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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/02/23


みんなの思い出



オープニング

 リョウメンスクナの怪談……に酷似した事件が、北海道にて発生した。
 荒れ寺から見つかった仏像。その内部に、シャム双生児の遺体から作られた双頭のミイラが。
 が、ある泥棒グループがこのミイラを盗み出した事から、得体のしれぬ「双頭の巨人」が目撃。そいつによる殺人と破壊の事件が発生したのだ。
 そいつは、泥棒グループを惨殺。さらには、泥棒たちのボスも瀕死の状態にして、その怪力で工場の建物一つを崩壊させた。以後、行方不明。
 判明しているのは、事件の被害者たちの存在。そして、撃退士の一人が撮っていたカメラの映像のみ。

「意識が戻った?」
 この事件を撃退士たちに依頼した、警視庁の霧島と紅林の両刑事。
 彼らは、田村銀次……泥棒たちのボスの病室に向かった。彼は、あの「双頭の巨人」に右腕をもぎ取られ……瀕死の状態になっていたのだ。集中治療室に運ばれ、ようやく意識を取り戻したが、容態が安定しない。それならば、聞けるだけの事を聞いておかねば。そう思い、霧島と紅林は、病室へと赴いたのだ。
「聞こえるか、田村?」
 霧島の問いに、田村はうなずいた。
「賢二と孝一ってのは、お前の仲間だな?」それにも、田村はうなずく。
「そいつらは、どこにいる?」
「……そう、こ…………そこ……で……や、やつらを、み、ごろし……」
「なんだって? どういう事だ?」
 必死に聞き返す霧島だが……田村は再び意識を失い、そして……二度と意識は戻らなかった。

「賢二と孝一は、確かに仲間のようですね。あの廃工場に残されていたメモに、名前が載っていました」
 警察署にて。
 部下の紅林が、霧島と話し合っている。
「それで……あのアパートと廃工場以外にも、いくつか根城にしていた場所はあるようです」
「……アパートの連中の身元は、全員洗ったのか?」
「はい。全員が過去に前科がある連中ばかりでした。ですが……その中に『賢二』『孝一』に該当する名前はありませんでした」
「……となると……二人は『そうこ』にいる事になるが……」
 色々な考えが、二人の頭の中を巡る。
「『やつらを、見殺しにした』……という事は、二人はもう死んでいる事になりますね。なら、どうして最初の被害者は、『仲間の賢二と孝一が襲われる』と言い出したのでしょう?」
「うーむ……」
 紅林の言葉に、霧島はさらに考え込む。
「……ともかく、お前はこれから『そうこ』と思しき場所に行って、調べてこい。俺はもう少し、廃工場に何か手がかりが無いか、調べてみる」
 撃退士たちが見た、二つ頭の怪物も気になるしな。霧島はそう付け加えた。

 紅林は、数名の刑事を伴って、廃工場のメモに書かれたその場所に、……『倉庫』、もしくは『元・倉庫』に足を踏み入れていた。
「……こりゃ、また」
 紅林は、小さくぼやく。海に面した、小さな湾内。周囲三方は山に囲まれ、近くには空家が。
 倉庫は海に面し、潮風に当てられ錆びてぼろぼろに。しかし……今はほとんどが焼失してしまっている。
 地元の警察署に赴き、紅林はこの場所の事を調べていた。
 ここは数年前に倒産してから、持ち主があやふやに。そして泥棒一味は、その頃からこの近所で目撃されていた。その頃から、根城にしていたのだろう。
「はい、確かに三か月ほど前ですか。火事が起こりましたよ」
 老齢の警察官が、紅林に答えていた。
「本官が夜に、自転車で警邏してる途中でした。遠くから火事になったのが見えたので、出来るだけ急いで駆けつけ、大急ぎで消防を呼びました」
 消防車が来るまで時間はかかったものの……消防隊員たちの尽力でなんとか消し止め、飛び火せずに済んだという。
 しかし。
「ええ……『逃げ出す二人組』を目撃しました。現場に到着した直後。倉庫の中からいきなり、大けがをした様子の二人が出てきましてね。近くに止めてあった車に乗り込んだんですよ」
 火傷を負ったのか、火事に巻き込まれて逃げ出してきたのかと思い、近づいて助けようと思った警官だが、倒れ込んできた炎の壁に阻まれた、という。
「顔はわかりませんでした。ですが……二人とも炎にまかれており、転がって消し止めてから……車に乗ってました。あの様子からして、相当苦しかったでしょうよ」
 そして、車はそのままもうスピードで発進。夜の闇の中に消えて行った。
「で、その二人組と、車は?」
「車は、発見されました。ですが……ちょっと問題がありまして」

「……つまり、三か月前に、そこに悪魔が出現してたんだな?」
『はい。撃退庁にも連絡を入れて、確認を取りました。で、撃退士により悪魔は撃退され、事件は完全に解決しています。倉庫から逃げ出した「二人」は、その近くに向かった事は確認が取れていますが、それ以後はどうなったかは不明です』
 霧島の携帯に、紅林からの連絡が。
 火事の現場から逃走した「車」は、ある山の麓に乗り捨てられているのを発見された。が、そこでは当時、悪魔がゲートを作り出し、それに伴って怪物も多く出現していたというのだ。
『地元警察は、この悪魔と怪物どものせいで、逃亡した「二人」の追跡を断念していたそうですが……この事件が解決した直後、新たな事案が発生して後回しにしたそうで』
「で、今まで『二人』に関する事は放置されてたってわけか。やれやれだ」
 ため息をつき、霧島は空を仰いだ。
「ともかく、俺もすぐにそっちに向かう。廃工場の遺留品には手がかりが見つからなかったからな。そっちで何か見つかるかもしれん」
『はい。自分はこれから、山の中に入ってみます』
 そう言って、紅林は電話を切った。
 しかし、現地に赴いた霧島は……悲劇に襲われる事に。

「おい、どうした! しっかりしろ!」
 到着すると同時に、霧島の携帯に連絡が。
 小さな医院。そこの寝台の上で……紅林は、虫の息だった。
「……か、怪物が……二つの頭の……畜生!」
 喋るだけでも、苦しそうに顔をしかめている。
「一体何があったんだ! おい!」
「こ……小屋が……あの、山の中に……小屋が……そこに、二人……は……」
 そのまま……紅林刑事は、息を引き取った。

「……紅林を看てくれた医者の話では……彼の片手は、ほぼ千切れかけていたそうです。ものすごい力で、無理やりちぎろうとしたような、そんな状態だったと」
 君たちの前で、霧島が依頼する。
「紅林を襲った怪物が、皆さんが見た『双頭の巨人』と同じものか、違うものか。そこまではわかりません。ですが、紅林はしきりに『二つの頭の怪物が』と口走っていました」
 その後に、敵討ちとばかりに拳銃を手にして、霧島は現場となった山へと向かったが……。そこにあったのは、同行した地元警察の警官たちの死体の山。その中には、まるでゴリラか何かのような足跡が、山の中へと続き、消えていた……という。
「紅林は、襲われる直前までメモを取っていました。この山の中には、山岳調査用の山小屋があり、倉庫から逃げた『二人』は、どうやらそこに向かったらしいのです」
 紅林は警官たちとともにそこに向かい、そして怪物に襲われた、と。
「調査を続行したくとも、このままではできません。これは、警察からの依頼であり、俺個人の依頼でもあります。紅林を殺した怪物を殺し……ひょっとしたら、生きているかもしれない『二人』……『賢治と孝一』の行方も、できるなら調べてください」
 よろしくお願いしますと、霧島は懇願した。

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リプレイ本文

「……さて」
依頼後に、またラーメンの店に……今度はカレーラーメンの店に行ければと考えていた佐藤 としお(ja2489)であったが。目前の山を見て、少しばかり心が折れそうになった。
 不幸中の幸いで、山の麓と中腹部にあった警官たちの遺体は回収された。
 この山にはかつて、自然散策用のハイキングコースが設けられていた。今は閉鎖。猟師なども足を踏み入れる事はなく、当然人の気配もない。
 またもちらちらと雪が降り始め、山に更なる雪化粧が施されつつある。寒いのもそうだが……あの「双頭の巨人」がいる可能性が高い中に、これから入りこまねばならないのだ。
 最初に相対した、あの巨人……呪いのリョウメンスクナかどうかはわからないが、とにかくあの双頭の怪物に関し、わかっている事はほとんどない。判明しているのは、あいつは恐ろしく巨大で、怪力を持つ事くらい。
 自分たちを含め、仲間たちは全員「あいつ」を見ていた。あの双頭に浮かべた、憤怒と悲壮の表情。
 あれは一体? ひょっとしたら、見殺しにされた「孝一と賢治」とやらが?
「……わからないことだらけ、ですね。なら、するべき事は一つ」
 これから乗り込み、居るんなら相対する。それを実行すべく、佐藤は一歩を踏み出した。

「今のところは、周囲には何も見かけません」
 遠方をテレスコープアイで、森田良助(ja9460)が確認する。今のところ、動く物は見当たらない。
 しかし、見当たらないが、森田は感じてはいた。「危険な存在が潜んでいる」という、警戒させる「気配」、近寄りがたい「気配」を。
 先日に降った雪が解けきらず、更に降り積もっている。雪の白が、威圧的な闇にも感じてしまう。
 それは、アサニエル(jb5431)も同じだった。雪のみならず、寒さもまた、自分たちを阻むかのよう。登山靴や防寒着などで完全防備しているも、寒さは布地を通りアサニエルに伝わっていた。
「…………」
「どうしました?」
リーゼロッテ 御剣(jb6732)が、傍らの友人に声をかける。
「あ、いや。何でもないよ。ちょいと、考え事をねェ」
 リーゼロッテに声をかけられた三島 奏(jb5830)は、明るい声で返答した。が、その考え事はあまり良い事ではないのは見て取れる。
「…………やーれやれ。まあ、あたいは捜索に向かんけんね、敵が現われたら頑張らせてもらうばい」
 そう言うと、桃香 椿(jb6036)は手にした水筒から、ノンアルコールのビールを喉に流し込んだ。
 こうして、再び集まった六名は……それぞれの想いとともに、山へと入っていった。

 目的地は、山小屋。亡くなった紅林刑事と警官たちは、まずそこに向かったという。
 おそらくは、「孝一と賢治」の二人も、そこに居るか、あるいはそこに何か手がかりを残しているかもしれない。事実を知るためには、そこに向かおう。
 話し合いの結果、そのように決まった。そして山に踏み込み、小一時間。
 アサニエルは「生命感知」で、工場の時のように周囲に対し、何か感知できないかを探っている。
「……少し、吹雪いてきたようですね」
 寒気が、佐藤を襲う。皆を襲う。まだそれほどひどくはないが、急がねばならないだろう。
 地元警察から借りた地図によると、今進んでいる道で正しいはず。そして、スキルを用いた周囲の探索でも、何も感じ取るものはない。
 先を急ぎながら、佐藤は……霧島から聞いた、事件の情報の事を思い出していた。

「つまり、そのボスが見殺しにしたのが『賢治と孝一』と考えてよろしいんですね?」
「はい。そして、かの警官が言っていた『逃げ出した二人』も、『賢治と孝一』じゃないかと思われます」質問した森田へと、霧島刑事は返答する。
「まだ、二人のものと思われる写真は見つかりませんが……判明したら、皆さんにお伝えします」
「となると……二人は火事現場からゲート方面に逃げ出して……」
「……ディアボロに。そう考えるのが、妥当じゃあないかナ?」アサニエルと奏の推測に、リーゼロッテもうなずく。
「でも……なぜ、あんなに、怒りと悲しみの表情をしてたんでしょう……?」
 リーゼロッテが疑問を口にするが、その場にいた全員がかぶりを振った。
「そこまでは……。とにかく、我々警察の方でも、別の方向から『賢治と孝一』を調べたいと思います。まずは……」
 山小屋を調べられるように、宜しくお願いします。霧島はそう締めくくった。

「……まあ、僕らが調べなきゃ先に進まない、って事か。やれやれ、っと」
 ふっと溜息などをついてみるが……佐藤は、発見した。
 動物の死体を。
「……なんなん、これ」
 皆が無言の中、椿がその沈黙を破った。
 骸は確かにキタキツネ。だが……それはまるで、食い散らかされたように、ズタズタにされていた。
 死体の血は既に固まっており、獣臭もする。おそらく、死後一時間ほどは経っているだろう。
 近くには、血痕が。それは近くの岩場にまで続いている。その岩に残されているのは、鋭い爪痕。
「……工場の『あいつ』と同じかどうかはわからないけど」アサニエルもまた、つぶやく。
「この爪痕を残した奴は、間違いなく凶悪で、強力な奴に違いないね」
 そして、嫌でも思わせた。この凶悪で強力な奴と、おそらくはすぐに戦う事になるだろう、と。

 佐藤の「索敵」でも、何も引っかからない。そのまま、一行は先に進み……。
 その視界に、山小屋を捕えた。
 近づくにつれ、その建物の様子が見えてくる。霧島によると、それは山の地質・環境調査のために建てられたもので、内部には簡素な宿泊施設と資料整理の部屋があるのみ。それほど大きなものではない。
 やがて、撃退士たちは目前に、小屋を臨む位置に。
「……なんや、ずいぶんと薄汚れとるばい」
「そうさね。とはいえ……ちょっと前までに、何かが中に入ったみたいだねェ」
 椿は壁に注目し、奏は扉に注目した。
 扉は、無かった。内側から何者かにより、吹っ飛ばされたかのように、破られていたのだ。
 アサニエルの『生命探知』をかけるも、内部からは何も反応はない。佐藤が内部を覗きこみ、『索敵』をかけたものの、やはりなにも見当たらない。
「……クリア。少なくとも、中には何も居ないようです」
 
 小屋内部はかび臭く、ほこりまみれ。残されていたのは、紙屑同然の書類やらパンフレットやらの古紙。壁も壁紙が一部はがれ、床にはうっすらとほこりが積もっていた。
「……部屋は、これだけかい?」
「そうみたいですね。奥に二つ部屋がありましたけど、あったのはやはり書類や紙切ればかりでした」
 アサニエルの質問に、リーゼロッテが答える。少なくとも、今のこの時点では……生きている存在は自分たち以外にはいない。
「ガスは通ってないし、電気と水道は、すでに止められてるみたいですね。でも……」
「でも……どうも少し前に。誰かが来たのは間違いなさそう……かな?」
 森田に続き、佐藤が指摘する。実際、靴跡と、ぼろ布を毛布のようにして寄せた痕跡が見られたのだ。ほこりの積もり具合から、そんなに前の事ではない。間違いなく、自分たち以外の何者かが小屋に入り、ここで時間を過ごしたに違いなかろう。……おそらく、「賢治と孝一」が。
「その、『賢治と孝一』とやらがここにたどり着いたとしてサ、そいつらはここからどこに行っちまったんかねェ?」
 奏が、疑問を口にする。見たところ、二人の、あるいは片方の死体は無い。おそらくは出て行ったにしても、ひどく怪我を負っていたのに、どこをどうやって向かったのか。
「ちっ、なんや本当に面倒やね。ここまで逃げたドロボーは、どこに逃げたんやら。何かないんか……」
 先刻より、手がかりを求めて台所や机の上などを探していた椿は、机の上の紙屑をかき回していたが……。
「!?」
 全員に、戦慄が走った。
 声が聞こえてきたのだ。吠える声が。

「……近づいてきている。後ろ……森の内部からだ! 早いよ!」
 アサニエルの「生命探知」が、接近する何かを捉えた。それはすなわち、小屋の裏口の方。
 全員が小屋から出た、その直後。
 黒い、巨大な塊が宙を舞った。
 それは、小屋を飛び越え、撃退士たちを飛び越え、小屋の前の、多少広くなった場所に降り立ち……立ち上がった。
「こいつ……はっ!」
 椿が言葉を放つ。そいつは、双頭だった。ばかでかい体躯を、太い両足が支えている。分厚い胸板に、丸太よりも太い両腕。そいつの頭部があるべき場所には頭が無く、代わりに両肩に……二つの頭が突き出ていた。
「違う……あれは!?」
 リーゼロッテが叫ぶ。そいつは確かに、「双頭」。しかし、あの工場で見た巨人ではなかった。
 目前の双頭の怪物は、「熊」に似ていた。全身を薄汚れた体毛が覆っており、多少の変化はあるものの、手足の作りは熊のそれ。腕も、二本一対のみで、胸部には腕は無い。
 そして何より、そいつの「顔」。そいつの「頭」は二つだが、「顔」は三つあったのだ。
 両肩から生えている双頭は、それぞれが醜く歪まされたキタキツネの頭部。
そして、腹部には。埋め込まれるようにして、熊の顔がそこにはあった。体毛に隠れて、ぎらつく双眸と口以外はよく見えない。しかし、確かにそこにあった。
 その様子を、森田はカメラで収め続ける。まちがいない、工場で撮ったあの映像の巨人とは、明らかに異なる。
 三つの顔が吼え、そして、……駆けだした。
 
「っ!」
 怪物は、予想以上の素早さで駆けだすと、撃退士の一人へ……奏へととびかかった。
「しまっ……」
『た』と言う前に、怪物の鉤爪が付いた太い腕が一閃。
 奏の胸元が、ざっくりと鉤爪で引き裂かれた。そのまま、巨大な腕による打撃が、彼女を後方へと吹っ飛ばす。
 後ろざまに飛ばされた楓の先には、リーゼロッテがいた。彼女が奏を受け止める。
「……大丈夫?」
「ああ、これしき!」
 自分を受け止めてくれた親友の瞳が紅くなり、目つきも鋭くなっているのを奏は見た。
「このぉっ!」
 怪物に追撃はさせない。怪物の後方に回り込んだ森田が、怒りの声とともに、構えたヨルムンガルドの引き金を引いた。
 キタキツネの頭、ないしはその片方が撃ちぬかれた。
 続き、佐藤もまたアサルトライフルで発砲。もう片方の頭蓋に、弾丸がヒット。
 だが、撃ちぬかれつつも二つの頭は、後ろを向き……佐藤と森田とを睨み付けた。
「ほら、よそ見するんじゃあないよ! 緊縛プレイといこうじゃないか!」
 怪物へと、アサニエルは虚空より出現させた鎖を向かわせ、巻き付ける。
『審判の鎖』が怪物の全身に固く巻き付き、その動きを止める。
「ふん、楽しませてくれるんやろうね。さあ……満足させてや!」
 裂光丸の鞘を払いつつ、双頭の怪物へと踏み込んだ椿が、その刃を一閃。
 胸部と、腹部の顔とを切り裂くが、分厚い皮膚が深く切り込ませない。
 しかし、それでも痛手は与えたのか。怪物の咆哮の中に、悲痛な声が混ざっているのがわかる。
 腹部の顔が、憎々しげに椿を睨み付け、唸り声を上げる。
 だが、椿に向かう前にリーゼロッテが立ちはだかった。その手には、白銀の曲刀、「抜刀・閃破」が握られている。
 迎え撃たんと、怪物もその右腕を振りかざした。一見人間のそれと同じような拳だが、指先には鋭い爪が。
 それが凄まじい勢いで、リーゼロッテへと振り下ろされる。
「……『血喰』ッ!」
 だが、リーゼロッテの身体には既に、アウルが満ち満ちていた。そのまま、鋭い一刀を振り上げ、刃が怪物の肉体に切り込まれ、喰い込み、切り裂く!
 怪物の右腕が両断され、地面に転がった。
 腕からどす黒い血潮が吹き出し、怪物の三つの口からは、悲痛な声が出た。それは少し前までの、恐怖と力に満ちたそれではない。明らかに弱り、勢いがなくなったそれ。
『審判の鎖』に全身を縛られ、怪物はなおも迫ろうと一歩を踏みしめたが。
「忍法『胡蝶』!」
 森田が形成した、無数のアウルの蝶。放たれたそれが、怪物に引導をわたした。

 事後。
 撃退士たちは、とあるラーメン屋、ないしはその座敷席に上がり込み、注文したラーメンが来るのを待っていた。
 麓から離れた場所にある、隣町の、そのまた隣の峠のラーメン屋。そこはカレーラーメンがうまいとガイドブックに書かれており、佐藤はチェックを入れていたのだ。
 あれから周囲を調べ、下山する時にも天魔は居ないかを調べたところ……なにも無かった。おそらく、事態は集結したと見て良かろう。警察に報告し、引継ぎを行い、その帰りに寄ったのだ。
 しかし……今回のこれは終わったとしても、事件はまだ解決していない。それどころか、振り出しに戻ったと言っても過言ではない。
「大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫。ったく、ひどい目にあったもんサ」
 奏が、アサニエルに答えていた。奏の負傷は浅くはなかったが、アサニエルのライトヒールで回復したのだ。
「にしても……」
 椿は、先に注文したアルコール抜きのビールで口を潤している。
「あの二つ首、誰が作ったんかな? 前からなら、目撃者はおったはずやし」
「ああ、それですが」と、椿の疑問に、佐藤が答える。
「この山とその周辺は、ここ数年は人の出入りがほとんど無かったので、目撃者自体の数がほとんどゼロだったようなんですよ。遠くから見た人も、普通の熊と思ったんじゃないかと」
「なら、三か月前にゲートこしらえた悪魔が作った、ディアボロ……って事で、間違いないんでしょうか?」森田も、会話に加わる。
「熊とキタキツネを素材にして、この双頭の怪物を作ったなら……人間を素材にしても、同じようなものが作れない理由は無いね」
 アサニエルもまた、会話に加わった。死にかけた二人の人間が、逃げ延びた先にいたのが悪魔。山の動物を材料にしてディアボロを作っていたのだとしたら、「賢治と孝一」をそのまま放っておくとは考えにくい。
「……ですが……」
「ん? どうした、リーゼ?」
 神妙な顔のリーゼロッテに、椿は心配そうな顔を向けた。
「……工場で見た『双頭の巨人』の顔には、表情が浮かんでいました。怒りと、悲しみの顔が。二人だとしても、いったい何が、あんな表情を浮かべさせていたのでしょう?」
 そうだ。あの憤怒と悲哀の表情。あれは全員が見た。
 あの表情の原因は、何なのか。
「……やれやれ、たぶん長い付き合いになりそうだよ」
 大きくため息をつきながら、アサニエルはぼやく。
 やがて、うまそうな匂いとともに、ラーメンが運ばれてきた。
 おそらく、本番はこれから。解決にはありったけの気力と体力が必要になるだろう。それを補充するかのように、佐藤はラーメンどんぶりに取り掛かった。

 警察の調査で、山と森林には天魔の存在が無い事が確認された。
「……何が起こっているのかわからないが。必ず……真実を明らかにしてみせる。必ず、な」
 紅林の墓前に手を合わせながら、霧島は誓っていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
月夜の宴に輝く星々・
三島 奏(jb5830)

大学部7年170組 女 阿修羅
釣りガール☆椿・
桃香 椿(jb6036)

大学部6年139組 女 アカシックレコーダー:タイプB
天に抗する輝き・
リーゼロッテ 御剣(jb6732)

大学部7年273組 女 ルインズブレイド