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マスター:STANZA
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/08/17


みんなの思い出



オープニング



「これで奴等の三戦全勝……」
 黒ずくめの大天使メイラスは、さも馬鹿にした様に鼻を鳴らした。
「今頃は、さぞかし浮かれている事でしょうねぇ」
 彼等が得た今回の戦利品は、リュールと共に過ごす時間。
 そこで彼女を説得し、堕天を促そうというのだろう。
「あなたも気に入られたものですね」
 リュールを見て、メイラスはくすくすと笑う。
「良いですよ、行ってらっしゃい。二日でも三日でも、存分に遊んで来ると良いでしょう――悔いの残らない様に、ね」
 次に会う時は再び敵同士だ。
 そして、親子のどちらかが――或いは双方ともに仲良く命を落とす事になるだろう。
 その前に僅かでも共に過ごす時間を与えてやるのは、せめてもの情けか……或いは痛みをより強く激しく感じさせる為の策略か。
「人間というものは残酷ですね。下手に顔を合わせたりすれば、余計に未練が残るでしょうに、ねぇ?」
 だが、拒否する事は許さない。
「それが奴等との約束ですし、約束は守るべきもの……そうですよね?」

 せいぜい楽しんで来ると良い。
 その間に、こちらは最後のゲームを準備しておく事としよう。

 持ち上げて落とすのは、何もひとつのゲーム内だけでの話ではない。
 いくら連勝を重ねても最後に負ければ全ては水の泡。
 寧ろそれまで快進撃を続けていた方が、最後に受けるダメージは大きいだろう。

「夢を見ておくが良い、今のうちに……出来るだけ大きく、幸せな夢を、ね」


――――――


 メイラスのそんな思惑など知る由もない門木章治(jz0029)は、素直に喜んでいた。
 いや、表情には出ていないが――と言うか、どう見ても困った顔にしか見えないのだが。
 恐らくそれは「どんな顔をすれば良いのかわからない」或いは「喜びの表現ってどうすれば良いんだっけ」もしくは「どうしよう、なんか恥ずかしい」という意味での「困った」なのだろう。
 と言うか、多分その全部だ。
「……えぇと、その、とにかく……ありがとう」
 皆を前にして、門木はゼンマイ仕掛けの人形の様にぎこちなく頭を下げた。

 もっと他の、今後の戦いが有利になる様な戦利品を要求しても良かったのに。
 自分を餌に使ってくれれば、もっと楽だったのに。
 それでも彼等はこの結果を望み、そして見事に勝ち取ってくれた。
 足を向けて寝られないとは、こういう事を言うのだろう。

「……えと、それで……、だな。その、具体的に……どう、する?」
 三日を上限として、リュールを自由の身にする。
 向こうはそう言って来た。
 その間は何処で何をしても自由だ。
 とは言え、リュールはまだ味方になった訳ではない。
 この学園内に彼女を迎える事は出来なかった。
「……どこか、別の場所で落ち合う事になると思うが……」
 三日もあれば、ちょっとした旅行を楽しむ事も出来るだろう。
 勿論、費用は全額門木が負担する。

 さて、この三日間をどう使うか――?




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リプレイ本文

●前日

 ここは旅行代理店の店内。
「うーん、キャンプが出来て、2日目以降に町に出る事も出来る場所?」
 カノン(jb2648)が真剣な表情で山積みのパンフレットを読み漁っていた。
「移動にあまり時間を割きたくないですし…北海道、なら支笏湖というところが都市に近くて、キャンプ場や温泉なんかもあるみたいです」
「うん、じゃあそこにしよう!」
 一緒に来ていた青空・アルベール(ja0732)が頷く。
「毬藻…」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)は他のページに載っていた毬藻の姿に心惹かれたらしい。
 残念ながら支笏湖に毬藻はいないが、お土産用には売ってるかも?
「あ、そうだ! 旅のしおり! 作るよ!」
 青空が言った。
「バス旅行の時も、あったね」
 あれはレイラ(ja0365)が作った物だったか。
 あんな感じで3日間のスケジュールや街中で気を付けた方がいい事など纏めておこう。
「楽しい旅行になると、いいなあ」

