.


マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:イベント
難易度:やや易
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/01


みんなの思い出



オープニング


 9月である。
 大きな戦いは相変わらず続いているが、久遠ヶ原学園では「それはそれ、これはこれ」とばかりに、例年通りの進級試験も行われる予定である。
 そんな多忙を極めるある日の事、大学部講師ジュリアン・白川(jz0089) は上役である星徹子准教授に呼び出された。
「忙しい所、悪いわね」

 年の頃は30代半ば、タイトな赤いワンピースに白衣をひっかけ、長く真っ直ぐな黒髪を首の後ろで一つに束ねている。
 彼女は学園関係者の一部からは『マッドサイエンティスト』と呼ばれている。
 撃退士の能力を限界まで引き出す装置だとか、撃退士の代わりに天魔を撃退する装置だとかの開発に心血を注いでいる学者だからだ。
 偶に役に立つ物ができたりもするが、彼女にとってはそれらの眉唾系トンデモ研究こそがライフワークなのである。
 と、ここまでテンプレ。

「何かありましたか?」
 白川はいつも通りの胡散臭い微笑のまま、相手の様子を観察する。口調、態度、気のせいか普段よりは大人しい様な気がする。それが却って不吉に感じられた。
「折り入って頼みがあるのよ。教授がお辞めになるわ」
「なんですって?」
 流石に白川も驚いた。彼らの上司が、突然久遠ヶ原学園の教授を退官するという。
「でもその前に、気がかりなことを片付けておきたいとおっしゃって……これのことなんだけど」
 壁面に映像が映る。何処かで見たような丸い機械だ。
「何ですかなこれは」
「『No Remission Vanguard』、自立型撃退士支援システム、略して『ノレンバ』よ」
 白川が笑みを崩さないまま星の顔を見た。
「何ですか、その権利関係的に危険な字面は」
「何言ってるの、4文字よ?」

 星准教授が上司のアイデアを基に開発した『ノレンバ』とは。
 V兵器が撃退士のカオスレートを変化させる理論を援用し、天魔を自動的に発見・追跡し、支援攻撃を行うという画期的な機械だった。
「それは……素晴らしいマシンですな」
 説明を聞き、白川も目を見張る。
「カオスレートを判別して行動するから、イスカリオテ・ヨッドのようなタイプには流石に効かないでしょうけど」
 白川が眉間を揉む。そういうレベルの問題なのか?
 とはいえ一般人である星には、敵は『強い』『すごく強い』『めちゃくちゃ強い』位しか実感を伴っての区別はつかない。
 そこでふと、白川は疑問を口にした。
「カオスレートがゼロの場合はどうなるんですか?」
「その場合は一般人と看做して、とりあえず眠らせるようになっているの。大勢に騒がれたりするといろいろ面倒でしょう」
「成程、良くできている」
 そこで浮かぶ新たな疑問。
「もう一つ伺っても宜しいですか? 何故これが実用化されていないのですか」
 星が黙りこむ。白川が怪訝な顔で促すと、星は眉間に皺を寄せ苦渋の表情を作った。
「敵味方の判別方法がないのよ」
「全然駄目ですな」

 致命的な欠陥を抱えたノレンバは、久遠ヶ原学園某所の地下に封印された。
 教授はこれを残したまま学園を去ることをよしとしなかったのだ。
「で、私が呼ばれた理由は……」
「私から斡旋所に正式に依頼を出すわ。学生と一緒にこれを機能停止に追い込んで欲しいの」
 速攻で踵を返す白川に、星が必死で縋りつく。一般人にしては見事な反応速度だ。
「貴方にとっても悪い話じゃないわ! 万年講師脱出のチャンスなのよ! 私が教授になれば貴方が准教授よ!!」
「つまり、教授の分の雑用が全部私に来るってことですよね!? 今のままで結構です!!」
「教授の機嫌を損ねたら、研究室も無くなるかも知れないじゃない! 今のままも無くなるのよ!!」
「だからと言って、私が何故、後始末を被らんとならんのですか……!!」

 まあ幾ら白川が不満を叫ぼうとも、研究が続けられなくなるとなれば引き受けざるを得ない。
(この、逸般人どもが……!!)
 心の叫びを押し込め、白川は準備にとりかかるのだった。


リプレイ本文


 始まりは主電源の入る音だった。
「……今更ですけど。電源は入れず、スキルで光源確保した方が楽だったのじゃないでしょーか」
 至極真っ当なRehni Nam(ja5283)の初撃突っ込みに、ジュリアン・白川(jz0089)が答えた。
「それも考えたのだがね、年単位で閉め切った地下室は流石に危険だ。ガスマスクでは動きも制限されるしね」
 亀山 淳紅(ja2261)の明るい声が、フォローするように響く。
「でも折角ですし、どんな動きするかとかも見たいかなーて! 思いますう!」
「そうだね、これも訓練と……おや?」
 白川は加倉 一臣(ja5823)の様子を不審に思った。
「気のせいか顔色が悪いような気がするが」
「え? いや、何でもありませんって!」
 加倉はいつも通りの笑顔を見せる。だが小野友真(ja6901)にはお見通しだった。
「マジで顔色悪いと思うんやけど……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。心配かけてすまんな」
 加倉は一体何に怯えているのか。
 それはこの階段での忌まわしい記憶。艶やかな声が追い打ちをかけた。
「今回もたっぷり愉しみましょうネ♪」
「ふふ、今回はUSBメモリを探さなくていいのね」
 互いを魂の双子と呼ぶ、リリアード(jb0658)とマリア・フィオーレ(jb0726)だ。
「一臣ったら震えてるの?」
 リリアードの囁きが加倉の耳元に。

 階段を降りながら、月居 愁也(ja6837)が素朴な疑問を口にする。
「いやほんと、なんで起動状態で封印したの……」
「つまりミスターは地下室がお好き……と」
 夜来野 遥久(ja6843)が呟く声を、白川は聞き逃さなかった。
「元凶は毎回星さんだ! 私の趣味ではない!!」
 ちなみにこの建物にまつわる依頼は、記録上4回目である。
「ふむ。覚えておきましょう」
 夜来野の穏やかな笑顔。背後に並ぶ顔、顔、顔。皆、楽しんでいるようにしか見えない。
 ……とりあえず早く済ませよう。
 白川が扉にライフルを向ける。

 東側の扉が破られた。
 


 西側の入口付近。
 暮居 凪(ja0503)が制止キーを弄びながら小首を傾げた。
「……ノレンバ………どこかで聞いたようなことがあるような……」
 聞いたことあるというか、見たことあるというか。
 単純に破壊するのであれば、全く問題はないだろう。だが。
(単独行動は避けた方がよさそうね)
 凪は1人1人の顔を見渡しながら、それぞれの癖を掴もうとする。
 小田切ルビィ(ja0841)は出発前の一同にカメラを向けていた。エクストリーム新聞部部員としては、面白そうな記事のネタを見逃すわけにはいかない。
「びっくりドッキリメカ――もとい“ノレンバ”を破壊せよ、ね」
 待って。依頼内容をよく読んで。
「正確な依頼内容はノレンバの機能停止……だな」
「あれ? そうだったか?」
 ファーフナー(jb7826)の声に、ルビィが振り向いた。そう、でなければ制止キーなんか配布されない。
「だが破壊してはいかんのか?」
 ……破壊する気満々だった。
「そろそろ時間です。準備は良いでしょうか?」
 只野黒子(ja0049)の静かな声。ファラ・エルフィリア(jb3154)が鼻息荒く待機している。
「さー頑張って機動停止させるぞー!」
 余りの鼻息に、手にした霊符も揺れている。可憐な乙女としてそれはどうなのかとも思うが、ヤル気は間違いない。
 リーガン エマーソン(jb5029)が肩をすくめた。
「まぁ、世に便利すぎる物は無いということだな」
 健気に命じられた仕事果たそうとするノレンバには同情しないでもないが、現状危険なことは確かだ。
「外に出してはいけないなら、私は体を張ってでも階段の突破は許さないで行こうと思う」
 地下室内には入らず、階段で万が一の狩り漏らしを防ぐ役割を申し出た。
「あ、じゃあこれここに置いておいてもいいでしょうかー?」
 人間大……にしてもかなり大きなサイズの黒猫が、抱えていた大きなバスケットを階段の一番上に置いた。
「大事な荷物なのか。ではそこまでは行かせないようにしよう」
 エマーソンが頷くと、着ぐるみ姿のカーディス=キャットフィールド(ja7927)は安心したようだ。
「では、お先に」
 黒子が金色に輝くトランペットを取り出し口に当てた。
 さながら終末のラッパを吹き鳴らす御使いだ。
 扉はすぐに砕け散る。



 地下室には湿気を含んだ土と黴の匂いが満ちていた。
「メカって事は神経系のガスを散布して来る形か?」
 小田切の声に空気の漏れる音が混じる。秀麗な顔がガスマスクで覆われていた。さっと室内を見渡すと、風の翼で慎重に舞い上がった。
 ファーフナーが床に転がっていた椅子を爪先で小突いた。
「破壊が次善の策なら、罠を張るとするか……」
 敵は構造的に凹凸のある場所は乗り越えられないはずだ。障害物を置けば進路をある程度固定できる。
 そうしていると、微かなモーター音が近付いて来た。
「……しっかしまぁ、随分と造ってくれたモンだぜ」
 小田切が苦笑いを浮かべた。ノレンバが押し寄せて来たのだ。
 黒子は事前に頭に入れた地図を思い浮かべ、西側の壁を確認する。
 充分に充電していないノレンバは3分で動けなくなる。
「ですからおそらく充電器を破壊すれば……」
「成程、残った充電機に集まって狙いやすいな」
 ファーフナーは戦斧を振り上げた。あっさりと充電器が壊れる。そこに椅子を積み上げ退避場所を用意する。
「いますね」
 黒子が低く囁いた。
 埃まみれの床に何かが移動した形跡がある。その始点付近の壁沿いに丸い機械があるのに気づいたのだ。
 即座に護符を取り出す。
 が。
「……ぐー……」
 カオスレートゼロの黒子、睡眠攻撃に撃沈。
「おいっ大丈夫か?」
 小田切が滑空して来る。
「とりあえずこのキー挿し込めば……」
 だが効果範囲は約4m、天井までの高さは約3m。
「……ぐー……」
 カオスレートゼロの小田切、続いて撃沈。だが直前に挿した制御キーが1台を停止させていた。
 
 白野 小梅(jb4012)が拳を握り、目をキラキラさせる。
「ロボットぉ!! カックイー!」
 獲物を見つけた猫のように、小さな体に力が満ちていく。
「でもぉ、たおーす!」
 だがまずは充電器を減らすのが作戦である。魔女の箒を振るうと、飛び出た幻影の黒猫が充電器に飛びかかる。
「ねーこーねーこー、つーよいぞぉ〜♪ 電化製品はぁ〜充電出来ないとぉ〜粗大ゴミぃ♪」
 でたらめな鼻歌を歌いつつ、箒を抱えてノリノリだ。
「制作した目的は素晴らしいのですが……途中で色々な大切なものが行方不明になっておりますよね……」
 キャットフィールドが倒れた黒子と小田切を回収する。
「さすが久遠ヶ原なのです」
 こくりと頷く黒猫。これで全てが納得できる魔法の言葉だった。

「案外厄介な相手らしいな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)のサングラスの下の眼差しが鋭くなる。
 睡眠攻撃が強力なら、インフィルトレイターの自分も気をつけねばならない。
 が。
 今日に限って着て来るスーツを間違えた事にまだ気付いていなかった。
 色は同じだが、今着ているのは抗魔のスーツ。現在CR−の彼が気をつけるべきは睡眠バステではなかったのだ。
「行くぞ」
 こちらへ向かって来る丸い機械にPDW FS80の銃口を向ける。引鉄に指を掛けた瞬間……

\ヒャッハー/

 エッカートが豹変した。
 だからお母さん言ったでしょ。クリーニングから戻ったら、ビニールのこっち側にちゃんと種類書いておきなさいって。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だァー!」
 普段のニヒルな男前はどこへ消え失せたのか。PDWは火炎放射器V-07に替わっている。
 バレットストームの炎を撒き散らしながら、エッカートは無防備に地下室深部へと突っ込んで行く。
 こんな状態でも壁は破壊しないのがまだ救いとは言えるが……。
 その時だった。

 パン。

「たわばっ!?」
 エッカートが頭を妙な方向に傾けると、そのまま床に崩れ落ちた。
「安全地帯から敵を一方的に狙撃するのがインフィルの醍醐味よね」
 菊開 すみれ(ja6392)が可憐な唇で、ログジエルGA59の銃口を吹いた。
「機能停止って……止める相手違ってませんかー?」
 巨大な黒猫が身震いしている。
「大丈夫、アウル弾の威力は当社比60%ぐらいだから死にはしないわ」
 すみれが得意げに言い放った。ヘッドショットを喰らったエッカートの(色んな意味での)無事を祈るばかりである。
 風羽 千尋(ja8222)は暫し無言でその光景を眺めていた。
「えー……っと。仕事だと思って来たんだけど、何これ遠足……?」
 危険な機械を止める依頼だと思ったら、危険な人を止める依頼か!
「というか、これマジで昇進試験なの? センセも大変だな」
 少し同情心も湧いてきたので、風羽は真面目に取り組むことにした。
 エマーソンは最終防衛ラインである。そもそも到達させてはいけないのだ。
「うん、とりあえず自分が倒れないようにしておくか」
 風羽は可能な限り対抗スキルで防御を固める。
 一方、勢いで突っ走る者もあり。
「ここでルンb……じゃなかったノレンバが向かって来るのを待っていればいいのだわ!」
 入口前に陣取り、フレイヤ(ja0715)が自らの名前と同じ大鎌を構える。
(纏めてブラストレイで吹き飛ばせば簡単なのだわ。味方も巻き込むけど、目的のためにはしょうがないよね!)
 現時点で既にヒャッハー寸前である。



 西側でのカオスは、なんとなーく東側にも伝わって来た。
 若杉 英斗(ja4230)が改めて白川に確認する。
「場合によっては壊しちゃってもいいんですよね?」
「ああ。逃がすぐらいならそうしてもらえれば助かる」
 外は撃退士だらけ。想像するだけでひどい光景だ。
「分かりました。なんとかします!」
 英斗の生真面目な受け答えに、白川は満足そうに頷いた。
 その瞬間、英斗が光纏。
「久遠ヶ原のシリアス担当とは俺の事だぁー!」
 白川は一気に不安になった。
「先生、外には出しません。ここは俺に任せてください!」
 キリリと輝く眼鏡を今は信じるしかなかった。
「よし、では頼んだよ」
 白川は真っ先に地下室へ飛び込んで行った。

 櫟 諏訪(ja1215)は藤咲千尋(ja8564)を気遣いながら、階段を下りていく。
「大丈夫ですかー千尋ちゃん?」
「シュコー(うん大丈夫! がんばっちゃうよー!!)」
 強く頷く千尋のポニーテールが揺れる。皆を応援する為のチアガール姿の短いスカートからは何故かもこもこパンツが覗くという残念さだが、それよりも違和感があるのは顔を覆うガスマスクだった。
「シュコー(これで睡眠も効かないよ!!)」
 ででーん、ででーん。
 櫟は何処かから謎のBGMが聞こえて来たような気がした。
「さて、楽し……もとい頑張りましょー! まずは充電器を壊してしまいますよー?」
「シュコー(じゃあわたし見張ってるね!!)」
 ぐぐっと拳を握る千尋。
「なるほど、充電器を減らせば一か所に集めやすいか」
 加倉が頷く。

 最下部に着く。白川が蝶番側を破壊したので、扉はそのまま室内に倒れていた。
「さぁ行くぜ!!」
 久我 常久(ja7273)が身を躍らせた。
 だが次の瞬間、ぼゆ〜んと戻ってくる巨体。ちょっと隙間が狭かったらしい。
「ちょ、待って……!?」
 何故か加倉が必死に久我の身体を支えている。お互いに実に不本意な密着だ。
「すまねぇ、ここまでのようだ……ワシを置いて先へ行けぇ!」
 と言われても。階段幅は約2m。普通の体型の者がすれ違うのもやっとである。いわんや、もちぽん。
「久我っち、それ無理……って、わああああ!?」
「いつまでそこで遊んでいるの?」
 無情なリリアードの声と足裏を背中に、加倉は久我と共に室内に押し込まれた。
「リリィ、待って、こr……」
 加倉の意識はそこで途絶えた。
 アスハ・A・R(ja8432)が背中を踏み締め、嘆息する。
「眠っている、な。ノレンバめ酷いことを……」
 いや、ノレンバは辺りに居ない。そしてこういう時の犯人は、大体第一発見者と決まっている。
 アスハは自らが使ったスリープミストで眠る加倉と久我を置いて、素晴らしい速度で室内に飛び込んで行った。
 続いてリリアードが加倉の背中を踏みつけていく。
「面白いコトを堪能するなら最前列の席に限るワァ」
 マリアは踊るように加倉の背中を踏みつけていく。
「先生や愁也くんたちと離れない方がいいわねぇ。だって面白そうだからv」
 華やかな笑い声を後に、2人は先頭集団を追いかける。



 一団を見送った後、小野はどこか悲しげな表情で首を振る。
 小野は気付いたのだ。最大の敵は(やっぱり)味方にいる事を。
 特にあのふたr……
 最後まで言葉にするととても怖いことになりそうで、小野は慌てて自分の口を塞ぐ。
「ええと今回はつまり、ジュリーの進級試験ってこと! 上手く行けば、こっちの進級試験にも役立つかも知れんしな!」
 敢えて楽しい想像で気を紛らせる健気な小野。
 その時、足元から唸り声が聞こえた。
「うーん……背中が重い……何故か懐かしい感触……ゲル投げ……」
 加倉が歯軋りしている。余程辛い夢を見ているようだ。
「一臣さん? それはもう大丈夫やで?」
 優しく肩を叩くと、がばと起き上がる加倉。
「ハッ! 友真、嫌な夢を見たぜ。まるで橋にでもなったような……」
 その背中にはくっきりと数人の足跡が。友真は優しくそれを払ってやる。
「そうね夢ね……もう安心していいんやで……」
「と、どうなった? 皆は!?」


 夜来野は自らに『聖なる刻印』をかけ、辺りを見回す。
(タイプS……指揮機を先ず見つけなければ)
 視界に入った1台に飛び乗り、制動キーを差し込んだ。
 うぃん。
 ノレンバはすぐに停止した。
「遥久、大丈夫か?」
 月居が声をかける。全身タイツ姿の月居は、身体を丸くして地面に横たわっている。本来の充電器を破壊した後に擬態し、集まってくるノレンバを捕獲しようという作戦……らしい。
「ああ。愁也ちょっと」
「何?」
 夜来野は近付いてきた月居にノレンバを渡し、機動キーを捻った。
「え、遥久、なにg……ぐー……」
 ノレンバを抱えたまま月居が倒れ込んだ。
「成程。事前の情報通りの効果だな」
 夜来野は頷きつつ、取り出した鎖で月居の掌を軽く叩いた。
「てっ!?」
「起きたか。すまない、睡眠はすぐに解除できると思ったからな」
 薄くついた傷を癒しながら、さもすまなさそうに夜来野が眉をひそめる。
「え、いや、大丈夫! うん」
「そうかじゃあこれを」
 即座に月居に鎖を握らせると、夜来野はまたキーを捻る。
「え?」
 怨念の鎖の両端を握り締めたままのふたりの足元で、ノレンバが起動した。

 アスハは背後から近付く奇声に振り向く。
「ひゃっはーーーー!!!」
 自分に向かって疾走してくるノレンバの上に、全身タイツ男が乗っていた。
 別の1台の上には緑と紫に点滅する光纏の夜来野が乗っている。見た人間がトラウマを植え付けられそうな姿だった。
「お待たせしました。お届け物です」
「流石だ、な。ハルヒサ」
 アスハが楽しげに目を細めて、くるくる回っているノレンバの上の月居にラリアットを喰らわした。

 充電器がまた1つ吹き飛んだ。
「なんだか手応えがないわね」
 マリアは物足りなさそうである。
「うふふ、だったら面白くしてしまえば良いのよ?」
 ウィンクして見せるリリアード。
 楽しい計画をぼそぼそと囁き合うマリアとリリアードの頭上に、ノレンバが接近していた。
「……それ素敵。流石リリィね♪」
「でしょう?」
 くすくす笑いがほんの僅か止まる。
「……マリア、その前にやっぱり少し運動したいのだけど」
「奇遇ねえ。私も今ちょうどそう思っていたのよ」
 頷き合うと、背中あわせに立つ。
「マリア以外はみーんな敵! ノレンバには効かないなんてつまらないワァ!」
「うふふ……みんな眠っちゃえばいいのよ!」
 氷の夜想曲のユニゾンが吹き荒れる。ノレンバがいようといまいとお構いなしだ。
 次第にふたりの表情が明るくなっていく。
「……うふふ……アハ、こんな愉しいコトってあるかしら?」
「そうよね? だって依頼だもの、当たっても仕方がないわよねえ」
 普段とあまり変わらないので非常に分かりづらいが、CR−故のヒャッハー状態らしい。


 光景を見届け、加倉が呟いた。
「……皆が楽しそうな事だけは把握した」
 小野がいそいそと双銃を構える。
「俺らも負けてられへんな! 充電器一気に潰したろ!」
 東の壁際を見ると、充電中のノレンバが1台見えた。
「よっしゃー! 貰ったで、くらえピアスジャ、あっこれ巻込m……」
 気が付いた時には遅かった。
 ピアスジャベリン。直線状の対象全てを貫く攻撃力の高いスキルである。
「……」
 スッ。
 流れるように美しい動きで、小野が土下座する。
 危うく回避した加倉は、ひきつり笑いを浮かべ壁に張り付いていた。
「いや、まあ、誰にも間違いはあるからな……!」

 そうしている間に、別の1台が接近する。その後ろからもう1台。
 久我はコンクリートの床から何故か現れた畳を盾に、身を隠す。
「はっはぁ! これでこっちに来れまい! ワシ頭いい!」
 得意げな久我だが、畳の幅が横幅に足りない。
「友真、避けろ!」
 加倉がPDWの銃口を向ける。小野は絶妙のタイミングで横っ跳びに移動、そこにバレットストームが炸裂する。
「おわっ!? ワシを殺す気か!!」
「……」
 スッ。
 流れるように美しい動きで、小野が土下座する。何故か加倉の分まで。
「ごめんな、久我っち。でも緊急事態だからな」
 加倉の言う通り、周囲をノレンバ数台に取り囲まれつつあった。
「でもヒーローは諦めたりしない! こんなとこで終わってたまるか!!」
 小野は己を鼓舞する。
「こうなったらアレだ、効くかどうか判らんがな!」
 久我が飛び出し忍法「友達汁」を撒き散らす。だが相手は機械なので、フェロモンは効かない。いや、ある意味効いたのだろうか。敵が増えている。
「おい、早く、今のうちにぶっ飛ばせ……!」
 振り向くと小野と加倉は……寝ていた。
「ええい、ワシに全部おっかぶせるな! 仕方ねえな」
 久我の髭が伸びる、伸びる。
「昔話もちぽん太郎の始まり始まり〜」
 え、忍法「髪芝居」ってそういうのだったか?

 昔々ある所に、気持の優しい男が居ました。
 彼は人間に見捨てられたかわいそうな機械がいると聞き、何とかしてあげたいと思ったのです。
 (中略)
 機械達は男が自分たちを助けてくれたお礼にをしたいと思いました。

「という訳でさぁノレンバよ! ワシを竜宮城に連れて行くんだ!」
 久我は手近のノレンバに飛び乗った。


 櫟のアホ毛がぴくり、と動いた。
 千尋は接近して来る1台に、アシッドショットを放つ。
「シュコー!!(腐れー!!)」
「千尋ちゃん、そろそろですよー?」
 櫟の微笑みは優しい。だが目には妙な光があった。
「シュコー(うん、わかった!)」
 ふたりは手に手を取ってくるりと方向転換。寝ている加倉と小野を放置し、入口方向へと走り出す。
「あれ? どうし……」
 階段前で警戒に当たっていた英斗が、櫟と千尋に気付いた。
 だがしっかり繋がれた手と手に、思わず言葉を失ってしまう。
「ちょっと失礼しますねー?」
 櫟がそう言って横をすり抜けていくのを無言で見送る。



 巨大黒猫が、壁を駆け抜けていく。
「ノレンバーノレンバ……あっ」
 ちょうど真正面から1台が走って来た。キャットフィールドは壁走りのままダッシュ。
「これをあそこへぶっ刺せばいいのですよねー?」
 ぶんぶんふり回すのは制御キー……ではなく、冷刀マグロ。
「行きますよ!」
 振り被るマグロがピタリと止まった。
 床から近付く別の1台、その傍には小梅。
「ロボちゃん、こっちら♪」
 仲間と一緒に倒せば効率がいいだろう。そう思ったのだが……。
 キャットフィールドの前にはタイプA。小梅がおびき寄せたのはタイプB。不幸な巡り合いだった。
 突然キャットフィールドがもふもふの両手を上げた。
「スズキのパイはー! お菓子じゃないですー!!」
 等と意味不明なことを叫び、猛然と壁を走りだす。
「タイヤキにはー! 鯛は入ってないんですよー! ひゃっほーい!!」
 小梅はがっくりと座り込む。
「う、う……」
 小さな体が苦悶に耐える。それをじっと見ていたのはファラ。
 CR基準でバステを与えて来るならば、逆属性の人を襲うノレンバは危険性が低いはず。
「うん、とりま、ル……もとい、ノレンバの、巣……もとい、充電位置についたところを狙えば……」
 小梅を後に動きはじめたノレンバを、ファラが追いかける。フレイヤもその後をついていく。
「しょうがないわねえ! 私もついていってあげるのだわ!」
 意訳:ここにひとりにしないで。
 ヤバい。なんかすごく、皆ヤバい!

 その直後だった。
 ズギュゥウウン……!!
 突如小梅がつま先立ち、そして腕組みの上半身をブリッジ寸前まで反らして停止する。
「原子まで分解! にゃんこぉ!! オラオラオラオラ!!!!」
 カッと目を見開いて叫ぶ。妙な角度から繰り出されるニャンコ・ザ・ズームパンチの肉球が、直線状の敵をなぎ倒す!
 ……はずだったが、敵は1台しかいない。
「許さないのぉおお!!」
 トラウマでヒャッハー状態の小梅。脳裏に浮かぶのは、大好きなドーナツにたかる黒い奴の姿……。
 凪が小梅を冷静に観察していた。
「どちらにせよ、余り結果は変わらないみたいだけど」
 ひとまず同士討ちは避けたいところだ。背後から近寄ると、忍法「胡蝶」を使う。無数の胡蝶が舞い小梅の意識を刈り取った。
「どう? 正気になったかしら?」
 目を回した小梅を抱きかかえ、ふと見ると部屋の隅の充電器にノレンバが1台控えていた。
「ちょうど良いわね」
 敵が動き出すより先に制御キーを差し込む。タイプA、の文字が見えた。
 凪は両脇に小梅とノレンバを抱えて一度下がる。

 そこで凪が見たのは、むくりと身体を起こす黒子の姿だった。
「大丈夫? 怪我はない?」
 ノレンバと小梅を下ろし、様子を見る為に屈みこむ。
「………」
 運悪く小梅の攻撃がかすったらしく、頬には肉球型の赤い跡。
 黒子は無言のまま周囲を見回し、状況把握を試みた。
 結論。
「戦闘継続、ですね」
 さすがアスヴァン、自力で頬を治すと即戦線に合流する。
「指揮機が見つかればいいのですが。まずは近くから確実に潰します」
 つまり、奥は放置。作戦完遂の為には仕方ないことなのだ。白川や他の仲間がいるとしても……。

 その頃、エッカートは深く反省していた。
「俺としたことが、飛んだミスを犯したもんだぜ」
 皮肉な笑みで乱れた金髪をかきあげる背中に、白く残る靴跡。
「要するにCR−がまずかった訳だ。それならこれでどうだ?」
 ジャキン!
 PDWを構え直し、手近の充電器に向けてスターショットを放った。
 だが、突然男は頭を抱え、地面にうずくまる。そりゃCR+になってるし。
「うわあぁ……っ! よせ、やめろ、俺にピーマン近づけるなーー!」
 彼を責め苛むのは、数々の依頼で無理やりピーマンを食べさせられた苦い思い出。
 結構修羅場くぐってそうな雰囲気で、それがトラウマか。
 という突っ込みに呼応したように、高い打撃音が響き渡る。
「どこが完璧だ!!」
「ひでぶっ!?」
 風羽のハリセンが素晴らしいスピードでエッカートの後頭部を打ちすえていた。
「手間かけさせるなよ、全く……!」
 ぐったりしているエッカートの襟を掴んで、ずるずると引き摺って行く。
 退避所ではファーフナーが壁に寄りかかっていた。
「気分でも悪いのか?」
「大丈夫だ。気にするな」
 額の汗を拭い、息を吐く。
 タイプB。そいつを間近に見た瞬間、己の中の忌まわしい血が騒ぎだすのを恐れ即座に逃げ出した。
 そのまま任務を放棄してしまえばよかったのだ。
 だが長年の習い性で、「任務」「仕事」という言葉がファーフナーの足を止めてしまった。
 ……早い話がこの男、生まれついての社畜属性で。
 残るも辛い、逃げるも辛い。板挟み状態で出入口付近でひとり苦しみ続けていたのだ。
「ここは大丈夫だ。そいつは置いて行っていいぞ」
 ファーフナーがエッカートを指さした。



 白川は1人最奥部へとやって来ていた。これで万が一の際に誰も巻き込まなくて済む。
 取り出した眼鏡を装着する。……似合わない。寧ろ笑える。
 教授に借りた一昔前の試作品、CRを−にする眼鏡なのだ。眠るより、トラウマより、ヒャッハーがましだろう。
 不意に間近で女の声がした。
「あら、えーと白川ジュr……ジュリア? ジュリアンヌ? パリジェンヌ?」
 気がつけばフレイヤの周りには誰もいなかった。
 置いて行かれたかなとか、そういえばかくれんぼでも見つけて貰えないままみんな帰ったなとか、もしかしてこのまま『ぼっちのフレイヤここに眠る』とかかなとか、セルフトラウマで死にそうな思いをしていたので、変な眼鏡をかけた胡散臭い男でも遭遇できればテンションが上がる。
「あぁも! 面倒臭い名前ね! とりまジュリリンて呼ぶけど! 初対面だけど!」
「君も授業に出ていない口か。大学部だろう?」
 初対面という単語に、白川が薄い笑いを浮かべた。フレイヤ、試験が危ない。
「そそそ、そんなことないわよ!? 勿論覚えてるわ! だから心優しい私が貴方を助けてあげるのだわ!」
 慌てて言い繕い、大鎌の柄を立てる。
「よし、では指揮機を探してくれたまえ。恐らく近くに居るはずだ!」

「せぇんせー!!」
 空間を貫くように、高い声が響いた。
「亀山君か、大丈夫かね?」
 ふわふわ漂うケセランに掴まり、亀山がたゆたってきた。
「先生こそ、大丈夫です? 自分はもう、制御キーつこてしもたんで、S以外は壊してしまおか思うんですけど」
「それも仕方ないかもしれないね。だがよく来てくれた、助かるよ」
「えへへ、お仕事やしね」
 亀山は照れたように、だが嬉しそうに頬を赤らめる。
 フレイヤはふつふつと身の内に湧きおこる何かを感じていた。
 なによ、ぼっちで居るから構ってあげたのに。
 大体昇進目前? それに皆が力を貸してるとかちょっとありえなくない?
 黄昏の魔女フレイヤ。またの名を、幸せになりそうな奴を蹴落とす者。仲間と思っていた存在に裏切られ(たと思ったので)、本来の姿を取り戻す。
「あ、ノレンバなのだわ!」
 壁を伝って接近して来る1台を見つけ、問答無用でフレイヤはブラストレイを打ち出す。
(一緒にジュリリンとかジュリリンを巻き込んじゃうかもしれないけどワザとじゃないのだわわ!)
 業火が白川に襲いかかる。
「悪いわねジュリリン、貴方が幸せになろうとするなら阻まないといけないのだわ!」
 運命に狂わされたフレイヤの顔はアウルの光に照らされ、愉悦の表情を浮かべていた。どう見てもわざとである。
 だが予想外の出来事が起きた。青白く強い光が炎を散らす。
「危ない!」
 五芒星の楯を構えたまま、Rehniが歯を食いしばっていた。
「ジュンちゃん、大丈夫!?」
 背後に庇った愛しい人を振り向くと、亀山がびっくりしたようにこちらを見ていた。どうやら無事なようである。
「よか、った……」
 Rehniは安堵の余りへなへなと崩れ落ち、我に帰った亀山が抱きとめる。
「レフニー、無茶せんとって……! でも、ありがとうやで?」
「ジュンちゃん……」
 Rehniの顔が大事な者を守り切った満足感に輝く。

「ちょっと……どういうことなの?」
 はらり。
 フレイヤの纏う輝く青薔薇から、花びらが虚しく落ちていった。
 幸せそうな奴を一層幸せにしてしまった自分に、歯ぎしりする思いである。
「なによお……どうしてこうなるのよお……!!」
「待て、フレイヤ君!」
 八つ辺りオーラを感じ、白川が声を上げた瞬間。

 闇が訪れた。



 犯人は櫟だった。
「5分だけですよー? これで充電切れ、扉閉めて逃げられないですねー?」
 東側の扉は立ててあり、何故かそこでは宝井学園長の像が笑顔を浮かべている。
「シュコー……(なむなむー)」
 千尋がお手手のしわとしわを合わせて、目を閉じる。
 櫟も軽く目を伏せ、中の人の為に祈った。そしてすぐに顔を上げる。
「千尋ちゃん、大丈夫ですかー?」
「シュコー……コ!(うん大丈夫! あ!)」
 ガスマスクを外し、千尋は大きく息を吐く。
「もうマスク外してもよかったね。ぷはー実は結構ゴム臭かったの!!」
 ふと見ると櫟が笑いを堪えている。
「え? え? なに、すわくん、どうしたの?」
 ふと見下ろすと、ゴーグルに映る自分の顔。マスクの跡がくっきりと赤く残っていた。
「うわああん、見ないでええ!!」
 真っ赤になってマスクで顔を隠す千尋に、櫟がこつんと額をくっつけた。
「マスクの跡がついてても千尋ちゃんの可愛い顔が見える方が嬉しいですよー?」
「あばばばば……すわくん、ちょっと!!」
 今日もふたりは仲良しである。


 だが扉の向こうでは、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されようとしていた。

 すみれはとりあえずしゃがみこんでいた。
「部屋の中央には絶対に近寄らないよ?」
 もしこのまま進めばどうなるのか。
 また服が破れてポロリ展開とか。
 ラキスケに巻き込まれたりとか。
「もう分かってるんだから。お約束的なお色気展開には付き合ってられないもん!」
 膝を抱えて頬を膨らませるすみれ。フラグ立てまくりである。

「何が何だか! とりあえずジュリリン、説明して欲しいのだわわ!!」
 青紫色の光を纏い、フレイヤが座りこむ。
「大丈夫かね?」
 踏み出した白川の足がピタリと止まった。
「ミスター、ご無事で何よりです」
「……君もだ」
 夜来野の光る眼、警戒色のように点滅する紫と緑の光纏が怪しすぎる。
「ところで珍しいお姿で……」
 言いかけた夜来野は、駆動音に気付いて口をつぐむ。
「あー……そういや『偶然にも』センセの周り、充電器ほとんど残ってたんだよなあ」
 暗視モードで動画を撮影しつつ、月居がぴしゃりと額を叩いた。こりゃまいったね!
「でも怪しい光の遥久もやっぱカッコいいな……!」
 月居はわくわくしながら、親友の為に撮影を続ける。任務<(超えられない壁)<遥久の図式は不変だ。
「まずはタイプSを探そう」
 制御キーはひとり1本。ノレンバに挿してタイプを見極め、AかBならキーを抜いて破壊する。
 白川の提案に夜来野が頷いた。
「それしかないでしょうね……と、ミスター!」
 夜来野が足元を指さした。白川は接近するノレンバに即座にキーを刺し、タイプを見極めようとした。
 その瞬間。
「そちらはお似合いになりません」
「何!?」
 白川は薄れゆく意識の中、眼鏡を手に微笑む夜来野と、ノレンバを抱えた月居の姿を見た。

 ゆっくりと倒れる白川にマリアが気付いた。
「先生が眠ってしまったの? じゃあ膝枕でもして……」
 だが既に、夜来野が白川を支えている。
「何か?」
 満足げに輝く笑顔が向けられた。
「いいえ。遥久くんが膝枕してあげるのね?」
「ええ。床は固いですからね」
「うふふ、じゃあ残念だけどお譲りするわね」
 女子大生アウト、男子大学生イン。白川はそれを知らないはずだが、何やらうなされているような表情である。
「うう……遥久の膝枕……ッ!!」
 月居はノレンバを齧りつつ、それでもけなげに撮影を続けた。


「でも困ったわ。ノレンバが見えないわねえ?」
 リリアードの声は全く困っているようには思えない。
「仕方がないわ、暫く待ちましょ。それより、ねえリリィ、ちょっと」
 リリアードはマリアの指さす先を見る。
「なぁに? ……あら。立派なお腹!」
「でしょう? ずっと気になって仕方がないの」
 くすくす笑いが交わされる。
「なんじゃ? いきなり真っ暗になったな」
 止まってしまったノレンバの上で、久我が胡坐をかいていた。
 ふと気付くと、人の気配。
「フフ、とってもチャーミングだわ。ねぇ、マリア?」
「ええ、リリィ。もちもちよ?」
「嘘……だろ……」
 極上の美女2人がほっそりとした指を伸ばし、久我の腹に触れているのだ。
「いや待て、ワシはこれでもムードって奴が……」
「いいじゃなあい? 誰も見てないわ」
 すっ。3人の姿がリリアードの闇の帳に隠れた。
「ここから先は……お楽しみよ」(ぱふぱふぱふ)
「うおおお!!」
「あら素敵。ここはどうかしら?」(ぽふぽふぽふ)
「ぬおおお!!」
「あらん。私たちに不埒なお触りはダメよ?」(ゴスッ)
「ゴフッ!」
 何やら恐ろしい事態になっているようだ。

 その悩ましい声に、英斗がしゃがみこみ耳を塞ぐ。
「くそっ……! ハレンチ! 気が散る!!」
 辛すぎる記憶を呼び覚まされないよう、敢えてそちらに意識を向けていたせいもあるのだが。
 だがそろそろ記憶か、非リアの嘆きが我慢の限界に達しつつあった。



 頃やよし。
 アスハが135mm対戦ライフルを具現化。
「行け、ノレンバ……忌まわしき記憶と共に」

 ///<○> カッ

 ライフルが火を噴き、東側の扉を、続いて西側のバリケードを吹き飛ばす。
 その衝撃で目を覚まし、小田切が身を捻った。
「おい、何をやってるんだ!」
 アスハの口角がじわりと上がる。手に抱えていたノレンバから制御キーを抜きとり、地面に下ろした。
「出口がないと、ノレンバ側に不公平だろう?」
 まるでそれを待っていたかのように、残っていたノレンバが東西の出口へ向かって移動を始めた。
「チッ、あっち側は結局何をしたかったんだ!?」
 小田切が制御キーを抜いたノレンバを一撃で破壊する。
 東側の大部分、チーム【<○>】。何がしたかったかというと、遊びたかっただけ!

 だが結果からいえば、アスハの行動は皆を救ったともいえる。
 タイプSが自爆よりも仲間を逃がすことを選んだからだ。
「みんなぼっちになればいいのだわ……!!」
 フレイヤが呪いの言葉と共に倒れ込んだ。
「あんっ……!」
 すみれが己の身体を抱くようにして、床の上で小さく声を上げた。勿論、寝言である。
 そのすぐ傍を走りぬけていくノレンバに、制御キーが勢いよく差し込まれた。
 英斗はそのままの姿勢で、暫くぶるぶる震えている。
「みんな……無防備すぎるんだよ……!」
 カッと目を見開き、拳を作って吠える英斗。
「うおーっ! 久遠ヶ原の女子はみんなかわいすぎるんじゃー! しかもその気もないのに、思わせぶりなことばかり……ッ!!」
 叫んだ後、英斗は脱力して座りこんだ。そこは横たわるフレイヤとすみれの足先で、紳士的に背を向けてガードしているのが泣けるところだ。
 しかも脳裏には、手を繋いでキャッキャウフフと駆けていく櫟と千尋の姿。
「あー……どうして彼女できないんだろ……」
 それは久遠ヶ原七不思議のひとつかもしれない。

「若様、黄昏てんなあ……」
 小野がぼそっと呟く。
 加倉は東側のドアが破壊されていることに気付いた。
「ん? 諏訪ちゃんと千尋ちゃんが、いない?」
 千尋ちゃん。
 その単語に激しく反応した者がいた。
「だぁぁ復活させてんじゃねぇ!」
 アスハが解き放ったノレンバを追っていた風羽だ。
 踵を返し、ハリセンを振り被りながら突進。その移動エネルギーを籠め、加倉の後頭部を強打する。
「ちゃんづけで呼ぶなっつったろ……!!」
「ぐぼっ!?」
 意味もわからず加倉撃沈。偶々風羽も名前は千尋。女の子っぽくて気にしているので、その点にだけ常に鋭敏聴覚が働くのだ。インフィルじゃないけど。

 ファラはそんな混乱の中、任務を遂行していた。
「確かこっちに、充電器が集まって……」
 壁際に身を寄せ、そっと覗く。
「って、多いわーッ!!」
 中央の部屋は半分程しか探索されておらず、ノレンバ達が10台ほど溜まっていたのだ。どうやら順に充電しては走り回っているらしい。
「なにこれ……どんだけ充電する気満々な……ハッ!?」
 背後に駆動音。振り向かなくても分かる。

 ☆(ゝω・)vOH!

 やっちまった! ……後は本能の命じるまま!!
「ひゃっはー!」
 熱狂的に叫ぶ目の焦点が合ってない。
「おうおう、機械の分際であたしにあどれなりんちゅーにゅーとかやりおるやないかおーぅ!?」
 既に呂律も回っていない。
 どさり。
 目を回したキャットフィールドが落ちて来た。
「おさかなくわえて〜はだしぃのドラ猫〜」
 が、そのもっふもっふの身体の下には、1台のノレンバが蠢いている。
 ファラはふらつきながらもキャットフィールドを押しのけ、制動キーでノレンバをつつく。
「ええのんか〜……ここがええのんか〜……」
 何故かエコーのかかるねっとりした囁き声。
 カチリ。制動キーが奇蹟的に、しかるべき場所へ嵌った。
「……あれ、なにやってたっけ?」
 床に座りこみ、ファラは目をぱちぱちさせる。


「おい、どうなってるんだ?」
 エマーソンは困惑していた。階段の壁を丸い機械が2台、滑るように進み来る。
 瞬時に、撃ち漏らしがない攻撃方法を推し量る。
 タイプSが混じっているかもしれないが、外に出す訳にも行くまい。一か八か、ここで止めるしかない。
 射程に入った1台を撃ち抜く。スピードを上げ接近するもう1台を仕留め、素早い身のこなしで階段を駆け降りた。
 あの人数でノレンバの脱出を許すことなどあり得るか?
 胸騒ぎを押さえつつ、壁際に身を寄せる。駆動音がしないことを確かめ、エマーソンは踊り出た。
「大丈夫か!?」
 ある意味大丈夫じゃなかった。

「嬢ちゃ〜ん、ワシと竜宮城に行かんか?」
 久我がノレンバに乗ったまま、小梅を追いかけていた。
 壁際に追い詰められた幼女は箒を構え、小さな身体に力を溜める。
「おじさんがそこどいてくれないとぉ、まとめてふっとばす!」
「いやいや、ワシはこの亀を助けてやると決めたからな!!」
 そこで小梅の視線が、久我ではなく、その背後に移る。
「なんじゃ……?」
 振り向こうとした久我の耳に、ポップな音楽が聞こえて来た。
「マジカル・ルビィ見参ッ! ロリコンは蔵倫()に代わってお仕置きだ……!!」
 しゃらら〜ん☆
 飛び散るハートと星。
「わしが死んでも、ロリコンは死なず……!」
 がく。倒れた久我の周りにも、ヒヨコや星が飛びまわる。
「ったく、同じ部活じゃ記事にもできねえだろうが!」
 ルビィはマジカルステッキを斜めに構えて、びしっとポーズを決めた。

「…………」
「大丈夫か?」
 脱力し膝をつくエマーソンを、ファーフナーが気遣った。


 とにもかくにも、全てのノレンバが停止した。
 全員が地下室から出て、新鮮な空気を思い切り吸い込む。
「これがS型だったんだ」
 ファラが1台を指ですりすり。
「もう1台はどうなったのだね?」
 白川が辺りを見回す。

 大きく伸びをする月居に夜来野が声をかけた。
「愁也、少し早いが誕生日おめでとう」
 ずっしりと重い袋を手渡され、月居の顔が輝く。
「え? ここで開けていい!?」
「ああ。是非に」
 夜来野は穏やかな微笑を浮かべている。
「わーい何かな何かな♪」
 月居が袋を覗き込む。

 ド……ン!

「……すまないな愁也。建物の破損を防ぐにはこの方法しか……」
「わ、わーい……!」
 黒こげアフロ状態の月居ががくりと倒れた。
「という訳でミスター、もう1台の処理完了しました」
「あ、ああ……」
 複雑な表情の白川が頷いた。



 何はともあれ、慰労会へ。
『祝・昇進 星徹子殿 ジュリアン・白川殿』
 達筆の横断幕は夜来野の手によるものだ。
「白川センセー昇進おめっとさん!」
 小田切が白川とグラスを合わせる。
「有難う。決定であればいいのだがね」
「大丈夫だって! それより1枚いいか?」
 パシャリ。
 周りにピースサインの数人が写り込む。加倉は腕組みで遠くを見るポーズ。
「ジュリーは俺らが育てた……」
 ある意味それは正しいだろう。
 マリアがワイングラスを片手に、もう片方の手を白川の肩にかけた。
「先生、昇進なさるんですって? 美人助手が必要ならいつでも立候補よv」
「それは光栄だ。卒業後に覚えていたら是非。私も助手が雇えるように頑張るよ」
「ふふ、約束よ?」
 反対側からリリアードが囁いた。
「先生、お酒が足りてないわねv」
「いやいや、君達には大いに飲んでもらわないとね」
 リリアードの前に新しい瓶を差し出す。

 キャットフィールドがバスケットの中身を広げた。
「いっぱい食べてくださいですよー!」
 特大サイズのアップルパイとプディングだ。
「すごおい!」
「美味しそう!!」
 すみれとファラがほとんど同時に声を上げた。
「どうもですー!」
 キャットフィールドは満足そうに微笑み、お互いにジュースで乾杯する。
「わぁい! おなかぺっこぺこなのよ!」
 小梅が嬉しそうにお皿に向かう。黒子もアップルパイに好物のアイスを添えて貰い、もくもくと食べている。
「おいしいわねえ」とすみれ。
「おいしいの!」と小梅。
 改めて言葉にすると、何だか暖かい。
「おかわりどうぞですよー!」
 キャットフィールドの着ぐるみの顔が嬉しそうだ。

「千尋ちゃん、はい、あーんですよー?」
 櫟がプディングをひと匙すくい、千尋に差し出す。
「ええと……あー……ん」
 いつまでも慣れないあーんに赤面しつつも、やっぱり嬉しい。美味しい。

 その声を聞きつつ、英斗は片隅に膝を抱えて座り込んでいた。
「どうして彼女できないんだろ……」
 口の中で呟く。トラウマというよりは、人生の疑問らしい。
 ファーフナーは少し離れたところでグラスを傾けつつ、小さく笑う。
 彼にも青い悩み事を抱えていた頃があったのだろうか。

 フレイヤはグラスの中身を飲みほし、力強くテーブルに置いた。
「お酒足りないのだわー! あと野郎共ー! 服脱げー!」
「そうだ、脱げー! そんで絡めー!」
 アップルパイで酔っぱらったように、ファラが唱和する。
「ワシのは高いぞー? でも嬢ちゃん達ならちょっと割引するけどな」
 ガハハハと笑う久我。
「「却下」」
 フレイヤとファラが即答。
「どういう意味じゃあああ!?」

 エッカートは光を失った瞳で、焼きピーマンをもそもそと口に運ぶ。これは彼なりの反省のポーズなのだ。脱いで反省の方がましだろうか。一瞬そう思ったが、流石にやめた。
 己に厳しい課題を課す事が迷惑をかけた事に対する反省なのだ。
 反省しているのは他にもいた。
「ほんっとにゴメン……!!」
 拝むように風羽が加倉の前で頭を下げる。
「大丈夫、大丈夫! 気にしないでくれよ」
 ちゃん付けの誤解が解けて良かったのだから。

 星も座に加わり、珍しく白川にもビールなどついで満面の笑みである。
「おかげで助かったわ。本当にお疲れ様」
 エマーソンも少しシャツを緩め、くつろいだ表情だ。
「酷い目にはあったが、技術としてのノレンバは実のところ捨てがたいものがあると思うぞ」
 単純に放棄するには惜しいと思うのだ。尤も、致命的な欠陥を何とかしなければならないが……。
 その点については凪も同意だった。
「撃退士の支援に機械を使うのは悪くないかと思います」
 ほら見なさい。星が目でそう言っている。
「つまり――ここは逆の発想で」
 凪が確保していたノレンバを取りだし、いきなり制御キーを抜きとる。
「このタイミングで、支援効果が発生すると」
 ざわつく一同。凪は表情を変えないまま、キーを戻す。
「支援になるかと思います……あら?」
「ぐー……」
 星は卓に突っ伏していた。

 亀山は小野を前に、溜息をついている。
「こういうとき、なんか真面目に取り組んだら損した気がするんや」
「いや、それ別に悪いことやないと思うん……」
 小野が真顔で答える。Rehniも頷いた。
「それがジュンちゃんの良いところなの」
 不意に亀山がぱっと顔を上げた。
「だから、今日はちょっと弾けようと思うんや!」
 カチリ。
 ここにも隠しノレンバ。
「せんせぇー! なんかこれ、ちょっと可愛くなってきました!」
「待ちたまえ、酔っぱらいをヒャッハーさせるんじゃない!」
 腰を浮かせた白川の肩をアスハが押さえた。
「昇進オメデトウ、だ。是非部屋に置くといい」
 ここにも隠しノレンバ。
「君 も か……!!」
 
「ミスター、昇進おめでとうございます」
 キラキラの笑顔で夜来野がスプーンを差し出した。
「……有難う」
 回収したノレンバが気になる素振りで、スプーンから視線を逸らす白川。
「おや、恒例の出汁タワーの方が宜しかったでしょうか?」
 夜来野の部活での名物だ。
「それは貴重品だからね。遠慮しておくよ!」
「では」
 ずずい。夜来野が迫る。
 この男が何を考えているのかもかなり謎である。……単に面白いのだろう。
 横断幕が入るように角度を定め、月居がシャッターを切った。
「先生、研究室に飾る写真、パネルで用意しときますね!」
 無邪気な笑顔で親指を立てる月居。無邪気だからこそ困る面も……。


 こうして白川達の課題は終わった。
 そして学生達の進級試験も間近に迫っているのだった。

<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
 蒼閃霆公の魂を継ぎし者・夜来野 遥久(ja6843)
 撃退士・久我 常久(ja7273)
 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 魅惑の片翼・リリアード(jb0658)
 魅惑の片翼・マリア・フィオーレ(jb0726)
 おまえだけは絶対許さない・ファラ・エルフィリア(jb3154)
重体: −
面白かった!:13人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
未来へ繋ぐ虹・
風羽 千尋(ja8222)

卒業 男 アストラルヴァンガード
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
魅惑の片翼・
リリアード(jb0658)

卒業 女 ナイトウォーカー
魅惑の片翼・
マリア・フィオーレ(jb0726)

卒業 女 ナイトウォーカー
おまえだけは絶対許さない・
ファラ・エルフィリア(jb3154)

大学部4年284組 女 陰陽師
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA