.


マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/09


みんなの思い出



オープニング


 その日、珍しくも長い廊下の前方からやって来た相手を認め、ロンブル(jz0340)は道を譲り恭しく礼を取った。
 相手は血染めの衣を纏うマッドドクター、カーベイ=アジン(jz0342)。ロンブルもその一軍に連なる、プロホロフカ軍団の長である。
「おやぁぁあああ? ロンブル君じゃあああああ、あ〜りまっせんかぁ〜! おっ久しぶりでぇえええすねぇ、今はぁ何をなされてるんでぇすかぁ?」
 同じ拠点内で生活しているのに『お久しぶり』である。四六時中研究室に籠もりっぱなしであったドクターはロンブルの顔を覗き込んできた。
「はい、ご多忙であらせるヘルキャット様にお茶をお持ちしたところでございます」
 長い銀髪に黒衣の男は、茶碗をのせた盆を手に、薄笑いを崩さないまま慇懃に答えた。
「茶、でぇすかぁ〜! 私はぁ茶より栄養満点なドリンキーン! の方がすっきでぇすねぇ〜!」
 聞いてねぇよ、ヨハナ嬢は茶のが好きだよ、というツッコミが入りそうな台詞を口にしつつ博士は、
「ロンブル君〜、君ぃ! もしかしてぇ君ぃ? お・ひ・ま・でぇすかぁあああ〜?!」
「……いえ、これでも私も多忙ですゆえ。この館もまだまだ改良の余地が……」
 言いかけたロンブルだったが、当然ドクターは聞いちゃいない。
「そう! 暇でぇすかぁ! 実はぁ! ちょうど今さっき一本、良い仕事がぁできあがったぁのですよぉ! 実にぃタァイミングがぁ〜〜〜イイッ! 有能なローンブルくぅんならぁきっとぉ、うまぁ〜く使いこなせるでっしょう! ちょっとぉテストデーター取ってきてくだぁさい!!」
 ウヒャヒャと笑いながらドクターは先に立って歩き出す。
 もしも、ここでさりげなく回れ右して離脱してもお咎め無しな気はしたが――きっと明日になったら博士は次の実験に夢中になって忘れている――その時のロンブルは従ってみる事にした。
 美しき娘に茶を淹れ賞賛を得るのはそれなりに楽しい事ではあったが、もしかしたらそれよりも愉快な事が起こるかもしれない、という予感がした為である。
 予感。当たるも八卦、当たらぬも八卦。
 生は博打である。

 * * *

「それで……前線にお出ましになりますの?」
 柔らかくけぶる金髪を揺らし、サキュバス・ラリサ(jz0240)は睫毛を伏せる。
「少しは軍団に貢献しておこうかと思いましてねぇ。これでも宮仕えの身ですから。今日のあの廊下で、博士に捕まってしまったからには仕方がない、という事なのでしょう」
 彼女の主である準男爵ロンブルは、仕方ないと言いつつどこか嬉しそうだ。いつもの薄笑いを浮かべた顔が、水晶の剣の刀身を透かして見える。
「私が参りますわ。何もロンブル様が自らお出ましになることはありません」
「残念ですがそれは無理ですねえ。この剣はドクターが僕専用に調整したもので、僕以外の誰にも扱えないそうですよ」
 眉をひそめる自分のヴァニタスの表情に、ロンブルは声を立てて笑った。
「可愛いラリサ、僕の最高傑作。君は本当に優しいですね。勿論、君にも働いてもらいますよ。僕の警護は君の役割ということです」
「そうおっしゃるなら。心して務めさせていただきますわ」
 ラリサは僅かに頬を染め、主に向かって柔らかく微笑んだ。


 池の面には暮れゆく空、そして霊峰の優美な姿が映し出されていた。
 中山律紀(jz0021)はその美しい光景に、ほんの一瞬、任務を忘れて見とれる。
 杉木立は高くそびえ、鬱蒼と茂り、太陽はもうその向こうに隠れつつある。
 軽く頭を振り、律紀はゴルフ場の案内図を広げた。
「この先に倉庫があるみたいだね。行ってみよう」


 山梨県内で相次ぐ謎の現象―真夜中に飛び交う白い光の球―の目撃情報を元に、撃退署では昼に巡回パトロールを出している。
 勿論、撃退署の人数には限りがあるし、万が一天魔と遭遇すれば数人では対応できない可能性もある。
 そこで、久遠ヶ原学園にも支援要請が出ていた。
 姉は例の如く『スクープのチャンスよ!!』と意気込んでいたが、そうでなくても今回は出動しただろう。何と言っても、懐事情が厳しいのだ。
 そしてこのゴルフ場は、立ち回り先のひとつだった。
 フロントで来意を告げた一同は、直ぐに別室に案内された。そこで待ち構えていたのは支配人だ。
「余りお客様の前ではお話できなくて……実は本日のお客様が何人か、何処にいらっしゃるのか分からないのです」
「どういうことです?」
 ゴルフ場では通常、4人ひと組でプレイする。週末や祝日などの客が多い日には一定間隔を置いてどんどん次の組が出発し、前の組がホールを移動するまで順番を待つのだ。
 つまり普通に考えれば、前の組を抜かすことはできないので、知り合い同士の組ならば『居ないような気がする』という事態にはならない。
 だが人数が足りない場合は、飛び込みの人を交えて4人組を作る為、精算さえ終われば後は別れるだけとなる。
「この中に居る事はないんですか」
「いえ、精算後にこちらでおくつろぎいただく方もいらっしゃいますが……お車の入庫時間を考えますと少し遅すぎますので、お探しすべきかと相談していたところなのです」
 日は傾きつつあり、最後の組もとうにコースアウトしている。駐車場の車はかなり少なくなっていた。
 このまま日没になれば、広いゴルフ場での人探しはかなり面倒なことになりそうだ。
「その上、念のために探しに出た従業員もまだ戻って来ないようで……」
 支配人の視線が不安げに泳いでいる。律紀は頷いた。
「判りました。では俺達がコース内を見回ります。その間に皆さんは、クラブハウス内と駐車場をもう一度確認してください」
「宜しくお願いします……!」
 支配人は深々と頭を下げた。

 * * *

 木立で見通しにくい先に、景観に馴染むように工夫された倉庫があった。
 一同に緊張が走る。建物があるということは、何かが隠れている恐れがあるのだ。
 建物までは50mほど離れている。生命探知の範囲からはまだ遠い。
(少し近づいて確認した方が良いかな……)
 律紀がそう思ったとき、倉庫から何かが倒れるような、大きな物音が響いた。
「……?」
 暫くして聞こえてきたのは、誰かの叫び声。
「う、うわあ……!!」
 身を乗り出した中年の男性が、窓を乗り越えようともがいていたのだ。
「大丈夫ですか!!」
 声を掛け、駆け出そうとしたとき。
 何か巨大な青黒い影が、建物を壁を泳ぐように降りて来たのが見えた。
「あれって……エイ……?」
 そしてその陰に男性が隠れた瞬間。
 ぶわん。
 エイを中心に、建物の壁に隕石が落ちた地表のような割れ目が広がった。
 続いて響くのは、耳を覆いたくなるような音。
 バキバキッ、ゴキッ……!!
 エイがひらりと泳ぎ出す。それに誘われるように、白い光の玉がゆらりと浮かび、夜空へ向かって飛び上がって行った。
 後にはただ、壁に滴る鮮血を残して……。


リプレイ本文


 白く輝く光球が夜空に軌跡を描く。
 それは倉庫を飛び越え、弧を描いて木立の彼方へと消えた。
 クリスティーナ アップルトン(ja9941)の蒼い瞳に鋭い光が閃く。
「あの人魂は……」
 見覚えがある。以前はその先に、異形がいた。
「最近の人魂騒動は、やはり天魔が絡んでいるようですわね」
 洩らした声に、鳳 静矢(ja3856)も頷く。
「白い光球……奇しくも当たり、か」
「できれば当たって欲しくなかったけどね」
 鷹代 由稀(jb1456)が咥えていた煙草を握りつぶす。
「外道……」
 低くそれだけを呟いたのは、エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)だった。

