●これは修行です
往生際悪く逃走を図っていた中山律紀(jz0021)を教員が呼び止め、紙束を手渡す。
「えっ『フリーパス』…先生これ?」
「合宿カリキュラムってことでな。存分に楽し…いや、修行して来い」
完全に退路を塞がれた律紀は、諦めて全員にパスを配布する。
背後から忍び寄り、英 御郁(
ja0510)が妖しく囁きかけた。
「んー?中山先輩、表情堅ェっすよ?なーに、怖いと思うのは最初だけ…すぐヨくなるッスよ…☆」
パス2枚を額に叩きつけられ、笑いながら駆けて行く。
「スカッとすんなら、やっぱ絶叫マシーンだよなー!」
グラン(
ja1111)はそれを興味深そうに眺めていた。
(遊園地で遊ぶのが修行に?中々面白い考え方もあるものです。それでは堪能させていただくとしましょう)
遊園地より、参加者の反応の方に興味があるようだ。スマホの撮影アプリ起動。
(「タノシイ思ヒ出」…残してあげましょうかね)
このどえすめ。
だが律紀の同志は他にもいた。
(精神修行、か。立派な男になる為には…さ、避けては通れないよね)
如月 統真(
ja7484)はパスを握り締め、イヴ・クロノフィル(
ja7941)の元へ。小柄で女の子のような統真だが、志は高く「自立した立派な大人」を目指して耐え抜く所存である。…まあついでに、イヴを誘って普段見られない表情を見たいとか思っちゃってるのはご愛敬。
「修行だなんて言ってますけど……遊びですよね、楽しみましょう!」
マシン初体験のカタリナ(
ja5119)が、嬉しそうに言った。
権現堂 幸桜(
ja3264)はそんな彼女をちょっと心配しつつも、笑顔で答える。
「リナとデ…一緒に精神修行なんて嬉しいな」
幸桜の完璧な『男の娘』っぷり、二人はどう見ても仲良し女学生か姉妹だ。でも当人たちが幸せなのだからそんなことはどうでもいいのである。ごちそうさま。
どれに乗るかは相談済だが、時間は結構ギリギリだ。自然と皆の歩みは早くなって行く。というか、すごく早い。一般人なら早々に脱落するスピードである。さすが撃退士。
そのスピードでも物足りないと言わんばかりの御守 陸(
ja6074)。
「僕、遊園地って初めてです。楽しみですっ」
(みんな「こわい〜」と言いつつ、楽しそう!)
方々から聞こえる歓声や叫び声に、テンションは急上昇。
辺りを眺め、フォルトレ(
ja4381)が呟いた。
「実に面白……、興味のある修行内容だな」
一見クールなその表情からは窺い知れないが、内心では生涯2回目の遊園地にワクワクが止まらない。いざゆかん、未踏のアトラクション!
●悲喜交々
最初は【スーパースクリュー】、ジェットコースター系の上位機種である。人気の乗り物だけに待ち時間が長い。
名芝 晴太郎(
ja6469)がマップに目を落とす。
(絶叫系は平気なんだけど、実は高所恐怖症だったりするんだよね。【スペシャルスピン】なら平気だと思ったんだけどなぁ…)
見送った乗り物に未練があるらしい。結果論で言えば、彼は助かったのである。スペシャルスピンは高所で一度完全に停止する乗り物だからだ。それを知る機会を逸したのは、幸か不幸か。
久遠 仁刀(
ja2464)は乗り物を見上げた。
(…そもそもこういう遊興施設自体、縁のない生活してきたからな。多分戦闘の緊張感よりはましだろう)
そして笑顔を向ける桐原 雅(
ja1822)を見る。いつもより少し柔らかい印象の私服姿が眩しい。
(あんまり情けない格好も晒せないしな)
誘った手前、男としては切実な思いだ。
「しきみさんが一緒に乗り物に乗るのをOKして下さるなんて、嬉しいです♪」
リゼット・エトワール(
ja6638)が上気した頬で鬼燈 しきみ(
ja3040)を見る。
大好きなバイト先の先輩が自分につきあってくれて、嬉しくてたまらない。お喋りしていれば、待ち時間などあっという間に過ぎてしまう。
順番が来る。軽い足取りで鉄骨製の階段を上がり、座席に収まる。
「…こういうのって乗ったことあります?やっぱり怖いですか?」
安全バーをセットしながら、カタリナが幸桜に尋ねた。
「大丈夫、全然怖くないよ?」
「それでも修行ですからね、気を引き締めていきましょうっ」
後の展開を知らないカタリナ、ここは余裕の冗談だ。
発車ベルが鳴り、軽い振動と共にコースターが動きだす。目前に迫るば洒落にならない角度で上昇線を描くレール。
「わー緊張しますねー…。…先輩?せんぱーい?大丈夫ですかー?」
待ちきれない様子で陸が歓声を上げるが、何かおかしいと思い隣を見遣る。律紀は青い顔で笑顔を作ってみせた。
「…じっくりと最高到達点まで上り焦燥感を煽るだけ煽り…ほぼ直角の落下で加速する。その加速の最中、落下の最中からすでに螺旋状のスクリューが乗客を歓迎し、遠心力によるGの洗礼を…」
背後に座る晴太郎が呟く。律紀は思わずやめてくれと叫びそうになる。だがじりじりと上がる高度に、晴太郎自身が焦燥感を覚えていたのだ。
その声も頂上に到達したところで途絶えた。直後、ほとんど垂直に降下。
悲鳴と歓声を引きずるように連続ツイスト、そのまま大きく2回転。再び上昇し…後退のまま落下し2回転の後、何事もなかったように出発点に戻った。
「リナ、大丈夫?」
幸桜に声をかけられたカタリナが、前方のバーに突っ伏しながら何故か謝る。
「遊びだなんて言ってすいません、修行でした」
その横を、無表情の律紀が通って行く。幸桜に引っ張り上げてもらいながら、カタリナが声をかけた。
「中山さん、さすが、男の子ですね…私はちょっと怖いみたいです…」
無表情なのは色々通り越したからなのだが、カタリナもいっぱいいっぱいで気付かなかったようだ。
「ちょっと怖かったけど…凄かったですね、ぐるぐるーって!なんだかあっという間でした…」
陸が律紀を気遣った。
座席にへたりこんでいたリゼットが、はっとしたように顔を上げた。
「く…くじけません!」
しきみに腕を取られ、よろよろと足を踏み出した。
「次へ急ごう。こういった物は楽しむが勝ちとか言うだろう、多分。いやきっと」
フォルトレが一同を促す。顔には出さないが、どうやら相当気に入ったらしい。
●スプラッシュ!
「イヴちゃん。手を放さないようにね」
「うん、統真、一緒に行こう」
統真がイヴの手をしっかり握って走る。相変わらずの移動スピードだ。
【激流すべり】は、意外に待ち時間が少ないようだった。律紀にとっても、唯一なんとかなりそうな気がする乗り物だ。
「中山君は天魔との戦いは大丈夫なのですか」
グランが硬い表情の律紀に淡々と語りかける。
「一般人でも耐えられるようなアトラクションですよ」
「…一応分析してみた。戦いは自分の力で何とかできる。自分で制御できないってことがキツイ原因なんだ、うん」
(成程、体験不足に対する精神的な負荷の面が大きいのかも知れませんね…)
考え込むグラン。そんな分析の意味の如何はともかく、仁刀は声に出すことなく激しく同意した。
(…戦闘よりましかと思ってたが、全然別物だな…!)
