●おんぼろアパート
「今日は俺も、もっふもふ」
たぬきの着ぐるみに身を包んだ七ツ狩 ヨル(
jb2630)は、足の間に挟んだタロをもふりまくっていた。
「もっふもふやー」
その背中にぺたりと貼り付いている黒いおんぶおばけは…とりあえず放置するとして(酷
彼等は今、仲間達と共に移住予定のアパートに集まっていた。
「ここが門木先生とリュールさんの新居ですか?」
見上げたレイラ(
ja0365)が少し怪訝そうな声を上げたのも無理はない。
それは昭和の香り漂う何とも趣のある建物だった。
はっきり言って、ボロい。
「これは徹底的に手を入れないと、まともに住めそうもないぞ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が溜息を吐く。
だが、ヨルはきょとんと首を傾げていた。
「そうかな…そんなでもないと、思うけど」
年季の入り具合なら、今住んでいる寮も負けてはいない。
それに、部屋はこちらの方が広そうだ。
「俺は別に、気にならない。壁、ぶち抜いたりも出来るんだよね?」
レイアウトも自由が利きそうだし、蛇蝎神 黒龍(
jb3200)に貰った大事なぬいぐるみを飾る棚や、着ぐるみを収納するスペースも充分に確保出来るだろう。
それに、ここならタロといつでも遊べるし。
「ルームシェア、出来るなら…黒と一緒が良いかな」
「え、ほんま? ほんまにええの?」
「今までは、寮だったから。アパートなら、そういうのも良いかなって。黒、いつも言ってたし」
「おおきにヨルくん愛してるぅー!」
もっふー!
天にも昇る心地とは、こういう事か。悪魔だけど。
もふもふすりすり、黒龍はマッハでヨルをもふり倒す――それはもう、タロが逃げ出す程の勢いだった。
「…黒」
ヨルくんにジト目で見られても気にしない、寧ろご褒美。
「皆で住むの、楽しそうな!」
青空・アルベール(
ja0732)が、にこにこと嬉しそうに仲間達の顔を見る。
ヨルと黒龍の他、自分は勿論、レイラに雨野 挫斬(
ja0919)、シグリッド=リンドベリ (
jb5318)も既に入居の希望を表明していた。
ミハイルは武器庫(語弊あり)に改造したい様だが、そんな使い方も問題ないだろう。
少々床に改造を施す予定だが、ボロ故に一切の制約はない――建物が倒壊しない範囲なら。
「私も引っ越します。こちらが揃った時だけあちらが動いてくれるとも思いませんしね」
カノン(
jb2648)が相変わらずの硬い表情で頷く。
いや、少しは表情を緩めないと――
(メイラスの追撃が手緩かった気はしましたが…リュールさんに特に何もなかったということは一息ついていい、筈ですよね)
深刻にはならないように、明るく振る舞おう。
(リュールさんや先生も気にしてしまうと思いますし…)
特に門木は心配性だし。
目が合った瞬間に小さく笑い返すと、門木もほっとした様に表情を緩める。
まったくわかりやすい――いや、そうでもないか。
時折、予想もしない行動に出たりするから、油断は禁物だ。
「え、あたし達もここで一緒に住んで良いの?」
皆の話を聞いていた鏑木愛梨沙(
jb3903)が目を輝かせた。
「ならあたしも行く! 引っ越しする!」
実は愛梨沙、今まで住んでいた家を追い出され、路頭に迷う寸前だったのだ。
堕天したばかりの自分を助け、名前と住む場所をくれた「鏑木のおばあちゃん」が少し前に亡くなった。
すると、今までに見た事もない親戚と名乗る人々が大挙して押し寄せ、部外者は出て行けと――
それで仕方なく引っ越し先を探している最中だったのだが。
「えぇと、こう言うのを『渡り鳥』って言うんだっけ?」
言いません。
それを言うなら渡りに船――まあ、今にも沈みそうなボロ船ではありますが。
