骨董品店「苗代屋」。
周辺には、撃退士たち以外には人の気配も、姿も無い。
「……今日も、吹雪になるようですね」
ここに来る前に見た天気予報を思い出しながら、佐藤 としお(
ja2489)はつぶやいた。
周囲に漂う、奇妙な静かさ。それが……予感を奇妙に悪い方向に向けている気がする。
「……あの、皆さん。今回は……よろしくお願いします」
苗代美亜が、撃退士へと頭を下げた。
「ああ、任せておけ」
今回初参加の中津 謳華(
ja4212)が、美亜へと返答した。
「はい、頼りにしています」
その様子を見て、佐藤もまた中津の力を頼りたいと思っていた。仲間たちも同じだろう。
リーゼロッテ 御剣(
jb6732)もまた、気になっている様子だった。……あの双頭が浮かべていた「表情」。あれが気になっている……と、彼女が口にした事を覚えている。
佐藤もまた、気になっていた。かの二人……苗代孝一と、来島賢治。双頭の巨人の素体とされたのは、その二人に間違いはないだろう。しかし、あの表情。いったい何が、あんな表情を浮かばせたのか。
それを知るためにも、今回の依頼を解決するしかなかろう。
しかし。後になって、佐藤は思い知る事となる。自分がいささか、呑気に構えていた事を。
「どうやら……避難はしてくれたようやなあ」
桃香 椿(
jb6036)が、周辺の民家の人間全員が避難した事を確認し、安堵の溜息をついた。
「ええ。あとは……つかんだ尻尾を離さず、このまま倒すだけね」
椿の言葉に、アサニエル(
jb5431)も勇ましい口調で相槌を打った。
美亜が囮となり、町のあちこちを移動。それを見つけた双頭の巨人が追って来たら、周囲に何もない広い場所……近くの学校の広い校舎へと誘き出し、これを叩く。
「それじゃあ、僕は行きますね」
「ああ、頼むよ」
アサニエルに見送られ、森田良助(
ja9460)はある場所へと向かっていった。
近くにある、古い教会。その鐘楼は他の建物に比べて高く、あたりを見回すことが出来る。彼はそこから遠方を確認し、双頭の巨人を発見したら、皆に無線で連絡する手はずになっている。
「……さて、やるべき事はやった。あとはまさに」
神のみぞ知る。
そうつぶやいた椿の目が、鋭いそれに変わっていく。アサニエルもまた、自身の表情が厳しくなるのを感じていた。
防寒着を着てはいても、美亜の身体には寒さが染み込んでいるかのよう。それを見つめながら、中津は周囲へと目を転じた。
自分は、椿とリーゼロッテとともに囮になった美亜を護衛しつつ、彼女に付き従い自宅周辺と近辺を徘徊。こうして歩き回りながら、敵が襲撃してくるのを誘い出す。
現在、町内には人影も、車も、動物の姿も無い。雪がちらつく中、歩く者、動く存在は自分たちのみ。
いや、遠くから仲間が見張っており、敵が出現したら誘い出し誘導するため動いてくれる。
すぐ近くにはアサニエルがおり、離れたところで待機しつつ敵を待っているはずだ。
「…………」
皆、無言だった。軽口をたたくほどの、心の余裕がないのだ。緊張が高まり、どことなく言葉を出しづらい。
いや、緊張しているだけではない。「圧迫」されていたのだ。何かの気配、それが遠くに感じられ……徐々に近づいてくるような、精神的な圧迫感があるのだ。
自分は、今回初参加。それゆえに、今回相対する相手がどんなものかは知らない。
しかし、皆から聞いた話では。周囲に漂わせている気配だけでも恐ろしい存在だという。
「…………」
言葉なく歩く美亜を、中津は見た。
が。
美亜は、足を止めた。
「どうした?」
たずねた中津だったが……彼は返答を聞かずして、美亜への問いの答えを悟った。
感じ取ったのだ。先刻からの「圧迫感」の根源たる「何か」が近づいてくるのを。
それは中津だけでなく、椿も、リーゼロッテも同じ様子だった。周囲を見回し……どこからか襲撃してくる何かに対し、必死にその姿を捕えようとしている。
『こちら森田、そちらから4時の方向に、接近するものが!』
「くるよ!」
無線からの、森田の連絡。そして、アサニエルの切羽詰まった言葉が上空から。
後ろを振り返り、見上げると。
曇天の空の中、何か黒い小さなものが飛んでいた。鳥か、飛行機だろうか。
しかし、それは徐々に大きく、そして接近してくる。
「……これ、は!」
椿は、すでに一度見た。
そして中津は、初めて見た。
「認識した」と同時に、「それ」は100mほど離れた場所に建つ、小さな家へと落下した。爆発音にも似た破壊音が響き渡り、もうもうとした埃が周囲に立ち込める。
その中に、立ち上がる巨大な黒い影があった。影には、頭が二つ。
「……『リョウメンスクナ』!」
中津はそれを見て、即座に理解した。
あいつは、恐ろしい奴だ、と。
そして、影は。次の瞬間……巨大な猪がごとく、突進し始めた!
「……うん、わかった。引き続き、作戦通りによろしく!」
森田に連絡を入れ、佐藤は無線機のスイッチを切った。
護衛班が来るルート上に待機していた彼は、気を引き締め……戦いに向け、何度も行ったシミュレーションを、心の中でもう一度繰り返す。
そうだ、あの偽物相手なら簡単にやれたこと。ならば……今回もうまくいく、はずだ。
自身に言い聞かせ、佐藤は所定の位置へと付いた。
しかし……。
なぜか、うまくいく「気がしなかった」。うまくやれる自信が、湧いてこない。
深呼吸してその弱気と不安を心の隅に追いやり、佐藤は待った。……リョウメンスクナを、罠にかけるその時を。
巨大な、突進する双頭の塊。それはアサニエルにより、突っ込んでくるところをビニールシートをひっかぶったものの……。
すぐにひっぺがし、咆哮した。
出だしをくじかんと、椿がショットガンを打ち込むが、効果は無い。
「こいつは……そんなに、『憎い』のか……? 憎さゆえに、このような事をしているのかっ……!?」
瞳を紅に染めつつ、リーゼロッテはつぶやいていた。
怪物は、明らかに美亜を追っている。美亜が怪物の目的であることは、間違いない。そのため、なんとか気を引いて、美亜を逃がそうと試みたが……。
まったく、上手くいかなかった。まさに美亜以外は、眼中にないという様子だったのだ。
いくつか、トラップも仕掛けておいた。が……それらは全て、「無駄」に。落とし穴はすぐに飛び出し、ワイヤートラップは物ともせず、銃器を用いたものでも、全く歯が立たない。せいぜいが数秒足を止める程度。
「くっ……少なくとも、誘き出す手間はかけんですんだな」
椿が自嘲めいた口調で、ショットガンを撃つ。が、散弾を受けても全く動じる様子は見られない。
やがて、美亜の息が切れかけた時。
目前に、見えた。学校の校庭が。
「こいつは……」
ルート前半で、佐藤はアシッドショットを、怪物へと打ち込んでいた。
しかし、そいつは全く動じる様子はなく、目前に立ちはだかるすべてを叩き潰し、先を進んでいた。そいつが通った後は、まさに破壊の跡。巨大な何かの感情が爆発した、爆心地のようだと、佐藤は感じていた。
だが。
校庭に、周囲に何もないこの地形に誘き出せたなら。勝算はこちらにある。少なくとも、鉄骨や岩やらを、武器にしたり投げつけたりはできないはずだ。
「さてと。早く終わらせて、またラーメン食べに行こうっかな」
不安を紛らわすため、わざと佐藤は能天気な事を口にしてみた。が、不安はまぎれるどころか、更に増していた。
「よく頑張ったな。怖かっただろうが、あたしらがもう終わらせる。心配しなくていいよ」
アサニエルが美亜に言葉をかけ、校舎の中へと避難させる様子を、中津は見守っていた。
そして、振り向く。
「さて……鬼ごっこの交代だ。今度は此方が、鬼にならせてもらうか……」
中津の身体から、墨焔のような龍が沸く。両の腕を組み、半身の構えで……双頭の巨人へと闘気をぶつけていた。
そして、すでに周囲にも。中津とともにアサニエル、椿、リーゼロッテとが囲んでいた。遠距離からは、佐藤と森田も攻撃準備を整えている。
「参る!」
中津がすばやく、鋭い動きとともに……接近し、強烈な蹴りの一撃を放った。その稲妻のような一撃、中津荒神流奥義の蹴撃は、直撃したら並の天魔ならば一撃で倒せるほどの強力なものだった。
「!」
次の瞬間。中津が感じ取ったのは、相手の身体に打撃を与えた手ごたえ……ではなく。
巨大な拳の一撃が、自分に向かってくる様。そして、その拳により、自分自身が地面に投げつけられ、叩き付けられ、長い距離を転がされた……ということだった。
激痛が、体中を苛む。ただの一撃で、自分がほぼ再起不能になるほどのダメージを……リョウメンスクナは与えたのだ!
「……ふん、腰を据えて、物理的に話し合おうじゃあないか!」
アサニエルが怒りとともに、『審判の鎖』を放つ。しかし双頭の巨人は巨体に似合わぬ素早さでそれを回避。
続く佐藤の射撃と、椿の攻撃すらも、よけきったのだ。
「このぉっ!」
しかし、リーゼロッテの『血嵐』まではかわしきれなかった。黒の衝撃波が、抜刀・閃刃の刀身から放たれ、巨体を切り裂く。
アシッドショットの効果も手伝い、確かに巨人には痛手となった。
勝てる! 再び刀を構え、リーゼロッテは突撃する。よろけた双頭の巨人の隙を狙い……再び一撃を切り込もうとしたその時。
リーゼロッテの世界が、反転した。激痛が彼女を襲ったのだ。
いや、激痛などという生易しいものではない。一瞬で彼女は……巨大な拳の、腰が入ったパンチを受け、弾き飛ばされたのだ。
地面に激突し、そのまま校庭の土が爆発したかのように吹き飛び、土流が彼女を押しつぶした。
「何ばすっと! こんダボがぁっ!」
椿が怒りとともに、電撃のこもった拳の一撃、『雷神の手』を放つ。麻痺したかのように、巨人はその動きを鈍らせたが……やはり、さしたるダメージを喰らったようには見えない。
しかし、それでも双頭は周囲への注意を怠らずに動いていた。片方は、撃退士を叩き潰す事が嬉しげ。もう片方は、忌々しげに。そんな表情を浮かべつつ。
ライトヒールを中津にかけていたアサニエルは、彼が動けるようになった事を見て取ると、土に埋もれているリーゼロッテに駆けつける。
「ちょっと! しっかりおし!」
答えは無い。瀕死の状態……いや、ほぼ死にかけている。すぐに掘り起して、彼女を助け出すと……再びアサニエルはライトヒールを。
紫色になっていたリーゼロッテの顔に、やや赤みが戻った。顔色が悪いが、弱々しい吐息が力を取り戻し……やがて、目を覚ます。
「アサニ……エル……?」
「大丈夫かい? 今、ライトヒールをかけた。立てるか?」
「ええ……大丈……夫……」
嘘だと、アサニエルは見破った。ふらふらとしたリーゼロッテの様子からして、無理をしているのは簡単に見て取れる。
リーゼロッテに、肩をかして立ち上がらせたアサニエルは、仲間たちへと視線を転じた。
「とっておきの一撃だ! しかと味わえよ」
距離を取った中津が、体術ではなく和弓・絶影を取り出し、矢をつがえる様子が見えた。
強力な弓が、矢を放つ。巨人の分厚い皮膚を突き破り、鋭い矢尻が突き刺さった。
佐藤と森田の狙撃も、見事に命中。巨人の化物めいた身体に弾丸を撃ち込ませる。このまま、遠距離から攻撃を続け、体力をわずかづつでも削って行けば……。
アサニエルもまた、そう考えた矢先だった。
リョウメンスクナが、その両手を広げると……。拍手をするように、両の掌を叩き付けた。
その途端に、爆発音のような大音響が。そして、学校の校舎の窓ガラスが全て割れ、校舎脇に立っていた旗竿も共鳴するかのように鳴り響いた。あまりに強烈な力で、掌と掌とを叩き付けたため、轟音が起こったため……。それを理解するのに、全員は若干の時間を必要とした。
予想外の「音」が、その場にいる全員の鼓膜を襲い、キリキリ舞いさせる。
アサニエルとリーゼロッテは崩れ落ち、佐藤と森田もまた、耳を押さえる。
が、接近していた中津、そして椿は、平衡感覚が若干おかしくなっていた。例えるなら、大砲の砲撃音を至近距離で聞かされたようなもの。鼓膜が破れず幸運だったが……。同時に、わずかな時間だが、平衡感覚を侵されてしまっていた。
よろける中津を尻目に、怪物は巨体に似合わぬ素早さで駆け出すと、椿をつかんだ。
「ぐっ!」
そのまま、巨人は椿の身体を振り回すと……校舎へと叩き付けるように投げた。
校舎のコンクリの壁が紙細工のように簡単に壊れ、無数の瓦礫と化す。瓦礫は椿の身体を押しつぶし、そのまま生き埋めてしまった。
そして。壊されるのを免れた校舎の一角に、美亜の姿があった。
強すぎる。中津はそれを実感していた。
「奴は……強すぎる! こちらからの攻撃が、まるで歯が立たない!」
パワーにスピード、そして驚異的なスタミナ。今までの攻撃し、ダメージを与えても……まるでかすり傷程度でしかない。
まだ平衡感覚が戻っていないが、なんとかしてあの怪物を止めないと……。
そう思っていたが……その時。怪物がその動きを止めるのを中津は見た。
「……?」
椿以外の撃退士は、全員が見ていた。
リョウメンスクナが、右腕で美亜をつかもうとするが、左腕がそれを阻んでいる様子を。
右の頭部の顔は、喜んでいたように対し。左側の顔は、嘆きを感じているようなそれ。そのまま、見上げている美亜の目前で……奇妙な動きを見せ続けていた。
まるで、右と左の半身とで、考えている事が違っているかのように。
吠える怪物に対し、右の頭部に一発の銃弾が撃ち込まれた。佐藤が放ったのだ。
双頭の巨人はそのまま咆哮すると……明後日の方角に駆け出し、そのまま視界から消えていった。
「勝てた、とは……言えませんね」
後日。
病院にて。横になっている佐藤たちは、受けたダメージをほぼ回復させていた。
椿も、あれからすぐにアサニエルによってライトヒールを受けられ、なんとか死なずに済んだ。しかし……。
「……ちょっとこの依頼に対し、軽く考えてたとこがあったようでしたね。……あいつを倒さない限り……ラーメンどころじゃない。その事をまず、しっかりと覚えておかないと」
そして、佐藤は思い出していた、美亜を前にしたリョウメンスクナの、奇妙な行動を。
「……あの行動が何かはまだわからないけど、必ず……」
必ず、あの行動から。弱点を割り出して、そして次こそ勝って見せる。そう誓う佐藤たちだった。