●チーム・山狩り
私鉄某線長菱駅前。バスターミナルの向こうに『長菱商店街』と少し古い看板がかかっていた。
夏休みも終わった朝の商店街は、まだ静寂の中にある。
シャッターの下りた通りを抜けると道は緩やかにカーブし、やがて緑に覆われた山が眼前に迫る。
両側に連なる住宅外は静かだった。黒い影が見かけられたというゴミ捨て場は、今日は綺麗に片付いている。
森林(
ja2378)は山を眺めた。
「自然が多いところで素敵ですね〜」
程良く都会、程良く田舎。住むにはいい所だ。
だが自然が近いということは、人間の思い通りに行く事ばかりではない。
万一に備え借り受けた麻酔銃を点検する。
山の方から東城 夜刀彦(
ja6047)とジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)が姿を現した。
最近ついた動物の足跡などが無いか、調べてきたのだ。
「目撃情報と痕跡を考えると、やっぱりここが一番安全で確実でしょう」
「風向きも今日は、ちょうど山から吹き下ろす具合だわねぇ」
そこは被害に遭った畑に近い、休耕田だ。畦には真っ赤な彼岸花が山からの風に揺れていた。
御堂・玲獅(
ja0388)が手元の地図を確認する。
「そうですね、では罠はここと、あちらに設置しましょう」
ドラム缶、檻用の金網、その他必要な道具類を積んだトラックが空き地に入る。
罠の使い方は事前に専門家に教わってきた。
ドラム缶を繋いだ中に蜂蜜を置いて、熊がそこに入り仕掛けを踏むことで入口の柵が下りてくる。驚いた熊は、明るい方へ駆け出しその先の檻の中に飛び込むという具合だ。
夜刀彦は人間の匂いがつかないように手袋を嵌め荷台に上がる。
「重いから気をつけてください」
「大丈夫。ちゃんと支える」
こちらも手袋を嵌めた如月 優(
ja7990)はそれを受け取り、黙々と運んで行く。
「タダ飯が食べられると聞いて私、参上!」
因幡 良子(
ja8039)が手袋の手を腰にあて、仁王立ちする。
「食事の前に一仕事? おーけい、お腹をすかせる意味でもやってあげようじゃないか!まず熊狩りだね」
待って狩っちゃダメ、捕獲依頼です。
「……でも判別するのはともかく他は保健所の仕事じゃね……?」
冷静なツッコミと共に、少し離れた場所へもう一ヶ所の罠を設置に向かう。
「熊かぁ、どんな熊だろうなぁ」
ほわわん、と並んで歩くcicero・catfield(
ja6953)が呟いた。
「ディアボロだったらがっかりするな、野生の熊を生で見れるチャンスだから」
野生の熊も守備範囲。ciceroの動物愛、半端ない。
そこに真野 縁(
ja3294)が、箱を抱えて駆けてきた。
「ハチミツだよー! これで足りるかな?」
中のひと瓶、ちょっと蓋が緩んで中身が減ってる気がするのは気のせいだろう。縁の口が『甘〜い』になっているのもきっと気のせい。
「さって、頑張るんだよー! 熊さん美味しいか……うや、山に帰ってもらわないとねーもちろんディアボロなら倒すんだね!」
何か色々漏れている気がするが、そこもスルーで。
鈴・S・ナハト(
ja6041)が周囲を見渡した。
「熊かディアボロかさだかではないみたいですが……これだけ人数いればどちらでも大差ないですよね」
楽観は禁物としても、対処の方法はあるだろう。相手が姿を見せてくれれば、だが。
「後はどうやっておびき出すかですね」
そう言って鈴は、腕組みをして傍に立つ下妻笹緒(
ja0544)を見た。
下妻笹緒、何故か常にパンダの着ぐるみを纏う男。その着ぐるみの下の本体は誰も知らない。
「囮を使って、檻へ誘いこむのはどうでしょう」
鈴は笹緒を見た。
「あるいは囮を使って、麻酔銃で眠らせるのは」
鈴は笹緒を見た。
見た。
その瞬間、笹緒が突然腕組みをほどき、指を突き出す。
「謎は解けた!」
なんだってー! となるより先に、周囲は困惑の表情。
「いかにも本物の熊を思わせる目撃情報でもあり。
はたまたディアボロの能力を使った痕跡もあり。
ゆえに私達は、一体どっちなんだと迷ってしまった。
しかし答えは至ってシンプルだったのだ」
ゴクリ。その答えとは?
「熊も、ディアボロも両方いたのだよ」
半身になって鈴を指差す決めポーズ。
迷探偵・下妻笹緒、身体はパンダ、頭脳は撃退士!真実はいつもふたつかみっつ!
いやもう、全然意味が判らないんですけど。
溜息を洩らす仲間の様子など意に解する風もなく、風下に移動して行く。
メフィス・エナ(
ja7041)とレイル=ティアリー(
ja9968)、幕間ほのか(
jb0255)は手分けして住宅街を巡回していた。
「ん〜……なんか普通の熊っぽいわね〜」
事前情報からディアボロの可能性は低いと読み、メフィスはやや楽観的である。
だが普通の人たちには野生の熊も恐怖の対象であることは変わらない。念のためにと警戒に当たっているのだ。
レイルが生真面目に言った。
「私はどうにも熊に関しては知識が足りないものでして。熊であった場合は役に立てそうにありませんね」
タダ飯は魅力的だったが、実はこの商店街に来るのはレイルは初めてである。慰労会という言葉に少し申し訳なさを感じ、こちらの班に加わったのだ。
確かに、慰労会であるからには振興策に関わった者が来るのが順当かも知れない。
だが商店会にとっては『久遠ヶ原の学生さんありがとう』という気持ちの表れだ。楽しく過ごして帰るのが何よりだろう。
「私も有効な手段は持っていませんので……撃退士ですから一応体力はありますけど」
ほのかもまた、生真面目だった。
「じゃあ手分けして回ろうか。何か見かけたらお互い連絡ね」
メフィスの提案に、2人は頷き別れて行く。
その頃、罠の近辺。
「来たかな……」
森林が小声でささやき、手にした麻酔銃を構え直す。
ちょうど立木に蜂蜜を塗り付けた辺りに、微かな物音。『策敵』で探ると、明確な生体反応。
ガサガサと樹を揺らし、下草を踏みしだいてそれは表れた。
……うん、どう見ても熊っぽい。だがまだ断定はできない。
一同は姿勢を一層低くし、息を殺す。
獣は、少しずつ離して置かれた蜂蜜に導かれ罠に近付いて来る。だが、流石にあからさまに怪しいドラム缶の中に入る気配は見せない。
物陰に身を隠した月詠 神削(
ja5265)は『中立者』でその生物が天冥どちらに属するものか見極めようとした。結果は『どちらにも属さない』という判定。低い声で仲間に知らせた。
「天魔なら、カオスレートゼロという可能性は低いと思う」
それを聞いたクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が、突如躍り出る!
