「では皆様。自己紹介をお願いします」
『スーパーひゆう』の会議室にて。
火遊市恵・いつみとともに、馬場聡子は今回の依頼を受けた四人と顔合わせしていた。
「初めまして! 僕は……ええっと……鶯美 まろ(
jb3838)といいます。よろしく、お願いします!」
「はい、緊張してらっしゃるようですが、大丈夫。いつみさんのように他者を威圧し威嚇してないぶん、好感度株は上場してますよ」
「だれが威圧してるですって!」
「あ、あの、その……指宿 瑠璃(
jb5401)です。今回は……頑張り、ます……」
自信なさげに、おどおどとした口調の少女が次に挨拶を。
「おおっと、黒髪美少女発見! うーむ、これは中々スバらしいですね、頼りにならんいつみさんの代わりに、メンバーになってくれてもいいくらいに」
「頼りにならなくて悪かったわね!」
「そうねえ、いつみよりアイドル映えしそうね。ええと……アイドル好きなのかしら? なら、うちのいつみにアイドルの何たるかを叩き込んでくださいね」
「は、はい! 私の持つ知識を全部使って、頑張ります!」
市恵の言葉に、瑠璃は人が変わったかのように張り切った声で返答。
「私は稲葉 奈津(
jb5860)。気合入れて、アイドルがんばりましょう!」
「これはこれは、なかなか女子力高そうなお方ですねえ。はい、こちらこそよろしくお願いします」
「ええ。なんだか頼もしいわ、大船に乗ったつもりで、お願いしちゃおうかしら」
聡子と市恵は、奈津の外見に目を奪われる。
「ふふ、お祭りみたいで楽しいですね」
最後の一人が、その様子に微笑んだ。
「まったく、馬場さんもお母さんも……。ごめんなさいね、騒がしくて」
「いえいえ。あ、申し遅れましたが、私は城前 陸(
jb8739)と申します。以後、お見知りおきを」
白い肌と、前髪長めのボブカット。そんな彼女……陸に見つめられ、いつみはどこか照れ臭さを感じていた。
「それでは、改めまして。みなさん、よろしくお願いします」
聡子の言葉に、皆は一礼した。
「悪いが、そんなに金は出せないな。土下座? やめてくれ、土下座すれば契約とれるとでも思ってるのか?」
商店街の、オーガニック食材で作るドーナツ屋店舗の主人はかぶりをふっていた。
「……少しで構いません。どうか、考えてはくれませんか?」
「ま、善処しましょう」
これで、6件目。
現在のところ、取れた契約は、0件。スポンサーになる事のメリットも説明し、地域復興・振興や、計画に関わる人たちの事を説明し、情に訴えかけ。時には土下座してみた。
が、その結果。思惑とは別方向に動き、結果的に契約を取るどころか、「もう来ないでくれ」とまで言われてしまった。
「どうしました? 元気が無いようですが」
商店街から離れた場所の、公園のベンチ。そこで座っていた鶯美は、後ろから聡子に声をかけられた。
「あ、馬場さん。実は……」
「ふむふむ……要は契約が取れなくて困っちゃった、と」
「ええ。弱気になっちゃだめだと思い、絶対に契約を取ろうと思ったのですが……」
「まあ、そうでしょうね。今のままじゃちょっと、契約取るのは難しいかなと思いますよ」
「え?」
「スポンサーになるって事は、要は『金出せ』って事ですからね。いくら地域のためとか、人間たちの情に訴えかけたりとかしても、なかなか他人の財布のひもは緩まんものですよ」
「じゃあ、どうすれば……」
「とりあえず、今まで何件回られました? 6件? 場所は? ……では、いっしょに行ってみましょう」
そして、聡子と再び、同じドーナツ店に。
「またあんたか。……おや、そっちは馬場精肉店の?」
「はい。実はちょっと、耳よりのお話がありましてね……」
しばらくの間、歓談する聡子とドーナツ屋。
「……なんだって? あの添加物てんこもりのドーナツ屋が、アイドル使ってさらに儲ける予定だと!?」
「あくまで、そういう噂を聞いただけです。まあ、客側からしたら、アイドル使って目立つ方に金を落とすものですしね」
「許さん! うちの方が品質も味も上のはず! よし、あんた! うちもスポンサーになるぞ! いくら出せばいい!?」
事後。
「あの、聡子さん。さっきの、別のドーナツ屋がアイドル使うって話、本当なんですか?」
「ええ、去年の話ですが。採算が合わないので中止したそうです」
「……いいんでしょうか。こんな事で」
「まあ、あの店。見栄っ張りで『最近は添加物ばかりだ、そもそも若いのが云々』と、ちょいと威張りたがりのとこがありますからね。それに、嘘は言ってません」
そして、と、聡子は付け加えた。
「人は情だけでなく、欲でも動くものです。あなたの誠実さ、一生懸命さは美徳ですが、もうちょいとだけ気楽で良いと思いますよ?」
同じ頃。
陸はイベント会場へと赴き、その責任者・坂本と話し合いをしていた。
「青空市場は、もう埋まってるんだがねえ」
「ええ。なので……こちらからも提案したいのです。『既に入っている、イベントの一環』として、参加させてもらえないでしょうか?」
陸の言葉に、坂本は考え込む。
「ふむ……『新春マジックショー』を早めにして、『素人カラオケ大会』を別の会場でやれば、やってやれんことは無いが……」
「ここで、商店街アイドルを周知させ、それが人気が出れば……この商店街が聖地になります。となると、アイドル目当てで聖地巡礼が行われる可能性は高いです」
「そいつは、TVで見た事があるぞ。うちもゆるキャラ作ってアピールしようと思ってたが、今からデザインだの着ぐるみ製作だのは難しいし面倒でなあ」
「アイドルの衣装やコンサート、その他は皆『スーパーひゆう』と『テキサス』で製作します。ここで、お客の目をより引くようにできれば、地域活性化は間違いありません」
「まあ、良いことづくめなのは結構だが……町内会長や、その他イベントの主催委員会とも話を付けなければならんしなあ」
「それでしたら、町内会長からは一筆頂いています」
陸が取り出した封筒と、中の推薦状。それを目にした坂本は……うなずいた。
「……いいでしょう。ここまで話が進んでいるなら、この場で承諾するわけにはいかんが、その……商店街のアイドルさんの活躍する場を提供するように努めましょう。後日、もう一度来ていただけますか?」
町内会長とともに、イベントの運営団体とともに、予定および内容の話し合いの場をもちたい。そのうえで、決定かどうかを決める……。坂本からは、そう約束を取り付けた。
「ありがとうございます! 決して、後悔はさせません!」
「ワン・ツー、ワン・ツー……ポーズ、悪くないじゃないですか」
手を叩きつつ、瑠璃は言う。
「そ、そうですか? わたし、どうもこういうダンスはちょっとね」瑠璃の言葉に、小鳥は答えていた。
「いやいや、そんな事ないですよ。あのスクールアイドル『Qs』の帆乃ちゃんみたいです」
「いやー、わたしは海子ちゃんと小鳩ちゃんかなーっと。それにユリチのソロダンスなら、動画サイトに『踊ってみた』で送った事はあるんですけどね」
商店街近くのとあるスタジオ。そこでは小鳥とサリーと一緒に、瑠璃がダンスの指導をしていた。
といっても、当初は「アイドルのお話するだけでもいいから」と呼び出してみたのだが。
二人はちょっと躊躇したものの、すぐに同じくアイドル好きとして打ち解けた。で、実際にアイドルの歌や動きを見てみたい……というので頼み込んだ結果。
コスプレが趣味なだけあって、小鳥の決めポーズは結構見られる。しかし、そこに至るまでの動きが、あまり良くない。
そして、サリーはその逆と言えた。
「じゃ、次はサリーさん。ちょっと踊ってみて下さい」
「あ、ハイ!」
こちらは、動きは良い。なんでもアメリカでは、実家に居た時にバレエのコーチを受けて、基本的な動きは7歳くらいまでにマスターしていたという。
が、こちらは決めポーズが決まらない。なんとなく、自信が無さげ……と言った感があるのだ。
「どうしました? 疲れました?」
「NO! ゼンゼン、ノープロブレム!」
サリーはそう答えて、にこっと笑う。
「でも、サリーさんのダンスすごいですよ。これだけ技術があるんなら、サリーさんなら大丈夫です。私が保証しますよ」
「けど……ワタシのダンス、あまり……クールじゃナイ。こんなの……誰も、見たくないヨ」
しかし、すぐに顔を曇らせてしまった。
「何が、不安なんですか?」
それでも瑠璃は、辛抱強く尋ねる。
「だって、ワタシ……地味、だし。アイドルするんなら、もっとチアリーダーみたいな、華やかな子の方が……」
確かに、サリーの見た目はやや地味め。でも、そんな地味なところに、飾らぬ魅力が感じられるのも事実。
「私は、そんな地味なところも、魅力に見えますよ?」
思った事を、正直に、素直に……瑠璃は言った。
「え?」
「華やかさだけが、アイドルじゃありません。むしろ、素直に自分を出すサリーさんは、十分魅力的ですし、十分に商店街のアイドルの素質あると思いますよ?」
「……Really?(本当に?)」
それに、しっかりとうなずく瑠璃。
が、そこへ。
『もしもし、瑠璃? ちょっと来てくれないかしら』
奈津から、携帯に連絡が入った。
「でぇ〜きた♪ 見て、アイドルの貴方の顔だよ」
「……これが、私?」
「ええ。小鳥ちゃんやサリーちゃんに全然引けをとってない、美人さんよ」
「……でも、見た目ばかりが整っても、わたしじゃ……」
奈津といつみは、「スーパーひゆう」の近くにある喫茶店「珈琲天国」にいた。奈津がスポンサー依頼の交渉に赴き、見事に契約を取れたのだ。
そして一休みするとともに、奈津はいつみに交渉していた。ぜひアイドルとして活躍してほしいと。
外見がイマイチと言うのでメイクしてみた。見たところ、本人は気に入ってくれたようだ。
しかし、それと裏腹に本人は、
「でも……馬場さんやお母さんも言ってたように、わたしじゃ……。人に見られてると思うと、つい緊張して、ダンスも、歌も、上手くやれないで失敗しちゃうのは事実。人前にでてそんなになってしまうんなら、アイドルなんて……」
「そんな事はありません!」
いつみがそこまで言ったところで、駆け込んできた者がいた。
「え……瑠璃さん?」
「そ、私が呼んだのよ」と、奈津。
「ええ、呼ばれました。ところでいつみさん」
瑠璃はいつみに近づくと、その両手を「ガッ」とつかんだ。
「あなた、センターしてください。いや、すべきです!」
「え……えええっ!?」
混乱するいつみを無視し、瑠璃は言葉をつづける。
「緊張すると歌もダンスもうまくやれず失敗する、とのことですが、そういう人こそセンターにふさわしいです」
「な、何を言ってるのよ。失敗するような人が、中心で目立つセンターになんて……」
「いいえ。危うく感じてしまう人ほど、ファンの人たちは『支えてあげなきゃ!』って気持ちになるんです! いつみさん、あなたこそセンターになるべきです! いちばんセンターにふさわしいです!」
「そうですよ、いつみさん」
そこには、鶯美とともに聡子が。
「わたしに『豚は木に登れません。絶対不可能』と言われて、悔しくないんですか? 悔しいでしょう? わたしの鼻を明かしてみてくださいよ。あなたはいつも、そういう逆転力があるんですから」
「いつみさん」と、聡子に続き鶯美も言う。
「僕も、契約は取れませんでした。けど、聡子さんに言われてがんばったら、契約が10以上取れたんですよ。僕にもできたんです、いつみさんにだって、きっとできますよ!」
「…………」
しかし、まだいつみは迷っていた。迷っている様子だった。
彼女が考え込んでいるその時、カランカランと扉が開く音が。
「……いつみさん、私からも一言よろしいですか?」
陸が、店に入ってきた。
「商店街の活性化のためなら、商店街のことをよく知っていて紹介できる方が必要です……いつみさん、適任だと思うのですけど」
「でも……いくら危うくても、ダンスも歌もできないわたしじゃ……」
「まだ、時間はある。だから早く練習はじめれば、上手くなる。早ければ早いほど良い。でしょ?」
奈津の言葉に、皆がうなずいた。
「それに」奈津は言葉を続ける。
「それに、メイクは力を与えてくれる。見た目が変われば、自信もわいてきちゃうわよ♪ 現にいま、あなた何度も鏡見てるしね」
実際、そうだった。いつみは何度も、迷うようにメイクされた自分の顔を見ては視線をそらし、また鏡を見る……の繰り返し。
「……本当に……みなさんどうかしてますよ」
憎まれ口を叩くも、その顔は明らかに嬉しそう。
「わかりました、皆さんの言葉に乗ってあげます。そのかわり……何が起こっても、責任持ちませんからね?」
そんな事を言ったいつみを、皆は微笑みとともに迎え入れた。
「さて。中間報告です。まあ、結論から言うと、報告すべきことが『三つ』あります」
三日後。
皆を集め、聡子は報告していた。
「まずは、鶯美さん、奈津さんのおかげで、スポンサーは取れて資金も十分に集まりましたよ。ありがとうございました」
拍手の後に、二つ目の報告。
「二つ目は、イベント当日に青空市場の会場で、イベントの一環として商店街アイドルの参加が決定しました。アイドル衣装のまま、その後のイベントのお手伝いする事も検討してる、との事です。これは陸さんの交渉のおかげですね。ありがとうございました」
そして、三つ目。
「瑠璃さんの説得のおかげで、いつみさん、小鳥さん、サリーさんは、アイドルユニットを組む事を正式に受諾してくれました。ありがとうございます」
ちなみに聡子は、瑠璃とともにバックダンサーとして、メンバーに参加し、協力するとの事。
「さて、あとは当日に向けて頑張るだけですね。宣伝もこれから本格的に行いますし……当日に向けて、頑張らなければ」
既に地域の奥様ネットワークを用い、宣伝は行われ始めている。聡子には母親がいないためにできなかったものの、いつみの母親・市恵は既に行っている。
「おおっと。肝心な事を伝え忘れてました。アイドルのグループ名は、こちらです」
聡子はホワイトボードに、名前を書き出す。
「女の子が、いろんな女の子に、いろんな人々に出会い、より素敵になれるように……そんな気持ちを込めて、こういう名前にしてみました」
『ガール・ミーツ・ガール(略称G・M・G)』
「……いかがでしょう? ちなみに、ウチやサリーさんの実家が肉屋って事から、『肉(meat)』と『出会う(meet)』とも引っかけてます。ここ重要ね」
ま、まだ決定ではないので、変更もありえますが。聡子はそう付け加えた。
「ともかく、ひと段落はつきましたが、これからが本番です。皆さん、気を引き締めていきましょう!」
聡子の締めくくりの言葉に、皆は気をあらたにした。