「ええと、リフォームっていうんだっけ? そこから始めるのかな?」
「うん、まずはリュールさんが暮らす環境を整えなきゃだね?」
フィノシュトラ(
jb2752)が頷く。
「それでは、おふたりがゆっくりと暮らせるような場所を、みんなが帰ってこれる場所をつくりましょう」
レイラが皆を見て言った。
でも、ちょっと待って。
「リフォーム前に皆で記念撮影しない?」
青空がカメラを取り出した。
こうして記録を取って、後から見返すのも良い思い出になるだろう。
ただ、レグルス・グラウシード(
ja8064)の姿が見えない様だが――
実は彼もその場に居たのだ。
ただし建物の影に隠れ、親子の幸せを密かに祝う守護霊か何かの様にして。
(お母さんと暮らせるようになってよかったですね、門木先生)
彼の父親は事故で亡くなった。
その瞬間に母親は狂気に陥り、彼とその兄の存在を忘れ、長兄だけを溺愛し――そしてもう、手も声も届かない場所に逝ってしまった。
彼には、母親から名前を呼ばれた記憶がない。
だから、幸せそうな親子が眩しすぎて。
それ以上に、自分が惨めで。
ここには居られない。
これからの戦いで自分の力が必要になるなら、その時にはまた顔を合わせる事もあるだろう。
だが、この空気の中には入れない。
入ってはいけない。
少年は、まだ揺らいでいた。
揺らぐ心を抱えたまま、そっと立ち去る。
この場に自分がいない事など、誰も気にする筈がない。
気付く事もないだろうと、小さな痛みを胸の奥に抱えながら。
●リフォームプラン
「ボロ家を皆で改造か。懐かしいな」
不動産屋で借りて来た図面を見ながら、ミハイルがしみじみと呟く。
「なあ先生、不良中年部の設立を思い出すじゃないか」
あの頃はまさか、こんな事になるとは思いもしなかったが。
人生、何が起こるかわからないものだ。
「…また、倉庫やゴミ置き場でも探してみるか?」
「いやいや、今度は流石にもう少し良い物にしようぜ」
とは言っても、元がゴミである事に変わりはないが。
「ゴミ処理場のリサイクルセンターって知ってるか? ああいう所は、使える家具を修理して格安で売ってるんだぜ?」
リフォームが終わったら、皆で行ってみよう。
だがその前に、まずは入れ物を何とかしなければ。
「水周り等を共用にするシェアハウス案もありましたが、どうしましょうか」
カノンが訊ねる。
「台所や食卓などは一緒でも特に問題ないというか、会話の中でお互いの状況を知る事も出来るなど利点もあります」
「うん、共用スペースを作るのは良いと思うのだよ!」
フィノシュトラが頷く。
「皆で食べると、ごはんも美味しいのだよ!」
「では、一階部分は先生達の住居スペースと共用のリビングや食堂…お風呂などの水回りも一階に纏めて設置という事になりますか」
レイラがメモを取りながら言った。
だが、カノンは何となく不安そうな顔で、図面をじっと見つめている。
「その、お風呂だとかはやはり別の方が…リュールさんも当然ですけど、なんだか先生がトラブルに巻き込まれる姿が容易に想像できて…」
主に女性関係の。
自分もドジでやりそうだとは敢えて言わないが、口に出さなくても皆が察する程度には気心の知れたメンバーだ。
「そうだな、一人で気兼ねなく入れる風呂は欲しい」
ミハイルが頷く。
問題は入居者用となる二階の各部屋に浴槽を置けるだけの強度が、この建物にあるかどうかだが。
「きちんと梁や柱などの構造を確認して、脆くなっているようでしたらこの機会にしっかりと補強して耐震強化もしておきたいところですね」
レイラが言い、善は急げと業者に連絡。
「古くなった部分は解体するしかないとして…あ、そこまで古くはないですか?」
しかし二階の風呂は重量的に厳しい様だ。
「だが老朽化したキッチン設備は危険だ、安全のために取り替えるぞ」