だが声には出さない。雅の手前、それだけはできない。
そもそも今日誘ったのは、最近負傷したりで彼女に心配させているかもしれないと思ったからだ。
(激流滑りは、速いのと濡れる位だから大丈夫だろうか。流石に、どれか一つくらいは余裕を見せないと年上としては情けなさすぎる)
ぐぐっと握りしめた手に力を籠める。
やがて丸木を模した物が、水路を滑って来る。
「わぁ〜♪激流すべりで記念写真、とっても楽しみです」
腰をおろし、リゼットがそわそわと辺りを見回す。しきみがそれを見て笑った。
「えへーりぜっちはカメラが気になるのかー。ん、ボクも探してあげるー」
「確か、隠しカメラでキャー!と叫んでるのを撮られてしまうんですよね…!」
「え、写真?撮るんですか!?」
動揺し幸桜を縋るように見つめるカタリナ。
「うん、そうみたいだよ。結構濡れるみたいなので、よかったらこれを」
幸桜が持参したカッパをカタリナに着せてやる。その様子は恋人同士そのものだが、傍目には姉妹か(以下略)
「水なぞ今の時期、むしろ気持ちが良いだろう」
淡々と言っているようで、若干紅潮気味のフォルトレだった。
濃い水色に塗られた水路を、舟が進んでいく。暗いハリボテの山を登るときはレールの振動が伝わってきた。
相変わらずカメラを探すリゼットだが、カメラは落下シーンを写すのでこんな所にはない。
トンネルを抜け眩しい光が差した所が頂上だ。進行方向に設置されたものを、陸が目ざとく見つけた。
「あ、カメラってあれですね。手、振りましょうっ」
その声にリゼットが反射的に目を遣るが、その瞬間。
「はっ…!気がついたらもうくだりに…カ、カメラはいったい…ど……ひあああああぁぁぁ!!!」
「(写真?残るなら毅然と…)きゃーーー幸桜ーーー!!」
阿鼻叫喚と水飛沫。
何事もなかったかのように静々と、降車位置に舟は進む。
「あはは、びちゃびちゃになっちゃいましたねー」
気持ち良さそうに陸が笑う。
「水飛沫の爽やかさと、水の上を滑るスピード感が最高っ」
ずぶぬれになりながら、御郁も笑った。シノブが「ワーォ、濡れ鼠」などと言いながら、自分と御郁をショールで拭く。
「ま、こーいうのは、多少なりとも水被るくれェが醍醐味だしな。…水も滴るイイ男、っていうだろ?」
気障に流し目。
「むー!ボクだってイイ女だヨ!」
そう張り合うシノブの濡れた衣服の下に透ける、黒レース…目を逸らそうともせずガン見の御郁、心の中でぐっとサムズアップ。視線に気づき見ンナー!と殴りかかるシノブの拳を満面の笑みで受ける。
通路脇では取り出したタオルで、仁刀が雅を拭いてやっている。
雅の空色の薄いブラウスが水に濡れて、細い身体のラインが露わになる。残酷な程無邪気に「どうかした?」と聞かれ、仁刀はしばし止まっていた手を慌てて動かした。
「どうだったイヴちゃん…って!?とと、取り敢えず、此れ羽織ってて…!」
統真が予備の上着を鞄から取り出す。白いワンピースが水に濡れ、歳の割に発達した胸がこれでもかと強調される。耳まで真っ赤にして狼狽えつつも紳士的対応だ。
(うん、なんだかこの乗り物の待ち時間が少ない理由が判ったぜ)
コースターより多少余裕があった律紀が、そんなカップル達の脇をスタスタ通り抜けて行く。
出口の傍では、既に落下のときの写真が見本画面に表示されていた。
笑うシノブを庇い必要以上に水を被る御郁。
幸桜に抱きつくように寄りかかるカタリナ。
無表情のままのイヴの隣で、統真が歯を食いしばりながら耐えている。
元気よく万歳する陸と涼やかな表情を崩さないグランが、共にカメラ目線。
普段のクールさはどこへやら、最高に爽快な笑みで収まっているフォルトレ。
カメラ探しも忘れ叫ぶリゼットの隣で、ばっちりカメラにピースサインのしきみ。
そして満面の笑みの自分と雅…。
(…写真、2人分買っておくか)
仁刀は頬と財布の紐を同時に緩めるのだった。
●学園見えるかな
聳え立つ【フォーリング】の前。
「……無理です」
カタリナが固まった笑顔で回れ右。幸桜がその手を握る。
「大丈夫、僕がいるって」
律紀が低く呟いた。
「これも修行の一環だよ、カタリナさん」
これで彼女が逃げたら自分も逃げよう。だが硬い表情のままカタリナは踏みとどまる。
御郁は列で待つ間も絶好調だ。飲み物をシノブにもすすめつつ、バイトの話などに花を咲かせる。
座席に一同が収まると、じりじりと鉄柱を上がって行き、やがて天辺で静止する。
「無理です無理ですって、ちょっと下から見た時より絶対高いですって!?」
上昇中からパニック寸前のカタリナの手を、幸桜がしっかり握っている。
「すごい高さですね、人があんなに小さいです!」
リゼットは興奮したように指差した。
「凄い高さですねー。学園、見えないかな…」
陸が瞳をキラキラさせて言った。隣の晴太郎が、精一杯取り繕った声で答える。
「ははは…さすがに無理じゃないか?」
本当は余りの高さに、心臓が破裂しそうなのだ。律紀を挟んで座るフォルトレが、さっきまでの笑顔はどこへやら、無言で青ざめている。
「修行で来たのだから致し方ない…(無理無理無理無理)」
カチリという音がした瞬間、轟音と共に垂直落下。身体が浮き上がって飛んでいきそうだ。
「無重力状態ですか。これは気持ちいいかも知れません」
グランが冷静にスマホを操作した。
互いの手をしっかりと握りあった晴太郎と律紀が収まる…。
●あいきゃんふらい
「…これも試練です!きっと乗り越えたらアウルの力が…っ」
しきみに支えられながら、リゼットがけなげに言う。
最後の【ブランカ・ブランコ】である。幸桜が皆に飴をすすめた。
受け取りながら、陸がリゼットを心配する。
「だ、大丈夫ですか…?あ、これはきっとそんなに怖くないですよ、ブランコ、って名前だし…」
二人掛けのブランコが遠心力で広がりながら、どんどん上がって行く。
「あいきゃんふらーい☆」
御郁が気持ち良さそうな声を上げた。全身で風に触れる感じがまるで飛んでいるようだ。
「おじいさーん!なんちゃって」
しきみの冗談に、リゼットが声をあげて笑った。
(ブランコから投げ出されるようなものならば戦慄しますな)
グランは珍しく少し眉を寄せて、ワイヤーの付け根を見上げる。
それにしても、と考える。惜しむらくは我々がアウル能力者であるということ。一般人ならばもっとこれらの乗り物を心底楽しめるのではないか…。
あんまり関係ない人が結構いるようだが、そこは気にしてはいけない。
おわった…ブランコも結構高かった。やや千鳥足の晴太郎、よろよろと集合場所へ足を向ける。
幸桜が心配そうにカタリナを覗き込む。
「リナには相当な修行になったみたいだね…」
「ふふ…すごかったですね、楽しかったです」
幸桜が持参した自家製ドリンクを手に、カタリナ謎テンション。アルカイックスマイルが張り付いている。…ちょっと怖い。顔と一緒に膝が笑っている。
精根尽き果てつつも笑顔を作り、統真がイヴに尋ねた。
「イヴちゃん。えっと、今日…如何だったかな?」
「統真…今日は、ありがと」
イヴの人形のような顔に、ほんの僅かな微笑が浮かんだ。それだけで統真は幸福に満たされる。
「シノブ先輩、今回は付き合ってくれてサンキュな!またどっか遊びに行こうぜ」
御郁がちゃっかり次の約束をとりつけた。
仁刀が雅の様子を伺う。楽しんで貰えただろうか…。そんな彼に雅が、躊躇いがちに仁刀先輩と呼んでもいいかと尋ねた。否があろうか。
「ありがとうだよ、仁刀先輩」
照れたような笑顔が答えだ。
足取り軽いフォルトレ、ゾンビ歩きの律紀と並んで歩く陸。
「楽しかったですねっ!また来たいですっ」
最後に、名残惜しそうに遊園地を振り返った。
<了>