「普通の男の子がディアボロの群れの中に!?」
一報を聞いて、天宮 葉月(
jb7258)はすぐさま立ち上がった。
「まったく定期的に涌いてくるのう、この手の輩は」
美具 フランカー 29世(
jb3882)が、やれやれといった風に首を振る。
またぞろ、復讐心に狩られての独断専行か、興味本位の天魔ウォッチャーか、はたまたヒーロー志願の邪気眼か――
どうやら話を聞く限り、今回は最後の「ヒーロー志願」である様だ。
「…ああ、また中二病ですか」
美森 仁也(
jb2552)が身も蓋もない一言を放つ。
恐らく、それが全てを的確に言い表しているのだろう。
「はあ…極限状態で目覚めるですか……よく分からない理論です。これもある種の信仰なのでしょうか」
空澄(
jb9182)が首を傾げるが、それも仕方がない。
そうした「俺設定」は大抵、自分自身か気心の知れた同類にしか理解されないものなのだ。
「何か前にも似たような事があった気がするけど――」
「気がするどころか、うんざりするほど湧いて来おるわ」
葉月の言葉に、美具が首を振る。
「天界でも似たような話が有った事は話したかの?」
美具の話によれば、天界でも味方へのプロバガンダで、かなり適当な人類感を植え付けられるといった事例があったらしい。
今回の事案も似たような物――いや、より尚悪い。
「これは早急にお灸をすえねばならんのう」
それはともかく、まずは無事に助け出さなければ説教どころの話ではない。
「とにかく助けないと!」
「そうですね〜」
気合いを入れた葉月に、御堂島流紗(
jb3866)がふわりと答える。
「ともかく、ちゃんと無事に助け出してお話をしていきましょ〜」
まずは目撃証言にあった「避難する人々とは反対の方向へ行った」という情報を手がかりに、空と地上から。
「私は地上から行こうと思いますぅ」
流紗も光の翼を持ってはいるが、今回は目よりも耳を使って探すつもりだった。
そうなると、空からの捜索は仁也と空澄の二人が担当という事になる。
「でしたら、ある程度距離を開けて飛んだ方がいいですね」
「ええ、多少散っておけば広範囲を探せるでしょうし。発見したら携帯で連絡するという事で良いでしょうか」
仁也の提案に、空澄が頷いた。
「私はホイッスル持ってますから、それを鳴らす…のが一番ですかね」
それなら音の大きさや方角で、ある程度位置が特定できるだろう。
「そこは状況と各自の装備に応じて使い分けましょう♪」
スマホで連絡先を交換しながら、緋流 美咲(
jb8394)が言う。
途中で敵に遭遇しても捜索を優先すること――その認識を共有し、撃退士達は散って行った。
事件そのものは、そう珍しい事ではない。
「でも、その本人にとっては決してありふれた事ではなく……きっと自分だけの特別な想いなんだよねえ」
少年が辿ったと思われる道を走りながら、桜井明(
jb5937)が呟く。
「……昔を思い出すねえ」
どうやら彼も、身に覚えがあるらしい。
そう、二十数年前――明もまた、戦いを渇望していた。
「あの頃は僕も尖ってたなあ」
戦いたかった。
ただ、わけもなく――それだけが自分の存在意義であるかの様に。
戦いたかった。
その一念で何度となく天魔の前に立ち塞がり、素通りする拳を何十回となく振り上げた。
何度となく挑戦して夢破れ、その果てにシュトラッサーを夢見たこともある。
「あの子には、そうなって欲しくない」
あの頃に比べれば、自分は随分と丸くなった。
伴侶を得、父親となったせいかもしれない。
人の親なら、我が子には平穏無事に暮らして欲しいと願うものだろう。
