高見沢家の装飾は、典型的な成金の悪趣味……。撃退士たちは全員、心中で同じ感想を述べていた。。
正面の門から母屋の正面玄関までは、それなりに距離はある。あちこちには装飾のつもりか、長い棹や棒が地面に突き刺さり、貝殻などで飾られていた。
「…………」
無言で、ジェイニー・サックストン(
ja3784)はそれらを見つめる。
人の気配はない。が、「におい」は漂う。邪悪な気配の「におい」が。
「奴は……?」
どこにいるのか。佐藤 としお(
ja2489)がつぶやいた。そろそろと、撃退士たちは門を開き……。
高見沢家に、入り込んだ。
円陣を組みつつ周辺を、特に自身の背後にも注意しつつ、ゆっくりと家に、その裏庭に向かう。
「……みんな!」
しかし、四条 和國(
ja5072)の声が響き、それとともに全員が一方向へと視線を向けた。
スレンダーマンが、そこにいたのだ。
「あれが……スレンダーマンですか……!」
織宮 歌乃(
jb5789)……前回の依頼に唯一未参加の彼女が、つぶやいた。
全員の後方に位置している坂城 冬真(
ja6064)は、自分の後ろにも注意しつつ、そして見つめると狂気に襲われる無貌の顔を見ないようにしつつ、スレンダーマンへと注意を向けた。
しかし、狂気の心配はしなくてもよさそうだと、考えを改めた。なぜなら……。
そいつは、仮面をしていた。笑い顔の翁面を装着していたのだ。
数名の撃退士たち、そしてスレンダーマン。
数秒間のにらみ合いの後、……先に、スレンダーマンが動いた。戦いの姿勢をとった撃退士たちに対し……、スレンダーマンが行ったのは、「一礼」。
うやうやしく、丁寧に。片手を大きくゆっくりと仰ぎ、そのまま深々と一礼する。その様子はまるで、紳士淑女を出迎えた執事のよう。
だが、すぐに撃退士たちは我に返った。こいつが馬鹿丁寧にあいさつするのは、「礼儀」などではない。
坂城がマライカMK−7を向けると同時に……そいつは、消えた。
「……かくれんぼ、開始。ってところですか」
佐藤が言葉を漏らす。やつにとって、これは「遊び」。それ以外の何物でもない。
「じゃ、みんな。打ち合わせ通りに」
言葉とともに、佐藤は打ち合わせした内容を今一度思い起こした。
全員で円陣を組むようにして、全周囲を警戒しつつ、蔵に。
敵が現れたら、対応する者と救出する者とに分かれ、各自行動。
スレンダーマンに関し調べたところ……水と火に弱いという記述があった。水は苦手で、触れると瞬間移動。火も苦手で、着火したら瞬間移動せず消火するまで行動。足元以外へ攻撃すると、その背後に瞬間移動。足元への攻撃は、瞬間移動で距離を詰める事無く、こちらに近づけない。
とはいっても、これらの情報はデマかもしれない。しかし……デマの中に事実もあるかもしれない。それがある事を祈ろう。
「では……」
言葉少なに、ジェイニーは皆に目配せし……円陣を離れて屋内へと入り込んだ。
自分は、単独行動。囮になるかもしれないが、それも作戦のうち。
前回に、奴は自分を虚仮にした。簡単にとどめをさせたのに、それをせず……嘲り、解放した。
その嘲りを、後悔させてやる。その想いとともに彼女は、「敵の能力を暴く」事を念頭に策を練っていた。階段を上り、二階へ、三階へと昇る。中はあちこちに、生々しい血痕が飛び散っていた。
「……」
それを横目に見つつ、ジェイミーは三階の窓を開いた。
『こちらジェイミー。所定の位置についたです』
全員のスマートフォンに、ジェイミーからの連絡が入る。母屋の屋根を見ると、三階の窓から屋根に出たジェイミーの姿が目に入った。
「了解。こちらもこれから、庭の蔵へと向かいます」
四条もまたそれを確認し、そして目前の蔵へ続く日本庭園へと目を転じる。
そこは、広大な土地を無駄に用いていた。周囲に高く塀を張り巡らせ、有刺鉄線をも張っている。庭園の中央部辺りに、『蔵』は立っていた。
蔵に窓はない。加えて、玄関先と同じく、細長い棹や棒やらが、あちこちに無数に突き刺さっている。それらにはやはり、装飾しているかのように、真珠貝やホタテ、サザエやホラ貝といったものが吊り下げられていた。
「……大丈夫、行きましょう」
佐藤の行ったサーチトラップにより、突き刺さったそれらを含め、周囲には罠は仕掛けられていないと判明した。だが……油断はできない。注意し過ぎて、それに越したことはない。
「……それにしても」
歩きつつ、四条は困惑を隠しきれない。
いったい、「貝殻を飾ったこれら」は何なのか。
罠? だとしたら、なぜサーチトラップに反応しない? 単なるこけおどし? それにしては、数が多すぎる。
高見沢家の人間が行った事か? でも「装飾」にしては、納得がいかない。数が多いだけでなく、飾るにしてはセンスが無さすぎる。
「何か」を見落としているのか? でも、「何を」?
思慮と共に、やがて……四条は、そして彼の仲間は、「蔵」へとたどり着いた。
蔵は大きく、扉もまた大きい。頑丈なつくりだが、錠前は外されていた。
窓は無く、内部に侵入する事はもちろん、中を覗き込む事すらできなかった。
いや、唯一ふさがれていない窓が一つだけ、横壁に開いている。一辺が50センチ程度で、格子がはまっている。おそらく、明かり取りと空気抜きのためのものだろう。覗くと、扉の裏側がどうなっているかが見て取れた。
「……窓から入るのは、無理そうですね。ならば……」
坂城が扉に手をかけるが、「待て!」佐藤がそれを止めた。
「……サーチトラップをかけた。どうやら、内部にも罠が仕掛けられているようだ」
再び、格子窓から中を覗く。
「……暗くて良くは見えないですが、扉の内側に、何かロープが結び付けられてます」
見た内容を、坂城が告げた。
「秀志くんは?」
「ここからは見えません」
つまりは……この扉を引くと、罠が作動する……って事か。
ならば、作動させないよう、あのロープを切ってやる。
佐藤は格子窓に向かった。そして、その格子窓の格子を取りはずし、そこに……自身のアサルトライフルの銃口を差し入れ、引き金を引いた。
「秀志くん! しっかりしろ! 助けに来たよ!」
椅子に縛り付けられ、頭に……釣り針をいくつも引っ掛けられていた秀志へと、佐藤は声をかける。
「……まさしく、悪魔の所業ですわね」
その様子を見ながら、歌乃はスレンダーマンが仕掛け、佐藤が破った悪趣味な罠を見直す。
扉を引くと、ロープに繋がっていた釣り糸が引っ張られる仕掛けが施されていたのだ。その釣り糸は、秀志の頭の皮に万遍なく引っ掛けられていた。あのまま扉を開くと、頭の皮を剥がされてしまっただろう。
「……『むきず』とは、『剥き頭』。予想された通りでしたのね」
歌乃のつぶやきとともに、佐藤は秀志を椅子から解放する。ライトヒールで傷の応急処置は施したが、秀志は反応しない。精神の傷は、思った以上に深そうだ。
彼を背負い、蔵から逃れようとした、その時。
蔵の入り口に、スレンダーマンが立っていた。
蔵の入り口から、スレンダーマンは何かを投げつける。
「!」
佐藤の頬が切れ、服の肩部分が切り裂かれた。
「……貝?」
視線を転じた歌乃は、床や壁に「ホタテ貝」が刺さっているのを見た。その縁は、鋭く削がれている。
続き、こぶし大の塊が。サザエの貝殻が石つぶてよろしく、投げつけられる。
「ぐっ! くっ! がはっ!」
そのうちのいくつかが、四条に命中した。頭に当たり、足に当たり、みぞおちに強烈な一撃を食らわす。
痛みに、四条は床に倒れ込んだ。それとともに、スレンダーマンは楽しんでいるかのように手を叩いていた。そいつに声が出せたとしたら……間違いなくこの場に哄笑が響いていたに違いない。かぶっている翁の笑い面が、なおの事そう思わせる。
「このっ!」
逆襲とばかりにスレンダーマンへと発砲する佐藤。だが、ライフルを向けたと同時に、そいつは消えていた。
「!?……くっ、あいつ、遊び始めたというのか?」
どうやらここからが、スレンダーマンの本気の遊び、という事か。
「四条さん?」
「大丈夫、ライトヒールでなんとか復活できました」
立ち上がる彼をみて、佐藤は安堵した。……数秒の間だけ。
あとは早く、秀志を助けてここから抜け出さなければ。
「…………」
スレンダーマンが蔵の入り口に出現し消えたのを見て……ジェイニーは、己の感覚全てを研ぎ澄ます。
「…………!」
彼女の「感覚」が、警告を発し、考えるより先に……体が動いた。
自分のいるすぐ下、三階の屋根のすぐ下の二階の屋根に、スレンダーマンがその姿を現したのだ。それも……「後ろ向き」で。
自身の作戦を試す、絶好のチャンス!
「下手すれば……骨折り損ですね、文字通りに……!」
だがしかし! 痛みを伴おうと、これを行わぬわけにはいかない!
「!?」
スレンダーマンが振り返ったその時には……ジェイニーの得物が、銀の鞭アルギュロスが伸びて、その身体に固く巻き付いていた。
「これが遊びと抜かすなら……私の遊びにも付き合いなさい!」
そのまま鞭を引き、屋根から飛び降りる。これが彼女が「試したかった事」。
瞬間移動する際、「接触」しているものは一緒に移動するのか否か。接触していてもすり抜けて移動するのか否か。
「瞬間移動で……逃げられるか、見せてみなさい!」
その叫びを聞き、スレンダーマンは動いた。
次の瞬間、周囲の風景が変化した。続き、全身を打つ強烈な激痛。どうやら、一緒に蔵の入り口前に瞬間移動させられたらしい。接触していれば、こうなるのか?
「! ジェイニーさん!」
歌乃の声に返答しようとしたジェイニーだが……落下の衝撃が与えた痛みが、声を出すのを邪魔している。思考のみならず、肉体を動かすこともままならない。
意識を失う前に彼女が見たのは、鞭から逃れたスレンダーマンが立ち上がり、撃退士たちへ向かう様子だった。
スレンダーマンの両手には……庭中に突き立てられていた棒のうち、二本が握られていた。
背中に伸びた触手は、様々な貝……縁を削がれたホタテ、重くごつごつしたサザエ、鋭くとがったヤリガイ、棍棒のような巨大なホラ貝など、種々雑多な貝を持っている。
「……『棒』と『貝』で、『ぼうがい』……子供の発想ですね!」
忍刀・血霞を構えた四条が呟いた。
佐藤と坂城が、アサルトライフルとマライカMKー7とを構え、引き金を引いた。弾丸がスレンダーマンの身体に襲い掛かるが、スレンダーマンは両手の棒を回転させてそれを弾き飛ばす。
怪物はお返しにと、数十個の貝を手裏剣や石つぶてのように投擲し、追い込む。それだけでなく、手近の棒も触手で抜き取り、槍のように投擲した。
ひとしきり投擲が終わると、スレンダーマンは両手の棒を捨て、新たな長い棒を手に取った。それをわざと見せつけるかのように、歩いて接近し始める。
「なら、これはどうだ!」
水が苦手という情報から、佐藤は用意していた水風船を投げつけた。
顔に当たった水風船は、スレンダーマンを濡らしただけに終わった。さらに数個を投げるが、結果は同じ。
それだけでなく、スレンダーマンは佐藤を指差し、続き自分の頭を指差し……肩をすくめた。
「『お前、頭、大丈夫か?』……とでも言いたいんでしょうか」
坂城がつぶやく。佐藤もそれを悟り、口惜しさに歯をかみしめた。
「『足元以外を攻撃』も違うようだし、『水が苦手』もデマ。……迂闊、だったな」
佐藤が歯噛みする。秀志は相変わらず、外部からの刺激を拒み固まっている。
四条も、坂城も、そして歌乃も同じだった。雪隠詰めとはまさにこの事。
だが。
「……佐藤様、次は私が参ります。その隙に……」
子供と逃げてください。凛とした声が、その場に響いた。
声の主……歌乃が、携えた弥都波……水神の太刀を手に立ち上がり、怪物に向かい立ちはだかる。
「――天魔覆滅、魔を祓う緋色の剣と祈りを以て」
その言葉を聞き、スレンダーマンは立ち止まった。
「織宮歌乃……参ります!」
絶望を超えた勇気の光が、赤き髪の少女の瞳に宿る。その光に当てられたかのように、スレンダーマンは西洋の剣士がするように、うやうやしく一礼し……。
棒を構え、駆け出した。
棒術の使い手よろしく、スレンダーマンは棒を回転させ、歌乃を打ち据えんとする。
二打、三打と、棒が歌乃を襲った。それらを歌乃は刀で受け、流し、かわしていく。
棒の突きを回避し、距離を取った歌乃は……弥都波を正眼に構え、振り上げた。
「破魔の緋風、祓い清める椿の祈刀として……」
即座にスレンダーマンは触手を伸ばし……歌乃を貫かんと迫る。
が、次の瞬間。
「……一瞬、一秒でも、アナタを此処に留めます」
歌乃は、深く踏み込み……赤き気をまとわせた刀剣・弥都波にて、空を斬った。
「はっ!」
それとともに、歌乃の身体と刀剣に込めた赤き「気」が、無数の気刃と化し……舞う椿の花弁がごとき花嵐となって、スレンダーマンへと強襲した。
「……これぞ、『椿姫風』」
歌乃のつぶやきとともに、スレンダーマンは気刃のくちづけを受ける。全身を斬り苛まれたスレンダーマンは、気刃を受けた端から、その体が石化していった。
触手と、片腕と片足から、徐々に真紅の石像と化していく。スレンダーマンは、石化からなんとか逃れるように……「消えた」。
「…………」
刀を構え、静かに周囲へと感覚を研ぎ澄ませる。
「……そこです」
背後にスレンダーマンが現れた、その一瞬。歌乃もまた、弥都波の刃を己の背後へと突き出す。
スレンダーマンの腹部を刃が切り裂くのを、歌乃は感覚で知った。
さらに、銃声とともに弾丸が放たれ……スレンダーマンの身体を貫く。
「……お前の茶番に付き合う心算は、微塵もねーんですよ!」
坂城のライトヒールで回復したジェイニーが、二丁拳銃・ツインクルセイダーによりスレンダーマンへと銃撃したのだ。
加え、その攻撃は「精密殺撃」。ダメージはかなり増す。
完全に不意を突かれ、スレンダーマンは背後からの攻撃をほぼ全て受けていた。前によろけ、膝をつく。顔の翁面が外れ、地面に転がった。
しかし、とどめを刺す直前……。
スレンダーマンは、消えていた。
「……どうやら、逃げたみたいですね」
ショットガンと、アルコール入り水風船を手にしていた佐藤は……安堵とともにため息をついた。
高見沢秀志は、命だけは助かった。だが……正気に戻る事は、おそらくほぼ無いだろうとの事だった。
「……スレンダーマン。戦って勝てない相手じゃない、という事はわかりました。ならば……」
ジェイニーの言葉に、撃退士たちは想いを新たにした。
次こそは、必ず。このばかげた「遊び」を、止めてみせる。