「テキサス〜、テキサス〜。お肉の『テキサス』を一つよろしく」
「……馬場さん、何をしてるのかしら」
「見ての通り、初対面の方もいらっしゃるので、ウチのお店の宣伝しとこうと思いまして。では、今回私に挑戦しやがって下さる皆さんの紹介をお願いします」
「……はぁ、まあいいわ。それじゃあこちらに」
「私は、天風 静流(
ja0373)という。今日は君と戦う事になった。一つよろしくな」
「まあ、素敵な黒髪ですね。その髪のコンディションを保つためにも、ウチの製品のわかめスープもよろしくお願いします」
「……挨拶しつつ宣伝してんじゃあないわよ」
「ジェイニー・サックストン(
ja3784)。チェーンソーでの彫刻はしたことはないですが、日曜大工で扱った事はあります。本日はよろしく」
「……ええと、何か不機嫌そうなお顔ですが、空腹なのでしょうか? そういう時には、手軽に食べられるウチのビーフジャーキーを……」
「だから、挨拶しつつ宣伝するなっつーの!」
「六道 鈴音(
ja4192)! チェーンソーアートってよくわからないけど、なんだか血沸き肉躍る感じがするよ! 今日は負けないからね!」
「大丈夫です。既に審査員はウチの肉で買収してますから、こっちも負けません。お互いに正々堂々と、フェアに戦いましょう」
「買収しておきながら正々堂々って何なのよー!」
「カタリナ(
ja5119)です。よろしくお願いします」
「おおっ、クールビューティーな美女発見……」
「断っとくけど、また挨拶しながら宣伝したらブン殴るわよ」
「……と、こんな怒りっぽい火遊さんがご迷惑をおかけしてますが、本日はよろしくです」
「誰が迷惑かけてんのよ!」
「俺は、田中 匡弘(
ja6801)です。いやあ、お肉屋さんのお嬢さんですか。自分は肉大好きなんで、うっかりつられないように注意しなきゃですね。今日はひとつ、お手柔らかに」
「いえいえ、こちらこそ。ところでここに味付けジンギスカンの冷凍パックがあるのですが、これと引き換えに手心を……(後ろでいつみが無言で圧力)……などと思ってなんかいませんよ? 正々堂々とアフロ勝負しましょうね」
「アフロ勝負じゃあなくてチェーンソーアート勝負でしょうが!」
「私は天原 茜(
ja8609)だよっ! きみとはいい勝負ができそう! お互いがんばろうねっ!」
「おおっ、きれいな碧眼の美少女。これは素敵な宣伝ができそう。あなたが勝ったら、ウチの店の宣伝をさせてあげます。逆にわたしが負けたら、ウチの店の宣伝をしてもらいます」
「挨拶すると見せかけて宣伝を頼むなーっ!」
と、そんなこんなで試合が始まった。
一つにつき、制限時間は一時間。お題は三つ。
そして、馬場聡子はそれを全て一人で行うらしい。
「あれ? 馬場さんの仲間はどうしたのかな?」茜がたずねる。
「実は全員、妖精さんに連れていかれて行方不明なんです。かわいそうでしょう? 私が」
後になって判明したが、今日来るはずだった仲間は、『肉で誘惑したものの、食べさせ過ぎて当日おなかを壊し欠席した』との事だった。
「……えーと、個性的だねー馬場さんって」
その言葉を出すのに、若干の時間を要した茜であった。
「つーわけで、試合開始。レディー、ファイっ!」
一番「クマ」の木彫り。それを受け持つのはジェイニーと鈴音。二人は今、作業服を着用していた。顔にはゴーグル、耳にはイヤーマフラー。両手には厚手の手袋。安全ズボンをはき、両足には鉄板が入った安全靴。
そんな二人の前に用意された、ふた抱えほどの大きさの丸太。
「鈴音さん、がんばってー!」
友人である茜からの声援をうけ、鈴音は支給されたチェーンソーのエンジンを……起動ワイヤーを引っ張った。ガソリンエンジンが起動し、チェーンソーの刃が回転し始める。凄まじい勢いで、刃が動く。
鈴音はそれを持ち上げてみた。重い。女性用の軽めのものを用意したとの事だが、それでもガソリンエンジンが回す刃は、力強く動き、その勢いに飲まれそうになる。
「……っと、なんとか……いけるかなっ!?」
十分に注意し、力を込めつつ……彼女は丸太へと向かった。
ジェイニーは、既に器用に切り込みを入れ、削り、切り取り、刻みつける。扱いに慣れているだけあって、その動きには卒がない。
すごいなあ。そう賛辞を送った後、彼女は集中した。
「……みえたっ! 丸太の中に、刻むべきものがっ! うおりゃああああーーーーっ!」
「……」
隣で掘っていたジェイニーは、鈴音の作品制作中の音に対し、少しばかり不安を覚えていた。
「……なんで時折、『バキッ!』とか『ギャリギャリッ!』なんて音が混ざるのかしら」
ちらっと見てみると、そこには彫刻相手に奮戦している鈴音の姿が。
「ぬおおおおっ!どりゃりゃりゃりゃーっ!ずわわわわーっ!」
彼女の訳の分からん叫びとともに、チェーンソーの刃が丸太へ食い込み、木材をさらに奇々怪々なそれに。
「……ま、まあ。何事もなく進んでいるのならいいけど」
それより自分の彫刻に集中集中。農家の作業の手伝いで、この手の電ノコの扱いはそれなりに経験している。脳内の設計図に沿い、丸太の外郭を切り落とし、そぎ落とし、削り、刻み……丸太を徐々に形あるものとして形作る。
少なくとも、大きなトラブルは起こっていない。他の皆はどうだろうか。二番と三番を受け持った他の者たちの成功を、ジェイニーは祈っていた。
二番「哺乳類以外の動物」。
それを受け持つ二人は、静流と田中。特に田中は、アフロをもこもこさせつつ、注意深くチェーンソーで切り込みを入れていた。
田中が掘るのは、玉乗りをするホワイトポーリッシュニワトリ……頭部に見事なアフロ状の冠羽を持つニワトリの像。そのおおまかな削り出しを見つつ、静流は前日に話し合った内容を思い起こしていた。
全体のテーマは『サーカス』。終わって皆で並べた時、各自の作品を組み合わせて、サーカス団になるようにと、テーマを統一する。
それに従い、三つのお題に従い、各自で内容を決めて取り掛かる。
「……のはいいが。さすがにちょっと難しいかもなあ」
静流が掘っているのは、「象」。それも「片手で逆立ちして、バランスを取ろうとしている象」の彫刻。
あらかじめ、完成図を予想して何枚もデッサンを描いた。それを頭に叩き込み、集中し、彫り込んでいる。
デザインはデフォルメし、あまり下を補足しすぎず、折れないように細心の注意を払うものの、それでもうまくいくとは限らない。大胆に、かつ慎重に。
懸命に作品に打ち込み、できるだけの事を行おう。その心意気とともに、静流は唸るチェーンソーの刃を用い、削り出していた。
三番「萌え萌えキュン」。
このなかなかに難しいお題に挑むは、カタリナと茜。
「刃、OK。鈍ってないね。油はさしたし、回転具合もチェーンのゆるみもOK。……よっし! 確認完了! カタリナちゃん、そっちも大丈夫?」
チェーンソーの確認を終え、いざ実演に入る直前。茜がカタリナに問うた。
「ええ。なんとかなりそうです」
彼女の持つチェーンソーも、ガソリンエンジンで馬力があり、勢いよく刃が回る。その確認を取った後、二人は己が掘るべきものに取り掛かった。
茜は、前日に決めていた。そしてそれに伴い、カタリナもまた決めていた。
「アカネも、六道さんも、お二人とも動物。こちらは萌え萌えキュンなのだから、もっと別のアプローチから攻めなければ。……よし、ビーナスならば萌える事間違いなし、縄文時代の萌え……」
それを用いるのも面白い!