 そしてこちらは衣料品店。
「まずは準備、リュールさんと先生の服を買わないとね!」
 フィノシュトラ(jb2752)とユウ(jb5639)は婦人服売り場へ。
「リュールさんは白やブルーがお好きな様ですね」
「じゃあ、これなんかどうかな?」
 あれこれを品定めをした二人が最後に何を選んだか、それは明日のお楽しみ。
「可愛くなりすぎて、門木先生変な気分になっちゃうかも、なのだよ?」
「それはそれで楽しそうじゃない?」
 くすくす笑うフィノシュトラに、雨野 挫斬(ja0919)がニヤリと笑い返した。
 その向こう、紳士服売り場では。
「センセには、もっと若々しいすっきりした感じに見えるのが良いかな」
 鏑木愛梨沙(jb3903)は門木を若者向けのコーナーに引っ張って行く。
 今の格好をリュールが見た時、怒ったと言うか失望したらしいと聞いた。
「今度はちゃんとオシャレして行かないとね」
 天使としての年齢に相応しい感じに…って、どんな?
「ねえミハイル、どう思う?」
「ん?」
 声をかけられたミハイル・エッカート(jb0544)は、何を熱心に選んでいるかと思えば。
「いや、俺もついでにキャンプ用の服装を調達しようと思ってな」
「いつもの格好じゃないの?」
「俺もたまには仕事を忘れたい時だってあるのさ」
 つまり。
「ダークスーツが暑いんだーー!」
 二人は結局、無難な線に落ち着いた様だ。
 愛梨沙も門木に合わせて自分の服を選ぶ。
「全部白だけど、濡れる予定はないから大丈夫よね?」
 さあ、どうでしょう?

「キャンプとかひさびさです」
 レグルス・グラウシード(ja8064)は、スーパーを物色中。
「新製品のインスタントラーメン、もっていこうっと( ・∀・)ノ」
 それに、向こうでの買い物も楽しみだ。
 限定品のカップ麺、あると良いな!

 服を選び終えた門木が次に向かったのは文房具屋。
 そこでユウと共にアルバムを選び、学園に戻ってアレン・マルドゥーク(jb3190)が撮り溜めた写真を貼っていく。
「ところで、お母様に綺麗な姿お見せしたいですか?」
「…やっぱり、このままだと…がっかりさせる、かな」
「そんな事はないと思いますよ〜?」
 うん、でも折角だからお願いしようか。
「わかりましたー、堕天前のお姿に全力で近づますね〜?」
 同行は出来ないから二日目以降の落差が酷い事になるだろうが、それはそれ。
「では今夜はゆっくり寝て下さいね〜、寝不足はお肌の大敵ですよ〜?」
 メイクは明日の朝、出発前に。

 しかしここに一人、お肌にダメージを与え続けている人がいた。
「女になるって年下のクセに生意気〜!」
 どん!
 挫斬はテーブルに酒のグラスを叩き付ける。
 酒の肴は高松に対するアレコレだ。
「あいつが彼女になってくださいって頭を下げるべきでしょ! 別に付き合うのは嫌じゃないけどこれで付き合ったら私が負けたみたいじゃない!」
 気に食わない。
 脳裏にあのクソ生意気な顔が浮かんで来るのも気に食わない。
「そもそも年増呼ばわりが悔しかったからちょっかい出してたのよね。その意味じゃ本気なんだけど恋愛対象としては、ん〜、どうなんだろ」
 わからない、と言うか頭が痛い。
 酔いが回って来たのだろうか。
「少なくとも嫌いじゃないけど好きかどうかは、うーん」
 アウル能力者が酒に酔う事は、基本的にない。
 だが体調や精神状態によっては、酔い潰れる事もある。

 明日の朝、無事に起きられるのだろうか。



●一日目

「旅行…」
 そわそわと落ち着かない様子のヨルは、待ち合わせ場所に一番乗り。
 そんな彼に、蛇蝎神 黒龍(jb3200)は切手や筆記用具を入れた「お手紙セット」を手渡した。
「旅先からの文ってええものやね」
 これで皆に絵はがきでも書いて貰おうという訳だ。
 宛先は科学室、ただしリュールには特別に便箋と封筒も用意し、その内容によっては親書として黒龍宛に送るようにとの手紙が添えてある。
「わかった、ちゃんと渡しておく」
 そうこうするうちに、見送りを含めた皆が集まり始める。
「…皆にも、会いたい人はいるだろうに…俺ばかり、その」
 本日も華麗に変身を遂げた門木が、皆の前で少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「…ごめん、な」
「そんなの気にしなくて良いのだよ?」
 フィノシュトラ首を振る。
「せっかくたくさん時間貰ったんだから、リュールさんと門木先生とでいっぱい楽しい時間過ごしてほしいのだよ!」
 きっと皆も同じ気持ちだろう。
「…うん、ありがとう」
「先生、3日間楽しんで下さいね。また、自分の思いは言葉に出して伝えて下さい」
 アルバムを手渡しながら、ユウが声をかけた。
「そうですよー。思ってるだけじゃ、ちゃんと伝わらないのです」
 お世話係を引き継いだシグリッド=リンドベリ (jb5318)が、門木の頭を撫でながらこくりと頷く。
 ところで、挫斬の姿が見えないが…ああ、来た来た。
 頭を押さえ、足元が覚束ない様子だが、何とか自力で辿り着いた様だ。

