●用意周到
応接室のソファで、英 御郁(
ja0510)が溜息をつく。手元の画面に映るディアボロの姿は、見れば見る程特異だった。
「見た目で既に手強さ当社比八割増しって感じなんだけどよ……まあ、実際はディアボロだしな」
「日本の母って感じですねぇ……見た目的にまったく勝てる気がしないのですがっ!」
全く本気とは思えない調子で、卯月 瑞花(
ja0623)が楽しそうに笑う。隣の叶 心理(
ja0625)は頭を抱えていた。
「いやまあ……なんだかなぁ。こうゆうのもいるんだな」
ディアボロとオバチャンの強さを比較するのはナンセンスだ。だが見た目が、より手強く見せているのは否めない。
御郁が自分に言い聞かせるように、宙を睨んだ。
「中身までオバ……いや、屈強なマダムじゃないと信じたい……心折れそうだから」
言葉を選ぶ御郁、結構紳士的だ。榊 十朗太(
ja0984)は生真面目な表情で、腕組みする。
「店じまいともなれば、常連とかバーゲン目当ての客とかでごった返すよな。せっかくの花道をディアボロに邪魔されたんじゃ店の人もお客も迷惑だ。きちんと退治してやろうぜ」
そこに御堂・玲獅(
ja0388)が戻って来た。
「この商店街付近の空きビル情報を伺ってきました」
不動産会社で得た情報と、警察から提供された敵の出没地点とを地図に落とし込む。それを元に現地確認に向かう。
一口に廃ビルと言っても、現地を見て判ったことがある。
まず事件の発端となった現場は、道路からは見通しにくい地下部分であった。獲物を物陰まで運んで行く習性があるという敵には、うってつけの場所だ。
十朗太は、似た環境のいくつかの廃ビルの前に乾きにくい塗料を落とす。
(さすがにここに潜んでいることはないと思うが、利用している時点で何か手がかりがあるかもしれないからな……)
敵が逃げ込んだ場合は、何かと参考になるだろう。
次の問題は、ディアボロとマダムの見分け方だ。
「この時期に全身豹柄とか毛皮服姿のおばちゃんって、暑苦しくて違和感ありませんか?今は梅雨時で晴れの時も蒸してますし」
玲獅が静かに分析すると、黒椿 楓(
ja8601)が少しうんざりした表情で同意した。
「この湿度の高い時期に豹柄……、通常はしないと思うけど……」
(湿度に弱いうちには……、無理……)
考えるだけで体力を奪われる。それにしても夜闇、そして人に乗じて潜む魔とはどのような相手なのか。
影野 恭弥(
ja0018)が外で調達してきたらしいアイスバーを手に呟く。
「コートなら本来毛がないはずの場所でも、体毛ならあるかもな。首や手等、本来肌が露出する場所なら判りやすいか」
日比野 亜絽波(
ja4259)はマダムの一般的な習性の反証を挙げる。
「おしゃべりしない、つっこまない、ぼけない、ハンドバッグやあめちゃんを持っていない、ティッシュの無料配布やお買い得情報に無関心……」
「あと靴履いてない、か。実際に服を着ているわけでもなし、じっくり見ればわかるんだろうなぁ」
腕組みする心理。さすがに昼間は見紛うことはないだろうが……。
「とにかく、可能な限り夜のうちに全て討伐する覚悟で行こう」
「…内容把握。全部やっつけるの」
アトリアーナ(
ja1403)の同意はシンプルだった。
●聖戦前夜
夜の歓楽街の華やかな気配が遠くから漂いはじめた。一方でアーケード内に人通りは少なく、駅を利用する通勤客が時折足早に通り過ぎて行くのみである。
そのすぐ傍の側道の暗がりに、若い女がしどけなく座り込んでいた。変化の術を使い、妙齢の女性に扮した瑞花である。昼間に確認した怪しいビルの近くだ。
