見舞。
今回の依頼参加者とともに、渦中の人たちである「ガール・ミーツ・ガール(GMG)」の三人、火遊いつみ、大田鉢小鳥、サリー・フーバーもまた、馬場聡子の見舞いに赴いていたが。
「……あまり良い状況とは、言えないようですね」
見舞いを提案した一人、城前 陸(
jb8739)が見る限り、状況は芳しいものではなかった。
医師が言うには、再び意識を失った、というのだ。念のため、現在は集中治療室に移されている。
ただ、聡子はかなり体に「負担」と「疲労」とを蓄積していた。今回の事で、彼女は半ば無茶なスケジュールを強行していたのが、こうやって体に出てしまったらしい。
「……だ、大丈夫ですよ。ほら、あの聡子さんですよ? どうせすぐ『実は起きてました』とか言って……起き出して……きますよ……」秘書の緋勇逸子が場を和ませようとしたが、その試みは失敗した。
「……聡子さんには、色々とお世話になりました」鶯美 まろ(
jb3838)が、静かに、しかし力強さを感じさせる声で言う。まるで、陰鬱とした空気を吹き飛ばさんとするかのように。
「だから、僕は……今度の皆さんと、このイベントを絶対に成功させたい……いや、成功させます! それが聡子さんに対して、僕らがすべき事! でしょう!?」
「ええ……そうですよね。私らがこんなに落ち込んでたら、成功するものもしません」指宿 瑠璃(
jb5401)が、その言葉にうなずいた。
「まったくだ。落ち込んでる暇があったら、イベント成功させるために実行した方が、はるかにましってものだしな」稲葉 奈津(
jb5860)もまた、深呼吸しつつ……気を引き締めるかのように、表情を変えた。
「僕は、彼女や君たちのことは良く知らない。けど……」エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)、今回初参加の少年が、落ち込んだ様子のいつみたちへと視線を向けつつ、言い放った。
「彼女が退院した時、笑顔になるような舞台を作らなきゃあならない。そのためには……アイドルの皆には、笑顔でいてくれなきゃあね」
見舞後。
逸子は、近くの食事処に予約を取っていた。
「…………」
個室にて松花堂弁当を頼み……言葉少なに、皆は食事を口に運んでいた。
「……あ、小鳥さん。肉、あげますよ。お好きでしょ?」
「ありがとうございます。瑠璃さん優しいなあ、ほんと……どっかの誰かとは大違い」
「それって、誰の事よ」
「さあ? ヒスばっかの誰かかも〜」
「………!」
バンッ!
「!?」
いつみが、箸を卓上に叩き付ける。その音に、その場が騒然となった。
「……なによ。私だって、一生懸命……色々とやってるのに! いつもあなたたちは、莫迦にして!」
「……そっちこそ、偉そうに! 何様のつもりよ!」
「コトリ、ダメ!」
そこで逸子が、何かを言おうとするが、奈津がそっと彼女の肩に手をやり……ともに席から立った。
「……悪い、いつみちゃん。ちょっと逸子さんと打ち合わせあったの思い出したから」そう言うと、奈津は逸子とともに隣の部屋に。二人を追い、睦もまた席を立った。
「……ごちそうさま。ちょっと腹ごなしに、そのあたりを走ってくるよ」
エイルズレトラもまた、自分の分の食事を食べ終え、その場から消えた。
「家にメール……」
「僕も、電話しなきゃ」
自身の携帯を手にしつつ、瑠璃と鶯美も部屋を出ていくと……。
その場には、いつみ、小鳥、サリーの三人が残された。
「「……!」」「「………!」」
「……やっぱり、ケンカしてるわね」
少女たち、ないしはその二人の声が聞こえてくる。
その様子をふすま一枚ごしに、奈津は、他の皆は、その場で聞いていた。
「でも……こうやって互いに言いたい事を全部ぶちまけて、わだかまりのないようにしなくちゃ……」と、瑠璃。
わざわざこうやって食堂の個室を予約したのも、それが目的。そして……こうやって当人同士で話し合いさせる事も、当初からの目的。
「……おや?」
しかし、聞き耳を立てていた睦が、疑問の声をあげるとともに……。
パンっと、頬をはたく音が、「二度」した。
ふすまをそっと、わずかに開いたところ。そこに見えたのは……おそらく頬をはたかれた、いつみと小鳥の姿。そして、頬をはたいた人物は……サリー。
「Cut it out!(いい加減にして!) サトコは……今、死にそう! なのに、ケンカする時、違う!」
サリーに言われ、二人はさすがに言葉を失っていた。
「サトコ、大事! なら、彼女の期待、応える! それより、ケンカの方、大事? Answer my question!(私の質問に答えなさいよ!)」
「……まあ、確かに不真面目なとこはあったわ。それは、認める」小鳥が、先に折れた。
「……私も、ちょっと考えが固すぎるとこがあったかもしれないわね。それはこっちも、認めるわ」それに続き、いつみも。
「なら、仲直り。できるわよね? 日本のコトワザの、雨降って……雨降って……えっと?」
「「地、固まる」」
二人が同時に答えた。それを見ていた撃退士たちも、それに同意していた。
「……どうやら、こちらの問題は解決しそうですね」同意しつつ、鶯美は確信がこもった口調でつぶやいた。
食事の後。
その足で、逸子とともにレッスン場に向かった一同は、今日の分のダンスレッスンを開始。
そんな事があり、そして、数日後。
「はーい、押さないでくださいねー。はいっ、風船どうぞ」
イベント当日。商店街内の青空市場・広場にて。
タキシードにカボチャマスク姿のエイルズレトラが、訪れた親子連れに風船を手渡す姿があった。
「はい、こちら商品です。ありがとうございましたー……はい、少々お待ちください」
そして舞台裏では。
「……白菜、終わりましたー」
鶯美が、直前に終わった『野菜の大きさ比べ大会』の、巨大野菜の片付けを行っていた。
「じゃ、次はジャガイモとカボチャをお願いします。それが終わったら、舞台の方をお願いしますね」
「はい! 任せて下さい!」
裏方仕事は大変だが、表に出ている三人はもっと大変。鶯美はそう考えつつ、重いジャガイモの袋に取り掛かった。
同じ頃、イベント会場の舞台上では。
「……はいっ、……えーと、というわけで第一位、カレー屋『にこまき』のスープカレーでした」
「いやー、『ご当地B級グルメベストテン』。どれもおいしそうでしたねー。サリーちゃんはどれが好き?」
「ナンバー2の『海鮮・花陽屋』の、海鮮オヤコドン! あんなにサーモンとイクラがいっぱいなの、見たことナイ!」
GMG……「ガール・ミーツ・ガール」のアイドル三人が、イベントの進行を手伝っていた。
「……うーん、思ったよりかはスムーズにやれてるわね。いつみさんはちょっと……いや、かなり危なっかしいけど」
三人の様子を見て、瑠璃はちょっと不安を。
ビジュアルは良い。大人っぽいいつみ、元気少女な小鳥、そして小さく金髪のサリー。髪形も、セミロング・ショート、ツインテールと、図ったように異なっている。
後は、彼女たち次第。そしてその出番が、刻一刻と近づいてきていた。
「そろそろ出番よ。大丈夫?」
奈津がいつみに声をかけるが、なかなか返答は来ない。
「だ、だひ……だい、じょうぶ……よ……たぶん……一人で舞台にたつなんて、大丈夫……よね?」
ようやく帰ってきた返答は、まさに「ガクブル」を声で再現したかのよう。
全ての準備が整い、皆の前に、主役として初めてその姿を現す。その数分前。
舞台に続く楽屋裏にて、三人は緊張に固くなっていた。
「小鳥さんとサリーさんは、いかがですか?」
睦に声をかけられた小鳥だが、
「だ、大丈夫ですよー。お、おつちいて……じゃあなくて、おちついてます……」
「………アイアムガイジン! ナットウモ、タベラレマスーノヨー」
同じく緊張してるサリーは、緊張のあまりに高揚し、意味不明な言葉を発している。
そんな彼女たちを見て、鶯美とエイルズレトラが舞台そでから外を見つつつぶやいた。
「それにしても……思ったより入ってますね」
「ま、三人とも美少女。そしてきれいでかわいいものは、誰もが好むからね。……そろそろ、時間じゃないかな?」
エイルズレトラの言葉が終わり、アナウンスが。
『……それでは、次はアイドルコンサートです。商店街のために立ち上がった、三人の少女たち! 皆さん、拍手でお願いします。『ガール・ミーツ・ガール』!』
パチパチパチと、拍手が鳴り響く。それにつれ、三人の緊張もピークに……。
が、
ぽんっと、三人の肩を叩く者が。
「一人だけじゃ……ううん、三人だけじゃ、ないですよ?」瑠璃が声をかけたのだ。
「え?」
「私たちも、バックダンサーとして一緒に立ってます。それに……商店街の皆さん、いつみさんのお母さん、何より……きっかけを作ってくれた、聡子さん。みんなで一緒に、この舞台に立つんです。だから……」
みなさんは、みんなと一緒に立つんです。一人じゃ、ありません!
瑠璃のその言葉。それが……いつみの、小鳥の、サリーの胸に。
大きく、響いた。
「……皆さん、改めましてこんにちは。『ガール・ミーツ・ガール』。火遊いつみです」
「同じく、大田鉢小鳥です」
「ハァイ、ワタシは、サリー・フーバーです」
拍手とともに、舞台に立った三人。いつみはマイクを通して、……最初はためらいがちに、そして徐々に強く、はっきりと言葉を放っていった。
「……今日のこの日、私たちの事を見てくれる女の子が、来てくれるはずでした。わけあって来られないんですが、その子に私たちは……伝えたい言葉があります」
「それは……『ありがとう』」
いつみに続き、小鳥が、
「それから……『ワタシたちを、見てて』、です」
そしてサリーが、締めくくった。
「……私たちを導いてくれた、大切なあの友達に、この歌を捧げます。聞いて下さい……『ガールズ・ブラストオフ』!」
いつみさん、頑張って!
瑠璃は数名のバックダンサーとともに、三人の後ろに広がった。
彼女たちは、逸子が用意してくれたダンサー。そのうち一人は、逸子その人。
音楽が鳴り響き、ダンサーが踊り出す。そして……歌が始まった。
いつみ「ただ空を見上げるだけ、虚ろだった昨日
ただ夢を思うだけ、今日のこの時までは」
いつみの歌声が響き、くるりと回って……小鳥とサリーとが前に出る。
小鳥 「勝ってみせるよ、諦めるココロに。夢という名の装備、その身にまとい」
サリー「キボウ燃料、注入・満タン! 皆が一緒なら、信じられるよ……」
三人 「……未来!」
小鳥とサリーのソロパートとともに、三人が声を合わせる。
三人 「さぁ私たちの、乙女の戦争(たたかい)、はじめよう!」
いつみ「夢への発射台(ステージ)、ともに降り立って」
自身のソロパートにて、いつみは大きく手を広げる。それに合わせ、瑠璃と逸子、バックダンサーたちは激しく踊り、広がった。
三人 「さぁ私たちの、夢のロケット、打ち上げよう!」
いつみ「明日への情熱、ともに爆発させて」
いつみの動きとともにバックダンサーたちは、爆発し広がっていく煙のように周囲を踊り、舞う。
サリー「Countdownはもう完了」
小鳥 「全力発進、Girls go!」
歌に合わせ、発射したロケットが、宇宙めがけて飛んでいくように……手を振り上げ……。
三人 「同じ夢目指せるのなら Can blast off together!」
歌が終わり、そして……。
会場には歓声と……拍手がわきあがった。
いつみさん、できたじゃない!
歌い終わって、歓声を受けた三人を見つつ……瑠璃は強い満足感を覚えていた。
そしてそれは、舞台の周りで動いている皆も同じ。
睦は彼女たち、「ガール・ミーツ・ガール」の様子をビデオで撮り、カメラでベストショットを写しつつ……そのパフォーマンスを見終えて、うなずいていた。
「素敵よ、いつみさん、皆さん!」
思わず、いっぱい拍手を。MCをするように提案した自分の考えが予想以上にうまくいき、嬉しさもひとしお。そしてひとしきり拍手し終わった後……再び、動画と写真とを取り始めた。
彼女たちの魅力、彼女たちの微笑みを……余すことなく保存しなきゃ!
「……うん、いい感じ! さ、次は……手拍子とコールで盛り上げるわよ!」
奈津もまた、次の曲へと心を馳せた。今回、あくまでもイベントの一環という事なので、この歌を入れて三〜四曲だけ……と、決めていたが。
彼女は見てみたくなった。彼女たちがちゃんと、コンサート会場でもっと多くの歌を歌い踊るところを。
「かっこいいね、皆さん」
カボチャのマスク越しに、歓声に囲まれたGMGを見たエイルズレトラは、静かにうなずきつぶやいた。
「はい、すごく……すごく……」
鶯美もまた、それに同意したかった。何か言葉を発したいが、それが出てこない。
「すごく……スゴイです!」
二曲目を聞きながら、彼はようやくその言葉を絞り出した。
「はい、『ガール・ミーツ・ガール』のみなさんでした〜! それでは次に……」
全てを歌い終え、舞台裏に戻ってきたGMGの三人。そしてバックダンサーたち。
「みなさん、お疲れ様〜。いつみさん、上手くやれてたわよ!」逸子が声をかける。
「そ、そう……?」
「ええ! 後ろで一緒に踊ってて、感動したわ!」
本気で感動したとばかりに、瑠璃はいつみの手を取り、ぶんぶんと上下に振っていた。彼女は、GMGが振り付けや歌詞を忘れた時のために、フォローする事も考えていたのだが……結果としてそんな必要は、全く無かったのだ。
「……わたしも、感動しましたよ」
「……え?」
いつみの耳に、声が聞こえた。
声の主が、鶯美に手を取られ、いつみと、小鳥とサリーの前に歩み寄る。彼女は、右腕を三角巾で吊っていた。
「あ……あの……」
「サトコ……なの……?」
「はい、感動的な場面でわたし、参上! ……病院で寝てるのに飽きたもんだから、すっ飛んできました」
実際のところは、目覚めたらすぐ、そのまま無理やり病院を抜け出してきたらしいが。
「逸子さん、瑠璃さん、奈津さん。鶯美さん、睦さん、それに……エイルズレトラさん。それから……」
左手で、流れ落ちた涙を拭きつつ……GMGに向き直る。
「サリーさん、小鳥さん。なにより……いつみさん……」
微笑みながら、聡子は言った。
「……ありがとう、ございます。みんな、最高です!」
「というわけで、今度はスクールアイドルしましょうよ!」
数日後。学校の部室で聡子は新たな提案を。
「しません! ……商店街のアイドルで、いいじゃない……」
「……とか言いつつ、興味あるいつみ先輩でした」
「だからそういうナレーション入れないの小鳥さん! ……サリーさんも、ポーズ決めない!」
「うーん、スクールアイドルもイイと思うよ? 日本の制服、キュートだし」
なぜか皆のやる気がアップしてるのを見て、それにどこか心躍るいつみであった。