図書館に入り、そこで資料を読み漁ったカタリナは、そこで決めたテーマに沿って作り始めた。
「はい、アウトー」
しかし途中、いきなりやってきた聡子に、そんな事を言われるカタリナ。
「……な、なんですか」
「敵情視察。それより……細い棒の土台と、土偶の足裏に穴開けてそこに差し込むってのはルール違反ですよ?」
「え? な、何を……」
「何を、じゃあないですよ。最初にお伝えしたはずですが。『チェーンソー以外のあらゆる道具や機械は使用不可』だって。ねえ、火遊さん」
と、隣のいつみに話をふる聡子。
「なにが『ねえ』よ。……ただ、ごめんなさい。カタリナさん。確かに彼女の言う通り、使えるのはチェーンソーのみです。チェーンソーで細い棒の土台を作るのはともかく、穴を開ける事はできますか? ノミも錐もドリルも使用は不可ですよ」
そのままその場から退散させられた聡子ではあったが、ならばとカタリナは予定変更。
「しかたありませんね。……あっ、いきすぎ……あれ!?」
が、チェーンソーが言うことをきかない。思ったように削れない。刻めない。
とうとう、目前の彫刻は、萌えなどとは似ても似つかない前衛的な物体に。しかも全体的なバランスが、微妙どころじゃないくらいに悪い。
「『銀の楯』! これで手を防御しつつ、刃入れて……」
「あーっ! カタリナさん! だめですよ、ルール違反! チェーンソー以外使っちゃだめですってば!」
茜の声にたしなめられ、カタリナは再び手を止めた。
「え? これもだめ、ですか?」
「だめですよー、っと再び敵情視察に登場。まあ、センスはおいといて、『チェーンソー以外の使用は不可』ってルールだけでも守ってくれないと、聡子涙が出ちゃう。女の子だモン」
と、再びしゃしゃり出てきた聡子。
「……何か、勘違いしてたみたいですね。私」
「ま、まあ。カタリナさんにできる事をやりましょうよ」
などと茜に慰められつつ、カタリナは時間をかけ、なんとか完成にこぎつけた。
「……審査は、私たちで行います。ますが……」
火遊いつみは、自分の友人や知人数名を集め、審査せんとしていた。
しかし、顔がひきつって仕方がない。
「……皆さんの、『サーカス』ってテーマに沿って、お題を作り、並べる事で完成させる、というアイデアは素晴らしいと思います。ますが……」
肝心のそのお題が、できてるかどうか。それを見た限りでは……微妙どころの騒ぎではない。
「なんというか、サーカスというテーマに引っ張られすぎたようにも感じるんだな」
「とはいえ。一番目のお題の、クマは両者ともに良く出来てるでござるな」
「そうなんだな。馬場さんのクマもかわいいけど、六道さんの『一輪車に乗ったクマ』や、サックストンさんの『荒ぶるポーズのクマ』、なかなかいい感じなんだな」
「まあ、あえて言うなら、六道さんのはちと作りが荒いのが残念でござるが、それもまた味でござる。しかし、なんでアフロ?」
「謎なんだなー。着脱自在なのは、ギミック的に面白いんだな。とはいえ、馬場さんの基本中の基本なクマの木彫りも大したもんなんだな」
「これは、引き分けでござるなあ。甲乙つけがたいでござるよ」
審査されている様子を見つつ、撃退士たちも作品の感想を述べ合っている。
「鈴音ちゃんのクマ、すっごくかわいいよ。……えーと、これ鮭咥えてるんだよね!?」
「え? ううん茜ちゃん。あれは鼻だよ」
「えっ……違うの?鼻?……あー、うん、そっか!見えないこともなくなくない!」
「ジェイニー君のも、なかなかかわいいね」
「ええ、静流さん。荒ぶるポーズっていうんでしょうか。見ててほっこりとしますね」
カタリナに語り掛けられ、ジェイニーはちょっと照れるように会釈した。
「あ……どうも」
とかなんとか言いつつ、二番目のお題の審査に。
「ふーむ……これは見事なんだな」
静流の「片手で逆立ちする象」、田中の「玉乗りする鶏」。こちらもまた、ふたつともアフロ。
「……これら、初めてにしてはなかなか良いと思うでござるね」
「だな。正直……馬場さんの『大ムカデ』は、グロ過ぎて引くんだな」
「アフロ脱着が面白いでござるし、こちらは文句なく撃退士チームの勝利でござるよ」
「しかしアフロのおっさん。なんで変化の術使って紛れてるんだな?」
なぜか、術を用いて自身も彫刻になって紛れてる田中の姿が。
片手に玉乗り鶏を乗せて、びしっとポーズを取ってたので、とりあえずスルーしつつ審査なぞしたわけだが。
「アフロいいですよね、木像にしても見事な造形美ですね……!」
術を解き、自分の作品のアフロ部分を愛でる田中であったが、聡子もなぜかそれに同伴していた。
「むむっ、確かにこれはスゴイス。木彫りでアフロのふわふわのもこもこ感をここまで再現するとは……おっちゃん、タダ者じゃあないですね」
きらーんと、鋭く瞳を輝かせる聡子。
「ふっ、それよりも君! 作品を作るだけで満足するのは勿体無いですよ。調和こそ芸術の到達点! 一体になりましょう」
などと、何か変な方向に誘う田中。
「ああん、新しい世界が開けそうな予感。聡子困っちゃう」
で、それにまんざらでもなさそうな聡子。
「……あの二人は無視しましょう。で、三番目ですが……」
これが一番の難問だと、いつみは予感し実感した。
「あのー、製作者のカタリナさんに伺いたいんだな。これは一体、何なんだな?」
「はい。題して『縄文のアフロディーテ』です」
「……土偶? いや、アフロしたナントカの塔みたいでござるが……というか、なぜ『萌え萌えキュン』というテーマで、これを作ったのでござるかな?」
「はい。土偶と言えば、縄文時代のビーナス。当時の萌えだったに違いありません。というか、萌えとはこういうものでしょう?」
カタリナの問いに、その場の空気が色々な意味で停滞した。
「……前衛的な物体を以て、ドヤ顔で『これが萌え』とおっしゃる勘違いお嬢。ナイスな天然ボケキャラではありますね。うんうん」
「あんた、何気にヒドイ事言ってないかしら」
とはいえ、いつみも聡子の言葉に同意しなくもなくもなくも無かったりした。
「……こちらの、天原さんの『アフロペンギン』はかわいいんだな。作りは荒いけど、初めてでここまで作るのは大したもんだと思うんだな」
「同意でござる。ただ……『かわいい動物』というテーマだったら文句なしに合格でござるが……お二人とも、『萌え萌えキュン』というテーマをイマイチ理解してない感があるでござるなあ」
「この勝負に関しては、馬場さんの『猫耳メイドさん』の勝利なんだな」
結果。互いに一勝一敗一引き分け。
後日、改めて再試合……にはならなかった。
「今日は、アフロ部新設の申請に来ました。あの田中さんに、アフロの素晴らしさを聞かされ、わたしの体(注:髪の毛)……開発されちゃいましてね。新たな悦びを、この体で知ってしまったんです」
「へ、変な言い方しないでよ! というか、チェーンソー同好会はどうしたのよ!」
「いろいろ大変なので却下。飽きたとも言いますが。というわけでアフロ部の許可を。なんなら試合しても良いですよ。これは賄賂のサーロインです。というわけでOKを一つ」
「するかばかーっ!」
再び、聡子に翻弄されるいつみであった。