「さて、これで借りるものはOK……かしら?」
台車に、卜部 紫亞(
ja0256)は撮影用機材……ビデオカメラ、デジカメ、車載用カメラなどを積み込み、運び出した。警察の備品管理室から借りたのだ。
「……それにしても、この坂上トオルという男。顔と同じく、随分と凶悪そうなのだわ」
同じく申請した坂上トオルの顔写真を見てみる。同封された補導歴を読むと、この手の若者にありがちな、己を過大評価し、理由もなく好き勝手に暴れまわるだけの不良少年に過ぎない。
後で仲間の暴走族にも話を聞く予定だが……今のところはこれを運ばねば。
「ああ、借りてきてくれたのね♪」
豊かな胸と腰とを白衣に隠しつつ、雁久良 霧依(
jb0827)が駐車場にて待っていた。彼女の傍には、頑丈そうな中古の乗用車が。
「そちらも、借りられたようかしら?」
「ええ。中古車だけど、兄貴分を殺した犯人が乗ってたのはこれとほぼ同じ車両だそうで」
ずれてもいない伊達メガネを直しつつ、佐藤 としお(
ja2489)が車の陰から出て来た。
「それじゃあ、この車を囮に使ってと……後は……」
「後は、警察官の皆さんに、ちょっと話を聞きに行きたいかしら」
佐藤に続き、紫亞が言った。少しばかり、情報収集をするつもりだ。
「マスター、そっちはどう?」
紫園路 一輝(
ja3602)……左目に眼帯を付けた少年が、長い白髪の男へと声をかける。
「んー、部長。こちらも手がかりはあまり無さそうだよぉ☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、紫園路に返答する。
彼らは今、現場検証中。紫園路は近くの道路に、ビデオカメラを監視カメラとして取り付けた後、事件現場の調査を行っていたのだ。現場の中古車置き場にて、タイヤ痕などを見分していたものの……手がかりらしいものは、何一つ見つからない。
「……うーん」
ジェラルドは自前のバイクにてここにたどり着き、調査しているものの。一向にそれらしい手がかりはない。遺体の倒れていた跡が、地面にチョークにて描かれている。それ以外には、何も見当たらない。怪しいところは見られない。
たった今までは。
「……ねえ、マスター。これは?」
「ん?」
そこは、かつて車の外装が横倒しになっていた場所。今は警察が接収し、何も残っていない。
……それを除き。
「なんだか、ねばねばが……」
「あるねぇ。それに……なんだろうねぇ、この『臭い』」
そこには、生乾きになった何かの「液体」、その痕跡があった。数滴しか残っていないが、紫園路の言う通り、それはねばねばしており……奇妙な臭いを周辺に漂わせていた。
その臭い、例えるなら森林の中で発見した、腐葉土が漂わせているような、木屑や土が腐敗する時のような「臭い」。もしくは、テントウムシを捕まえた時に、摘み取った指先に付いてしまった時の「臭い」。
「……最初見た時には、オイルか何かと思ったけど」
「しかし、オイルの類じゃあないねぇ。すごくねばねばしてて、まるで接着剤か何かじゃあないか」
何かはわからない。だからこそ……理解できた。
この事件、普通じゃないという事が。
警察署の、一室。小早川と辻本の両巡査。そして他一人の目撃者は、紫亞に呼び出されていた。
「…………」
紫亞の掌が、小早川巡査の額に付けられる。そこから紫亞は「読み取っていた」。
「……はい、結構なのだわ」
スキル「シンパシー」により、紫亞は見ていた。彼らがあの事件の現場で、何を見て、何を知ったのかを。
既に辻本巡査にも用い、相棒の方が何を見たのかも知っている。
……が、結局。両巡査からは、報告された事以外は何ら得たものは無かった。
「やれやれ、空振りかしら」
そうぼやき、最後に目撃者……長谷川欣二という名の、軽トラの運転手へと「シンパシー」を用いた。
彼は坂上トオルの二年先輩であり、現在は土木関連会社にて、軽トラでの運転手として働いている。
「俺は学生時代に何度も奴のツラを見てたんで、見間違いは無いです」
「わかったわ。それじゃ……ちょっと気を楽にするのかしら」
そう言って、紫亞は欣二の経験を読み取り始めた。
「で、どうでした?」
別室にて。戻ってきた紫亞へと、佐藤は尋ねる。
「……そうね。『シンパシー』で読み取ったところ、確かに例の車には、『坂上トオル』が運転席にいたかしら」
紫亞が言うには、市街地の交差点で信号待ちしていたところ。「汚れた高級車」が、交差点の真ん中にて止まったところを見た、という。
その高級車は、その場で回転するようにハンドルを切り、止まっていた乗用車にわざと追突した。それが、欣二の軽トラのすぐ目の前で行われていたのだ。
