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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/18


みんなの思い出



オープニング

「……先生。お願い……彼女を、助けて……」
 久遠が原学園の保険医である霞ヶ関碧のもとに、新たな悩める女子が。
 霞ヶ関は周辺地域の学校ともつながりがあり、そこから他校の生徒の悩みを聞くような仕事も掛け持ちしている。で、このところなぜか、女子生徒からの悩み、それも恋愛に関する悩みを聞く事が多い。こないだも、古本関係で女の子同士の問題があったが、それは無事に解決。
 だが……一つの問題が解決しても、新たな問題が持ち込まれるのはよくある事。
「彼女? 誰を助けるの? 詳しく話して」
 霞ヶ関の目前には、包帯姿も痛々しい少女が、うつ伏せで横たわっていた。
 苦しそうな息をしつつ、彼女……虎ノ門楓子は、事情を口にし始めた。

「またさぼって、だめじゃない」
「うっさいなあ」
「ほら、宿題は明日、提出だよっ?」
「……終わってない、写させて」
「だめ! 自分の力でやらないとダメだって、いつも言ってるでしょ?」
「……けちー……」
「ケチで構いません。ほら、図書室行こう? 写すのはダメだけど、手伝ってあげる」
 とある高校の一年生、虎ノ門楓子。彼女は、サボリ魔である。
 中学時には、成績はそう悪くはなかった。しかし……授業を面白いとは思えなかった。そもそもなんで、こんな退屈な事をしなきゃならないのか。それが疑問で、気になって。その結果……。
 授業に、出たくなくなってしまった。
 だからといって、非行には興味がない。死んだばーちゃんから生前に、「もしも悪い事をしたら、死んだら化けて出る」と何度も言い聞かされていたせいか、犯罪やら悪戯やらには興味がなかった。……お化けとかいまだに苦手なのも、そのせいかもしれないけど。
 かといって、何かしたい事があるわけでもない。スポーツ? 疲れるだけの行為などすこぶるどうでもいい。
 かくして彼女は、登校はするものの、ほとんどの時間を図書室か屋上で過ごし、放課後になったらそのまま帰るという毎日を。
 両親はすでに亡くなっている。叔母が保護者として生活費は出してくれてるが、仕事一筋で家に戻るのは年に数日。加えて、自分に対してはほとんど放任。寂しいと思わなくもないが、それもまた別に気にはしていない。正直、基本どうでもいい。
 教師からもほとんど見捨てられてるし、このまま高校生活も適当に過ごせば……。
 そう思っていた、ある時。
 彼女が、いきなり現れた。

 彼女……クラス委員の神保雛菊。ショートカットの髪型に、溌剌としたまなざしの彼女は……ある晴れた日にいきなり屋上に現れ、こう言った。
「虎ノ門さん、ちゃんと授業受けよう?」そう言って、プリントを楓子の手に押し付けた。
 楓子はこうして雛菊の事を知り、世話を焼かれ始めた。

 最初は、すごくうっとおしかった。なのに……雛菊は、彼女はしょっちゅうのようにやってきては、どうでもいい事でも話しかけてくる。
 いつしか気になり始め、授業にも出るように。
「……いつの間にか、席が隣になってるし」
「ふふっ、ちょうどいいねっ」
 確かに、ちょうどよかった。というか、彼女が隣にいてくれると、授業を受けるのも悪くない。そう思う自分に気づかされた。
 授業自体は、正直退屈。けれど……隣に彼女がいてくれるから、退屈じゃない。いや、退屈でも楽しい。
 いつしか、彼女に会いたいために、学校に通うように。
「……ねえ、神保さん」
「なにかなっ?」
 そして、ある日の下校時。周囲には畑が広がる、見晴らしのいい道を一緒に帰りながら、聞いてみた。
「……どうして、わたしにそんなに親切にしてくれるのかな」
「……一目ぼれしたから」
「……そう。……って、ええっ!」
「ふふっ、じょーだんだよっ」
「……冗談、あ、そう。そうなんだ……うん、冗談ね」
 うろたえる楓子の様子を見つつ、雛菊は続ける。
「うん、冗談。最初は話に聞いて、ちょっと放っておけないって思ってたんだけど、一目見たら……とってもかわいいなって思ったのも冗談」
「え……?」
「そのくせっ毛のセミロングな髪形も、ぼさっとしてて時々鋭くなる目も、隠れて良さげなスタイルも……そばにいて見続けていたら、『素敵だな』って思うようになったのも、冗談」
 雛菊の口調が、少しづつ「冗談ではない」それに変化しつつあった。少なくとも、楓子の耳には、彼女の口調は「冗談を言っているそれ」には聞こえなくなっていた。
「……一緒にいろんな事をしたり、してあげてたりするうち……もっと、ずっとそばにいたいって思ったのも……冗談……」
 夕日の中、彼女の顔が、より赤くなっているように見えた。
「……冗談……なんだよね」
「うん、冗談。それで……自分は一緒にいて、どきどきするけど……相手はどう、思ってるのかなって、ちょっと不安に思うのも……冗談……」
「…………」
 沈黙が、楓子と雛菊の間に漂った。互いに、目を合わせられない。楓子は自分から目をそらし、地面を見つめた。
 恥ずかしい、恥ずかしくてたまらない。胸がドキドキして、その鼓動を感じる事自体がたまらなく……恥ずかしく、どうにかなりそう。
「……あの、神保さん」
 とにかく、何か言わなければ。そう思い、こちらから口火を切ると。
 雛菊が、楓子を置いて先に進んでいた。
「神保さん?」
 いや、どこか様子がおかしい。ふらふらした歩調で、まるで……歩きたくないのに、歩かされているような、そんな印象を与える歩き方。
「ねえ、どうしたのよ。神保さん!?」
 その顔も、どこかおかしい。前に回り、肩をつかむが、瞳の焦点が合っていない。
「……?」
 ふと、楓子は『気配』を感じた。そう遠くはない、しかし……近くにその気配の主がいる。
『気配』は、自分の後ろに、すなわち楓子の背後から感じられる。雛菊の肩をつかみながら、後ろを振り向くと。
 そこには、小高い丘へ続く道があり、その丘の入り口付近に……。異様な「女」がいた。
 何か、ぼろぼろの服を着ている様だ。夕方だから、あまり良く見えない。しかし……雛菊はその「女」へと向かっている。
「ねえ! 神保さん! 正気に戻ってよ! ねえ! ……雛菊!」
 初めて、名前を呼んだ。それを聞いて、ぴくっと雛菊は反応したが……正気には戻らない。
「!?」
 ふと、背後に強烈な「気配」を感じ、振り向くと。
 あの「女」が、迫っていた。

「……その後、虎ノ門楓子は必死になって逃げた。そして気を失い、倒れているところを発見された。背中をはじめとして、手足に傷を負ってな。彼女は病院に運び込まれ、そこからこの事件が発覚した」
 霞ヶ関が、事件のあらましを君たちへと伝える。
「現場には彼女のみならず、神保雛菊のカバンも放置されていた。で、調べてみたところ。ここ数日の間に、この道を通った者たちが行方不明になっている事がわかった。間違いなく、『女』どもの仕業に違いなかろう」
 楓子が目撃した「女」は、数匹で空を飛んでいた、という。その腕は、まるで鳥の羽のようになっており、それで空を羽ばたいていた、とも。
 そして、雛菊が誘き出された「丘」。そこは周囲をフェンスで囲われ、表面は雑木林で覆われている。今は亡き地主が、内部に倉庫を建てて、骨董品や車などのがらくたを保管していたという。
「……というわけで、神保雛菊嬢を助けてほしい。おそらく、時間はほぼ残っていないだろう。やってくれるな?」


リプレイ本文

「……さて。田舎町の通学路。少女二人を襲ったは、得体の知れぬ謎の女怪。我ら撃退士、如何にして其を撃つべきや?」
 手のトランプを器用にシャッフルし、少年……エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は「丘」へと視線を向けた。
「丘」は、荒れていた。フェンスが立てられ、おいそれと入り込む事はできない。周囲にも人の気配もなく、遊び場を求める子供たちもいない。
 今、エイルズレトラがいる地点から「丘」までは、まだかなりの距離がある。
「それより、頼んだ護送車はまだか?」
 エイルズレトラの言葉に対し、彼より若干年上の少年……サングラス姿の地堂 光(jb4992)は訝しんだが、すぐに安堵した。要請した護送車が到着したのだ。
「それにしても……外見も、中身も良く分からないモノ、ですか」
 のんびりした雰囲気を漂わせつつ、鳳月 威織(ja0339)が呟く。
「楽しい相手だと、嬉しいのですけど。『死神は、北風に乗ってやってくる。死神は、風と一緒に命を奪う……』」
 古い童謡の一節を、鳳月は小さく口ずさんだ。
 その童謡に追随するように、風向きも北からのそれに変わっている。
 不吉だと、乾 政文(jb6327)は感じていた。

「丘」へと、二人の少女が歩を進めている。
 一人は、漆黒の髪を持つ悪魔。かつて人を狩り、今はその贖罪として天魔を狩る少女、ユウ(jb5639)。
 一人は、白銀の髪と、琥珀の瞳を持つドイツ人。騎士の先祖を持ち、家族を天魔に奪われた悲しみを戦いへの意志に変えし少女、アストリット・ベルンシュタイン(jb6337)。
「……今のところは、何も出てはきませんね」
「ええ……『丘』の方にも、何も見当たりません」
 小声で問うユウに、アストリットはうなずいた。
 
 この依頼の、大まかな作戦。
「全員で丘へ。その際女性陣が先行し、『女』を誘い出す」
「『注目』のスキルで『女』を誘い出す」
「そうして『女』を誘い出し倒した後。『丘』内の屋内に突入。要救助者を保護」
「『丘』のふもとまで移動し、要救助者を護送車で病院まで搬送」
「『丘』に戻り、残った『女』がいないかを確認」

 先行する少女二人。その後ろには、男性陣四名が後をつけている。
 うまくこちらの誘いに乗ってくれれば良いが。それとともに……包帯だらけになって横たわっている楓子の姿が、二人の頭に浮かんだ。
 撃退士たちが向かった時に、一時的に意識が戻ったが、熱にうなされ……再び昏睡。
 その際に楓子が呟いた言葉が、二人の、撃退士たちの耳から離れない。
「……雛菊、どこ? 無事なの?……」

「……必ず、助け出します」
 あの言葉が忘れられない。アストリットは改めて、任務への気持ちを新たにした。

「……あれは?」
 そして、更に数分後。
「丘」に更に近づいたところ。まず感じたのは「雰囲気」。
 加えて、「臭い」。かすかに獣臭らしきものが、二人の鼻孔に漂ってきた。
 そして、三番目に感づいたのが……そいつの「姿」。
 注意深く上げた視線の先に、そいつの……「女」と思しきそいつの姿があった。

 そいつは、薄汚れた半裸の女性……といった印象を受けた。
 だが、そいつの下半身と両腕は、薄汚い羽毛で覆われていた。両腕はぼさぼさの羽毛が広がる翼。ばさっとひと羽ばたきすると、汚らしい羽毛が散った。
 胸部は、人間の、女のそれ。そして、頭部もまた同様。一見すると人間の女のそれだが……その顔は、奇妙に無表情。
 位置を確認するため、そいつの顔を、一瞬だけ見た。途端にアストリットは、心が揺れ動くのを感じた。
 醜い? いや、悪くはない。むしろ、すごく魅力的……。

 ……駄目!
 心が離れそうになった一瞬、アストリットは正気に戻り、視線を逸らす。ちらりと一目見ただけなのに、あの「女」どもの術中にはまるところだった。
『……大丈夫?』
 視線でそうたずねてくるユウに、アストリットはうなずくことで答える。
 間違いない。雛菊もこの術にかかったに違いない。
 気を取り直し、ゆっくりと接近する。
 やがて、「丘」までの距離が十mを切ったその時。
 二体の「女」が、羽ばたき、宙に舞った!

 それはまさしく、悪鬼怪物の表情。「女」どもは耳まで裂けたその口を大きく開き、歓喜めいた表情を浮かべていた。しわがれた声で咆哮し、羽ばたき、空中を駆ける。その鳥の下半身からは、爪が光るのが見えた。
 しかし、こちらも戦いの準備はできている。アストリットとユウは、心を戦闘態勢へと整えた。

 そして、その様子は後方の四人。撃退士の男子たちにも伝わっていた。「丘」から新たに現れた「女」が飛び立った。それはまさしく……ギリシャ神話に登場する人面鳥身の女怪「ハーピー」そのもの。
 合計三匹のハーピーは、二人の少女へ、アストリットとユウへと急降下していった。
『……!?』
 だが、三匹は首を傾げ、視線の先を少女たちから外す。
 新たな視線の先には、鳳月とエイルズレトラ。挑発し、注目させるスキルが発動し……その効果が、怪物どもの目を引いたのだ。
 鳳月はその手に霊符をを取り出し、身構えた。直視せぬよう、視線を巧みに外しつつ。
「……さあ、そんな高い処を飛んでいないで、降りてきてください」エイルズトラもまた、己を注目させている。
 彼らと背中を合わせ、地堂と乾。首から下げる、優しげな雰囲気の装具……大きめな金属製のロザリオを構える地堂もまた、敵の強襲を待ち構える。
 悪夢が急降下し、その爪が空を切る。その時。
「『おいらは火の玉投げつける、お空の小鳥を落とすため』……『召炎霊符』!」
 霊符が生み出した、燃え上がる球。それがハーピーを迎え撃った。炎の球はもろにハーピーの一体へと直撃し、汚らしい羽毛に火炎の彩を与える。苦悶の声とともに一匹のハーピーが地面に転がり、焼け落ちた。
「くらえ!『献身のロザリオ』!」
 回り込んできたハーピーへと、地堂の十字架から無数の注射針が発生し、放たれる。鋭い針先が怪物の翼に、胴体に、全身に突き刺さり、文字通り針山に。
 二匹目も地面に転がり、苦痛と断末魔の悲鳴を上げ、霧散する。
「『サンダーブレード』!」
 三匹目へと、乾はその手に握った雷撃の刃を放つ。稲妻に打ち据えられ、三匹目の女怪もまた、無へと帰した。
「……『優しい風が吹いたなら、ようやく災いおしまいに』」
 霧散する三匹のハーピーを見つつ、鳳月は童謡の最後の一節を口ずさんだ。

 ハーピーが滅して五分。今のところ……新たな敵は見当たらない。
 が、悪意の臭いの元がいまだ健在なのを、ユウとアストリットは感覚で理解した。
 それにまだ、終わっていない。神保雛菊の生死を確かめ、生きているならば救出せねば。
「丘」内部へと入り込んだユウとアストリットは、その内部へと歩を進めた。
 乾にエイルズトラ、鳳月に地堂がその後に続く。下生えをかき分け、枝を払い……進んだ先には、廃墟があった。
 それは、木造の住宅。小屋と呼ぶにはちと大き目だが、家屋敷と呼ぶには若干小さいつくり。かなり頑丈そうで、用いている材木もほとんど痛んではいない。
 そして……扉や窓は、全て外側から分厚い板や材木が釘で打ち付けられていた。開くことも、中をのぞくこともできない。
「……これがおそらく、死んだ地主が使ってたっていう家屋。でも……」
 でも、もしここに雛菊が囚われているとしたら……どこから入れられたのか? 臭いは、死臭にも腐臭にも近い臭いは、確かに強く、濃くなっている。
 それが、「確信」させた。ユウの鼻孔のみならず、感覚的にも、この小屋内部に何かがあると、「確信」を抱かせていた。
「ねえ、ユウさん」
 アストリットが、屋根を指さした。
「屋根の一部が、崩れているみたいだわ。あそこから入れないかしら?」

 闇の翼を顕現し、ユウは空に飛びあがる。小屋を見ると……屋根の部分に大きな穴が開いていた。注意深く、ゆっくりと、その穴の内部へと入る。が……ユウはそこに入り込んだことを後悔した。
 内部には、腐乱した死体がまみれていたのだ。その全てが損壊し、跡形も残っていない。まるで……バラバラに引きちぎったかのように。
 そこへ。いきなり声が。
『ユウさん! 聞こえますか? 中に雛菊さんはいましたか?』
『打ち付けた板が、外れそうな場所を見つけた! これからそれを剥がして、俺たちも中に入る!』
 アストリットと乾の問いかける声だ。それに対し彼女は、可能な限り大声で答えた。
「中は死体でいっぱいです! 雛菊さんの姿は、今のところ見つかりません!」
 だが、もしも生きていたら……。雛菊はこの中にいるはずだ。

 すぐに、アストリットたちも内部に入った。しかし彼らもまた、内部に入った事を後悔した。
「……やれやれ、なんだかよくわからない敵ですね。強いんだか、弱いんだか、何がしたいんだかわかりませんが……」
 エイルズレトラはそこまで言って、言葉を止めた。
「……けれど、わかった事がただ一つ。あの『女』どもは、どうしようもなく悪趣味です」
 おそらくは、食うために人をさらい、ここまで運び……その死肉を喰らったのだろう。
 だが、この様子を見ていると。おそらくは雛菊も……。
「おい、見つけたぞ! まだ生きてる!」
 地堂の声が、彼の思考を止めた。そして……そのまま、彼のもとへと駆け出した。

 雛菊は、考えるのをやめていた。
 よくわからないが、あの化け物を見ていると、心地よかった。魅了されたなどと、そんな事は自分で知る由もない。そんな事、本当はしたくないし、本当ならあの「女」どもの事を好きになどなりたくないのに。
 なのに、無理やりそう「思わされている」。それがわかっているのに、どうにもならない。
 それに、二体の「女」が自分の両腕を持ち上げ、ここへと放り出された時。脚を酷くひねってしまった。脚の骨は折れてはいないようだが、少なくとも走る事はおろか、歩くことも、立ち上がる事すらもできない。
 既に小屋内部には、瀕死の人間が何人もいた。体力がなくなる者から死んでいき、死んだら彼または彼女は「女」の餌になった。
 目前で「女」どもに食われていく犠牲者達を見て、自分もすぐにああなるのだろうなと雛菊はおぼろげに感じていた。が、それすらも心地よかった。そして、「そんな事を心地よいと思う自分」が恐ろしく感じたが……逃げられもせず、戦うこともできない自分に、何ができよう?
 水も食料もなく、空腹が体力を削っていった。が、そのために何かする気力自体が失せていた。思考する事すら放棄しつつあった。
 だが……雛菊の耳に、聞きたかった言葉が響いた。犠牲者のうつろな声とは異なる、はっきりとした言葉が。
「しっかりしてください! 助けに来ました!」
 エイルズレトラの声が、撃退士たちの姿が、雛菊の思考を甦えらせたのだ。

 乾が、雛菊を背負う。衰弱した彼女の体は、驚くほど軽かった。
 少なくとも、他に生存者はいないようだ。それに……早く病院に運ばないと。この様子だと、助かるかどうかわからない。
「すぐに運ぼう。乾さん、早く護送車のところまで……」
 地堂がそう言った矢先……見上げたそこに、見てしまった。
「……くそっ! あいつらだ!」
 二匹のハーピーが、はるか上空を舞っていたのだ。

 携帯電話で「丘」のすぐ近くまで、護送車を呼びつけたはいいが、あのハーピーどもを倒さない事には……解決はしない。ここで逃したら、必ず別の場所で、同じ事を、同じ非道な事を繰り返す。
「……エイルズレトラさん、片方は私とアストリットさんで対処します。もう片方は……」
「……わかりました。お願いします」
 猶予はない。アストリットの提案に、エイルズレトラは乗った。

「丘」から出てきたアストリットめがけ、二匹のハーピーが急降下してきた。先刻と同じように、しわがれた声の咆哮とともに、襲いくる。
 空中で、片方が翼を羽ばたかせた。その途端……強烈な風圧が、アストリットを襲う!
「……くっ!」
 強烈な風による、衝撃波。それがアストリットめがけて放たれたのだ。装着したアーマーやメイル、そして手にかざしていたスクールシールドが彼女を守ったが、二度も防御はしきれないだろう。
 後ずさった彼女へ、してやったりとハーピーどもは降下する。
「……今です!」
 アストリットが、叫ぶと同時に。彼女の後方、「丘」の藪の中から、降下するハーピーへと飛翔する姿があった。
 もつれた木々の間から、まるで爆撃機を狙い撃つ対空砲が砲撃したかのように。背中に闇の翼を顕現させたユウが、打ち出された砲弾のごとく飛び上がった。
 予想外の敵にうろたえたハーピーだが、もう遅い。
「……『掌底』!」
 ハーピーの人間そっくりな顔を、真上から手のひらでつかんだユウは、そのまま怪物を、地面めがけて叩き落とす!
「はーっ!」
 地面に叩きつけられたハーピーが、最後に見たもの。
 それは、アストリットが己へと、サンダーブレードを放つところだった。

 残る一体へと、ユウは空中で肉薄する。が、最後のハーピーは勝てぬ事を悟り……後ろを向き逃走した。
 距離が離れすぎている。たどり着けない。
 が、放たれた弾丸が、ハーピーを貫いた。
「降りてきてくれないようなので……こちらも相応の手を使わせてもらいましたよ。あしからず」
 スナイパーライフルMX27のスコープを覗きながら、エイルズレトラは静かに呟いた。
 地面へと落下するより早く、ユウが空中でそいつに「掌底」を食らわし、引導を渡す様子が見えた。
「……『猟師が鉄砲撃ったとさ。何撃った? 悪い怪物、撃ったとさ。悪さもこれで、おしまいだ』」
 鳳月が、新たな童謡の一節を口にした。それとともに、ハーピーは全て……息絶えた。

「楓……子……?」
「雛菊……良かった……本当に、良かった……」
 病院のベッドで、半身を起こしていた雛菊。彼女のもとへ、やはり傷が癒えつつある楓子が訪ね、抱きしめていた。精神的なショックを受けた雛菊だが、それも徐々に回復しつつあるとの事。
 その様子を、撃退士たちは満足げに見守った。あれから残るハーピーを退治しようと、調査したが、あのこしゃくな怪物は現れなかったのだ。
「もう、大丈夫ですよ」
 皆を代表するかのように、アストリットが二人へと告げた。
「……雛菊、冗談じゃなく……わたしは、あなたが好き、だよ。だから、もう……」
 どこにも、いかないで。
 ささやくような、小さな声だったが。楓子は雛菊へと、はっきりそう告げた。
「仲良きことは美しき哉、と言いますが……」
 まるで百合の花の様に……美しいですね。
 エイルズレトラのその言葉の通り、二人の少女が抱擁する様は、美しい光景だった。

 その後。退院した雛菊と楓子は、前以上に仲良くなり……新たな学園生活を過ごしたという


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

死神と踊る剣士・
鳳月 威織(ja0339)

大学部4年273組 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
道を拓き、譲らぬ・
地堂 光(jb4992)

大学部2年4組 男 ディバインナイト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
撃退士・
乾 政文(jb6327)

大学部5年233組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
アストリット・ベルンシュタイン(jb6337)

大学部6年113組 女 アカシックレコーダー:タイプA