ミハイルはそう言うが、配管自体は問題なさそうだし、申し訳ないがそこは却下で。
寧ろ交換が必要なのは個室のトイレである気がするのだが…衛生面でも。
「汚れているものは、綺麗にすれば良いのです」
そう言ったのはシグリッドだ。
「トイレの神様を喜ばせてあげると、みんなが幸せになれるのですよー?」
「ついでにリュールさんにも掃除の仕方とか覚えてもらわないと、だね!」
矛先を向けられたリュールは、フィノシュトラの言葉に対して厳かに頷いた。
もしかしたら、内心で「掃除とは何だ」とか思っているのかもしれない。
そこまで酷くはないと思いたいが――
「ぼくは今日、とりあえずリュールさんと一緒に行動してみるのです」
シグリッドはメモ帳を握り締めた。
「日々のお買い物とかはせんせーと一緒に商店街で大丈夫だと思うのです」
後は料理、洗濯、掃除その他、日常の些細な事まで、リュールが何に躓くのか、まずはそれを知る所から始めよう。
「何がわからないか解らないとフォローできないのですねー」
こくり。
「リュールさんがちゃんとせんせーと生活できるようにお手伝いがんばります」
一生懸命にお世話をしていれば、きっと誤魔化せる。
何をって、それはあの、つまり――
「…どうした?」
微妙に挙動不審なシグリッドに、門木が声をかける。
だが、目が合った途端。
「うわあぁぁん!」
ダッシュで逃げた、しかも涙目になって!
「…ぇっ!?」
どうしたのだろう、もしかして嫌われた?
いや、でも嫌われる様な事は何もしていない筈…なんだけど、多分。
やらかした感があるのは寧ろカノンに対してであって。
うん、そこは後でお説教かな、多分。
覚悟しておこう。
「わかった、なら代わりに共有の風呂とキッチンは豪華にするぞ」
拘りのミハイル、そこだけは譲れないらしい?
「金がないならモニターを募集している業者を探ば良い」
いや、なくても話を持ちかける。
脱いでも良いぞ、安全で快適な住まいの為ならば!
「モニター、それいい案だな」
ほら、青空も賛成してくれてるし。
「商店街の人達と仲良くなるチャンスかもしれないね」
「それに久遠ヶ原の人なら、優しい人が沢山いるから親切にしてもらえるはずなのだよ!」
フィノシュトラが言った。
皆に紹介するついでに商店街で食事をして、後は必要な物の買い物かな?
多分、お金の使い方からきちんと教える必要があるだろう…いや、もしかしたら「お金とは何か」という所から?
それに無闇に飛んだりしないことや、挨拶もしっかりすること、害虫を魔法で攻撃しないこと、家にはきちんとドアを開けて入ること――
「ううん、いっぱい教えることありそうな」
青空がちょっと遠い目をする。
「一緒に住み始めてからもいろいろ、一緒に勉強できたらいいね」
「門木先生も、これを機会にいろいろ学べるといいかなって思うのだよ?」
学習、大事。
「あ、出かけるならタロも一緒で良いよね?」
ヨルはたぬぐるみのまま、タロのリードを持って付いて行く構え。
でも、ちょっと待って――と、今度はカノンが引き止めた。
「その前に、その…先生の先日の『おまじない』の件とかの勉強会を…」
来ました、お待ちかね(?)のお説教タイム。
「…は、はいっ」
仲間達がニヤニヤしながら遠巻きに見守る中、門木はびしっと姿勢を正した。
「…何が拙かったのだろう、か」
「先生にしっかり教える為に、私も勉強してきました!」
カノンは勢い込んで新たな知識を披露する。
「頬へのキスは『親愛』だそうですから、先生が先日仰った意味なら額が近いようです!」
おまじないのちゅーは、デコにするべし。
門木、覚えた。
「あ、いや、そうじゃなくてですね…」
勢い余って脱線した。
いけない、軌道修正しなくては。
「と、とにかく軽率ですよ。やる時は先に一言を…心の準備が」
あれ?
修正出来てない気がする。
「…顔、赤いぞ」
熱でもあるのだろうか。
測り方は知っている、こうすれば良いのだ。
デコ、こっつん。
「えっ」
「…ちょっと熱い、か?」
「で、ですから先に一言…っ!」
カノンはますます赤くなった。
その原因が風邪やアルコールでない事は、門木以外の全員が理解している事だろう――多分。
「うわあぁぁん!」
そしてシグ君が再びダッシュで逃げた理由も…お察しですね、はい。
●商店街デビュー
「リュールは人混みが苦手だから余り騒がしくないトコが良いかな」
とは言え、特に何のイベントもない平日の昼間だし――と考えていた愛梨沙は、数分後に己の認識の甘さを悟った。
「え、なに? どうして?」
一行の周囲は黒山の人だかり。
原因は勿論、門木の隣を歩く超絶美女だ。
嫁だと言われても驚くだろうが、母親だと言うのだから、それを聞いた人々の反応はもう驚きを通り越してパニックに近い。
これまでの経緯などは、黒龍が誇大表現と脚色を交えつつ解説し、ついでに先立つモノの少なさと親子愛をアピール。
「堕天したばかりだから、いろいろ常識を教えてあげてほしいのだよ?」
フィノシュトラが皆に挨拶と紹介をしつつ頼み込む。
その常識知らずがどの程度かと言えば、きっと門木に輪をかけて酷いレベルだ。
「ああ、そりゃ相当なもんだねぇ」
漸く落ち着きを取り戻した人々は、その一言で全てを理解したらしい。
「まあ何にしてもめでたい事だな! 祝儀だ、持って行きな!」
どーん!
米屋からは米俵が、魚屋からはサンマをトロ箱ごと、八百屋からは果物や野菜をどっさり、肉屋からはコロッケ――
「でも貰ってばかりいるのも悪いよね」
もっふもふのたぬぐるみが立ち上がる。
「何か手伝える事、ない?」
たぬきに出来る事なら何でもするから、代わりに生活必需品とか安く売ってくれないかな。
「特に炬燵。炬燵は必須」
物欲しそうに訴えるたぬきのメヂカラが、電器店の主人を動かした。
「わかったよ、お客さんが下取りに出したのがあるから持ってけ!」
たぬきの手は借りなくてもいいそうだ。残念?
リサイクル店では業務用の大きな炊飯器と寸胴鍋を戴きました。
「普通の家じゃ使わねぇからな!」
つまり売れ残って邪魔だった、と。
「でも、こんなに持って帰れないのだよ? 大きい荷物はあとで届けてもらうようにすればいいかな?」
「…いや、大丈夫だ」
後で回収に来るから…門木のマイ(リヤ)カーで。
皆の引っ越しも手伝うよ。
しかし色々と戴けるのは有難いのだが、これではお金の使い方を教えるミッションが…!
「大丈夫、洋服のお買い物があるから!」
愛梨沙がリュールの腕をとり、衣料品店へ引っ張って行く。
「人界用の着替えとか下着類とか色々揃えなきゃね」
組み合わせがちょっと不安だけれど…買い物くらいは大丈夫かな、多分(失礼
でも、ちょっと待って(三度目)
「その前に営業を済ませておこう」
ミハイルを先頭に工務店に雪崩れ込み、交渉開始。
「すまない、アパートを住めるようにするにはリュールの協力が必要なんだ」
そう言われても、リュールは今ひとつピンと来ていない様子だったが――
「ポスター作成に協力してもいい、ただし肌の露出は極力避けること、湯に入るなら不透明で、肩から上のみで…」
交渉を聞いているうちに、何となく理解した模様です。
元々氷の様な瞳の色が、ますます冷たく冴え渡る。
「つまり拒否する、と?」
「当然だ」
するとやはり、ここはミハイルのシャワーシーンで決まりだろうか。
「仕方ない、水周りのリフォームってのは奥方の意見のほうが強いからな」
超絶美女は却って拒否反応が出るだろうし。
それなら主婦層を狙って、こう、尻の辺りを舐め回す様なカメラワークで――
「よし、やってやろうじゃないか」
覚悟完了。
「キッチンの宣伝も任せておけ、家事を手伝うおとーさんでどうだ?」
何? 若すぎる? それにもっとヘタレた感じの方が受けが良い?
