●囮歩く
商店街の隅に所々ある薄暗い裏路地のひとつへと2人の少女が入る。
「鴉ねぇ……空を飛べるってのは羨ましい事だぜ」
「ですが、鴉の屯する商店街は、ちょっと美しいとは言えませんね……」
そう言いながら、エアコンの室外機のファンの音が響く裏路地をギィネシアヌ(
ja5565)とカタリナ(
ja5119)は歩いていた。
時折、カタリナが手に持った槍と手鏡を動かし、太陽光が当り光物に見えるようにして歩いていた。
「でも、空を飛ぶのはちょっとは憧れるぜ、リナさん」
「まあ……ネアさんの気持ちも分ります。私も鴉のような黒い翼じゃなくて、真っ白い純白の翼とかなら憧れます」
何やらカタリナの発する言葉の一つ一つに鴉を挑発するようなものが含まれているのは……気のせいではないだろう。
その後も狭まった道を愛称で呼び合いながら小柄な身体で素早く移動したり、横歩きしながら移動したりして奥へと向かおうとした。
そんな時、下から上に巻き上がるような強い風が巻き起こった。直後、その風に巻き上げられるようにして2人のスカートがヒラリと捲くれ上がった。
「きゃあ!? ああもう……パンツ穿いてくるべきでした!!」
「残念、スパッツでし――うぇぇっ!?」
自信満々に笑みを浮かべたギィネシアヌが言い終わる瞬間、カタリナの言葉に驚いた。
直後、鴉の鳴き声が裏路地に響いた。
同じ頃、別の裏路地でも同じ様に歩く2人が居た。
人ひとり通れる道には商店街の店のものだと思われるゴミ箱やらダンボールが置かれており、狭い道を狭くしていた。
そんな道を横歩きしたり、跨いだりして通り、時折身に纏う鎧が壁にぶつかり金属が擦れる音を立てながら、機嶋 結(
ja0725)は片手に持ったスマートフォンを見る。
「向こうも同じ様に移動中……ですね」
地図アプリには自分が歩く現在地と共に少し離れた場所に赤いシンボルが2つ移動していた。
どうやら、A班のカタリナとギィネシアヌの2人の現在地を示しているようだ。
そこから少し進んだ先には、常木 黎(
ja0718)が動きやすい服装を活かして路地を歩きながら、時折ポケットに入れた手鏡とペンライトをそれぞれの手に持つと、空にかざし光物をアピールしていた。
スマートフォンを収納し、結も誘き出す為に事前に購入したガラス玉と手鏡を光が当たるようにしながら歩いていた。
「さて……此方にきなさいな」
そう呟きながら上手く陽の光を当ててキラキラと光らせながら、結は心で思う。
(「……他人を優先し護る。仕事とはいえ、私も良く引き受けたものですね……」)
心の中でボヤキながら、結は黎の後を追いかけながら歩いていた。
そんな時、裏路地で風が舞い上がった。
「……来ましたか」
「へえ、そこらの猛禽類より迫力あるねえ……さ、レイヴンハントと行こうか」
軽く巻き上がるタイトスカートを押さえる結と呟きながら苦笑する黎は、それぞれ武器を構えるのだった。
●囮観察
風に煽られスカートの中から、軽いレースの施されたライトブルーのパンツと黒いスパッツが見え隠れしている頃、ミリアム・ビアス(
ja7593)はビニールシートを被り、貯水タンクの傍で隠れていた。
彼女の視線の先には、けたたましい鳴き声を上げ、裏路地目掛けて滑空していく大鴉が2羽見えた。
が、すぐに銃声が鳴り響き、鳴き声がしたと思うと続け様に1羽裏路地へと入って行った。
そこから少し視線を移動すると、鴉守 凛(
ja5462)と戸次 隆道(
ja0550)が商店街の中にある民家の屋上に構えているのが見えた。
「ゴミ漁りしか脳のねぇ鳥類が! 悔しかったらきやがれってんだ!」
ギィネシアヌの若干ビビリ気味の声が聞こえると同時にもう1羽大鴉が裏路地へと滑空していった。
それと同時に凛と隆道が屋上から裏路地に飛び出していった。
ここはミリアムも飛び出すべきだろう。しかし、彼女はジッと待つのだった。
結の黒レースのパンツが風で翻ったタイトスカートからほんの少し見えた、と同時に上空から襲い掛かってきた大鴉の1羽に対し、黎は銃を抜くと躊躇いも無く引鉄を引いた。
撃ち出された弾丸が大鴉を掠めると、黎は笑みを浮かべた。……軽い挑発だ。
その挑発に乗ったのか、大鴉は大きく鳴くと仲間を1羽呼ぶと、2羽でまとめて襲い掛かってきた。
2羽は一直線に滑空し、黎と結を連続的に攻撃しようとしていたのだろう。だが、1羽目の大鴉に上空から放たれた矢が掠め体勢が崩れた。
「クキカカカ……ッ! たかがカラス如きが、この兵器であるわたくしに敵うとでも!!」
建物の屋上から身を乗り出し、ショートボウを構えた小島 三十八(
ja8073)が金属の仮面越しに笑いを上げる。
体勢が崩れた1羽目は後ろとの衝突を防ぐ為にすぐに急上昇するために、羽ばたいた。
だが、その寸前に再び1羽目へと上空から矢が放たれた。
「ボクの腕では百発百中とはいかないけど動きを牽制するぐらいは出来ます!」
シャルロット(
ja1912)の放った矢によって動きを妨げられた大鴉は、後ろから移動していた2羽目と衝突し地面へと落ちた。
それを屋上から黒百合(
ja0422)は観察し、狂気の笑みを浮かべた。
(「羽根を散らし、地に堕ちた鳥って素敵よねぇ……あははははぁ♪」)
●害獣駆除
「ネアちゃん、私の後ろへ」
ビビリながら銃を撃ったギィネシアヌを自分の後ろに下がらせると、上空から強襲する大鴉の攻撃を自身のアウル力を高めて十字槍で防ぐ。
十字槍の柄で大鴉の爪を押し留めながら、カタリナの背後からギィネシアヌが大鴉目掛けて銃を放った。
放たれた弾丸は真紅の軌跡を描き、大鴉の胴体へと螺旋状の傷跡を作り出し、雄叫びが上がった。
しかし同時に、もう1羽の対処に遅れ滑空してきた大砲のような黒い巨体の突進を一直線に受けた。
「しま――くぁっ!?」
「くぁう!?」
突進を受けた2人の身体は路地へと倒れ、壁に手をついて急いで起き上がろうとする。
そして、2人を攻撃した大鴉は嬉しそうに鳴くと続けて3羽目がもう一撃当てようと滑空し近づいてきた。
だがその直後、商店街に連なる屋根を駆ける音と共に上空から2つの影が飛来した。
迫り来る3羽目を叩き落そうと、大剣を振り被りスカートからスパッツを覗かせる凛が飛び降りた。
「痛みは分かち合いたい……。だから……貴方も避けないで下さいね……」
歌うように呟き……その大剣を大鴉へと叩き付けた。
更に上空へと戻ろうとする2羽目の大鴉の背中へと跳んだ隆道が、体重を込めたかかと落としを打ち込んだ。
「ああ、飛べないようにしておかないといけませんね」
言いながら、片足で片翼を叩き蹴ると地面に落とした。地面に落下した大鴉の片翼は圧し折れ、二度と空を飛ぶことは出来ないだろう。
それでも再び飛び立とうと折れた翼をバサバサ羽ばたかせる大鴉、大剣で地面に叩き付けられ嘴が折れた大鴉、胸に弾丸を撃たれ苦しそうにもがく大鴉。
仲間を心配しているのか、裏路地から見える上空からは数羽の大鴉が羽ばたくのが見えた。
それに気付いた隆道は上空に向けて冷酷な笑みを浮かべると……踏んでいた大鴉の首を踏み付けた。
踏み砕く感触が隆道の足を伝わり、隣で凛も叩き付けた大鴉にとどめを刺していた。
「こっちを向いて……下さい……」
どうやら此方も上空の大鴉への挑発だろう。
結果、怒り狂った2羽の大鴉が隆道と凛に目掛けて鋭い爪を尖らせながら襲い掛かってきた。
だからだろう、襲い掛かる大鴉へと……建物の屋上からミリアムが飛び降りているのに気付かなかったのは。
「もーらい……」
おっとりとした口調と共に、1羽の大鴉の頭部目掛けてミリアムのかかと落としは炸裂した。
それはさながら、ギロチンが振り下ろされるようであり、凛を狙っていた大鴉は地上へと失墜し……落下の衝撃を緩和したミリアムはふわりと路地へと舞い降りた。
同時に最後の大鴉が、隆道へと爪を尖らせて体を引き裂こうと急降下する。
「よくもネアちゃんを傷物にしてくれましたね! 許しませんっ!!」
急降下した大鴉の背後へと地面で頭を打ったのか、痛そうなたんこぶを作ったカタリナが怒りながら十字槍を構えていた。
そして、大鴉が隆道を傷つけるよりも先に、十字槍は吸い込まれるように大鴉の翼に突き刺さると上に振り上げられた。
黒い羽根が舞い落ち、片翼を切られた大鴉は壁に激突し、地面に落ちた。
壁に体を打ちつけた大鴉の黒い瞳には……自分に迫り来る槍の先端が映った。
別の裏路地でA班が戦い始めたのと同じ頃、シャルロットと三十八によって衝突し地面に落ちた2羽の大鴉は再び飛び立とうと翼をバサバサと羽ばたかせる。
そんな1羽へと黎が近づき幅広のナイフを抜くと、鶏の血抜きの要領で首を掻っ切った。
ナイフの切れ味が良かったのか、黎の腕が良かったのかは分らないが、ぱっくりと首が切れ目に沿って裂け……思い出したように血が噴出した。
「鴉にも知恵はあるだろうけど、害獣じゃハンターにゃ敵わないさ」
そう言いながら、興味無さ気に黎は狩った大鴉から視線を空に移した。
そして残るもう1羽に対しても、結が命じられた機械のように淡々とした動作で握った大太刀を振り下ろした。
ふと視線を感じ空を見上げると、3羽の大鴉が路地裏を怨めしそうに見ているのに気付いた。
どうやら仲間を殺された事に怒りを感じているのだろう。
「もう一度言います……。さあ……此方にきなさいな」
頬に付いた血を拭わず結が淡々とした口調と共に、握った大太刀を空に構え大鴉の注目を集めようとする。
大鴉達にとって不快な気配を纏った彼女はすぐに標的と認識されたのか、2羽の大鴉が獲物を狩るように上空から堕ちるように裏路地目掛け急降下していった。
残る1羽は様子見をしているのか、結を睨み付けながら旋回を続けていた。
だがその動きを止めるように急降下する1羽の前に、大剣を構えたシャルロットが立ち塞がる。
「……燃え盛れボクの剣……人に仇名す天魔に断罪をくだせ!」
言葉を紡ぎ、燃える紅蓮の炎のように猛々しいアウルを体に纏わせ、通過する大鴉へと握り締めた長大の刃をシャルロットは力強く横に薙いだ。
そして大鴉が大剣を過ぎた頃には……上下に分断され、絶命していた。
同時に迫り来るもう1羽を牽制する為に、三十八が高笑いと共に上空に向けて矢を撃ちだしていく。
だがそれを避けながら大鴉は距離を詰めていき、結への興味を失ったのか翼を広げて三十八を爪で引裂く為に襲い掛かった。
「クキカカカッ! このような攻撃、兵器であるわたくしに効くとでもっ!」
ガンドレットをはめた異様に長い腕で大鴉の爪を受けながら、三十八は高笑いする。
が、屋上ギリギリだったことを忘れていたのか、気付いた頃には地上へと落ちていた。
「クキ、クカカカカカッ! カラスごときと思って油断していたようですねッ!」
壁を蹴り、雨伝いのパイプを掴むと三十八は滑るようにして裏路地へと落ちた。
それを追いかけるようにして大鴉は翼を広げ襲い掛かってきた。
しかし、屋上から光の玉が大鴉目掛けて放たれた。
「あはははははぁ、堕ちろぉ! 堕ちろぉ! 堕ちろぉぉ! 堕ちて、焼かれて、死に果てろぉぉ!!」
屋上を見ると狂ったように笑いを上げながら黒百合が立っていた。
どうやら堕とす事を楽しんでいるようだ。
「楽しむのは優勢を確保してからで、ね? ……って、優勢だったわね」
気持ちは分るのか屋上の黒百合を見ながら黎は言い、ホルスターから拳銃を抜くと落下する大鴉の両翼を狙って撃った。
狙いを定めた2発の弾丸は大鴉の両翼の付け根を撃ち抜き、羽ばたこうとする大鴉は地上に落ちていく。
その進路には結が立っており、構えた大太刀を流れるように振り下ろした。
「肉を切らせて骨を断つ、と」
淡々と呟き、結は大太刀を振るい刃の汚れを取り払うと……思い出したように大鴉の体は左右真っ二つに分かれた。
そして、残る1羽は彼らを警戒してなのか上空を滑空し近づこうとはしない。
それに対しシャルロットが矢を放つと大鴉はそれを回避した。だが、その直後ハルバードが突き刺さった。
どうやら、矢が放たれると同時に黒百合がハルバードを投げていたようだ。
刺さったハルバードにより体勢を崩し、大鴉が失墜し地面へと落ちていく。
大鴉の上へと黒百合は跳躍し、飛び乗ると突き刺さったハルバードを掴む。
「うふふふふふふぅ……堕ちなさい、羽根を散らしてぇ……♪」
掴んだハルバードを大鴉の体に深く捻り込むと同時に、黒百合の体重も増え落下スピードは速まり地面へと堕ちていく。
このまま落ちれば大鴉も死ぬだろう、しかし黒百合は捻り込んだハルバードを内部から引裂くように取り出すと大鴉の頭に左手を乗せた。
「さぁ行きましょう……彼岸の底までぇ……♪」
楽しそうにそう言って、左手を地面へと突き出した。
直後、左手を通して肉が潰れる感触と共に、黒百合の小さな体に落下の衝撃が伝わった。
●インテリ殿に物申す
「ごめんなさい、しっかり守れなくてっ。痛くないですか?」
「は、恥ずかしいんだぜ……、というかリナさんは下着はいてな……ごにょごにょ」
明るい商店街に出たと同時に拳を出そうとしたギィネシアヌへとカタリナが抱きつき、頭を撫でる。
それに対して、恥ずかしそうに彼女は顔を赤くした。
その周りでは2人を面白そうに見る者、大鴉の死体を見ている者、義手が壊れていないかを確かめる者と様々なことをしていた。
それからすぐに死骸回収を行う為の作業者が現れ、同時にメガネを掛けた男性職員がやって来た。
「よくやった。これで商店街は静かになるだろう」
言うだけ言うと即座に作業者に命令を出す為に職員は歩き出そうとする。
そんな背後に、カタリナが呼びかける。
「そういえば、希望者が依頼を受けるシステムはご存知ですね? 諸々の理由によって初動が遅れるケースも発生しがちです。さて、こちらでのお話も含めて学園に報告させていただきますが……」
普通の笑みを浮かべているはずがとっても恐ろしいオーラを纏わせるカタリナに職員は振り返る。
「……すまない。依頼説明の時も今の発言も不快な思いを与えていたようだな、以後気をつけよう、ありがとう」
そう言って頭を下げると、職員は作業へと戻っていった。
そんな2人のやり取りを見て、ギィネシアヌは小声で呟く。
「しっかし、インテリってのはどうも好かねぇ人種だぜ……うん」
「何か言いましたかネアさん?」
「いっ、いやっ、何でもないんだぜ! と、とりあえず依頼は終わったんだ。帰ろうぜ!」
ギィネシアヌはビビリながらそう言うと逃げるようにその場を離れた。
それに続くように他の仲間達もこの場を離れていった。
去っていく10人の姿を、電線に止まったカラス達はジッと見るのだった。