ヒーローになど、ならなくてもいい、と。
それに、もし適性があるなら――その力は願わなくても授かるものだ。
今頃になって覚醒した、自分の様に。
流紗は、そこから通りを一つ隔てた辺りで捜索に当たっていた。
一般人の避難は既に終えている為、町は物音ひとつ聞こえない程に静まりかえっている。
これで何か物音が聞こえたら、その発生源は十中八九ディアボロだろう。
それが獣の唸り声なら、まず間違いなく――
「見つけましたぁ」
仲間に連絡を入れつつ、流紗は走った。
少年の姿を探して上空を飛びながら、仁也は思う。
(人間見捨てたら彼女が泣くから助けには行くけど)
果たして、この場合は何をもって「助け」となるのだろうか。
そこから少し距離を置いた空澄は、阻霊符を展開しながら地上に目を懲らす。
と、その目に飛び込んで来る敵の姿、殆ど同時に流紗からも連絡が入った。
仁也は敵が最も多く集まっている場所に急行、その真上でホイッスルを吹き鳴らす。
その音を目指して、撃退士達は走った。
「さあ来い! 僕に襲いかかれ!」
挑発する少年の声が聞こえる。
だが威勢が良いのは声だけで、自分から敵の群れに飛び込んで行く様子はなかった。
空澄は手近な敵を射程に捉えると、手にしたパペット・グリズリーから黒い牙を撃ち放つ。
続いて炸裂符を投げ付け、その爆竹の様な音で敵の注意を少年から逸らした。
その隙に飛び出した美咲はシールドを展開、葉月も玄武の盾を構え、少年を背中に庇う。
次いでティアマットにガードされた美具が割り込み、そのままボルケーノで近くの敵を吹き飛ばした。
「なにすんだよ!?」
庇われた少年の、それが第一声だった。
「何をするとは、ご挨拶だねえ」
その腕を掴んだ明が優しく微笑みかける。
だが、少年はそれを振り払おうとした。
「邪魔すんなよ!」
「そういう君こそ仕事の邪魔だよ、向こうで大人しくしててくれないかな?」
盾を構えたまま、葉月が背中で押し出す様に後ずさる。
しかし、少年は頑として動かなかった。
「じゃあ、しょうがないね。動きたくても動けないようにしてあげる」
そう言うと、美咲が気迫のオーラを放つ。
恐怖に竦み上がった少年は、その場から一歩も動けなくなってしまった。
そこは戦場のど真ん中。
「そこで思う存分に恐怖を味わうと良いよ」
恐怖を味わい、追い詰められ、それでも何も起こらなければ目を覚ますだろう。多分。
その代わり、怪我はさせない。
逃げたくても逃げられない、その恐怖さえ味わって貰えば良いのだ。
美咲は盾を構えて、少年の視界を塞がない位置に立つ。
背後は明が守りに就いた。
「子供に怪我をさせる訳にはいかないからね」
そして、少し離れた所にはティアマットの巨体が横たわっている。
見た目の怖さと迫力で選んだだけあって、その威圧感は相当なものだ。
三人が少年を守る中、残る仲間達は次々に敵を片付けていった。
仁也は空中の射程ぎりぎりから、アシュヴィンの紋章で光の針を降らせる。
「このディアボロには、当たりさえすれば何でも効く様ですね」
葉月は盾を大剣サーブルスパーダに持ち替え、向かって来る敵を薙ぎ払っていった。
空澄は上空に待機したまま、全体の動きを見ながら最も危険な敵を見付け、優先的に排除していく。
戦いは効率よく、華麗かつスマートに。
普段なら、流紗もそれを意識した戦い方をすることだろう。
しかし今日は敢えて泥臭く、強いて言うなら格好悪く。
「撃退士の仕事というのが、和也さんの考える特別な素敵な事じゃないというのを示していきたいと思うんですぅ」
なるべく多くの敵の目を引き付けたまま少年の目の前に飛び出し、自分も巻き込まれ兼ねない位置で炸裂陣を使う。
これは殺すか殺されるかという、泥臭い命のやり取り。
決して格好良くなどない。
戦いながら、流紗は少年に声をかけた。
「…天使の私が言うのもなんですけど特別な自分って決していい事ではないと思うんですぅ。和也さんのお気持ちもわかるけど…」
撃退士が生きているのは、所詮は相手を倒すか、目的を達成できず諸共に殺されるかの世界なのだ。
それはとても異常な世界であり、そこに馴染めるのは、そんな異常さを許容できる者しかいない。
「特別な自分というのは、実はそんな『異常な自分』に気が付かずにいられるか、もしくはそれを理性で抑え込んでしまえるかの、まったくもっての異常者だと思うんですぅ」
その事に気付いて貰えれば良いのだが――
戦いが終わった時、流紗は身体のあちこちから血を流していた。
勿論、普通に戦えばそんな怪我を負う相手ではないし、回復術を持つ明や葉月に頼めば跡形もなく消えてしまう程度の傷だ。
しかし流紗は敢えて治療を拒んだ――少年の目を覚まさせる為に。
「怖かったですか?」
少年に尋ねる。
彼等が助けなければ、自分がそんな姿になっていた。
いや、もっと酷い事になっていただろうと、その程度の想像力は少年にもある筈だ。
しかし。
「べ、べつに!」
声も膝も震えているが、少年は頑として認めない。
「ほう、まだ恐怖が足りぬか」
そうかそうかと、美具が腕を組み意地の悪い笑みを浮かべる。
それまで少年を守る様に背を向けていたティアマットがくるりと後ろを向き、吠えた。
獅子の如き咆吼が少年の鼓膜を容赦なく振るわせ、鋭い眼光がその目を射貫く。
「構わぬ、やってしまえ」
美具の命令を受け、ティアマットは少年の華奢な身体にのしかかり、組み伏せた。
大きく開いた口の奥には、今にも撃ち出されようとしているかの様な光の塊が見える。
「うわあぁぁぁっ!!」
少年は思わず声を上げるが、その身体には何の変化も現れなかった。
「まだ覚醒せんようじゃの、スロー過ぎて欠伸が出るのじゃ」
本当に欠伸をしながら、美具はティアマットを還した。
「違う、どうせ本気でやる気じゃないんだろ、だから――」
「それでも、美具には本気で怖がっておる様に見えたがのう?」
「違う、まだ足りないんだ。追い込まれ方が」
「そっか…じゃあ、私が追い込んであげる」
葉月がバキバキと指を鳴らし、拳を握り締める。
だが少年は動じなかった。
「どうせ手加減するか寸止めだろ。危機感ゼロじゃん」
このままでは如何なる説得にも応じそうにない。
「…そうですか」
空澄が口を開いた。
「では貴方のいう極限状態理論で考えるならば別の方法で極限状態になればいいと、そういうことなのですよね」
「別の?」
「ならば親族友人居場所の全て、このわたくしが焼き払ってさしあげましょうか。全てを失えば、これ正しく極限状態。見事覚醒するかもしれませんよ? ……その覚悟がおありですか?」
「出来もしないくせに」
「そう思われますか?」
空澄は光の翼を広げ、ふわりと舞い上がる。
じっと遠くを見つめるその視線の先には、避難所の建物があった。
「冗談、だろ?」
それには答えず、空澄は飛び去ろうとする。
「おい、待てよ! 待てったら!」
だが空澄はますます高度を上げた。
「君は何の為に『力』が欲しいの?」
その姿を目で追う少年の背に、葉月が語りかける。
「これは受け売りだけど、どんなに強い力があっても『芯』が無ければ鈍らと変わらないんだって」
自分の為?
他の誰かの為?
それとも、ただ格好良いから?