「報告書に悪魔が人魂を集めていたとあった。この近くにも潜んでいるかも知れんぞ」
 ファーフナー(jb7826)が低い声で注意を促した。
 雁鉄 静寂(jb3365)は考えを纏めるかのように、言葉少なに同意する。
「何か陰謀の臭いがします。救出自体、簡単には片付いてくれない気がしますね」
 だがたった今、ひとりの命が失われたのだ。時間が惜しい。
「とにかく急いで皆さんを助けなければ!」
 祈るように組み合わせた両手に力を入れ、ユウ(jb5639)が目を伏せた。
(目の前にいて、助けられなかったなんて……)
 それでも、今は後悔している暇は無い。常に穏やかな笑顔が宿る頬に、険しさが走る。
「先程の様子から、音波のような物を使うタイプではないでしょうか」
「だろうな。とにかく、中に人がいるなら救出が最優先だ。救出が得意な奴はそっちを頼む」
 鐘田将太郎(ja0114)は既に拳を掌にあて、準備を整えていた。
「中山さん、生命探知をお願いできますか」
 静寂が中山律紀(jz0021)を振り向いた。
「勿論。もう少し近づく必要があるけどね。あと、生命探知なんだけど……」
 相手の天魔が強力である程発見は難しく、また見つけた生命が人や天魔とは限らない。
「ここ、ネズミなんか居そうだよね……2回試せば、動きである程度は分かるかもしれないけど」
 不意に律紀の肩を、将太郎の大きな手が掴んだ。
「中山、俺等も一緒なんだ。手伝って欲しいことはどんどん言え」
 ほんの一瞬、律紀はびっくりしたように眼を見開いたが、直ぐに強く頷いた。


 水晶の剣が光球を吸い込んだ。
「成程、これは興味深いですねえ」
 ロンブル(jz0340)が剣を空に翳して喜悦の声を上げた。
「おかしいですわ。ロンブル様の到着までは見張っているだけの筈ですのに」
 並んで高い樹の梢に立ち、サキュバス・ラリサ(jz0240)は獲物を閉じ込めた建物の方角を睨む。
「君の魅了の効き方にも個人差があるのでしょう。この実験が上手く行ったら、もっと君を強くしてみようと思うんですよ。それも楽しみでしてねえ」
 そう言うと剣を一振り、悪魔が梢を飛び立った。サキュバスも続く。


 撃退士たちは律紀が生命探知を使う間に、準備を整える。
 建物の内部にはひと固まりの集団、そして内外に幾つか個体の反応。
 外の敵を駆除する班と、中に突入する班に分かれる。
 将太郎は声を潜めて律紀に囁く。
「なあ中山。今回、例のお色気ヴァニタスが関わってねぇだろうなあ?」
 将太郎は以前にそいつに遭遇している。
「だったらちょっと面倒ですね」
 律紀にも思い当たる節がある。一般人を盾にこちらを揺さぶって来る、嫌な戦い方をする相手だ。
「ま、決まった訳じゃないがな。あいつなら俺等まで魅了されちまったらたまったモンじゃねえ。さっさとどうにかしようぜ」
「そうですね。でも……」
 小さく含み笑いを漏らす律紀に、将太郎が怪訝な顔をする。
「鐘田さんが魅了された所って、ちょっと見てみたいかも」
「抜かせ」
 将太郎が律紀の背中を軽く小突いた。

 建物内部に突入するのは、静矢、由稀、静寂、エルネスタ、律紀だ。
 ファーフナーが逡巡の後に、律紀に声を掛けて来た。
「中山、余裕があればマインドケアも頼む」
 囚われている一般人はどんな状態か判らない。さっきの犠牲者のように、訳も分からず逃れようとするかもしれない。
 渋面を崩さない男の意外な繊細さに、律紀は親しみを感じた。
「分かりました。やれるだけのことはやってみます」
「んじゃ行こうか」
 由稀がペンライトを点け、腰のホルスターに下げる。
「内部の電源が落ちているかもしれないからな」
 ランタンを準備し、静矢が建物を見据えた。木立を抜ければ、隠れる場所は無い。
 静かにタイミングを待つ。

「では行きます」
 ユウは背に闇の翼を広げ、宙に浮かぶ。
 大好きな空。大好きな浮遊感。けれど今はいつもの喜びは無い。
 一呼吸の後フラッシュライトを点灯させ、ユウは建物に接近する。
「いました!」
 建物の周囲からゆらりと巨大な影が立ち上る。2体の青く巨大なマンタだ。
「出ましたわね!」
 クリスティーナは祖霊符に意識を集中する。これでマンタが壁を壊さずに内外を行き来することはできない。
 近付く巨大な影が羽ばたくように体をくねらせる。ユウはヘッドセットのマイクで仲間に呼び掛けた。
「先程の攻撃を考えると、巻き込まれないように散開した方が良さそうです」
 そのとき、マンタが向きを変える。丁度腹側をユウに向けた状態だ。
 と思う間もなく、耳を……否、脳を貫くような不快な音。
「えっ……!?」
 押し寄せる吐き気と眩暈。ぼやける視界の中、ユウが見たのは急接近して来るマンタだった。

 マンタは上空を滑る。思いの外早い。
「まずい!」
 将太郎が駆け出す。
 6mもある巨体がそのままの勢いで体当たりし、ユウの身体が宙で跳ねた。
「このッ……!!」
 落下するユウの身体をどうにか将太郎が受け止めた。慌てて様子を確認するが、傷は大したことはなさそうだ。
 マンタは後を追うように迫って来た。将太郎はユウを庇いながら、その場を離れる。
 ファーフナーはその間も状況を冷静に見据えていた。
「あいつでもかかるのか。厄介だな」
 ユウのことである。特殊効果に対する抵抗力は自分より高い筈だ。
 だが今、この機会を逃す手は無い。敵は獲物しか見ていない。
 闇を具現化した矢をマンタに向かって叩きつけた。認識外からのゴーストアローの攻撃に、マンタが驚いたように身をくねらせる。
 合わせてクリスティーナが閃光の剣を構えた。彼らから注意を逸らさねばならない。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
 高く名乗りを上げると、剣に力を籠める。
 攻撃を受けたマンタの様子を見るように、もう1体の敵が接近するのを確認、剣を振り抜く。
「この夜空に星屑となって散りなさい。スターダストイリュージョン!」
 無数の星屑を煌めかせ、閃光がマンタ達を叩いた。
 慌てふためくように敵の身体がうねり、クリスティーナが満足げに目を細める。
「私の華麗な剣に討たれること、光栄に思いなさい」
 クリスティーナはすぐに次撃の準備に入る。

 そのタイミングを見て、静矢が姿勢を低くした。
「行くぞ」
 建物に突撃する班は入口を目指し、一斉に駆け出す。
 それを待っていたかのように、建物を回り込んで別の2体が現れた。
 上空から狙いを定め、真っ直ぐ落ちるように接近して来る。
「マンタは水族館のでっかい水槽で泳いでりゃいいんだよ! 邪魔だ!」
 殿にいた将太郎が戸口に立ち塞がる。闘気が全身に満ち、例え正面から敵が雇用とも一歩も引かぬ構えだ。
「早く行け!」
 中には別の敵がいる筈だ。後は任せるしかない。


 巨大な扉が軋み、僅かに口を開ける。
「電気は落ちているか。主電源は外だろうな」
 静矢が壁のスイッチを幾度か確かめた後、ランタンを灯す。
 その明かりでは天井付近は暗くてよく分からないが、床から3m程の高さを、建物を取り囲むように細い足場が巡っているのが見えた。
 由稀は『夜目』で建物の中を見渡す。雑多な道具が複雑な影を作り、見通しは悪い。
「一般人はたぶん、あっちかな。動いてる様子は無いよ」
 律紀が囁き、北東の隅を指さした。
「他に気になるのは、天井付近の空間。幾つか、さっきは動いてる物があったよ」
「私はあそこに上ってみる。何か分かったら連絡するわ」
 由稀は辺りの道具を足がかりに、器用に足場に上がっていった。
「囚われている皆さんだ動かないということは、何かの影響を受けている可能性がありますね。中山さん、聖なる刻印をお持ちでしたら念のために」
 静寂がナイトビジョン越しに頷くと、闇に身体を滑り込ませた。投光器で明かりを確保するつもりで、辺りを探る。
「じゃあエルネスタさん、一応ね」
 律紀は『聖なる刻印』でエルネスタの無事を祈る。
 目を伏せたエルネスタの全身が、冷たい雪のような白銀の光を帯びた。
「Non mihi, non tibi, sed nobis」
 ラテン語の小さな呟きは、律紀には意味が分からない。エルネスタは象牙の握りの杖を手に、静かに目を上げた。
「必ず全員が無事に帰るのよ」
「勿論だよ」
 律紀もこれには強く頷く。

 由稀は足場を慎重に進みながら、索敵を使った。
 鉄骨がむき出しになった天井に異様な物を認めると、連絡を入れる。
「いたわ。透明で大きさが……変わる。アメーバ状のが3体」
 敵の位置を告げるや否や、ログジエルを手に足音高く駆け出した。人がいないであろう、西の方角へ向かって。
 浮かびながら形を変えていたアメーバが2体、由稀の方へ動き出す。
「ああ、まぁ……マトモな思考回路なんて持ち合わせちゃいないでしょうしね。都合がよくて助かるけど」
 距離を測り、迫るアメーバに向かってナパームショットを叩きつける。

 そのとき、静寂がようやくコンセントの位置を探り当てた。投光器の強烈な光が、建物を貫くように伸びる。
 由稀の対峙するアメーバの身体がてらてらと光り、黒い斑点が蠢く。
 畸忍曼荼羅を手に、静矢は狙いを定めた。
「あの身体では恐らくこちらの方が効くだろう」
 生み出された魔法の槍はただ音だけを後に残して飛び、由稀に近付く敵を貫く。
 ぼたり。ぼたり。アメーバは体液のような物を滴らせながら降りて来た。
 それは薄く大きく広がり、静矢を包みこもうとするかのようだ。静矢は魔法書を刀に変えつつ、迫る敵を睨みつける。
 ゆらり。アメーバを透かした景色が歪む。静矢は魔法の白刃を振るうが、薄く広がるアメーバは彼を覆うようにかぶさった。
「ちょっと、大丈夫!?」
 由稀が銃をリロードする様に振る。撃退士の使う銃には必要のない動作だが、タイミングを取る為の癖だ。
「問題は無い。この隙に救護対象を頼むぞ」
 静矢の声は飽くまでも落ち着いていた。
(これは……面倒だな。もしや包んだ相手を消化する体液か)
 撃退士の中でも強靭なはずの静矢ですら、じりじりと身を焼かれているのが分かる。
 振り払おうと刃を振るが、魔具すらも焼かれその度に雪村の白刃の光が弱くなるようだった。

 エルネスタが『蜃気楼』で作りだした闇を纏い、即座に北東へ。
 多くの人間が、呆けたように座り込んでいるのが見えた。西側から、由稀の元を離れたアメーバが近づいてくる。
 静寂が飛び込むようにその前に立ち塞がり、黒いメタリックのエレキギターをかき鳴らした。
「行かせません」
 普段は名前の通り物静かな風情の静寂が、熱い音の嵐を巻き起こす。
 エルネスタが音もなく近寄り、雷撃を合わせた。
「ここはお前達の居るべきところではないのよ」
 だがそこに律紀の声が突き刺さった。
「待って、動かないで!」
 正気に返った人物がひとり、這いずりながら動いていた。そこに音もなく落ちるのは残る1体のアメーバだ。
 笑みを含んだ女の声も降って来る。
「そうよ。動いていいとは言ってないわ」
 その声には聞き覚えがあった。


 内部の様子は、音声で外で戦うメンバーにも伝わっていた。
「おい、マジかよ」
 将太郎が苦々しく呟く。だが目前に迫るマンタを倒すのが先決だ。
「俺はタフなんだよ。てめえらにやられるほどヤワじゃねえ!」
 体当たりを真正面から受け止め、気迫で立ち続ける。
「これでとどめです!」
 上空からエクレールを構えたユウが舞い降り、烈風突の猛攻。ついに最後のマンタが落ちた。
「終わったか。急ぐぞ」
 ファーフナーが扉を開き、全員が後に続く。


 入口正面、北側の足場の手すりに腰掛けるのはサキュバスだった。
「皆さんお揃いのようね。相変わらず元気だこと」
 魅惑的な唇に酷薄な笑みが浮かぶ。
「そっちこそ相変わらずの魅了かよ」
 将太郎が思わず、呆れたように呟く。
 だがその真下では、一般人に取りついたアメーバを剥そうと、静寂、エルネスタ、律紀が懸命になっていた。
 エルネスタは『炎焼』で敵だけを焼こうとするが、効果は薄い。静寂と律紀は思うように攻撃ができないでいる。
(これだけ攻撃されても逃げないなんて……)
 静寂は焦りを感じながらも、慎重に攻撃を続ける。
 その心を読むように、ラリサが嗤った。
「逃げるなって命令に忠実なの。健気でしょう? ああほら、もう溶けるわよ、その人」
「ひいいいっ」
 別の男が悲鳴を上げた。他にも数人が動き出し、バラバラの方向へ逃げ出そうとする。
「お待ちなさい! この私が守って差し上げますわ、暫くじっとしていなさい!」
 立ち塞がるクリスティーナに視線が集まる。一同が動きを止めた理由が、彼女の気迫とナイスバディのどちらなのかは不明である。

 そこに西側から強い声が響いた。
「誑かしていたのは貴様か……!」
 取りつくアメーバを単身倒した静矢が、気迫の奥義・紫鳳凰天翔撃。
 だがヴァニタスは、その猛攻をふわりと浮かびかわしてしまう。
「乱暴ねえ」
 からかうように笑う声。
 ファーフナーはその様子に、相手が積極的にこちらと戦うつもりがないと判断した。
(だが、それなら一体何をしに来たのだ)
 その答えは直ぐに知れた。
 静矢が重ねて放った紫鳳翔が、見えない壁によって霧散したのだ。
「残念。思ったより役に立ちませんでしたねえ、ほぼ全滅ですか」
 甲高い男の声だった。
 見れば闇からにじみ出るように、長い銀髪、黒尽くめの、男とも女とも知れない姿が現れた。手には水晶を削り出したような剣が妖しく輝く。
「まだ改良が必要なようですねえ。では戻りましょうか」
 言い放つ相手を、将太郎が呼び止めた。
「おい、折角だから名前位名乗って行けよ」
 黒衣の人物が小さく笑う。
「名前ですか? そうですね、ロンブルとでも」
 影と名乗った悪魔は緑の光翼を広げ、開いていた窓から消えた。いつしかラリサの姿も消えていた。


 ファーフナーが仲間の傷の手当てを終え、律紀に声を掛ける。
「そちらはどうだ」
 律紀の声は静かだった。
「息はあります。病院へ搬送しましょう」
 酷く爛れていた傷は癒えても、アメーバに取りつかれた男はぐったりと倒れたままだ。
 恐らくあともう少し遅ければ彼の魂も取られていたのだろう。
(改良。つまりは実験、か)
 由稀は開いた窓に向かって紫煙を吐く。
 どうやら連中とはまた遭うことになりそうだった。

<了>


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
 Rapid Annihilation・鷹代 由稀(jb1456)
 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
重体: −
面白かった!:4人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
Rapid Annihilation・
鷹代 由稀(jb1456)

大学部8年105組 女 インフィルトレイター
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA