●密談会場
3月14日、ホワイトデー当日。
主催二名は16時過ぎにB会議室に姿を現した。
一人は鐘田将太郎(
ja0114)。某サスペンス映画で湖で逆さになって両脚突き出してた人の、顔用ギブスに穴を開けたような真っ白いマスクを被っている。
オールバックの黒髪の顔にサングラスと大きなマスク、白衣を纏っているのは、麻生 遊夜(
ja1838)。
二人で机をロの字型に並べ始める。
将太郎は、この日の行事に常々疑問を抱いていた。
他の連中はどう思っているのか。面と向かって聞いてしまうと、無難な答えしか得られそうにない。
相方である白衣の遊夜も少々複雑な問題を抱えている。真面目に悩んでいるのだが、友人に相談するのも微妙な問題だ。第三者の忌憚ない意見を聞いてみたい。
こうして二人は、この少々怪しげな催しを思いついた。
彼らは実は、直に会うのは今日が初めてだった。
久遠ヶ原の関係者だけが利用できるコミュニティーサイトで数回会話しただけの間柄だ。
サイトで意見を募ればいいではないかという考えもあるだろう。だが仮想空間ではなく直に会うことでこそ、得られるものもあるはずだ。
「だけどなあ…あんなチラシで本当に人が来るのかな。イタズラと思われるかも…」
今更ではあるが、将太郎は半信半疑だった。
パイプ椅子も人が増えたら出そうと、壁に立てかけたままである。
だがその心配は、杞憂に終わった。
「おじゃましまーす…座談会ってここでいいのかな」
目と口の穴が開いた、購買の茶色い紙袋を被った中山律紀(jz0021)が入口から覗く。
どう見てもここだ。怪しい白マスクと白衣を見て確信する。
将太郎は少し安心した。少なくとも相方と二人だけではない。
律紀は入口で白衣の遊夜に百久遠玉を渡し、会議室を見渡した。
「あ、カーテン閉めとくよ、一応」
律紀はそう言って窓際に近づき、ぎょっとした。
「メンソーレー猫又亭の焼きそば出張中だぞー!」
窓の外で何故か沖縄風焼そばの屋台を出している赤い髪の少女が一人。与那覇 アリサ(
ja0057)だ。
不自然だ。…あからさまに不自然だ。
アリサは悲しそうな集会の噂を聞きつけ興味を持ったものの、潜り込むのは難しいだろうと外から覗くことにしたのだ。
だが、いきなりカーテンが引かれてしまった。
「あっ、何すんだ!でもおれを甘く見るんじゃないぞー!スニーキングミッション開始!」
B会議室は二階にある。だが校舎脇には立木と相場が決まっている。
二階位ならちょろいもの。手近の枝に手をかける。
『ヒョロ〜ピヒョオ〜』
「うひゃっ!?」
突然背後から尺八の音。
そこに立っていたのは、深編笠を被った虚無僧、或瀬院 涅槃(
ja0828)。
「…不届き者め、そこに直れ」
編笠から声が響く。思わず身構えるアリサ。
「こそこそせずとも、参加したければするといい。ほれ、紙袋だ」
何やら渋い深緑色の紙袋とゴミ袋を渡され、虚無僧に連行されていった。
●座談会開始
時間になり、会議室にはそれなりに人が集まった。主催含めて20人余り。
ペットボトルの飲み物を紙コップで回す。涅槃は自前の玄米茶を持参していた。
アリサの貰った紙袋は、それが入っていたようだ。身体を包むゴミ袋が暑苦しいが、なんとか潜り込むことに成功する。
その姿は普通に見れば相当怪しいが、それ以上に怪しい連中が会議室を埋めていた。
「何だよ、その目は?扮装だよ、扮装!」
サングラスをかけたモヒカン頭に何故かメイド服の卯月 瑞花(
ja0623)が入口で声を上げた。
元々『変化の術』を得意とするのだが、男子用の制服がどうしても調達できなかったらしい。いっそ「男の娘」と主張した方が良かったのではないだろうか…。
これも普段聞けない男子側の本音を聞きたい!その一念である。
(ま、聞いたからって有効活用できるなんて思って無いよ…)
モヒカンがどこか寂しげに揺れていた。
「玄米茶が欲しい者は、遠慮なく言ってくれ」
「ダンボー!」
虚無僧・涅槃の呼びかけに、元気よく段ボールの片手を上げたのはアーレイ・バーグ(
ja0276)だ。夏休みの工作の段ボール人形・等身大版といえばいいのだろうか。ご丁寧に関節と目の穴には、隙間なく黒いビニールが貼りつけてある。
(さすがに普通の扮装では、無理がありますしね…)
だが他の部分に比して異様に大きな段ボールの上半身も、相当怪しい。
黄色いてるてる坊主のようなアイリス・ルナクルス(
ja1078)が机をコツコツと叩く。
手元の紙にはこう書かれている。
『こちらも玄米茶でお願いします』
黄色いレインコートで全身をすっぽり覆い隠し、終始顔を伏せている。
(はわわ、ヘンなところに紛れ込んでしまいました?!)
何やら面白そうな会があると聞いてやってきたものの、様子がおかしい。明らかに男性比率が多いのだ。なので、隅っこで顔を伏せ様子を伺っている。
その隣で腕組みするのは、黒い目出し帽の天風 静流(
ja0373)だ。
チラシを拾って面白そうだと参加したものの、案外女子が紛れこんでいる。黄色いレインコートの子があからさまにおどおどしているので、さりげなく隣に座った。
こちらは胸に晒しは巻いているものの、男物の服を着ているだけで堂々としたものである。
(ま、こんなものだろう。…昔、男に間違われた事もあるしな)
何やら悲しい過去があるようだが、当人が余り気にしていないようなので深く触れないことにする。
ギブス状白マスクの将太郎が、座談会の開始を宣言する。
「座談会始めるぞ!それぞれの心境を思う存分話してくれ」
(さてどんな悲惨なことになるやら)
マジシャンのような黒い仮面をつけた九重 棗(
ja6680)は、後で内容をまとめた物を主催に渡すつもりでペンを取る。
みんなホワイトデーをどんな風に思っているのだろう。いろんな思惑が入り乱れているのは間違いない。
影野 恭弥(
ja0018)は、豪華な白い羽根付きの、パーティー用仮面を選んだ。服は普段通りだが、トレードマークのニット帽は一応脱いだ。これで特徴らしい特徴は消せるだろう。
彼にとってバレンタインデーは、いつも通りだった。いつもどおり、友人から義理チョコを貰う日だ。
正直いうと、今日のことがあるまでお返しをする日があることは綺麗サッパリ忘れていたが、義理に対する義理返しなので気楽なものだ。
なので、基本的には聞き役のつもりで参加している。
「なー、これって一番面白い話した奴になんか出るのか?」
チェーンソーが似合いそうなホッケーマスクの安原 壮一(
ja6240)が口を開いた。
何となくおもしろそうだと思って参加したが、実はバレンタインなどの行事にはあまり興味がない。というか、楽しい話はない。
「いや、別に大喜利じゃないし、楽しく笑おうって会でもないから」
サングラスにマスク姿の遊夜が片手を上げて制する。
「というか、何か面白い話があるんだったら是非聞きたいもんだが」
「俺の話なぁ…。あんまし面白くねーぞ?」
ハァ、とマスクの隙間からため息をつき、壮一が回想モードに入る。
「誰かにチョコを代わりに渡してくれって言われた奴は結構いると思うが…俺の場合はチョコの作り方を教えてくれとか言われちまったぐらいだな」
ざわ…ざわ…
様々な感想のざわめきが会議室に広がる。
誰かが、教えた相手が実はプレゼントしてくれたとか?と冷やかし半分につっこむ。
「…教えた後?…なんてもんがあったらここに顔出してねぇと思うんだが」
しーん。
いきなり哀しい物語である。
●そして男子会
般若面を被った星杜 焔(
ja5378)が重苦しい空気の中、がたりと椅子を鳴らし、突然立ちあがった。
特徴のある髪が見えているが、常に絶えることのない笑みはお面で隠れていて、知り合いでもすぐには彼だと気づかないかもしれない。
「ホワイトデーかぁ〜」
そう言いながら、右手に握るのは小ぶりのナイフ。なんかお面とマッチし過ぎて鬼気迫る迫力。
だが机の上に置かれたのは、真っ白でふわっふわのロールケーキ。
「ここに来る前いた所で、女の子達に手作りチョコの代理製作をさせられてね〜まあ、料理は好きだからそれは構わないんだけど」
どうやらロールケーキは自作らしい。
丁寧に切り分けながら、ひとり言のように自分の体験を語る。
「俺の作ったチョコを俺も義理チョコで貰ってね〜そこまではまだ良いんだけど」
いやその時点で全然良くないだろ。
「ホワイトデーにお返し要求されてね〜ちょっと注意したらそれ以来目も合わせてくれなくなってねえ〜」
ナイフの手が止まり、般若が宙を見上げる。
しーん。
またもや哀しい物語だ。
「えと、他のみんなはどんな事あったのかな?貰えなかった人とか…いる?」
ある意味地雷スレッスレの発言をかましたのは、七海 マナ(
ja3521)。
紺色のパイレーツコートにトライコーンハットを被り、眼帯と白ヒゲをつけている。
…早い話が、普段とほとんど変わりない。そもそも隠す気がないのだろう。
「あ、これ、僕が作ったんだけどよかったら食べてね」
実は当人には自分の発言に地雷の自覚はない。なぜなら、自分も愚痴りたいことがあるからだ。
「…それで僕は、この通り作る側だったんだよね…」
ふっと少し諦めたような笑みをもらし、バレンタインで覚えた美味しそうなチョコレートを、周りに勧める。
般若面の焔も、ケーキを配り始める。
「今年はチョコは貰えなかったんだけどね〜平和だったね〜。
小等部の大人っぽい女の子にケーキの味見を頼まれたり、同名の少年に食物兵器のサンプルを貰ったりした位だね〜」
それで平和なのか…。
チョコレートもケーキも絶品なのだが、なんだろう、この切ない後味は。
「チョコ自体、良い思い出ねえよ」
ケーキをつつきながら、白い狐のお面の神楽坂 紫苑(
ja0526)が吐き捨てた。
「オレには、弟がいるんだが、渡してくれと毎年渡されるんだぜ?更に、間違いで渡される事もな。人違いと、がっかり感は、半端無いぜ?まあ一応、弟とは、一卵性の双子だから、見分け付かないんだろうけどさ」
そのまま、ずるずると机の上に長く伸びていく。
「オレもこれで料理得意だからさ…知り合いの女友達に、報酬払うから『代わりにチョコ作って』と頼まれる事多いんだぜ?何が、悲しゅうて、他の奴のために、チョコ作り…情けないぜ」
いきなり重い。空気が重い。
そして何となく湿っぽい。
●空気変えよう
受付にいた遊夜には、数人の女子が紛れ込んでいることは判っている。
だが敢えて見過ごし、隠し切れていない子には、そっとお面だの紙袋だのを渡してやった。
どうせなら女子の意見も聞いた方が面白いと思うからだ。
「そちらのカーテンさんは、なにかある?」
このカーテンさんは、さっきお茶を配るときに、紙コップの底に片手を添えていた。
確実に女子だ。
驚いたのは、突然話題を振られた雫(
ja1894)の方だ。
彼女は道端に落ちていたチラシをゴミ箱に捨てようとして、その内容に興味を持ってやってきた。
隣の会議室で拝借してきた、厚手のカーテンを頭からすっぽりかぶっている。顔には入り口で渡された鬼の面。たぶん豆まきの名残だろう。
「なんか、秘密工作員みたいでドキドキします」
などと最初は面白半分だったが、なんだか共感と悲哀が混じった、微妙な空気になってきた。
(意外と紳士的な人達の集まりなのかな?)
