敵側からの要請を受けて、仲間達は科学室に集まっていた。
「私達がゲームの内容考えられるのはチャンスなのだよ? 頑張らないとだよ!」
張り切るフィノシュトラ(
jb2752)の言葉に、レグルス・グラウシード(
ja8064)は嬉しそうな声を上げた。
「僕たちがゲームを考えるんですか? …てことは、じゃあ…よかった、今度は誰も、傷つかないんだε-(´∀`*」
だが、ゲームの内容を考えるのは意外に難しい。
ここで下手な提案をすれば、メイラスは撃退士ばかりでなく人間そのものを「交渉に値しない下等な存在」と認識するだろう。
そうなれば、今後の戦いはゲームではなくなる。
メイラスは躊躇なく一般人を巻き込み、躊躇う事なく糧とするだろう。
最初に約束したリュールの解放さえ反故にするかもしれない――もっとも、それは始めから守る気もない、ただの餌なのかもしれないが。
数日をかけて慎重に話し合いを重ねた結果、ゲームはレグルスが提案した「水鉄砲を使った旗取り合戦」に決まった。
場所は砂浜、間にある林を挟んだエリアにそれぞれの陣地を作り、旗を立てる。
旗の高さは1.5m、その前に1.5m四方の防護壁を設置。
水鉄砲は市販のオモチャを使い、中に仕込むのは色水。
魔装は水着のみで、各自の胸に付けた白いゼッケンと白い帽子、どちらかに色が付いたら戦域外へ退場だが、それ以外の場所はいくら濡れても構わない。
殺傷は無しだが、擦り傷や切り傷、打撲、子供の喧嘩程度なら許容範囲だ。
「スキルと魔具は使用禁止だな」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が言った。
相手がどんなバケモノじみたスキルを持っているかわからない。
出来れば戦いになる前にそれを見てみたいという気持ちはあるが、それでゲームに負けてしまっては元も子もないだろう。
「注目や潜行とかの、グッドステータスがつくスキルはどうする?」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)が訊ねた。
「それでも、とんでもない壊れ性能を持ってる可能性はあるわよね」
答えたのは雨野 挫斬(
ja0919)だ。
「いっそ全面禁止にした方が良いと思うな」
「ん、わかった」
それなら意思疎通も禁止という事になるだろうが、仕方がない。
「ルールは大体こんな所か。後は戦利品だが…」
「ぼくはリュールさんとお話しする時間が欲しいのです」
シグリッド=リンドベリ (
jb5318)が言った。
いきなり身柄を要求するより、この機会によく話し合って、自分から堕天を望むようになってくれれば――
「それ、良いと思うな」
挫斬が頷く。その点に関しては、誰も異存はない様だ。
「で、もしこっちが負けた時はどうする?」
「私は、門木先生は連れて行きたくないな」
あくまで個人的には、と前置きをして青空・アルベール(
ja0732)が言った。
かといって偽物や替え玉を置くのもフェアではないし――さて、どうしたものか。
「なら、次のゲームで先生を掻っ攫いやすい状況にするというのはどうだ?」
これなら餌としても悪くないだろうと、ミハイル。
普段は学園内で守られている標的を外に連れ出すというだけでも、相手にはメリットになる筈だ。
「なのに、敵は今までのゲームでカドキを連れて来いって言わなかった」
ぽつり、ヨルが呟く。
「…あっちの目的を考えるとちょっと不自然、だよね」
言われてみればそうだと、全員の視線が門木の方を向いた。
「もしかしたら、相手は学園内でもカドキを狙う手段を既に確保しているのかも知れない…例えば、何らかの手段でコウキの呪いを引き継ぐ事が出来る…とか」
メイラスがアロンの杖を持っていた事から見て、その可能性もゼロではないだろう。
考えすぎかもしれないし、わざわざ護衛を付ける必要はないだろうが、念の為。
「だから一応なるべく人が多い場所にいてね」
「…わかった。食堂で、待ってる」
「せんせー良い子なのですよ」
