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その日集まった撃退士の数は6名。
表向きは調査に、真の目的は未練を探しに、集まって来ていたのだが……。
祖母と共にくるか来ないかで、意見が統一されていなかったものの、方向性だけはほぼ一致していた。
夜じゃなければ……、きたければ……などの意見が暫し撃退士たちの間で交わされ、とりあえずは一緒に向かうこととなり龍崎海(
ja0565)は、道すがら未練の品物について祖母へと尋ねていた。
(まず、どんなものかわからないとねぇ)
分からなくても、好きな物とか生前の写真でもあれば推測はできるかもしれない……と思う。
そんな2人をみながら、礼野 智美(
ja3600)とRobin redbreast(
jb2203)は、声が聴こえる時間帯について気になって聞いたものの、まちまちのようだった。
「定期的に来て空気の入れ替え、しているんですよね? その際に、窓開けた時に何か音が鳴って、それが人の声に聞こえるのかもしれないし……」
そもそも耳が遠いとはいえ祖母が聴いていないと言うのだから、聴こえるというのは勘違いとかそういうものだろうとロビンも頷く。
「みんなの聞き間違いかもしれないね」
(どの様な、情念が、こもっていても、思い出と言うのは、大切なものです。何とか見つけて、あげたいですね)
「そうですね、きっと、聞き間違いに、違いないなのです」
アルティミシア(
jc1611)はそう言って大きく頷く……のは、お化けが怖いから……かもしれない。
そんな会話をはさみながら、祖母へと質問を重ねて行く。
「では、お孫さんはクリスタルの置物が好きだったんですね?」
ユウ(
jb5639)が意志疎通を使いながら、的確に話をきけば、祖母が大きく頷いた。
クリスタルの置物、といってもそれは偽物だし、小さな……子どもの頃手に取ったことがあるかもしれないきらきらしたものだという。
「あとひとつ、ということは、全部で何個あったんだろうな」
そこまではわからないが、少なくともそんなに高い物ではないことから、ご褒美にあげていたようだ。
母親が子に贈った物なのだろうか、と思っていたファーフナー(
jb7826)は、なるほどと頷く。
「見つかった他の物は、どうしたのだろうな」
祖母が瞳を伏せた。
どうやら別の場所にあるようだ。
深く聞くことはせず、そろそろ話もいいかと車椅子へ祖母を移動する手伝いをすることに。
ロビンがおんぶする? といったものの、そちらも場合によってはいいかもしれないが、移動はこちらのほうが安全そうだ。
撃退士とはいえ知らぬものが家に入ることになるのだから、心配もあるだろうとファーフナーがいうのに、祖母がその心遣いに嬉しそうに微笑んだ。
「では、行きましょうか」
ユウは出来るだけ、祖母の視界から外れるように気をつけつつ、そう言って家の方へ。
聞かれなければ、自分の種族を伝えるつもりはないため、出来るだけの配慮を。
皆の前に、件の一軒家が現れる。
言われていたように、女性の声がきこえるわけでもなく……。
天魔が発する気配がするわけでもなく……。
本当に、ただの一軒家であった。
……庭が荒れ果てていることを除き、ではあるが。
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家の中の調査は、そんなに難しいものではなさそうだった。
祖母が時折、家に来て掃除しているからか少々ほこりっぽい程度で、荒れ果てているというわけではない。
家の中を誰もみることがないのなら、そちらを……と思っていたが、見る人がいるようだと判断した海は、皆に声を掛ける。
「俺は、庭の方で手入れしておくよ」
持って来ていた手入れ道具をみせれば、助かると答えが返ってきた。
「じゃぁ、まずは草刈りをしてからだね」
海を先頭に庭に出てみると、そこは足の踏み場もない……と言っても過言ではないほどに荒れ果てていた。
ひざぐらいまでに伸びた草は、歩くたびにさわさわと音を立てる。
「まずは……」
「ここからやっていきましょうか」
ユウがそう言って、道具を借り受ける。
物質透過を使いたかったが、阻霊符の関係で無理だろうとまずは雑草を抜くことに。
「安心して、眠れるように、頑張って、探しましょうか」
アルティミシアも物質透過を使おうとしたものの、残念ながら阻霊符が使い終わるまでは無理そうだ。
でも、それが終わりさえすればアルティミシアとユウの判断はいい方向へと向かうだろう。
「ふふっ、何だか、宝探しみたい、ですね」
「そうだね、頑張ろう」
ロビンは小さく頷く。
「お庭はお花がたくさんだね。どこに埋めたのかな?」
花壇とかなら見つけやすそうだし植え込みかな? と首を傾げている。
先程の祖母の話しだと、孫は花が好きだったらしい。
「男の子がそれを埋めたのは何月頃なんだろう」
それが分かれば花の目安にはなるだろうが、詳しいことを知る者は……既に、亡い。
祖母もひょっとしたら時にいたこともあったかもしれないが、共に暮らしていなかった以上分からないだろう。
(その時に、お花が咲いてる場所に埋めたのかな。それとも、まだお花が咲く前の場所に埋めたのかな)
でもロビンは彼らがまだ笑ってここにあったときのことに思いを馳せる。
「まずはツツジ、紫陽花の埋め込みを探してみて、そのあとは、薔薇のアーチと花壇を探してみるよ」
皆に声をかければ、分かったとの返答が。
早く、見つけてあげないと……!
ロビンはさっそく探し始めるのだった。
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庭に向かった同時刻。
「もしよかったら、家の中で座ってお待ちください」
智美は祖母へと声をかけ、ことわりを入れてからもってきていたクーラーボックスを祖母の近くへと置かせてもらう。
「電気は通ってないのですよね?」
水も電気も通っていないとの言葉に持って来て良かったとほっと息を吐きつつ水分補給に、中に入っているのを飲んで欲しいというのに、祖母が頷いた。
「そうでした、お孫さんの好きな花がなんだったか分かりますか?」
詳しくはわからないが、ツツジや薔薇は好きだったようだとの答えが返り、少々探す場所の的が絞れた。
調査の方頑張ってくださいね、との言葉に頷きつつ、申請していたスコップを手に庭へと向かうのだった。
その頃、ファーフナーは智美と同じように阻霊符を発動しつつまずは外を一週していた。
自分にとって家族というものは無縁だと思う。
それでも、子や孫に先立たれるというのは、どれほど無念なものなのだろうとも、思うのだ。
ぐるりと回って玄関へ。
やはり特になにも見つかるわけではなく……声がきこえたわけでもなかった。
次は、家の中へ。
家の中で待って居る祖母へ挨拶をし、許可を得てから中を探し始めるが、やはりこちらも見つかることはないだろう。
今回の調査を通して、母の未練も、祖母の思いも……そして、近隣の人達に、安息が訪れるように。
(いないみたいだな……)
ファーフナーは家の中も調査を終え、祖母へと庭の方へ行くことを伝えれば、気を付けてくださいね、と送り出されるのだった。
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皆が庭に集まれば、人が多いだろうとユウが断りをいれて、今一度家の中へ。
阻霊符はもう必要ないだろうとのことで智美とファーフナーは使用をやめており、ユウは闇の翼と物質透過を使い、子どもが入りそうな隙間を重点的に見て行く。
その際、出来るだけ祖母の視界に入らないように、と気遣いは忘れない。
(未練、見つかるといいですよね……)
あって欲しいと、小さい子どもの気持ちを思いながら、隠す場所を考える。
一階をくまなく探し、二階へ。
物質透過のおかげでそれこそ隅から隅まで探すことはできたものの、やはりどこにも子どもの好きそうなものない。
けれど、家の中には「天魔」がいないということの再確認と「未練」はないという収穫があったのは、とてもいいことであろう。
「もう一度、戻ったほうがいいですよね」
闇の翼を仕舞い、ユウは祖母へと挨拶をすると、再び庭へと降りるのだった。
数度の水分補給をはさみながら、撃退士たちは花々が咲き誇る庭を一生懸命、泥にまみれながら未練を探していた。
(……何だか、なぁ……。こういう事には、力不足、感じてしまうよなぁ……)
智美は独りごちながら、絡みに絡みまくってる赤い薔薇の蔓の下を重点的に探してみる。
ツツジも刈り入れなど当の昔のことだとばかりに、枝も伸び放題だ。
それでも海たちによって草は刈られていて動きやすい。
あちら、こちらと蔓の間に指先を時に潜り込ませながら探すがなかなか見つからない。
自然と険しくなる眉間。
力不足。という言葉に、深い溜息のひとつも毀れ落ちそうだ。
それでも手を止めないのは、未練を探してあげたいからこそ。
(未練、出て来るといいよな……)
「息子さん行方不明ならお墓に入れる物欲しいし……」
とはいえ、まずは水分補給をしたほうがいいかもしれない。
皆に声をかけて、水分をとるように進めるのだった。
水分を補給し、暫し後。
なんの花かはわからないが、ピンク色の花の傍を探してた海は、思う。
撃退士になりはじめた頃の事件……とり零しのあった相手ではないかと調べてみたがそういうわけでもなさそうだ。
すでにその天魔は倒され、ただただ「噂」のみが天魔と絡んでより複雑になったのだろう。
(悲劇ではあるが撃退士としてあるがゆえにこのご時世ではありふれたとも言えてしまうなぁ)
悲しいかな、そういう事件は少なくはない。
されど、だからといってありふれたままにしたくはないと海も思っている。
(少なくとも……)
この家で起こった悲劇の時に比べて、天魔に対抗できる力は増している。
それは、撃退士たちの努力によるものだろう。
それに……と小さく呟く。
(こういう悲劇を増やさないために頑張らないと)
近くある、札幌の大規模作戦。
それがうまくいくようにと思いながら、手を動かすのだった。
ファーフナーはまだある雑草を抜きつつ、丁寧に探していく。
見えたのは赤いツツジ。
そういえば、ツツジが好きだと言っていたっけ……と、その下を探してみることにする。
(あとひとつ、をみつけたら……墓前に供えるのだろうか?)
聞いてみようと、思ったのだった。
ロビンは紫色に咲く紫陽花をみて微笑みを浮かべた。
この花を植えた時にはどんな笑い声が響いたのだろうか。
まだ未練は見つからないが、きっとどこかにあるはず……。
もうひとがんばり、と探していく……。
魂の安寧のために、探し物。
(ボクが死んだら、ママは、悲しむのでしょうか? ……あまり想像、出来ませんが)
白いツツジが咲き誇るのを見ながらアルティミシアは思う。
かさっという音にびくっとなる。
「うう、ボクは、お化けが、大の苦手、なのです」
どうやらそれは、虫が飛び立ったおとだったようで。
そういえば手入れがほとんどされていなかったということは虫も多いだろう。
時間をかけて、しっかりと丁寧に……本気で探す彼女は幽霊の魂の安寧のため。
そして自分の精神の、安らぎの為に、である。
「ううっ、背筋が、寒いです」
それはきっと虫の気配……いや、首をふるふるふりながら、言い聞かせる。
「……き、気温が低い、だけです。決して霊気では、ありません……」
ないと良いなぁ。と涙目になった所で、何かが目に入った。
かなり深く掘った穴。
そこに石とはまた違う「何か」。
「……あ!」
アルテミィシアの短くも、「何か」を見つけたことが分かる声に、皆が集まってくる……。
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その「未練」は、白いツツジが咲く土の中にあった。
「これで、しょうか……」
見つけたのは、小さなクマだった。
きっと埋めた当初はキラキラ輝いていただろうが……。
今は土にまみれ、輝きを失っている。
「ようやく見つけてもらえてよかったね」
ずっと暗い土の中にいたものね、とロビンがそっと土を払ってやる。
(ずっと土のなかから、男の子のかわりに、お花の成長を見守っていたのかな?)
そうだよ、とでも言うように掌の中のクマは、ロビンと視線を合わせる。
「なんだか嬉しそう」
ユウがそう言えば、ファーフナーも頷く。
「そうだな」
ずっと、土の中だったものな、と。
「良かったです」
智美をほっと息を吐き、自然と笑みが毀れる。
「これで、みんなも声が聞こえなくなるかな」
喜んでいたアルテミィシアが、その言葉にひっと小さく声をあげる。
お化けをすっかり忘れていた。
そんな様子に海が瞳を細めて首を傾げたが、アルテミィシアはふるふると首をふって気持ちを切り替える。
「早く、持って行って、あげましょう」
アルティミシアが祖母が喜ぶ様子を思い浮かべ早く行こうと急かす。
「そうだね、行こう」
再び海を先頭に、家の方へ。
そっと大切に掌に包み込み、祖母が待つ部屋へ向かって行く。
まずは、ただいま戻りました、との報告と。
「見つけましたよ」
見つけたロビンがそっと手渡せば、祖母の瞳に涙が光る。
娘の未練も、孫の思いも、そして撃退士たちの思いも、受け取ったかのようだった。
「あと、天魔の影響もないようです」
智美の言葉にファーフナー、そして家の中を見て回ったユウも頷く。
何か聴こえた、というのは皆の心がつくりだした魔物だった、ということだろう。
「こちらはどうするのだろうか」
もしよければ、お手伝いするというファーフナーの申し出に祖母がお墓の中にいれるのだという。
他のも全て、「お骨の代わり」に入っているのだと。
「貴方がたのおかげで、天国でみな、喜んでいるでしょう」
そうであってほしい。
そんな風に思いつつ、調査は無事終わり、未練もまた、見つかった。
「あの、あらしてしまった所、片付けませんか?」
ユウの呼びかけに、ロビンも頷く。
綺麗にしてあげようと、もう少しだけ、依頼は続くのだった……。