「プール? 学校にそんなもんないよ?」と、校長。
確かにこの学校には、校舎と体育館くらいしか施設は無い。撃退士たちは、青くなった。
「あ……そういえば、学校に隣接した、廃棄された大型水泳場ならあったな」
そして続く言葉を聞き、撃退士たちは安堵する。
なんでも、80年代の好景気な一時期。成金の卒業生が屋根付き温水プールの施設を建て、学校および近隣に開放していた。学校とは、長く伸びる屋根付きの通路でつなぎ、校舎内から自在に行き来できる。
が、維持費がかなりかさむため、不景気と少子化の問題から閉鎖。通路は封鎖され、現在は周辺にある農場や工場の、様々な不用品置き場と化していた。
水は抜かれているが、埃だらけで汚れている。しかし、これで当初からの作戦は実行できそうだ。
撃退士たちは労力と時間を費やし、可能な限りのガラクタを除去。そして、作戦を開始した。
「やれやれ、どうなる事かと思いました」
佐藤 としお(
ja2489)が、プール室の隅、積まれた木箱とダンボール箱に隠れながらつぶやく。
彼らが立てた作戦。それはスレンダーマンを「なぞなぞ」で、プールへと誘導。
そして、全員で攻撃する事で注意をひき、スレンダーマンに打撃を。
それと同時進行で、おそらくは連れている雄二少年を救出。
既にプールには、仲間たちが隠れていた。坂城 冬真(
ja6064)が、プール奥のドラム缶の陰に身を潜め、スレンダーマンが来るのを待ち構えている。
「これで、奴との決着を付けなければなりませんね」
小さく、心情をつぶやく。そうだ、ここで終わらせねば。
「………」
沈黙とともに、ジェイニー・サックストン(
ja3784)もまた、大量の古い小麦粉袋の山の陰に。顔に浮かぶ表情は、苦々しいそれ。許せずやるせない、憎悪とも異なる何か。
ずれてもいないメガネを直し、ジェイニーは待っていた。戦いのその時を。
放送室。
同じく、織宮 歌乃(
jb5789)も、静かにその時を待っていた。
赤き髪の、たおやかな美少女は、その唇をマイクに近づける。
「……では」
……その魔手を断たせて頂く為、織宮 歌乃。赤き破魔の剣を以て参ります。
心中で声を出さずにつぶやき、彼女はマイクに声を吹き込んだ。
『夏には皆大好き、冬には嫌われて、春に思い出されるのがスレンダーマンの死に場所。だってスレンダーマンも嫌っているという噂だから。今度こそ確かめにいく』
無人の校内に、放送が響き渡る。
如月 千織(
jb1803)は、プールへ先回りしつつ、スレンダーマンが現れるのを待った。
「……スレンダーさんの遊びは、此処で全て終了させてあげますよ」
千織のつぶやきを後押しするかのように、歌乃の言葉が続いた。
『今まで続いた遊戯、今度はこちらから。まさか解けないのを隠す為に、逃げはしないですよね?』
そして、その言葉を聞いている者がいた。
彼は、遊びが好きだった。自分がルールを決め、そのルールに従い遊び倒す。
ルールは守られてこそルール。そのルールに従い遊ぶからこそ楽しい。なのに、そのルールを破る者が。
気に食わない。何様のつもりだ。
しかし同時に、「気に入った」。遊びは、予想外が起こるからこそ楽しい。弱い雑魚ばかりが相手では、飽きがくるもの。時折、このような手ごたえのある敵と競い合い勝つからこそ、遊びはより充実し、楽しく、面白くなる。
いいだろう、その挑発に乗ってやる。ただし、挑発した分の見返りはもらう。勝ち誇る相手に敗北の絶望を味あわせる事は、彼の好物の一つ。
好物を味わう期待に震えながら、彼……スレンダーマンは、傍らの雄二へと手を差し伸べた。
カツン、カツン。
足音が響く。
この方向は、学校に続く、廊下の方向から。間違いない、何者かが接近している。
既に千織と歌乃は、学校校舎の放送室から戻り、所定の位置へと隠れている。そして警察に頼み、半径数キロは人払いしてもらっている。ならば、残る可能性は。
カツン、カツン。
足音が、更に響く。
カツン、カツン。
あと1m。
カツン。
足音が止まった。そして、扉を開けて……。
「そいつ」が、入ってきた。
「!」
全員が、そいつの姿を見て「予想外」だと感じた。
そこにいたのは、スレンダーマンではなく、雄二少年でもなく……「骸骨」だった。骸骨がカーテンから引きはがしただろうぼろ布を、まるで衣服のように全身にまとい、歩いてきたのだ。
全員が面食らうも、すぐに立ち直る。そいつのぼろ布のすそからは、スレンダーマンの触手が長く伸びていた。ショットガンを構えたジェイニーは、その触手に狙いを定め、撃ちぬく。
「骸骨」は力を失い、崩れ落ちた。残った触手は、ちぎれた触手を見捨てるかのようにそのまま、消えた。
「……糞ガキが、触手野郎なんかと……」
不機嫌そうな顔を、より不機嫌にして、ジェイニーは「骸骨」へと歩み寄る。カーテンの中には、触手が巻き付いた人体骨格模型(理科室の備品らしい)。そして……同じくスレンダーマンの触手に巻き付かれた、雄二少年がいた。
他の者たちも近づこうとするが、ジェイミーはそれを制した。
「……!」
雄二は、胸倉を掴まれた。掴んでいたジェイミーは静かに……怒りをにじませた声で、雄二に言葉を叩き付けた。
「自分の親を、他人を頼って殺させるってのは、どういう心算ですか……」
「……あいつら……僕をいじめてたんだ! だから頼んで殺してもらったんだ! 悪いかよ!」
「ああ、悪いです」
「……なんでだよ! なんでみんな、僕ばっかり悪いって言うんだよ! いじめる方が悪いだろ! あいつらのやった事は、悪くないのかよ!」
「……悪くないわけ、ないですね。で、テメーが復讐のために仕返ししようが、そいつらを殺そうが、それはテメーと当事者の問題。どうしようがテメーの勝手。テメーの自由です」
「!?」
予想外の言葉に、雄二の言葉が詰まった。
今までは、どんな相談者からも『復讐はいけない。仕返しは相手と同じ。許す事が大事』だのといった綺麗事ばかりで、結局は『お前が我慢すれば解決』と強要されてきた。
なのに目前のお姉さんは、自分を「否定しない」。
「怪物に『やらせたこと』が悪い、ってんです。わかんねーですか、糞ガキ!」
「ど、どういう……事?」
「テメーにも、事情はあるでしょう。だがしかし! テメーは虐待してた親とも! 周りのいじめてたやつらとも! 向き合っていなかった! テメー自身、問題から目を背け……怪物に代わりに殺してもらっただけ! それが悪いっつってんです!」
「!!」
「反抗する事も、逃げる事も、例え既にやったように殺すにしても! それはテメー自身がやるべきだったんですよ! そうすれば少なくとも、テメーが腐らずに済んだ!」
「怒り」。しかし目前の怒りは、あのバカ親やクズ祖父母からの「憎悪や侮辱」が含まれていない。アホ面した相談者たちの「綺麗事や偽善臭」もない。
あるのはただ、「自分のために、怒ってくれている」という意思。そんな事をしても何の得もないだろうに、そんな「打算」も全くない、純粋な意思。
「……あ」
気が付くと、「涙」が流れていた。
「来るんですよ。そして、その場で見てやがれです」
ジェイニーの言葉を聞き、雄二は我に返った。
そして、彼女に従い……彼女の近くに、その身を潜めた。
すぅ……と。
スレンダーマンが、プールのある大部屋へと、その姿を現した。
そいつの目前には、剣を構えた赤き美少女。
「……破魔の剣花、再びアナタを断つ為」
刹那。
「織宮歌乃……参ります!」
直刀・雪村を手に、少女はその身を駆ける。まさにそれは、舞う花びらの疾風のごとく。
スレンダーマンが気が付いたその時には、歌乃はその懐に飛び込んでいた。
「……『緋獅子・椿姫風』」
無数の真紅の気、それが錬成する刃。それらが、不浄なるスレンダーマンへと襲来する。
が、スレンダーマンもそれをおとなしく受けはしない。これが前と同じものだとは、怪物も承知。
一撃が届く直前に、そいつは消えた。
得意の瞬間移動。しかし、おそらくは別の場所に現れる。
後方? 左右? それとも……。
答えは、「上方」。歌乃が見上げたそこに、スレンダーマンは舞っていた。そのまま、急降下攻撃を食らわさんとした、その時。
「……『コメット』!」
冬真が呼び出した無数の彗星が、スレンダーマンの更なる上空に出現し強襲した。そのまま、スレンダーマンが舞う空間そのものへと、重圧とともに無数の攻撃を!
己の後方へと、注意を全く払っていなかったスレンダーマン。その背中に重き攻撃を食らい、声なき悲鳴を上げつつプールの床に、かつては水が張ってあっただろう場所に墜落し、無様に転がった。
既に歌乃は移動し、無傷のままで剣を構えている。再び立ち上がって向かおうとするスレンダーマンだが、身体が重く動きづらい事に気づいた。
「スレンダーマンのお兄さん……お姉さんかなぁ?」
千織が、氷刃……己の中にあるもう一人の人格を解き放つ。
「あはは!千織たちばっかりと遊んでないで、僕とも遊んでよー♪」
無邪気な殺意、そして純真と狂気とがないまぜになり、怪人へと手の平を向けた。
青き魔法陣が、空中に描かれる。冷たく燃える青き力、氷の剣が、魔法陣を潜り抜け、顕現した。
「『氷剣』!」
気が付いた時には、手遅れ。氷の剣がスレンダーマンに突き刺さり、砕け散った。
倒れ込むスレンダーマンへと、止めをささんと肉薄する千織=氷刃と、歌乃。
しかし。
「……ぐっ!」
「うわーっ!」
鞭のように繰り出された、無数の触手。それらが強烈な勢いとスピードとで、空間を切り裂いた。
冬真の「コメット」を食らって床に倒れ込み、重圧を受けつつ、スレンダーマンは己の触手を床いっぱいに広がるように伸ばしていたのだ。しなやかな触手が、二人の身体を打ち据え薙ぎ払う。
触手に弾かれた二人の身体が、プールの床に叩き付けられるとともに、スレンダーマンは姿を消した。
冬馬が事前にかけておいた「アウルの鎧」のためか、歌乃は軽傷ですんだ。しかし千織は吐血し、明らかに痛手を受けている。
すぐに駆け寄った冬真が、ライトヒールをかけるが、ジェイミーは警戒を緩めない。
奴の事だ、どこからか仕掛けてくる。でも、どこから?
佐藤の方に? それとも、ケガで倒れている歌乃たち?
あるいは……自分の近くに居る、雄二のところ?
そう思った次の瞬間。ジェイミーは雄二を抱え、脇に転がった。
そして、彼女たちが居た数秒前の空間を。スレンダーマンの指が掻く。破かれた小麦粉の袋から、中身が出て宙に散る。
「あー、やっぱ皆殺しって、このガキも含まれてました? それとも、助けに来ました?」
スレンダーマンの触手が、次々に小麦粉の袋へと突き刺される。少なくとも、助けようという意思や意図は見られない、感じ取れない。
煙幕のように大量の粉塵が舞い、スレンダーマンの黒い姿を白く汚していく。その様子を見た雄二は、友達に裏切られた時のような、悲しげな顔をしていた。
「離れてなさい! 仲間のところに行きやがれです!」
突き飛ばすようにして、彼を放す。そして、雄二に注目しているのを見計らい……ジェイミーは駆けだした。
既に「忍法・夢幻毒想」を使用している。それがもたらす力を用い、銀色の鞭「アルギュロス」を抜き放ち、スレンダーマンへと放った。
が、スレンダーマンは触手で、アルギュロスの鋭い一撃を受けとめた。鞭を巻きつかせた触手を、そのまま自ら引きちぎる。
が、ジェイニーは既に駆け出し……スレンダーマンの懐へと潜り込んでいた。相手の顔を、それぞれが至近距離で視線を交わす。
スレンダーマンは、口元にニヤリと笑みを浮かべ。
ジェイニーは割れた眼鏡のレンズ越しに、陰気な笑みと共に鋭き眼差しを向けつつ……二丁拳銃を抜き放った。
「逃げられると思うんじゃねーですよ。このまま終わりなさい! テメーが遊びでやってきた事と同じように!」
ツインクルセイダーの銃口が、スレンダーマンの胸元へと突きつけられ……火を噴く。
その銃撃は、「精密殺撃」による強力な一撃。再び声なき悲鳴を上げつつ……スレンダーマンは後方の小麦粉袋の壁にぶつかり、崩れたそれの下敷きに。
袋が破け、周囲が白くけぶる。古く黴臭い小麦粉の雲が、その周辺を舞った。
スレンダーマンの片腕が、小麦粉袋の中から這い出てきたが……力尽きたように、その動きを止めた。
「………」
無言のまま、ジェイニーはスレンダーマンへと更に銃弾を撃ち込む。とどめは、差せたのか?
「どうやら、やっつけた、かな?」
雄二とともに、佐藤が近づいた。歌乃と千織も、冬真により回復し、スレンダーマンの最後を見届けんと近づいてくる。
「…………」
先刻の二人に放った攻撃のように、周囲の床に触手を伸ばしている様子はない。どうやら、本当に倒せたか……。
緊張を解いたジェイミーが、ツインクルセイダーの銃口をおろした。
次の瞬間。
「上だ!」
佐藤の声とともに見上げると、そこには片腕になったスレンダーマンが。そいつは右腕を切断し、囮にしたのだ!
それだけでなく、そいつは残された触手に、数個の何かを持ち……小麦粉を振り撒きながら着地した。
反射的に、ジェイミーはツインクルセイダーでスレンダーマンを撃つ。が、スレンダーマンは触手の「何か」を盾に、その弾丸を受け止めた。
「!? ガスです、みんな逃げて!」
冬真が叫ぶ。スレンダーマンの触手が掲げるは、数個のプロパンガスのタンク。そしてそのいくつかには、たった今ジェイミーが放った弾丸で、穴があけられ……内部のガスが漏れ始めていた。
ニヤリ……と、無貌の顔に笑みを浮かべ……スレンダーマンは倒れた。その左手には、火のついたライター。
撃退士たちが部屋から逃げ出した、その直後。
プロパンガスに引火、加えて、小麦粉が粉塵爆発を誘発。一瞬だけ振り向いたジェイミーは、見た。
スレンダーマンが、炎に包みこまれる光景を。
炎は更なる燃焼と爆発とを呼び、プール施設を包み込んだ。
プールは、丸一日燃え続けた。幸いにも、この廃棄されたプール施設だけが全焼しただけですんだ。
「……あの子には、治療が必要です。無罪とは言えないが……環境が悪すぎたのは事実。だから……今後はちゃんとした大人たちが、あの子を導いていくように環境を整えてやりたい
そして、大迫が今後の手続きを行う事に。彼もまた完全ではないが、ケガを治療し退院した。自分の負傷のように、雄二少年の心の傷も治してやりたい、と。彼はそう述べていた。
雄二は、施設に入る事に。
警察署から、彼を載せた車が出発する。
物陰から、その様子を見ている者がいた。ひょろ長いそいつは車を見て、口元にニヤリと笑みを浮かべていた。