素直に頷く門木の頭を、シグリッドが撫で撫で。
もう見慣れてしまったせいか、この逆転現象にも違和感が全く仕事をしていない。
それはともかく、その懸念を除いては特に問題はなさそうだ。
それに、これなら今回のゲームで万が一自分達が負けたとしても、次回で守れるチャンスが残る――いや、負けるつもりは微塵もないが。
「では、こちらが勝てばリュールさんと一日過ごす権利、向こうが勝てば次のゲームでは先生を浚いやすい状況にする事――それで良いですね」
カノン(
jb2648)が確認する。
「リュールに少しでも近づくために、これは飲んで貰わないとね」
青空が言った。
後は実際の交渉の場で――という事で、ひとまずは一段落。
「…ちょっと休憩にするか」
門木が席を立つ。
ジュースくらいなら奢るから、ね。
食堂に雪崩れ込み、隣に座ったレイラ(
ja0365)が訊ねる。
「先生はリュールさんに悪戯をした事がありますか?」
例えば水鉄砲の標的にした、とか。
それと同じ事をして見せれば、リュールも昔の事を思い出すかもしれない。
「門木先生が今でもリュールさんを慕っていて、待っていますって、メッセージにしてあげたらどうかと思って」
「…悪戯、か。記憶にないな」
「悪戯した事がないのですか? とても良い子だったのですね」
「…いや、そうじゃない…怖くて、出来なかったんだ」
「リュールさんに叱られるのが?」
だが、門木は首を振った。
「…嫌われるのが、さ。お前なんか拾わなければ良かったって…そう言われるのが怖かった」
愛されているという自信と安心感があるからこそ、ちょっと困らせてその愛を確かめてみたいという気にもなるのだ。
どんな事をしても嫌われない、捨てられたりしないと思えるからこそ。
「…今なら、絶対に嫌われたりしないって…そう思えるけど、な」
当時は拾った事を後悔させない為に必死で良い子になろうとしていた。
明るくて、優しくて、頭も良くて、皆の人気者で…苛められたりする事なんか、絶対にないと――そう思われたかった。
「では、困らせた事も?」
「…それは…色々あるよ」
わざと困らせた記憶はないが、多分、そうやって良い子にしていた事に、リュールは困っていたのではないだろうか。
いつの間にか、皆がその話に聞き入っていた。
「そういう誤解とか、すれ違いをなくす為にも、勝ったら門木先生とリュールさんとでしっかり話をしてもらわないとね!」
フィノシュトラが気合いを入れる。
「子供にとっては親はいつまでも親…私には親がいないからわからないけれど、一緒にいられないのは悲しいことだと思うのだよ…」
誤解したまま、本当の気持ちを伝えられずにいる事も。
「だから後悔しないように、ちゃんと思ってること全部全部、迷惑とか考えずに話すのがいいのだよ!」
「…うん、ありがとう」
と、そこに――
「お話し中、ちょっと失礼」
一段落したと見て、メモを片手に挫斬が話しかけて来た。
「先生、ちょっと聞きたいんだけど。水着の用意するから、リュールのサイズと好きな色を教えてくれる?」
「…色は…淡い水色、かな」
アイスブルーと言った方が良いだろうか、瞳と同じ色の服を好んで着ていた気がする。
だが、母親のスリーサイズを言える男子は余りいないのではなかろうか。
と言うか、言えたらちょっと怖い気もする。
「じゃあ、この中で体型の似た子はいる?」
言われて、門木は周囲を見渡した。
「…背は、レイラと同じくらい…でも、もう少し肉付きは良い、かな」
微妙にセクハラ発言の気がしないでもないが、本人は真面目に質問に答えているだけなので、ご容赦頂きたい。
「わかった、用意しておくわね」
そう頷いた挫斬の目が悪戯っぽく光った様に見えたのは気のせいだろうか。
「リュールも、水着になるんだ…」
カフェオレを飲みながら、ヨルが呟く。
それなら、ビデオカメラも借りておいた方が良いだろうか。
だって水着姿の大天使ってレア――じゃなくて、ほら、メイラスの姿と行動を記録する為ですよ、後で分析する為に、ね?
