●ショーウィンドウと裏口と
「んと、裏口から……」
裏口から離れた場所に戦闘に向いている場所はないかと話を聞く高瀬 里桜(
ja0394)は、思う。
(頑張ろう! お菓子のため……じゃなくて、お店の人のために!)
甘い香りが漂い、目の前に並ぶケーキ達は凄く美味しそう。
(決してお菓子目当てじゃないのっ。困ってる人を助けたいだけなの!)
そう、決してお菓子目当てじゃない、先ほどからモンブランやハロウィン限定ケーキに熱い視線を送っていたとしても、だ!
「迷う〜!」
なんか本音が聞こえたよう気もするのは御愛嬌である。
「困っている人を見捨てては、撃退士の名折れ! なぁに、私達にかかればこの程度、造作もないことよ……」
その言葉に、店長以下店員やお客さんたちが頼もしそうに見つめている。
しかし、例え視線が陳列したケーキたちに向いていたとしても、やる気だけは変わらない。
近くで南瓜味の飴を買い求めていた成生遠馬(
jc0609)がそんな御門 彰(
jb7305)と里桜をみて、にやりと笑う。
「美味いケーキ屋に害為すモンをほっとくワケにゃいかねぇな」
(居合わせた同志サンらと全力を尽くすまでよ)
確かにそれは本音だが、先ほどにやりとしたにも訳がある。
今回の報酬が豪華となれば、力が入るというものだ。
(なーに、どうせ菓子目当ては俺だけじゃねぇンだろ?)
そういう訳で、少なくとも同じタイプが2人は居た。
たまたま家族のお使いでハロウィン用ケーキを買いに来ていた音羽 聖歌(
jb5486)は、一旦買う手をやめる。
(2つ追加なら、従兄妹達にもケーキ渡せるよな)
ちらりと見たケーキから視線を外し、近くにいた佐野 七海(
ja2637)にと視線をやる。
「わっ私は、支援を、しますね」
七海の言葉に頷き、軽くどうするか話し合う。
一先ず戦闘場所を移すことを決めれば、店長達を誘導し安全な場所へ。
「えと、あの……よろしく、お願いします」
その言葉と共に、甘い誘惑を振り切りどうにか裏口へと向かうのだった。
訪れた裏口は、不気味にただただ静かだった。
鴉乃宮 歌音(
ja0427)が壁に体を隠しながら件の南瓜を確認する。
赤い瞳が見つめる先に……確かに、ドアの所に五つ段ボールが置いてあり、そしてその脇にどでかいオレンジ色の南瓜が置いてあった。
(紛れこんで調理しようと近づいてきた者を喰らうのか)
どぉぉーんと置いてあるその南瓜に気が付かなかったというのには無理があるだろう。
(カボチャのモンスターでしょうか? 依頼主の方には失礼ですけれど、ちょっと楽しみです)
そう思う七海の傍ら、ひょいっと覗き込む姿。
「……あの大きいカボチャがそうかな?」
草薙 タマモ(
jb4234)が首を傾げる。
「あっちに駐車場があるって言ってたよ」
里桜の言葉通り、裏口よりちょっと先に業者等が止まるのだろう小さな駐車場がある。
店長に言われた通りのその場所に、皆が小さく頷いた。
あそこしかないだろう。
「誰か試しに近づいてみてよ」
タマモは視線を受ければでも私はヤダよ、と首を振った。
「じゃあ、俺が囮やる」
手を挙げたのは聖歌だ。
(女性に囮させる訳にはいかないし……)
冥魔認識にて、天魔のどちらかを判別もできるし……と言えば、皆が宜しく、と頷いた。
「お化け南瓜……唯が知ってるのはジャック・オ・ランタンで……」
近寄っていく姿をじっと見つめる唯・ケインズ(
jc0360)。
「こんな大男なんかでは無いのですわー!」
彼女の目の前でにゅっと手足をだした南瓜は、結構大きかった。
「……ありゃ、何だ。仮装に失敗したヤツか何かかい?」
口の中で転がした南瓜味の飴が、なんだかこう……微妙に違う味になったような。
そんな錯覚に遠馬が眉を寄せた。
「うわっ、なんだかゴツイ。マッスルなカボチャになったよ」
しゅたたた。
物凄い筋肉隆々な足を素早く動かし、南瓜が近寄ってきた聖歌に騙されたなぁぁとでもいうように寄ってくる。
誰も騙されていないが、敵がそう思って行動するのならば逆にそれを使って誘導するのがいいだろう。
「……ディアボロか」
今まで遭遇したディアボロは、葡萄に西瓜に枝豆に茄子……植物系食品多かった。
自分だけでなく、知り合いもそうだというのだから、悪魔は野菜好きなんだろうか。
慌てて逃げるそぶりをしながら、駐車場の方へ。
しゅたたた!
南瓜をさらにそれを追いかけていきながら思う。
(何だか気持ち悪い……。唯、何だか許せませんの)
「全力を以って、退治して差し上げますわ!!」
封砲でその背後を追い立てていけば、他のメンバーも威嚇射撃などを行い確実に攻めていく。
漸く今追いかけている獲物が、撃退士だと気が付いた時にはもう遅い。
「敵はディアボロだ!」
その言葉と共にきちんと駐車場に追い込まれ、立ち止まる南瓜。
なんとなくせっぱつまってシリアス風味になっているようではあるが、とにかくその姿は異様で、ビジュアルがとても残念すぎるディアボロだった。
●南瓜との戦い
左右に動く南瓜は正直に言わなくても気持ち悪かった。
なまじ顔に当たる部分が見慣れているハロウィン南瓜なため、その気持ち悪さが際立っている。
遠馬をはじめとして、遠距離攻撃を主にする面々は、遠巻きにその気持ちの悪い南瓜を見つめる。
(トリックアンドトリート……まあ、 こうしてバレたなら驚きも何もないが)
紛れ込んで襲う予定だったのか、それともなんらかの事情で近づいた者を襲う気だったのか。
どちらにせよ、もう今はそんなことなど関係なく倒すだけだ。
弓を構えた歌音の視線が、南瓜にと突き刺さった。
「カボチャに手足って気持ち悪い!」
里桜がアウルの鎧で自分だけではなく聖歌も包み込む。
そんな中、静かに意識を集中して「音」を聞くのは七海だ。
そっと包帯に手をやり、外すのは今じゃない……と再び手を下ろす。
「所謂。キモカワ系、という、モノでしょうか?」
七海が呟くその向こうでは、間合いを測るかのように、しゅたたと皆の周りを縫うように移動しようとしている南瓜。
だがしかし、冷静な歌音の白い雷の矢が突き刺さり、ついでに遠馬の銃撃がその筋肉隆々な足元を威嚇射撃する。
「……キモカワ系、ね」
そういうジャンルもまぁ……ところんと転がした飴が、最後の一欠けらになって口の中に溶ける。
「うわぁ……ゴホン、大した肉体ではないか。見掛け倒しでなければ良いがな……」
(oh……筋肉isマッチョ。……つ、つまりパワオブパワーという事だね。対策なしに近付くとマズイかも……)
UKEMIで耐えられるかな……そんな言葉が彰からぽつりと毀れつつも、髪芝居により筋肉マッチョなその腕をぐるんと拘束する。
髪により拘束された筋肉質なマッチョ。
「ふふ、ははははっ! そう、私こそが縛鎖の王!」
(最近、変な技術ばかり向上してるような……)
さらに武器には芳香剤の匂いもしみついているし、一体自分はどこに行くのか。
「これはさっさと退治しませんとダメですわね!」
唯の封砲がそんな気持ちの悪いオブジェと化した南瓜に炸裂する。
日光を背に繰り出されるそれに、瞳を細めた所にさらに攻撃が繰り出される。
「コメットいっくよー!」
とっさに聖歌が避け、近くに居た者も避難したとみるやいなや、コメットを叩き込む里桜。
そんな彼女を補助するようにタマモの攻撃が突き刺さる。
(とにかくケーキ屋さんのピンチを見過ごすわけにはいかないよね。ケーキが食べられなくなったら困るもの)
そのためにも、お店に被害を出さずにさっさと速やかに倒したい。
「コイツ、案外すばしっこいね」
たたたんと音が出そうな勢いで攻撃を避けるその姿は、まるで踊っているかのようにも見えた。
聖歌の白く輝くゴライアスが南瓜を叩き割らんと叩きつけられるが、やはり耐久力がかなりあるようで、ずずんと体を揺らす程度で。
寧ろ近づきすぎたのか、むんずと掴みあげられもぐもぐと租借され……。
ぺいっと吐き出された聖歌にと里桜が慌てて駆け寄る。
「聖歌くん、大丈夫?!」
ライトヒールがその傷を癒すのに合わせ、タマモがそんな2人から引き離すように声を上げた。
「なかなかタフね。これでもくらえっ!」
蛇に噛みつかれ、振り回す腕が毒に侵される。
だがしかし、南瓜は止まらない。
前衛はおろか後衛までもぶん殴り道を確保すれば、物凄い勢いで縛鎖の王と言って憚らない彰に照準を定めてやってくる。
多分、髪芝居のお礼かもしれない。
「え……!」
伸ばされた筋肉質な腕が、今まさに抱擁せんと触れかけた所で……。
「素直に、捕まってくれないと……」
全てのリズムをその体に刻み込み、相手のリズムに合わせて動く。
視覚に頼らないソレは、南瓜がフェイントを掛けた所で惑わされない。
七海の笑顔の異界の呼び手が、南瓜を絡み取った。
「(ピーーーッ)に、しちゃいますよ?」
無数の手に、むんずと掴まれた南瓜。
そして何よりも。
「今何か言ったような……」
「不思議な音が聞こえたよね」
遠馬とタマモの困惑した声。少々別の意味で騒がしくなるのだった。
そんなBGMを背に、聖歌のエメラルドスラッシュが緑色の光を放ち、南瓜を切り裂く。
「悔い改めなさい」
その言葉と共に南瓜を貫いたのは歌音の銃撃。
白い霧を纏った銃から打ちだされたそれは、神に仕えし破邪の巫女が、邪悪なる南瓜にと裁きを与えたかのようで。
地面にと南瓜がとうとう体を横たえる。
ぼろぼろに崩れ落ちた南瓜を見つめ、終わったことを伝えに行くために動き出す。
なんとか気絶する者は現れなかったが、ちょっとしたトラウマだけは残ったかもしれない……。
●楽しみの時間です
漸く終わった戦いの後、8人の撃退士達は無事店内へと戻っていた。
全てを払拭するかのように、皆ショーウィンドウへと集まる。
「きゃー! どれも美味しそうっ」
「わぁ……キラキラしたケーキが沢山……!食べるのが勿体無い位ですわ!」
里桜と唯の声に、 店長がにこにこと微笑んだ。
うーんうーんと暫し悩んでる傍ら、七海が一つ、ケーキを決める。
「えと、それじゃあ……魔女の秘薬を、頂いても、いいでしょうか?」
これですね? と笑う店員が、一つケーキを取った。
「色のない世界を、いつも見てるので、沢山の色がある、ケーキは、見てて……楽しいです」
それは良かったです。と微笑む店員にはにかみ笑う七海は、小さく頷く。
ショーウィンドウに並ぶケーキは、確かに沢山の色も、きらきらした輝きも、そして甘い香りも運んでくる。
そんなやりとりをしているのを隣で聞いていた里桜が漸く二つ決めた。
「フランケンシュタインの花嫁と包帯男の憂鬱をお願いします!」
はい、と微笑む店員が素早く包んでいく。
女の子は限定品に弱いものである。
貰えるケーキの中に限定品が入っているかどうか迷っていた唯だったが、2人が頼んだを見れば二つ、注文する。
「吸血鬼のお食事とフランケンシュタインの花嫁を頂きたいですわ!」
かしこまりました、と店員が包んでいくそんな脇では、男前に全種類頼む勢いの彰が居た。
「いえいえ、お礼なんてそんな……当然の事をしたまでですよ」
それでもどうか、という店長に、彰が頷く。
「いやまあ、如何してもと言うなら……コレとコレと」
アレも、それも、こっちも、と続く言葉に、流石にそれはちょっとという店長。
「ほお……お前さんも随分甘いモンが好きらしいな? だが、二つまでだぜ?」
遠馬にそう言われ、彰ががくんと肩を落とす。
「……え? 二つまで?」
「まぁ気を取り直して、甘いもんを探しなおせばどうだろう?」
遠馬にそう言われ、宥めるように肩を叩かれれば彰も頷く。
「んじゃ、俺は魔女のヤツとフランケンのヤツを頂くぜ」
ちゃっかりと頼むのは忘れないのだった。
聖歌も、ちゃっかりと一番高いケーキをチェック済みだ。
勿論ハロウィンケーキだからお礼に丁度いいだろう。
タマモがショーウインドウに視線を走らせる。
「この棚のお菓子、どれでももらってもいいの?」
店長が、二個まででしたらお好きな物を、と頷く。
「じゃあコレ。『魔女の秘薬』がいいな」
他に、皆が買って行ってる姿を見て、もう一つ。
「あと、『吸血鬼のお食事』ね」
紅茶を淹れて食べるんだ、と思うその後ろ。
そんな皆の喧騒を聴きながら、優雅に紅茶を唇に運ぶ歌音。
自ら持ってきたそれを飲みながらその指先は、報告書を埋めていっていて。
「当店のお茶も如何ですか?」
お礼ですよ、と歌音に差し出された。
甘いケーキと共に、紅茶もゆるりと楽しんで。
「ありがとーございます」
包み終わったケーキを受け取り、タマモが美しい笑顔を浮かべ店員にお礼を言う。
その笑顔に、店の中がほんわかとなって。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております!」
店員達の笑顔が、皆を送り出す。
また、是非来てくださいね! それは心からの願いだった。
こうして、 また一つ脅威を取り払ったのである……。