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マスター:シチミ大使
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/06/21


みんなの思い出



オープニング

 破壊と饗宴。
 それらが全てだと言わんばかりの有様であった。
 撃退士たちの戦いぶりをつぶさに聞いたソニックウェイヴは嘆息をつく。
「連中と戦うのに、今のままでは不都合か」
 手傷を負ったモスキートは主を前にして頭を垂れる。
「……我が力が及ばぬばかりに」
「いい、許す。まだ第一形態であったな、その身体。第二形態への解放を許可しよう。次は虐殺だ。これはヒトへの屈辱となるであろう。一度はエサと思わせた相手を、今度は価値観などまるで無視して破壊し尽くす。制限はないが、一晩で、五十」
 ソニックウェイヴの持つ鉤爪がモスキートの額の傷口を広げた。
 刹那、背筋が割れ、翅が拡張する。モスキートの銀の体色に僅かながら赤が宿った。
 モスキートが片腕を払う。銀糸による薙ぎ払いに爆発の性能が宿っていた。
 感じ入ったようにその力を手にする。
「円盤と遣いを三つずつくれてやる。廃棄区画第七号――この場所へと辿り着くまでに彼奴らには地獄を見てもらう。異なる者同士が争う、生き地獄を」

「廃棄区画第七号……調査を継続した結果、符合する場所が二つ見つかりました。一つは前回と同じく、廃棄された場所。もう一つが、直近なのですが、崩壊した団地です。そこでこの形状のディアボロが」
 円盤型が三つ、宙を舞い、団地へと爆撃を見舞っている映像であった。それらを指揮するのは飛翔するモスキートである。前回よりも強化されているのが窺えた。
「今度は七体。円盤が三、エイリアンが三です。相手も殲滅戦の構えの様子。ならばこちらも応じましょう。依頼です」
久遠ヶ原学園の事務係の職員の女性が淡々と告げる。
「ヴァニタス、モスキート。あの存在から話にあった天魔、ソニックウェイヴの正体へと肉迫せねばならないでしょう。そして廃棄区画第七号の真意も。ディアボロとヴァニタスを完全に駆逐します。この依頼を引き受けますか? 引き受ける場合はこちらにサインをお願いします」