乗用車に乗っていた大学生と思しき者たちが、扉からぶつけられて血を流しているのが見えた。
そして、高級車は欣二のトラックへと向きをかえ、やはり同様に追突。欣二は大急ぎでその場からバックし、逃走。事なきを得たのだった。
「……その『汚れた高級車』。ちょっと奇妙だったかしら」
「奇妙?」今度は霧依が聞き返す。
「……運転席には、確かに座っていたのが見えたのだけど……」
奇妙な事に、そいつは微動だにしていなかった。ハンドルを切ったり、周囲を見回したりといった、細かい動きを、全くとらなかったのだ。
「……それは、確かに奇妙ねぇ♪ ……やっぱり、犯人はUFOで、運転手や外装、タイヤは、擬態に用いているだけなのよ!」
霧依が、確信したように言い放つ。
その時誰もが、彼女の言葉は半ば冗談だとしか思っていなかった。言っている本人ですら。
そして、更に数日。
いざ、囮作戦の決行の日がやってきた。
車は苦手だと、中津 謳華(
ja4212)は心中で実感していた。
今、彼は佐藤、紫亞、霧依とともに車上の人となっていた。ハンドルを握る佐藤の隣、助手席に座っているが、正直あまり落ち着かない。
壊す事なら得意だが、こうやって機械や乗り物を利用するのは、どことなく苦手意識を感じてしまう。そして車内にて取り付けられたカメラなど、映像記録用の機器に囲まれているのを実感すると、更に落ち着かない。
召喚したヒリュウも、今は何も言ってこない。
「……生きのこっていた暴走族連中からは、何も情報が得られなかったとはな」
落ち着かなさを紛らわそうと、中津は佐藤に話しかける。
「ええ。あのトオルの兄貴分……土手丘平治って奴も、暴走行為中にパトカー煽ってバイクで危険運転してたのが原因との事ですし」
そこに、たまたま通りがかった乗用車に引っかけられてそのまま転倒・即死しただけで、この事件にとっては何の関係もなかった。トオルはそれを逆恨みし、手当たり次第に同型の乗用車狩りをしてた、という事だったのだ。
だがそこへ、ヒリュウの視覚が何かを捕えたのを、中津は感じ取った。
『……こちら、ジェラルド&部長☆。聞こえてますかー?』
それに続き、社内に積んだ無線機に連絡が入った。
「はいはい、こちら佐藤。どうしました?」
『……例の車が、餌に食いついたようですよ〜? 紫亞さんの言ってた通り、高級車だけどかなり表面汚れてるねー。注意してくださいね☆』
その言葉に、佐藤はバックミラーへ視線を走らせ、残る三人は後ろを振り向いた。
まるで、両眼を光らせた獣のような何かが、徐々に後方から近づきつつあるのが見えた。
「マスター!」
「うん、わかってる」
自前のバイク、ZZR1400に紫園路とともに乗っているジェラルドは、紫園路を背中に感じつつ……「前方を走っているその車」に注目していた。
紫亞から聞いていた「汚れた高級車」の情報通り、その車は確かに、高級乗用車だった。しかし……そいつを注視すると、この距離、十分離れた後方からのこの位置からでも、徐々に強い違和感が伝わってくる。
なんというか、視界に入っているそれは、どこからどう見ても「車」以外の何物でもないのに……。
こうやって実際に見てみると、「車」以外の何かのように見えてしまう。何かが、車のふりをしているような。
「……なんだろうねぇ、この『違和感』」
今は距離を取って、「車」の後をつけている。場合によっては、こちらから仕掛けようか……。
そう思った、その時。
「光」が、件の「車」に放たれた。
「……これ、は!?」
「光」は、後部座席の紫亞が放った「トワイライト」。その光球から放たれる淡い光は、フロントガラスの、ないしは内部の運転席に座る者の姿を映し出した。
「間違いないわねぇ、あれは……『坂上トオル』!」
同じく、カメラで撮影していた霧依もまた、運転手の姿を認める。それらに加えて、後方へと向けたカメラが、「車」の姿を余すところなく撮影し続けていた。
「……じきに、警察が用意してくれた『誘導先の広場』に近づきます。……仕掛けますか?」
「ええ、するのだわ」
佐藤の言葉に、紫亜は後ろの窓を開けた。その指先を、後方から追いすがる「車」へと向ける。
「……『L’Eclair noir』!」
その名を叫ぶとともに、その名の通りに……黒き『稲妻』が、紫亞の指先からほとばしった。それは無数の蛇のように暗闇を切り裂き、「車」へと襲い掛かる。
強烈な電光は、「車」の外装を爆ぜさせ、焦がし、一部を吹き飛ばした。ガラスが割れ、無数の欠片となって路上へと飛び散る。屋根の一部も剥がれ落ち、運転席に風が流れ込んできた。
しかし、それでも……「車」はスピードを落とす事はなかった。むしろスピードを上げ、撃退士たちを追い始めた!
「……なんだ!? 坂上トオルとやらは!」
そして、ヒリュウと共有している視覚にて。中津は見ていた。運転手の状態を。
そいつは、顔の半分が崩れていた。絶影で狙撃しようかと思ったが、じきに「広場」に到着する。攻撃するならそこで……と、中津は思い直した。
幹線道路から、誘導先の「広場」へと、佐藤はハンドルを切る。そのまま、「広場」へと入り込んだ佐藤たちの車は、端まで走行し、停車した。
うまい具合に、「車」も誘導されてくれている。広場に入り、中央付近まで進んだその時。
「いまだ!」
佐藤は、スイッチを入れた。
とたんに、周囲が強烈な光に満たされた。据え付けていた投光器からの光が、「車」に浴びせかけられたのだ。それに驚いたかのように、車は急ブレーキをかけ、止まった。
「おっとっと、逃がさないよぉ☆」
侵入路は、既にジェラルドと紫園路が門を閉じてしまっている。加えて、周辺には高い柵が。
ここは、各種競技用の運動場だった。かつてはローカルチームの練習場や試合会場として用いられていたが、不況により放置。
しかし、ナイター用の投光器はまだ生きていた。加えて、車での出入りは、決められた場所以外からは不可能。
もう逃がさない、あとは……追い詰めるだけだ!
自分たちの車から降り立った撃退士は、注意深く「車」へと接近していった。
が、「車」は、そんな皆を誘い出すかのように、広場中央にとどまり沈黙している。
最初に攻撃を仕掛けたのは、「車」
フロントグリル部分から、何かの「液体」を中津に向けて放ったのだ。
それを横に転がりかわしたが、「液体」は地面に付着すると同時に……爆発した。
「把ッ!」
回避とともに、中津は攻撃に転じる。携えた武器、紫寿布槍を破損した車体の隙間より、坂上トオルへと放ったのだ。布槍のしなやかで鋭いその一撃が、坂上トオルの身体に巻き付いた。
そのまま、ぐいと引っ張る。べりべり……という、カサブタがはがれる時のような感触とともに、坂上トオルの身体が引き寄せられ、地面に転がった。
「……やはり!」
その力亡き身体、そして、腐敗が始まった皮膚の状態、加えて、漂う強い腐敗臭。明らかに「死んでいる」。
「さて……汚れた車を綺麗にしようじゃないか☆」
間髪入れず、「車」へとジェラルドが迫る。「スイートドリームス」……赤黒い闘気に体を包み込ませ、殺気が陽炎のように周辺の空気をゆがませていた。闘気と殺気とをその身にまとい、手にした武器……イグゾーストアックスの一撃が襲い掛かる。
刃が車体に食い込み、それと同時に……何かの、「手応え」がアックスを通じて伝わってくる。
「あとはまかせて! 『コメット』!」
中津とジェラルドが下がり、霧依が進み出た。そして、彼女のアウルが、星空を走る無数の彗星の姿を取り、目前の「車」へと降り注ぐ。
半壊していた「車」の外装が、「コメット」の攻撃により潰され、地面に鉄片がはじけ飛んだ。
勝った。誰もがそう思った次の瞬間。
「!」
「車」のタイヤが付いている部分から、「脚」が伸びた。昆虫めいた節々のある「脚」は、ハサミ状の先端部にタイヤを挟んでいる。
「……一体、何がっ!?」
予想外の状況に、霧依……否、その場にいる全員、一瞬だけ茫然と立ち尽くしてしまった。
その一瞬を狙い、「脚」の一本が撃退士へとタイヤを投げつけた。それは霧依に命中し……彼女を後ろざまに吹き飛ばす。
「霧依さん! 大丈夫ですか!」紫園路や紫亞が助けると、彼女の身体には酷い打撲傷が。
「ぐっ……大丈夫、ちょっと油断、したわね……」
しかし、「車」は更なる姿を。外装を振り払い……折りたたんだ一対の脚を伸ばし、直立したのだ。
痛みに朦朧としながら、霧依は自分の予想が当たっていた事を悟った。間違いない、「それ」が車の外装を被り、脚の仙丹にタイヤを挟みこみ、「車に擬態」していたのだと。
佐藤がライフルで、スターショットとダークショットを撃ちこむ。弾はさしてダメージを与えてはいないようだが、反応から見て、どうやらディアボロ側の怪物のようだ。
が、とどめを刺さんとした、その時。
「それ」は跳躍し、夜空に舞った。
そして、折りたたまれていた翔羽を広げると……モーター音のような羽ばたき音を立てつつ、猛烈な勢いで空の彼方へと消えていった。
認識すると同時に、既に消えていたかのようだった。怪物の飛行する事での逃走は、それほどまでに素早かったのだ。
霧依の傷は、ライトヒールにより全快。そして撃退士は、坂上トオルの遺体とともに、今回得られたデータを警察へと提出した。
「……つまり、本体は運転手ではなく『車そのもの』だったわけだな?」捨石署長は、理解した。
あの平たい怪物が、車の外装を被り、脚にタイヤを挟みこみ、車に擬態。そうする事で襲撃し、人を襲っていたのだと。
そして、坂上トオルの遺体は、前回に放り出された身元不明の遺体。それと同じ状態だった。あの怪物が擬態の一部として、運転手を装うために、死体を固定していたのだ。あの、現場で見つけたねばねば。あれを接着剤代わりにして。
「……ご苦労だった。諸君、改めてこの怪物の退治を依頼する事になると思う。その時には、よろしく頼むよ」
怪物の存在の恐ろしさを知りつつ、捨石は皆へと言葉をかけた。