それにしても。
「ゲームを作るのって案外大変なんだね」
苦労がちょっと解った気がする。
そして、出来上がったゲームに人柄や頭の良さが出る事も。
果たして、メイラスにはこのゲームはどう映るのだろう。
指定の日時、指定の場所。
万一を考え、撃退士達は全員でその場に赴いた。
だが、相手はリュールひとり。
「あの黒ずくめの彼、メイラスだっけ。来ないの?」
前に自分ひとりでは決められないと言っていた筈だがと、挫斬が問う。
「来てはいる、私の声が届く範囲にはな。姿も見えている筈だ」
どうやら会話の内容はリュールが意思疎通で伝えるらしい。
「私はただの中継器の様なものだと思えば良い」
「それはまた、ご苦労な事ね」
挫斬は軽く肩を竦めて見せる。
さて、そこで本題だが――交渉の場で表に立つのは、やはりこの人だろう。
ミハイルはゲームの内容とルールを読み上げた。
「――水鉄砲の射程は3m、それ以外の武器は使用禁止だ。道具は現地調達のみだが、壁や塹壕、罠などの工作はアリだ」
「その工作は事前に行っても良いのか?」
「そうだな…開始前一時間の範囲で作れるものって事でどうだ?」
ゲームが始まってからでは材料の調達も難しいだろうし、現場の下調べを兼ねてそれくらいが丁度良いだろう。
「わかった、続けろ」
「こっちのメンバーはこの十人、そっちはリュールとメイラス、残りは人数あわせの人型サーバントだ」
人型の大きさは一般的な人間と同じ。
「この水着が着られる程度のね!」
挫斬がぴらっと取り出して見せたのは、淡い水色のビキニ。申し訳程度の布きれを紐でリボン結びにするタイプの、かなり際どいものだ。
「あ、これはリュールさんのね?」
「私に…これを着ろと?」
リュールの視線が冷たい。
ものっすごく冷たい。
だが、どうやら上司から許可が下りたと言うか命令された様だ。
「後は戦利品に関してだが――」
ミハイルが続ける。
「こちらが勝てばリュールを一日貸して貰う」
「私を? それで、どうするつもりだ?」
「心配ない、ただ遊ぶだけだ。傷付けるつもりはないし、終わったらちゃんと返す。その代わり、俺達が負けた時には次のゲームで門木先生を捕獲するチャンスをやろう」
「チャンスとは何だ? あれを戦場の真ん中に置いて、早い者勝ちで奪い合うとでも言うのか?」
「一日護衛つきで、学園の保護が及ばない場所に連れ出します」
そんな危険な事はさせられないと首を振り、シグリッドが言った。
「ただ、場所は教えられませんけれど…」
「場所も教えずに、闇雲に探せと言うのか?」
それはチャンスとは言わないだろうと、リュールが首を振る。
「大天使が二人もいるなら、居場所を探し当てる事くらい難しくないと思うのだ」
青空がカマをかけてみた。
が、返事はない。そう簡単に手の内を見せてはくれないか。
「ルール自体はかなり公平になってるはずだよ。断るってことは、勝てないって思ってるってことかな?」
「俺達が勝っても負けても、どちらにしても天界側には何の不利益もないだろう」
負ければ不利になる分こちらの方が苦しいと、ミハイル。
「悪くない条件だぜ 」
だが、リュールは――と言うよりメイラスは乗って来ない。
「勝負を受けないなら、今後どんな交渉があろうとカドキは連れていかない」
ヨルが言った。
ただのハッタリだが、本人としては半ば本気でもある。
「学園にいる間はそっちも簡単に手出し出来ないでしょ、面倒じゃない?」