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リプレイ本文


 破壊と虐殺。それこそがこの街に訪れた不幸そのものであり、垂れ込めた曇天が絶望の象徴のように瓦礫と廃材に塗れた人の世を俯瞰している。
 にわかに遠雷が響き渡り、雨の到来を予感させる。触覚で関知したモスキートはこの区画で生きている人間の存在を完全にゼロにしたことを確信する。
「さて……虐殺は成ったか。これにて饗宴は新たなる段階へと移行するであろう。鮮血と断末魔、充分に堪能させてもらった。廃棄区画は侵食していく。人の世を侵略し、影を落とすであろう。その深い陰影は天魔と人間の共存など生易しいと、お互いの記憶に刻むはずだ。刻み、その成れの果て……侵略戦争の第一楽章は今、放たれた」
 タクトを振るうようにモスキートが手を払う。円盤吸血鬼の爆撃が心地よい。戦争音楽である。
「浸れ。人の世を絶望一色に」
「――へぇ、今度はフリスビー遊びを覚えたんだね」
 その声音にモスキートが振り仰ぐ。瓦礫へと降り立った鬼塚 刀夜(jc2355)が跳ね上がり、鬼羅の刃を円盤吸血鬼へと突き立てる。円盤吸血鬼の外部表皮が引き裂け、触手が次々と刀夜を襲うべく紡ぎ出される。それらの連撃を刀で弾き返しつつ、銀の刃が回転し触手の先端部を切り裂いた。
 鬼の剣術は変幻自在。敵に応じてその剣筋を変える秘術に近い。
 斜めに突き立った電信柱を足がかりにして、刀夜は一呼吸整えた。眼前には殺到する円盤とエイリアン型がある。
「狙いやすくなったんじゃない?」
「そう、ね!」
 直後、空気を震わせる冷気の砲撃が放たれた。雪室 チルル(ja0220)が剣を突き出した姿勢のまま声高に叫ぶ。
「ちょっと姿が変わっただけでいい度胸ね! 返り討ちにしてあげるわ!」
 糸の結界陣を張り、モスキートは連鎖破壊を辛うじて防いだ。エイリアン型がモスキートの糸の末端部を身体に巻きつける。そのまま疾駆が破壊された街並みを駆け抜けた。
 その攻撃の予感に刀夜が声にする。
「……前回逃げるのに使った爆弾を、区画全域に張り巡らせようと」
「左様。どこからでも仕掛けてくるがいい、撃退士。我の作り上げたこの廃棄区画が、貴様らの死地だ!」
 その時、疾走するエイリアン型へと星の鎖が地上から放出される。拘束された一体を軸として、台風のように攻撃網が拡大した。
「墜ちなさい!」
 巻き込んで攻撃を仕掛けようとした雫(ja1894)が召喚陣を構築し、白い巨獣を浮かび上がらせていく。
 召喚獣、ティアマットが白亜の躯体を照り輝かせ、熱の放射線を放った。
 エイリアン型は絨毯爆撃のようなその一打に壊滅を食らったかに思われたが敵の引き際は潔い。
 こちらに強力な攻撃があると見るやすぐさまモスキートの護衛へと回っていた。
 攻守をすぐさま切り替え、自身に不利となれば守りを固めることも辞さない。完全に戦略は前回と変わっている。
「前回と動きが変わった……。完全にモスキートの援護に回るようですね」
「円盤の遣い。爆撃せよ。奏でるのだ。我らの論説を。人間世界への殲滅宣言を」
 円盤吸血鬼が中空に位置し、眼下の撃退士を全力爆撃しようと核が剥き出しになる。雫が歯噛みした、刹那、砂塵が巻き起こった。
 撃退士と円盤吸血鬼を分断する砂嵐の最中、降り立った影が円盤吸血鬼を射線から引き剥がす。
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)がハートと名付けたヒリュウと共に、円盤吸血鬼の核へと切っ先を向けていた。
「とりあえず、一体は任された。核を晒すなんて、まだ序幕が開いたばかりだよ」
「――その通り、って奴だな」
 言葉尻を引き継いだジョン・ドゥ(jb9083)が紅いレンガ造りの塔の幻影を形作らせた。発生した陣が味方の視野をサポートする。
 荒れ狂う砂塵の中、ジョンが独りごちた。
「……侵略する、というのがお前らの在り方か。なら、ゆえにまた俺もお前らを侵略する。侵略には侵略をもって。ここは俺の世界だ」
「意趣返しというわけか。貴様らの傲慢さも際立ったものだな!」
 モスキートが糸に爆撃の種を伝わせて砂塵を払おうと後退した。
 足元に感覚した瓦礫が粉砕し、その足場を奪うと共にアウルの迷彩に身を浸していた向坂 玲治(ja6214)が槍を構えた。
「いつの間に……!」
「俺らを駒だなんだって言うのはまぁ、自由だ。その代わり、差し手を怪我しても、知らねぇぞ!」
 白銀の槍の穂が輝きを放ち、モスキートを突き飛ばした。赤い表皮が明滅し、ダメージを減殺させなければ内臓を破壊されていただろう。
 玲治は槍を振り回し、モスキートへと挑発を見舞う。
「ここいらで打ち止めと行こうぜ、天魔の執事さんよ。昆虫だ、侵略者だ、なんざ理由立てしねぇで、とっとと打ち破りに行かせてもらう」
「対面するか。だが我が糸の結界陣の堅牢さは!」
 モスキートが姿勢を沈め、結界を発生させる。糸の結界がそのまま攻撃布陣と化す。絨毯爆撃を可能にする広範囲の結界はそのまま城壁と同義の巨大さを伴わせて、玲治へと降り注がせかけた。
「結界爆撃の餌食となれ!」
「へぇ、趣旨は面白ぇ。でもな、その糸を打ち破るのは俺だけじゃねぇんだよ」
 炎が視界の端で瞬いた。糸の布陣を完璧なものとするエイリアン型へと放たれたのは極色彩の火炎である。
 それらを操る水無瀬 文歌(jb7507)の瞳には悲しみさえも浮かんでいた。
「これ以上犠牲を出させないために。貴方たちをここで確実に倒しますっ」
 エイリアン型を次いで襲ったのは逆さ十字の重力磁場だ。援護に回ろうとしたエイリアンが足止めされている。
 ジョンの構築した陣の影響を受け、迅速に機動した雫はエイリアン型へと大剣による一閃を叩き込んだ。
「一体、射線に入れました!」
 文歌が炎陣をエイリアンの足場へと形作らせる。
「これで、終わりですっ」
 火柱が上がり、エイリアン型が一体、炭化した。ぷすぷすと黒煙を上げる一体に呆気に取られていたもう二体の動きが鈍った。
 ジョンから放たれる負の威圧が彼らの素早い動きを封殺しているのだ。
「おいおい、逃がすかよ。もう侵略は始まってるんだ。それに、そっちから仕掛けてきた侵略戦、敵に背中を見せるなんて都合のいい真似ができるなんて思うなよ」
 モスキートが援護役の不在に舌打ちしたのが伝わった。玲治がフッと笑みを浮かべる。
「ちょっとばかし俺の喧嘩に付き合ってもらおうか」
「喧嘩、だと。戦場だ、ここは既に!」
 糸の攻撃網に対し、玲治は鋼鉄の一打を叩き込んだ。白銀の打撃網と糸の切断閃が行き交い、間断のない応酬が廃棄区画の中で銀の華を咲かせていく。
 円盤吸血鬼が浮遊し、モスキートの援護に向かおうとしたのを遮ったのは刀夜の刃であった。
「駄目だって。援護爆撃なんて無粋だろ? それに、今回はフリスビー遊びだ」
 反転し触手を突き出した円盤吸血鬼に、刀夜は刃を絡ませてそのまま体重を前面に集中させた。担いだ姿勢からの振り落とし一閃で、円盤吸血鬼の中身を抉り出していく。
「核が見えた。あまりに雑なフリスビーだ。それに、地獄を見せるって? この程度で地獄を語るとかまだまだ甘いね。少なくとも僕を絶望させたいのなら、この五倍の惨劇と、十倍の戦力を連れてきな」
 刹那、応戦の爆撃が刀夜を狙い澄まそうとする。触手を引き千切り、返す刀で放ったのは紅の斬撃である。数多くの刃が高速で発生し、まるで皮膜のように刀夜を爆撃から守った。
「手数の違いって奴かな。そぉれ、その中身、もらった!」
 一条の剣閃が円盤吸血鬼の核へと亀裂を走らせる。制御を失った円盤吸血鬼が撃墜の軌道を見せたのをチルルは見逃さない。
 番えた氷の砲撃が円盤吸血鬼を瞬く間に凍結からの破壊へと誘った。もう一体の円盤吸血鬼がすぐさま援護に向かえなかったのはエイルズレトラの陽動のためだけではない。
 掲げた拳をディアボロの血に染め、静かに戦場へと足を進める桜庭愛(jc1977)がその思索さえも浮かべさせずに撃墜していたからだ。
「地獄ねぇ。吸血鬼の欠点は、傲慢で人を見下す。余裕ぶってつけ入る隙が多くて助かる」
 携えているのはいつもの笑顔。しかし煤けた廃棄区画を眺めるその黒曜石のような瞳には一切の慈悲はない。
「怖い、怖いね」
 最後の一体を引きつけていたエイルズレトラがおもむろにジョーカーのトランプを繰り出し、直刀を円盤吸血鬼の外皮へと突き立てた。
「円盤全機、撃墜完了。真打ちのご登場だ。ディアボロは退場願おうか」
 円盤吸血鬼が核を引き裂かれ中空で破裂する。
 エイリアン型は雫の剣術の速度にうろたえていた。後退を続けるその背中が遂に瓦礫に塞がれる。
 立ち昇った灼熱がエイリアン型を高熱に浸した。黒煙を上げるエイリアン型を視野に入れ、雫はすかさず通信に吹き込む。
「エイリアンは残り一体です! その一体は」
「――任された形か」
 眼前のエイリアン型の足を蹴り払い、隙が見えたところで掌底を腹腔へと放ち、咳き込んだ相手の額に弓矢を番えた。
「……何故こんなことを、か。問うても詮無いことだ。恐らく……人の仔とは価値観が違う。ただそれだけなのだろうから」
 無慈悲に頭蓋を射抜いた一撃がエイリアン型を沈黙させた。
 その弓が最後の標的――モスキートへと注がれる。
 全員の視線が集まる中、玲治との鍔迫り合いを繰り広げていたモスキートの背面を狙った炎が浮かび上がった。
「我が翅を……」
「今度は逃がしません。ここで終わらせますっ。これで飛べなくなって、逃げることもできないはずですっ」
 翅を即座に糸で切り裂いたモスキートの即断即決の判断力は間違いではなかったのだろう。接触点から炎が拡大し、すぐさま翅は燃焼した。
「我を逃げられぬようにした、か」
 歩み寄ってくる愛をモスキートは視界の中心に入れていた。この撃退士たちの中でも明確な「敵意」と「殺意」の渦巻く彼女へとモスキートが手招く。
「まるで縮図だな。天魔と人との」
「ん、勘違いするな。此処はお前らの地獄だ」
 陽気に笑った愛からは既に戦闘の本能が剥き出しになっていた。モスキートが糸の結界陣と爆撃粉砕による粉塵効果を利用しかけたがそれらの現象は全てにおいて――遅れを取っていた。
 愛の顕現させた不動明王の退魔の剣が幻想と現実の壁を引き裂いて出現し、爆発の根源たる種を貫いていたからだ。
 爆発がモスキート自身の躯体を震わせ、赤い表皮が明滅してダメージを軽減させようとするが、あまりの高威力を前にその機能が正しく働かない。
 制服を脱ぎ捨て、水着姿の戦闘衣装へと着替えた愛はすっと指先を掲げる。
「昆虫執事の矜持も不発に終わりましたね。では、ここからさらにあなたのその薄っぺらい誇りを奪うとしましょう」
「撃退士、がっ!」
 糸を紡ぎ上げ槍の一撃を体現させたモスキートの攻撃にも歩み寄る愛はたじろがない。それどころか、その姿は掻き消えていた。
 瞬間、肉迫した愛の姿が残像さえも漂わせてモスキートの腹部へと拳と蹴りを見舞う。
 接触箇所にはルーンの宝石が散りばめられた。落下する前に発動した希望のルーンがアウルの槍を放出し、モスキートの外骨格を全方位から貫く。
 膝を折ったモスキートに玲治が歩み寄っていた。槍の先端が額の傷へと触れる。
「今度こそ、王手だぜ、昆虫執事。さすがに全身を貫かれてこれでも、ってのは生き意地が悪いだろ」
「そう、だな……。油断はしていなかったつもりだ。だが、我が目的は一つに集約される。廃棄区画第七号。そこで待つソニックウェイヴ様へと、最高の料理を提供する。我が目的は、獲物の選定にあった!」
 途端、額の傷跡が裏返り、モスキートが悲鳴を上げる。内側から出現したのは単眼であった。全員を見渡し、その黄色く濁った瞳が睥睨する。
『ご紹介に預かった。天魔、ソニックウェイヴだ。貴公らの戦い、見させてもらった。逸材だと判断し、我が居城、廃棄区画第七号へと招待したく思う。地図はこのモスキートの体内にある。欲しければくれてやる。代わりに、モスキート。分かっているな?』
 モスキートが己を取り戻し、はっと応じる。
「我が身は、主のために!」
 放たれたのは完全にその身体の耐久力など度外視した糸の絨毯爆撃であった。モスキートが全身から過負荷の噴煙と表皮を赤く明滅させつつ、最後の足掻きを見せる。
 まるで灰色の天蓋そのものが落ちてきたような地獄の光景に玲治が舌打ちする。
「信念もクソもねぇ主君に仕えた、執事なりの最期って奴かよ! 総員、反撃! 悪いが声を合わせる時間もねぇ! 各々を守り通せ!」
「言われなくとも」
 ジョンが赤レンガの城壁を放出し、全員を強化させる。瞬間的に攻撃力を増大させたチルルの砲撃が糸の一部を解けさせ、雫の召喚獣の放つ照射爆撃と文歌の炎が糸を焼き払っていく。
 それらをモスキートはどこか感じ入ったように眺めていた。
 ――その胸元を愛の明王の剣に貫かれながら。
 糸から力が失せていく。砕かれた心臓部からは言葉通り、地図が抉り出された。その地図に視線を落とし、モスキートは嗤う。
「どうやら、水先案内人にはなれそうにもない」
「ここまで利用されて、何故お前は……」
 玲治の疑念にモスキートはただただ読めない笑みを浮かべるのみであった。
「執事とは主あって成り立つもの。主の幸福こそが我が幸福なのだ。ゆえに、貴様らの刃がどれほどの激痛を伴わせようとも、それは我が喜びに繋がる」
 モスキートが哄笑を上げた途端、愛の放出していた明王の刃がその身体を叩き潰した。塵芥さえも残さず、虐殺のヴァニタスは死に絶える。
「……不動明王に代わって、悪魔調伏がこの先の私の生業になりそうね。お前らを根絶してやる」
 文歌が声を張り上げた。
「これ以上、貴方の思い通りにはさせません! 人を虫けらのように扱った報いを受けさせますっ」
 雫はヒリュウを放った。次の戦いの舞台は既に整っていると言うわけだ。
「廃棄区画第七号。そこで待つ天魔、ソニックウェイヴ。倒すべき相手は見定めましたね」
「丹念にお膳立てしてくれたんだ。主催者にはお礼参りをしなくっちゃな」
 地図にはまるで牙のように廃棄された居住区が乱立する場所が描かれている。
 ――廃棄区画第七号を根城とする悪魔、ソニックウェイヴの討伐。
 最早迷うまでもなかった。


依頼結果