「人ごみの中で倒したら騒ぎになりそうですしねぇ。裏路地とかで仕留めちゃいたい所ですが…あ、忍者っぽい?」
そんなお気楽な物言いで、暗がりの囮役を買って出た。アトリアーナと黒百合(
ja0422)は近くの物影から瑞花を見守る。
しばらくそうしていると、近づく気配。……二体。正体を見極めようと、顔を上げないまま意識を集中する。が、聞こえたのは能天気な声。
「おねーさん、大丈夫〜?ちょっと休んでく?」
瑞花は内心で溜息をついた。うにゃうにゃと曖昧な返事をしつつ、邪魔にならない場所までついて行く。
曲がり角を二回程曲がった所で、相手の腕を強く払った。
「もう大丈夫です。怪我しないうちに行ってくださいねぇ」
「えー、近くにいい店あるんだよ。そう言わずにさぁ」
にやにやと下卑た笑いを浮かべる二人の男が、心底面倒くさい。瑞花は鋭い光を放つ双剣を具現化し、それぞれの首筋にあてた。
「お誘いは嬉しいのです、が…しつこい男は嫌われるのですよー」
剣を引くと、男達は叫び声をあげて逃げていった。
この夜以降『恐怖・酔っ払いナマハゲ女』の噂がこの界隈に流れたというが、真偽の程は定かではない。
終電の時間になった。通勤客に混じって、それまでとは異なる人影が衣料品店に近づいてくる。全身にパワーを漲らせた十人程のマダム集団だ。余り早く訪れると追い返されることまで計算済みなのだ。終電ならば帰れと言われても帰れない。
「よろしかったらどうぞ……」
楓が手に提げた籠から取り出した、ポケットティッシュを差し出す。依頼主の方で、セール予告の際に余っていたものを提供してもらったのだ。マダム達の目がきらりと光り、獲物を奪う野生生物のようにティッシュを掠め取る。その姿を何気ない風で確認する。あれは人間だ……たぶん。
それにしても、だ。
おばちゃんたちの服装は、実に紛らわしかった。巨大な虎の顔がプリントされたTシャツ(ちなみに裏側は後頭部だ)や、豹柄プリントの上下スウェット、虎柄にラメ入りのロングカットソー……何よりすごいのが、それが彼女たちにしっくりと似合っている点だ。
店の前では、徹夜を阻止しようとする衣料品店の店員がマダム達と揉めている。だがどう考えても帰りそうもない。下手に解散させて、ディアボロに襲われても厄介だ。
「列を離れるときには、必ず誰かに声をかけてくださいね」
亜絽波は有無を言わせぬ気迫を発揮し、マダム達を誘導する。列を作ると、おばちゃんたちはそれぞれ敷物を取り出し、互いに飴や駄菓子をすすめあいながら賑やかに喋りはじめた。それを横目に、亜絽波が仲間に連絡を入れる。
「とりあえず、店の前にディアボロはいないわ。何かあったら連絡よろしく」
怪しいと目をつけたビルの一つ。暫く周囲に意識を巡らせ、恭弥は敵がいないことを確認する。
(果報は寝て待て、か)
小さな事務所の玄関に寝転がる。耳を澄ますと、微かに聞こえる喧騒。『夜目』の続く限り、油断なく周囲を伺う。
その前にふいと影が現れた。一歩を踏み出す足は裸足で、恭弥の襟首を掴む腕は爪の根元までびっしりと毛に覆われている。……ディアボロだ。
眠ったふりのままで恭弥は引き摺られていく。一般人の居るアーケードから少しでも離れた方がいい。暫くして小さな事務所や貸倉庫が並ぶ暗い一角まで来ると、別の一体が近寄ってきた。
「影野にかかった。現在二体。サポートに向かう」
近くのビルの階段室から双眼鏡で監視していた御郁が、短いメールに位置情報を添えて一斉送信。すぐに阻霊符を取り出すと踊り場から身を躍らせる。
一方の恭弥は、二体のディアボロに平然と引き摺られながら『索敵』で周囲の様子を伺う。居る。いつの間に集まったのか、広告だらけの電柱の後ろに、いやに大きな鉄製のゴミ入れの陰に、見え隠れするモノ達。一回り大きな個体が現れた。これがリーダーなのか、一斉に他のディアボロが恭弥から離れる。
眉一筋動かさないままに、恭弥のマグナムが咆哮を上げる。機先を制する鋭い一発が、リーダー格の左肩の付け根にめり込む。
「グギャァアーーー!!」
静かな通りに、およそ人とは思えない絶叫が木霊する。
手下のディアボロが一斉に恭弥に飛びかかってきた。近い物から順に、正確に銃弾が撃ち込まれる。だが、相手はかなりタフだった。膝を撃ち抜かれようが腹に穴が開こうが、起き上がる。
衝撃に転んだ一体が這い出そうとした瞬間、頭から地面に叩きつけられる。御郁の放った影手裏剣を後頭部に食らったのだ。
「うわあ……影野ってば、マダム達にモテモテ」
御郁の軽口にフン、と愛想なく鼻息で応えると、恭弥は新たな敵に狙いを定める。
ディアボロ達はタフだが、対応に難しい程素早くはなかった。駆け寄る一体が、突然躓くと派手にゴミ箱に激突する。阻霊符の効果で透過は阻止されている。
「お、生きてたか。間に合ったな」
槍を短く握り直しながら十朗太が立ち上がった。槍で引っ掛けて転ばせたディアボロが起きるより早く、アウルを籠めた刺突を繰り出す。その背後から襲いかかる敵は御郁の影手裏剣に阻まれた。
やがて動く敵はいなくなった。御郁が小型のLEDライトで辺りを照らす。
「……ディアボロの数が少ない。逃げたか」
逃げた敵の情報が送信される。十朗太の撒いた塗料を踏んだらしく、幾つかの見慣れない形状の足跡が点々と残されていた。
「面倒な所に入り込んだわねェ……まぁ、連中を叩き潰す事には代わりないけどさァ……」
黒百合がくすくすと嗤った。アトリアーナと瑞花と共に阻霊符を発動しつつ足跡を辿る。ボロボロの扉をくぐり、地下の空き店舗に踏み込むと黒百合は小さな明かりを灯した。
瞬時に飛びかかる影を、アトリアーナの飛燕翔扇が打ち据える。叫び声と共に地面にぶつかる音。瑞花が狭い部屋の中を壁走りで回り込み、敵の背後から武投扇で攻撃。
尚も襲いかかる相手に、黒百合の火炎放射器が焔を吐いた。
「今日のバーゲンの御代は貴女の命よォォォ!さぁ、耳を揃えて差出なさいよォォォ♪」
もんどりうって倒れる一体の背後から、別の一体が飛び出す。瑞花の側面攻撃に体位を崩す隙に、黒百合がパイルバンカー装着。テンション高くアトリアーナに呼びかける。
「さァ……アトリちゃん、一緒に叩き込むわよォ。ぶち抜くわよォ♪」
「撃ち貫け……なの」
漆黒と白銀のダブルパイルバンカーが、敵の顎で炸裂。吹き飛んだ敵の身体は天井を突き破って行った。
もう夜明けも近いというのに、マダム達は元気だった。
少し離れた路上に、ふらふらの男が現れた。突然車止めに抱きつくと、そのまま倒れ込む。
様子を伺う心理の前で、現れた豹柄の影が男に近づく。なるべく一般人の近くで戦闘に入りたくない。店から見えないところまで引き摺って行った所で、声をかけた。
「大丈夫っすか〜、おかーさん?」
返答は低い唸り声。『夜目』を使ったことで、相手の姿が良く見えた。さすがにその形相は人間ではない。……たぶん。
相手が動くより先に、忍苦無で男を掴んでいる片腕を攻撃する。至近距離からの攻撃に、ディアボロは男を離し身構える。その大振りの爪をかわすと、がら空きになった間合いに入り込み首筋に一撃。心理は噴き出す体液を避けつつ、苦無の射程距離を保つ。
そのとき、叫び声がアーケードを震わせた。
亜絽波は薙刀を構えつつシールドスキルを展開する。眼前には一際大きなディアボロ。さしものマダム達も、その背後で動くことすらできない。
「大丈夫ですからね。少しの間だけじっとしていてください」
