「本当に大きなテントウムシなんですねぇ……」
Rehni Nam(
ja5283)がそう呟いたのは、三体が列を成して飛んでいるのを目にしたからだ。
情報通り、団地は閑散としており人の気配もない。
「珍しいテントウムシね! あたいがまとめてなぎ倒しちゃうから!」
声を上げたのは雪室 チルル(
ja0220)である。
レフニーは注意深く観察しつつ、テントウムシと対等に戦える場所を足で探した。
「道幅は大きめですね。これなら、一体ずつ、きちんと対応すれば問題ないかな。……にしても、五芒星かぁ。元々、魔術的シンボルなのに、あれが背負っているのはペンタグラム、つまり逆五芒星……引っくり返したら別の意味になるんですかね?」
「あたいはどんなに敵が堅くたってやっつけちゃうから!」
微笑ましいものを感じつつ、レフニーは思案する。
さて、此度の敵、如何に打ち倒すべきか。
「テントウムシってスケールアップするとあんな感じなのか。あんましデカいと、逆に気持ち悪いって感想も出ないな」
団地の別の場所からテントウムシ型を窺っていた向坂 玲治(
ja6214)はそう結論付ける。
テントウムシ、という敵に対して取るべき手段を講じていた。
近場には小規模ながら公園もある。落下させるのに使えそうだな、と遊具をさすった。
「鬼姫、お陽様は余り好きではありませんの……。早く片付けますの」
日傘を差していた紅 鬼姫(
ja0444)がテントウムシを仰いで口にする。
「まだ早朝だぜ?」
「だから、正午になる前に終わらせたいの。倒せるのならばいつでも、すぐにでも倒してしまいたいの」
「でも一応は作戦練らないとな。団地に被害があっちゃいけない」
「道幅は既に見ておきましたの。充分な幅がありますので、道にでも撃墜すれば易々と事は進むと思われますの。その時、柔らかい横腹を突ければ僥倖ですの」
意外だな、と玲治は感じていた。
先ほどからぼんやりと日傘を差して歩き回っているようで、観察眼はそれなりに鋭い。
「この公園も使えそうだ。紅は――」
不意に日傘の先端が首筋に向けられる。
玲治が絶句していると鬼姫は言い放った。
「紅、さんとお呼びになって、ですの」
どうやら触れてはならない何かに触れたらしい。玲治は両手を上げて了解の仕草とする。
「……オーケー、紅さん。俺は囮班につく。攻撃班にはとにかく一網打尽にしてくれるように願っているよ」
「言われるまでもないですの。全て、叩き潰すつもりで臨むの。それが何であろうとも、目の前に立つのならば関係がないですの」
淡々としつつも、その声音には確証めいたものがある。
――戦いにかけてはそれなりの情熱を燃やすタイプか。
玲治の判断に、鬼姫は横顔を向け続けるだけであった。
「ここが、その現場、か」
訪れたファーフナー(
jb7826)は人っ子一人いない現状に、それなりにディアボロのストレスはあるようだ、と感じ取る。
空気も張り詰め、朝だというのにゴミ出しに来る主婦も見られない。
子供たちはもっと早朝に出たのか、この時間帯ならば見られる子供たちの集団登校の列もない。
空に座すのは、三体のディアボロの列。
あれを破壊しなければ、この団地に安息は訪れない、か。
鋭く睨んだファーフナーの足元に、擦り寄ってくる影があった。
習い性で飛び退り、銃に指をかける。
しかし、目の前にいたのは何てことはない、子供であった。
「子供……か?」
疑問符を挟んだのは気配が一瞬、なかったからである。
赤髪の子供――アルフィミア(
jc2349)はピンと猫耳を立てた。
「オジサン、アミィと一緒にあそんでくれるんですかぁ?」
「……俺にそんな暇はない」
「でもでもぉ、てんとう虫さんと遊んでいらっしゃい、って言われて来ましたよぉ」
その段階になってファーフナーは気づく。この気配は撃退士のものだ。
「まさか、こんな子供が……?」
「アミィ、まだまだ子供だからぁ〜、分かんないことたくさんあるんですけれどぉ、オジサンがあそんでくれるなら平気ですよねぇ〜」
「……俺は討伐の対象を探しに来ただけだ。子供の扱いは埒外のこと」
「あれぇ? おかしいなぁ? こうしているとぉ、普通のオジサンなら、遊んでくれるのにぃ」
胸元を露骨に強調しようとするアルフィミアにファーフナーは頭痛を覚えた。
「……本当にこんなのが撃退士なのか?」
「オジサン、てんとう虫さんとあそぶんでしょぉ? だったら、アミィと同じだよねぇ♪」
「遊びに来たんじゃないぞ」
「分かってるぅ。でもでもぉ、楽しまないとつまんないじゃないですかぁ」
「ディアボロの討伐に、楽しいも何もない」
あくまでも厳しいスタンスを崩さないファーフナーに、アルフィミアは擦り寄ってくる。
「オジサンはぁ、アミィとあそんでくれますぅ?」
「だから遊ぶ気はないと」
視線を振り向けた途端、先ほどまでいた空間にアルフィミアはいなかった。
覚えず周囲を見渡してしまう。
「ここですよぉ、ここぉ」
アルフィミアは飛翔していた。その姿を捉えようとして、スカートの裾が風に捲れ上がりそうになり、ファーフナーは無意識に目を逸らす。
「……こんなので戦えるのか」
「よっと……、やっぱり飛ぶのは楽しいですねぇ〜。てんとう虫さんがぁ、まとまるのはやっかいですからぁ、ばらけさせちゃいましょぉ」
アルフィミアは小石をテントウムシ型に見立てて自分で作戦を建てている。放っておいてもよかったのだが、ファーフナーはその小石の陣形に異を唱えた。
「違う。ここで囮役がしっかり気を引いてくれる。これを、こうだ」
小石を弾いて作戦を指示してやると、アルフィミアは手を叩いて喜んだ。
「オジサン、すごぉーい♪」
「討伐には一つの支障が命取りになりかねない。気を引き締めておけ」
「わかりましたぁ〜」
本当に分かっているのか問い質したくなるが、ファーフナーは頭痛の種が増えるだけだと頭を振った。
テントウムシ型は周回軌道に入っている。
その行く手を遮ったのは玲治であった。
「さて、ペンタグラムを背負うテントウムシってのがどれほどやるのか、見せてくれよ」
跳躍し、白銀の槍を突き上げる。
槍の穂先が赤いテントウムシを貫こうとしたところで攻撃が発生した。
暗雲が構築され、雷撃が玲治の姿を射抜こうとする。
その前に玲治は赤いテントウムシを蹴って別方向へと駆け出していた。
できるだけの誘導。
玲治は時計を見やり、秒数を数える。
「ざっと、一体当たり相手取れるのは五秒ってところか。黄色の射線にむざむざ入ってやるのは旨みがない。ここは俺ができるだけ稼いでから、こいつらの陣形を崩して――」
そこで玲治はテントウムシを見やり、言葉を失った。
アルフィミアがテントウムシの周囲を飛び回っているのである。
「こっちこっちですよぉ、てんとう虫さん♪」
確かに囮を指示したが、少しばかり迂闊だ。
接近が過ぎれば黄色の雷の射程に入る。
「……もうちょっと余裕持つつもりだったんだけれど、なっ!」
金網を足がかりにして玲治はテントウムシの隊列に割って入った。
瞬間的にテントウムシの連携に乱れが出る。
その瞬時を狙うのは地上から伸びた鎖であった。
片手にそれを握り締めるチルルが飛び跳ねて言い放つ。
「かかったわね! あたいが、なぎ払ってあげる!」
黄色がそのまま道路へと撃墜されていく。
これで厄介な雷鳴の射線は防げる。
玲治は真正面の赤へと攻撃を見舞っていた。頭上へと躍り上がると翅が閉じられ、ペンタグラムが構築される。
「悪いな。もうちょい、離れてくれよ!」
突き出した槍による一撃が食い込み、膨れ上がった熱を遠ざけた。
「レフニー!」
水色が玲治を狙おうとしたところで、その身体に絡みついたのは鎖であった。
「分かっています。墜ちなさい!」
水色のテントウムシが地上へと落下する。腹ばいになって水色がペンタグラムを構築しようとするのを、レフニーは手を払って攻撃した。
構築された千枚通しが手の動きに連動してテントウムシの身体を射抜く。
直後の軌道上に薔薇の花が花弁を散らせた。
「冷たく眠りなさい。悪魔を崇拝するペンタグラムの持ち主よ」
チルルが落とした黄色を蹴ってにして水色のテントウムシへと飛びかかった。
携えた剣から光が宿り、再び飛翔に入ろうとするその翅を切り払う。
「珍しいから、後でじっくり観察してあげる!」
よろけた水色の退路をレフニーが塞ぐ。再び咲いた薔薇の細槍がテントウムシの間接部に噛み合って阻害する。
「動けないのなら、そのまま静かに……!」
「討伐、しちゃうからっ!」
レフニーの攻撃とチルルの剣が交差し、テントウムシを斜に割った。
中空に飛び上がった翅の欠片が回転し、地面に突き刺さる。
「一体目、か」
玲治は呟くと共に、赤の相手をしていた。
熱線はさほど痛い攻撃でもないが、やはり飛んでいるのは厄介か。
「てんとう虫さーん、アミィが相手をしてあげる♪」
アルフィミアが小柄なその身体に似合わぬ槍を突き出し、テントウムシの翅を貫こうとする。
だが、相手も考えなしではない。
空中で軌道を僅かにぶれさせて動きの法則性を変え、アルフィミアの槍をかわした。
「避け――」
構築されたペンタグラムが一気に空気を熱に晒そうとする。火炎が湧き上がったかに思われたが、テントウムシの頭部を叩いた銃撃に、その魔術は解除された。
「まったく……、囮役とは言っていたが、油断も隙もない」
ファーフナーは銃を突き出し、嘆息をつく。
「オジサン! アミィを助けてくれたの?」
「勘違いをするな。戦闘において助け合い、という概念は存在しない。利害の一致、あるいは相手の隙が見えたところから攻撃し、追撃し、殲滅する。その過程において、偶発的に発するものであり――」
「オジサン、だーい好き♪」
すっかり調子を崩されたファーフナーは肩透かしのようなものを食らいつつ、手を払う。
「……まぁ、いい。どうせ最前列を俺がやる見通しであった」
飛翔したファーフナーは赤のテントウムシへと肉迫し、両手を突き出した。その手は帯電しており、強力な一撃を約束している。
「墜ちろ、羽虫」
叩き落された赤のテントウムシが一気に高度を失う。間髪入れずに銃に持ち替えたファーフナーは空中で回転しつつ追撃の銃弾を見舞った。
地面が捲れ上がり、粉塵が舞う。
テントウムシの感覚が阻害された今が好機であった。
玲治が真正面から猪突する。
銀色の槍の穂が輝き、攻撃姿勢に移る前のテントウムシの頭部に食い込んだ。
緑色の血が滴り、玲治は眉をひそめる。
「うえ、やっぱり虫ってのはデカくても虫だな」
突き上げた槍の一撃にテントウムシが仰向けに転がった。攻撃姿勢を封じたその身体へとファーフナーの銃弾が矢継ぎ早に突き刺さる。
腹部がダメージに膨れ上がり、あと一撃だと判じられた。
「突き破る!」
振り上げた槍をそのままの勢いで打ち下ろす。
テントウムシの身体が両断され、血溜りが広がった。
「二体目、だな。覚えておけ、戦いとは――」
「うはーい♪ オジサン、カッコいい〜」
「……もういい。とっとと、黄色を蹴散らすとしよう」
雷鳴を発して黄色が電気のフィールドを敷く。
動けないのならばせめて相手にも近づかせない算段か。
だが、そんなものなど関係ないとでも言うように、空気の皮膜を割って接近する影があった。
高空より陽光を背にして鬼姫が一挙に黄色へと飛翔攻撃を用いる。
両手に握られているのは流麗な刀であった。
「鬼姫、お陽様は好きではないの。でも、一時的にせよ、こうして眩惑できるのだから、感謝はしているの」
降り立った鬼姫の二刀が閃き、テントウムシの甲殻を叩いた。
切り裂いた、かに思われたが、やはりそれなりに堅牢の様子。
すぐさま跳躍して地面を舐めるように追従する雷を鬼姫は最低限度のステップで避ける。
「そういう、しつこい攻撃って嫌いなの。それに、もう貴方だけなの。それって悪足掻きっていうんですの」
雷撃が鬼姫の姿を捉えたかに思われたが、それは空蝉による身代わり。
本物の鬼姫は黄色の側面に展開していた。
静かに繰り出される斬撃が黄色の足を切り裂く。落とされた足を触媒にして雷が鬼姫を襲おうとしたが、それさえも予見した動きがテントウムシの腹腔に突き刺さった。
「このまま、微塵に切り裂くの。それが、貴方たちの末路なの」
片方の太刀がテントウムシを跳ね上げた。中空で身体の制御を失ったテントウムシを、鬼姫は両太刀を閃かせ、瞬時に剣舞を咲かせた。
テントウムシが地面につく前に、その身体は宣言通り――微塵に切り裂かれている。
欠片の一片さえも残さない鬼姫の妙技に玲治は感嘆していた。
「やるな」
しかし、当の鬼姫はそれをさほどとてつもないことだとは思っていないようであった。
日傘を差し、くるりと踵を返す。
「最初にも申しましたが、鬼姫、お陽様は好きではありませんの。お先に失礼したしますの」
そのマイペースさも含めて、強さか。
玲治は肩を竦めて、情況終了を宣言した。
団地への報告は自分とレフニーの役目だ。
チルルは、というと解体したテントウムシの翅をいじって楽しんでいる。
「珍しい虫なのね! こんなに翅がでっかいの!」
ファーフナーは、というとアルフィミアに懐かれて多少、困惑しているようであった。
「オジサン、アミィと〜あそびませんかぁ?」
「……だから俺は遊びに来たのではないと。向坂、俺はもう帰らせてもらう。この娘もしっかり帰してやってくれ」
「アミィ、オジサンと一緒に帰りたい〜」
玲治は後頭部を掻いてやれやれ、と感じる。
テントウムシの悪夢が消えた空に日差しがさんさんと降り注ぐ。
一つの悪夢の終わりは穏やかな夏の始まりも予感させていた。