これで折れるなら、相手は学園内に手出しする手段を持ち合わせていない、つまり高松も一応は安全と考えて良いだろう。
「どう? こっちにはカドキを戦場に連れて行くメリットは殆ど無いし…」
だが、すぐには答えないところを見ると、そう推測される事を嫌ったのか、或いはその気になれば手出しは容易いという意思表示なのか。
「これでも不満なら、負けたら俺が人質になる、を加えてもいいけど」
「ぼくも、人質になっても良いです」
シグリッドが言った。
「こちらの人数が少なくなれば、そちらが有利になりますよね?」
「私も人質になる事は可能ですが――」
カノンを入れて、これで三人。
全員を取るか、誰か一人を選ぶか、それは今後の交渉次第だ。
しかし、もしこれでも渋るなら、残念だが話し合いは決裂という事になる。
もう譲歩の余地はないし、交渉にも応じない。
戦闘も辞さない構えで、撃退士達はリュールを見る。
いや、その向こうにいる筈の、メイラスを。
やがて、リュールが小さく息を吐き――言った。
「何事も試してみなければ実際のところはわからぬ」
それはリュール自信の言葉か、それともメイラスか。
或いはそう言って、上司の決断を後押ししてくれたのかもしれない。
「良かろう、お前達のゲームでどれほど楽しみ事が出来るか、試してみようではないか」
対戦は三日後、指定の場所で――
そして当日。
ここで思わぬハプニングが起きた。
レグルスが参加していた別の依頼で、思わぬ大怪我をしてしまったのだ。
「(´・ω・)…もともと早く走れないのに、なお遅くなってしまいました」
しかし、それでも出来る事はある。
自軍の旗の砂壁に隠れて、旗を守れば良いのだ。
「最後の砦になるべく、がんばります(`・ω・´)」
動けないという事は、それだけ敵の観察に向ける余裕が出来るという事でもある。
(先生のお母さんは、ともかく…「ゲーム」で他の人の命をもてあそぶようなろくでもない人が、単純なバカであるはずがない)
今後の為にも、きちんと見極めるのだ。
相手の行動パターンや性格を。
(このゲームでも、必ず…こっちを「嘲笑える」ような勝ち方を望むはず!)
その裏をかけば、この状態でも戦える筈だ。
ゲーム開始の、一時間前。
ミハイルは両陣営の間にある林に入り、着に絡み付いた蔓を集める。
想定した侵攻ルート沿いにある低木の枝にその端を結び、足元に垂らしておけば、いざという時に蔦を引いて敵の注意を逸らす事が出来るだろう。
それを中初夏に作り、ついでに枝葉を掻き集めて蔦で縛ったものを各所に置いた。
一見するとただの灌木の茂みだが、持ち歩けば盾の代わりになる。
別ルートでは、レイラが下見中だった。
地形を観察しルートを把握しながら、想う。
(古きよき時代の天使と人間の関係のような穏やかな形を重んじるリュールさんは今の天界にとっては異分子)
(堕天した天使には苛烈な処置が下されるのが天界の秩序だとしても)
(進むことも留まることも許されないのだとしても)
(てをさしのべてあげたい)
(もう一度、彼女らしくいきる機会をあげたい)
(愛するひとの)
(大切なひとだから)
…いつの間にか、感情レベルが更新されていた。
何だか色々と申し訳なくなってくるが、あの鈍感は残念ながら、まだまだ改善される見込みがない。
いや、ほんとに申し訳ない。
「お好きな水着をどーぞ!」
更衣室を兼ねたテントの前では、挫斬が持って来た各種の水着を広げていた。
女性用は際どいビキニから紐や絆創膏に、前貼り…って、それは水着じゃない。
