「……さて。田舎町の通学路。少女二人を襲ったは、得体の知れぬ謎の女怪。我ら撃退士、如何にして其を撃つべきや?」
手のトランプを器用にシャッフルし、少年……エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は「丘」へと視線を向けた。
「丘」は、荒れていた。フェンスが立てられ、おいそれと入り込む事はできない。周囲にも人の気配もなく、遊び場を求める子供たちもいない。
今、エイルズレトラがいる地点から「丘」までは、まだかなりの距離がある。
「それより、頼んだ護送車はまだか?」
エイルズレトラの言葉に対し、彼より若干年上の少年……サングラス姿の地堂 光(
jb4992)は訝しんだが、すぐに安堵した。要請した護送車が到着したのだ。
「それにしても……外見も、中身も良く分からないモノ、ですか」
のんびりした雰囲気を漂わせつつ、鳳月 威織(
ja0339)が呟く。
「楽しい相手だと、嬉しいのですけど。『死神は、北風に乗ってやってくる。死神は、風と一緒に命を奪う……』」
古い童謡の一節を、鳳月は小さく口ずさんだ。
その童謡に追随するように、風向きも北からのそれに変わっている。
不吉だと、乾 政文(
jb6327)は感じていた。
「丘」へと、二人の少女が歩を進めている。
一人は、漆黒の髪を持つ悪魔。かつて人を狩り、今はその贖罪として天魔を狩る少女、ユウ(
jb5639)。
一人は、白銀の髪と、琥珀の瞳を持つドイツ人。騎士の先祖を持ち、家族を天魔に奪われた悲しみを戦いへの意志に変えし少女、アストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)。
「……今のところは、何も出てはきませんね」
「ええ……『丘』の方にも、何も見当たりません」
小声で問うユウに、アストリットはうなずいた。
この依頼の、大まかな作戦。
「全員で丘へ。その際女性陣が先行し、『女』を誘い出す」
「『注目』のスキルで『女』を誘い出す」
「そうして『女』を誘い出し倒した後。『丘』内の屋内に突入。要救助者を保護」
「『丘』のふもとまで移動し、要救助者を護送車で病院まで搬送」
「『丘』に戻り、残った『女』がいないかを確認」
先行する少女二人。その後ろには、男性陣四名が後をつけている。
うまくこちらの誘いに乗ってくれれば良いが。それとともに……包帯だらけになって横たわっている楓子の姿が、二人の頭に浮かんだ。
撃退士たちが向かった時に、一時的に意識が戻ったが、熱にうなされ……再び昏睡。
その際に楓子が呟いた言葉が、二人の、撃退士たちの耳から離れない。
「……雛菊、どこ? 無事なの?……」
「……必ず、助け出します」
あの言葉が忘れられない。アストリットは改めて、任務への気持ちを新たにした。
「……あれは?」
そして、更に数分後。
「丘」に更に近づいたところ。まず感じたのは「雰囲気」。
加えて、「臭い」。かすかに獣臭らしきものが、二人の鼻孔に漂ってきた。
そして、三番目に感づいたのが……そいつの「姿」。
注意深く上げた視線の先に、そいつの……「女」と思しきそいつの姿があった。
そいつは、薄汚れた半裸の女性……といった印象を受けた。
だが、そいつの下半身と両腕は、薄汚い羽毛で覆われていた。両腕はぼさぼさの羽毛が広がる翼。ばさっとひと羽ばたきすると、汚らしい羽毛が散った。
胸部は、人間の、女のそれ。そして、頭部もまた同様。一見すると人間の女のそれだが……その顔は、奇妙に無表情。
位置を確認するため、そいつの顔を、一瞬だけ見た。途端にアストリットは、心が揺れ動くのを感じた。
醜い? いや、悪くはない。むしろ、すごく魅力的……。
……駄目!
心が離れそうになった一瞬、アストリットは正気に戻り、視線を逸らす。ちらりと一目見ただけなのに、あの「女」どもの術中にはまるところだった。
『……大丈夫?』
視線でそうたずねてくるユウに、アストリットはうなずくことで答える。
間違いない。雛菊もこの術にかかったに違いない。
気を取り直し、ゆっくりと接近する。
やがて、「丘」までの距離が十mを切ったその時。
二体の「女」が、羽ばたき、宙に舞った!
それはまさしく、悪鬼怪物の表情。「女」どもは耳まで裂けたその口を大きく開き、歓喜めいた表情を浮かべていた。しわがれた声で咆哮し、羽ばたき、空中を駆ける。その鳥の下半身からは、爪が光るのが見えた。
しかし、こちらも戦いの準備はできている。アストリットとユウは、心を戦闘態勢へと整えた。
そして、その様子は後方の四人。撃退士の男子たちにも伝わっていた。「丘」から新たに現れた「女」が飛び立った。それはまさしく……ギリシャ神話に登場する人面鳥身の女怪「ハーピー」そのもの。
合計三匹のハーピーは、二人の少女へ、アストリットとユウへと急降下していった。
『……!?』
だが、三匹は首を傾げ、視線の先を少女たちから外す。
新たな視線の先には、鳳月とエイルズレトラ。挑発し、注目させるスキルが発動し……その効果が、怪物どもの目を引いたのだ。
鳳月はその手に霊符をを取り出し、身構えた。直視せぬよう、視線を巧みに外しつつ。
「……さあ、そんな高い処を飛んでいないで、降りてきてください」エイルズトラもまた、己を注目させている。
彼らと背中を合わせ、地堂と乾。首から下げる、優しげな雰囲気の装具……大きめな金属製のロザリオを構える地堂もまた、敵の強襲を待ち構える。
悪夢が急降下し、その爪が空を切る。その時。
「『おいらは火の玉投げつける、お空の小鳥を落とすため』……『召炎霊符』!」
霊符が生み出した、燃え上がる球。それがハーピーを迎え撃った。炎の球はもろにハーピーの一体へと直撃し、汚らしい羽毛に火炎の彩を与える。苦悶の声とともに一匹のハーピーが地面に転がり、焼け落ちた。
「くらえ!『献身のロザリオ』!」
回り込んできたハーピーへと、地堂の十字架から無数の注射針が発生し、放たれる。鋭い針先が怪物の翼に、胴体に、全身に突き刺さり、文字通り針山に。
二匹目も地面に転がり、苦痛と断末魔の悲鳴を上げ、霧散する。
「『サンダーブレード』!」
三匹目へと、乾はその手に握った雷撃の刃を放つ。稲妻に打ち据えられ、三匹目の女怪もまた、無へと帰した。
「……『優しい風が吹いたなら、ようやく災いおしまいに』」
霧散する三匹のハーピーを見つつ、鳳月は童謡の最後の一節を口ずさんだ。
ハーピーが滅して五分。今のところ……新たな敵は見当たらない。
が、悪意の臭いの元がいまだ健在なのを、ユウとアストリットは感覚で理解した。
それにまだ、終わっていない。神保雛菊の生死を確かめ、生きているならば救出せねば。
「丘」内部へと入り込んだユウとアストリットは、その内部へと歩を進めた。
乾にエイルズトラ、鳳月に地堂がその後に続く。下生えをかき分け、枝を払い……進んだ先には、廃墟があった。
それは、木造の住宅。小屋と呼ぶにはちと大き目だが、家屋敷と呼ぶには若干小さいつくり。かなり頑丈そうで、用いている材木もほとんど痛んではいない。
そして……扉や窓は、全て外側から分厚い板や材木が釘で打ち付けられていた。開くことも、中をのぞくこともできない。
「……これがおそらく、死んだ地主が使ってたっていう家屋。でも……」
でも、もしここに雛菊が囚われているとしたら……どこから入れられたのか? 臭いは、死臭にも腐臭にも近い臭いは、確かに強く、濃くなっている。
それが、「確信」させた。ユウの鼻孔のみならず、感覚的にも、この小屋内部に何かがあると、「確信」を抱かせていた。
「ねえ、ユウさん」
アストリットが、屋根を指さした。
「屋根の一部が、崩れているみたいだわ。あそこから入れないかしら?」
闇の翼を顕現し、ユウは空に飛びあがる。小屋を見ると……屋根の部分に大きな穴が開いていた。注意深く、ゆっくりと、その穴の内部へと入る。が……ユウはそこに入り込んだことを後悔した。
内部には、腐乱した死体がまみれていたのだ。その全てが損壊し、跡形も残っていない。まるで……バラバラに引きちぎったかのように。
そこへ。いきなり声が。
『ユウさん! 聞こえますか? 中に雛菊さんはいましたか?』
『打ち付けた板が、外れそうな場所を見つけた! これからそれを剥がして、俺たちも中に入る!』
アストリットと乾の問いかける声だ。それに対し彼女は、可能な限り大声で答えた。
「中は死体でいっぱいです! 雛菊さんの姿は、今のところ見つかりません!」
だが、もしも生きていたら……。雛菊はこの中にいるはずだ。
すぐに、アストリットたちも内部に入った。しかし彼らもまた、内部に入った事を後悔した。
「……やれやれ、なんだかよくわからない敵ですね。強いんだか、弱いんだか、何がしたいんだかわかりませんが……」
エイルズレトラはそこまで言って、言葉を止めた。
「……けれど、わかった事がただ一つ。あの『女』どもは、どうしようもなく悪趣味です」
おそらくは、食うために人をさらい、ここまで運び……その死肉を喰らったのだろう。
だが、この様子を見ていると。おそらくは雛菊も……。
「おい、見つけたぞ! まだ生きてる!」
地堂の声が、彼の思考を止めた。そして……そのまま、彼のもとへと駆け出した。
雛菊は、考えるのをやめていた。
よくわからないが、あの化け物を見ていると、心地よかった。魅了されたなどと、そんな事は自分で知る由もない。そんな事、本当はしたくないし、本当ならあの「女」どもの事を好きになどなりたくないのに。
なのに、無理やりそう「思わされている」。それがわかっているのに、どうにもならない。
それに、二体の「女」が自分の両腕を持ち上げ、ここへと放り出された時。脚を酷くひねってしまった。脚の骨は折れてはいないようだが、少なくとも走る事はおろか、歩くことも、立ち上がる事すらもできない。
既に小屋内部には、瀕死の人間が何人もいた。体力がなくなる者から死んでいき、死んだら彼または彼女は「女」の餌になった。
目前で「女」どもに食われていく犠牲者達を見て、自分もすぐにああなるのだろうなと雛菊はおぼろげに感じていた。が、それすらも心地よかった。そして、「そんな事を心地よいと思う自分」が恐ろしく感じたが……逃げられもせず、戦うこともできない自分に、何ができよう?
水も食料もなく、空腹が体力を削っていった。が、そのために何かする気力自体が失せていた。思考する事すら放棄しつつあった。
だが……雛菊の耳に、聞きたかった言葉が響いた。犠牲者のうつろな声とは異なる、はっきりとした言葉が。
「しっかりしてください! 助けに来ました!」
エイルズレトラの声が、撃退士たちの姿が、雛菊の思考を甦えらせたのだ。
乾が、雛菊を背負う。衰弱した彼女の体は、驚くほど軽かった。
少なくとも、他に生存者はいないようだ。それに……早く病院に運ばないと。この様子だと、助かるかどうかわからない。
「すぐに運ぼう。乾さん、早く護送車のところまで……」
地堂がそう言った矢先……見上げたそこに、見てしまった。
「……くそっ! あいつらだ!」
二匹のハーピーが、はるか上空を舞っていたのだ。
携帯電話で「丘」のすぐ近くまで、護送車を呼びつけたはいいが、あのハーピーどもを倒さない事には……解決はしない。ここで逃したら、必ず別の場所で、同じ事を、同じ非道な事を繰り返す。
「……エイルズレトラさん、片方は私とアストリットさんで対処します。もう片方は……」
「……わかりました。お願いします」
猶予はない。アストリットの提案に、エイルズレトラは乗った。
「丘」から出てきたアストリットめがけ、二匹のハーピーが急降下してきた。先刻と同じように、しわがれた声の咆哮とともに、襲いくる。
空中で、片方が翼を羽ばたかせた。その途端……強烈な風圧が、アストリットを襲う!
「……くっ!」
強烈な風による、衝撃波。それがアストリットめがけて放たれたのだ。装着したアーマーやメイル、そして手にかざしていたスクールシールドが彼女を守ったが、二度も防御はしきれないだろう。
後ずさった彼女へ、してやったりとハーピーどもは降下する。
「……今です!」
アストリットが、叫ぶと同時に。彼女の後方、「丘」の藪の中から、降下するハーピーへと飛翔する姿があった。
もつれた木々の間から、まるで爆撃機を狙い撃つ対空砲が砲撃したかのように。背中に闇の翼を顕現させたユウが、打ち出された砲弾のごとく飛び上がった。
予想外の敵にうろたえたハーピーだが、もう遅い。
「……『掌底』!」
ハーピーの人間そっくりな顔を、真上から手のひらでつかんだユウは、そのまま怪物を、地面めがけて叩き落とす!
「はーっ!」
地面に叩きつけられたハーピーが、最後に見たもの。
それは、アストリットが己へと、サンダーブレードを放つところだった。
残る一体へと、ユウは空中で肉薄する。が、最後のハーピーは勝てぬ事を悟り……後ろを向き逃走した。
距離が離れすぎている。たどり着けない。
が、放たれた弾丸が、ハーピーを貫いた。
「降りてきてくれないようなので……こちらも相応の手を使わせてもらいましたよ。あしからず」
スナイパーライフルMX27のスコープを覗きながら、エイルズレトラは静かに呟いた。
地面へと落下するより早く、ユウが空中でそいつに「掌底」を食らわし、引導を渡す様子が見えた。
「……『猟師が鉄砲撃ったとさ。何撃った? 悪い怪物、撃ったとさ。悪さもこれで、おしまいだ』」
鳳月が、新たな童謡の一節を口にした。それとともに、ハーピーは全て……息絶えた。
「楓……子……?」
「雛菊……良かった……本当に、良かった……」
病院のベッドで、半身を起こしていた雛菊。彼女のもとへ、やはり傷が癒えつつある楓子が訪ね、抱きしめていた。精神的なショックを受けた雛菊だが、それも徐々に回復しつつあるとの事。
その様子を、撃退士たちは満足げに見守った。あれから残るハーピーを退治しようと、調査したが、あのこしゃくな怪物は現れなかったのだ。
「もう、大丈夫ですよ」
皆を代表するかのように、アストリットが二人へと告げた。
「……雛菊、冗談じゃなく……わたしは、あなたが好き、だよ。だから、もう……」
どこにも、いかないで。
ささやくような、小さな声だったが。楓子は雛菊へと、はっきりそう告げた。
「仲良きことは美しき哉、と言いますが……」
まるで百合の花の様に……美しいですね。
エイルズレトラのその言葉の通り、二人の少女が抱擁する様は、美しい光景だった。
その後。退院した雛菊と楓子は、前以上に仲良くなり……新たな学園生活を過ごしたという