一斉に集まった視線に雫はたじろぐ。咳払いをして、精一杯低い声を作る。
「わた…いや、俺の話か?そうだなあ。友達が昔、知り合いの年下の女の子からバレンタインデーにチョコもらったんだけど。それが精密な心臓型チョコレートでさ…ご丁寧に血を模したイチゴソース付きで。複雑な表情してたよ」
一同、自分がそれを受け取ったところを想像する。
「皆がチョコもらって貰って嬉しいってわけでもないのね…はわわ、ない、ぜ」
…微妙すぎる。そもそも意図が判らない。
ソレに一体、何を、どういう気持ちを込めたのか。
そしてソレに対して、何を、どう返してほしいというのか。
突然、額に『リア充撲滅』と書かれた白覆面のラグナ・グラウシード(
ja3538)が立ちあがる。
「バレンタインデー!そもそも何故、こんなイベントを日本は作りだしたのか!」
両手で机を叩き、熱く叫ぶ。
「菓子を売らんがための商業主義の結晶ではないか、こんなもの!」
天井裏に潜むエルレーン・バルハザード(
ja0889)は、それを見て危うく吹き出しそうになる。
会そのものに興味を持ち覗き見していたが、非常に判りやすい人物を発見したのだ。
(あ…あれ、おばかさんのラグナなの)
「例え、貰えたとしても!他人の作ったチョコなど言語道断ではないか!」
エルレーンの存在など知る由もないラグナは、声の調子を落としふるふると肩を震わる。
「…じ、実は、ある女にチョコを押しつけられるという嫌がらせを受けたのだ。愛とかそういうのでは断じてない!それははっきりしている。だ、だが…人にモノをもらってしまえば、返礼はせねばならん…私は…私は、どうすればいいのだ…!!」
変な所で律義な性格が、災いを呼んでいるのは明らかだった。
天井裏では災いの元凶エルレーンが、こちらは笑いを抑えるのに必死で肩を震わせる。
その気配を、白マスクの将太郎が感知した。
「誰だ!」
言うが早いか、床を蹴りジャンプ。
会議室の天井は簡単に外れるようにできていた。
身体能力に秀でた者の集まる久遠ヶ原だ、こういうことは割によくあることで、その度に破壊されてはたまらないということだろう。
バラバラと天井板が外れ、エルレーンと共に落下。一回転して床に降りるや否や、目くらましの影手裏剣をラグナに放つ、が…それら全ては犬乃 さんぽ(
ja1272)のヨーヨーに叩き落とされた。
「まっぽの手先で、ボクの名を言ってみろなんだよ!」
得意そうな決めポーズ。
どこで覚えたセリフなのだろう、なんだか色々混じっている。
しかも覆面は、いかにも重そうな鉄仮面だ。ちょっと頭がふらふらしている。
結局エルレーンも『どうせなら何か言って行け』と着席させられた。
今更なのだが、お多福のお面を被らされている。一種の罰ゲームなのかもしれない。
もっとも、こっそり悩みを吐きだすつもりが、当の相手に全部聞かれていた『リア充撲滅』白覆面ラグナのショックは、それどころではない。
部屋の隅のパイプ椅子で項垂れ、真っ白い灰になりつつあった。
●リア充だって色々さ
この辺りまで来てようやく、リュカ・アンティゼリ(
ja6460)はこの会の目的を、おぼろげながら把握した。
日本独自の習慣であるバレンタインデーやホワイトデーについて全く知識がなく、貰ったチョコレート達の意味について友人の梅ヶ枝 寿(
ja2303)に尋ねたぐらいだ。
(でもなんで、一ヶ月も返答を待つンだ?相手に脈アリって分かってて何もしねェのは損だろ?)
恋をしていない方が変と思われるという伝説を持つ国出身ならではの、思考回路である。
「一ヶ月待って焦らして想いが高まる的な日本人の美意識的なアレ的なアレだよ」
と、寿は日本人的な曖昧な表現でしか説明してくれない。
だがやっと理解した。
要は、恋愛以外でやり取りされるチョコレートの扱いが問題なのだと。
サングラス越しに一同を見渡し、顔の下半分を覆った派手なファー越しのくぐもった声で残酷な質問を投げかける。
「で、皆本命チョコ幾つ貰ったんだ?」
場の空気が凍りつく。
下手をしたら、集団でボコられても仕方のないタイミングだ。
「え?バレンタインデーもホワイトデーもトモダチ同士で交換し合う日だろ? 本命チョコとか都市伝説だろ?」
大きなウサギの着ぐるみを被った寿が、友人の後頭部を抑えつける。
「現実逃避?知ってるよバカ!」
わが身を犠牲にしての、一人ノリ突っ込みが痛々しい。
そのまま友人の耳元に、囁く。
「お前モテるからって余裕かましてんじゃねーぞコラ!場の空気読め、そんでもって弟子入りしていーすか、ラブ師匠…」
友人のファーにウサギ頭をもたれさせる。
「本命の可能性びたいちなかったら三倍返ししなくていーっつー法律を誰か作ってお願い…」
愛くるしく笑うウサギ頭から、悲痛な声が漏れだした。
(確実にリア充だあいつ…ちくしょう!!)
イケメンオーラを放つリュカを、白いマスクにぽっかり空いた穴から見つめていた主催兼司会の将太郎だが、己の立場を思い出す。
「あーその三倍返しについてなんだが」
咳払いをして『三倍返し』ルールについて彼なりに調べた結果を語る。
どうやら三倍返しというのは、本来婚約のときに男の給料の三倍を結納金として渡すことからとか、関西では婚約破棄の場合、結納金の三倍を返さなくてはならないとか言われているからとか、そんな感じで特に根拠はないらしい。
遥か昔、日本が世界で一番金持だった頃の風習の名残という説もあるらしいが、本当のところは判らなかった。
そこで立ちあがったのは、全身ヒーロースーツの男、リュウセイガーこと、雪ノ下・正太郎(
ja0343)。
説明しよう。
雪ノ下・正太郎は、『光・纏!』で青竜の力を宿し、我龍転成リュウセイガーに変身するのだ!
今日はそのデビューの日である!
「そもそもホワイトデーって、元々無かった日ですよね?企業の販促の為に、勝手に作られた日だと思います!」
…って、いいのかリュウセイガー、こんなデビューで。
「三倍返しとか十倍返しとか言って、高い金品を要求されるのは酷いと思う!!バレンタインはお歳暮ではない、気持ちってのは値段ではないっ!!愛はプライスレスだっ!!」
リュウセイガーの熱い語りに、訳のわからない感動が一同に広がる。
お歳暮だって本来は気持ちなんだけどね。
「しかし、いつからお返しは三倍なんていう事が広まったのだろう?」
黒い目出し帽の静流が真面目腐って呟いた。
「そもそも根拠もないし。あまり金額は気にして無い人が多いみたいだし、大体は良くて二倍位らしいね」
その横で、机がコツコツと叩かれる音が響く。黄色いてるてる坊主のアイリスが、手元の紙をさっと掲げた。
『女性としては、別に三倍返しではなくても何かお返しが貰える時点で嬉しいと思いますが』
すかさずもう一枚。
『受身で誰か告白してくれないかな、と待ってる人もいるでしょうし、特定の誰かからほしいなら自分からアタックしてみては?』
どう見ても女子の主張だが、もう今更そんなことは誰も突っ込まない。
モヒカンを揺らしながら、瑞花が頷いた。
「チョコもらえないって言うけどさぁ、やっぱ狙ったら出会いに演出とかの努力も必要だと思うのですよ…だぜ!」
必死で口調を取り繕う。
「女子だって一度きりの学園生活、期待はしてるん…してるハズだぜ?」
こちらも女子パワー全開だ。折角の変化の術、迷子。
「それはね、恋人は欲しいといえば欲しいですけど…」
ピエロの仮面をつけた石田 神楽(
ja4485)は、それまで黙ってお茶を飲み、ひたすら聞き役に徹していた。仮面のままどうやって飲んでいたのかは謎である。
「でもタイミングという物がありますからね。焦っても仕方ないでしょう?」
仮面の下の笑顔は見えない。
それを貰った経緯も余り楽しい事情ではなかったようだが、それも笑顔で流してしまう。
そんな神楽は、この会に出る前に貰った義理チョコに対するお返しをそつなく準備している。
それにしても至極まっとうな意見だ。
そう、彼女は欲しい。だが、なるべく自然に、できればなんとなくお互いに、が理想なのだ。
臆病者と呼ぶなら呼ぶがいい。
でもこの空の下、まだ見ぬそんな相手がきっとどこかにいるはずだ。
…まあ女の子の方も大概はそう思っているのが難点なのだが。
そんな甘酸っぱい空気を、鳳 静矢(
ja3856)の低い呟きが吹き飛ばす。
「ホワイトデーとバレンタインデーはもう要らないと思うんだ…」
机に肘をつき組み合わせた手の向こうの、柴犬のお面が可愛すぎる。
「時折誤解されるのだが、本命チョコという物が必ずしも嬉しいものとは限らないのだよ」
組んだ手に力がこもる。
今年彼は、愛しい女性から本命チョコを貰った。
いや正確には、全身チョコまみれで愛しい彼女が迫ってきたのだ。
「全身チョコまみれで迫ってくる…あの瞬間のどうしたらいい感と言ったらもう…!!」
手は拳を握り、机の上で震えている。
「恋人が居る、チョコがもらえる…それが決して幸せではないのだ!
愛ゆえに暴走して大惨事という事もありうるのだ。愛が一回りして残念なベクトルに向く事もありうるのだよ、諸君!」
最後は拳を握り、立ちあがっていた。
「鳳殿の気持ちは判るぞ…私としては思い出したくも無いが…」
カッパのお面をつけたユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)は、そのの熱演を聞いているうちに自分の身に起こった惨劇を思い出し、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「忘れもせぬ2月14日…『面白そうだから』という理由で昔馴染みの腐れ縁に襲撃されて、な…」
緑色のカッパのお面の陰に、繊細な指が滑りこむ。
無意識に鼻を押さえているらしい。鼻声でぼそぼそとカッパが語る。
「いや…格好がだな…どういう訳かリボンだけだったのだよ」
いわゆる私がプレゼントよ〜のマッパリボン。
面白いという理由で、そこまでやる方もすごいよ。
「で、恥ずかしながら鼻孔より大量に出血してな…そのまま気を失っていた。にもかかわらず三倍返しだけ要求されるなぞ、理不尽の極みだ。…そう思うだろ?」
理不尽なのは、連続で強烈な体験談を叩き込まれた面々である。
チョコまみれで本命女が襲ってくるとか、マッパリボンの女に追いかけられるとか。
実際そうされて嬉しいかどうかは別にして、余りに刺激的な未体験ゾーンが、それこそ都市伝説ではない事実を突きつけられたのだ。
そのとき、ひょっとこお面の亀山 淳紅(
ja2261)がゆらりと立ち上がった。
「そんな極端なもんは望んでへんのや…」
そう、自分も義理チョコはもらってるのだ。それ自体は有難いと思う。
だが目の前で、本命チョコがびゅんびゅんと飛び交っていたあの日の切なさは思い出すだけで…
「…友チョコ義理チョコが悪いというわけではないんや。…ただな、あの本命との明らかな違いがこう、胸をえぐるというか…!」
一同には何故か、ひょうきんな顔して口を曲げたお面が泣いているように見えた。
「あのラッピングの気合の入れ方、恥じらいを帯びた渡し方…」
ひょっとこがきっと顔を上げる。
「きっとあの『本命』というチョコの中には、まだ見たことのない何か、ものすごく大事なものが入っている気がすんのやあ…!!」
美しいカウンターテナーの良く通る叫びが、会議室にこだました。
その心からの悲痛な叫び。伝わる断腸の思い。
気がつくとその場の大半が立ち上がり、覆面の下で涙を流しつつ熱い拍手を送っていた。
●座談会お開き
棗は、手元のメモをざっと読みなおす。
・お返しは気持ちでいい。
・本命だからって嬉しいとは限らない。
・ねだるな、勝ち取れ。
「…結局、ホワイトデーってこういうこと?」
将太郎が壊した天井を直すのを、涅槃と律紀と問答無用でエルレーンが手伝っている。
「…おとこのひとって、なぁんか…おばかさんだねぇ」
エルレーンはそう思う。
「みんな幸せになりたいだけさあ。おれはそこは男も女も関係ないと思うんだぞ」
ゴミを集める手を休めず、明るく笑いながら、アリサが言った。
来年はみんながこういう哀しい?会ではなく、誰かと幸せに過ごせると良いな。
パイプ椅子を運びながら、神楽は何故かリア充二人の相談を受けていた。
一人は主催である白衣の遊夜。
結局彼の悩みは解消されなかった。彼には相方には言えない事情を抱えている。
意中の相手からチョコを貰い、その後も徐々に距離は近づきつつある。
ホワイトデーをきっかけに自分の気持ちを伝わるような特別な物を渡したいのだが、具体的にはどうすればいいのかが判らない。
「良いものを返したい、が高すぎては露骨過ぎる。かといって普通では先に進めん…」
神楽は、ただピエロのお面の下で微笑み、頷きながら話を聞いてやる。
こういうことは、他人に話しているうちに自分で解決点が見つかるものだ。
惚気と切って捨てるのは簡単だ。
だが、この不器用な気持ちは応援してやりたいと思う。
セーラー服姿のさんぽが、鉄仮面の重さを手で支えながら、そっと口を挟む。
「バレンタインが女の子の応援日なら、ホワイトデーは男の子の応援日だよ」
男子だって、思いを伝えるのには切欠が要るのだ。
「伝えてくれた想いのお返しだけじゃなくて、秘めた気持ちを伝える勇気をくれる日だもん。そう考えるとボク、素敵な日だって思うよ…ボクもチョコのお礼しなくちゃなぁ」
確かにお返しはそれなりに大変だ。でもホワイトデーって悪いだけの日じゃないよね。
もう一人は、柴犬お面の静矢。
「ところで、全身チョコのお返しとなるとどうしたら良いだろうか…やはりキャンディーかマシュマロで作ったキグルミでも着ないといけないのだろうか?」
白い羽根マスクの恭弥が、机を片付けながらさらりと恐ろしいことを言う。
「ナンタラ盛りってのもあるし、マッパにマシュマロ盛り付けて寝転がっときゃいいんじゃね」
これは別に嫌がらせではない。
彼は嫌がらせのネタを一生懸命考える程、マメな性格ではないからだ。
「ぷはー!ダンボーは熱いのです!」
もう既に会は終わったというつもりか、アーレイがダンボールを脱ぎ捨てた。
…判ってはいても、ここまで堂々と女子の存在を主張されるとぎょっとする者もいる。
「一ヶ月ほど遅れましたが皆様にチョコをプレゼントです!」
被っていなかった段ボールから、手作りのチョコレートを全員に配る。
これのお返しはどうすればいいんだろうか…『リア充撲滅』マスクのラグナは一層悩むことになるのだが、それは彼女の知る所ではない。
「なるほどねえ、これがニホンジンの奥ゆかしさか」
リュカは顔を覆うファーに埋もれながら、楽しげだ。
自分にはじれったすぎて理解できないが、こうして色々悩んでいる姿の一生懸命さは好ましい。
サングラス越しに、いたずらっぽく寿に流し眼。
「弟子君、俺、奥ゆかしい日本の男も好みかも」
「師匠、俺は女子と恋愛する可能性を捨てたくないです…」
寿は、両手で顔を覆って泣いた。手にはしっかりチョコレートを握り締めながら。
会議室が(天井も含めて)綺麗に片付いた。
おつかれさまーなどと口々に言いつつ出ていく面々。
主催の白マスク・将太郎と、グラサン白衣・遊夜が、何事かひそひそと話しあう。
そっとひょっとこお面の淳紅に近づき、物影に呼び寄せる。
「なんだかさ…上手く言えないんだけど。とにかく頑張れよ」
肩をぽんぽんと叩かれつつ何故か小銭を手渡された。
「え。あの…ど、どうもですう」
淳紅はお面の下のつやつやほっぺを、いつも以上に赤らめたのだった。
●余談
春の光が、うららかに教室に差し込む翌朝。
新聞同好会の一員である律紀は、教室の自分の席で頬杖をついている。
暖かな日差しとは縁遠い、憂鬱な表情だ。
「…色々面白かったけど、さすがに新聞ネタにするのはなあ…」
律紀を悩ませるのはホワイトデーよりも、自分に割り当てられた紙面であるようだった。
彼の『春』はまだ遠い。
<了>