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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:やや易
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/07


みんなの思い出



オープニング





「……今年もまた、この日が来たか……」
 科学室の一角に積み上げられたくず鉄の山を見上げながら、門木章治(jz0029)は軽く溜息を吐いた。
 この一年もまた、この科学室に限って言えば、阿鼻叫喚と怨嗟の声が渦巻く年だった。
 まあ、たま〜に感謝の声も聞こえては来たけれど。
 しかし大体は「何て事してくれるんだコノヤロウ」とか「○○を返せ」とかいう、怒りの声だ。
 門木としても、好きこのんで失敗の山を築いている訳ではないのだが――などと、言い訳をするつもりはない。
 失敗は失敗であり、彼等の怒りはもっともだ。
 だから、年に一度くらいは潔く受け止めようではないか、豆に込められた彼等の怨念を。

 勿論、節分とは日頃のウップンやウラミツラミを豆に乗せてぶつける日、ではない。
 門木もそれくらいは知っている。
 と言うか生徒達と交流するようになってから、今年で三年目ともなれば、各種年中行事の正しい姿くらいは流石に学習するだろう。
 節分も雛祭りも七夕もハロウィンもクリスマスも――あと、何だっけ。
 とにかく、季節ごとに行われる行事の正しい姿に関する知識は、既に頭の中に入っている。

 だが、知ってはいても――

 間違ってたって、良いじゃない。
 楽しければ問題ないよね!


 ところで……今年は昨年までとは違う点がある。
 それは、門木の養母リュールが参戦を表明している事だ。

「攻守どちらに付くか、だと?」
 決まっている。
「攻撃側だ」
 流石はオカン、息子には厳しい。

 ただし、豆まきは物理攻撃である。
 そしてリュールは堕天で弱体化している上に、元より攻守共に物理はガッタガタである。
 つまり――

 ただの足手纏い、などと言ってはいけない。
 良いね?



リプレイ本文

 今年もこの日がやって来た。
 アレン・マルドゥーク(jb3190)の紹介で登場した鬼は、レトロなデザインにベルトや歯車などの装飾がやたらと付いた、黒の上下に黒革のロングコート。
「カッコ良くも美しい、鬼風スチームパンクっぽく決めてみました〜」
 折角元が良いのだから、それを積極的に活かさない手はないだろう。
「最近ではご自分でも頑張っているようで嬉しいのですー」
 隣に並んだアレンは、着物の腰を帯の代わりにコルセットで締めた鬼風和装スチームパンク。
「最近このジャンルに嵌ってるのです」
 要するに女装なのだが、違和感という言葉は既に辞書から消えた。
 因みに今日は見学組、その代わりパーティの準備で頑張るつもりだ。
「今年もこの時期が来たの、ですね…」
 華桜りりか(jb6883)が頭から羽織ったかづきの下からは小さな角が覗いていた。
「もちろん今年も、章治せんせいを守るの…」
 その同じ角を門木の頭にも付けてみる。
「お揃いなの…」
 同じく角を用意していたレイラ(ja0365)は、一足遅かった様だ。
 だが折角だし、チーム分けの区別の為にも全員でお揃いにしてみようか。
「何事も形から入るといいかもしれません」
 勿論レイラも鬼チームだ。
「風邪も治りましたし、もう大丈夫です」
 鬼に金棒、はちょっと用意出来なかったので、代わりにおもちゃのバットで迎撃するつもりだ。

 一方の攻撃陣は気合い充分――かと思いきや、存外にのんびりした雰囲気であるのは、その中心にリュールがいるせい、だろうか。
「おっと、門木殿の御母堂殿」
 その姿を見付けたマクセル・オールウェル(jb2672)は、自分の筋肉を披露して見せた。
「初めてお会いするのである。我輩はマクセル・オールウェル、どこにでも居るごく普通の天使で…」
「いや、私もかなり長いこと生きてはいるが」
 こくり、リュールが真顔で頷く。
「どこにでも居るごく普通の天使という存在の定義を、今の今まで誤って認識していた様だ」
 訂正の機会を与えてくれた事に感謝しよう。
「しかし、あれも意外に交友範囲が広いものだな」
「いや、我輩は友人という程のものでも…うむ、門木殿の…何であろうな…喝入れ係であるか?」
「確かにあれは、尻のひとつでも蹴り飛ばしてやる必要があるだろうな」
 そうすれば鈍感の虫も少しは目を覚ますかもしれない。
「では遠慮なく頼む」
「任されたのである!」
 マクセルは自分の胸を思いきり叩いた。
「折角の機会であるし、御母堂殿の許可も頂いた事である! 大いに門木殿に気合注入・喝入れするのである!」
 でも具体的にはどうするのだろう?
「これをぶつけるのだ! リュールも一緒に注入すると良いのだよ!」
 じゃーん!
 ひょっこりと顔を出した青空・アルベール(ja0732)は、にこにこしながら炒り豆の入った升をリュールに手渡した。
「みんなで豆まき遊びと聞いて!」
 張り切ってすっ飛んで来たのだ!
「リュールははじめてだろうしな。一緒にがんばろー」
 初めてという事は、恐らく節分の何たるかも知らないだろう。
 勿論、自分で調べるなどという面倒な事もしないだろうし――何しろ中身は無精なBBAである。
 升を手に首を傾げるリュールに対し、雪室 チルル(ja0220)が説明を試みた。
 それはそれは、潔いほど単純明快に。
「節分よ! つまり豆を投げつければいいのよ! 簡単ね!」
 確かに簡単だが、意味がわからない。
「しかし、これは食べ物であろう? 食べ物を投げるのか?」
 そんな事をすると、罰が当たるのでは?
「んー、確かに普通は怒られるのなー」
 青空が言った。
「でも罰を当てるのは神様で、豆まきはその神様がやって良いよって言ったのだ」
 多分そう。
 だって神社でも節分大祭とかいって、盛大に豆まきしてるし。
「昔、鬼が出たときに神様のお告げで豆を投げ付けたら退治出来たんだって」
 だから節分には鬼に豆をぶつけて追い払う。OK?
「なんと、この小さな粒にそのような力が!?」
 このサイズで鬼を退治出来るなら、蚕豆の大きさになったら一体どんな破壊力が…!
「あの、リュールさん」
 ユウ(jb5639)が笑顔と共に訂正を入れた。
「ただの言い伝えですから」
 鬼は災いや邪気の象徴であり、豆はそれを祓うものの象徴。
 いずれも象徴である事から、ごっご遊びの様なものだと考えれば良いだろう。
 しかし、たかが遊びと侮るなかれ。
「リュールさん、遊びだからこそ全力を尽くしましょう。打倒、門木先生です」
 去年の豆まきではリュールと一緒に出来るなんて考えもしなかった。
(だからこそ、今共に祝えることを喜びつつ、全力で楽しまなくてはいけませんね)
 さあ、「ルール(?)を守って楽しく豆まき」を!
 違反した人にはハリセンでお仕置きですからね!
「私はふつーに楽しく参加するのだよ(きゃっきゃ」
 青空には、科学室絡みの恨みつらみは…全くないとは言えないが、多分そんなにない。
 少なくとも周りの皆よりは、動機というかモチベと言うか、そういうものも高くない。
 というわけで、のんびり構えていた。
 しかし、すぐに気付くだろう。
 その勢いに押され流され、いつの間にか自分も本気になっている事に。


 というわけで――

「今年もこの季節が来たのである」
 マクセルが厳かに戦闘開始を宣言する。
「さあ皆の者、門木殿に気合注入しに行くのであるぅーッッ!!」
「あたいが見本を見せてあげる! いざ突撃ー!」
 それを合図にチルルが真っ先に飛び出して行った。
「狙うは先生の首一つよ! あたいに続けー!」
 全力疾走で一気に距離を詰め、門木に迫る。
「今年も頑張ってせんせーを守るのです(きりり」
 ちゃきーん!
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)は、門木の前に立って猫柄の傘を広げた。
「去年はビニール傘でしたが今年はちょっとバージョンアップなのです」
 だがしかし、チルルの突撃の前にはビニール傘も少しだけ上等な傘も大した違いはなかった。
「大きく振りかぶって……こうよっ!」
 ばしぃっ!
 たかが豆、されど豆、しかも攻撃力400オーバーの高レベル撃退士が全力で投げ付けた豆である。
「あぁっ、ぼくのねこさん…っ!!」
 哀れ傘は一瞬で骨組みを残すのみに!
 でも大丈夫だよ、修理すれば元通りに直るから、きっと多分。
「せんせーに強化してもらえば良かったでしょうか…」
 それはそれで、色々と心配と言うか危険と言うか。
 その結果に泣かされた人達が今、向こう側に回っているのではないだろうか。
 大破した傘シールドを突き抜けて、豆はシグリッドを直撃する。
 傘を破壊するだけあって、それは当たると撃退士でもけっこう痛かった。
「これをせんせーに当てるわけにはいかないのです…!」
 傘を閉じ、振り回す事で何とか跳ね返してみようと頑張ってみる。
 しかし更にその背後には、実に悪い顔で迫って来るゼロ=シュバイツァー(jb7501)の姿が見えるではないですか!
 これはもう逃げるしかない。逃げられる気がしないけど、逃げるしかない。
「シーグーぼー! あーそーぼー!」
 あ、どこかで見たね、この光景。
 知ってる、デジャヴって言うんだこういうの。
 シグリッドはスレイプニル@名前はまだないの力を借りて、門木諸共その場からの逃走を図った。
「新しいお友達の力を借りればおにーさんの移動力には負けないはz」
 しかし、ゼロに気を取られすぎていたシグリッドは、直後に走り込んで来た御堂・玲獅(ja0388)が放った星の輝きをまともに見てしまった。
 その神々しいまでの眩しさに思わず目を逸らしたところを狙って、玲獅は更に忍法「髪芝居」で二人を纏めて束縛。
 そこで今こそリベンジのチャンスとばかりに、ゼロが悪魔納豆のアップを始めた!
 今年は去年より更に百倍は粘るぞ! ※原理は不明です
「前は逃げられたけどな、今度はきっちり喰らってもらうで!」
「遠慮するのです、って言うかゼロおにーさんそれ豆まきって言わないのですよ…!」
「豆まきか…だが人間ではない俺には関係ないな!」
 争いごとはよくない。
 だが人の手に武器がある限り、争いはなくならない。
 武器とは即ち豆。
 だからゼロは豆を狩る。
「武器を奪って争いのない世界を創るんや!」
 何言ってるかわからんって?
 こんなわかりやすい理屈はないやろ?
「さあ、豆狩りの開始や!」
「豆狩り…豆まきで豆取ったらただの鬼ごっこじゃないですかー!」
 こんな移動力おかしい人に勝てる気しない。
 って言うか今、髪芝居の罠にかかって動けない!
 ゼロ投手、悪魔納豆を大きく振りかぶって――投げました!
 しかし!
 何か不思議な力が降臨し、それを打ち払った!
 見れば、門木とシグリッドの前には巫女服姿のフ女子、シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)が立ち塞がっていた。
「豆をぶつけられる痛みに、門木先生がMに目覚めたら大変です」
 シェリアは手にした大幣でゼロを指す。
 悪魔納豆を振り払ったのもこの大幣だが、そこに付けられた白い紙垂には何やら呪文の様なものが、びっしりと書き込まれていた。
 よく見ると、掛け算の計算式の様にも見えるが…?
「先生は受けより攻めであるべきです…何がとは言いませんけど」
 ええ、何がとは言いませんが。
「ですから…そこは逆ですね?」
 シェリアはくっついて固まっている門木とシグリッドを指差した。
 ええ、何がとはry
「年の差カプの年下攻めも、ジャンルとしては美味しいかもしれません」
 しかし違うのだ。
 たとえどんなに美味しくても、それは違う。
 誰にでも、絶対に譲れない大切な一線というものがあるのだ。
 それを守る為ならば戦いも辞さず!
 というわけで。
「門木先生の貞操、じゃない、属性は私が守ります!」
 大幣を振り、シェリアは投げ付けられる豆を次々に払っていく。
 因みにこの格好、節分お化けがどんな格好をしているのか知らなかった為に、何となくそれっぽいという理由で選んだものらしい。
 だが悪くない。
 寧ろイイ。
 弾かれた豆は、虎柄の褌に鉄槌を持った Unknown(jb7615)が跳ね返…さずに、地面に落ちる前に吸い込んだ!
 そして更に。
 ばっさばっさぁ!
 一羽の鳩が飛んで来る。
 いや、鳩の様に見えるが、彼はれっきとした撃退士だ。
 それとも撃退士の様に見えて実は鳩なのか、実際のところはよくわからないが、名をロンベルク公爵(jb9453)という、それだけは多分確かだ。
 その称号が示す通り、彼はどこからどう見ても鳩であり、行動も鳩そのものである。
 即ち。
「Σ豆を投げる…だと…!? そんなことが許されるわけがないであろうっ!!」
 豆命! 鬼は外? 知らんな!
 豆が食えればそれで良し! 全ての豆を食す!
 落ちた豆は不衛生? 鳩には無用な心配だな!
 寧ろ落ちて砕けた豆を拾ってこそ鳩! ぽりぽり。
 だが、そんな鳩を蹴散らしてチルルは跳んだ。
「頭の上がガラ空きよ!」
 全力跳躍で頭上を取り、思いきり豆を投げつける。
「おにはーそと!」
 ばしーん!
 だが公爵は、叩き付けられる豆にも飛び交う豆にも屈せず飛びかかり食す!
「平和の象徴を蹴散らすとは何たる狼藉! とぅっ!」
 あ、痛い。でも豆ぇ! …あ、痛い! 痛い、あ…ま、豆ぇぇ!(ぽりぽり
「ふくはーうち!」
「そうはさせぬ、豆を寄越せっ!」
 投げさせるものかと飛び掛かる公爵は、チルルの手にある豆を狙う。
 だが、飛び出すなチルルは急に止まれない。
「あ、痛い。投げるでない! 豆…投げるなと言っておろうが!!」
 ばっちぃん!
 至近距離で豆をぶつけられた公爵は、思わず門木の後ろに隠れ、それでも食べる(ぽりぽり
「門木ばりあー」
 ここならきっと安全に食べられる(ぽりぽり
 攻撃を妨害する鳩がいなくなったその隙に、チルルは再び上空からの全力攻撃!
 だが、またしても邪魔が入った!
「お願いします、です」
 りりかが召喚した鳳凰が、その翼で豆を吹き飛ばす!
「もう一撃! と思ったけど豆が無くなっちゃったわ。新しいのどこ?」
 豆のストックを求めて、チルルは一時戦線離脱。
「ありがとうございます、です」
 鳳凰に礼を言い、りりかは仇敵ゼロに向き直った。
「お、りんりんも一年ぶりやな!」
 毎日会ってるけど、気にしてはいけない。
「去年は鼻で笑われてしまったの、です」
 でも今年こそ、せめて一矢報いたいところ。
 今年のりりかは、頭の角が鬼である事を控えめに主張している他は、普段と変わらない膝上のフリルワンピースという、ごく普通の格好だ。
 その大人しそうな雰囲気も相俟って、どう見ても人畜無害、ガードされても突破は楽勝に思える。
 が、そう考えてうっかり近付くと、多分きっと痛い目を見るだろう。
 だって中魔王様ですもの。
 それに能ある鷹は爪を隠し、出来る女は武器を隠すものだ――スカートの下に。
 りりかはスカートをチラリと捲って武器である豆鉄砲を取り出した。
 と、ここまでは去年と同じだ。
 しかし、今年のりりかはその先を行く。
「いつまでも同じだと、思ってもらっては困るの、です」
 忍法「魔笑」で相手を惑わせる美しくも怪しい笑みを浮かべる、と思うでしょ?
 でも今年は路線変更なのです。
 りりかは滅多にお目にかかれない様な、とびっきりのキラキラ笑顔をゼロに向けた。
「どう、です?」
 それを受けたゼロは、それはそれは優しくも悲しい笑みを浮かべて、そっと頭を撫でた。
 ただし、シグリッドの。
「いや待て、俺はりんりんの頭をやな…?」
 これは、もしかして。
 攻撃対象がランダムになるという幻惑の効果か。
 頭を撫でる事は攻撃ではないが、対象が定まらないという意味ではきっと同じだ。
「ゼロさんに勝った、なの」
「そんなアホな、この俺がりんりんに負けたやと!?」
 驚きを隠せないゼロの口に、りりかは容赦なくチョコ豆をぶっ放した。
「お口を狙ってえいっ…なの」
 実は手作り、種類は色々味もバッチリ、でも中にはロシアン的にものすごい味の豆がある、かも…?


 開始の合図と同時に飛び出したのは、攻撃陣ばかりではない。
 ミハイル・エッカート(jb0544)とカノン(jb2648)もまた、敵陣に向けて真っ先に突っ込んで行った。
「そうそうたる顔ぶれだな」
 敵に不足はないと、ミハイルは不敵に笑う。
 気配を消してリュールに近付き、マーキングで目印を付けた。
 これでもう、見失う心配はない。
 後は自陣に戻って門木の守りに付くだけだ。
 しかし、その前に立ち塞がるひとつの影。
「ミハイル殿、お主は守備側であろう! 何故このようなところまでっ!?」
 さては攻撃は最大の防御とばかりに攻勢をかけて来たのか。
「よろしい、我輩今回はお主と戦えぬのではないかと残念に思っていたところ!」
 マクセルは筋肉祭りの流れる様なポージングで、ミハイルの目を己が肉体に惹き付ける!
 その神々しいまでの筋肉の輝きに魅せられない者はいない、筈、なのに。
 ミハイルには効果がなかった!
「残念だったな、流石にもう見慣れたぜ」
 ひとり盛り上がるマッスルパーティーに背を向けて、ミハイルはさっさと自陣に舞い戻った。
「無念である!」
 しかし敵陣に攻め込んでしまえば、ミハイルも戦わざるを得ない。
「御母堂殿、いざ参るのである!」
 ところが、リュールはカノンと何やら話し込んでいる最中だった。
 いつもは張り付いて守っているが、たまには趣向を凝らして積極的防御という名の妨害を、というのがカノンの魂胆だ。
(リュールさんのフォローに動く方もいるでしょうし、リュールさんを妨害すれば結果的に多くの方を止められるでしょう)
 とは言え、陰湿な事をするつもりはない。
 ただこうして、リュールが興味を持ちそうな雑談に引き込んで足止めをするだけだ。
「節分にまく豆の事を、福豆と言います。これは煎った大豆を使っていますが、何故かわかりますか?」
「生の豆では食えぬからではないのか」
「それもありますが、もうひとつ理由があるんですよ」
「ほう?」
 よし、乗って来た。
「まいた豆から芽が出てしまうのは縁起が悪いからだそうです」
 豆とは要するに大きな種の事だ。
 庭にでもまけば確実に芽が出るだろうし、家の中でもそのまま放置すれば湿気を吸って芽が出る事もあるだろう。
「ふむ…しかし、芽が出るのは縁起の良い事ではなかったか?」
 リュールが首を傾げる。
「ほれ、確か正月のあれだ、くわいと言ったか」
「あれは、その…」
 しまった、そこまでは調べていない。
「それに、芽が出て困ると言うなら茹でても構わんのではないか?」
「あ、それなら調べました!」
 っと、これは言わない方が良かったかもしれない。
 いちいち調べていると知られたら、人界知識の先輩としての株が下がるかも…?
 しかし、リュールはただニコニコと楽しそうに微笑んでいる。
「どれ、聞かせて貰おうか?」
 ご機嫌な様子で促され、カノンは足元に落ちていた小枝を拾い揚げた。
 それで地面に字を書きながら解説を始める。
「炒り豆の炒るは射るに通じ、また豆は魔の目と書く魔目、或いは魔を滅する魔滅にも通じます。ですから魔目を射る事で魔滅になるのです」
「ほう、なるほど。よく調べたな」
 リュールは小さな子供にする様に、カノンの頭を撫でた。
 そう言えば門木もよく皆の頭を撫でるが、やはりこの人の影響なのだろうか。
「さて、私もそろそろ動くとするか」
 満足げに微笑むと、リュールはどっこらせと立ち上がった。
「でないと、そこのどこにでも居るごく普通の天使とやらが痺れを切らしそうだからな」
「む、御母堂殿、出陣であるか! ならば我輩が直々の護衛に付くのである!」
 リュールを背後に護りつつ、マクセルは目の前にかざした大剣を盾にして進む。
 勿論、筋肉祭りで周囲の目を否応なく惹き付けながら。
 その後を追って、カノンも自陣に戻る。
 歳の数だけ豆を食べる話をし損ねてしまったが、この手の話は他にも誰かが持ち出してくれるだろう。
 寧ろ「お前は幾つ食べるのだ」と突っ込まれる危険を回避出来たと喜ぶべき、かもしれない?


 ところで、豆をぶつけて戦うだけが久遠ヶ原の節分ではない。
 参加者の数だけ様々な楽しみ方があるのだ――という事で。
「屑鉄…というか、去年の産業廃棄物の恨みは山とあるけれど」
 礼野 智美(ja3600)は苦笑いと共に小さく溜息を吐きながら、調理室のドアを開けた。
「まぁ、大豆料理作っておこうか」
 玲獅が借用申請の手続きを済ませておいてくれたお陰で、今日は誰でも自由に使う事が出来る。
 今年も最後は宴会で盛り上がる様だし、今から作り始めれば丁度良い時間に出来上がるだろう。
 作るのは去年と同じドライカレー・ポークビーン・鳥の唐揚代わりに大豆肉で作った唐揚げと…今年はそこに水煮缶を使ったサラダと五目豆を追加して。
「去年のラインナップが、野菜不足してないかな? って感じたんで」
 後は豆まき用に珈琲「豆」をチョコレートでコーティングしたお菓子を。
「去年は親友が恋人へのチョコ、一生懸命強化アイテム使わずに強化しては産業廃棄物になってて涙目だったもんなぁ…」
 結局は部活の皆で協力で何とかなったけれど。
 ほろ苦い回想と共に、智美は出来上がったコーヒー豆チョコを少しずつ小分けにして袋に詰めていく。
「投げた衝撃で袋のチャックが開かないようにしないとな」
 一つ一つ、袋の口をホッチキスで留めるのは、なかなかに地味で骨の折れる作業だが。
 出来上がったら、外の仮設テントに持って行けば良いだろうか。

 そのテントは、桜井明(jb5937)が用意したものだ。
「やれやれ、若いというのは良い事だねえ…」
 本来は救護所として設置したものだが、使わないならそれに越した事はない。
「はーい!! 怪我した子、事故った子、やりすぎた子、こっちいらっしゃーい!!」
 それに、お腹が空いた子もね!
 豆のストックもあるよ!
「まあ、僕くずった事ないしね。特に門木先生に恨みもないしね。いや、ちょっと回避ボーナス付きすぎじゃね? とは思うけど」
 そこじゃないとか、もっとバランス良くとか、そんな小さな不満は装備ロストや突然変異に比べたら、ねえ?
 しかし怨みがないなら普通に遊べるかと言えば、そんな若さもなく。
「いやほんと、若い子は羨ましいよ」
 明は豆まきの様子を微笑ましげに眺めている。
 人は自ら老いたと感じた時に老け始めるのだと、何処かで聞いた気がするのだけれど。

「一昨年は重宝していた物、昨年は珍しく引き当てた好みの品が低レベルでくず鉄に…」
 天宮 佳槻(jb1989)は後悔していた。
 大事な装備をくず鉄にしてしまった事に対して、ではない。
 いや、それもあるかもしれないが、主についつい甘さを見せてしまった事に対して、だ。
 ここはやはり、一矢報いて然るべきだろう。
 つい甘い顔をするから、相手も反省せずに同じ過ちを繰り返すのだ。
 そう、これは決して逆恨みなどではなく、科学室の精度向上を促す為の、言わば愛の鞭。
「今年は去年のような手心は加えない!」
 本気で行くぞ、首を洗って待っていろ門木!
 しかし、いきなりストレートに豆をぶつけに行く様な真似はしない。
 ここは頭を使って、標的に対して確実に豆をぶつける為の策を考えるのだ。
 つまり、罠だ。
「この辺りなら、お腹を空かせた門木側の人達がフラフラと吸い寄せられて来そうだ」
 佳槻は適当な場所を見繕って大きな穴を掘り始める。
 その傍に、美味しくて見た目も可愛いお菓子がたくさん入った籠を設置。
 勿論、全て個包装&ラップ済みだ。
「見たところ、向こうにはお菓子に弱そうな面子がちらほら見えるからな」
 誰とは言わないけれど、チョコやスイーツが好きそうな人が確実に三人はいる。
 そうでなくとも女子が多いし、これは強力なトラップになるだろう。
 籠は木の上にも吊して、一部は匂いで誘う為に少し袋の口を開けておこうか。
「これでよし」
 穴に落ちてくれれば一番良いが、落とす事が目的ではない。
 とにかく門木側の足が止まり、人数が減ってくれれば良いのだ。
「その隙に豆を降らせる!」
 佳槻は手の中に武器(豆)をしっかりと握り締め、戦場へと向かった。


 そして再び舞台は主戦場。
 玲獅は朝から手作りしていた磯辺豆を手に、獲物に迫る。
 磯辺豆とは、海苔をまぶした煎り大豆の事だ。
 炒り豆に適量の醤油を絡めて火にかけ、水分が飛んだら熱いうちに細かくちぎった海苔をまぶせば出来上がり。
 簡単だが、福豆の代わりに投げる為、冷まして個包装するのは結構な手間だ。
 そうして作り上げた大量の磯辺豆を抱え、玲獅はサーチあんどデストロイ。
 獲物は既に髪芝居の効果も解け、ガード陣の影に隠れて姿が見えない。
 だが玲獅は生命探知でその位置を調べ…調べても個人の居場所は特定出来なかったが、そんな時は物量で勝負!
「ダメージ? 与えません。身体的には」
 という事は、何か心が折れそうな心理攻撃を仕掛けるつもりだろうか。
 いや、そうじゃない。
 怒濤の攻撃に押されて思わず飛んで逃げようとした所を、星の鎖で引きずり下ろす!
 そこで忍法「髪芝居」の追撃を仕掛け、動けなくなった所で周囲の仲間にも声をかけ、一斉攻撃開始!
「スナライがコーラに突然変異ってどんな罰ゲームですかー!」
 いや、お怒りはごもっともです、はい。
 なので悔過しない程度なら甘んじて受けます――と本人は覚悟を決めているのだが、周囲がそれを許さなかった。
「あたしだって大事な装備が鉄くずになった事あるよ? でもそれは運が悪かっただけでセンセの所為じゃ無いモン!」
 ミュールシールドを構えた鏑木愛梨沙(jb3903)が、その前に立ちはだかる。
 が、そんな愛梨沙にミハイルが声をかけた。
「まあ、皆はそれを口実に一緒に遊びたいだけなんだろうぜ」
 本気で門木に恨みを抱いているなら、豆をぶつけたくらいでは気が済まない筈だ。
「愛され先生だな」
 と、こちらは門木に対しての言葉。
 勿論、殺し愛の愛ではない。
 しかし、だからこそ本気で挑む必要があるのだ。
「俺が先生についている限りやらせはせんぞ。これは遊びではない、模擬戦だ」
 繰り返す、これは遊びではない。
 ミハイルはシールドを展開しつつ、門木特製PDW型の豆鉄砲を構えた。
 索敵で敵の位置を探り、近付かれる前に撃つ!
「ぽっぽー!」
 いや、違う。今のは銃声じゃない。
 ちゃんと豆は撃った。撃ったけれど――
「あの鳩か…!」
 鳩が、鳩が撃つそばから豆を横取りしている!
「くっ、あいつはどっちの味方なんだ!」
「私はどちらの味方でもない、ただ豆を食すその為だけにここにいるのだ!」
 鳩、いやロンベルク公爵…いや、やっぱりどう見ても鳩だし、もう鳩で良いや。
 鳩の目には豆鉄砲から撃ち出される豆など静止画像も同然のコマ送りに見えた。
 射線に向かって急角度で突っ込んで行き、その嘴で華麗にキャッチ――
 嘘です見えません。
「痛…い、痛いわ貴様らーっ!!((くわっ」
 豆鉄砲を喰らった鳩は、じたばた暴れながら落下する。
 と、その体を優しく受け止める手があった。
「捕まえたのである」
 Unknownは、鳩の体をがっしりと捕まえながらカメラ目線。
 \こっちみんな/
「豆…肉…トマト煮込み…!(カッ」
 つまり、肉とは今その手の中にある、それですか。
「叩いて柔らかくするか熟成させるか悩んでる最中である」
 悩めるUnknownは戦場を離れ、仰向けにした鳩の腹部に塩をかけた。
 それを円を描く様に豆を置いた「豆サークル」の中心に安置し、更に豆と同じ様に花火を設置。
「豆と花火が交互に並ぶ配置が最適なのである」
 手持ち花火の持ち手を地面に刺し、導火線で繋いで――点火。 ※よいこはまねしない
 途端、群青からターコイズブルーにグラデーションする火花が噴き上がった。
 まるで逆流する滝の様な青の中に、黄金の火花がちらちらと弾けて飛ぶ。
 それを体育座りで眺める悪魔。
 惜しむらくは、今はまだ昼間だという事か。
「これが夜ならさぞかし見事やったやろな」
 いつの間にか、ゼロが一緒に見物していた。
「いやー、良いシミュレーションが出来たのだー」
「なんや知らんが、アンノが満足ならそれでええわ」
 ゼロはUnknownの行動に意味を問わない。
 人も天魔も、行動の裏には必ず意味や理由がある、などと考えるのは幻想だと知っているから。
 多分それはUnknownに教わったと言うか勝手に学んだ学習の成果だ。
 しかし謎の儀式の生贄にされかかった本人、いや本鳥にとっては――
「良い筈がなかろうっ!」
 鳩公爵は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の悪魔を除かなければならぬと決意した。
 しかし、その決意は三秒と保たなかった。
「アンノ、公爵、向こうに良い豆置き場があるで?」
 ゼロに言われていそいそと付いて行けば、そこはまさに豆天国。
「全ての豆は、私のためにあるのだっ!」
 ばっさぁと翼を広げマントを翻し、鳩公爵は豆の海に沈んで行った。
 右手ならぬ右の翼を高く掲げ、人の親指にあたる小翼羽を立てて。
 もっとも、沈みきる前にUnknownが全部吸い込んでくれると思うけれど――鳩ごと。
「オマメタベルヨ鬼も内」
 鳩は?
 大丈夫、遊んでるだけだから吸い込んでも消化はしない、筈。多分。

 そんなわけで、チルルが豆の補給に戻った時には既にからっぽ。
 だが心配ない。
「おーい、豆ならここにあるよー」
 救護所で明が呼んでいる。
 智美が納入したコーヒー豆チョコが、大量に!
「…作業がつらかった…」
 だからせめて全部使い切って欲しいと、智美から手渡されたチルルは誓った。
「わかったわ、あたいが責任もって鬼にぶつけて来るわね!」
 そして今、チルルは託された想いを乗せて豆を投げる!
 だが、その想いは豆と共にレイラのバットで打ち返された!
「門木先生に手を出す方には容赦しません!」
 更には豆鉄砲を構えたりりかが応戦!
「章治兄さまにはぶつけさせないの…」
 本気の証として、迎撃用の豆はチョコ豆ではなく、普通の福豆だ。
 つまり、甘くない。
「これは遊びじゃないの、です」
 ばん!
 そして更に、魔法少女胡桃陛下の降臨である。
 珍獣もぐんがで来ると思いました?
 甘 い な !
 というわけで、矢野 胡桃(ja2617)は真面目に門木を守る。
 場外から漂って来る甘い匂いの誘惑にも耐えて、とびっきりの笑顔で守る。
 いや、その笑顔が却って怖いんですけど陛下。
「え? どうして今回はこちら側なのか?」
 知りたければ教えて進ぜよう。
「簡単、ね。ダアトに転向してから、先生の魔法全振りボーナスは恩恵にしかなっていないから、よ」
 ああ、そうなんだ。
 って言うかやっぱり魔法少女化計画は進行中なんですね。
「ええ、おかげさまで…?」
 にこーり。
 あ、やっぱり怖い。
 これは何かありますね?
「た だ し」
 ほら来た。
「恨みがないとも言ってない、な…?」
 デスヨネー。
 でも今は、何もしないよ?
 ほら、突き落とす時ってさ、高く高く持ち上げてからの方が良いじゃない? ねえ?

「なんか適当にふらついてみたらイベントやってたんだけど、ナニコレ?」
 つい最近この学園に来たばかりという湯坐・I・風信(jc1097)は、戦場近くの高い木の枝に座って下界の様子を高みの見物。
「ここなら多分、流れ弾とか来ないよね」
 いや、流れ豆か?
 で、メンバー募集してたから流れで参加してみたわけだが。
「よくわかんないけど気合入ってるなー豆まきってそんな熱いストーリー展開だっけ?」
 ぽりぽり、配られた豆をまかずにそのまま食べながら見学なう。
 ほら、場に慣れる為って言うの?
 転入生の嗜みとして、その努力は大切だと思うんですよ。
 え、やる気ないだろって?
「大丈夫! 明日から本気出しますそういう系ですから」
 カメラに向かってイイ笑顔でサムズアップ。
「ラノベで一人はいるそういうキャラですって。そもそも俺ここに来たばかりですしまずこの学園のルールをですね、知っておくって流れですよね」
 ぽりぽり、ぽりぽり。
 ところで、ひとつ訊いて良いかな。
「ん、なに? 俺そういう系だから難しい事わかんないよ?」
 いや、どれが名前でどれが名字かなーって。

「豆まきの主役は鬼!」
 というわけで、クリス・クリス(ja2083)は鬼になった。
 攻撃側で参加している筈なのに、鬼だった。
 画用紙を切ってクレヨンで色を付けた、手作り感溢れる鬼の面を被り、敵陣の前に仁王立ち。
 そして子供心溢れる敵陣の皆さんを、手にした天凰翔扇でビシっと指して決め台詞っ!
「わるい子はいねーがー!」
 その瞬間、妙に生ぬるい視線がクリスに集まる。
 それは言葉で表すなら『あ…こいつなんかと勘違いしてね?』という表現になるだろうか。
 だが、そんな視線は無視無視!
 飛び交う豆を広げた天凰翔扇で華麗に裁き、いざ突撃!
 しかし、その目の前に強敵が現れた。
「ふっ、クリス。いくらお前でも俺は全力だぜ」
「ボクだって、ミハイルぱぱが相手でも手加減なんかしないんだからね!」
 親子喧嘩、勃発。
 ミハイルの渾身の一撃(ただし豆)が、ナマハゲもどきを射貫く――かに見えたが。
「あっ、いた、痛いのだミハイル!」
 狙ったのは背後で狙いを付ける青空だった。
「っていうかみんなすっごい本気な!」
 そう、これは遊びではないのだ。
「でもミハイルさんわざと外したでしょ!」
 全力とか言ったくせに!
 しかし、ぷんすこ怒るクリスに対してミハイルは言い切った。
「全力? もちろんだ。他の強敵を優先したまでだ」
 でもクリスに当てる気ないよねミハイルさん。
 うん、さすがパパ。
 ということは、クリスは誰にも邪魔されずに突撃し放題?
「どうなっても知らないよ、娘を甘やかすと碌な事にならないんだから!」
 だが門木のガードはそんなに甘くない。
「だ、だめなのです! ミハイルさんが許しても、ぼくが通さないのですよー!」
 シグリッドが手当たり次第に豆を投げて弾幕を張った。
 豆がなくなっても、金平糖とひなあられを投げる!
「うん、豆っぽいしいいかなって…」
 弾幕に前進を阻まれたクリスは、背後に控えるリュールの所に逃げ帰った。
 そして泣きつく、名付けて庇護本能に火を点けちゃおうぜ作戦だ。
「み゛〜(泣き真似」
 そして後ろに隠れて「あかんべ」するのはお約束。
 だがしかし、リュールの教育方針はスパルタだった!
「泣いて帰って来る奴があるか! せめて一矢報いて来い!」
 誤算である。
「…ああ、うん。俺も昔、泣き顔のままだと家に入れて貰えなかった…」
 門木が呟く。
 お陰で我慢強くなったと言うか、感情の制御が得意になったと言うか、まあそれは置いといて。
 先生、そういう事は早く言って下さい。
 逃げ込む場所を失ったクリスは、仕方なく再び攻撃に移る。
 が、後方に控えたリュールも安全とは言えなかった。
「先生のお袋さんといえど俺は手を抜くつもりないからな。遠慮なく撃つぜ」
 ミハイルはその宣言通り、一切の遠慮も手加減もせずに豆鉄砲をぶっ放す。
 全力でやっても、どうせ他の皆が射線を通す筈がないのだ。
「ぬおお、ミハイル殿! ここは通さんのである!」
 マクセルが仁王立ちにて庇いつつ、筋肉祭りで敵の目を自分に惹き付ける!
 ユウはナイトミストの深い闇でリュールを包み、敵の目からその姿を隠した。
 それでも飛んで来る豆は、スリングショット装着で本気を出した青空が卯の花腐し、青い衝撃波でその狙いを逸らしてリュールを守る。
「では、私も遠慮なく攻撃させて貰おう」
 氷の微笑を浮かべたリュールが、ゆっくりと歩み寄って来た。
 堕天の為に弱体化したとは言え、元は大天使。
 じわじわと近付くその威圧感は半端ない――例えその動きの理由が「走ると転ぶから」だったとしても。
「リュールさん…豆まきの範囲を外れる事はなさらない、筈、ですよね…?」
 カノンが思わず息を呑む。
 そう言えば、正しい豆まきの作法は知っているのだろうか。
「基本中の基本ですし、そこは当然知っているものと考えていたのですが…」
 ガード側に緊張が走る。
 愛梨沙は思わずブレスシールドを発動して、万が一の事態に備えた。
 が、真に警戒すべきはそこではなかったのだ。
「そうそう。ひとつ言い忘れていた、わ」
 くるーり。
 防御側としての働きに満足した陛下は、それはそれは素敵な笑顔(威圧)を浮かべて振り返った。
「でも…突然変異書が連続で強化大成功になったのは 許 さ な い 」
 喰らえ全力の八つ当たり!
「ゼロ距離からの、鬼そとー!!!」
 大成功なら良いじゃないかって?
 それじゃ変異書の意味がないでしょう!
 安くないんだし!
 そう、安くないのだ。
「僕は保証書欠かさないのでくず鉄化の怨みは無いです」
 こくり、陽波 透次(ja0280)が頷く。
「強化して貰える事には感謝してます」
 ただ。
「強化保証書の『強化に関わる者は新しいことに挑みたがる者ばかりなので、あまり発行したがらない』という文は気になります」
 透次はガードとして門木の盾になりながら、問いかける。
「これは勝手に新しい事に挑むからくず鉄化したり突然変異してるのかよと感じるのですが…どうなんでしょうか…」
 金欠でぐったりしているのは、主に保証書の買い過ぎのせいだ。
「保証書、高いです…」
「…俺は、商売の事はよくわからない」
 門木が答えた。
 新しい事に挑みたがるというのは否定しないが、値段を決めているのは門木ではない。
 その懐も、周囲が想像するほど潤ってはいないのだ。
 とりあえず、要望は学園長にでも伝えておけば良いだろうか。
「そうして頂けると…助かります」
 ひとまず回答を得た透次は、今回の任務に戻る事にした。
「暴力は良くありませんから」
 だから守る。
 胡桃陛下の全力ゼロ距離攻撃に対しても、それを察知して止めに入った。
 だが透次は回避を信条とする人間なのだ。
 勿論、攻撃されたら回避回避回避!
 いや、悪気はないんです。
 ただ体が勝手に動いてしまうだけで、わざと避けて先生に豆を当てようなんて、そんな!
「やはり、僕は護衛には向いてないな…」
 胡桃陛下の前に、立ち塞がる者はもういない。
「門木先生、覚悟!」
 しかし!
「防げないなら逃げれば良いのです」
 瞬脚を使ったレイラが門木を抱えて一気に距離を取る!
 ちょっと、その、あれだ、カッコワルイと言うか、うん。
「…豆くらい、当たっても良いんだが…」
「そうよ、ね?」
 豆をぶつけ損ねた陛下が不敵に笑う。
「本人が、そう言ってるの、よ?」
 妨害なんて無粋じゃない。
 ここは是非とも本人の希望を汲んで、素直に豆をぶつけさせなさい鬼は外ー!
 だが、投げ付けられた豆をシェリアが緊急障壁で防ぐ!
「そうはいきません! 言ったでしょう、先生をMに目覚めさせてはならぬと!」
 いや、あの、豆をぶつけられたくらいで、そんなものに目覚めたりは…って聞いてないね?
「鬼は外ー! 福は内ー! 鬼×福、外×内…フフ、フフフ…」
 そこも掛け算なのか。
「腐、腐腐、腐腐腐腐腐…!」
 恐るべし腐女子パワー。

「節分って、こんな行事だったかな?」
 新田 六実(jb6311)は首を傾げつつも、空中から戦いの様子を写真に収める。
「でもみんな楽しそうだし、良いかな」
 デジカメは愛梨沙に借りたものだ。
 だからというわけでもないが、被写体は主に愛梨沙と門木。
「飛ぶのは余り得意じゃないけど、愛梨沙お姉さんが喜んでくれるなら…」
 今日は愛梨沙の誕生日、プレゼントの意味でも頑張ろう。
 そう言えば、先生はちゃんと手紙を見てくれただろうか――

「最後のクライマックスよ! あたいに続けー!」
 チルルは相変わらずの猪突猛進、投げられるものは何でも投げる!
 そして罠での狩りを諦めた佳槻は、強引に突っ込んで行った。
「門木先生、覚悟!」
 誤算だった。
 まさか一人も罠にかからないとは。
 こうなったら自力で何とかするしかないと、佳槻は思いきり豆を投げつける。
 ガードは堅いが、そこは物量で勝負だ。
 間違えて甘納豆の三角パックを投げ付けるのもご愛敬。
 納豆を巻いた恵方巻きを投げるに至っては、間違えるにも程があるが――当たれば良し。
「こんなものが飛んで来るとは誰も予想しないだろう」
 ちゃんとラップで包んであるから問題ない、意表を突いた者勝ちだ!
「良い感じにカオスになっってきたのだ」
 青空はリュールの周囲に魔糸を張り巡らせて、死角からの攻撃に備える。
 もはや敵も味方も入り乱れ、どこから攻撃が飛んでくるかわからなかった。
 そんな中、マクセルは一気に踏み込んで聖火を発動――出来なかった。
「そうはさせないぜ!」
 待ち構えたミハイルがGunBashでぶっ飛ばす!
 が、スキルがなくても豆は投げる!
「気合っ、注ッ入ーーッッ!!」
 だが、ガード側のシールド部隊はまだまだ健在、豆は弾かれ、あらぬ方向へ飛んで行く。
「いやー、すごいねー。これが久遠ヶ原の本気ってやつかー」
 風信は他人事の様に呟きながら、その飛んで来た豆を見事にキャッチ。
「途中で流れ豆で撃墜して落下する迄がお約束…ってそんな展開ないですから!」
 ぽりぽり。
 その時、ご期待に応えて大量の豆が石つぶての如き勢いで襲いかかって来た!
 それは攻勢に出たレイラの荒死を応用した千本ノック。
「何人たりともここは通しません!」
 敵味方の区別なく、容赦なく襲いかかる豆の嵐!
 フリはきっちり回収する、それが久遠ヶ原。
「うん、覚えた」
 それを教訓として脳裏に刻みつつ、風信は地面と仲良くなった。
 でも大丈夫、撃退士はそれくらいで怪我なんかしない――多分、ね。

 それは豆がなくなるまで続いた。
 豆がなくなっても続いていた。
 これはもう既に、豆まきじゃない。
「皆さん少し頭を冷やした方が良さそうですね」
 ヒートアップする一団に向けてユウは攻撃スキルを解禁、氷の夜想曲で周囲の空気を凍らせた。
 勿論、飛び交う豆や、豆ではないあれこれだけを巻き込む様に…努力はしてみた。
 でも多分、この人達は少しダメージを喰らう位が丁度良いんだと思います。
「大丈夫、怪我した子は僕が治してあげるからね〜!」
 救護所で明が手を振っている。
 って言うか出番ください。


 そして、カオスは終わった。
 半ば強制終了だった気もするが、とにかく終わった。
「あとは齢の数だけ豆を食べて健康を祝う、だったっけ?」
 かくり、青空がリュールの顔を見て首を傾げる。
「あれ…リュールって年齢…」
「私の歳がどうかしたか」
 聞き返す声のトーンが少し低い気がする。
 やはり、いくつになっても女性に年齢を尋ねるのは御法度の様だ。
「節分には自分の年齢の数だけ豆を食べるという風習があるのですよー」
 そこにアレンが助け船。
「ですから今日だけは年齢を尋ねても失礼にはあたらないのです」
 え、そうだっけ?
「それに大豆のイソフラボンは女性の味方なのですよー」
 というわけで、パーティの用意が出来ました。
「この惨状を片付けたらで豆と恵方巻きを食べまくりましょうねー」
 あ、その前に記念撮影もしなくては。
 皆さんわりとボロボロだが、それも大いに盛り上がった証拠だ。

 片付けを終えた一同は、ぞろぞろと食堂へ雪崩れ込む。
 智美が用意した数々の料理がタイミングよく運ばれ、テーブルの一角には豆の山。
 他に、投げられた個包装のお菓子類も回収され、積み上げられている。
「食べれない位割れたり汚れたのは、砕いて鳩さんにおすそ分けだね」
 はい、鳩さんどうぞー。
 豆の袋を差し出すクリス。
 だが、その彼は鳩は鳩でも公爵な鳩さん。
「砕けていない豆を所望する」
 ほら、お持ち帰り用の袋もあるから。

 準備が進む中、門木は始まる前に六実から受け取った手紙を開く。
 そこには、こう書かれていた。
『門木先生だけにお伝えします。2月3日は私の姉、アルテライア・エルレイスの40歳の誕生日です。本人が過去を知りたいと思うまで妹として接触出来ませんのでどうかお祝いしてあげて下さい』
 差出人はリーアとあるが、あの子の本名だろうか。
 そう言えば、確か去年は皆でお祝いをした筈だが――
「…今年は、何も準備してなかったな」
 事前に言ってくれれば皆も何かしらの準備をしたのだが。
 とりあえず、お祝いだけでも言っておくか。
「…誕生日、おめでとう」
 無造作に頭を撫でると、愛梨沙は驚いた様に顔を上げた。
「あ、そうか。今日って…」
 この日は愛梨沙が恩人に拾われた日であって、本当の誕生日は覚えていない。
 だから余り実感はないし、忘れがちになるらしいが。
「まぁ『愛梨沙』の誕生日としては妥当だし、なによりセンセにお祝いして貰えるのは嬉しいな♪ センセありがと♪」
 門木は抱き付いてきた愛梨沙の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「…パーティ、始まるぞ」
 まずは歳の数だけ豆を食べるのだったか。

 というわけでアレンは豆を食べまくる。
「私の実年齢? ふふふ、何歳でしょうねー。秘密なのですー♪」
 あれ、今日は訊いても良い日じゃなかったっけ。
「例外もあるのですよー」
 その目の前に積み上げられた量を見る限り、かなりの数である事が伺われるが。
 しかし、リュールの前にある山は更に大きかった。
 もはやそれは食事と言うより拷問レベル。
「お豆腐にした方が、よかった?」
 青空が心配そうに声をかけるが、大丈夫、もとより全部食べる気はない。
 そりゃそうだよね、932個なんて――あっ。
「それよりカノン、お前はどうなんだ」
「私、ですか?」
 ええ、まあ、結構な数を食べることになる、かも?
「母上…っ!」
 門木が慌てて止めに入るが、リュールは素知らぬ顔。
「お前が訊かないから、私が代わりに訊いてやろうというのだ。有難く思え」
 いや、それ余計なお世話だから!

 そんな光景を眺めながら、明は窓際でひとり冷や酒を傾ける。
「…天魔は年を取らないとか不公平じゃないか?」
 年齢が気になる37歳は、同窓会に行ったら半数がまだ独身でショックを受けた事をしみじみと思い出す。
「僕なんか、そろそろ孫の顔とか…」
 いやいやまだ早い。
 この歳でお祖父ちゃんだなんて、そんな。

 豆を食べたら、今度は恵方巻き。
「商店街で買ってきたのですよー」
 皆に配って、恵方を向いてイッキ食い。
「カッパ巻き美味しいのですー♪」
 これで節分の行事は全て、恙なく終了。
「後は皆でお茶して締めなのです」
 シグリッドがたいやきと緑茶を配って歩く。
 門木には勿論――
「せんせー、今日はぼくが! あーんするのです…!」
 やはり「される方」は恥ずかしかった模様です。

 ところで、これはやっぱり来年もやるんですか、ね――?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
地上に降りた星・
桜井明(jb5937)

大学部6年167組 男 アストラルヴァンガード
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
久遠ヶ原学園初代大食い王・
Unknown(jb7615)

卒業 男 ナイトウォーカー
真ぽっぽ砲・
ロンベルク公爵(jb9453)

大学部5年90組 男 ナイトウォーカー
伝説を呼び起こせし勇者・
湯坐・I・風信(jc1097)

高等部3年4組 男 ダアト