●1日目
一同が集まった部屋には、ゲームセンターのような機械が10台並んでいた。
「手軽に強くなれて報酬まで貰えるとは! 斯様な美味しい話が舞い込んで来るのも、神の子たる我の天運がゆえにかの♪」
フル・ニート(
ja7080)は上機嫌である。
「美味しい話ねー。まー最近暇だからいいけどね」
胡散臭そうにマシンを眺め、ジュノ・レネゲイド(
ja7177)が呟いた。
思いつめた表情の菊開 すみれ(
ja6392)がぐっと手を握りしめる。
(強くならなきゃいけないんだ私。 みんなに迷惑かけないためにも、もう足手まといになりたくないもん…)
学園内には、北部での戦闘の噂が飛び交っている。
株原侑斗(
ja7141)は少しでも経験を積んでおきたかった。合宿でも何でもいい。とにかく力をつけたい。その一心だ。
そこに星徹子准教授が現れた。勧誘時と打って変わった調子で声を上げる。
「よく来た、撃退士達!ここを出る頃には諸君は見違えるほど成長しているだろう!」
よく来たも何も、半拉致状態だったわけで。
「私のことは教官と呼ぶように!返事はイエスマム!」
「「いえすまむー」」
「声が小さい!」
そんなやり取り数度、撃退士側が折れる。
(ふふん、面白い。見違える程に鍛えて貰おうではないか! )
返事をしながら、双翼 宴(
ja5023)が不敵な笑みを浮かべた。
星教官が手許のパソコンを操る。
「各自、マシンに。設置してあるヘッドフォンとゴーグルをつけたらコントローラーを握り、それぞれボタンを押すこと!返事は!」
「「イエスマムッ!!」」
桂木 桜(
ja0479)がコントローラーを握りポーズをとる。
「合宿!特訓!燃えるじゃねぇか!気合入るぜ!! 」
内容はどうあれ、己の力をこの訓練とやらにぶつけてやる!
闘志を漲らせ、スタートを待つ。
「こう、訓練と聞いたらね…わくわくするんだ♪こんないい機会は滅多にないだろうし。あぁ、何をやるのか楽しみだよ」
大浦正義(
ja2956)の顔は柔和に笑っているが、こちらも普段の鬱屈を晴らす気満々だ。
「やっと依頼に入れるようになりました。師よ、見ていてください。鈴は強くなってみせます…」
コントローラーを握り空を見据えるのは鈴・S・ナハト(
ja6041)だ。
「ボクも強くなって、もっとたくさんの人を護るんだ!がんばろうね!」
四条 和國(
ja5072)が言葉に力を込める。
握り締めた棒付きの飴は出発前にお願いして(参加しないぞと強請ったともいう)荷物に詰めてきたものだ。
…出発前から教官、圧され気味である。
「今から行うのは精神鍛錬だ。姿形がどうあれ、必要なとき戦わずして撃退士とは言えん!情けは無用!返事は!」
「「イエスマムッ!」」
訓練生たちの耳元のヘッドホンに、ぴこぴこと緊張感のない音が届く。
続いて「もきゅ?」という声。
ゴーグルは3D用だったらしく、目前に何かが飛び出して見えた。
それは、白いふわふわの毛玉のような生物だった。デフォルメされた羊のぬいぐるみに近い。触ると気持ちよさそうな毛が、妙にリアルだ。そいつが首をかしげるようにして、黒い瞳でこちらを見ている。
「そいつは敵だ!一定時間が経過するまでは無害だが、先に叩かねばやられるぞ!」
すみれ涙目。こんな可愛いのを…!でも、叩くしかないんですよね。
意を決して軽いジャブを打つ。
打たれた毛玉はころんと転がり、ふるふる震えながら、黒い瞳を潤ませてこちらを見つめた。
「そんなつぶらな目でこっちを見ないで下さいー!」
「菊開、見た目に惑わされるな!そんなことでは…」
すみれを叱咤しようと声を上げた教官は、言葉を呑んだ。
「いや、流石にこの見た目は殴り辛いですよね…酷いなホント」
超イイ笑顔で、闘争本能全開でボコりまくる正義。
もふもふ敵は殴られれば吹き飛び、流血する。しかも相手はまだ攻撃してこない。
毛玉が転がる先を推測し、容赦なく拳を叩き込むジュノ。
「あはは何これ、面白ーい♪」
見た目には一切惑わされていない。
「この子は天魔…この子は天魔…」
寧ろ、和國は見た目に闘志が沸き立つらしい。頬が紅潮し、腕の振りが鋭くなる。
「見かけが可愛かろうと容赦しねぇ!そんなん気にしててダークヒーローが務まるか!」
何故撃退士がダークヒーローなのか判らないが、桜がマジモードで殴る、殴る。
「知ってるぜ、悪い奴らは天使の顔して心で爪を研いでるってな!」
誰が教えたかは知らないが、桜は真剣だ。
鈴が、心が折れそうなすみれを不思議そうに見ている。
「師は言っていました。外見で敵を選ぶのは死にたい奴がすることだって」
「古来より悪魔は見目麗しい姿で人を堕落に誘うものよの。見た目に惑わされておっては、到底天魔との戦など出来ぬのじゃ」
尤もらしくフルが付け加えた。
さすがの教官も、ここまで無慈悲…もとい、熱心な撃退士達の行動に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
(新入生のフォロー…学園は彼らが歪む前に、対応すべきかもしれない…)
そこである1名に気づく。
「南條、何をしている!」
真水は、伏せていた顔をあげた。泣いてなどいない。目が死んでいる。
「どんなもんか知らんがかかってこいyあーやっぱだめ頭痛てぇ…」
ぐたりとマシンに寄り掛かる。
どんな天魔よりも恐ろしい敵は、バス酔い体質だった…。
「いやー面白かった。あのマスコットどこかに売ってないかな。部屋に何匹か飾っておきたいんだけど」
満面の笑みを浮かべ、ジュノが伸びをする。心底すっきりしたらしい。
「この分ならば、残りの課程も楽しんで終われそうじゃな♪」
…フルはまだ、翌日の訓練内容を知らなかった。
●2日目
今日の課程は、水泳3KMとフルマラソンだ。
「…なかなか個性的な水着だな」
サラシに褌姿で仁王立ちする、桜と鈴の姿に教官が額を押さえた。
「水練にはこの格好が一番です!!」
鈴がサラシの胸を張る。
お前らはシロナガスクジラと格闘するのか…教官は喉元まで出かかった台詞を呑みこんだ。
ジュノが海を前に、不平を並べた。
「えー、薬品漬けとか改造手術とかじゃないのー?この寒い中、海で水泳ってどーいう神経してるんだか…」
薬品漬けや改造手術より、海で泳ぐ方がいいと思うのだが…。
「安心しろ、久遠ヶ原の海は年中泳ぎ放題だ。あの旗まで泳いで行って戻ってこい!」
「知ってるかや?なんじょーさんは真水なんだじぇ」
真水は泳げるのだが、しょっぱい海は苦手だ。
「不純物が混ざりに混ざった海水はちょっとねぇ…」
それでも昨日の遅れを取り戻さねば。
そこに青ざめた表情で立ちつくす者が二人。
「聞いとらん、聞いとらんのじゃ! これでは只の特訓なのじゃ…詐欺なのじゃ…!」
「だから特訓だと言うとろうが!」
取り乱すフルに、教官が檄を飛ばす。
おずおずと進み出たすみれが訴える。
「あの…私、泳げないんですけど…浮輪とかありませんか?」
教官はずるずると滑り、砂浜に膝をついた。
それから30分ばかり、フルとすみれは「水面に顔をつける」から始まる水泳特訓を受けることになる。意外と教官は親切だ。
ゴーグルをつけビート板で進めるようになったところで、皆の後を追う。
「海ってこんなに綺麗なんだ」
和國は初めての海に、感動していた。
波は穏やかで、水は青く澄んでいた。
「あ、お魚さんだ〜!」
「なかなか美味そうだ、後で釣る時間あるかな」
桜も目を輝かせる。
黙々と泳いでいた侑斗が、旗を廻ったところで立ち泳ぎになり一同を制した。
「何か、ちょっと様子がおかしいっす」
相当遅れて、ばちゃばちゃ進むフルとすみれ。
その足元に影が近づく。
「何か変なの出てきたー!あれ無理!きゃー!逃げて早く逃げて!」
パニックになりながら、必死でバタ足のすみれ。
「ひいいい、神の試練というには余りの仕打ち!! 」
フルも顔面蒼白だ。
影は特大のエチゼンクラゲだった。
傘の直径2M、触手を含めれば全長3Mにもなろうかという巨大クラゲが2匹、迫り来る。
「イカならば足の一本も持ち帰りたいところだったが…」
桜が息を吸い、ざぶんと潜る。
「『敵』として立ちはだかるならば相手が何であれ手は抜かんぞ。鍛錬ならば己を鍛え上げねば意味が無い」
宴が後に続いた。
「まあ水中戦の訓練も兼ねてってことで」
「昨日のも悪くなかったですが、手ごたえがありませんでしたしね。今日はやりがいがありそうですよ」
侑斗、正義も後を追う。
実はクラゲは教官の開発した「水中戦用教材」だ。
本物のクラゲにチップを埋め込み、電気的な刺激を送ることで興奮状態にし、攻撃的にさせるのだ。
「…待て、これだけ大きければ、浜に近づけば動きが取れないじゃないか。引きつけつつ戻ろう」
宴が冷静に分析する。言われてみればその通りだ。
にこにこと笑いながら正義が連打をくれると、クラゲは一心に追いかけてきた。
「じゃ、なんじょーさんは向こうにいくじぇ」
真水、内心はギリギリまで、自分は動かないつもりだ。卑怯?ははは、褒めるなよ。
「ま、ただ泳ぐだけってのも退屈だったんだよねぇ。バラバラにしてあげてもいいわ♪」
どこまで本気か判らない調子で、ジュノが泳ぎだす。
その二人を、猛烈なバタフライで鈴が追い抜いた。
(師匠…鈴は…どんな敵にも臆しません!)
そのままの勢いで体当たり。触手とか一切考えないその激突に、クラゲは失神。逆さになったままぷかぷか漂った。
その様子を見て、気が緩んだのだろうか。
(…私、頑張ったよね…もうゴールしても良いよね…)
ぶくぶくぶく。すみれが沈んだ。
この奮闘ぶり(?)が祟ったか、後のフルマラソンでの一同は、既にゾンビ状態だ。
全員、無表情のままランニングマシーンの上で足を動かす。
これも教官の自信作、雨が降る風が吹く子供が飛び出すというアクシデントが襲うのだが、ほとんど無我の境地に至った一同にとっては最早それらは脅威に値しない。
「だからフルマラソンは無理ですって。おかしいですよ、カテジナさん!…はっ、私は今何を叫んだんだろう」
溺れかけたすみれに至っては、幻覚を見ているようだ。
●3日目
「それでは模擬戦を始める!」
場所は昨日の浜辺だ。哀れなクラゲが転がっている。
行動範囲を示す白いテープが貼られ、所々に身を隠せるほどの岩があった。
使用する武器はプラスチック製。魔法が得意な者は、水鉄砲風の模造品だ。身体には剣道の胴に似た防具をつける。防具に武器が当たると色インクが付く。
…言っては何だが、今までで一番まともな訓練道具ではないだろうか。
和國が持参したキャンデーで、チーム分けのくじ引き。
Aチームは、桜、真水、鈴、すみれ、侑斗。Bチームが正義、宴、和國、フル、ジュノだ。
どちらかのチーム全員が致命的に被弾した段階で敗北。時間は無制限だ。
作戦タイムが設けられる。
「いやー小さくて可愛いのに、気合入ってるねえ」
正義が笑顔で、プラスチック製のトンファーを構える桜の頭をぽんぽんと叩く。
「んだとぉ〜誰がチビだ?いい度胸だ、覚悟しろよ!!」
コンプレックスを刺激され、桜が吼える。これは正義の望む所だ。
(これで、本気でうちかかってくるだろうからね♪全力で楽しめそうだよ)
模擬戦開始。
「昨日は不甲斐なき所を見せてしまったのじゃ。さぁ、我がぷち神罰を下してくれようぞ!」
フルの杖から、色水が発射された。
「おっと、あたらないじぇ」
傍の味方、侑斗を盾にする真水。名前が泣いてるぞ。
が、黙って盾にされる侑斗ではない。背後の真水もろとも、横っとびに転がる。
「なんかバトル漫画みたいな展開になってきたっすね…!」
立ち上がると、岩の陰を縫い、無音歩行。敵の姿を求め、移動する。
ジュノが、水鉄砲風スクロールでその行く手を遮る。直撃はしないが、動きは封じた。
「いつまでそうしてられるかなー?」
その言葉を受けたかのように、和國が得意の隠密行動で忍び寄り素早く模造刀を打ち込む。
ギリギリで避けた侑斗に、宴のナックルダスターが襲いかかる。
離れた岩陰から、すみれがペイント弾を撃ち込んだ。
「こうなったら遠距離から攻撃するもん!見える!私にも敵が見える!」
まだ何か幻影を見ているらしい。
それを援護に鈴が飛びだした。
「自分には相手をコントロールしながら戦う腕はない…だったら!!自分の流れに巻き込む」
敢えて派手に動き、相手のペースを崩す。
桜と正義はサシで勝負。
正義の髪の鈴が、立ち回りで涼しげな音を立てる。
一瞬の隙を突いたショートソードが桜の胴を狙うと、脇を締めた桜がトンファーで受け流す。そのまま素早く間合いに入り、反撃。
「どうだ見たか!」
決めポーズで武器を構えた所で、笛が響いた。
「そこまで!」
●帰路
帰りのバスの中で成績発表が行われた。模擬戦の結果、Bチーム勝利。
「いやー、楽しかったねぇ♪今度は武器ありでやりたいものだわー」
ジュノは合宿を心ゆくまで楽しんだようだ。
桜がどよーんとした表情でコップを手にする。
「んじゃ、負けた方は潔く…罰ゲーム行きます!」
新鮮な魚から搾った生ジュース一気飲み…なんというド根性。
「…うー、生臭ぇ」
座席に沈んでいった。
「では、『伝説の山田さん』って話を」
侑斗が立ちあがる。
「久遠ヶ原に来る前の学校で、入学当初から「伝説の山田さん」という名前をよく聞くことがありました。
先輩に聞いてみたら『その人なら、職員室の東側2つ隣の伝説の部屋にいるよ』と言われました。
自分は「伝説の部屋」という響きに期待しながらその部屋に向かったんです。
部屋の扉を見ると…こう書いてありました。『電気設備室』」
しーん。
「…くだらない話で申し訳ないっす。これが限界っす。誰っすか罰ゲームなんて言い出したのは…!」
侑斗、男泣きで撃沈。
「それでは師が教えてくれた門外不出の一発芸…行きます!」
立ち上がった鈴、グッと胸を抱き寄せ上げて…
「こんな所にお尻ができました」
もはやつっこむ元気もない代表格、バス移動による激しいグロッキー状態の真水が「帰着まで語尾を『にゃん♪』にする」と言いだした。
「んで、満足のいくデータは採れたか…に゛ゃん?」
こめかみに青筋の浮いた教官に、青い顔で尋ねる。
「では最後、高等部1年菊開すみれ 歌います!」
<<ほげ〜〜〜!!>>
「もういい、やめんか〜!」
教官の絶叫もバス内の騒ぎも物ともせず、和國は宴の肩にもたれている。
結構楽しかったなあ…こういうのも偶にはいいかも。
そんな安らかな寝息だった。
「これで本当に強くなれたの…かな?」
すみれの疑問に教官はこう答えるだろう。
大丈夫、諸君は(いろんな意味で)確実に強くなった。その力が役立つ日がきっと来る。
その日まで鍛錬を忘れるんじゃないぞ。返事は!
だがその後、星准教授が合宿を主催したという話は、ついぞ聞かない。
<了>