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マスター:シチミ大使
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/08/25


みんなの思い出



オープニング

 敵は海岸線の青に沈む。
 恐らくそれこそが、その存在にとってしてみれば最も恍惚とした瞬間であろう。
 生態系を駆逐し、海を荒らし回っている人間を破壊する。
 それこそがその存在に与えられた唯一絶対の自由であった。
 海に沈み行くのは一隻のボートである。
 その白き船体を侵食しているのは毬栗の形状をした爆弾であった。
 艦艇が岩礁にぶつかった途端、毬栗爆弾が起爆する。
 水柱が上がり、それは勝利を確信した。

「既に三隻……、いずれも同じ海域で被害が出ています」
 管理会社と警察から回ってきた情報を処理したのは久遠ヶ原である。
「依頼です」
 久遠ヶ原学園の事務係の職員の女性が淡々と告げる。
「これを。空中から撮影されたものですが」
 海面から顔を出しているのは全身に毬栗と藻を付着させた島であった。小島であり、五人ほどならば上陸できそうであったが、なんとそれが動いているのである。
「調査の結果、これは島ではなく、カメの甲羅であることが判明しました。しかもこのカメは、海域に近づいてきたボートを自動的に襲う仕組みになっているようです。……ディアボロでしょうが、問題なのは上陸可能なほどの大きさであること。そしてもう一つ、戦闘海域に近づくのにはボートでの接地はほとんど必須であることです。つまり敵の思惑にある程度乗る必要があります。このディアボロは今まで、三隻、数十人の被害を出しています。これ以上、被害を重ねさせるわけにはいきません。悪魔の活動領域はなく、自律型と思われます。この依頼を引き受けますか? 引き受ける場合はこちらにサインをお願いします」


リプレイ本文


 陸上から望んだその景色はあまりにも現実離れであった。
 小島が沖合いからしてみれば近過ぎる距離で、しかし海の性質からしてみれば、その遠近感はとてつもなく不明瞭そのもの。
 自然物の作り出した距離ではないな、と龍崎海(ja0565)は感じ取った。
 僅かながら移動痕、制動をかけた形跡がある、と報告書にはあった。
「参ったな……ボートを借りるのは漁業関係者から許可は取れているものの、問題なのはどこまでそのボートの犠牲も出していいものなのか」
 沿岸の漁業関係者たちは全員が被害者である。この調子では沖に出ることも叶わない。
「あれが、今回の敵なのね! でっかい亀なんてあたいの敵じゃないわ!」
 雪室 チルル(ja0220)の快活な声に海は、しかし、と逡巡を挟む。
「ボートを借りるのは確定として、どう攻め込むのか……。俺がもし、あの亀ならば包囲の形にする前に迅速に排除する。だから、できるだけ、引きつけ役が必要になってくるだろう。……俺は泳ぐのも、海も好きだが、あんなものが跳梁跋扈しているとなると少しばかりの恐怖も湧いてくるよ」
「関係ないわ! あたいがぶち破るもの!」
 その声音には頼もしい側面もあるが、海はやはり敵ディアボロの攻撃をできるだけ封殺する手段を講じていた。
 如何にして敵を無効化するのか。
 今回鍵があるとすれば、それだろう。
「雪室さん、ちょっとばかし、無茶な作戦になるかもしれない」
 その言葉にチルルは腕を振るい上げた。
「無茶も上等!」

「あれが亀、ですか……。もう少し小さければ、陸に引き上げて倒すこともできたんですけれどね」
 そうぼやいたのは雫(ja1894)であった。望遠鏡片手に、敵のスケールを測る。
 恐ろしく大きな敵というわけではないが、陸に上げていい大きさでもない。
「小島のような亀、か。どこまでも解せんのは、それが纏っている擬態能力だ」
「擬態?」
 聞き返したのはファーフナー(jb7826)にであった。彼はじっと亀を見据えて、手を払う。
「藻に毬栗だったか。これらは全て、自然物であることを主張するような装甲、つまりは擬態能力だ。何のために、という部分も目立つ」
「鳥や魚に邪魔されないためでしょうか? 現に、ほら」
 ウミネコが数匹、亀の甲羅で羽ばたいた。
 どうやら自然物への脅威は低いようである。
「だが人間は寄せ付けない、か。それもまた、エゴの塊のようなディアボロだな」
 このままでは沿岸の漁業に被害が出続ける。久遠ヶ原が早期発見したのは、何も間違いではない。
「ボートで近接、しかないようですね。ある程度心構えはありますが、四方は海、加えて足がかりにできそうな物もなし。思っていたよりも厳しいかもしれません」
「なに、海は敵であり、味方でもある。そんなもの、分かり切っていることだ」

 ラファル A ユーティライネン(jb4620)の目は輝いていた。
 それもそのはず、デカブツとの対面は機械が八割の撃退士の心を昂揚させるのには充分な起爆剤だ。
「あれが今回のブツってわけかよ。いいねー、俺がやっつけてやるのに、ああいうデカイのはグッと来るぜ」
 拳を握り締めるラファルの背後で逢見仙也(jc1616)が連絡を取り次いでいた。
「ああ、はい。今回、ボートの保有数には特に制限はなしで。ええ、そのほうが助かります」
 通話を切ると、ラファルが振り返らずに問い返した。
「誰だよ」
「漁業関係者。とかく、近づかなければ話にならない」
「だな。俺はしかし、この時点でもう昂ってるぜ」
 堤防から睨み据えたディアボロには特に動きはない。だが、周囲に展開する毬栗と藻を目にした仙也は疑問を発した。
「ウニじゃなくって毬栗なのか」
「どっちでもいいじゃんかよ。山の幸か海の幸かの違いだ」
「大きな差のように思えるけれど。だが、あれ自体が自律爆雷の可能性も捨てきれない。充分に留意して、射程距離に入った際には多方面からの同時攻撃によってさばく。亀は昔からノロマの象徴だ。挟み込めればどうってことないはず」
「でもよ、こうも言うぜ。亀をいじめちゃいけません、ともな」
 ラファルの格言に仙也は眉をひそめる。
「俺たちは昔話の悪ガキ役か」
「とんだ浦島だよ。亀に乗って行くんじゃなく、亀に向かっていくっていうな」

 亀型ディアボロの関知範囲は毬栗に依存しており、その範囲こそが射程でもあった。
 その射程に割って入った反応に、亀型が甲羅の中で蠢く。
 二隻の船舶であった。
 速度は一隻が緩めつつ、射線に入ろうとする。もう一隻は亀型の背後につこうとしていた。
 優先順位は前方についたほうだ。
 亀型が毬栗を延ばそうとするのと、船舶からラファルが飛び出したのは同時であった。
「こういう敵を待っていたんだぜー! 潰し甲斐があるってなぁ!」
 偽装解除したラファルは水陸両用だ。その足先が水柱を立て、波間を切っていく。
 あまりの速度で突っ切ってくる対象に亀型は攻撃を仕掛けようとした。
 その瞬間、ラファルの背中に負ぶさっていた影が躍り出る。
 チルルがラファルの背で腕を組んで屹立した。
「来た来た来た! あたいが一番乗りで突撃するよ!」
 四脚形態で海上を滑るラファルから跳躍するその姿はまさしく突撃兵器。
 陽光を受けて鋭く輝く切っ先が真正面から亀型を切りつけた。
「まずは頭ッ!」
 甲羅へと命中した剣筋が激しく火花を散らす。
 亀型が真正面のチルルへと音波攻撃を放とうと鎌首をもたげた途端、襲ってきたのは激震であった。
 ラファルの保有する大型火器が火を噴き、その長大な銃身が震える。
 アハトアハトの異名を持つ対魔導ライフルの威力は推し量るべしである。
 亀型は振動で毬栗を射線上に散りばめた。即席の爆撃が壁となり、水柱が盛大に湧き立つ。
「なるほどな! そうやって近づかせない寸法かよ」
 舌打ち混じりのラファルが長銃身のライフルを構え直す。
 亀型が甲羅の上で乱舞するチルルを海上に落とそうと身体を浮かび上がらせた。
 急浮上にチルルがたたらを踏む。
 しかし、その足場は安定していた。
 何故ならば、もう一隻の船から発進した飛翔班が毬栗を破砕し、足場を整える役割を果たしたからだ。
「沖合いではお静かに!」
 仙也が炸裂陣で毬栗のフィールドを制していく。海もそれに続き、毬栗の殲滅に務めていた。
「これが壁ってわけか……。海を穢しているのは、どっちなのかな」
 毬栗の爆発が矢継ぎ早に生じ、お互いの視界が危うくなった。
 その中で、チルルが幾度となく甲殻へと猪突攻撃を試みるも、やはり堅牢な甲羅には一撃では徹らない。
「堅いのね! でも、一撃じゃ無理でも――」
「連撃ならば、どうです?」 
 言葉尻を引き継いだのは大型船舶から射出された小型ボートに乗る雫であった。高速艇の船首で、彼女は大型剣を真正面に携える。
「その首、いただきます!」
 高速艇の速度を借りた超加速の斬撃は亀型の毬栗防御陣を突き破り、その側面へと直撃した。 
 あまりの速度で突っ込んだせいか、雫が浮き上がる。
 高速艇はそのまま海上を突っ切っていく中、剣を突き立てて上陸した。
「雪室さん!」
「同時なら、どうよ!」
 二つの大型剣が全く同じ射線を伴って亀型の甲羅を激震した。
 毬栗を慌てて呼び戻そうとする亀型の視界に横切ったのは、高速で海上を跳躍したラファルの高機動形態であった。
 空中班と海上班の連携で生じた毬栗の空白を狙い、横滑りしつつラファルの火炎放射が甲羅に熱を浴びせかけた。
 あまりの高熱に身体が茹ることを危惧した亀型がその頭部と四肢を引っ張り出す。
 それこそが雫たちの本懐であった。
「出現した柔らかい部位を――」
「あたいたちが引き裂く!」
 剣閃が瞬き、二の太刀が四肢を切り裂いた。亀型が甲高く鳴いたかと思うと、毬栗爆弾が集結していく。
 呼び戻す気だ、と危険信号を読み取った仙也が手にした武器を射出姿勢に構えた。
「貫け! 冥槍オフィウクス・偽!」
 上陸した二人を狙おうとしていた毬栗爆弾を一射された輝く槍が射抜き、連鎖爆発を発生させる。
 視界を覆った粉塵を引き裂いたのは海の操る盾であった。
 巧みに上陸している二人を守り、爆発と炎熱を遠ざけていく。
 その時、亀型が急速に潜行を始めた。
 まさか、と全員が瞠目する。
「潜られる……! まずい!」
 潜行は想定外であった。救命衣は持っているものの、一度逃がせば厄介に違いない。
「――まさか逃がすとでも?」
 声と共に月を煌かせる花びらが舞う。
 高速艇から飛翔したファーフナーが雷撃の剣を亀型に投擲した。
 痺れ、こちらに攻撃の矛先を向けさせようとファーフナーは低空飛行で雷の剣を携える。
「潜行させるわけにはいかないのでな。水底は辛いぞ、小島の主よ」
 雷の剣が一閃する度、亀型が四肢をばたつかせて逃げ惑うように海上に顔を出す。
 それこそが狙い。
 ファーフナーの手からしなる鞭が引き出され、その頭部を完全に標的に据えた。
「今ならば、こちらの狙い通りになる」
「あんがとよ! 総員、攻撃姿勢! 毬栗を破壊しつつ、頭をぶっ潰すぜ!」
「毬栗爆弾は邪魔だな。排除する」
 仙也が甲羅へと降り立ち、周囲の毬栗に向けてサンダーブレードを展開する。
 爆発と海面を叩きつける激しい音が連鎖する中、チルルと雫の連携攻撃が遂に、甲羅に亀裂を走らせた。
「やった……! 今なら」
 頭も射程位置。
 首を落とすのには造作もない。
 雫は勝負を急ごうと頭部へと跳ねた。
 切り裂いてとどめ、のつもりであった一撃は、なんと急に頭上を向いた亀型の口腔が開いたことで阻まれる。
 まさか、と目を見開いたのも一瞬。
 雫の身体を亀型は呑み込んでいた。
「呑みやがった……」
 呆然とするラファルであったが、すぐにその異常を察知する。
 亀型が首を巡らせて必死に頭部を海面に打ちつけているのだ。
 まるで内側からの激痛に悶えるかのように。
「まさか、体内から」
 ファーフナーは咄嗟に鞭を締め上げる。
 首根っこを押さえ、食道を細めた。
 瞬間、首筋から太刀の切っ先が出現する。
「……悪いですが、このまま消化される気もありませんので。吐き出すまで、内部で暴れさせてもらいます」
 解き放たれたのは氷の魔術。
 切っ先を中心軸として内側から凍傷が発生した。
「もう少しで、斬れるのに……」
 僅かにパワーが足りないのは軸となる足場が存在しないからだ。
 海が亀型の真正面に降り立ち、その口腔へと光り輝く槍を突き出した。
「一つでも……届け……!」
 その思いは全員同じだ。
 仙也とファーフナーのサンダーブレードが相乗し、傷口を焼け爛れさせた。
「届け……!」
 甲羅の上で剣を振るい上げたチルルが雫の作り上げた傷口へと剣筋を見舞った。
「いくら装甲が固くても、あたいの一撃に貫けぬものなし!」
 宣言した途端、血飛沫が舞い上がる。
 ラファルが海面を滑走し、刃を構築した。
 晴天を切り裂く一振りの閃刃がそのまま亀型を真正面に捉える。
 亀型が反応し、音波攻撃を仕掛けようと口腔を押し広げた。
 直後、その頭蓋を割ったのは雫の切っ先であった。
 口腔を開いたまま、音波攻撃がゼロ距離で雫を襲おうとする。
「やるかよ!」
 雄叫びと共に、ラファルの刃が雫の導き出した好位置の傷口へと突き刺さる。
 流れ込むのは破壊のナノマシン。
 膨れ上がった頭部から音波が放たれる前に、その頭頂部が穴の開いた風船のようにあらぬ方向へと音波を発信する。
 次いで巻き起こったのは炸裂。
 己の音波攻撃が仇となり、亀型は完全に沈黙した。
 残ったのはその堅牢な甲羅だけである。
 チルルが波間に剣を立て、オールの要領で漕いだ。
「漕げるわ! これ! 船に戻るのに、役立つし!」
 海面を突っ切るラファルの腕には雫が抱えられていた。
「無茶しやがるぜ、まったく」
「……面目ないです」
「チャラだ、チャラ。捨て身の攻撃がなけりゃ、長引いていただろうさ」
 飛行班が甲羅に降り立ち、その生命反応の消失を完全に確認する。
「情況終了!」

「毬栗爆弾、思ったよりも手強かったな」
 帰りの船で、仙也がそうこぼした。
「しかし、自然物はあれを敵とは見なさなかった。人間だけを追撃し、破壊する存在、か」
 何か思うところのあるように、ファーフナーが水平線を眺める。
「俺、海は好きですし、泳ぐのも好きです。……でも、海はどうなんでしょうね。俺たちがこうして波間を切る船を手に入れて、そうやって技術を得て進歩する人間を、望んでいるのかどうか」
 海の声音にラファルが欠伸する。
 彼女は全身が海水に塗れたせいでぶるぶると首を振っていた。
「いいんでねぇの? 何が自然に許されていて何が自然に反しているなんざ、どうだっていいんだよ。俺はその線引きがあるとすれば、境界線を歩くまでだ。にしたって、海水を随分と浴びちまった。早く帰って洗浄しないと錆び付いちまうな、こりゃ」
 全身がほぼ機械の彼女の言葉は一同に重く響く。
 チルルは陸地を示した。先ほどから彼女だけ、亀の甲羅を利用した浮きを使用している。
「陸が見えたわ!」
「陸に戻れるだけ、私たちはまだ、許しとその間に立てている、ということなのでしょうね」
 銀髪を潮風になびかせた雫の言葉に、今はひとまずの勝利を噛み締めた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 ペンギン帽子の・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
重体: −
面白かった!:4人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト