●いらっしゃい、お屋敷へ!
さわさわと風が紫陽花達を揺らす。
赤、青、紫、白、薄いピンク。まだまだ沢山の色がある。移り変わるそれらは重なりあい、複雑な色を作り出す。
八重や大きな丸い形、星型の五弁。細弁もあるし、他にもユニークな形が楽しげに風にその身を躍らせる。
水のさらさらと流れる音が人々のさざめきに入り混じった。
それは不快ではなく、どこかほっとする時間を約束している。そんな中、総勢25名がそれぞれの時間を過ごすためにゆっくりと歩き出した。
●部屋の中で
あちらこちらで楽しげな声がする。此方は部屋で過ごす人々!
窓から見えるは毀れんばかりの紫陽花! 左側の部屋で静かにお茶をするのは鈴木千早(
ja0203)と苑邑花月(
ja0830)だ。
花月にと紫陽花が好きかと問いかければ、花月が視線を紫陽花に向けながら頷く。
「紫陽花……そう、ですわね……しとしとと降る雨の中、咲いて……いる、様は とても……強い、美しさ、を、感じます……」
自分にはない強さを感じると伝えれば、千早が瞳を瞬いた。自分の家の庭にも紫陽花はあるが、こう沢山あると圧倒されると千早が言えば花月が頷いて、二人の中に流れる時間はゆったりと流れる。
「梅雨の時期の静かな雨の中の紫陽花はとても綺麗でしょうね。色も種類もとりどりですけれど、花月さんには淡い紫の額紫陽花が似合いますね」
「淡い紫の額紫陽花……ですか?」
なんだか勿体ない。あぁ、と言葉を紡ぐ。やっぱりとても強く美しい。
(……そう、千早さんのような……)
「千早さん、は、濃い藍色……の、額紫陽花、ですわ」
その視線の先に濃い藍色の額紫陽花を映し、花月がそっと囁く。
「そう言えば、花月さんは6月30日がお誕生日でしたね」
「千早さん……花月のお誕生日、覚えていて……下さっているのですか?!」
頬を染めて、嬉しいと言葉に乗せる。憧れの人が覚えて居てくれたことが嬉しくて、幸せで。
「この景色をお贈りすると言いたい所ですけれど……宜しければ、今度一度、家にいらして下さい。花月さんでしたら大歓迎ですよ」
「ええ、ええ! 是非……千早さん、が、点てて下さったお茶……を戴きに、あがりますわ」
その時は、俺がお茶を点てましょうと伝え、ただ祖母の点てるお茶程美味しさは出せないだろうけれどと苦笑する。
「お茶、頂きましょうか」
ぽつりと、落ちた言の葉に小さく花月が微笑んだ。
その頃中央の部屋といえば……一人水琴窟と紫陽花を眺める高虎 寧(
ja0416)。その視線は沢山の色を見せる紫陽花へ。
サマーセーターとその身を包む巻きスカートがわずかに動く。
任務とは別に、自分は濡れずに、雨模様を家屋から眺め居てる感じは生来水遁系忍者足るうちにとり。
余りにも心休まる情景に、眠りへの按配が一層強まる。引き込まれるそれに抗うこともせずに気持ちよい眠気に浸る。
それもまた贅沢な時間かもしれない。こんな贅沢な時間を過ごさない手はないだろう。だから……。
さわさわと風が揺らす紫陽花と、人々のさざめきは心休まる。見て居るだけで、こっくりこっくりと転寝を招き寄せて。
ふと、思う。
(気持ちよく寝れたら良いわよね)
他の人の邪魔にならぬよう、隅っこの方にと移動して。
(――お休みなさい……)
おやすみなさい、しばしの眠りの世界へと。
そんな寧と同じく中央の部屋を選んだのは、月乃宮 恋音(
jb1221)、ヴェス・ペーラ(
jb2743)、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)、知楽 琉命(
jb5410)。
一緒にみませんか? と集まったメンバーだ。一緒に楽しみましょうね、という言葉の傍ら、そっと耳打ちされる日本のお屋敷のお約束。
「どうせなら水琴窟と紫陽花の花、両方楽しみましょう」
色無地の着物を着た恋音だけでなく、みずほも着物に身を包んでいた。とてもその身に合っている。
ヴェスもみずほも入る前に靴を脱ぐという日本独特の文化を教えてもらっていたお陰で、きちんと靴を脱いで上がっていた。
茶会道具一式を持ち込んだ恋音が、みずほにと茶道の基本を伝えていく。
「畳の縁は踏まないようにしてくださいね」
やんわりと伝わるその言葉に、みずほが頷き次々とこなしていく。
「これが日本のTea Partyですのね」
一度もやったことがない、というが、みずほのやる気と共にそれは様になっていて。教えて居る恋音も微笑んだ。
「日本の文化はとても興味深いですわ」
「さぁ、お茶を点てますね」
そんな二人を見ながら、水琴窟の音を密かに鋭敏聴覚で聞き取り音で楽しみ、花を見て楽しむヴェス。
その手には冷やしたお茶に寒天と砂糖を入れ、加熱しよく混ぜた後容器に入れた餡と一緒に冷蔵庫に入れて作った緑茶ゼリーが。
琉命手作りの品である。これをどうぞ、と皆に配った所喜ばれた。
水琴窟の音に耳を澄ませてみるが、撃退士ならでは。聴こえて来ただろうか。
「こういう穏やかで寛げる空間もいいですね」
「本当に、そうね……」
二人でお茶を飲んで微笑みあう。
そして、初めて抹茶を飲んだみずほ。渋くてしかめっ面になってしまう。
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
「ふふ、しょうがないですよぉ」
知らず笑みが広がって行く。やがてヴェスが頭を下げた。
「食事以外にも、(人間には)いろんな時間の楽しみ方があるんですね。実に興味深い時間を過ごさせて頂きありがとうございました」
皆が頷き、穏やかな時間が流れていく……。
●紫陽花と水琴窟
此方は庭園。皆が思い思いに、仲間と、または一人で……紫陽花達と戯れる。
さらさらと風が葉や花を揺らし音を立てる。
二人、ゆっくりと歩くのはケイ・リヒャルト(
ja0004)とセレス・ダリエ(
ja0189)だ。
日本庭園を初めて歩くケイは、美しく静かで奥ゆかしいその景色を「大和撫子」のようだと思う。
(この中で咲き誇る紫陽花。……花言葉は「うつろい」……か)
隣を歩くセレスが小さく息を吐く。初めてこんなに大きな庭園に来て、こんな沢山の力強い紫陽花に囲まれて、ほんの少し圧倒された。
「ねぇ、セレス。久遠ヶ原に来て以来、何処かが変わり始めたあたし達のようね。 赤にも青にも紫にも白にもなって行く。あたし達もいろんな色になっていく可能性を秘めている。これからどうなって行くのか、どんな色になるのか。楽しみで……少し怖いわね」
その言葉がセレスにすっと雨が土に染み込むように、ゆっくりと確実に染み込んでいく。
(……うつろうけれども、紫陽花の本当の花は、色は、変わらない……)
何もかもが変わっても“本当”は何も変わらず、でも“何か”は変わって行くそう思えばこそ。
「ケイさんと逢えて、良かったです」
これは、きっと変わらない、”本当”。とセレスは思う。ケイの言葉はいつだって魔法のよう。きっと“本当”なんだと感じさせられる。
(……それも、魔法なのかもしれないけれど……)
色々な色に変わっていく、紫陽花みたいに。それは、いつもどこかセレスと繋がっていると感じるケイも同じで。
「でも。紫陽花と同じ。萼の色が幾ら変わっても本当の花は変わらぬままなんだわ」
微笑みと共に紡がれた言葉に、セレスがうなずいた。
また別の紫陽花の垣根。そこでは水枷ユウ(
ja0591)はふらりふらりと紫陽花をつついたり、カタツムリを探してみたり。
庭園を選んだのは、こういう所で飲むお茶はとても苦いから。
見つけたカタツムリは小さく、ちょんっと触ってみればそのゆっくりな歩みを止めてしまう。
(やっぱり梅雨でアジサイと言ったらカタツムリがいないとね)
顔を引っ込めてしまったカタツムリを見て微笑む。居なかったら寂しかったが、カタツムリはあちらこちらでちょこんと顔を出している。
池までくれば、鯉とか居ないかと覗きこんでみたけれど何も居ないようだ。静かに水がさぁ……っと流れていく。
暫くのち、歩いて行ったのは水琴窟! 柄杓からそっと水をやり、音を聞いてみる。持参したのは聴診器。穴に当ててみればコォンと水音が反響する音が聴こえてきた。
「……ん、これが風流。わたし覚えた」
友達の牧野 穂鳥(
ja2029)がユウの元へ歩いてくる。同じく水琴窟を聴きに来たようだ。ユウが水を入れて聴くよう促せば、ゆっくりと耳を傾けてみる。
瞳を閉じて意識を添わせるように音色を楽しむ穂鳥。自然を愛する穂鳥には幸せな時間だ。
「ああ、こうしていると音が自分の内から響くよう。浄化の作用があるというのもきっと本当ですね。水の調べ、命の音。素晴らしいです」
ユウが笑い、やがてそれぞれまた歩き出す。
足を止めた先には紫陽花。時間を忘れて魅入るそれはとても綺麗な赤い色。ぎりぎり触れるか触れないかの位置で愛おしく撫でてみて。
ロゼアにアマチャ、カシワバ……この時期の紫陽花は見ると落ち着く。雨が降っていればもっといいのだけれど。
今日はその楽しみはお預け。
花は自然に咲いてこそ、と思うけれどこうも綺麗だと家に持ち帰りたくもなる。
「………交渉できないものでしょうか」
悩んだ末に実行に移せば、売っているお店を紹介され、地図を手渡される。きっと貴女好みの紫陽花に出会えるでしょう。
一方その頃、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は道順に沿って歩いていた。15分で一周できるということだが、のんびりじっくりと見て歩いて。
静かに楽しむものということで、音を出したり声を出したりするのは必要最小限という気遣いを見せる。
足を止めたのは紫色の紫陽花。種類等は気にしないで純粋に楽しもうと心に刻む。
「綺麗な花を見てると、気分とかも良くなってくるよね」
そんなソフィアに声をかけたのは、天羽 伊都(
jb2199)だ。
「紫色の紫陽花が好きなんですかねえ?」
「うん、好きだよ」
にこっと微笑み、ソフィアが頷く。
「じゃぁ此方の土佐涼風とか如何でしょう?」
似合う花はないかと探しだした少しシャープな紫陽花を示せば、微笑んだ。
「ありがとう!」
「花言葉は……」
そのあと、独創的な花ことばを伝える伊都にと笑って別れを告げゆっくりと水琴窟へと向かう。
(微かな音だから、ちゃんと聞こえるように静かにしないとだね)
音や声を出さないように静かに、静かにそっと水を注ぎ入れて、耳を澄ませば。
コォォン……と涼やかな水の音。
体に響き渡るような、静かで綺麗な音だった。
その音が聴こえたわけではなかろうが、ちょっとぴくっと反応した犬乃 さんぽ(
ja1272)。
さんぽは神秘の国、日本のワビサビを味わうために庭園を散歩して、紫陽花と水琴窟の音色を楽しもうと歩く。
(わぁ、これが父様の国の伝統と文化なんだ、ボク、そのワサビ沢山味わってみたいもん!)
きらきらした瞳で赤、青、紫……色とりどりの紫陽花をゆくっくりと見る。
(……でっ、でも辛くない?)
ちなみに、ワビサビなんだが、ワサビと勘違いしているようだ。いつ気がつくのか……それは神のぞ知るかもしれない。
「ボク、もっと父様の国の事知りたいし、日本を知るのはニンジャの基本だもん!」
決意を新たにする。池の周りでは、風がどことなく涼しい。水の上を走る風のおかげだろうか?
ニンジャとしては、もっともっと深くを知りたい。
一緒に散歩できる人が居ないかと辺りを見渡せば、重体から復帰直後の為、体を慣らす目的も含めて歩く黄昏ひりょ(
jb3452)と視線があった。
「綺麗ですね」
「だね! 水琴窟も楽しみだよ」
体の感覚を慣らすことが目的であるひりょ。少し普通よりのんびりと歩くその身を気遣うように見たさんぽだったが、大きく頷いた。
しばし歓談した後、二人とも目的の一つである水琴窟へと向かう。
ひりょがそっと水を流し入れてみれば、二人の耳には静かで綺麗な水の囁き。
こぉぉん……とくぐもった涼やかな音が聞こえる。
「素敵な音色……これが日本のワサビ」
「……?」
不思議そうな表情をするのに笑い、座禅を組んでもう少し楽しむというさんぽにひりょが頷いた。ここからは別々に行動だろう。
何度か注いでは音に耳を済ませた後、人の邪魔にならぬよう隅に避けて座禅を組めば、やってくる人々が奏でる多様な音色を楽しむことが出来た。
同じく暫く楽しんだ後、やがて一人で歩き出したひりょは、庭園の彩りを楽しみ歩く。
赤、青、紫、不思議な形に珍しい形、オーソドックスな形……彩りを楽しみながら歩く。
知り合いが居れば話をしてみたいが、未だ出会わず。同じ空間に居るのは確かなので、同じ景色をみることは確かだろう。それはそれで、後から話すのにいいかもしれない。
紫陽花を見ながら思う。紫陽花とかは実家にもあった。
(この景色を見て居ると、少し実家の事を思い出すな……)
触れてみたそれは、思い出をさらに深く呼び出してくれているようで。
(機会があれば同じく実家からこっちへ転入してきた妹とも再度訪れてみたいものだ)
さぁっと青紫色した紫陽花が目の前で揺れる。
……もう暫く、のんびりと過ごすのもいいだろうか……。
紫陽花の垣根の一角で楽しげな笑い声が上がる。
楽しい笑い声、それは紫陽花達が奏でるさざめきと重なりあってとても楽しげだ。
鳳 蒼姫(
ja3762)、香奈沢 風禰(
jb2286)、鳳 静矢(
ja3856)、私市 琥珀(
jb5268)の四人はカメラを片手に写真を撮っていた。
風禰から蒼姫にと渡った使い捨てカメラ。風禰は右に静矢、左に琥珀という形で両手に花状態である。綺麗な多種多様な紫陽花をバックに撮って貰う。
「ほらほら、私市君とフィーは顔がカタイなのですよぅ。静矢さんみたいにアホみたいに笑うと良いのです」
「ウハウハなのー、……顔カタイなの?」
使い捨てカメラを手に、もっともっと笑って〜! と蒼姫がアドバイスする。一生懸命ニマニマと笑ってみる。固い表情も、笑う形に彩ればそれが自然となってきた。
アホみたいと言われた静矢が蒼姫の頬を左右に引っ張る! 引っ張られた蒼姫の頬がびみょんと伸びた。
「誰が阿呆みたいに笑う、だ」
「いひゃいいひゃい〜」
それに笑いが起こり、自然な笑顔がカメラに収まることになった。
一段落すれば、あとは静矢にカメラを任せのんびりと見て歩くことになる。
その静矢と言えば、多種多様な紫陽花を撮り、楽しげに笑いあう皆の思い出を一枚一枚と増やしていく。これを見たとき、楽しい思い出として振り返れるように……。
そして、琥珀にと話しかける。こういう機会だからこそ、話をしたい。
「フィーと仲良くしてくれている様でいつもありがとう」
「こちらこそ、今回は誘ってもらって有難うございます!」
にこっと笑い琥珀が軽く頭を下げた。和やかに紫陽花の話をする。
「紫陽花は食べられないのなの?」
真剣に問いかける風禰に、琥珀がえぇっと声を上げた。
「う、うーん……ちょっと無理なんじゃないかなぁ?」
そうなんだ、と驚愕の事実を知る中、夫婦と言えば……。
「紫陽花は綺麗なのですねぃ。静矢さんの色に似ているから紫が一番良い感じなのですよ〜☆」
紫色の紫陽花を見ながら隣を歩く静矢にと伝えれば、瞳を細めて静矢が応じる。
「あの青が強い紫陽花も綺麗だな。蒼姫の髪の色に良く似ている」
そっと髪の毛を撫で上げ、二人微笑む。そんな穏やかな夫婦の時間に、二人が釣られる様に微笑んだ。
やがて、水琴窟がある場所にとくれば。
代表して静矢が柄杓からそっと水を流し入れた。
「自然を利用した天然の楽器か……良いねぇ」
そのあと、しばしじっと耳を澄ます。
少し高い音が響き渡った。
「聴こえたなのです〜☆」
「……あ、聴こえた!」
ぱぁっと笑顔が毀れた。だがしかし、聴こえない人が一名。
「もっと音よ! カモーンなのなの!」
じりじりと這いつくばって移動する風禰! 呆れた表情を浮かべ、言葉を漏らす。
「フィーは何しとるですか」
「わぁ!? 香奈沢さん、服が汚れちゃうよ!」
あわあわ言われた言葉に、むぅっとふてくされながら立ち上がり、こうなったら静矢に肩車してもらって気分転換だ! とお願いしてみれば。
「仕方ないねぇ……ほれ」
水琴窟は聴こえなかったけれど。でも肩の上から見る景色はとても遠くまで見渡せてとても綺麗で。
「きゃっきゃきゃっきゃ」
楽しげに笑う風禰の頭を撫でる蒼姫。その隣で見つめる琥珀。
「くすぐったいなのなのー」
「ふみふみ☆」
そんな様子を見て、満足げに笑う。
「せっかくだし、皆さん三人の写真も撮らせてください!」
琥珀のその言葉に、皆が笑顔で頷いた。
ぱちりと切り取られた思い出が、また一つ。
また一つ違う垣根の間で、揺れる二つの影。それは楽しげにぴょこんぴょこんと動く。
春名 璃世(
ja8279)とフェイリュア(
jb6126)はお揃いのポニーテール姿。
動きに合わせてふわりと揺れるその身を包むのは、これまたお揃いのふわったしたキャミタイプの膝丈ワンピースだ。
フェイリュアは綺麗な空と同じ色で、璃世のは淡い緑色。紫陽花の葉っぱに少し似ているかもしれない。
「フェイちゃん、凄く可愛い……♪ 逸れないように、手を繋ごうね」
人が多いからと繋いだ手が、ふわんとあたたく感じる。そんな二人をまるで姉妹のようだと見詰めるのは藤村 蓮(
jb2813)だ。
「なんか、姉妹みたいだねえ服とか合わせっと」
「藤村くんは私服だと雰囲気変わるね……お兄さんっぽい」
本当だ! と笑いあう姿は、確かに姉妹のよう。
「フェイが空の色、りせが葉っぱの色、れんが紫陽花色。今日にぴったりだね」
その言葉通り、三人合わせて一つの紫陽花のよう。青い空の下、咲き誇る紫陽花たち。
視線をそらせば、目に入ったのはひと際大きな紫陽花の株。青紫色の大きな紫陽花に目を奪われる。
「フェイちゃん、あっちに綺麗なのがあるよ!」
「きれいね」
二人繋いだ手を揺らしながらどんどん進んでいけば、ちょっとわすられてしまうのはしょうがない? のんびりと風に揺れる紫陽花を見ながら連が後ろからついて歩いていく。
(いやいや、んな早く行っても逃げないし、なんか俺より、そっちじゃない迷子になりそうなの)
言葉にはしないけれど! 二人の楽しげな背中を見ながらぽつりと呟く。そんな背中がくるっと後ろを振り向いた。
「藤村くん、こっちだよー!」
「こっち」
「はいはいっと、今行きますよっと」
二人の笑顔に、苦笑して頷いて。一歩、一歩。また一歩。そうしてまた三人で一列に。
暫くの間一緒に見て歩いていたけれど……でもやっぱり気がつけば璃世とフェイリュアが数歩先に行ってしまって。
紫陽花の垣根は三人をばらばらにはしないけれど、どこかやっぱり寂しい。
水の音が聞こえてきて、楽しげな笑い声が聞こえてくる。どうやら水琴窟の場所まで来たようで。
「手……」
蓮にと手を繋ごう? と声をかけて、その手をぎゅって握る。
左右に璃世と蓮、真ん中にフェイリュア。これならもう寂しいこともない。フェイリュアが笑顔になって駆けていく。
(紫陽花の一枝みたいな二人と手を繋ぐ空のフェイ……凄く、素敵なの)
「ふふっ、フェイちゃんに振り回されるの、楽しいね……?」
「いや、恥ずかしいんだけどねえ。まぁ、いいか、楽しそうだし?」
手をひかれて一緒に駆けだしながら二人も笑う。羽根が生えたように走って行った先には、水琴窟。
蓮が柄杓を手に取りそっと水を注ぎ入れてみた。
わずかな水の音が空気を揺らす。こぉぉんと音がかすかに聴こえてくる。
(不思議なもんだねえ、自然でこういうのができるってのも)
声に出さずにまた、と水を注ぎ入れる。水の速度によって、水が奏でる音色は違う。
(綺麗な音、大好きなお友達と聞くのは素敵。すごくすごく楽しい)
自然と浮かぶのは、やはり笑みだろう。二人を見つめる。
(不思議な音……心の中にまで響いてくる……)
瞳を閉じて聴き入っていたが、やがてゆっくりと瞳をあけた。
こんなに楽しい時間が終わるなんて、早すぎる!
「ね、どこか寄って帰らない? お腹空いちゃった」
小さく笑いながら紡がれる言葉に、でもこのまま終わってしまうのは寂しいと思っていたフェイリュアが頷く。
「うん!」
「そんじゃ、うちくる? いつものとこで代わり映えないかもだけども」
喫茶店のようなあの場所へ、と誘えば二人がふわっと微笑んだ。
「やった……実は藤村くんのコーヒーが飲みたいって思ってたんだ♪」
じゃぁ行こうか、と三人で歩き出す。
(まだ紫陽花色の二人と一緒にいたいの)
紫陽花達が、いってらっしゃい、楽しい時間を……とさわさわと見送った。
見送った少し後。何かを決意してやってきた姿が一つ。
(ニポンは水の国。水の風柳は味わわなきゃ損ですよねっ!)
ぐぐっとひそかに拳を握る勢いなのは夏木 夕乃(
ja9092)だ。事前に、撮影が大丈夫かと聞いた所、大丈夫との返答があった。
写真を撮ろうとわくわくと胸を躍らせる。
赤紫、青、紫、……沢山の種類の紫陽花達を見ていく。特に青色は大好きだ。
「綺麗ですね〜」
青色は青色でも、星のような形のそれをちょんっと触ってみる。ふるりと震えるそれは愛らしく。しばし楽しんだあと歩き出せば、目に入ったのはピンク色。
ピンク色の紫陽花というのは話しに聞くけれど、ほとんど見かけなかったり、見かけてもあんまり綺麗じゃなかったりする。
けれどここの紫陽花はきちんと手入れされた紫陽花達だ。
私をみて? というように綺麗に咲き誇こる。それは堂々とした姿を見せて居て。
「真ん中の方は白いんだ……」
真ん中の部分が白くて、周りが綺麗なピンク色だ。山アジサイの一種だと書かれてあった。
ぱちり! これは恋人さんに見せようと色々な角度から撮ってみる。
帰ったら、一緒に見るのもいいだろう。
さてさて、お花もいいけれど、今回のメインはなんといって水琴窟! 自然と足が速くなる。
やってきたその場所は、今はまだ誰も居なくて。
そっと持った柄杓から水を注ぎ入れる。勿論他の人の邪魔にならないように配慮して静かにしゃがんでひたすら耳を澄ます。這いつくばるのは、流石に恥ずかしいからやらないときめる。
ゆっくりと注ぎ入れたそれからは澄んだ高い音色が響いた。
撃退士の研ぎ澄まされた感覚は、その音を的確に感じ取る。
(響く音と余韻。ワビサビ。これがニポンの心なんですね)
もう一回、と水を注ぎ入れる……。
今度は、少し低い音が響いた。
いつも眠い眠いと過ごしている。けれど、たまにはこうやって素敵な場所でお散歩するのもいいものだ、と眠兎・メイナード(
jb2496)はのんびりと紫陽花の垣根に沿って歩いていく。
赤、青、青紫に薄いピンク……他にも沢山の色が目を楽しませ、梅雨独特の気だるさを忘れさせてくれる。
「これが人間界のわびさびですか……」
そんな事を思いながら、さわさわと音をたてて揺れる紫陽花をのんびりと楽しみながら歩いていく。
水琴窟にはぜひ行って、水の音がききたい……。
そう思えばこそ、その足は水琴窟へ。
柄杓を手にそっと注ぎ入れて耳を澄ませば高い音色。それはなんだか眠りの世界へといざなっているようで……。
高い水の音は、眠りへ心優しいリズム。気がつけば、極上の夢の世界へ。
うとうととまどろんで。
(……あ……)
けれどもはっと目が冴えれば、気恥ずかしく。
顔を少々赤くして、今一度立ち上がる。少し他の場所を歩いてみるのも、いいかもしれない……。
ワビサビを楽しむのは、まだまだこれからだろう。
ハッド(
jb3000)も紫陽花と水琴窟を楽しもうと足を踏み入れた。
(ふむ〜これが日本のワビサビとゆ〜ものじゃろ〜か〜)
さわさわとなる紫陽花、移り行く彩り。梅雨というじめじめした季節を見て楽しもうという日本の心。確かにワビサビというものであろう。
「ここはひとつ堪能するしかあるまいて〜」
のんびりと紫陽花の間を歩いていく。さわさわと紫陽花がそれに合わせて音を奏でる。
足は自然と水琴窟へ。
水の音……、土の臭い、紫陽花の色。
(そこに息づく生命を感じてみるかの〜)
瞳を閉じて堪能してみる。水の音と土の匂いを堪能してみる。
水を注ぎ落とせば水の息吹が空気を震わせる。こぉぉんと聴こえるその音は、少し低い。
少々湿り気を帯びた土は、青臭い草の匂いと、どっしりとした土の感触を伝えてくる。瞳を瞑るからこそ、余計感じるワビサビ。
暫くのち、瞳をゆっくりと開けて、梅雨とかいう季節に居ると言う、カタツムリを探すことにする。
あちらの葉かげ、此方の葉かげ。
沢山いる小さなカタツムリたちが、確かに梅雨という季節を感じさせる。
「可愛いのー」
ありがとう、というようにカタツムリが立ち止った。
それぞれの時間がゆっくりと、のんびりと流れていく……。
けれど、終わりの時間は近付いて。
●また、いつの日か
一人、一人、お屋敷を後にする。
後に残るは沢山の紫陽花と、屋敷と水琴窟。
ありがとう、また……いつの日か。
皆で来てくれると、嬉しいな、そんな風に聞こえた気がした。