「先生、出番だ」
出来れば親子設定だと更に萌えるんだけど…あれ、今誰か一人逃げてった?
じゃあフィノシュトラさん、子役をお願い出来ますか?
「むー、私は子供じゃないのだよ! でも、リフォームの為なら協力するのだよ…」
無理言ってすみませんね。
でも、これで最新のシステムキッチンとカウンターが付きますから!
あとミハイルさんの尻に免じて、バスルーム二つとシャワー室、それにトイレを三つご提供させて頂きますね!
「ポスターにするのかな? だったら写真とか撮るの手伝うのだ」
青空が申し出る。
CMにするなら台本…は書けるのだろうか。
その間に、愛梨沙はリュールを連れて買い物に。
「そう言えばあの時買った服とかあげた写真その他ってどうしたの? もしかして持ち出し損ねたとか?」
「いや、大丈夫だ」
服もアルバムも、毬藻やキーホルダー、その他タロの食器なども袋に纏めて持ち出してある。
「炬燵や布団などは持ち出せなかったがな」
「え、じゃあその内取り返しに行かないとね」
「いや、今頃はもう残っておるまい」
最後の戦いの前、結果がどうなっても戻らないつもりでゲートのコアを破壊して来たのだ。
「あのね、リュール」
周囲に仲間がいない事を確かめ、愛梨沙は少し改まった様子で話し始める。
「嬉しかった、リュールと一緒に居る事でとても嬉しそうな、楽しそうなセンセを見るのが」
でも同時に淋しく、悲しかった――自分にそんな相手が居ない事が。
「自分の我が儘でセンセの邪魔は出来ないって、一人で耐えていたの」
でも、リュールは気付いてくれた。
その優しさがとても嬉しく、絶対に助けたいと思った。
「センセを送り出してくれて、ありがとう。それに、こちら側に来てくれた事も」
「鈍いからな、あれは」
後半の件には触れず、リュールは軽く溜息を吐く。
「それは…うん、そうね」
愛梨沙もそこは否定出来なかった。
いや、誰も否定は出来ないだろう――本人以外は。
●お引っ越し
一階部分のリフォームにはまだ暫くかかるが、二階は殆ど手を加えない為に工事中でも入居が可能だった。
アパートは東西に長く、真ん中に通った廊下を挟んで部屋が向かい合っている。
つまり北向きと南向きの列があるわけだが、日当たりの良い南向きの部屋は女子に譲るのが男子の心意気というものだろう。
日向ぼっこなら一階の共用リビングがあるし、北向きなら大事なコレクションが日焼けする心配もない。
東の隅は壁を抜いてヨルと黒龍のシェアハウスに、他は学生番号の順に奇数が男子、偶数が女子だ。
青空の引っ越し荷物は高校男子にしては割と多めだった。
「ええとーお洋服と、ぬいぐるみとーぬいぐるみとーあとぬいぐるみだな!」
後はミシンを運び込んで、早速作業開始だ。
「カーテンとかクロスとか、ファブリック系は任せろー」
全て寸法ぴったりのオーダーメイド。
そこで色柄を統一しておけば、家具が多少バラバラでも落ち着いた雰囲気になる筈だ。
挫斬の荷物は最低限の着替えとドレッサー、ソファーベッドにPC、お酒専用の小さい冷蔵庫…それだけだ。
シグリッドは布団と幾つかの私物、それに小さい冷蔵庫を持って。
「壁紙の貼り換えなんかは自分達で出来ますね」
押し入れの襖や網戸も綺麗にして、一階も工事が済んだ所から家具を運び入れて。
リュールの為に、家電製品には図解入りの簡単な使い方説明を書いた紙を貼っておこう。
「俺は屋根を見ておくね」
ヨルは以前にも何度かやった事があるから大丈夫…な筈、多分。
「今度は穴開けない」
多分。
あとタロの犬小屋も作らないと…置くのは家の中だけど。
「ハウスの訓練は大事だって聞いた」
後は科学準備室から門木の荷物を運び込んで――
「えと、門木先生も手伝ってくださいね」
レイラに言われ、門木もマイカーで荷物を運ぶが…それ、本当に必要なのだろうか。
どう見てもただのガラクタなんだけど。
「庭に物置でも作りましょうか」
ちょうどシャワー室が必要なくなるから、その跡地にでも。
「リフォーム、時間掛かるしその間は銭湯?」
「そうだね、久遠ヶ原には温泉、いっぱいあるのよな」
愛梨沙に問われ、青空が頷く。
「お湯も気持ち良いし効能もあるし、人とお話したりもそれはそれで楽しいやつ」
大きな湯船は魅力的だし、社会勉強にも最適かもしれない。
裸の付き合いは絆を深めるとも言うし。
「じゃ、みんなで行こうか」
男女共通のロビーで、まずは基本的なルールをレクチャーして…
「タオルはお湯につけないように。あ、あと大事なこと! …泳ぐとめっちゃ怒られるのだ」
真顔で言う青空、さては実体験か。
でも大丈夫、息子同様リュールは泳げないのだ。
「お風呂上がりは手を腰に当ててコーヒー牛乳な! 鉄板というやつ!!」
「それも、ルールなのか?」
そう、絶対に外してはいけないルールなのです。
因みに年長者が奢るのも鉄板ね!(いいえ
ところでアパートの名前はどうしようか。
「門木荘で良いだろう?」
ミハイルの提案は単純明快だが、自分の名前を付けるのは恥ずかしいと、あえなく却下。
「…風雲・屑鉄城」
ぼそり、ヨルが呟く。
他に意見のある人、いませんか?
●完成、風雲荘
というわけで、風雲荘である。
波乱の予感しかしない気もするが、門木としては「風と雲ってふわふわ優しい感じがする」のだそうだ。
それぞれに分けて見れば、確かにそうかもしれないが…まあ、細かい事は気にしないのが吉だ。
アパートの玄関は西寄りの南側、そこには鍵を掛けず、開けるとすぐにリビングが見える。
左手には階段と、共用のバス、トイレ、洗面所やランドリーがあり、キッチンはリビングの隣、食堂と一体化した作りになっていた。
「これからはお風呂上りとか裸で歩かないよう気をつけないと」
挫斬が真顔で頷き、次いで門木に指を突き付ける。
「い〜い、先生。家族以外の女性とお風呂やトイレに入るのは基本NGよ。まずはノックで確認!」
「…はい」
流石にトイレは入らないが――あれ、でも家族なら良いの?
「良くないだろ、そろそろ母親離れしろ!」
と、ミハイルは言うけれど。
「門木先生は甘えん坊さんなのですね♪」
レイラは全く気にしていない様子、寧ろ萌える?
「いい歳してともいう意見もあるかも知れませんが…」
そういう所も含めて、その、あれです、ね。
そしてカノンも好意的だった。
「奪われた『親子』としての時間を埋め直せば落ち着くと思いますよ」
女の子達、優しいな!
さて、改装も一段落して落ち着いたところで――
「リュールさんようこそ、なのだよ! 歓迎するのだよ!」
フィノシュトラがリュールをリビングの真ん中に引っ張って来る。
そして、自分達を信じてくれた事に感謝を。
「うん、私からもお礼を言うよ」
青空が続けた。
「ずっとこんな風にお話できることを夢みてた。大変な決断を、本当にありがとう」
そう言われても、ツンデレオカンは黙って頷くだけだけれど。
「ぼくからは、これを…」
シグリッドが差し出したのは真新しい家計簿。
「せんせーは多分あるだけ使っちゃうタイプなので、リュールさんが管理してあげて下さいー」
一緒につけながら、少しずつ覚えて行けば良いかな。
(リュールさんも使っちゃう人だったりしませんよね…?)
一抹の不安は残るけれども。
「じゃあ引っ越し記念に宴会ね! 私はちょっと出かけるけど!」
挫斬さん、これからデートだそうです。
「まずは一緒に御飯をつくるのだよ!」
フィノシュトラ、今度はリュールをキッチンへご案内。
「そうですね、暫くの間誰かと一緒に作るのが良いと思います」
自分も手伝うと、シグリッドが申し出る。
(せんせーは放っておくとチョコで済ませそうなのです)
チョコもなくなったら、多分じっと動かない節約モードに入るのだろう。
それを防ぐ為にも、リュールにはきちんと料理を覚えて貰わないと。
「でも、一日ではきっと無理なのですね」
でも大丈夫、フィノシュトラが初心者用の料理本を買ってきた。
「これなら何時でも読んでちゃんと勉強できるのだよ!」
中にはレシピ通りにやっても奇っ怪な料理を作る達人もいるけれど。
「頑張って料理作って、門木先生に食べてもらうのだよ! きっと喜んでもらえるのだよ!」
「それは嫁の仕事だろう」
それはそうかもしれないが、お袋の味は別格なのだ。
「まずは簡単なのからチャレンジだね?」
と言うか、包丁の持ち方から?
そして挫斬は居酒屋デート。
「デートじゃねぇし」
拉致された高松は不機嫌を隠そうともしない。
そりゃ「紘輝君はお子ちゃまだから牛乳でも飲んでなさい」なんて言われちゃ、ね。
あ、お姉さんはウイスキーね、大人だから。大人だから!
でもその裏には、素面では恥ずかしいという結構乙女な感情が隠されているのだが…坊やにはわからないかなー。
程よく酔いが回った所で、挫斬は言った。
「仇の天使の外見とか名前を教えて? 教えてくれたら見つけたら知らせるし機会があれば調べてあげる。単純に人手が2倍に増えるんだからお得でしょ?」
二敗目を手酌で注ぎながら続ける。
「それに友達以上恋人未満な私達はまずはお互いの事を知るべきじゃない? 少なくとも私は紘輝君の事が知りたいし私の事を知って欲しいな」
三杯目。
「だから教えてくれたら私の事も一つだけ教えてあげる。3サイズでも下着の色でも、初恋の相手である街を襲って両親を解体した天魔の事でもね」
最後の一言に、高松の眉が動く。
だがそれには触れず、ぽつりと一言。
「覚えてねぇんだ」
記憶自体は鮮明に残っている。
だが天使の顔だけは、どうしても思い出せないのだ。
「思い出せたら、俺も少しはマトモになれるかもな」
その後暫く、挫斬は黙って飲み続け――
「まさか夜道をか弱い女の子一人で帰したりしないよね? 送ってよ! お礼に一緒に寝てあげるから! キャハハ! それとも恐い、ボーヤ! アハハ!」
「いらねーよ、このヨッパライ!」
「マジで歩けないからおんぶ!」
「くっつくな! 酒くせぇ!」
しかし文句を言いながらも送って行くあたり、高松はわりと紳士だった。
「たっだいまぁ〜!」
玄関を開けると、口々に「お帰り」の声が返って来る。
「皆〜、紘輝君が遊びに来たよ〜!」
丁度良い、ついでに宴会に混ざって行けば?
「もしかして期待した? やーい、スケベ〜! キャハハハ!」
「してねーよクソ年増!」
あ、帰っちゃった。
しかしヨッパライおねーさんの進撃は止まらない。
「キャハ! では可愛い息子を残して勝手に逝こうとしたお母さんに罰ゲーム! 二度とこんな馬鹿な事をしないように手紙を読んじゃえ! アハハ!」
だが、その中身は――
『遺書だと思ったか、馬鹿め』
それだけ。
オカン、ブラックだった。
●これからのこと
玄関を開けると、お帰りと声がする。
それに返す、ただいまの言葉。
当たり前だけれど、とても大切で、幸せなこと。
(門木先生とリュールと私たちと、皆で掴んだ幸せな時間。これをずっとにするためにも、今度は守ってかなきゃならないんだ)
青空は改めて決意を固める。
ここで皆で生活を続ける為にも、いろいろ見直さなければ。
新しい報告書も届いている様だし、見直しや更なる情報収集も必要だろう。
「任務に失敗したメイラスがこのまま黙っているはずが無い。あの場で追って来なかった理由はあるのか?」
ミハイルが訊ねる。
堕天したからには、もう気兼ねなく話せるだろう。
「その方が面白いと思ったのだろう」
「という事はやはり、まだ続くんだな。だったら、奴の弱点や戦闘タイプ等洗いざらい話してくれ」
だが、リュールはただの部下。彼の動機も、肌の露出を嫌う理由も、何も知らない。聞かされていない。
戦闘では遠近共に隙がない。器用な男だが、器用すぎる故に他人を頼らない。
強いて言うならそこが弱点か。
「上層部の考えはどうなの?」
ヨルの問いには、ただ苦い笑みが返るのみ。
これまでの動きで推して知るべし、という所か。
その頃、レグルスは学園の斡旋所にいた。
(やろうと思ったら、もっとあの天使は戦えたはず)
メイラスの行動は不可思議だった。
それは何故か。
(でも、そうしなかったのは…逆に、リュールさんをこちらに来させておいて、さらに苦しめたいから…かも、しれない)
これはハッピーエンドではなく、次への序章にすぎないのではないか。
「…学園を『ゲーム』の舞台にはさせません」
その為には事の顛末を子細にわたって報告し、注意を促しておく必要がある。
特に、自分たちのコピーサーバントが作られていることは重要な情報だ。
「今後、それが何か仕掛けてくるかもしれません。だから、惑わされないためにも…」
恐らく、彼等は会話が出来ない。
「阻霊符を使うこと、話しかけることで、ある程度対応はできるはずです」
もっと良い方法があるかもしれない。
だが、自分ひとりではそこまで考えるのが精一杯だった。
さて、堅い話はこれくらいにしよう。
「人界、綺麗な物が沢山あるんだよ。今度カドキと一緒に早起きしてみて」
ヨルが言った。
「特に夜明けの空…俺もよく、見てるから」
気に入ってくれると良いな。
「あと、黒からの伝言」
ここの人達は掛け値なしに親切で情愛を以て接してくれる人が大半でな
これが門木と皆、そしてご母堂が掴んだ未来でもある
一時の夢でなく此処で生きる事を諦めないで欲しい
って、目の前にいるんだから自分で言えば良いのに。
「ぜったい、リュールさんも門木先生も幸せにならないとダメなんだよ! 自分が幸せじゃないと、相手も幸せにできないからね!」
「…うん、そうだな」
フィノシュトラの言葉に、門木は素直に頷いた。
でも、それは仲間達皆にも言える事だ。
「…ごめんな。これ、ありがとう」
まずは借りていたお守りをシグリッドに返す――おまじないの利子を付けて。
これで少しは機嫌が直っただろうか。
「…あと、な。レグルス…呼びに行かないか?」
せめてパーティだけでも一緒に楽しんでくれると嬉しいのだが。
それに、お節介かもしれないけれど…放ってはおけないから。
これまで共に歩いて来た、大切な仲間を――