玲獅が微笑み優しく声をかけると、多少なりとも空気が和む。
(おばちゃんに似てるディアボロね…なんだか攻撃しづらいかと思ったけど、これは大丈夫かな)
緊迫感の下でも亜絽波は冷静だ。破れた毛皮のあちこちから体液を流し続けるディアボロは、電灯の光の下では見紛うべくも無い。
「阻霊符、使うね」
建物に潜り込まれては厄介だ。一般人へ近づけないよう、玲獅と亜絽波はじりじりと敵を側道へ押し戻す。多少なりとも知能があるらしきディアボロは、不利を悟ったようだ。突然踵を返した所に、楓の放つ矢が真っ直ぐ襲いかかる。
矢傷を腹に受けたディアボロは、窮地に陥り開き直った。重い爪を玲獅の楯が受け止めるが、踏みとどまれず勢いのまま押し戻される。その護りの陰から、亜絽波の薙刀が曲線を描く波動を放った。
リーダーディアボロが地面に膝をつく。そこに駆けつけた心理が、小物を確実に仕留めて行く。
「魔は消え去るが理……、逃がさないわ……」
楓の渾身の一矢を額に受けたディアボロは、仰け反ったまま倒れ動きを止めた。
●討伐完了
衣料品店のシャッターが開いて行く。セール開始時刻だ。整理券を握り締めたマダム達の気合が、陽炎になって立ち上るかのようだった。
「大変長らくお待たせいたしました!只今よりご入場いただけます。危険ですので押しあわ……グハァッ!」
来場者の整理担当の店員、あえなく撃沈。寡兵で士気高いツワモノ共を相手にするとは、無謀なり。こうして仁義なき戦いの火蓋が切って落とされた。
その列に飛びこむ若き勇者の姿。
「さぁこれからが本当の戦いなのです…突撃っ!」
瑞花が先陣を切る。目指すは若い女性向けの婦人服売り場。アトリアーナが黒百合の手をしっかり握りながら、おねーちゃんの後に続く。御郁も若さに任せ店内へ突入。
念のために残敵を警戒しつつ、心理は少し離れた場所から喧騒を見守る。
「何とか終わったな」
「バーゲンセール……安いとは思うけど……、この人の数……うちには無理だわ」
楓は軽い眩暈を覚える。人波から飛び出た御郁の頭が、急流にのまれる木の葉のようにくるくる回りながら店内に消えるのが見えた。しみじみと心理が呟く。
「……やれやれ、平和だぜぇ」
やがて日は傾き、通常より幾分早い閉店時間が訪れた。
「……これは部屋着にするの」
狙いの夏物シャツをゲットしたアトリアーナが、紙袋を胸に抱える。瑞花も破格値のサマーセーターを手に入れ満足げだ。黒百合と御郁も紙袋を手に、心地よい疲労感に浸っていた。
社長を筆頭に居並ぶ店員が深く頭を下げる前で、ゆるゆるとシャッターが下りてゆく。
玲獅が、ほう、と安堵の息をついた。
「なんとか無事にすみましたね」
十朗太が頷く。
「良かったよ。有終の美ってやつを飾ることができたもんな」
「うん、ひとまずは良かった。でも閉店セールって、なんだかちょっと寂しいよね」
亜絽波が見つめる前で、シャッターが完全に下りる。
その瞬間。
深く頭を下げていた社長が、振り向きざま高く腕を突き上げた。
「今日は大成功や!次の開店セールも頑張るでー!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
応えて店員が一斉に気勢を上げる。
呆気に取られる撃退士達に、社長が満面の笑みで閉店セールのチラシを示す。その隅っこには小さな文字で『店内大改装のため』とあった。
「ほんま今回は助かりました。また何かあったら、是非頼んますわ!」
全員に小さな袋を手渡していく。
恭弥が袋を眺め、然程感動した風もなく簡潔な感想を口にした。
「まったく、ディアボロよりオバチャンより逞しいな」
<了>