警察の一室。地図を広げ、確認している者たちがいた。
「……ここしかない、か……」
卜部 紫亞(
ja0256)が、地図上の一点を指で叩きつつつぶやいた。
留狩トンネル……国道から続く、三千mの長さのトンネルが、周辺地域にある事が確認されたのだ。
「では、決まりですね。ここで……終わらせる、ということで」
「そうだね……終わらせなきゃ」
同席していた雁久良 霧依(
jb0827)と紫園路 一輝(
ja3602)も、紫亞の言葉にうなずく。
今回、撃退士たちが立案した作戦。それは「適当なトンネル内部に『吸血車』をおびき出し、その内部で挟撃する」というもの。
トンネルならば、空を飛んで逃がす事も無い。逆に敵の攻撃が当たるかもしれないが……重要なのは、敵を「逃がさない」事。
そして、警察署の別の場所でも。同じく新たな犠牲者を出さぬようにと、署長に依頼している者たちがいた。
「……どうしてもだめ、ですか?」
捨石署長に対し、佐藤 としお(
ja2489)は事件解決のため、様々な事を依頼していた。が……それらのうち「一点」に関しては、署長は首を縦に振らなかったのだ。
「……娘に関しては、だめだ。……あの子に、そんな事をさせられない」
仕方がない、諦めようとした時。
「待てよ、くそオヤジ。勝手に話進めてんじゃねーよ」
警官の制止を振り切り、所長室に入ってきた者が。
「……清美!? なんでここに?」
「……話は聞いた。そこのモヒカンチャラ男はこう言ってんだろ? 『あたしが囮になって、くそ車を誘き出せ』って」
『モヒカンチャラ男って、僕の事?』それを理解するのに、佐藤は若干の時間を要した。
「しかし!」
「うるせえ! あたし、決めた。囮になってやるぜ。あのくそ車をぶっ潰せるんなら、なんだってやってやるさ」
怖いに違いない。実際、今のこの状況でも、足や唇が震えている。
だが、それ以上に。この事態を解決したいという「気持ち」がある。何とかして解決したいという「気持ち」が。
「……わかった、好きにするといい」父娘の間に沈黙が走り、父親がそれを破った。
「だが、一つだけ条件がある。……私も同行させてくれ」
「なるほど、それでご一緒にってなわけですか☆」
爆音を響かせ、街道をマスタングが走る。ハンドルを握るのは、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)。
フォード・マスタング。アメリカの自動車メーカー、フォード社が製造販売している、『野生馬』の名を持つ車。
これは数年前の事件の証拠物件として、警察の保管庫に保管されていたもの。捨石署長は、それを整備させ持ち出してきたのだ。
「……ああ、そうだ」
私服を着ている捨石署長が答える。
後部座席の片側には捨石が、真ん中には清美が座っていた。だが、その体は震えている。
「……怖いのか?」
清美の隣、捨石の反対側に座る中津 謳華(
ja4212)が口を開いた。
運転席にはジェラルド、助手席には佐藤。
後部座席には中津と捨石が、清美を挟んで座っている。
これで適当に車を転がし、「吸血車」をおびき出し……「留狩トンネル」へと誘い出す予定だった。
「べ、べつに、怖くなんかねえよ!」
強がりを口にする清美だが、その声と身体は震えていた。
「……案ずるな。今宵、終わる」
静かに、安心させるように。中津は清美へと言葉をかけた。
「そうそう、心配ないよ☆」
ジェラルドも運転席から、軽い口調で声をかける。
「それにこっちとしては、すっごくかわいい美少女とのドライブデートができて、ちょいと役得って感じかな♪」
「な……何言ってんのさ。バカみたい」
しかし言葉と裏腹に、清美の口調は笑っていた。ジェラルドは企みが成功した事を確信した。……少しの間だけでも、恐怖を和らげ、恐怖を忘れさせられたと。
夜も深まり。マスタングは街道を走り続けた。
北海道の街道は、あまり街灯が無いため、夜が更けると闇が思った以上に濃くなる。月や星の明かりがある日ならまだいいが、それすらない今夜のような日には……光源は車のヘッドライトくらいしかない。
時折、ハイウェイ上を走る光が接近するが、それはごく普通の乗用車だったりする。
が、車内では。ジェラルドの「アウトロー」スキルも手伝っただろうが、清美は友好的に、撃退士たちと会話を交わしていた。
撃退士たちも、確信していた。彼女は決して不良でも悪い子でもなく……ただ、とても寂しがりやだという事を。
その様子を言葉少なに見つめる捨石の眼差しを、中津は見守っていた。
「!」
24時間営業しているSAで、休憩を取っていた時。
用を足して戻ってきた清美は、何かに気付いたかのように、夜の闇の中に目を凝らした。
「どうした?」
「……わかんない。けど……あいつの気配が……」
捨石署長と中津とが、その夜の闇の中へと目を凝らした。
「何も、いないようだが……」
捨石がそこまで言った、その時。
闇の中に、まるで両眼を開いたかのように……ヘッドライトが光った。
それとともに、黒い車体が闇の中に浮き出るスポーツカーらしき影。後でわかったが、車種はトランザム・ファイヤーバードらしい。
それを見た捨石は、すぐに叫んだ。
「早く車の中に!」
食いかけのラーメンをそのままに、佐藤もSAの食堂から出てきて車に乗り込む。
「……どうやら、釣れたようだねえ? かわいい子を乗せてると、マジに食いつき良いねえ☆」
運転席のジェラルドが不敵な微笑みを浮かべつつ、ハンドルを握った。
「それじゃ清美ちゃん……ドライブデートの続きと行こうか♪」
「うん、わかった。そちらも気を付けて?」
『すぐ行くからね☆ パーティーの用意、忘れずに♪』
ジェラルドからの電話を切り、紫園路はトンネル内にて罠の確認をしていた。
両出入口近くの天上には、既に鉄鎖で編んだ網を放つ仕掛けを施している。紫亞や霧依もチェックを終え、待機していた。
「……来るのはこちら側で間違いないですか?」
「ええ。ここから近づいてくるわよ」
紫亞と霧依の言葉が終わらぬうち……入口から、ヘッドライトの光と、爆音とが近づいてきた。
高速でトンネル内に飛び込むマスタング。
それを追い……まるで獲物に襲い掛かる悪魔の獣のようなトランザム。
高速で内部に入り込んだマスタングは、トンネル内部、紫亞ら三人が待っている中心部にたどり着くと、脇に寄り停車する。
「ここで待っててくださいね。後は……自分たちがやります」佐藤が飛び出し、
「往くぞ、黒(ヘイ)。彼女は必ず護る」召喚した黒煌龍帝とともに、中津も立ち、
「さてと……悪い虫退治パーティーを開始しようか♪」ジェラルドも車から降り、トランザムに立ちはだかった。
マスタングの近くには、紫亞と霧依、紫園路が守るように立つ。
内部には、オレンジ色の明かりで視界は保たれている。そして……。
東口の出入り口から徐々に……トランザム・ファイヤーバードに擬態した「吸血車」が、接近してくるのが見えて来た。
「止めますよ……直撃、させる!」
佐藤が「薙ぎ払い」の一撃を放つ。その衝撃がトンネル内部を走り、疾走する吸血車へと迫る。
吸血車はそれを、回避した……トンネル内の円形の壁面を、猛スピードで駆けあがったのだ。
「黒(ヘイ)、やれ!」
続き、紅眼の黒き鱗を持つ竜が、閉鎖された空間内を飛翔する。トランザム・ファイヤーバードの黒いボディ表面を、中津が召喚したヒリュウの爪が切り裂く!
が……。その切込みは浅く、すれ違いざまにボンネットとフロントガラスに爪痕を残したのみ。
壁面をぐるりと一周した吸血車は、そのまま撃退士たちを尻目に、彼らから離れた場所に、そしてマスタングに近い場所に再び着地。そして、
あっというまに、マスタングへと接近した!
吸血車は、マスタングの中を覗きこむ。が、内部には目当ての存在はない。二人は既に車を捨てて、紫園路の近くへ移動していたのだ。
彼の、眼帯をしていない方の眼差し……まるで炎を宿しているかのような視線が、吸血車に向けられる。
既に「金剛夜叉」を発動させている。ちらりと、自分の後ろにいる清美を見て、そして吸血車へと向き直った。
「……凄いよね…内心は怖いと思うのに、あんなに突っ張れて……」
一秒かけて彼女を想い、一秒かけて体を戦闘態勢に。そして一秒かけて……紫園路は、構え、自らの掌底を敵へとかざした。
「……炎に眠る化け物よ、今この瞬間だけ姿を見せ、敵を喰らえ! 『炎帝』!」
掌より放たれた火炎は竜となり、車の怪物へと襲撃する。が、赤き灼熱が届く前に、吸血車はおぞましい虫の節足を伸ばし、それを回避した。
「……『La main de haine』!」
しかし、二段構えの攻撃が、吸血車を捕える。
紫亞の両腕が、憎しみにゆがんだ無数の『腕』となり『手』となりて、車をつかんだのだ。おぞましき車が、おぞましき腕に囚われる。動きが止められたターゲットに対し……。
撃退士たちの一斉攻撃が放たれた。
「喰らいなさい! 『コメット』!」
最初の攻撃は、霧依の放つ強烈なアウルの一撃! 顕現させた無数の彗星が、車の表面をぶち抜き、ぶち壊し、そのおぞましき体をむき出しにする。
まるで潰されたゴキブリのように、吸血車の真の姿が露わになった。ヘッドライトに擬態していた触覚先端の発光器官、そして己が複眼とが、不気味に光っている。
動けないでいるところに、
「はーっ!」
振るわれた佐藤のデュラハンブレイドが、強烈な斬撃を放つ。闘気開放にて滾った力による一撃は、吸血車の外装を切り裂き、更にはその胴体に会心の一撃を食らわしたのだ。刃が食い込んだ傷口からは、おぞましい体液が流れ出る。
「『Hit That』♪ ……おっとっと、醜いだけにしぶといねえ☆」
ジェラルドも、後れを取らない。そいつが翅を広げ浮かんだ時、そのおぞましい翼へと小気味よい攻撃を放つ!
彼の得物は、イグゾーストアックス。鋭き斧の更なる一撃に、怪物の翅が破られ、切り裂かれた。
「……風よ、我が敵を滅ぼせ! 『マジックスクリュー』!」
紫亞の放った烈風が、吸血車を巻き込んだ。それは竜巻となり、翅を失った吸血車をきりきり舞いさせ……。
そのまま落下の衝撃で、地面に叩き付けた。
甲高い、ガラスをひっかくような、耳をつんざく鳴き声が周囲に響いた。それは明らかに苦しみがこもった、吸血車の声だった。
だが、吸血車も攻撃を喰らい続けているわけではない。紫亞のhaineの効果が切れるとともに、その腕の群れを薙ぐと、節足でつかんだタイヤを次々に投げつけた。それは轟音を響かせつつ、迫りくる隕石のよう。
放たれた四つのタイヤ、一つは紫亞へと向かうが、空振り。しかしうち二つは、佐藤、そしてジェラルドへと向かい……強烈な勢いとともに、二人を弾き飛ばす!
紫園路へと迫る、残り一つ。
回避しようとした紫園路だが、
「や、やばいよ!」
「清美!」
間に合わない。彼のすぐ後ろには清美と捨石署長がいる。二人を守らなければ!