「私の戦いを見て、格好良いと思いましたです?」
流紗の問いに少年はただ俯く。
「殺し殺されるの動きに無頓着でいられるのが撃退士…それを覚えておいてほしいですぅ」
もし覚醒したとしても、少年にそれが出来るのか。
俯いたままの彼の目の前に、空澄が静かに舞い降りた。
「残念だけど、危機的状況でもアウルに覚醒する人は稀だよ」
葉月が言う。
「アウルは目覚める人は何も無くても目覚めるものだし…。私なんて、考え事しながらケーキ食べてたら覚醒したよ? こう、フォークがお皿にグサッと刺さって、検査を受けたらって感じ」
「君みたいな年代は『特別』にあこがれるのかな?」
今度は仁也だ。
「自分に能力があると思って結果戦いを邪魔した子、ヴァニタスに唆されて人を手にかけて心を壊した子、天使に選ばれたと思って周囲から孤立して危うく死にかけた子…」
でも、誰も目覚めなかった。
「学園でも危機で目覚めた子の方が少数派だと思うよ」
「確かに、私の幼馴染は危機的状況で覚醒したけど、世の中そういう人ばっかりでもないよ」
それに、アウルに目覚める為には素質が必要だ。
「検査は簡単に受けられるけど受けてみたかい?」
その問いに、少年は首を振る。
「撃退士になりたいなら検査を受けた方が安全だし確実だよ?」
明はそう言って自分の服を捲り、その腹に残る傷跡を見せた。
「僕も君と同じだよ。十何回はやったねえ。あの頃はまだアウルについてまだよく分かってなかったからね」
それでもアウルに目覚める事はなく、一撃たりとも届く事はなく、ただ自分が傷ついただけで終わった。
「奇跡は起きなかったよ」
「嘘だ」
少年が睨み付ける。
「おじさん撃退士じゃないか」
「うん、つい最近ね。検査を受けてみたら、あっさりと」
検査でわかる事なのだ。
もはや、天魔の前に立ち塞がる必要などどこにもない。
「技術の進歩を信じてみてもいいんじゃないかな?」
「信じてどうすんだよ。ご立派な機械様に可能性ゼロって言われたら、僕はずっと普通のままじゃないか!」
「普通、か」
仁也が呟く。
「それなら戦闘技術は持っているかい?」
戦闘技術を知らなければ戦えないし、天魔に通じる武器は学園やそういう組織でないと基本手に入らない。
「仮に君が危機で能力が目覚めたとしよう。その適性が遠距離攻撃が得意で防御能力が得意なダアト、召喚獣を呼んで戦うのが基本のバハムートテイマーだったら確実に死んでいるよ」
「アウルの使い方も知らぬ、ジョブの適正も解らぬ、戦い方も知らぬでは、覚醒した戦闘を生き残れまい」
そう言った美具とて、召喚獣と共にあってこそ戦う事が出来るのだ。
「その行為は自殺と変わらず、そんな俺俺思考の撃退士もまた不要じゃ」
それはトドメの一撃。
「だったら…僕はどうすれば良いんだよ!?」
少年の目から大粒の涙が零れた。
「何もかも普通で、良い所なんかひとつもなくて、誰も助けられなくて、弱くて、ちっぽけで、なさけなくて――痛っ!?」
俯いたその額にデコピンが飛ぶ。
「本当の強さって今の自分に勝つことだよ」
顔を上げると、美咲の笑顔があった。
「アウルの有無なんて関係ない。そして今、アウルは発動しなかった。じゃあ、どうする? このまま駄々をこねて皆の足をひっぱって…かっこ悪いよ。今の自分には何が出来る?」
その答えは、自分で見つけて欲しい。
「アウルの力がなくても、皆の力になれる。今の自分をきちんと受け入れて、自分に出来ることをやる。そうして前に進んでいけば、必ず強くなれるから」
泣いて、喚いて、ジタバタして。
とことん悩めばいい。
ドツボに嵌まればいい。
頑張れ少年♪
「……撃退士になりたい、ヒーローになりたい、その思いを歪めてはいけないよ」
明がその頭に手を置いた。
そうすれば、いつか必ずなれる日が来る。
なりたかった自分に、きっと。