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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:12人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/24


みんなの思い出



オープニング


※このシナリオは初夢シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 状況は絶望的だった。
 久遠ヶ原の人工島に侵攻した天魔連合軍は、学園の目の前にまで迫っている。
 島内の一般人は学園内に避難していたが、そこも既に安全とは言い難い状況になっていた。

 敵の先頭に立つのは、百の頭を持つ巨大なドラゴン。
 それはディアボロとサーバントの性質を併せ持つキメラだった。
 魔界と天界が結託し、人類を完全に滅ぼさんが為に送り込んで来た最終兵器だ。
 全体の大きさは、ちょっとした要塞といったところか。
 頭のひとつが長さ20m、直径3m程度、そこから炎や雷、熱線などを吐いて攻撃して来る。
 本体のカオスレートはゼロ、ニュートラルだ。
 しかし百の頭はそれぞれ別個に、しかも瞬時にCRを切り替える事が出来る。
 例えばナイトウォーカー相手に攻撃を加える時はCRプラス10、防御時にはマイナス10といった具合に。

 最後の砦は、学園への侵攻を食い止めるべく立ち塞がった撃退士達。
 教師達は勿論、新入生から卒業間近のベテランまで、戦力になる者も、ならない者も、片っ端からかき集めた総力戦。
「戦えなくても盾くらいにはなるだろう! 学園には今まで世話になった島の人達が避難してるんだ、絶対に通すな!」
 何処かで叫ぶ声は、途中で断末魔の悲鳴に変わった。

 吐き出される炎は町を焼き、雷は木々や建物を引き裂き、熱線は全てを消し去る。
 地上から戦いを挑む者達は鞭の様にしなる尾で打ち払われ、空から近付く者は翼が巻き起こす風で吹き飛ばされた。
 それでも懸命に喰らい付き、刃を突き立て、銃弾を浴びせ続ける。
 その甲斐あって、ドラゴンは次第にその首の数を減らしていった。
 しかし、斬り落とされた首は新たな小型のドラゴンとなって蘇り、その機動力を駆使して陣形に切り込んで来る。

 この分だと、百の首の全てを斬り落としても、それで終わりという訳にはいかないだろう。
 恐らくもう一段、或いは二段階、奴は化けるに違いない。

 戦いが始まって、既に数刻。
 足元には仲間達が骸となって横たわり、もはや彼等を踏まずには前進する事もままならない。
 だが、生き残った者達はそれでも進む。
 まだ温かい肉の感触を足の裏に感じ、自らも血を流し、臓物を引きずりながら。

 赤黒く染まった世界で、この背に負った大切なものを護る為に。
 或いはただ己の生を散らす、それだけを求めて。


 勝利の鐘が鳴り響くその時、その音は彼等の耳に届くのだろうか――




リプレイ本文

 そこに、動くものの姿は殆どなかった。
 ただ巨大な塊が、全ての中心にあって蠢いている。
「これが終わったら、皆を見て私のいつかのあの人みたいに笑えるのかしら?」
 稲葉 奈津(jb5860)は、怯む事なくその真っ正面に立った。
「……そうだとしたら…楽しみね♪」
 既に殆どの首を失っても尚、ドラゴンの攻撃は衰える様子がない。
 更には斬り落とされた首が新たなドラゴンとして甦り、次々と押し寄せて来る。
 だが自分がここで踏ん張れば、後は仲間達が何とかしてくれる筈だ。
「さぁバケモノッ!! 私を見なさい!! ここで行き止まりよっ」
 シールドを張り、防御力を上げ、黒く輝く霧を身に纏い、高らかに叫ぶ。
 ドラゴンの目には、そんなちっぽけな存在など見えていないかもしれない。
 それでも。
「この後ろには、まだ戦える仲間がいるのよ!」
 彼等が再び立ち上がるまで、ここを退くわけにはいかないのだ。
 自分の役目は、ここで少しでも時間を稼ぐ事――

「天魔は壊滅しているし、残すところはこのドラゴンだけ……これを倒したら、みんな終わりになる?」
 Robin redbreast(jb2203)は赤黒く燃える世界の中で、無表情にひとり立つ。
「もう戦う必要がなくったら、久遠ヶ原学園も、撃退士も、もう要らなくなるのかな。そうしたら、あたしも要らない子になって、捨てられちゃうのかな」
 今まで考えた事もなかった。
 目の前に倒すべき敵がいるなら、ただそれを倒すだけ。
 それ以外の事は考えないし、考えられないし、考えたいとも思わなかった。
「ドラゴンは、倒さなきゃ」
 それが今、与えられている仕事だから。
「でも、これでお仕事がおしまいなら、あたしも終わりにしなきゃ…」
 それは最後に芽生えた意思。
 仕事は絶対。
 ドラゴンは倒す。
 その結果、自分の存在価値がなくなったとしても。

「いずれ死すべきこの命…最期は未来のため、捧げましょうか……」
 既に満身創痍の十三月 風架(jb4108)は、今ここを死に場所と定めた。
 人の殻を脱ぎ捨てるが如く、自らの身体を袈裟懸けに切り裂き、己が持てる全ての力を全力で解放する。
 聖獣・死神・神殺、三人の師匠より受け継ぎし力。
 どれも人の体には無理のある力だが、これが最後となれば躊躇う理由もない。
 その姿は既に随所で人間の形を留めておらず、四獣―四凶―死凶…死神の力を纏う神をも殺す獣となる。
「黒影の風は我が力、無へと誘う決別の力也」
 人としての身体が形を保っている限り、彼は無敵だ。
 反撃を喰らっても倒れず、痛みさえ感じず、ただの一振りで残った全ての首を斬り落とす。
 かつて制御できずに暴走した力の、更にもう何段階も先を行く力。
 だが今は暴走などしない。
 そこに至るよりも先に、身体の方が悲鳴を上げていた。

 そこに、ふいに姿を現した小さな影。
 ロビンは気配を殺し、死体の山に身を隠しながらドラゴンに近付く。
 これが最期という気負いもなく、ただ普段通りに淡々と、効率的に、自分の為すべき事を。
「それが、あたしのお仕事」
 斬り落とされ地に落ちた首を踏み台に、全てが切り落とされてもまだ命尽きる事のないドラゴンの本体に向かって、跳ぶ。
 三日月の刃を身に纏いつつ、ファイアワークスによる爆発の勢いと共に、渾身の一撃を見舞った。

 ドラゴンの本体は、自らが作り出した血溜まりに沈もうとしている。
 しかし。
「まだ…まだ!」
 落とした首が、小型のドラゴンとなって甦ろうとしていた。
「変化する前に、潰す!」
 腕の骨は砕け、腱は千切れ、筋は裂け、地に着く程に伸びて、肩からぶら下がっている。
 しかし、それでも。
 風架は既に感覚の失せた足を前に踏み出す。
 途端、その身体は支えを失った積み木細工の様に崩れ落ちた。
 小型のドラゴンが、そこに群がって来る。
 自らの肉が食いちぎられる音を遠くに聞きながら、風架は最期の言葉を絞り出した。
「あとは…おねがいします」
 そう、言ったつもりだった。
 赤く霞む視界の中で、死んだ筈のドラゴンの身体が赤黒い鱗に覆われていく。
 それが何を意味するのかを悟る間もなく、全てが意味を失った。



「復活、したんだ……」
 その姿を呆然と見上げ、藍那湊(jc0170)は小さく笑みを漏らした。
 こんな時に笑うなんて、どうかしていると自分でも思う。
 けれど、何故か悪くない気分だった。
「君も変な運命を背負っちゃったね。魔界と天界が力を合わせて生まれたなんて…羨ましいし、僕とちょっぴりお揃いだ」
 美しかった翼は見る影もなく羽が抜け落ち、折れかけている。
 手足も血塗れで、肋骨も何本か折れているだろう。
 でも顔だけは不思議と、大した怪我はない様だ。
「アイドルだもんね。顔は大事にしなきゃ」
 さあ、ここが最後の見せ所。
 アイドルとして誰かの為に輝くことを目指した自分の――
「見せてみせる、僕らが守る人間界の未来(これから)を。大切な人たちに」
 最後の力を振り絞り、翼を広げる。
 赤黒い鱗を纏う巨大なドラゴンの、大きく開けた口に突っ込んで行く勢いで、湊は飛んだ。

 生温かい、ドロリとしたものの中で、遠石 一千風(jb3845)は目覚めた。
 どうやら気を失っていた様だ。
 手も、足も、顔も、服も、全てが赤く染まっている。
 それでもまだ、生きていた。
「誰かが、守ってくれた……?」
 一千風は血溜まりから起き上がり、顔を上げる。
 そこに、誰かの背中があった。
「無事か」
 片腕のない男が、無事な方の腕を差し伸べる。
 その手にアウルの光が宿り、癒しの力が一千風の身体に流れ込んで来た。
「無事ならば、行け。お前はまだ若い、ここで命を散らす事もあるまい」
 男は顎で背後の校舎を指す。
「あなたは……?」
「…俺は護らなければならないんだ…」
 その男、強羅 龍仁(ja8161)は正面に向き直る。
 目の前に、赤黒い鱗を持つ巨大なドラゴンの姿があった。
「何だ、あれは……」
 一千風の声に、龍仁が答える。
「復活したんだ、更に凶悪度を増してな」
 一千風は、復活前のドラゴンに真っ正面から挑んで――敗れた。
 全ての力を振り絞り渾身の一撃を加えた筈なのに、全く歯が立たなかった。
 なのに、更に強さを増したドラゴンになど、太刀打ち出来る筈がない。
「……悔しい……っ」
 一千風は肩を震わせる。
 力が欲しい。もっと大きく、圧倒的な力が。
 そうだ、確か――
「待っていろ……死ぬなよ」
 龍仁に声をかけ、一千風は後方に下がった。
 確か聞いた事がある、学園内には途中で開発中止になった強力なV兵器が眠っていると。
 管理者は既に亡く、指揮系統もズタズタだ。
 勝手に持ち出しても咎める者はなかった。
 両腕と肩のみを覆う無骨なパワードスーツの様なそれは、使用者を内部に取り込んで神経系に直接接続し、強力に増強させたアウルで光の剣を作る。
 攻撃力は、かの聖槍アドヴェンティをも凌駕すると言われていた。
 その代償は、使用者の命。
 だが死への恐怖よりも、力を欲する想いの方が勝っていた。
『撃退士なんて貴方のやることじゃない』
 かつて母はそう言って止めた。
 一人の少女の人生としては、その指摘は正しかったのだろう。
 けれど、それでも自分が選んだ道だから。
 たとえその最期が腕や足を失う、凄惨なものだったとしても。
 一千風は戦場に舞い戻る。
 今度は自分が誰かを――皆を救う為に。

 湊はドラゴンの牙に翼を食いちぎられながらも、その首に剣を突き刺した。
 固い鱗に阻まれて一度は弾かれたが、その隙間に切っ先を差し込む様にもう一度。
 ドラゴンはそれを振り解こうと首を振り、地面に叩き付けるが、それでも湊はその手を離さなかった。
 防御を上げるドラゴンに対し、眠っていた天使の血を目覚めさせる。
 カオスレートが天界側に傾くと同時に、光纏中は常に頭上にある金の輪が一層輝きを増した。
「君は誰かを殺すために生まれて散るのかもしれない。僕も学園に来るまでそう思っていた。
 だけれど僕には守りたいものができた。家族、友達、そして愛しいひと。
 その人たちを守るためなら、生きなければ……生きて、君を倒さなくちゃあ」
 優しく微笑み、最後に残った全ての力を剣に込める。
 だがドラゴンの首は太く、その骨は余りに硬い。
 ひとりの力では、とても――

 そこに、異様な姿をした少女が飛び込んで来る。
 見た事もない奇妙な機械に繋がれた両腕は、肘から先がなくなっていた。
 代わりに、迸るアウルの輝きが大剣を形作っている。
「この力があれば……!」
 一千風は両腕の剣を十文字に振るい、湊の逆側から斬り付ける。
 それを見て、湊も気力を振り絞った。
 二人のアウルが共鳴し、ドラゴンの首を取り巻く光の輪となる。
 全ての力を解放すると同時に、光の輪は渦を巻く様に回転しながら収縮。
 まるで絡めた糸で絶ち切る様に、巨大な首がぱつんと切れた。

 ああ、大好きなあの子の長い髪に触れたい、な。
 もしも、帰ることができたなら――

 ドラゴンの首と共に、湊もまた落ちて行く。
 このままだと、巨大な首に押し潰されるだろう。
 だが湊にはもう、指を動かす力さえ残っていなかった。
 地響きと共に巻き上げられた粉塵が、全てを覆い隠す。

 しかし、それで終わりではなかった。
「大丈夫か」
 ヒールの柔らかな光が湊の包む。
 うっすらと目を開けると、片腕の男が血塗れで微笑んでいた。

 龍仁は間一髪、湊の身体を掻っ攫う。
 代わりに自分の足が潰された様だが、もう痛みは感じなかった。
 辛うじて起き上がり、死体のクッションに寝かせた相手に治療を施す。
「よかった」
 龍仁は目を開けた湊の頬に手を触れて、そっと微笑んだ。
「『今度』はちゃんと護れたな…」
 失血ゆえの混乱か、それとも死の間際の幻覚か。
 龍仁にはそれが亡き妻の姿に見えている様だ。
 苦しい息の下、龍仁は語りかける。
「安心、してくれ…あの子は、元気だ」
 あの日、守れなかった事も、見捨てて逃げた事も、忘れてはいない。
 一瞬たりとも忘れた事はない。
 しかし、その彼女が今、生きて、ここに居る。
 今の龍仁とっては、それもまた揺るぎない事実だった。
「……お前に似て心優しい子になったんだ…か弱い所も似たかもな…」
 妻は生きている。
 しかし、息子の成長ぶりは知らない。
 矛盾した考えだが、龍仁は気付かなかった。
 理屈など、もうどうでもいい。
 既に耳も聞こえず、目も見えない。
 ただひとつの想いだけが、彼の全てを支配していた。
「最後にお前を護れて良かった…こうして最後に話が出来て本当によか……た…」
 満足そうに、そっと微笑む。
 この世でやり残した最期の仕事を終え、龍仁は静かに目を閉じた。

(人間を守る盾になって死ね、という任務か)
 ファーフナー(jb7826)は人を憎み、己の血を呪い、嘘と偽りを友に生きてきた。
 その最期が、これか。
(こりゃあいい。死に場所も、死に時も、仕事が親切に決めてくれるのか)
 良いだろう、終わりにしよう。
 もう潮時だ。
 これで、この残酷にも下らなく美しい悪夢ともオサラバだ。
 ファーフナーは陰影の翼を広げ、宙に舞う。
 それを撃ち落とそうと振り回される尾の攻撃をかわし、ドラゴンの頭上へ。
 首を切り落とされても、それはまだ生きていた。
 どうやら弱点は他にあるらしい。
「何処だ」
 頭上を飛び回りながら、ありったけの範囲攻撃を満遍なく浴びせかける。
 腹か、背か、それとも――
「あれか」
 分厚い皮膚が再生し、今にも塞がれようとしている首の切り口。
 そこに直接アウルの力を撃ち込んで、内側から破壊するのだ。
「弱点は首の切り口だ。俺が合図を送ったら全力で攻撃しろ」
 ファーフナーは、まだ余力のあるロビンに声をかけた。
「だれ?」
 姿は見えない。
 けれど、それが自分に託された仕事なら。
 ロビンは周囲に出来た死体の山に身を隠し、合図を待った。
 上空から急降下したファーフナーはスターショットでCRを上げ、ドラゴンの首を地面に叩き付ける様に上から押さえ込む。
 その攻撃を撃ち込まれたドラゴンは、防御の為にCRを引き上げた。

 ファーフナーが最期に願ったのは、人間の手で殺されること。
 天魔の作り出した化け物にではなく、憎しみ抜いてきた、人間の手で果てたい。
 だから、今にも傷が塞がろうとしている首の切り口に取り付いた。
 周囲から押し寄せる硬く分厚い皮膚に両手をかけ、力任せに引き裂く。
 自分が選んだ人間は、ナイトウォーカー。
 今この状態なら、その攻撃は面白い程に効くだろう――ドラゴンにも、自分にも。

 今だ。俺に構うな、巻き込め。

 そう、言うつもりだった。
 しかし一瞬の後。
 ファーフナーの身体はもう、そこになかった。

 危ない、逃げろ――
 一千風は叫ぼうとした。
 しかし、声が出ない。起き上がる事も出来ない。
 急激なアウルの放出と身体にかかる負荷によって、一千風はその命を削られていた。
 両腕は既にない。
 反動で身体中の骨がヒビ割れ、砕けている。
 ただ意識だけは、はっきりしていた。

 斬り落とされたドラゴンの首は、まだ生きていたのだ。
 そこから手足が生え、翼が伸びて、新たなドラゴンが生まれる。
 鋭い牙が、自らの首ごと邪魔者を食いちぎった。

 ファーフナーの最期の望みは叶わなかった。
 だが、それで良かったのかもしれない。
 あの少女の手を汚さずに済んだ。
 彼女はきっと、これからも生きて行くのだろう。
 その心に、これ以上の重荷を負わせることもあるまい。
 龍がその腕に抱いて眠る黄金は、もう誰も奪えない。傷付ける事も出来ない。
 もう、その宝を守る為に牙を剥く必要もない。
 呪いは解かれたのだ。
 呪われしもの、ファーフナーは、もう居ない。

 ロビンは首の切り口に取り付いていた。
 それが再び塞がる前に魔銃の銃口を突き刺し、常世の闇を身に纏う。
 次の瞬間、全てのアウルを弾丸に乗せて叩き込んだ。
 鱗の隙間から眩い光が溢れ出し、弾ける。
 その爆発から逃れる力は、もうなかった。
 いや、自ら望んで巻き込まれた様にも見える。
(もう、要らなくなった機械だから……迷惑のかからないように自分自身で処分しなきゃ)
 ずっと塗りつぶし続けてきた過去。
 もう何も覚えていないと思っていた。
 親の顔も、故郷の景色も、自分の名前も。
(でも……思い出したよ。あたしの名前、おとうさんと、おかあさんのこと、ふるさとのこと……)
 拐われた時に、大人はみんな殺されてしまったことも。
 ふるさとに帰っても、そこには誰もいないことも。
「そっか…おとうさんとおかあさんに、会いに行けるんだね」
 忘れていた事が、もうひとつ。
 嬉しいという感情。そして人は嬉しい時にも涙を流すということ。
 最期に浮かべたのは、ほんとうに嬉しそうな微笑みだった。

 しかし、戦いはまだ終わらない。

 霞む視界の中で一千風が見たものは、爆発の中から甦る屍龍の姿だった。
 溶けて爛れた様な皮膚から生える無数の首は、まるでイソギンチャクの様に蠢いている。
「なに、これ……」
 こんなもの、勝てるわけがない。
 その首から一斉に毒々しい色の霧が吐き出される。
 それは浴びた者の身体を痺れさせ、やがては腐らせて死に至らしめる猛毒。
 抵抗する気力さえ既になく、一千風は闇に呑まれていった。



 世の中に満ちているのは愛でも憎悪でも無く皮肉だとは、よく言ったものだ。
 たいした強さも無く、誰からも必要とされなかったゴミの自分が、ここまで生き残っている――自分よりも遙かに、生き残るべき理由も希望も持っていた筈の者達の屍を踏みつけて。
「結局最後までこういうことだ」
 過去を思い浮かべ、天宮 佳槻(jb1989)は自嘲気味に笑う。
 焼け爛れた頬が引き攣り、鋭く痛んだ。
 痛い、という事は……確かにまだ生きているらしい。
 片眼は既に失われ、身体のあちこちが真っ赤に焼けて、片方の足は表面が炭になっている。
 それでもまだ、佳槻は立っていた。
 けれど、きっと間もなく死ぬのだろう。
 自分の中から聞こえていた「何故お前が生きている」という声も、もう聞こえないのだから。
「良いだろう、逃げる理由も無いのだから」
 瘴気の中、鳳凰に守られた佳槻は半ば焼けた翼で共に空を舞う。
 自分に敵を倒すほどの火力はないが、誰かが攻撃或いは体勢を立て直す為の隙を作り、時間を稼ぐだけの事は出来るだろう。

「はぁはぁ…まだなのっ……? そろそろ……限界なんだけどな……」
 奈津は思わず弱音を吐いた。
 その目の前で、倒された筈のドラゴンが再びの復活を果たす。
 流石に心が折れそうになった。
(目の前が揺れる…もう終わりかな……あ……あれ? …なんだろう…毎日が退屈で…何時死んでもいいって思ってたあの頃…あの時に天魔に襲われた時にだってこんな気持ちになった事なかった……)
 強烈な想いが押し寄せて来る。
「―――――――死にたく――――ないっ―――!!」
 周りの景色が滲んでぼやけた。
 自分が泣いているのだという事に気付くまで、どれだけの時間がかかっただろう。
 気が付けば喉から嗚咽が漏れ、膝もガクガクと震えている。
 ぺたりと座り込んだら、もう二度と立てなくなってしまいそうな気がした。
 この場から逃げ出す事は出来ないだろうか。
 最期の力、気力を振り絞ってでも。
 そう思って後ろ振り向いたその目が、何かに釘付けになった。
 それは戦場に置き去られ、ボロボロになったぬいぐるみ。
「それは…できないっ!!」
 溢れる涙はそのままに歯を食いしばって嗚咽を飲み込む!
 足腰は叩いて奮起させ!
 敵に向かって睨みつける!!
「さぁっ!! 来なさい!! 私が居る限りここは通さないっ!!」
 その瞳は、いつの間にか空を見上げていた。

 別の場所では、亀山 淳紅(ja2261)が同じ空を見上げていた。
「やぁやぁ、奇なる縁ですねぇ」
 最高のラストステージを前に、放置された大型トラックの陰に隠れ、呼吸を整える。
 心臓は急かす様に早鐘を打ち、喉は余計な穴が開いてしまった笛の様に、ひゅーひゅーと情けない音を立てていた。
「こんな最期になるとは思いませんでした」
 笑う余裕などない筈なのに、自然と笑みが零れる。
 話し相手の大天使は返事をしない。
 先程から浅い呼吸音だけが聞こえていた。
「自分、恋人も家族も全員アストラルヴァンガードで」
 一緒に行くと、泣いて言われたけれど。
「一般人の方も怪我人多かったんで、無理やり中においてきちゃいました!」
 高らかに、歌う様に、笑い――咳き込む。
 ドロリとした血の塊が、喉の奥から吐き出された。
「ああ、お陰で喉の閊えが取れましたわ。ははっ、スッキリや」
 本当は連れてきた方が良かったことなんて百も承知だ。
「最後に見たのが泣き顔やなんて……ほんま、シャレにならんですわ」
 笑った顔が思い出せないのが、悔しかった。
「ダルドフさんは? 奥さんとか、娘さんは……」
『ぬしと同様、戻ったら一家総出の説教であろうのぅ』
 答えは頭の中に直接返って来た。
 どうやら喉をやられたらしい。目も殆ど見えていないのではないだろうか。
 心臓が鼓動を打つ度に、至る所に穿たれた孔からじわりと血が溢れてくる。
「…ここさえ守れば……、……戻ったら、また。カラオケ行きましょ、ね」
 叶わぬ希望を語り、淳紅は血と涙と鼻水でグチャグチャになった顔を拭った。

 その時、トラックの前面にある三つのランプが、まるで意思を持った様にチカチカと瞬いた。
 運転席に突っ伏している人影には既に命の気配はなく、他には乗っている者もいない。
 何かの弾みで電気系統が誤動作を起こしたのだろうか。
 しかし、それは大型トラックである彼女――正式名称レティシア・シャンテヒルト(jb6767)がアウルに目覚めた瞬間だったのだ。
 機械が意思を持つなんて、有り得ないと思うだろうか。
 だが、古来よりこの国では九十九の齢を重ねた器物には魂が宿ると言う。
 彼女は長年の間、ご主人様と共に走ってきた。
 形式は古いが、毎日欠かさず手入れをして貰っていた車体はピカピカに輝いていた。
 ご主人様は無事故無違反がご自慢で、いつも「お前のお陰だ」と褒めてくれていた。
 だから。
 そのご主人様がドラゴン侵攻の際に攻撃の余波を受けて、その生涯に最初で最後の事故を起こした時に、その魂が乗り移る様に「目覚めた」としても不思議はないだろう。
 レティシアは必死にランプをチカチカさせて『大丈夫ですか?』と語りかける。
 彼女の陰に隠れていた二人には、何故かそれが言葉として理解出来た。
 次に彼女は蹂躙するドラゴンに憤りを示すようにチカチカと瞬く。
「乗せてってくれる、言うんか?」
 チカチカ。
 確かに今は少しでも体力を温存したいところだ。
「ほな頼めるかな」
 チカチカ。
 レティシアの役目は仲間の為に道を切り開く事。
 淳紅をこそっと荷台に乗せて、エンジンをかける。
 しかしタイヤは空回り、頑張っても頑張っても動かなかった。
 周囲に積み重なった遺体と、流れ出る血や汚物のせいだ。
 と、その荷台にダルドフの手がかけられた。
『行け、そして帰って来い!』
 渾身の力でトラックを押し出す。
 僅かに残った命が、身体中の孔から抜け落ちて行く。
 それでも淳紅は、やめてくれとは言えなかった。
 それを聞き入れる様な人なら、今ここには居ないだろう。
 勢いの付いたトラックは脇目もふらずに走り出す。
「歌謡い、最期のステージ、正真正銘のフィナーレっちゅうやっちゃな!」
 淳紅は前を向いた。
 前だけを見ていた。
 半分壊れたサイドミラーに、仁王立ちしたダルドフの姿が映る。
 その表情は笑っている様にも見えた。

 トラックに身を守る為の牙はない。
 けれど今日の荷物は撃退士、荷台に隠れてシールドを張り、敵の攻撃を撃ち落とし、近付くものを追い払ってくれる。
 レティシアは懸命に駆け抜けた。
 腐ったドラゴンの分身はそのまま轢き倒し、弾丸の様に真っ直ぐ突き進む。
 敵から見れば、捨て身の特攻にも見えるだろう。
 しかし本命は敵の元まで無事に仲間を送り届ける事。
 その為ならば敵の攻撃も一身に引き受ける。
 光り輝いていたボディは見る影もなくボロボロだが、きっとご主人様は「よくやった」と褒めてくれるだろう。
(レティシアは大型トラック、出来る事は何かを乗せて精いっぱい駆け抜ける事だけなのです)
 屍龍を目前にして、撃退士は荷台から跳んだ。
 お仕事は、ここまで。
 最後に残った力で、レティシアは屍龍に突っ込んで行った。
 クラクションが高らかに鳴り響く。
 チカ、チカ。
 点滅するランプ。
 今度はちゃんと運べました、そう言って微笑む様に。
 それは徐々に間隔が伸びていき……やがて、完全に沈黙した。

 どうせ後一発で終わるなら、終わってしまうなら。
 最期の瞬間まで歌謡いでありたい。
 淳紅はありったけの魔法で弾幕を張りつつ、瞬間移動と全力移動で屍龍の真上に跳んだ。
「こんだけでかい胴体やし、全音撃ちこまれたらそこそこ痛いやろ?」
 奏でるはCantata、五線譜が淳紅の足元に纏い付く。
 そこから一気に跳躍し、ぴたりと止まった。
 指揮者のタクトが振られる前の、一瞬の静寂。
 それが破られた瞬間、空のスクリーンに大編成のオーケストラが映し出される。

 さぁ、奏でましょー歌いましょ
 ラグナロクに響く歌王の歌
 聞き逃さんようご注意をっ

 淳紅の歌声と共に、音の雨が降り注ぐ。
 広範囲に容赦なく降るそれを、避けるすべはない。
 残った首達は上空の淳紅を撃ち落とそうと、闇雲に熱線を吐いた。
 だが、それは狙った所には当たらず――
「ほら、な」
 やっぱり、結局最後までこういうことだ。
 流れ弾の直撃を受けるなんて、どこまで運がないのだろう。
 撃ち抜かれた佳槻は、地面に激突した。
(見送る人も見守る人も無くゴミのように消える…人は生きたようにしか死なないってホントだな)
 自分の行動には意味があったのだろうか。
 誰かの役に立てたのだろうか。
 それさえもわからず、実感が遠ざかっていく。
 最期に感じたのは、別れを告げるか慰めるかするように寄り添ってくれる鳳凰の気配。
 消えゆきつつ、それでも最後まで。
「もういい、ありがとう…」
 自分みたいな召喚者に付き合ってくれて。
 その声は、届いていただろうか――

 降り続く音の雨の中、ふらふらとさ迷い出る者があった。
「つまらん…つまらん…」
 それは足を引きずりながら、ぶつぶつと繰り返す。
 長く伸びた髪を無造作に流し、相棒の眼帯をつけて戦い続ける死者。
 そこに心はない。
 仲間もいない。
 彼を護れなかった者を仲間とは呼ばない。
 己も仲間とはいわない。
 己は己とはいわない。
 ここは、誰もいない世界。

 君のいない世界はとてもつまらない。
 このつまらない世界を終わらせよう。
 あのでかくて邪魔なものからおわらせよう。
 そうして刃を振り続ける。

 それは、ただただ楽しみと慈しみを奪われ、死者と化した者。
 誰の言葉も解さず、聞こうともせず、ただ大きな獲物に刃を立てる。
 倒れる屍龍は、思ったよりも弱く感じた。
 それは仲間達の攻撃が功を奏した結果だった。
 しかし、そこに何の意味があるというのか。
 理解しない、したくもない。
「コレでおわりか…」
 安堵ではない雫が落ちる。
 それで全てが終わった。
 終わった筈だった。

 だが次の瞬間、倒した筈の敵は起き上がり、それを呑み込んだ。

『ああそうだった』
 屍龍の腹部から声が聞こえる。
 それはかつて、人の間で蛇蝎神 黒龍(jb3200)と呼ばれていたモノの声。
 更に遡れば、それは黒霧を操る龍の眷属。
 今それは「彼」のいない世界を終わらせる為に、冥魔に帰依した。
 龍の屍骸を体内から喰み、力を削り、己の力にして、黄泉還…甦り敵として立ちはだかる。
 嘲笑う声が聞こえた。
『さあ、つまらん世界をおわらせようやっ!!』
 かつての姿で立ち上がり、黒霧を辺りに充満させる。
 おわりのときは、おわりのはじまり。

 だが、終わらせない。

「……クハハ…残ったんは俺かいな…ほな、いこか…!」

 ―我全てを喰らう死神也―

 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、周囲に散乱する亡骸を喰らう――その血と魂の全てを、敵味方の区別なく。
「血よ肉よ魂よ、全て我の糧となれ」
 手に入れた糧は、失われた力を取り戻すに充分だった。
「久々やなぁ…この感じ…お別れや、久遠ヶ原。ま、世話になった礼はさせてもらう」
 最後の敵は、かつての同胞。
 だが容赦はしない。
「ここに来れたおかげでいろいろ技見れたんや。遠慮なく使わしてもらうで」
 辺りは暗黒の霧に覆われ、視界が効かなかった。
 だが、その目は真の闇でさえ昼間の様に見通す事が出来る。
 黒霧の中の暗黒龍、隠れているつもりでも丸見えだ。
 自らも闇と銀雷を纏ったゼロは、雷の如く光速で動き回り、攻撃を加えて行く。
 真の奥義を見せてやろうか。
「ここにおる魂全部喰らっとるんやで? 全員の技使えるに決まっとるやろ!」
 竜王バハムートの腕を得たゼロが三人に増え、斃れた者達が持っていた全ての射撃武器がその周囲を取り囲んだ。
 本体の攻撃と同時に、散って行った全ての者達の想いが火を噴く。
 だがそれでも、闇に光る黒曜石の如き鱗には傷ひとつ付かなかった。
 逆に、龍はゼロの周囲を取り巻き、その太い胴で締め上げる。
 刃物の様な鱗が獲物を切り裂き、切り刻んだ。
 しかし。



 この世に行けとし生けるもの森羅万象理全て天地星も神でさえ我の前では無に等しい

 ――我死神――

 永久なる無へと帰るがいい



 それは天と魔の力を暴走させ、全てを『無』にする力。
 攻撃も防御も生命も、己の存在さえも、全てを『無』へと返す禁呪。
「我が名はゼロ。全ての始まりであり全ての終わり。さぁ…『無』に還れ」
 その力には、何者も抗し得ない。
 黒い霧はその内部に黒龍を――ゼロ自身さえも抱え込んだまま、一点へと凝集を始める。
 それはまるで、自重に耐えきれずに重力崩壊を起こした巨大な恒星の様に急速に圧縮され――消えた。
 衝撃波を発する事もなく、ただ、跡形もなく消え去った。
 消滅したのか、或いは何処か別の世界に送り込まれただけなのか。
 それは、誰も知らない。
 ただ、最期に……声が聞こえた気がした。

 ――やっと君の処に還れる…ヨ…――

 彼が還るのは、暁の空。
 二人で飽かず眺めたその空の先で、きっと待っている筈だから――










 どこか遠くで、鐘の音が聞こえた。
 校舎に避難していた人々が、その音に誘われる様に、ひとり、またひとりと、窓から顔を出す。
 そんな彼等に、奈津は笑顔を見せた。
 いつかの、あの人の様に。

 最後の戦いに臨み、生き残った者は、僅かに三人。
 稲葉奈津と、亀山淳紅、そして藍那湊。
 残りの者は死亡、或いは行方不明――中には初めから存在しなかったかの如く、記録に残らなかった者もいる。
 或いは偽名や仮名のままで残された者も。
 彼等の本当の名を知る者が、何処かに一人でも居てくれる事を願う。

 打ち棄てられた大型トラックは沈黙していた。
 まるで、アウルに目覚めた事が夢であったかの様に。
 元々は、道半ばでドライバーを死なせてしまった未練がその原動力だったのだろう。
 それを果たした今、恐らく修理は望むまい。
 だから、きっとここまで。
 それは幸せな最期だったのだろう。トラックとして望まれた役目を全うできたのだから――





 何処か遠く、或いは近く。
 世界の狭間に、彼は浮かんでいた。
「さて、ここでの俺の役目は終わりかいな。ほな、次の『セカイ』へ行きますかいな」
 新たな『始まり』を見届け、ゼロは新たな世界へと消えて行く。
「ほんま…楽しかったで♪」
 その行き先は、誰も知らない。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
黒き風の剣士・
十三月 風架(jb4108)

大学部4年41組 男 阿修羅
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA