた青空リュールにデジカメを向けていた。
「待たせたな!」
 じゃーん!
 セルフ効果音付きで華麗に登場したリュールは、青空が変化の術で変身したものだ。略して青ル。
「あっ、リュールさんです! リュールさんが来てくれたのですよ…!」
 シグリッドはその姿を指差して、本物アピール。
「リュールさん、あれは偽物なのです! あの偽物をやっつけてください…!」
「何だと、私の偽物が!?」
 彼、いや彼女は学園高等部の女子用制服に身を包んでいる。
 つまりJKだが…ちょっと無理があるとか苦しいとか言ってはいけない。
 それを着ると良いとミハイルに言われたそうだが、その辺りはまた後ほど詳しく問い詰めるとして。
「私の姿を借りて人々を傷つけるとは不届きものめ! ここで成敗してくれる!」
 ヒーローパワー増し増し、200%!
 だって敵から助けるだけじゃない、恐怖から守ってあげるのもヒーローのお仕事だから!
「もう大丈夫だ。ほら、笑って!」
 笑える状況ではなくても、表情を作ってみるだけで意外に心が軽くなるもの。
「ここは私に任せて、お前達は自分の仕事をするがいい、無事に逃げのびるという仕事をな!」
 青ルは魔法書を広げ、上空の偽物に向けて鋭い石の槍を放つ。
 本物は杖使いだが、細かい事は気にしない方向で。
 だってミハイルが言ってた、事情を知らない他人には良いリュールも悪いリュールもいると思わせればいいって。
 そう言えば、撃退署には間違えて倒さないように話を通してくれるとも言ってたけど、忘れてないよね。ね。
 避難する人々の列に近寄るものがあれば、迅雷でひとっ飛び!

 \おかんキッーク!!!/

 ドカンと吹っ飛ばし、遠ざけてからお仕置きだ!

 \おかんパーンチ!!!/

 後で本物にバレたら怒られる。絶対怒られる。
 でも、今後リュールへの信頼を取り戻して貰う為にも、多少の脚色には目を瞑って貰おう。
(そうじゃなくても、ほんとは誰一人怪我なんてさせないつもりなのだ)
 いや、つもりだけではない。
(心も体も、怪我なんてさせねーのだ!)
 恐怖がより深く皆に巣食ってしまわないように、この嫌な噂の風を吹き飛ばす勢いで。
 それに、目立つ事で少しでも一般人から自分達へ攻撃を向けさせるように。
 やらなきゃならないこと、まだいっぱいあるだろうけど、でも――!
「お前の好きにはさせねーのだ、メイラス!」
 あっ、地が出ちゃった。

 暫くして全員が避難を終えた事を確認すると、青ルは得物をショットガンに切り替えて本気の物理攻撃に移行する。
 それに併せて挫斬は録画をスタート、ヒーロー青ルの姿を追い続けた。
 しかし。
「良い画は撮れましたか、お嬢さん」
 背中で聞き覚えのある声がした――と、思った次の瞬間。
 その身体を貫いて閃光が走る。
 攻撃と同時に、黒い影が姿を現した。
「メイラス!」
 それに気付いた青空が迅雷で飛び出し、倒れた挫斬を抱えて離脱しようとするが。
「チェックメイトだ」
 僅かに及ばず、大剣の一振りが二人を纏めて切り裂いた。
 続いて挫斬の手を離れて転がったデジカメを拾い上げ、記録媒体を抜き取って真っ二つにヘシ折り、更にご丁寧に踏みつけて砕く。
「ちょっと、それ…安くないんだから、弁償…し、…」
 挫斬の言葉は、そして意識も、そこで途切れた。

「まずは皆で集中攻撃して、目印を付けた偽リュールさんを倒すのだよ!」
 フィノシュトラが相手の視界を奪うように魔法で弾幕を張る。
 魔法攻撃では高い効果は期待出来ないが、ダメージは小さくても目くらましになれば良い。
「今のうちに地上に引きずり下ろすのだよ!」
 それを受けて、ミハイルがスナイパーライフルでイカロスバレットを撃ち込んだ。
 赤と黒の鎖がその身体に絡み付き、その自由を奪う。
「魔法が強力な割には、レベルはそれほどでもない様だな」
 そう言えば、天使の強さは一部の例外を除いて、その階級で決まるのだったか。
 しかし、その一撃では地上に墜とすには至らない。
「だったら、これでどう?」
 愛梨沙が星の鎖を撃ち込むが、偽リュールはそれを振り解いた。
 どうやら特殊抵抗はかなり高い様だ。
「だったら、ぼくが…!」
 シグリッドがスレイプニルにアイアンスラッシャーを命じる。
「リュールさんの姿でなんてことを…! 絶対にゆるさないのです…!」
 鋭い真空波が放たれ、射線上の劣化コピーを巻き込んで偽リュールを貫いた。
 その一撃で、リュールの姿をしたものは、ただの人形と化して地上に堕ち、砕ける。
「後は他の劣化リュールさんを全部倒すのだよ!」
 フィノシュトラは魔法で攻撃、そこに舞い上がった愛梨沙がルミナリィシールドで上から叩き付け、地上に墜とした。
 そこで待ち構えていたシグリッドがインパクトブロウで纏めて薙ぎ払う。
 勢い余って自身も巻き込まれたが、大丈夫。
「この程度、章治おにーさんの怪我に比べたら…!」
 痛く、ない!
「おいたはいけないの、です」
 それを逃れたものには、りりかが鉄扇を叩き込む。
 ミハイルは相手の間合いの外でスナイパーライフルを構えた。
「いくら劣化品とはいえ魔法攻撃には当たりたくないぜ」
 だが届かなければ怖くないし、そうなれば相手はただの的だ。
 しかしその瞬間、残ったコピー達は一斉にミハイルの姿になり、降下しながら本物に一斉射撃。
「…っ、こん畜生…っ!」
「大丈夫、守るわ!」
 飛び込んだ愛梨沙がブレスシールドで射線を塞ぐが、一部は防ぎきれずにミハイルを襲う。
 自分の攻撃は中々に痛かったが、さすが俺、とか言ってる場合じゃない。
 愛梨沙は地上に降りた偽物の足元にシールゾーンを展開、それ以上のコピーやスキル行使を防ぐ。
 しかし相手はその結界に踏み込んだまま、次なる変身を始めた。
 ミハイルが銃床で殴り倒しても効果はなく、今度はレイラの姿になって向かって来る。
 結界を飛び出した一体が烈風突で愛梨沙を弾き飛ばし、真後ろにいたミハイルも巻き込まれて転がった。
 どうやらコピー能力はサーバントに与えられたものではない様だ。
「操っている大元、メイラスを抑えなければコピーを止める事は出来ない様ですね」
 偽物を大太刀で薙ぎ払いながら、本物のレイラがその姿を探す。
「あの野郎どこに隠れてやがる!」
 起き上がったミハイルも、発見次第マーキングを撃ち込んでやろうと目を懲らした。
「奴がコピーを制御してるなら、必ず見える場所にいる筈なんだが」
「もしかして、全部の劣化リュールさん達がいたところの中央ぐらいとかに潜んでるのかもしれないのだよ!」
 フィノシュトラが言った。
 メイラスが持っていたのは、アロンの杖。それには姿を隠す効果もあった筈だ。
「それか、偽リュールさんがいたところの近くで高い建物の見晴らしがいい場所――」

 直後、背後で鋭い悲鳴が上がった。
 最も近い位置にいた青空が飛び出したが、間に合わない。
 咄嗟にマーキングを撃ち込んだミハイルは全力疾走で距離を詰めるが、その前に縮地で飛び出したレイラが烈風突で突き放した。
 その隙に気絶を免れた青空が癒しの雨を降らせ、挫斬の命をどうにか繋ぎ止める。
 僅かに遅れて駆け寄ったりりかがありったけの治癒膏を使い切り、それ以上の被弾を防ごうと愛梨沙が盾を構えて立った。
 シグリッドはその背後から飛び出し、最後に残った召喚術でメイラスの目の前にスレイプニルを呼び出し、至近距離からのアイアンスラッシャーを放つ。
「すり身になるのです…!」
 いくら相手のレベルが高くても、この距離では避けられないだろう。
 しかし渾身の一撃は空を穿ち、シグリッドは標的を見失う。
「後ろだ!」
 ミハイルの声に振り向くと、そこにはアロンの杖を掲げたメイラスの姿があった。
「瞬間移動…!?」
 どこまでチート性能なんだとシグリッドは拳を震わせる。
 だが多彩なスキルも使い切らせてしまえば勝機はある筈――ただ、今回はこちらの消耗が激しすぎるけれど。
「今日のゲームは私の勝ちだな」
 メイラスが嗤った。
「これもゲームか」
 ミハイルが吐き捨てる様に言う。
「戦利品は頂いたぞ」
 メイラスは誰かから奪ったのであろうスマホを振った。
「後で貴様らにも見せてやろう、楽しみに待つが良い――では、失礼」
 置き土産にコピーをも巻き込んだ毒の雨を降らせ、メイラスは悠々と去って行く。



 数分後。
 一本の動画が投稿サイトにアップされた。

 タイトル:『撃退士はただの野次馬だった』
 ――襲い来る天使と戦う事もせず、目の前で子供が襲われても撮影を続ける撃退士――

 デジカメを構えた挫斬の後ろ姿が映ったカットの直後に、子供の亡骸にすがる母親の映像が挿入されている。
 勿論それは虚構であり、悪意ある編集だが、見ている者は気付かない。

 そして編集は虚構でも、そこに映し出された光景は紛れもない事実だった。
 画面の向こうから、虚ろな目が見つめ返して来る。
 全員の到着があと10秒でも早ければ、その命は消えずに済んでいたかもしれない――



 後刻、久遠ヶ原。
 病院の集中治療室に運ばれたのは、怪我の重かった挫斬のみ。
 ヨルとカノンはそこまで重篤ではないと判断され、一般病棟への入院となった。
 傷跡や後遺症が残る事も、まずないだろう。
「…そうか、大変だったな。ありがとう」
 仲間達の報告を聞いた門木は、ガラスの向こうで穏やかに答えた。
 その表情からは、どんな感情も読み取る事が出来ない。
 しかし。
(章治おにーさん…すごく、怒ってるのです…)
 他の誰かにではなく、自分自身に。
 大切な人達に怪我をさせてしまったこと、それを防ぐ事も守る事も出来ず、何の役にも立てなかったこと。
 シグリッドにも同じ思いがあった。
 俯いたその顔のすぐ目の前で、ガラスが軽く叩かれる。
「…大丈夫だ」
 顔を上げると、門木が笑っていた。
「…皆、よく頑張ってくれた。揃って退院したら、快気祝いのパーティでもしような」
 胸いっぱいに後悔を詰め込んでも、前には進めない。
 塞ぎ込んで立ち止まっていては、救える命も救えない。
「そうだね。誰かを笑わせるにはまず、自分が笑顔にならないと!」
 重たい空気を振り払う様に、青空が頷いた。
「泣き顔のヒーローなんて全然カッコ良くないし、強そうでもないのだ」
 みっともない顔は、仲間だけが知っていれば良い。
 転んでも、潰されても、その度に立ち上がり、堂々と前を向く。
 歩みを止めなければ、きっと全てが上手くいくと信じて――


 リュール解放の許可は下りなかった。
 しかし差し入れは解禁されたという事で、早速ミハイルが手土産にプリン持参で会いに行く。
 実はリュールに訊ねたい事があった。
「片翼の天使は珍しいのか? いや、遺伝的なものなら先生の親族も片翼の可能性もあるかと思ってな」
 ミハイルはメイラスが門木の肉親を探しているらしい事を告げる。
 だが、リュールは首を振った。
「珍しくもないなら、捨てられる事もなかっただろうな」
「ああ、それもそうか」
 他に手がかりになりそうなものと言えば、特徴的な痣か。
「あれは――」
 そこで何故か、リュールは言葉を濁した。
「そうだな、あれの嫁になる者には話しておく必要があるかもしれん」
 どうやら何か、本人も知らない秘密があるかの様な口ぶりだ。
 だが、その前に。
「あれに伝えてくれ…さっさと嫁を連れて来い、とな」

 その時、遠く離れた病院ではクシャミの連発で誰かの傷口が開いたとかなんとか――


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 夜明けのその先へ・七ツ狩 ヨル(jb2630)
 天蛇の片翼・カノン・エルナシア(jb2648)
重体: 高松紘輝の監視者(終身)・雨野 挫斬(ja0919)
   <背後からの急襲を受けた為>という理由により『重体』となる
 夜明けのその先へ・七ツ狩 ヨル(jb2630)
   <積極攻勢で敵の目を引き付けた為>という理由により『重体』となる
 天蛇の片翼・カノン・エルナシア(jb2648)
   <積極攻勢で敵の目を引き付けた為>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師