「ふふっ、クマ如きに僕の魔法を使うまでもないっ」
さも楽しそうに背後に回ると、突然表れた人間に驚いた熊は当然逃亡を図る。
それを正面から見据え、クインが敢然と立ち塞がった。
「撃退士の力を舐めてもらっては困るな。野生のクマなら力の差を存分に味わって大人しく帰るが、ぐはー!!」
寧ろ野生の熊の力を舐めてはいけない。
そいつは立ち上がると、力強い腕でクインを薙ぎ払った。
「まだ台詞の途中だったのにーっ! あぁっ眼鏡がーっ!」
眼鏡の心配をしている場合ではない。
こいつは敵だが、勝てる。そう察知した野生動物は相手の息の根を止めにかかる。
「流石にまずいな」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が駆け寄ると、スキル『ブラッドストーン・ハンド』を使った。地面から生えた無数の腕に絡め取られ、黒い獣は動きを封じられる。
「怪我は、治す」
優がクインの眼鏡を拾ってやると、張り倒された顔に手を翳す。腫れあがった頬はすぐに元通りになった。
「あ……有難う……」
寧ろ心の傷に効くスキルはありませんか。
だがクインの捨て身(?)の行動のお陰で、相手がディアボロではないことがほぼ確定できた。
流石にディアボロの攻撃がビンタだけで済むはずはないだろう。
となれば、後は檻に追い込むだけだ。
束縛から解かれた熊を、それぞれが距離をとって囲む。
「下手に怪我させると、それがきっかけで人を襲うようになる可能性もある。なるべく傷つけないように注意しよう」
神削が気迫を籠めて熊を睨みつける。人里に下りて来ないように、人間は怖いものなのだと脅しを掛けておくのだ。
玲獅がいつの間に取り出したのか、ウォーターガンを構える。狙いを定め、熊の鼻面めがけて発射。中身は唐辛子と油を擂り混ぜた液体だ。
……ちょっと可哀そうな気もするが、とにかく熊は二度とここには近寄りたくないと思っただろう。
やがて熊は唸り声を上げながらも、じりじりと後退する。本能的に身を隠そうとしたのか、先程まで警戒していたドラム缶を繋いだ罠に跳び込んだ。
ガシャン。
入り口の柵が下り、そのまま熊は頑丈な檻の中に入り込む。捕獲成功だ。
熊は檻をガタガタ鳴らし、大暴れしている。
グラルスは念のために発動していた阻霊符の効果を消した。だが熊は相変わらず、檻の中で暴れていた。やはり透過はしないようだ。
縁は近寄って、まじまじとその様子を見た。
「熊さん美味し……くなさそう」
「そうですね……これはちょっと……」
鈴も熊の姿を食料として値踏みする。
改めて見てみると、熊は体高の割にかなり痩せていた。
連絡を受けて駆けつけた役場の担当者が、憐れむように言った。
「あー……随分痩せてますね。山に餌が無くて、人里に下りてきてしまったんでしょう」
ciceroはとりあえずほっとすると共に、熊の哀れな様子に同情を禁じ得ない。
(もう人里に下りてこないようにね……自分の居るべき場所で幸せに暮らすといいよ)
そっと胸のペンダントに祈りを籠める。
説明によると、熊はマーキングの後人里を遠く離れた山奥に放されるという。上手く傷つけずに捕獲できたので、殺処分は必要ないということであった。まずは成功だ。
夜刀彦が言った。
「ではここの自治会長さんに、もう安全だということを確認して貰いましょう。皆さんに周知してもらう必要があるでしょうし」
見えないところで事を運ぶより、見せるに限る。人は誰かに『大丈夫、安全だよ』と保証して貰いたいのだ。
(元の賑わいに戻ってくれたらいいな……)
夜刀彦は静かな住宅街を見遣る。
「おさおさおさびし商店街〜♪」
笹緒がいい声で商店街のテーマソングを口ずさみ、背を向ける。
なんだか無駄にかっこいいパンダの背中だった。
商店街振興策に協力したとある学生が作成し提供したこの曲は、今やご当地ソングとしての地位を確立しつつあるらしい。
「さて、じゃあそろそろいこっか!」
良子が伸びをすると、役場の担当者がちらりと自分を見遣るのに気づいた。
「あの、若くて綺麗なお嬢さんにこんなことお願いするのは心苦しいんですが……」
どうやら相手は撃退士について多少の知識があるようだった。少なくとも人間離れした力を持っている、という点について。そして檻をトラックに載せるのを手伝ってほしいと頼み込む。
「あっ助かるなあ〜クレーン要らず、すごいすごい」
「えっそうですかあ?」
「美人でこんなに働き者なんて、男はほっておかないよね〜」
「やだなあ美人だなんてもー! そんな本当のこと」
良子、にこにこしながら檻を押し上げる。
いつの間にか他のメンバーが移動したのに気づいたのは、それからしばらく経過してからであった。
「あれ? もう捕まったの」
ジーナからの連絡を受け、メフィスは拍子抜けした。
「……こっちにこなかったか。むぅぅ……つまんないわねぇ」
ライトニングロッドをバトントワリングのように器用に操り、独り言。
その時だった。
建物の陰を、黒い影が過るのが見えた。
「えっ、別口がいたの?」
レイルとほのかに連絡を入れ、後を追う。影は山の方へと向かっている。
合流した三人の目前で、影は被害に遭った畑の入り口にたどり着いた。それは、どう見ても人間だった。
「そこまでです」
レイルの騎士剣が、ひたりと影の肩に当てられる。
「こちらを向いて。ゆっくりとです。ここで何をしていらっしゃるのですか」
怯えきった表情の男がこちらを向く。
「す、すいません、つい出来心だったんです!あんまり美味しそうなトウモロコシで……!」
男は近所の住人だった。畑の持ち主が余り見回りに来ないのをいいことに、時々野菜を失敬していたらしい。
この男が鍵をかけ忘れた為に、熊が侵入したのだろう。判ってみれば気の抜けるような落ちである。
「畑の持ち主の人にちゃんと謝っておきなさいよ?警察呼ばれたくなかったらね!」
メフィスは呆れたように呟くと、憮然とした様子で愛用の帽子の位置を直した。
「……?」
ほのかは雑木林からどこか妙な物音がしたような気がして、そちらに目を凝らす。だが何も確認することはできなかった。
「もう戻りましょ。どうしたの?」
「いえ、気のせいです」
それが何だったのかは、後に判明する。
●チーム・宴会屋
「やったね、タダでご飯食べ放題!」
イヴ・カートライト(
jb0278)が満面の笑みで畳の上を往復する。手には箒。
会場設営のお手伝いだ。
「日本では働かざる者食うべからずって諺があるんだろう? 準備位幾らでも手伝うよ」
それなりに広い宴会場を隅々まで往復。
だが同じように箒を手にしながら、雫(
ja1894)は溜息をついていた。
「熊調理を期待していたのに残念です……」
「おー、俺も熊が食べれるかと思って依頼を受けたら勘違いだったのにゃぁ」
大狗 のとう(
ja3056)も残念そうだ。
重ねた折り畳み式の机を宴会場に運び込んでいるところだ。
(……縁ちゃん大丈夫かなぁ。熊だと食べちゃいそうなんだよなぁ)
のとうと一緒に机を運ぶ藤咲千尋(
ja8564)は、熊の対応に向かった友人が無茶をしないか気になるようだ。
(熊さん逃げてー超逃げてー!!)
だから捕獲依頼だって。そんなに熊を食べたいの?