「行かせない!」身構えた紫園路の前に……。
「……そうとも。させると思うか?」
黒煌龍帝とともに中津が立ちはだかり、二人の、否、三人の盾となったのだ。
防御の構えとともに、腕でガードしたものの……中津らも無傷では済まなかった。
「ぐっ!」
「中津さん!」
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」
なかなか起き上がらない黒煌龍帝と中津を見て、心配する紫園路と清美だが。
「……心配、無用」
両者とも立ち上がった。
が。ほんのわずか、気を緩ませたその時。
吸血車が、液体を吐き出した! 広範囲に吐かれたそれは、周囲にへばりつき、爆発するように燃え上がる。
それは、清美にも襲い掛かった。
「きゃあああっ!」
「清美! ぐああっ!」
しかし、清美は無事だった。捨石が突き飛ばしたからだ。
捨石の服が燃え上がる。佐藤と中津がかけつけ、大急ぎで脱がせたが……火傷は免れない。
そのまま、吸血車は逃げようとするが。
「逃がさない! ここで滅ぼしてみせる!」
紫亜がスタンエッジを放つものの、吸血車はそれを回避。
が、先刻ほどには素早く動けない様子。今がチャンス!
「二人とも、下がってて! 『炎帝』!」
紫園路は吸血車に向け、再び火の龍を放った。今度は直撃し……吸血車は炎に包まれ、崩れ落ちた。
勝った、そう思った次の瞬間。
「なっ、なんだあっ!?」
佐藤がそれを見て、素っ頓狂な声を上げる。吸血車が後部、尻の部分から強烈な勢いでガスを噴出したのだ。
その空気圧で火炎の一部を吹き飛ばし、その勢いでトンネル内を吹っ飛ぶ。奴の飛行能力は、翅だけでなく……「ガスの噴出」の勢いもあったわけだ。
その勢いや、トンネル内を飛ぶロケットのよう。
だが、
「……逃がさない。乙女の柔肌と、依頼人の父親に、傷をつけてくれたお礼はさせてもらうわ♪」
怒りに歪んだ笑みと余裕とを浮かべ、霧依は手元のリモコン、そのスイッチを押した。
吸血車は、道路を地面すれすれで飛んでいた。
もう少しで出口。そこから外に逃れ、休息し再生し、再びあの人間どもを血祭りに……。
本能でそう考えていた吸血車は、自分から「二つ」奪われたのを知った。
「一つ」は、「身体の自由」。霧依のリモコンは、あるセンサーのスイッチであった。そのセンサーは、接近してきたものを感知し、小さな爆弾を爆発させる。
それは天井に張り付かせていた鉄鎖の網を開放し、接近してきたものにかぶさり包み込む仕掛け。
「一つ」は、「逃げ道」。
既に吸血車が入り込んだ時点で、霧依は警察に依頼していた。重機や大型車両を以て、トンネルの出入り口両方をふさいでおく、と。
鉄の網に包まれ、出口は無い。
燃えつつある中を、マスタングに乗り込んだ撃退士たちが接近してきた。
「さて☆ ……恐怖に震えてあの世に行く用意は出来てるかな?」
最初に降り立ったジェラルドが、にこやかに言葉をかけた。
そして、数秒後。吸血車の断末魔の悲鳴が、トンネル内に響き渡り……封鎖解除された後に、吸血車がトンネルの外へ出てくることは無かった。
霧依のライトヒールが、負傷者たちを癒す。深刻な負傷は無く、皆滞りなく回復した。
「『【107神技】気功癒傷法』……もう、大丈夫だ」
そして捨石の傷も、中津により癒された。回復した父親へ、清美が言葉を投げつける。
「……ばかっ! なんで……逃げなかったんだよ!」
「……理由などいらん。父親ならば、娘を守るのは当然だ」
その言葉に、顔を背ける清美。が……その表情には、怒りや悲しみは見られない。
二人の確執。これが事件解決とともに、解消できれば。
こちらの解決もそれほど時間はかからなさそうだ。二人の様子を見て、そう思う撃退士たちだった。
街道に、再び平和が訪れた。
その中を、古びた自動車がひっそりと走り、彼方へと消えていった。