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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/07


みんなの思い出



オープニング

 病院。
 集中治療室にて、重助はかろうじて生きていた。その見舞いを終えると、霧島刑事は美亜の元へ。
 美亜が今居るのは、撃退庁が管轄としている避難所。天魔に狙われた一般人を保護するため、堅牢かつ難攻不落な作りになっていた。あのリョウメンスクナが正面から攻撃しても、耐えられるだろう……数分間くらいは。
「……行ってきましたよ。お父さんの様態は安定してます」
 そう言った霧島だが……美亜は首を振った。
「嘘が下手ですね。刑事さん、父はもう……長くないんでしょう?」
 実際のところは、その通りだった。怪物に負わされた怪我もそうだが、それだけではなく……若い頃からの無茶が、彼の身体には蓄積されていたのだ。
 本来なら、重助もここに運びたかった。が、彼は動かせない。もし無理に動かしたら、それだけで確実に死ぬ。そんな状況だった。
 美亜の本心は、重助の近くにいてやりたかったが……自分が病院に居ると、おそらく怪物が必ずやってきて、病院を破壊してしまうだろう。病院の職員や患者を、危険な目に遭わせたくないため、美亜は今、ここに避難していたのだ。
「……彼から、話は伺いました。あの怪物は、おそらく……」
 言いよどむ霧島の言葉を、美亜は自分で口にした。
「はい。あれの正体は……孝一兄さんと、賢治さん。そうなんでしょう?」
 あれを目撃してから、なんとなくではあったが……美亜は気付いていたという。そして……語り始めた。

 その後。深夜。重助の様態が急変。最後の瞬間を看取るためにと、霧島や護衛を伴った美亜は病院へと赴く。
 だが、病室で重助を看ていたその時。壁をぶちぬき、美亜をつかんだ巨大な手が。
 夜中で吹雪も手伝い、気絶した美亜と、「巨大な手」は……行方不明。そして、重助は美亜を奪われたその様子を見て、息を引き取った。
 ……今際の際に霧島刑事へと、撃退士たちへの依頼の言葉を残して。

「修復した、苗代孝一のメモ。発見した、来島賢治が作ったブログ、そして……苗代重助氏と美亜嬢の口から語られた事実。それらの情報を合わせる事で、『背景』が明らかになった」
 撃退庁。君たちへと、霧島刑事は語り始めた。

 かつて、苗代家は裕福な地主だった。晩婚だった地主夫婦の間に生まれた一人息子……重助はわがままになり、両親の死後も好き勝手な事を繰り返すように。それでも、そんな重助を慕っている幼馴染がいた。重助は彼女と結婚し、二児をもうける。
 重助はそれでも、態度を改める事はしなかった。就いた仕事もうまくいかず、周囲の人間とも折り合いが悪く、次第に飲んだくれて……暴力ばかりを振るう最低の父親に変貌してしまった。
 妻はそれでも夫を信じ、自分が働きに出る事に。しかし、重助がこしらえた借金返済のために、無理をした結果……仕事先で倒れてしまったのだ。
 そのまま、帰らぬ人となった妻を見て……重助は今度こそ反省した。自分が今まで放置してきた考一と美亜を、立派に育て上げようと。それをもって、妻への贖罪としようと。
 家屋敷を売り払い、借金を返済。家財道具や屋敷に残されていた膨大な骨董品を元手に、骨董品店を始め……それは軌道に乗った。

 しかし……息子、孝一はそんな父親を憎んでいた。母親を死なせたくせに、自分は反省したつもりになって、のうのうと生きるつもりなのか? と。
 やがて、孝一は父親へのあてつけから不良めいた事をし始め、来島賢治と出会う。
 賢治もまた、愛情のない家庭で、頻繁に家庭内暴力にさらされ、ひねくれ、不良の道へ。
 だが、身勝手ではあったが、その身勝手さと周囲への憎悪の元は、心の奥底に秘めた寂しさ。認めてもらいたい愛情に飢えていた事を、美亜は感じ取っていた。
 そんな賢治に、美亜は惹かれたが……。何かと乱暴ばかりして、自分の事をより良く見せる虚栄心の強さに辟易し、交際は長く続かなかった。
 賢治の方は、本気で美亜を気に入り、いつかは絶対にモノにする……と豪語。そして彼は、孝一を親友として慕っていた。

 やがて孝一と賢治の二人は、家出をする事に。
 それが二年前。二人が高校二年生の時。学校をさぼった事を咎めた重助に反発し、孝一は家出。賢治も同じく家出し……その後、田村銀次をボスとする泥棒集団に拾われる。そのまま下働きをしつつ、ずるずると犯罪者の道をひた走り。気付くと、抜け出せなくなっていた。
 それでも孝一は、美亜の事が気がかりだった。何より、ろくでなしだった自分の父親と同じになった自分を嘆いていた。美亜の誇れる兄でいたかったのに、軽蔑する父親と同じになってしまった自分が、憎らしく情けなかった。
 三か月前。足を洗おうと決意した孝一は、泥棒たちの元から逃げ出そうとしたが……銀次に見つかってしまった。半殺しにされた後に、証拠隠滅も兼ね、彼は火のついた倉庫に放置。その際、彼をかばった賢治も殴られ、縛られ、一緒に火の中に残されるはめに。

 二人は死ななかった。なんとか炎の中から逃げ出し、近くの山へと逃げた。しかしそこには……悪魔が居た。悪魔が、ディアボロを作り出す場所だった。
 こうして二人は……リョウメンスクナになった。
 
「……あとは、皆さんも体験した通りです。そして……苗代美亜嬢は……父親を看取ろうとして、怪物と化した『奴』……いや、『奴ら』に捕まってしまいました」
 すぐに護衛の何人かが、彼女を取り戻そうと動いたが。
「無駄でした。屈強な男十人が赤子扱いされ、全く戦いになりませんでした。大口径の拳銃を打ち込む者も居ましたが……」
 彼はパンチをまともに受けて、全身を骨折。病院送りに。他の護衛ともども、今も意識を戻さない。
「……重助氏は、死の間際に言っていました。『あの思い出の公園に、二人が生まれてすぐに、家族で行った公園に、また行きたい。そして、やり直したい』……と」
 無念さが、霧島刑事の表情から伝わってきた。彼もまた利き腕を折ったらしく、三角巾で吊っている。おそらく美亜を取り戻さんと戦いを挑み、負傷したのだろう。
「苗代家の、思い出の公園は、すぐに見つかりました。そして……その近くで、巨大な足跡と、美亜嬢が身に着けていたお守り袋が落ちているのも、見つかりました」
 そこは、自然公園。小高い山と森林とが広がるそこは、ハイキングコースが常設し、今も利用する者がいる。その山の山頂部に、開けた小さな広場。二人の子供が幼稚園くらいになるまで、重助は妻をともないそこに行ったという。
「……おそらく、その付近に……リョウメンスクナは潜んでいるのでしょう。どうか……あれを倒し、『三人を』救ってくれないでしょうか」
 彼もまた、紅林刑事……自分の部下を間接的に殺されている。しかし、警察では歯が立たない。彼の無念さが、君たちにも伝わってくる。

 君たちへと、霧島刑事は頭を下げ、依頼した。
 そして、悟った。今度のこの依頼が、リョウメンスクナの最後の事件になるだろう、と。

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リプレイ本文

「…………」
 沈黙とともに、佐藤 としお(ja2489)は公園内を捜索していた。
 公園は、山腹に続くハイキングコースに、麓のキャンプ場、およびログハウスと、自然の魅力を満喫できる作りになっていた。冬の、雪が厳しい時期には閉鎖されており、現在はその閉鎖期間中。
「どうした?」
 一緒に探索している天城 空我(jb1499)が問いかけた。
「あ、いや。何でもないですよ」
 しかし、本当のところは、何でも「ない」わけでなく。
 なんでも「あった」。
 リョウメンスクナ。二人の人間から生み出された天魔。
 最初に対面した時に伝わってきた「怖気」。あの理由が分かったような気がした。
 そして……今まで、いささか呑気に構えていたのは否めないが、それでも油断はしてなかった。
 していなかったのに……自分たちの攻撃は通じなかった。
 美亜さんが近くにいると、無力化するかもしれない。しかし、無力化しなかったら?
「……佐藤殿。ひとつ……言わせてもらえるか」
 沈黙を、空我が破った。
「自分は、かの敵と相対してはいない。故に、こういう事を言えるのかもしれぬが。自分が報告書を呼んだ限りでは、佐藤殿や他の皆には、決して油断や落ち度があったとは思えぬ。もしも……己が行動に何やら落ち度を感じておられるのなら、それは杞憂だと心得られよ」
 空我の言葉は、佐藤の落ち込みとともに……停滞した気持ち、空気を払拭した。
「……ありがとう、ございます。それじゃ、さくさくっと見つけちゃいましょうか!」

 ハイキングコース内の、ないしはそこに多数存在する洞窟。佐藤と空我とがそこを探索している最中。
 中津 謳華(ja4212)は桃香 椿(jb6036)とともに、別の場所……キャンプ場の客が宿泊する、ログハウスが建っている場所を探索していた。
 思った以上にログハウスの数は多く、探すのは一苦労しそうだ。
「あんのクソッタレが」と、椿はぶつくさつぶやいていた。
 前回、彼女はリョウメンスクナに校舎へ叩き付けられ、重傷を負わされたのだ。
「傷跡でも残ってお嫁にいかれへんごとなったら、どない責任とるっちゅうねん!」
 しかし、中津もまたそのムカつきには、ある程度の同意はしていた。己の力を過信しているわけではないが……自分の一撃がまったく通用しなかった事から、再戦し、己の手で倒したいという思いを抱いてはいる。
 が、認めねばならないだろう。「奴」はおそらく、何度正面からぶつかったところで、勝てる相手ではない。
 それに、勝手な動きは出来ない。美亜……リョウメンスクナの攻略には、彼女の存在が必要不可欠。彼女を探し出し、説得できねば。……おそらく自分たちの勝利は無い。
「……こちらのログハウスも空のようだ。次に、行くぞ」
「こっちも空のようやね。はい、次々」
 まだ確認すべきログハウスは残っている。二人は確認を急いだ。
 だが。
 ひときわ大きなログハウス。そこからさして離れていない場所。
 そこから、低いうなり声とともに……何かが動く音が、響いていた。

「……どうやら、ここにはいないようだねえ」
 アサニエル(jb5431) の指摘に、リーゼロッテ 御剣(jb6732)はうなずく。「生命探知」を用い、あちこちに手をかざしているアサニエルだが、どうやら空振りのよう。
「さてと、どこに囚われているんだろうねっと」
 ここは、キャンプ場。ログハウスに泊らず、テントを張ったり、寝袋で眠ったりする事を好む、キャンプ客向けに解放されている場所である。
 シーズンにはおそらく、ここにはキャンプの客であふれていた事だろう。その中には、美亜と、その両親、そして……。
「アサニエルさん。今度の事件……どこで、何を間違えたんでしょうね」
 ふと、そんな言葉が自分の口から出るのを、リーゼロッテは聞いた。
「……さあね、正直それは、わからないさ。自分らは事件の当人じゃあない。何を言っても、今の時点じゃ推測にしかならないだろうよ。でも……」
「でも?」
「でも、少なくとも一つだけ、確実にわかってる事はある。……美亜を、助け出さなければならない、って事だ」
 その一つだけの、確実な事。今はそれを行う事に、全力を注ごう。アサニエルがそこまで言った、その時。
「……アサニエルさん、これは?」
 リーゼロッテが、キャンプ場の隅に生えている、大きな樹に目をやった。
 そこには、神社の絵馬のような小さなイラストボードが、いくつも吊り下げられていた。
 近くの看板によると、この樹は「幸せの木」で、近くの売店から木製のイラストボードを購入し、恋人や家族でここに吊り下げると、幸せの願掛けになるのだという。
 その一つに、リーゼロッテとアサニエルは……視線を奪われた。

「美亜さん?」
 洞窟の中、佐藤が問いかける。
「……あなたは……撃退士の、佐藤さん?」
「覚えてくれてましたか。はい、そうです!」
 洞窟のいくつかを探っていくうち、そのうちの一つに「異様さ」を感じ取った。
 内部を進むと、いきなり狭くなり、その狭くなった部分に木材やドラム缶や、その他様々なガラクタが詰め込まれていたのだ。そして、その先からは音が。
 調べてみると、そこには美亜がいた。どうやら狭くなった洞窟の入り口に、無理やり色々なものを詰め込んで、美亜を閉じ込めていたようだった。
「少し待たれよ、今、お助け申す」
 空我が、詰め込まれた木材を抜き取る。どうやらかなりの莫迦力で、近くにあるものをこの洞窟内に押し込んだ様子だった。
「ええ、待っててくださいね。今……そこから出してあげます!」
 そして、あなたの不幸も終わらせます。佐藤は心の中でそう付け加え、空我とともにガラクタの除去に取り掛かった。

 この十分後。
 咆哮が、響いてきた。
 それは、ログハウスの方から聞こえて来た。

「彼」にして「彼ら」は、怒りを感じていた。
 その頭の中には、様々な想いが巡っていたが……それらの想い、悲しみと後悔と空虚とを覆い尽くすように、「怒り」がいっぱいに広がっていた。まるで、心の中に無理やり何かを注ぎ込まれ、考える力を失わされたかのように。怒る事しか考えられなくされたかのように。
「彼ら」は、己のテリトリーを決めていた。気に入らない相手はみな殺してやった、邪魔者はみな消してやった。そして目的のものも手に入れた。
 あとはそっとしておいてほしいだけ、放っておいてほしいだけ。なのに……煩わしいやつらが、うろちょろとちょっかいを出してくる。気に入らない。実に気に入らない。
 そんな気に入らない連中の二人が、目前にいた。間違いない、少し前に叩きのめしてやった連中だ。なんとなくだが覚えがある。
 再び、「彼ら」に怒りの火がついた。奴らが何者だろうか知った事か、みんなまとめて、叩き潰してやる!
 そして今、「彼ら」は追っていた。
 椿と、中津とを。

 地響きを立てつつ、双頭の巨体が動く。
 双頭がそれぞれの方向を向き、自身が叩き潰すべき相手を、敵の姿を認めんと、顔が動く。
「奴は!?」
「追ってきとる!」
 椿の声を聞き、中津がちらりと後ろを見た。
 彼女のいう通り、あの悪夢の権化たる双頭の巨人が、自分たちへと迫りくる様子が見えた。
 見たところ、その巨体は以前に相対した時より、巨大になっているようだ。大き目のログハウスと同じか……あるいはそれ以上の大きさ。丸太で堅牢に組まれたそれを、ただの一撃、軽く手で払っただけで、怪物はそれをばらばらに破壊してしまった。
 あんな相手に、自分は立ち向かっていったのだ。中津は少し前の自分の行為を、勇敢だと誇らしく思うと同時に……無謀だとも思った。改めて、あんな相手に正面からぶつかって勝とうなどと思うのは、無謀で無茶以外の何物でもない。
 自分を追い、迫る双頭の巨人。今のところは、想定内。
 この後の作戦が、うまくいけばいいが。

 リョウメンスクナが、立ち止まった。
 そして、そいつが立ち止まるのを、アサニエルとリーゼロッテ。佐藤と空我とは見た。
「奴が……リョウメンスクナ、か」
 初めて見るそいつの姿に、空我はしばし言葉を失った。話に聞く以上に、恐ろしげだ……。そのように感じざるを得ない。怪物が漂わせる「怖気」に、しばし……たたらを踏んだ。
 その怖気から回復するのに、空我は時間をかけすぎた。……五秒もかかったのだ。
 更に三秒を用い、己の精神に火を灯す。自身の身体を、戦闘のために作り替える。
 そして、彼は己もまた発した。刃のごとき鋭き気を。

 壊したログハウスから、長い丸太を握る。
 それを振りかざし……一気にすべてを薙ぎ払わんと、リョウメンスクナは迫ってきた。
 だが……丸太を振りかざしたその時、動きが止まった。
 双頭の巨人は見たのだ。空我と、佐藤とともに……美亜がいるのを。
「…………止まった?」
 美亜が、そいつを見据え……つぶやく。そして、それとともに……確信した撃退士たちは、戦闘を開始した。

…………

「お願いです。力を貸して下さい」
 佐藤と空我は、美亜を救出後。すぐに合流したアサニエルとリーゼロッテとともに、美亜へと協力を依頼していた。
「美亜さんがいると、あの怪物は動きが鈍くなり、戦う力も半減する。あいつを倒すため……協力してほしいんです」
 すぐに美亜は、うなずいた。
「わかりました。何をすれば?」

…………

 美亜の協力、それを無駄にはしない!
「直撃、させるっ!」
 佐藤がアサルトライフルで、アシッドショットを撃ちこんだ。
すかさず、リーゼロッテが銀色の曲刀、抜刀・閃破の鞘を払う。アウルの刃が放たれ、それはリョウメンスクナの皮膚へと切り込み、多大なるダメージを。
 痛みと悲しみを感じさせる咆哮が、二つの頭から響いた。
 だが、すぐにそれを怒りのそれに変化させると、駆け出し……振り上げた丸太で、リーゼロッテへと叩き付けた。
「くっ!」
 しかし、それはかすっただけにとどまった。以前に比べ、狙いは正確ではなく、ただ力任せに振り回しているのみ。直撃をかわすのは、リーゼロッテにとっては容易極まりない。
「ひとまずは、大人しくしてもらうよ!」
 追撃を許さず、アサニエルが「審判の鎖」を解き放つ。地面より飛び出した鎖が、リョウメンスクナの手足と胴体に巻き付き、怪物の動きを封じた。
 その様子を、美亜はしっかりと見ている。
 美亜のすぐそばで、中津は彼女を護衛していた。護衛しつつ、彼はリョウメンスクナからも目を離さない。
 彼は、怪物の動きが鈍くなっているのを確認した。動きが、明らかに鈍く、めちゃくちゃになっている。
 前回の、直接戦闘における動きと異なり、まるで左右の半身が勝手に意志を持ち、互いに勝手な行動をしているかのよう。もっと言うなれば、左半身は逃げ出したいようなのに、右半身は飛び出して攻撃をしたがっているよう。
「はっ! これでもくらうとよ!」
 結晶化させたアウルを鞭のようにして、椿が叩き付ける。したたかに打ち据えられ、リョウメンスクナの右半身に大きな傷が刻まれた。
「はーっ!」
 間髪入れず、空我のデュランダルでの一閃。左半身にも、刃が深く切り込まれ、リョウメンスクナの肉が切り裂かれた。
 どす黒い血潮があたりにふりまかれ、怪物の口からは、苦しみと……哀願さえも感じられるようなうめき声が。
 もはや、リョウメンスクナのその動きは、戦いのそれではない。自棄になり、手足をめちゃめちゃに振り回しているだけの、無駄で意味の無い動き。
 放り投げた丸太が、美亜へと迫ったが。
 それが届く前、中津は蹴り飛ばした。
「剛の盾を名乗っているのは、伊達ではないのでな……やらせはせん!」
 だが、中津のその言葉にも怪物は動じず、ふらついた足で、美亜へと迫る。
 その前に、空我は立ちはだかった。
「……開放(エーミッタム)」
 彼の、光纏の「風」。それが、空我のデュランダルへと集まっていく。
 が、必殺の一撃を放とうとした瞬間。
 リョウメンスクナが、予想外の行動を取った。
……転がったのだ。狙ったうえでの故意か、つまずいた故の偶然か、それは定かではないが。怪物は自身の身体を巨大な塊と化し、転がったのだ。
「ぐっ!」
 一瞬判断を迷った空我は、そいつに弾かれ、後ろざまに吹っ飛ぶ。
 だが、美亜へと迫る双頭の巨人の前には、中津が居た。
「貴様の相手は……俺だ!」
 宙を舞い、彼はその流れるような足運びで……スクナの右側の頭部へと、蹴りを放った。
「はーっ!」
 最初に対戦した時と異なり、今度は確実な手応え……いや、「足応え」あり。
 まるで、首の骨が折れたかのように、右頭部がだらりと下がる。
 残った左頭部は、哀願するように、嘆くように……悲しげな声を出していた。そしてなおも、左腕を伸ばしてくる。
 しかし、怪物は徐々に力を失い、やがて……動きを止めた。
「……み……あ……」
 差し出された左腕が、地に落ちるその一瞬前。

「……すま……な……い……み……あ……」

 怪物の左の頭部は、確かにそう言った。
「…………」
 美亜は、それを聞いていた。聞きつつ、ただ茫然と立ち尽くしていた。

「……あの、お客さん。伸びますよ?」
 店主が言葉をかけ、皆はようやく気付いたかのように割り箸を手にした。
 全てが終わり、皆はラーメン屋に入り、湯気の立つ丼を注文していた。ここは、一流どころの店。味も最高で、国内のみならず、海外からも客が来て、人気も高い。
 事後処理が終わった後。美亜は……重助の友人の、大学教授が引き取る事になった。後の事は全て任せて欲しいと、彼が申し出てきたのだ。
 しかし、任務は大成功に終わったのに、皆の心の中には……勝利の充実感も、昂揚感も無かった。
 あるのはただ、憐憫の情。そして、苦々しい想い。
「本当に悪かったのは、一体何だったんだろうねぇ……」
 アサニエルが、ぼそりとつぶやく。
 父親? 孝一? 賢治? それとも……?
 賢治と孝一は、光に背を向け、罪を重ねた。人の命を奪った。それについては責を負い、咎を受けねばならない。
 しかし……胸中に残る、この割り切れぬ想いはどうしたものか?
「あのイラストボード。……運命の歯車が狂わなければ、あんなふうに、みんなでずっと仲良くいられたでしょうに」
 自分が見つけ、美亜に手渡したイラストボードの事を思い出し、リーゼロッテもつぶやいた。
 キャンプ場近くの、「幸せの木」。そこには、在りし日の苗代家の家族四人が書いたボードが吊るされていた。
『いつまでも、みんなで仲良く』そう書かれたボードが。

「……せめて」と、祈るようにリーゼロッテは手を合わせた。
「せめて……その魂に、安らかな眠りを……」
 その言葉を聞いた佐藤も、鎮魂の思いを新たにするとともに、ラーメンの丼に向かっていった。
 ラーメンは美味だったが……わずかに佐藤は感じていた。
 苦々しさを。悲しみの苦々しさを。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
久遠の黒き火焔天・
中津 謳華(ja4212)

大学部5年135組 男 阿修羅
久遠ヶ原の将軍様・
天城 空我(jb1499)

大学部3年314組 男 インフィルトレイター
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
釣りガール☆椿・
桃香 椿(jb6036)

大学部6年139組 女 アカシックレコーダー:タイプB
天に抗する輝き・
リーゼロッテ 御剣(jb6732)

大学部7年273組 女 ルインズブレイド