男性用は褌やTバックからサーフパンツまで。
敵も味方も、持ってない人はどうぞー。
「あたしはちゃんと持って来たから大丈夫」
鏑木愛梨沙(
jb3903)は学園指定の紺色スクール水着を持って更衣室へ。
入学時に買ったものだが、まだ着られるだろう――あれから太ってはいない筈だ、多分。
「…うん? 胸がちょっときつい? また大きくなったのかな…?」
胸のゼッケンに書かれた「ありさ」の文字が横に伸びて殆ど読めなくなっているが、着用に問題はない。苦しいのは我慢だ。
他のメンバーも各自で持参したり、持っていない場合は適当に好きなものを選んで(選択肢はかなり限られているが)全員が着替えを済ませた。
因みに挫斬はかなり際どい真っ赤なビキニだ。
そしてリュールはと見れば、ちゃんと着替えていた。
透ける様な白い肌にかかる真っ直ぐなプラチナブロンドの髪、瞳と同じ色のビキニ、くっきりと刻まれた谷間に、メリハリの利いたボディライン。
これは男性なら誰しも食い入る様に見つめるか、慌てて目を逸らすかのどちらかだろう。
戦場の仕込みから戻ったミハイルの場合は後者だった。
(頑張れ、俺の平常心)
と言うか、日常的にこの姿を見慣れていたら、それは理想のハードルも高くなるというものだろう。
門木が女性の顔やスタイルに殆ど興味を示さないのもわかる気がする。
幼い頃は一緒に風呂に入った事もあるのだろうし――くっそ羨まs(ry
「ショット」
挫斬は早速、リュールと仲間達(女性限定)を巻き込んで、記念撮影を楽しんでいる。
もっとも、彼女は相変わらずの仏頂面だが。
それはそうと、敵が連れて来たサーバント、あれは何だろう。
「ちゃんと作る時間がなかったのかな?」
青空が首を傾げる。
それは人の形をしてはいるが、人型の袋に綿を詰めただけの様に見える。
髪も目鼻も、手の指さえなかった。
おまけにメイラスは黒ずくめのウェットスーツ姿、ゼッケンも帽子も拒否。
彼は肌を晒す事を嫌い、また黒以外を身に付ける事も絶対にないらしい。
しかも強要するならゲームは反故にすると言い出す我侭ぶりだ。
仕方なく、そこは代わりに身体の何処にでも当たれば即退場という事で折り合いを付けて――
準備も終わり、敵味方はそれぞれの陣地へと別れる。
スタート地点は旗の前だ。
(ここから流れを引き込めるか否か…ともあれ落ち着いて当たりましょう。心を乱せば、あちらを喜ばせるだけでしょうし)
カノンは水鉄砲を両手でしっかりと持って、真剣な表情で敵陣を見つめる。
去年やった水鉄砲サバイバルはただの遊びだったが、今度は大切なものを賭けた真剣勝負なのだ。
「負けたら条件が大変だから頑張らないとね!」
フィノシュトラが念の為に阻霊符を発動させる。
水鉄砲は両手にひとつずつの二丁拳銃だ。
「楽しげなゲームであるけど、これはゲームじゃないもんね。勝たなきゃ、ダメだものね」
青空は壁の後ろに身を隠して合図を待った。
「せんせーの為に頑張るのです!」
シグリッドはきりりと表情を引き締める。
が、愛梨沙はまだスイッチが入っていない様で。
「えぇと、前にやったサバイバルみたいなので良いんだっけ?」
水鉄砲を手にしたその脳裏に、去年の夏の出来事が甦る。
「あの時は知らずに普段のままに白いドレスでいたら濡れて…って思い出しちゃ駄目ぇぇぇぇぇっっっ」
ぶしゃーっ!
真っ赤になった愛梨沙は、隣にいたミハイルに向けて引き金を引いた!
「ぶわっ!?」
多分、濡れ衣だ。
って言うか今のノーカウントね?
試合開始の合図と共に、攻撃陣は一気に自陣の砂浜を突破、林に駆け込んだ。
レイラは入ってすぐの場所に作っておいた水溜まりで身体に泥を塗り虚け、迷彩の代わりにする。
シグリッドは林の手前に潜んで待ち伏せの構えだ。
ここなら防御の手が足りなくなった時にすぐ戻れるだろう。
暫く後、林の中から最初に現れたのは――
「七ツ狩さん?」
攻撃に参加していた筈のヨルが戻って来たのを見て、思わず立ち上がる。
どうしたのだろう、何かあったのだろうか――そう思っているうちに、ヨルが銃口を向けた。
「えっ!?」
突然の出来事に身動きも取れず、シグリッドは胸を撃たれる。
まさか、裏切り?
いや、そんな筈はない。
だとすると、考えられるのは。
その少し前、林の中では――
「撃ちあいか。俺のフィールドだぜ」
ミハイルが余裕の笑みを見せたのも束の間、その表情は驚きに変わる。
「何だ、あいつら…!?」
向かって来るのは、レイラと挫斬、ヨル、そしてミハイル自身だった。
何故かフィノシュトラの姿だけは見えないが、それはともかく。
「分身、かな」
ヨルが呟く。
と言うより、コピーか。
「さっき見たサーバント、のっぺらぼうだった」
「そうか、俺達の姿を写し取る為に…!」
「姿だけじゃないみたい、ほら」
挫斬が自分の偽物を見た。
それは前傾姿勢で胸のゼッケンを隠し、更には片手でガードしながら左右に振れつつ進んで来る。
レイラの分身は同じ様に泥で迷彩を施していた。
「中身までコピーしたって訳か――あっ、てめぇ!」
偽ミハイルが地面に置かれていた蔦を引く。
ガサガサと動く枝に反応し、木の上からフィノシュトラが水鉄砲を撃った。
しかし勿論、そこには誰もいない。
「俺が仕掛けたものを勝手に使うな!」
だが相手は構わず、今度は枝葉を束ねた盾を持って近付いて来る。
「勝手に使うなと言ってるだろうが、こん畜生!」
ミハイルは射程内まで近付き、撃つ。
だが相手も同じミハイル、能力は互角だった。
「自分と戦うとなると厄介ですね」
レイラが言う。
「ここは相手にせずに、一気に旗を奪いに行った方が良いでしょうか」
「そうね、私達の偽物はもう、そうしてるみたいだし」
攻撃よりも相手の旗を取ったり、敵陣を掻き回す事を選んだ者は、分身も同じ思考パターンで行動する様だ。
「なるほど、俺の場合は偽物もアタッカーという訳だ」
面白い、本物の底力を見せてやる――と思ったが、今は敵の旗を取る事の方が重要だ。
本物が踵を返して走り去ると、偽物もまたその場から姿を消した。
本物の仲間達は林を抜けて敵陣の砂浜へ急ぐ。
偽物の方も同じ様に自分達の陣地に向かっているだろうが、そこは守備陣の活躍に期待するしかない。
と、木陰に身を隠しながら、危なっかしい足取りでこちらに向かって来る者がいる。
「リュールだ」
こうして見ると、以前戦場で会った時の苛烈さは夢だったのかとも思えて来る。
ヨルは音もなく近寄って行くと、木陰から飛び出して水鉄砲を突き付けた。
「ごめん、ちょっと失礼」
接近戦が苦手というのは本当らしい。
大天使は何も出来ずにリタイアとなった。
レグルスは壁の後ろで耳を澄ませていた。
(相手が卑怯者なら、多分…こっちを背後から、狙おうとする!)
近付く足音に敵の接近を感じ、壁とは反対の方向へ水鉄砲を向ける。
敵の姿が視界に入ったら、すぐに引き金を引くつもりだった。
「よくわからないけど、旗を守れば良いのよね」
愛梨沙は壁の脇から身を乗り出して、敵陣の方を見る。
しかしそこに現れたのは、さっき出て行った筈の味方の姿。
「え、何? どうなってるの?」
わからない。
しかし、ここを突破されたら負ける、それだけは確実だ。
「センセの為にがんばらなきゃ」
リュールの堕天と門木を守る事、その両方に少しでも近付く為に。
「負けらんないんだから!」
壁の後ろから飛び出し、闇雲に撃つ。
それは丁度、右から侵入して左に切り返そうとしていた挫斬に当たった。
途端にそれは、のっぺらぼうの人形に変わり――
「なるほどね、そういう事か」
青空が頷く。
これは全部偽物だ。
「そうとわかれば、遠慮は要りませんね」
カノンはわざと壁の後ろから姿を見せ、ここで待ち構えていると相手に印象付ける。
案の定、偽ヨルはそこを避ける様に、また死角を衝こうとする様に動いた。
だがその時にはもう、カノンの姿はそこにない。
回り込むルートを予測し、飛び出して撃つ。
偽ヨルは素早く横に飛んで反撃、カノンはいつもの癖で身体を張ってそれを止めようとするが――これは一発でも当たったら「即死」のゲームだ。
慌てて壁の後ろに隠れて難を逃れるが、危ない所だった。
いつもの防御とは勝手が違う。
それに、防御と言っても積極的に相手の数を減らしていかなければ、いずれは守りきれなくなるだろう。
この砂壁がある間はまだ良いが、これが崩れたら――
と、そう思った瞬間。
何かが砂壁に当たり、その一部が崩れた。
偽ミハイルが硬い泥団子を投げつけたのだ。
「あれって、良いんですか?」
残った壁の後ろに身を潜め、レグルスが囁く。
だが、ルール違反ではないし、今頃は本物も向こうの壁に同じ事をしているだろう。
このままでは遮蔽物がなくなってしまうが、泥団子の射程は水鉄砲よりも遥かに長く、壁の後ろからでは届かない。
一か八か、飛び出したカノンは偽ミハイルに吶喊した。
泥団子なら当たってもリタイアにはならない。
相手が水鉄砲に持ち替える一瞬の隙を衝いて撃つ!
「すみません、後はお願いします…!」
結果は相打ち、だがこれで壁の機能は保たれる。
「三対二なら、壁のある私達の方が有利なのだ」
青空が周囲の警戒を続けながら、残った仲間に声をかけた。
旗の前に立ち、空を警戒しながら、接近する敵を待ち受ける。
走り込んで来た偽レイラに正面から一撃、的だけを狙ったそれは確実に白い布を染めた。
だがその瞬間、すぐ後ろに隠れていたヨルが飛び出して旗に手を伸ばす。
しかし、くるりと後ろを向いたレグルスが、その背中に一発。
「一撃必殺、です(`・ω・´)」
敵陣では林を出てすぐの地点でレイラが偽シグリッドに撃たれて脱落。
林の中では有効だった迷彩も、砂地では却って目立ってしまった様だ。
残る挫斬とヨルは偽シグリッドを撃破して壁の左右から接近、それぞれに敵の目を引き付けた直後に後退、合流して共に左へ寄る。
それに伴って敵の注意が左に逸れた瞬間、右側から回り込んだフィノシュトラが奇襲をかけた。
が、敵の射程ぎりぎりで止まり、後退。
今度はミハイルが壁に泥団子を投げつけながら真ん中から迫る。
同時に残る三人が左右から揺さぶりをかければ、敵は攻撃の的を絞れずに翻弄されるのみだ。
「所詮は劣化コピーだな」
ミハイルの言葉と共に、砂壁が崩れた。
その瞬間に再び挫斬とヨルが急接近、交互に重なる様にジグザグに走りながら撃つ。
偽カノンと偽愛梨沙が人形に戻り、残るは偽青空と…動く気配もないメイラスのみ。
「あれ、レグルスさんもいないのだよ?」
反対側から突っ込んだフィノシュトラが首を傾げる。
彼もまた、コピーの対象から外された様だが…もしかして、戦力的に劣ると判断されたのだろうか。
「馬鹿にすると痛い目を見るのだよ!?」
フィノシュトラは旗を取りに行くと見せかけて援護射撃、メイラスに一撃を見舞う。
その後ろから飛び出したミハイルが旗に手を伸ばし――と、それもフェイクだ!
本命は挫斬かヨルか、しかしその二人も偽青空の鉄壁の守りに阻まれ――
「取ったのだよ!」
旗を手にしたのはフィノシュトラだった。
いつの間にか、メイラスの姿は消えていた。
とりあえず撃退士達の勝ちは認めた様だが、リュールを残して行ったのは戦利品の先払いのつもりだろうか。
だとしたら、この機を逃す手はない――勿論、これだけで終わらせるつもりはないが。
「家族は同じ場所にいるべきだと思うんよ」
リュールの隣に腰を下ろし、青空が言った。
「それが、叶わない願いならいざ知らず…リュールなら望めば受け入れてもらえるかもしれないのだ」
こちらには迎え入れるつもりがあるし、その為に皆で頑張っているのだ。
「足手纏いかどうか決めるのは、せんせーなのですよ」
反対側にシグリッドが座る。
「リュールさんは、自分の為にせんせーが命を投げ出したらどう思いますか?」
それによって心に付く傷と同じものを、彼に付けようとしている事に気が付いて欲しい。
踏み台なんかにしない。どんな協力も惜しまない。二人とも必ず守り抜いてみせる。
「だから、どうかせんせーの傍にきてくれませんか? せんせーのの一番大切なひとはお母さんなのですよ」
リュールは黙ったまま答えない。
気持ちが動いている事は確かな様に見えるが――
「そう答えを急ぐ事もないだろ」
ミハイルが言った。
これで時間の猶予は得た事だし、とりあえずは。
「せっかくだから皆で記念撮影しないか?」
今度は男子も仲間に入れてね!
一足先に離脱したメイラスは、実験の様子を思い返していた。
ただのサーバントには複雑な戦略を理解する知能はない。
本来なら残る八人は天使か使徒でも揃えなければ、公平とは言い難い条件だったのだ。
だがこの実験で、相手の能力を丸ごとコピーすれば、その問題も解消される事がわかった。
ならば下僕のコストで使徒級の手駒を量産する事も――
「これは奴等に感謝すべきか」
つまらぬ遊びの代価としては充分と言えるだろう。
後日。
「はい。お母さんの写真。元気そうで良かったね」
挫斬は門木にリュールと女性陣の写真を手渡した。
「ついでに私達のも。見るのはいいけどそれ以上は本人の同意を取ってね! キャハハ!」
「…それ、以上?」
何の事だろうと門木は首を傾げる。
写真というものは、見る以外にどんな使い方があるのだろうか。
人間の文化は奥が深い。
「ついでに、後で動画も上がって来るみたいよ?」
ヨルが仕掛けたビデオカメラの映像は、只今編集中、らしい。
科学室を出た挫斬は、高松を恒例のデートに誘った。
「セクシーなお姉さんでしょ?」
いつもの店で、自分の写真を見せる。
例の際どいビキニ姿だ。
「解ったらいつかの年増発言を取り消して。そしたらいい事教えてあげる」
「何かネタ掴んだのか?」
「取り消しが先よ」
「じゃ、いらね」
高松は本気で興味がなさそうに、ぷいとそっぽを向いた。
「大体さ、お前本気なのかよ?」
「何が?」
「本気で俺の女になる気があるのかって事」
ないなら、情報も受け取らない。
「子供の前で家族を殺すのが好みのサイコの話でも?」
「どうせそんなの、珍しい事じゃねぇんだろ?」
確かにそうだ。
効率よく感情を奪い取る為に広く行われている事だと、リュールも言っていた。
侵略に荷担する者なら、誰でも該当者になり得ると。
「じゃ、今回は貸し借りなしって事で」
伝票を持って席を立った高松は、二人分の料金を払って行った。