 準備を手伝ってくれた仲間達に見送られ、一行はまずリュールが待つ指定の場所へと向かった。


「いらっしゃい。今回はめいっぱい楽しんでね。センセ…ナーシュと一緒に」
 茶色い雑種犬を連れたリュールに、愛梨沙はにっこりと微笑む。
 異界認識で確認する限り、周囲に怪しい存在はいない様だ――もっとも、仮にメイラスが隠れているとすれば、それでは見付けられないだろうけれど。
(天界は悪さをしてこないでしょうか…ちょっぴり心配です(´・ω・`)
 レグルスは心配そうに、周囲に目を配っていた。
 続いて進み出たミハイルが言う。
「天界から先生の抹殺の命令を受けているのだろう? だがこの3日間、先生に危害を加えないと誓ってくれ」
 騙し討ちは99%無いだろう。だが、残り1%の可能性は捨てきれなかった。
(それに、俺がリュールの立場なら無防備に信頼されるよりも、何らかの警戒リアクションが欲しい)
 これは気持ちを切り替えるための儀式の様なものだ。
「わかった、手出しはせぬ」
 そして遠慮がちに後ろで控えた門木をまじまじと見て、一言。
「ところで、人間界には若返りの魔法でもあるのか?」
 いいえ、腕の良い美容師がいるだけです。


 空港の待合室。
「堕天してない大天使美女と旅行か、めったにない経験だな」
 ちょっとドキドキしながら待つミハイルの前に、白く輝く美女が現れた。
 フィノシュトラに付き添われたリュールは、シンプルで可愛い白のサマーワンピースに水色のリボンが付いた麦わら帽子、足元は白いミュールという出で立ちだ。
 隣に並んだフィノシュトラは髪色に合わせた水色のワンピで、姉妹の様に見えなくもない。
 ミハイルは思わずガン見し、慌てて目を逸らす。
 次に室内だというのにサングラスをかけたのは、表情を隠す為か、それともこっそりじっくり見る為か。
 しかし青空は、そんな美女相手にも臆せず話しかける。
「これ、飛行機の中で読んで貰えると良いのだ」
 差し出された冊子を受け取り、リュールは首を傾げる。
「これは、何だ?」
「旅のしおりな!」
「いや、この…何とも形容し難い茶色の物体の事だ」
 白く細い指が指し示したのは、表紙に描かれた辛うじて動物っぽく見える何か。
「タロちゃんだよ!」
 見た事ないから想像で描いてみたけど、似てるでしょ?
 そのタロも既に貨物室に運ばれている。
 一行も搭乗手続きを済ませて、機内へと進んだ。

「リュールさんは、ここなのです」
 シグリッドの案内でリュールが窓際の席に座る。
 その隣には門木を座らせ、自分はちゃっかりその隣へ…役得?
 通路を挟んだ隣では、カノンが旅のしおりに目を通していた。
 そこに書かれているのは、あくまで人間目線の注意事項。
 人界知らずの天使が遭遇するであろう事柄については触れられていない。
(リュールさんが多少はしゃぐくらいなら大丈夫でしょうから、ここは敢えて予備知識を伝えずに新鮮な驚きを味わってもらいましょう)
 そこは自分が一度通った道だ、人界の先輩として余裕をもってアドバイスが出来る筈。
 あれ、でも待って。
 カノンさん飛行機に乗った事ありましたっけ?
 因みに門木は修学旅行で二度、しかも長距離の国際線に乗っている。
 だが、彼は余裕を見せるどころか緊張でガチガチに固まっている様子だった。
 久しぶりの親子対面では、それも無理はない――か。


 そして飛行機は無事に到着し、食材を買い込んだ一行はキャンプ場へ。
「テントとかの設置は男の子の仕事だよね!」
 青空は率先してテントの準備。
「あると便利かなって、タープも借りて来たよ!」
「ぼくも手伝うのです、ほら、せんせーも…!」
 シグリッドが門木の腕を引っ張る。
「リュールさんも一緒にやるのだよ!」
 フィノシュトラはリュールをぐいぐい押して行った。
「ここを押さえてて欲しいのだよ?」
「こ、こうか?」
 しかし、そこは猫の手を借りた方がマシだったかもしれない。
 押さえた筈のロープは弾け飛び、驚いた弾みで魔法をぶっ放し――
「先生、リュールは家だといつも『あんな』なのか?」
「…いや、俺も初めて見た…」
 ひそひそと囁いたミハイルに、門木が首を振る。
 そういえば天界では家事の一切を使用人に任せていたが、あれは単に身分が高いから…ではなかったらしい。
 こんな、ある意味「危険人物」を堕天させてしまって良いのだろうか。
 そうでなくても、彼女は「無関係な一般人をも攻撃する手先となった」人物だと、レグルスは不安を隠しきれない。
 それでも彼は、表面上は明るく振る舞っていた。
「ここは僕がやりますから、天使さんは休んでいて下さい」
 あ、先にタープを張った方が良いのかな。
「待ってて下さいね、すぐに出来ますから」
 他にも雑用があったら遠慮なく言ってね! 何でもやるから!
「そのほうが、きっと、…ごはんが、おいしいはずですし!」
 もうすぐお昼だし!


 キャンプの準備が出来たら、次はBBQの用意だ。
(御自身を私達の踏み台に使おうと考えていらっしゃるリュールさんの考えを変える大切な機会、として得た時間ではありますが…)
 カノンは考える。
(折角の時間です、楽しんでいただくことを第一に)
 無事に保護する事が出来たとしても、自由に遊びに出る時間がいつでもある訳ではないだろう。
 ならば今回は敢えて説得には回らず、人間界を満喫して貰う事に全力を傾けよう。
(リュールさんの意思が変わらなくとも、それを越えて、必ず先生と共にいられるように…)
 そこまでして初めて、「リュールを越えた」事になるのではないだろうか。
 という事で、カノンはリュールに貼り付いていた。
 一方、未だ人界知らず真っ盛りの愛梨沙は、リュールと一緒に驚く側だ。
「炎が出てないけど、これで焼けるの?」
 炭を見て首を傾げるが、炎が出てたらそれは火力強すぎだから。
 強火大好きヨルくんは今日、下拵え(主に切る・運ぶ)の担当だから大丈夫。
「火加減はおとーさんに任せるのがいいって学んだ」
 この中でおとーさんポジションと言えば、この人しかいない。
「よし、そろそろ良いだろう」
 ミハイルは網の上に食材を並べ始める。
 北海道と言えばウニ、カニ、ホタテ、イカにジャガイモ、トウモロコシ、ラムにマトンに…
「ピーマンもね!」
 青空はミハイルが懸命に避けたピーマンを網に乗せた。
「焼いても良いが、俺の皿に入れたら撃つぞ!」
「うん、わかった。ほら、丁度良く焼けたよ?」
 ぽいぽいぽい。
「だから撃つって言ってるだろ、やめんか!」
 皿に乗せられたピーマンを、青空の皿にどばっと大移動。
「ミハイルはピーマンちゃんと食べた方がいいのだ。強くなれないって…」
「ピーマン食うくらいなら人の百万倍鍛えた方がマシだ」
 あれ、そういえば青空くんも野菜は苦手じゃなかったっけ。
 好き嫌いは克服したのかな?
「ぼくは野菜が好きなのです」
 二人の間で行ったり来たりする可哀想なピーマンを、シグリッドがぱくり。
「BBQ、お外で食べると美味しいね」
 青空はほくほく、ご機嫌だ。
「リュールは何が好き?」
「何、と言われてもな」
「食事した事ないの? じゃあこれな、美味しいよ!」
 お肉どーん!
「でも、あまり量食べられないでしょうか?」
 シグリッドは色々なものを少しずつ食べて貰おうと、小さめにカットしたものを盛っていく。
「せんせーは野菜もしっかり食べるのですよ?」
 門木にはトウモロコシや南瓜、タマネギなど、焼くと甘くなるものをどっさりと。
「タロちゃんは味付けてないお肉と野菜どうぞー」
「犬は肉も食べるのか?」
 リュールさん、犬にはドッグフード一択と思っていた様だ。
「カップ麺もありますよ、北海道限定イカスミラーメン!」
 レグルスが差し出したそれは、何と言うか…ちょっとハードル高くありませんか。
「え、美味しいですよ?」
 ずずー。
(少しでも、天使さんの気持ちがほぐれてくれたらなあ…)
 うん、その気持ちはとても嬉しいのだけれど。


「お腹いっぱいになったら遊ぶのだよ!」
 支笏湖はヒメマス釣りが出来る事でも有名な湖だ。
「釣れるかわからないけれど、せっかくだからリュールさんも一緒になのだよ!」
 他にも希望者がいれば一緒にどうぞという事で、まずはちょっとお手本を。
 道具はレンタルで揃っているから、ポイントを決めたら針に餌を付けて糸を垂らすだけだ。
 そして微動だにしない浮きを見つめて待つ事暫し…まだかな…もうちょっと…?
「なるほど、釣りというのはこうして水面を見つめながら己の内面を省みる、哲学的な行為なのだな」
 リュールが頷く。
 これを遊びと称するとは、人類侮り難し。
「何だか難しいのね?」
 竿を握ったまま、愛梨沙が眉間に皺を寄せる。
「本に書いてあったのとは違う様ですが…やはり与えられた情報を鵜呑みにするのは危険なのですね」
 カノンは何かを悟ったらしい。
「…奥が深いな」
 こくり、門木も頷く。
「みんな違うのだよ!? 釣りっていうのは…あっ、引いてるのだよ!?」
 リュールの竿にアタリが来た。
 浮きがグンと沈み込み、竿の先がしなる。
「早く、引き上げるのだよ!?」
「ど、どうすれば良いのだ…っ!?」
 慌てたリュールが足を滑らせるのはお約束。
「きゃあぁっ!?」
「母上っ!?」
 咄嗟に手を伸ばした門木だったが、腕を掴んでほっとしたのも束の間。
 掴み返され引っ張られ、バランスを崩して二人一緒に仲良く――
 ばっしゃーん!
 因みに門木は泳げない。多分リュールも。
「先生!?」
「センセっ!?」
 カノンと愛梨沙が慌てて飛び込むが、二人は泳げるのだろうか。

「楽しそう、だね」
 大騒ぎを遠目に見ながら、ヨルはタロのピンと立った耳をもふもふと弄り倒していた。
「大丈夫なのか?」
「うん、誰か助けに行ったみたい」
 ミハイルの問いに頷き、ヨルはふと思い出した様にさりげなく自然な動きで「それ」を差し出した。
「火の番とか、お疲れ様」
「おう、ありがとうな」
 手渡された水筒の中身を、ミハイルは何の疑いもなく一気に喉に流し込み――
「ぶはっ!!」
 噴いた。
「なんっじゃこりゃあぁっ!?」
「ピーマンドリンク。好き嫌い治るといいなぁって」
 実に邪気のない笑顔で言い放つヨルに悪気はない。
 おろしピーマン(種ごと)に牛乳とカフェオレをブレンドしたのも、自分の好きなものと混ぜればきっと美味しくなるに違いないと信じての事だ。
「待て、それは人間が飲めるものなのか!? だったら他の皆にも飲ませろよっ」
「これミハイル専用、だから」
 飲めたら一気にピーマン検定特級合格だよ?
「無理だ」
 って言うかカフェオレまで苦手になりそうなんだけど!


 そして予期せぬ着衣水泳を体験する羽目になった天使達は、一足先に温泉へ。
 門木はナチュラルに女性達の後に付いて行こうとするが――
「ふざけるな!」
 その首根っこを、ミハイルが引っ掴んだ。
 ここは公衆浴場だから! 混浴でも水着着用でもないし!
 家族風呂ならまだしも…いや、それも駄目だな、そんな羨まs(げふん
「何? 一人で男湯は寂しい? わかった、俺が付き合ってやる、だから泣くな!」
 何という幼児退行。
「リュール、これでわかっただろう」
 ミハイルは門木の襟首を引っ掴んだまま言った。
「子育てはまだ終わってないぞ。見ろ、この大の男とは思えない振る舞いを」
「俺は、別に変じゃないと思うけど」
 それを聞いて、ヨルが首を傾げる。
「天魔の歳って外見関係ないし、良いんじゃないかな、少しくらい子供に戻っても」
 寧ろ少し少し羨ましいかもしれない。
「それはそうだが、モノには限度があるだろう」
 ミハイルは改めてリュールに向き直る。
「頼む、一人前の大人として育て上げてくれ。本人のためにも周りのためにも」
 返って来たのは、否定とも肯定ともつかない大きな溜息だった。

「リュールさんは、門木先生の親で、家族なのだから、一緒にいてほしいなって思うのだよ?」
 温泉に浸かりながら、フィノシュトラはリュールに自分の思いを伝える。
「わたしには…親がいないから、ちゃんとわかってるかわからないのだけど、家族が一緒にいられないなんて、すごい悲しいと思うのだよ?」
「あたしも、そう思う」
 愛梨沙が頷いた。
「リュール、センセにはまだ貴女が必要なの…堕天、前向きに考えて?」
「門木先生にもリュールさんが必要だと思うけれど、リュールさんも門木先生が必要だと思うのだよ?」
「私に?」
 思いがけない言葉に、リュールはかくりと首を傾げる。
「考えた事もなかったな」
「じゃあ、これから考えてみてほしいのだよ? それに、リュールさんが本当にどうしたいかも」


 温泉から上がり、夕食を終えても、夜はまだ終わらない。
「リュールさん、花火をしませんか?」
 レイラは大量の手持ち花火を準備していた。
 噴き出し弾ける色とりどりの火花に、リュールは忽ち戦闘態勢に――
「大丈夫です、これは攻撃魔法ではありませんから」
 カノンがタイミング良くフォローしなければ、今頃はもっと大きな花火が上がっていたかもしれない。
「人間は物騒な遊びを好むのだな」
 そうは言いつつも、リュールは花火を気に入った様だ。
 次から次へと火を点けては子供の様に目を輝かせている。
(旧来の穏健派のリュールさんは天界では異分子)
 その姿を見て、レイラは思う。
(私たちはリュールさんの堕天をのぞみ、メイラスはリュールさんの望まぬ非道なゲームを強い、また私たちが望むような条件を受けています)
 ここで情に動かされればリュールもこちらに転がるかもしれない。
 しかし、メイラスがそれを想定できない筈はなかった。
(備えねばなりません。来るべき報復から門木先生とリュールさんを守るために)
 漸く素直になれた人達の未来を守るために。



●二日目

「せんせー、おはようございますー」
 早起きしたシグリッドは、門木のテントを覗き込んだ。
「よく眠れ…」
 て、ませんねその顔は。
 久しぶりの親子水入らずは、どうやら緊張しすぎて話も出来ず、かといって眠る事も出来ず…という有様だったらしい。
 もっとも、リュールの方は気にせず熟睡していた様だが。
「でも、まだ今夜もありますから…!」
 シグリッドはタロを連れ、そして何故か一緒に行くと言い出したリュールと共に朝の散歩に出掛けて行く。
 昨晩レイラに身体を洗って貰ったタロは、毛並みも一段と艶やかになっていた。
「あの、ちょっとお話しても良いですか?」
 タロを遊ばせながら、良い機会だとシグリッドはリュールに話しかける。
「堕天したら役立たずと言いますがそんなことはないのです。大好きなお母さんが傍に居るのが先生の力になるのですよ」
 例え幾つになっても、お母さんは特別な存在なのだ。
「先生達の剣と盾に、守る力になります。だから踏み台ではなく、この先は母親として先生の力になってくれませんか」
「何故そこまで?」
「大好きだからです! 先生の望みを叶える為にぼくはどんなことでも頑張るのです!」
 この時、まだリュールは知らなかった。
 その「大好き」の、真の意味を――


 朝食を終えた一行は湖を後にし、札幌の街へ。
「天使にもいろいろいるみたいだけど人にもいろいろいるから、街では面倒だけど注意してな」
 青空の言葉に、リュールは少し緊張した面持ちで頷いた。
「人の多いところ、苦手?」
 ヨルに問われ、小さく頷く。
 苦手なのは罪の意識があるからではないだろうか。
 もしかして、そのせいで堕天を躊躇しているのかもしれない。
「…リュール、人間の事はどう思ってる?」
「お前はどうなのだ?」
「俺は好き。悪魔だから嫌われたり憎まれる事もあるけど、それでも好き」
「憎まれても、か?」
「そう」
 自分という悪魔が死ねば喜ぶ人がいる反面、悲しむ人もいる。
 一時期、それで結構悩んだりもしたけれど。
「それで結局、俺にとって大事な人が幸せになる様にしようって決めた」
 リュールにそうしろとは言わないが、もし迷っているならそれも方法かもしれない。
「俺にとってはカドキも大事。だからカドキが幸せになるように願って動いてる」
「悪魔が天使の幸福を願うか」
 リュールは小さく笑みを漏らした。
 それは面白がっている様でもあり、少し嬉しそうでもあり。
「私はリュールを信じてる」
 青空が言った。
「リュールも私達を信じて欲しい」
 説得の言葉は、何と言えば良いのかよくわからないし、リュールにはリュールの考えがあるだろうけれど――それでも。
「私は親子は揃っていて欲しいと、思う。だってまだ、リュールも先生も同じ世界に生きているんだから」
 まだ、間に合うのだから。
「だからそれが叶うなら、なんだって努力したいなって思うのだ」

 それを聞きながら、リュールはレグルスに聞いた話を思い出していた。
「…幸せになるために、ほかの誰かを犠牲にしていいと思いますか?」
 彼は、そう訊ねて来た。
 自分を真っ直ぐに見つめながら。

「僕は、そう思いたくありません」

「…先生は、あなたを『無関係な一般の人を危険にさらしてでも取り返したい』と言った」

「けれども」

「僕の全力を賭けて」

「僕は、これからも…誰も、犠牲にはさせません」

「そして、その、護るべき人たちの中に…」

「あなたも入っています、リュールさん」

 一言一言を区切り、ゆっくりと。
 彼は告げた。
 命を懸けて戦うと。
 「犠牲」を出さないために戦うと。

 面白い。
 彼等の説得に乗せられてみるのも、悪くない気がした。

 そうして色々な事を話しながら、一行は店を覗いたり、有名な観光スポットを訪ねたり、市場をぶらぶらと歩いてみたり、そこから続く食事処で名物の海鮮丼を味わったり。
「ウニイクラ丼、大盛りで!」
 ミハイルの前に、こぼれ落ちんばかりのウニとイクラが山盛りになった丼が運ばれて来る。
 夕飯は旅館でカニの食べ放題だ。
 果たして門木の財布は大丈夫なのだろうか。
「ごはんも良いけど、おやつにカフェで甘いものを食べるのもいいよね!」
 フィノシュトラはスイーツの美味しい店にリュールを誘う。
「甘味は別腹って言うのだよ!」
 それはリュールも例外ではなかった様だ。
 タロには犬用スイーツもあるし、気に入ったらお土産にしても良いかもしれない。


 町歩きをめいっぱい楽しんだ後は、旅館の温泉で疲れを癒す。
 シグリッドは何か使命感に取り憑かれた様に、門木の頭と背中をわしゃわしゃと。
 ヨルは風呂上がりのリュールに牛乳の正しい飲み方を伝授してみたり、定番の卓球やエアホッケーで熱くなってみたり。

 夕食時、リュールはレイラが用意した浴衣で登場。
 まとめ髪のうなじがやたらと色香を放ち、ミハイルなどは目のやり場に困っている、様な。
 レイラは門木の浴衣も誂えていた。
 他の皆は旅館に備え付けの浴衣だったり、部屋着だったり…いつもと変わらなかったり。
 寛いだ様子で食事をしながら、それぞれに会話の花を咲かせる。
「メイラスってやっぱ魔法系? アロンとお母さんも魔法系だから久しぶりに思いっきり殴りあいたいんで近接系だと嬉しいんだけど」
 舌が滑りが良くなった頃を見計らって、挫斬が訊ねた。
 だが、そこは流石に漏らす訳にはいかない様だ。
「何なら教えてくれる? 先生のお父さんとか?」
「父親はおらぬ」
「じゃあ旦那さんってどんな人だった? 参考にしたいんで馴初めとか聞きたいな〜」
「五百年も昔の事だ、もう忘れてしまったな」
 それは多分、嘘だ。
 だが、自分の胸の内にだけしまっておきたい事は誰にでもあるもの。
「ぼくはせんせーの子供の頃の話が聞きたいです!」
 シグリッドの質問に対しては、訊かれない事まで次から次へと出て来るあたり、実は割と親馬鹿かもしれない。
「あの頃は、それはもう可愛くてな」
「せんせーは今でも可愛いのですよ、ほら!」
 シグリッドが見せびらかした写真やブロマイドの中には、あの花嫁姿もあった。
 あれ、なんかリュールの門木を見る視線がちょっと冷たくなった気が。
「お母さん的にこの中で息子の嫁にするなら誰?」
 花嫁ついでに、挫斬が訊ねる。
「そうだな…」
 女性達を見渡したリュールは、その視線を一人の上で止め――る前に、爆弾が落ちた。
「だ、だめなのです…! せんせーは僕がお嫁さんに貰うのですよ…!」
 涙目で門木に抱き付いたシグリッドは、更なる爆弾を投下。
「必ず幸せにするのでぼくと結婚してください!」
 さあ、どうする門木!
「ナーシュ、お前がそれで良いなら私は何も言うまい」
 え、良いの!?
「おめでとう! 見事選ばれた貴男は今夜先生と一緒のお布団で寝る権利をプレゼント! 頑張って孫をお母さんに見せてやれ! キャハハ!」
 挫斬さん、もしかして酔ってます?
 しかし、ここでカノンが異議を唱えた!
「先生は沢山の女性…のみならず、男性にも気に入られている様ですが、何と言うか流されている時があって」
 つまりは浮気性? 八方美人? 二股とか三股とか…
「そうなのか?」
 こくり、カノンは頷く。
「ここは是非とも、母親として注意もしくはお説教を頂きたく!」
 ちょっと待って何その嫁と姑がタッグ組んだ様な状況は!?
 って言うか身に覚えは――!

 カオスで修羅場な宴会は、その後暫く続いたそうな。


「お母さん…かぁ」
 やがて皆が寝静まった頃、愛梨沙はひとり屋根の上で月を眺めていた。
 なくした記憶の中にいる自分の母を思うと、少し寂しくなる。
「こんな時、センセが傍にいてくれたらな」
 でも今は、親子水入らずを邪魔してはいけない。
 本当はリュールに訊きたい事もあるけれど――
 でも怖い。
 リュールが自分の一族を知っていて、もしそれが世間一般的な人間をなんとも思わない様な天使だったら?
「もしかしたらセンセの側に居られなくなるかも? そんなのイヤだっ」
「…何が、嫌なんだ?」
 背後の闇で声がした。
「センセ!?」
「…その、お袋が気付いて…行って来いと。…どうか、したのか?」
「ううん、何でもない」
 何でもない、けれど。
「少しだけ、一緒にいて貰っても良い?」
 いずれまた、訊ねる機会はあるだろう。
 リュールがこちらに来る事になれば、いつでも――



●最終日

「はい、みんな笑ってなー!」
 カメラのタイマーをセットし、青空は急いで列に戻る。
 今日は皆で記念撮影をして、その他にも色々撮った写真と共に朝イチでプリントに出し、出来上がりを待つ間にお土産を買って、食事をして――
 その間にも、ヨルは動画を撮り続ける。
「動いてるのも、あった方が良いかなって」

 リュールとは仙台の空港でお別れだ。
「これな、先生とお揃い! 良い旅の思い出になればいいなって」
 出来たばかりの写真を貼ったアルバムと共に、青空は可愛い狐のもふもふキーホルダーを手渡した。
「先生、1人にしないでな」
「リュール、約束」
 ヨルがケース入りの毬藻をひとつ、アルバムに乗せる。
「また皆でこうして遊ぼうね」
「人も世も流れていくけれど、変わらないもの大切なものがあることを忘れないで下さいね」
 レイラが今日の思い出を言葉に変えた。
「最初は少しでも疑って悪かった。先生は学園にとって人間にとって重要な存在だからな。あと…」
 ミハイルは周囲に誰もいない事を確かめ、続ける。
「俺にはいつか帰るべき場所がある。学園はそこに帰るまでの楽しい夢みたいなもんだ。先生はその夢を見せてくれた切欠だ」
 サングラスを直すふりをして、そっぽを向いた。
「他の誰にも言うなよ。恥ずかしい」

「また遊ぼうね!」
 ひとり去り行くリュールの背に、フィノシュトラは大きく手を振った。
 その足元で、学園で預かる事になったタロが尻尾を垂れている。
「大丈夫、きっとすぐに迎えに来るのだよ!」
 同じく、尻尾があったら足の間に丸め込んでいそうな門木の背に、レイラはそっともたれかかった。
「きっと大丈夫ですから、安心してください」
 また、すぐに会えるから――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー