●竹林を目指して
雪が解け切っていない山の入口に8人の撃退士が立つ。
その場で足を踏み締めてみると地面からは軟らかな感触とベチャというぬかるんだ土の音が響き、足を滑らそうとする。
だが彼らの靴には足場対策として事前に購入したワンタッチスパイクという装着タイプの滑り止めが付けられ、足が滑るのを防いでいた。
そして突然の奇襲に備えてか8人は如月 敦志(
ja0941)、グラン(
ja1111)の2人のダアトを中心にして隊列を整える。
「前回に引き続きまた熊か……とは言え、今回は既に被害者が3人……これ以上はやらせねぇぜ……!」
確固たる信念を持っているのか敦志が掌に拳を突き合せながら気合を入れる。
その後ろに立っていた戸次 隆道(
ja0550)は思案顔で何かを考えているがきっと本当の熊で人を食べていなかったら熊鍋にしたかったといった所だろう。
左横に立っていたフューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)は熊にも苛立ってはいるがそれ以上に創造主に腹が立っているようだ。
「ほんっとどこにでも出てくるよね〜何処の誰がやったのかわからないけど、許さないんだからね〜」
だがその怒りは創造主の耳には届く事はない。
後ろに立っていた別天地みずたま(
ja0679)は両頬を力強くパチンと叩くと怖がった自分に根性を入れた。
「よっしゃ〜! 春の化け熊退治ツアー出発しんこぉー!」
みずたまが掲げた拳と共に彼らは山へと入って行った。
右横を歩く橘 和美(
ja2868)が歩幅を狭め、極力滑らないように気をつけながら歩いていた。
残った雪で転びそうになったりもしたが、ワンタッチスパイクが利いたのか踏ん張りが効いて転ぶのを防げた。
だが、同じ様に踏ん張りが効くといわれるとそうとは言えない。その証拠に前を歩いていたカタリナ(
ja5119)がぬかるんだ地面に足を滑らせて転んだ。
が、寸での所で権現堂 幸桜(
ja3264)が急いで抱き抱えた。
「だ、大丈夫、リナ?」
「え、ええ……ありがとう、コハル」
そう言いながらホッと一息つくと、グランが静かにするように手を動かす。
如何してかと彼らが彼を見ると、鼻に指を当てた。どうやら鼻で周囲のにおいを嗅いでみる様に言ってるようだ。
言われるがままに鼻で周囲を嗅ぐと……微かに獣臭が感じられた。
そして、静かに向こうを指差すと竹林が見つかった。その先に目を凝らすと……居た。
●囮と奇襲
大熊を見つけると共に彼らは息を潜ませ、見つからないように隠れる。
フシュルルルと言う呼吸音が聞こえるが動いていないところを見ると気配に気付いてはいないようだ。
彼らは頷き合うと各々がする行動を開始する。
「それでは後の事はお願いします」
「それじゃあ行って来るね」
カタリナと幸桜がそう言って立ち上がると、すぐさま大熊に気付かれるように大きく走り出した。
その音に気付いたのか、大熊は2人の存在に気付くと雄叫びを上げ物凄い勢いで移動を開始した。
『GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
鈍重な体系に似合わず大熊は4本の腕を使い竹を圧し折りながら2人を追いかけていく。
「近づくとこれほど大きいなんて……!」
「あの四本の腕には気をつけて……!」
竹と竹の間を縫うように走り抜けながら2人は大熊の大きさに驚く。
そして暫く走り抜けると多くなった為伐採したのか竹が切られ、空間的に開けた場所へと辿り着いた。
「ここなら大丈夫ですよね?」
「そうですね。……リナ大丈夫、僕がついてるから」
振り返り大熊が近づこうとするのを見ながら武器を構え対峙するカタリナだったが、肩を震わせていることに気付き幸桜は彼女の肩に手をあて、安心させる。
安心すると共に冷静になっていく心を感じながらカタリナは追いついた大熊の懐へと飛び込むと同時に握った剣を上から下へと振るう。
だが浅かったのか切断面からは、血は零れなかった。その反撃として4本の腕を振るい大熊はカタリナを狙う。
一の腕をバックステップで避け、爪で切られた服を気にする暇も無く続く二の腕と三の腕を剣で受け止める。
だが想像以上に大熊の拳は重かったのかカタリナの動きが一瞬止まり、そこに四の腕がカタリナを薙ぎ払おうと――。
「しっかりしてください、リナ!」
「――っ、幸桜っ!」
しかし大熊の顔へと幸桜の放った光の玉が当たり、視界を遮り四の腕が空を薙ぎ、カタリナは大熊の懐へと跳び込み剣を突き刺した。
今度は深く刺し込んだからか、引き抜くと同時に血が噴出しカタリナを赤く染め上げた。
『GORAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
大熊が叫び、自らを傷つけた者達に対して怒りの声を放つ――それと同時に。
『待たせたなカタリナ、幸桜。準備完了だ!』
通話状態にしていた電話が2人の耳に付けたイヤホンを通してヴァラハの声を届けた。
直後、光の玉が大熊の片目と体に撃ちこまれた。
「まずは情報器官を叩きます」
「あんま調子に乗るなよ? 感電しちまいな!」
敦志の叫びと共に、光の玉の1つが電気を放ち大熊を感電させる。
「こういうのは一撃目が大事っと、天狼斬いくわよっ!」
大熊への奇襲が始まると共に和美が太陽からの光を浴びて光輝く大太刀を振り被り、力を込めて大熊の腕へと振り下ろした。
狙った腕は硬く刃を防いだ。しかし、確固たる意思が込められた和美の一撃はその腕を斬り落とした。
『GURYAAAAAAAAAAA!!』
「デカ過ぎっ! 化け熊って言うよりもう怪獣じゃん? ――絶対に野放しには出来ないね」
咆哮を上げる大熊を見ながら、さっきまでビビっていたみずたまが目を細めると足に力を込めて熊の体を駆け登った。
硬い体毛と筋肉質の肉体を踏み締めながら登り切ると共に首元に隠し持っていた胡椒入りのビニール袋を大熊の顔に投げつけた。
顔の周囲に散らばった胡椒に大熊は激しいクシャミを立てる中、ヴァラハが竹を伝い大熊の頭に飛び乗ると力を込めた両手で顔面を抑え込む。
「いくら大きくたって……工夫してバランスを崩しさえすれば投げる事もできるんだからねっ!」
そう叫び、懐に飛び込むようにして体を大熊の内に持ち込むと梃子の原理で大熊の体は丸まり、一本背負いのように地面に叩きつけられようとするが、大熊は足に力を込め倒れるのを堪える。
「だったら、バランスを崩させれば!」
踏ん張る足へと隆道が蹴りを打ち込んだ。直後、大熊の体は浮き、山を揺らすほどの音と共にその巨体は地面に倒れこんだ。
●熊殺し
続けて攻撃を一斉に行おうと大熊へと8人は接近しようとするが、大熊の口から山中に響き渡るほどの雄叫びが放たれた。
『GUUUURRRRRRRRYOOOOOOOOO!!』
雄叫びが彼らを怯ませると共に大熊は巨体を動かし、倒れた体を起き上がらせると反撃を行おうとすぐ近くにいた隆道を狙おうと近づく。
だが背後に気分を害するオーラを纏いカタリナが立つ。
「こちらを向きなさい!」
その声に反応するように大熊は荒い息と共に振り返ろうとする。
そんな大熊にみずたまが再び駆け寄り、大熊はそれに気付き近づかせまいと3本となった腕を振るう。
だが大熊の行動を邪魔するように光の玉が顔目掛けて当たる。
「援護するから、でかいの決めろみずたま!」
「了解! でかいの行くね、ライジングニークラッシュ!!」
そう言ってみずたまは脚にアウルの力を集中させると雷のようなスピードで駆け出し、大熊の体を再び駆け登り顎下へと膝蹴りを打ち込んだ!
この時、バチンという音と共にみずたまのスカートの中から水玉色の布地が見えたりもしたが今は気に留めるべきではない。
「やっ――えっ!?」
雷と化した一撃に大熊の頭は空を向いた、しかしすぐに力を込め視界を戻すと共に自由落下しようとするみずたまの体を地面に叩き落すとカタリナへと体を向けた。
『GGGGGGAAAAARRRRROOOOOOOOOOO!!』
叫び声を上げると共に大熊は体に力を込め、カタリナに向かって一直線に突撃をした。
それに対しカタリナは自身のアウル力を防御に全て注ぎ、大熊のタックルを受けた。
大型鉄球並みの衝撃がカタリナの体を軋ませ、吹き飛ばされそうになるの堪える。
「……今の、うちに……攻撃をお願いしますっ」
「わかったよ! 即効でケリをつけるね!」
和美が叫ぶと共にがら空きとなった大熊の腹へと大太刀を振り下ろした。
その斬撃にあわせるように敦志が傷口に向け光の玉を撃ち出す。
痛みを感じるのか大熊は吼え、3本の腕を振り回し相手を接近させないようにしながらもカタリナを潰そうと押し続ける。
しかし、それを突破しようと頑張る者たちはいた。
「熊の情報器官をもう一度狙撃します。ですから後はお任せします」
グランがそう言い、周りが頷くのを確認すると光の玉を生み出し一直線に大熊の目へと撃ち出した。
光の玉が大熊の片目にぶつかると同時にヴァラハが駆け出し、それと共に脚に星のような輝きが纏いながら点滅を繰り返していく。
しかもその輝きは点滅する度に輝きを増していき、大熊に接近する頃には最大の光を放っていた。
「いい加減に……ふっとべぇっ!」
叫びと共にヴァラハの輝く脚は空へと蹴り上げられ、大熊の腹に激しい衝撃を打ち込んだ。
この衝撃により大熊は口から胃液がカタリナに向けて吐き出された。
突然の事に驚いたがカタリナは防御に専念しようとする。しかし胃液によって地面に泥濘が生まれたのか……。
「――あ」
驚く暇も無くカタリナはその場で尻餅をつき、目の前からは大熊の巨体が迫っていた。
だが、激しい衝撃よりも先に横から何者かによって突き飛ばされた。
「危ない! リナ!!」
「え、コ――ハル!?」
自分を突き飛ばしたのが幸桜だと言う事に気付いた直後、彼の体は横から大熊の体当たりを受け竹林に体を叩きつけられた。
それを見てカタリナの表情は真っ青に染まり震えた。同時に満足しているのか大熊が両腕を空にかざして吼えた。
『GAAAAAAAAAAOOOOOOOOO!!』
だがそれは周りからしてみれば好機に見え、本能が従うままに隆道は体内でアウルを燃焼させながら空中で体を回転させ大熊の腹へと強化した蹴りを打ち込んだ。
痛みに耐え切れなかったのか大熊の体はくの字に曲げられ、顔面へと攻撃が簡単に届くほどだった。
『――行って、ください……リナ……』
「コ、コハルっ! 無事ですかっ!?」
イヤホンから聞こえる最愛の人の声にカタリナは無事を確かめる。
『僕のことは、大丈夫ですから……早く、止めを……!』
本当はすぐにでも駆け寄りたいのだろうが、それを堪えながらカタリナは剣を構え直す。
同時にみずたまと和美が構え大熊へと走る。
「ラストスパート、行くよ!」
みずたまのギロチンのような蹴りが大熊の首に打ち込まれると続くように和美の白く輝く大太刀が大熊へと振り下ろされた。
「喰らいなさい、煌く星があなたを切り裂くっ! 天、狼、斬ッ!!」
「グナーデン・シュトース!!」
最後にカタリナが舞うかのように回転し、握った剣をゆっくりと正確に横に薙いだ。
『GUROO――』
その鳴き声を最後に大熊の首は断たれ、斜めに頭は切れた。
●静寂を迎えて
「コハル、コハル……しっかりしてください!」
「リナ、無事に倒せた……みたいですね」
涙を流し必死な表情で自分を見るカタリナに微笑みかけながら、幸桜は彼女の涙を指で拭う。
あれだけの巨体に押し飛ばされたのに外傷があまり無いのはどうやら竹が衝撃を吸収してくれたのだろう。
安堵の息を漏らすカタリナを見て、幸桜は周囲を見渡した。
「さて、熊食べたい人いるの……?」
苦笑しながら和美が問い掛けるが、やはり誰も食べるということを言う事は無かった。
普通の熊なら良いだろう、しかしこれはサーバントである上に人を食べたのだ。
「ん〜……こんなクマ食べても大丈夫なのかな〜? 心配だよ〜。なんか身体に悪そ〜……」
ヴァラハが言うのを皮切りに、
「もちろん私は遠慮しておくわ」
「勿論食べませんよ」
和美がそう言うと続くようにグランも爽やかな表情でそう言う。周囲に襲われた3人の遺品が無いかを調べる為に歩き出す。
同じ様にグランも和美とは違う方を探し始めた。
しかしそれでも見つからなかった為に、恐る恐る大熊の死体を切り開き内臓を見てみると……消化し切れなかったのか3人の所持品であろう物が見つかった。
「……必ず遺品は家族に渡しておきますから、安心して成仏してください」
和美とグランが手を合わせ犠牲となった者の冥福を祈り、彼らの所持品を回収していく。
そしてそれが終わると、グランは大熊が山のどの辺りから来たのかを調べる為に周辺を散策し始めるのだった。
そこから少し離れた場所では隆道と敦志の2人が、地面に手を当て微かな手触りを頼りに筍を探し当てていく。
筍の周囲の地面を軽く掘り、根元から次々と掘り起こして行き全員が食べる分を収穫し終えると彼らの元へと戻り、調理を開始し始めた。
持ってきた鍋に湯を沸かし、切った筍と新わかめを入れだし汁と調味料で味を調え敦志は若竹煮を作る。
「簡単なもんだけど旬のものは美味いぜ、よかったら皆も食ってくれ」
にかっと笑いながら、プラスチック製の器にそれを容れて差し出す。
しかし、若竹煮だけでは物足りない。そう思っていると隆道が焚き火に突き刺していた竹を取り出す。
細工した蓋を開けると暖かな湯気と芳しい香りが上がる。
なんと、中身は筍ご飯だった。どうやら米を持って来ていたようだ。
更に焚き火の下から皮のまま熱した結果、ホクホクとなった筍が姿を現した。
「これだけあれば十分ですよね? それじゃあ、いただきましょう」
隆道がそう言うと、お腹が空いていたのかヴァラハとみずたまが合掌と共に勢い良く食べ始めた。
焼き筍からはザクザクという歯ごたえと共に、ほっこりとした暖かさと筍本来の味が口一面に広がって行く。
「雛祭りの日に依頼で、チラシズシいただいたんです」
「そうなんですか?」
重なり合う様に幸桜とカタリナが座り、筍ご飯を食べる。
竹で炊かれたから竹の香りがご飯に染み渡り、瑞々しい味が口いっぱいに広がって美味しさを生み出していく。
「これみたいに筍がいっぱい入ってて美味しかったですよ」
「じゃあ、この筍を使ってリナの作ったチラシ寿司が食べたいな……」
そう幸桜が言うと、カタリナは恥ずかしそうに微笑むと立ち上がる。
「ふふ、じゃあがんばってみます。でもコハルはここで待っていてくださいね」
カタリナは笑うと筍を探す為に動き始めた。
帰ったらきっと二人きりで手作りのちらし寿司を食べさせ合うのだろう。
少し早めの旬の味覚を味わいながら、彼らは戦いを忘れて英気を養うのだった。
様々な思いを胸に秘めて……。