「熊はな〜滋養強壮にはいいらしいが、やっぱり普通に売ってる肉の方が美味いよ」
会場設営を担当する商店会のおじさんが、さも可笑しそうに笑う。
「ああ、それでも昔は野兎ぐらいは獲ったが、あれは結構いけたな……ってあれ?お嬢ちゃん?」
いつの間にか雫の姿はその場から消え、箒だけが残されていた。
「力仕事もどーんと任せろー! 後のご飯が美味しくなるのだっ。次は座布団だなっ」
「あ、私もいきますー! 一緒にやればすぐですよ」
元気いっぱい駆け出して行く、のとうと千尋。見送るおじさんは思わず呟く。
「いやあ撃退士さんてのはホントに、かわいい女の子でも力持ちだなあ」
「熊にあれだけのメンツが出向くのなら、心配ないよね」
神埼 晶(
ja8085)は厨房で大量の鳥肉を前にしていた。
「その分こっち手伝おう」
程良い大きさに切り分け、下味をつけ揉み込む。鶏の唐揚げなら大量にあって困る物でもないだろう。
「私は余りお料理は慣れていないので……でも〜鳥の唐揚げは好きです」
奉丈 遮那(
ja1001)がおっとりと微笑む。
「何でもお手伝いしますので言ってくださいね〜」
晶の作業が捗るよう、補佐に入ることにしたらしい。
周 愛奈(
ja9363)がぴょんぴょん跳ねながら、二人の間に顔を出す。
「愛ちゃんにお手伝いできることがあったら、何でも言って欲しいの!」
その表情は真剣そのもの。
街を不安に陥れた犯人がディアボロでも熊でも、多くの兄様姉様が頑張るならすぐに解決すると信じているのだ。だからパーティーを完璧に準備して、戻ってきた皆に『ごくろうさま』を言いたい。
大量の食器を一生懸命運ぶ様子は、まるで幸せを運ぶという唐子人形のようだった。
「だいたいこんな感じかな?」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が宴会場を見まわした。
机は幾つかの島に形作られ、座布団が並べられている。食器類もそれぞれの机の上に手に取りやすく置かれていた。
「ちょっとこっちに机、貰ってくわ」
宴会場の隅に、仁科 皓一郎(
ja8777)が机を一台離して据える。
「タダ酒飲める、て、聞いたモンで来たけどよ。折角なんで、余興で腕相撲トーナメントでもやるかと思ってな」
火のついてない煙草を咥えた口の端が、僅かに上がる。
「腕相撲?へえ、面白そうだね♪手伝おうか」
ジェラルドも興味を持ったらしく、座り込んだ皓一郎が組み合わせ表を作成する手元を覗き込んだ。
●ここでひとつ余興など
すっかり準備の整った会場に、熊の事件を解決した一同が戻って来る。
その報告を聞き、宴は開始と同時にいきなりクライマックスだ。
商店会のお兄さんもお姉さんも、いやおじさんもおばさんもえらくノリがいい。
若い学生が大勢いるだけでも普段より華やかな上に、困りごとが解決されたのだから当然かもしれない。
「どんどん食べてくださいよー!若いんだからもっと食べられるでしょ!」
謎の論理だが、何故か使われることの多いお約束のフレーズと共に、料理がどんどん運ばれて来る。
その卓の一つ。
「久しぶりだねぇ♪ 調子はどうだい?」
ジーナがビール瓶片手に近寄り、皓一郎の肩を叩いた。
「再会を祝して、飲み比べとかどう?」
おおーっと歓声が上がる。えらく色っぽいお姐さんが、イケメンに勝負を挑んだ!
ここで引き下がっては男がすたるというものだ。
「俺も弱くはねェと思うが…お前さんも強そう、だねェ?」
不敵に笑いながら皓一郎が立ち上がる。
「ふっ。私は強いよ?」
同時に瓶を煽る。
ゴッゴッゴッ。
※※ 良い子は真似をしてはいけません。お酒は二十歳になってから ※※
「「ぶっはぁ〜!」」
二人はほぼ同時に、口から瓶を離す。
「勝負つかねェな、んじゃもう一回」
そう言って皓一郎が掴もうとした瓶を、イヴが奪い取った。
「君が兄みたいな馬鹿になるのは嫌だからね」
「お前さんの兄貴も、酒ねェと死んじまう、って言うだろ?」
皓一郎は少し困ったような顔をした。どうやら二人は旧知の間柄らしい。
イヴは眉間にしわを寄せ、瓶をラッパ飲みするように構える。
「いっそわたしが飲んでやろうっと」
「……兄貴に、殺されちまうわ」
ポンとイヴの頭を叩いて瓶を取り上げた皓一郎の口に、イヴが拗ねたようにケーキを捻じ込んだ。
「んふ、イヴちゃんに免じて皓一郎との勝負はお預けにしてあげるわぁ♪ 誰か代わりに勝負するぅ?」
その後、ジーナが多数の一般挑戦者を軒並みKOしたことは、言うまでもない。
「さて、タダで飲み食いできるって話だから、いっぱい食べて帰ろうっと」
晶が箸を取り上げる。
(長菱商店街の依頼…私来たことなかったけど、まぁいっか)
その隣では従兄のクインが何やらぶつぶつ呟く。
「こっ、これはっ! 一見普通の料理に見えて奥深い味わいっ! はっきりとした味の奥に広がるはんなりとしてほっこりとさせる芳醇な香りが……」
「これもーらいっ!」
語りに入ったクインの隙をついて、晶が件の料理を奪い取った。
「あっ、何をするんだ! それもう残ってないのに……!」
「うん、なかなかいけるよ、クイン」
もぐもぐもぐ。涙目のクインを横目に、噴き出す寸前。
「しょうがないなあ。ほら、お詫びだよ、あ〜ん」
晶が自分の皿の料理を箸でつまんで口元に運ぶと、クインは赤面して身を捩る。
「ぼ、僕は自分で食べられるからっ……」
「照れることないのに」
普段サバサバした印象を与える晶が、クインをわざと振りまわしてみせる。それは心を許している証拠であるが……くっそう何だ、この従兄妹同士仲良すぎ。
「折角だからみんなで、後味よく楽しんで帰りたいね♪」
ジェラルドが軽くウィンク。
洋酒のボトルを放り投げ背中で受け、くるりとターン。手に吸い付くように馴染んだシェーカーに注ぎ入れると、小気味良い音が響く。両腕の間を転がした後、並べたグラスに中身を注ぐと、一滴の無駄もなくぴたりと液体が満ちる。得意のフレアバーテンディングだ。
「ほお〜こりゃすごいや」
グラスを差し出された相手は目を白黒させる。
取り皿を変えたり新しいコップを運んだり、一生懸命動き回っていた愛奈も思わず手を止めていた。
「わーすごいの!魔法みたい」
ぱちぱちと手を叩く。
「お嬢ちゃん、ほらこっち座りなさいな。もう充分お手伝いして貰ったから大丈夫よ」
優しそうなおばさんが愛奈を手招きした。
「……愛ちゃんも楽しんでくるの!」
ぱたぱたと駆け寄る愛奈に、周りの大人たちはあれこれと料理を勧めてくれた。
そこで遮那が立ち上がる。
「奉丈 遮那、歌います!」
ほのかが隣に並んだ。
二人は広い学園内にあって、今までメールを通じて交流していた。実は直接顔を合わせるのは今日が初めてなのだ。だがこれまでの交流という下地があってのこと、すぐにうちとけた。
そこで一緒に余興にと誘ったのだ。
「適切な芸ができそうなスキルはないので、賑やかしができるものがあれば恥の類は捨てます」
例え着ぐるみでも怪しいコスチュームでも。大真面目にそう言うほのかに、遮那はタンバリンを差し出した。
試験期間の課題として、つい先日長菱商店街で遮那はアイスクリーム屋さんのステージで歌った。その歌を軽いダンスと共に披露する。
ほのかは歌を知らないので、横でタンバリンを鳴らすのだ。
シャン、シャン、シャン。
ステージを覚えている商店街の人もいて、楽しそうに手拍子を添えてくれる。
「歌ときたら、これも要るかねェ」
皓一郎がギター取り出し、即興で歌にあわせてつま弾く。
一通りの演奏が終わるとやんやの喝采。
宴は昼にも関わらず、いかにもな様相を呈してきた。
喧騒の中、レイルはおじいさんおばあさんのアイドルとなっていた。
礼儀正しく受け答えは丁寧そのもの。差し出される料理を遠慮しすぎず、美味しそうに平らげる若者が人気を集めない訳はない。
「……お孫さんを私に、ですか? いえいえ、私の様な未熟者が相手ではつり合いがとれないでしょう?」
グラルスは同じように料理を手にしながらも、感心したようにレイルを見ていた。
「君のその能力を持ってすれば、撃退士以外の道でも成功を収めることができるだろうね」
続いて皓一郎が立ち上がる。
「さて、呼んで貰った礼っての?そこまで大層なもんじゃねェけど、ちょっと余興でも」
トーナメント表をおもむろに広げる。事前に参加を希望したメンバー十名の名前が並んでいた。
「あァ、身体つきとかに差があンなら、ハンデもいるかねェ……いらねェ奴は別だが」
もちろん差はあるだろう。だが撃退士たる者、ここでハンデを要求する者は皆無と思われた。
ところで初戦に参加するはずの雫の姿がこの場に無い。
「間に合った。熊が食べられなかったので……」
言いながら料理の大皿を机にでん!と据える。
のとうが鼻をひくつかせた。
「なんだ?変わった匂いがするのだ」
「よければ、どうぞ。野兎のマタギ風」
ずざざざざーーーー。
引く者と寄る者。先刻の雑木林の気配は雫だったようだ。
そんなことはお構いなしに、雫は進み出る。
第一戦の組み合わせは、VS森林である。
「恨みは在りませんが、熊鍋が食べれない不満をぶつけさせて貰います」
「お手合わせ、よろしくお願いしますよ〜」
小柄な女の子と、優しげな男子学生。
そう思い見守っていた商店会の人達は、掛け声と共に漲る気迫に呆気に取られる。
雫は体格で負ける分を自覚し、開始と同時に一気に力を籠める。勝負あり。
普段と変わらぬ淡々とした表情の下に、雫は少しだけ自慢げな雰囲気を醸しだす。
「負けてしまいました〜。すごい力ですね!ありがとうございました〜」
森林が柔らかく笑う。
その笑みすら、一般人には不気味に思えた。撃退士の腕相撲、すごい。というか、熊鍋の恨みすごい。
第二戦は夜刀彦対ciceroである。同年代の男子学生同士の対決は、見ごたえがあるだろう。
……と思われたのだが。
「にゃーーっはっはっはっはw」
cicero、完全に出来上がっている。勿論未成年なので、飲酒はしていない。
「あるぅ日、森の中、くまさんに、であ〜った♪……」
笑い、歌う。完全な酔っ払いだが、手にしているのはコーラの瓶。何故かコーラで酔っぱらう特異体質の持ち主だったらしい。
一見して夜刀彦の圧勝と思われたが、技巧派にとって組み方の予想がつかない相手は番狂わせだった。これはもしや、伝説の『酔拳』か?
良く判らないうちに、cicero勝利。
「お手合わせありがとうございました!」
夜刀彦の清々しい笑顔を、果たしてciceroは記憶しているのか……。
第三戦はのとうと鈴の対戦だ。
鈴は胸にサラシを巻いたいつもの戦闘スタイルだ。おじさんたち、見ちゃいけないと思いつつも視線釘づけである。だが当人は全く気にしていない。
「いよっしゃあ! 負けないのだっ」
がっしと組みあう女子学生二人。
鈴は合図と共に相手の手を自分のほうへ引っ張るように捻り、力を入れさせない。本能で挑むのとうは鈴の作戦に屈した。
「うむー、俺ってば頑張ったな!」
軽く唸りながら、しょんぼりとのとうは肩を落とす。
「ふっ、こんなところで再戦するなんてねぇ」
再戦はやっ!第四戦はジーナと皓一郎の組み合わせだ。
「手加減はいらねェな?」
開始と共にジーナが勝負をかけた。冷静に受け流す皓一郎。だが意外にもジーナのパワーが押し切った。
「よっし! 一勝!」
ピーピー! ガッツポーズのジーナに、床に倒れたおじさんたちから口笛と拍手が飛んだ。
第五戦はジェラルド対優。
「ハンデは、いらない!」
普段ほとんど表情を変えない優の瞳に、ゴゴゴと闘志が燃える。全力でぶつかってこそ勝負!
「何事も、本気で楽しまなきゃねぇ☆」
こちらは逆の意味で普段と違う表情を覗かせる。軽く見られがちな彼だったが、珍しく本気で力勝負に挑む。
どちらもガチの本気勝負。机が割れるかと思うほどの熱戦の末、ジェラルドの甲が机上に打ち付けられた。
「あ〜あ、負けちゃったねえ。でも楽しかったよ☆」
ジェラルドが顔をほころばせた。偶には本気勝負も楽しいものだ。
二回戦では流石に力入らずciceroが優のパワーに陥落、鈴が僅差でジーナに敗れた。
籤で不戦勝の雫とで、三人の勝ち抜き戦となる。まさかの女三人の決勝戦に、商店会の皆さん大興奮。
雫、ジーナを連続でねじ伏せ、優が無言のまま小さくガッツポーズで喜びを表現する。正に黄金の右腕。いや、細腕。二位は逆恨みパワーで雫が勝ち取った。
熱い腕相撲対決に、大きな拍手と歓声が宴会場に満ちる。
腕相撲の余韻残る宴会場の外に、のとうは仲間を誘う。
「にゃはははは! なぁ、折角だし遊ぼうぜっ」
わざわざ買ってきたコーラを両手に握り、満面の笑みを浮かべている。
縁は千尋が取り分けてくれた大皿に乗った料理をひたすらパクパクもぐもぐ。食べながらもその目は、何が始まるのかとわくわくしている。
「噴水勝負? ワオ、何それ素敵過ぎるじゃないか。やるやる!」
千尋とイヴがのとうからコーラを受け取る。
宴会場に普通のコーラはあったが、彼女たちの目的にあうのはダイエットコーラである。
清涼菓子をそれぞれのボトルに入れ、千尋とイヴが思い切りシェイク!
「「キャー!!」」
見上げるほどの噴水がボトルから吹き上げた。
四人は全員、コーラを浴びて髪も服もべたべたのびしょびしょだが、それすらも可笑しい。
お互いに抱きつき、転がりながら笑い続けた。
●お開き
飲んで騒いで時間は過ぎて。お開きの時間が近づいた。
そこにようやく良子が合流を果たす。
なんだかんだで役場の人に連れ回され、結局健康診断の後タグつけの終わった熊をトラックに載せる所まで付き合わされた。死屍累々の宴会場の光景に、がっくりと座り込む。
「……泣いても良いよね?」
そこにジェラルドがスマートに皿を差し出す。一通りの料理がたっぷり確保されていた。
「良かったら食べる?」
実は彼は、熊の警戒心を解くのに餌付けを試みるつもりだったのだ。事前にその為の料理を確保していたのだが、熊はそのまま山に帰されてしまった。
(元々熊の分だけど……実際には取り分けて置いていただけだしね)
実際熊に供されたわけでもないちゃんとした料理だ、問題ない。
「いいの!?」
良子の目はキラキラうるうる。
いよいよ宴会はお開きとなる。
そのままでという商店会の世話役の言葉を柔らかく遮り、一同は後片付けを手伝う。
遮那は宴会の間、その後の商店街の様子や、これからの企画などについて聞いた。
「また何かあれば声をかけてください。力になりますよ」
すっかり顔なじみとなった人々に笑顔を向ける。
一度遠のいた客足を取り戻すのは中々に難しい。けれど先の人達の頑張りを引き継いで行って欲しいと思う。
優と夜刀彦は、もう安全だということを周囲に宣伝しておくように提案した。振興策で提案された様々な方法が、ここでもきっと役に立つことだろう。
「皆が笑いあう商店街に、一日も早く戻ってくれるといいですね」
優の言葉に夜刀彦も頷く。
一日も早く、彼らが安心して暮らせるように。そう願わずにはいられない。
見上げた空はどこまでも青く澄み渡り。
貰った団扇を夏の名残りに、一同は帰路に就いた。
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