「前回のトカゲ人間に今回の傭兵、ディアマンの行動。あまりに軽率だと、俺は思う」
そう切り出した向坂 玲治(
ja6214)は人気のないバスの中で揺られていた。
同席する雫(
ja1894)が首肯する。
「匿名情報の件もあります。何かしらの悪意を、感じずにはいられませんね。ディアマンも操り人形に過ぎない、という可能性も」
「だが、ここで歩みを止めてられない。トカゲの散歩のアルバイトなんて始めやがった三下傭兵を、ようやく追い詰められるチャンスが来たんだ。ここで俺らがやらない手はないだろ」
雫はぎゅっと拳を握り締める。今まで学園の放った撃退士からことごとく逃げてきた傭兵の悪魔。
軽々と雇い主を裏切り、情報を横流ししてきた存在がここに来て切られるとは。
因果応報と人は言うが、天魔の世界でもそれは同じなのだろうか。
「匿名情報の流し手……何となく当てはついているみたいですね」
「考えるまでもないことだろうけれどな。当然の帰結って奴だろうさ。突きつけるのは、マナーのなっていない天魔をぶっ潰してからだ」
この剣の切っ先が今まで翻弄してきた天魔に引導を渡す。
――届く、と感じた雫は語気を強めた。
「絶対に、ここで真意を聞き出します。そして、悪魔、ディアマンには今までの償いを」
秋風に吹かれていると不意に身体の芯が冷たくなることがある。
そのような感覚と同じようなものを、ジョン・ドゥ(
jb9083)はエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)に感じていた。
冷たい鉄の女、という感覚だ。
「心まで武装しているみたいだぜ?」
声を投げると厳しい目線がこちらを射抜いた。
「ふざけている暇はない。今は、一刻も惜しいのだろう」
「合流するまでは何もできないさ。それにしたって、傭兵の悪魔、ねぇ」
「……何か思うところでも?」
「俺もビジネスで戦うってのは案外、理解できる。それがどこまでドライなのか、そういうのも。ただ、戦場で三度も会うって連中もいるとすれば、気の毒だな、って話だよ」
「気の毒、か。戦場を渡り歩いてくれば、自然と分かる摂理だ。一秒でも長く戦地にいたい人間と、一秒でも早くここを離れたい人間。存外に生き残るのは前者なんだよ」
「戦場で一秒でも生き残りたければ狂えって話か。命の賭け事の上に成り立つ、そういう場所で」
戦いに酔うとはそういうことなのだろう。
エカテリーナが銃を構え、その銃身を撫でた。
「私の辞書に慈悲の文字はない。ここで、滅殺する」
「今後の依頼で役に立つはずだぜー、か……。ラル、早速使わせてもらうよ」
「それ、ラファルの刀か」
タクシーで隣の席に座った逢見仙也(
jc1616)が刀を覗き込む。不知火あけび(
jc1857)は頷いて鞘を翳した。
自分にはあまり似つかわしくないような近代的な見た目をしている。無骨さが前に立ち、普段の軍刀では見られない「浮いた」感覚を生じさせていた。
「うん。ラルったら、こういうのはすぐに用意するんだから。仙也君。私は正面突破でディアマンを狙う。ジョンさんもいるみたいだし、この戦法がこの子には一番合っていそう」
「俺には因縁とか、そういうのはないから。決めたい人が決めればいいと思っている」
その言葉にあけびは笑みを漏らす。
「相変わらず、だね」
「戦いに私情は持ち込まないだろう。前の個体との進化の情報共有確認。それくらいができれば御の字だと思っている」
進化するディアボロをどう相手取るかで仙也の脳内はいっぱいであった。
あけびは軍刀を腰に提げ、手にした近代剣の刃紋を見やる。
忍たるもの、刀身に浮かぶ刃紋を見れば、どのように扱われてきたのかが手に取るように分かる。
「……そう。そうやって戦ってきたんだね。だったら、私も応えるよ。何よりも、二度目の相手に、忍として、打ち漏らしはあってはいけないからね」
リザードマン型に半ば牽引される形で、ディアマンは殺戮を眺めていた。
二体のディアボロ、進化すると聞いていたが一向にその気配はない。血潮を浴びて獣のように酔うだけだ。
ある種、自分にも似通っている。そう感じただけであった。
「獣など、血の臭気に酔うことしかできまい。それ以上でも、以下でもないのだ」
「――分かってるじゃねぇか」
不意に割って入った声音にディアマンが警戒神経を走らせる前に、降り立った影がリザードマン型の片側を斬りつけた。
雫が大剣を掲げ、その双眸に決意の色を浮かべる。
「ディアマン、ここで、食い止める」
仙也が降り立ち、逃げ遅れた人々をまず誘導した。
ディアマンの目的は元より撃退士の炙り出し。それによるディアボロの進化促進である。
「こちらとしても、願ってもない。オレを止められるか? 撃退士!」
「初っ端から飛ばしてもらうぜ! 時間はかけられないみたいだからよ!」
玲治が片方のリザードマンを引きつけ、手にした白銀の槍を突き上げた。
拘束具に繋がれたリザードマンがたたらを踏み、攻撃姿勢に移らせる前に横っ面を引っ叩く。
リザードマンが腹腔に宿ったダメージに呻いた。
間髪入れず、槍を頭蓋に突き刺そうとして、相手の石槍がその軌道と全く同じ地点を貫いたのを目にする。
白銀と紅蓮。
その二つが相殺し、磁石のように引き剥がされる。
先ほどまで獣としか思えなかったリザードマンの眼光には、知性が見られた。
戦いになってようやく芽生えたと思われる野性以外の性質。
「これが、進化って奴か……! 案外に速いじゃねぇかよ」
しかしこちらの戦術は変わらない。
雫と玲治がディアマンからリザードマンを引き剥がすために連携する。
金輪がじりじりと左右に引かれ、中心軸のディアマンが鼻を鳴らした。
「オレからトカゲを剥がして正面突破、か。相変わらず、撃退士という奴は型にはまった戦い方をする」
「それが、俺らの十八番なもんでね」
中央突破のために駆け抜けてきたジョンへとディアマンが担いだハンマーに手を伸ばした。
「距離、手数、速さ、連携、どれをとってもそれなりだと言わせてもらおう。だが、それなりの相手では超えられないものが存在する」
「誰が……」
「――それなり、だって?」
ジョンの背後から跳躍した影にディアマンが瞠目する。
瞬時に躍り出たあけびが一刀を掲げる。
「式神、蒼炎ノ凰。使いな、あけび」
空中展開していた式神を手がかりにして、あけびがディアマンの懐へと一気に飛び込んだ。
「ラル、私に力をちょうだい。引き裂け! 雷電改!」
抜刀された直刀が電磁を帯び、ディアマンの頭蓋を割らんと迫った。
それをさばいたのは岩石の如きディアマンの拳である。
見た目以上の硬度に放たれた電磁剣の一閃がスパークする。
「見覚えのある撃退士だ」
「覚えてもらって光栄だけれど……何度も逃げ隠れできると思わないで。ここがあなたの、最後の戦場だよ!」
蹴り返してあけびが離脱した空間をディアマンの拳が掻っ切る。
瞬間に、懐に入っていたのはジョンであった。
「本職の忍者ほどじゃないが、機動戦も多少できると思うんだよな。自慢じゃないが、俺は色々とできるぜ? 退屈はさせない」
「そうかな!」
ハンマーを掴んだディアマンが一気に打ち下ろす。
砂塵が舞い上がり、空間を満たす中、銀色の閃光が咲いた。
ハルバードを担いだジョンが口笛を吹いて一撃をいなす。
「オタクは深入りしたくないみたいだけれど、こっちはそうもいかないんでね。ねちっこくいかせてもらうぜ」
瞬間的に懐に入ったジョンには武器の頓着がない。ハルバードを投擲し相手の一手を奪った後に巨大なハサミへと持ち替える。
その刃が岩石の悪魔に突撃攻撃を見舞った。
「そんな大きな得物、当たるものか!」
巨躯とは言え戦場で鍛えた第六感がハサミの打突を予測する。
「だと思った……ぜ!」
その手が次に携えていたのは二刀であった。小太刀を構えて瞬間的に振り返った斬撃にディアマンが舌打ちする。
「……どれだけ手数があるというんだ」
「オタクよりかマシさ」
あけびの打ち下ろした刀が死角からの攻撃を試みる。しかし、その一閃はハンマーの柄に阻まれた。
だが、その腕がじりじりと動かされていく。
視線の先の雫がリザードマンと鍔迫り合いを繰り広げていた。
「進化……し切っている感じですね。刃に迷いがなくなってきました」
石槍から炎の魔術を弾き出し、リザードマンが吼え立てる。
その背筋を銃撃が叩き破った。
振り返ったリザードマンの瞳に鉛弾が正確無比に撃ち込まれる。
エカテリーナが鼻を鳴らした。
「完全武装したつもりなんだろうが、隙だらけだな」
皮膚に悪鬼のような文様が浮かび上がり、エカテリーナの銃撃をさらに強大な一撃に変化させる。
打ち据えた銃弾が心臓を狙い澄まし、リザードマンが血反吐を吐いた。
「時間がないのだろう? さっさと首を落とせ」
「……感謝します。エカテリーナさん」
踊り上がった雫が大剣に力を込め、リザードマンの首をはねた。さらに返す刀で心臓を射抜く。
息を切らしつつ、雫は声にしていた。
「これで一体目……」
リザードマンの遺骸を引きずり込み、ディアマンから自由を奪おうとする。
「おのれ小賢しい……」
「よそ見してる暇、あるのかよ」
ハンマーの一撃は強力でありながらも連射はできない。ジョンの翻弄戦法と不意に咲いてくるあけびの剣術にディアマンは完全に硬直していた。
「うまくやってるみたいじゃんかよ。……さて、こっちもそろそろ終わりにしようぜ? トカゲ野郎」
玲治は幾度目か分からない刺突を叩き込む。
石槍でいなしたリザードマンが踊るように接近し、近接格闘を放つ。
――思っていたよりやりやがるな。
汗を拭おうとした途端、石槍に込められた魔術が流転する。
デカイのが来る、と震撼した神経に差し込んだのは、仙也の声音であった。
「あらかた、逃げさせておいた。にしても、前よりそれっぽいな。進化って奴は」
氷の魔術が空間に放出され、途端にリザードマンの挙動が鈍くなる。
今だ、と槍の穂を突き出した。
心臓を僅かに逸れた白銀の一撃をリザードマンがかっ血しつつも受け止める。
「野郎! 死なば諸共ってことか!」
石槍に必殺の勢いが灯ったその時、仙也が舞い降りた。
まず一閃で石槍を掴んでいた手首を落とす。さらに二の太刀が紅蓮の炎を滾らせてリザードマンの顎に突き刺さった。
「前の個体のほうが強かったな。やっぱり飼われちゃお終いか」
玲治が吼え、白銀の槍を渾身の力で振り回した。
銀色の閃光を棚引かせてリザードマンがブロック塀に突っ込んだ。
砂塵を上がらせるその背筋に仙也が刃を突きつける。
「あのハンマーだけは、見覚えがあるんだけれどな」
ディアマンへと注がれた視線を感じ取ったのか、リザードマンが振り返り様に尻尾による攻撃を叩き込もうとする。
その尻尾の先端に突き刺さったのは玲治の槍であった。
「悪いな。あまり消耗してもいられねぇからよ」
リザードマンの頭蓋に仙也の刃が無慈悲に刺し込まれた。
「そういうこと。これくらいの距離なら最終目標も達成されやすいだろう」
「本丸に雪崩れ込むぜ。……増援感謝する」
拳を突き出す。仙也は目線を振り向けずにコツンと当てた。
「効率よく敵を倒すためだ。他意はない」
雫とエカテリーナ、玲治と仙也が対ディアマンへと一気に踏み込んだ。
「六人の撃退士との戦闘は想定していないな。……思っていたよりもクリムゾンレイ、使えない天魔であった。ここまでだ」
ディアマンがダルマモードへと変形しようとした瞬間である。
リザードマンの遺骸から赤い光が放出された。
その光を基点として魔術の陣が発生する。突如としてディアマンを襲ったのは内側からの重圧であった。
内奥に熱の燻りを感じ取ったディアマンはその時初めて、両手首の金輪から血脈が至っているのに気づく。
「……オレの内部魔術式を書き換えて。あの使えないヴァニタスと同じ魔術構造か。身体の中から、オレを縛りつけようと」
「そういうことです。傭兵の天魔、ディアマン。話してもらいますよ、クリムゾンレイの思想について」
剣を突き出した雫に、後ろを取った形の仙也と玲治、さらにエカテリーナが完全に逃げ場を包囲し、あけびとジョンはその首をいつでもはねられる位置についている。
ディアマンはフッと笑みを浮かべた。
「オレもヤキが回ったな。だがオレは、戦場で一秒でも長く戦いに浸りたいと願う生粋の死狂いさ。切るも切られるも、この世の沙汰よ!」
ディアマンの怪力がダルマモード強制解除に用いられたリザードマンを持ち上げる。
まさしく悪足掻きの一手。
リザードマンの死体を利用し、竜巻旋風が巻き起ころうとしていた。
その途端、ロックオンサイトが空間に突然に発生する。
その中心軸に数値が振られ、瞬く間に空間軸と威力値を示す数値が極大化した。
「悪いけれど、オタクのやり口、もう通用しないんだよね。ありったけ、邪魔をさせてもらうぜ」
目標地点へとジョンが振り返っただけで、巨大な爆発の光輪が生じた。
光の連鎖と風の逆巻きにあけびが苦言を漏らす。
「この技、ちょっと強過ぎ。私じゃなきゃ、光で対象を取り逃しそう」
あけびの回り込んでいたのはディアマンの首筋であった。雷電改から新たに武装が持ち替えられている。
「この子も、使うのは初めて。私にとっての初めての魔攻刀。さて、二度も三度も言わせないで。あなたの最後の戦場よ」
その宣告にディアマンが哄笑を上げた。
「最後か! ここが最後か! ……ならばくれてやる、撃退士。クリムゾンレイの居城だ。今回も逃げに徹し、これを送るだけのつもりであったが、どうやらこれが最後か」
ピンと弾いた座標の示された紙を仙也が拾い上げる。
「どういう考えでディアボロを進化させている?」
「奴は変わり者だ。進化、という妄執に囚われた存在そのもの。人はどこまで行けるのか。生物はどこから来て、どこに行くのか。そんな果てのない思想に人生を注いでいる。奴と事を構えるのならばこれだけは肝に銘じておけ。貴様らの強さもまた、奴からしてみれば監察の対象物なのだということを」
最後の手心か。ディアマンの声音に心臓へと狙いを澄ました雫の切っ先が告げていた。
「辞世の句があるのならば」
「いや、ないね。……言っただろう? オレは一秒でも戦場にいたい死狂いなのだと。そんな貴重な一秒を、言葉なんかで飾り立てられるものか!」
――百の言葉よりも一の刃で語れ。
「そう、か」
剣が心臓を射抜く。それとあけびの刀が首を落としたのは同時であった。
あまりに呆気なく、戦場を練り歩いてきた悪鬼は幕を閉じたのだ。
踵を返した撃退士たちは次の標的を視野に入れていた。
「行くぜ。進化なんていうお題目で、流される血があっちゃいけないんだ」
――合見えるのは真紅の閃光の仇名、クリムゾンレイ。