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8人が森へと入ると薄雲が覆う空は木々によって隠され、じめじめとした寒さが周囲を包み込んだ。
森の中を歩く度に靴は水気を含んだ枯葉と緩くなった地面の感触を伝えて行く。
暫く進んで行くと荒々しい息が聞こえ、巨大な物体が見え始めた。
自分達が気づいた様に向こうも気づいたらしく、巨大な馬はこちらを見始めた。
それと同時にヴェス・ペーラ(
jb2743)が不可視化していた翼を顕現させると上空へと飛んだ。
だが馬は攻撃を仕掛ける意志が無いのか、ジッとこちらを見ているだけだった。
そして馬の大きさにばかり目が行っていたが、直ぐ側に蛇が立っており、その表情は仮面の様な笑みだが脂汗が滲んでいた。
「くすす、皆様でしたか……くすす、今すぐ逃げ帰るなら手は出しませんよ?」
「貯めていた勝利の報酬を頂きに来たよ蛇。今日勝ってこのゲームに白黒だす」
紫園路 一輝(
ja3602)が言いながら、足を前へと出す。
それに続き、エルム(
ja6475)が前に出る。
「貴方のゲームに付き合わされるのは、そろそろ終りにしましょう」
「なかなか良い馬だ。私のスレイ程ではないが……」
L・B(
jb3821)がそう言いながら、カードを地面に置くとスレイプニルを召喚した。
黒と蒼の馬竜が現れると同時に暗青の鱗を持つ竜も姿を現した。草薙 雅(
jb1080)のストレイシオンだ。
ストレイシオンが翼を広げると、周囲に立つ味方の体を優しい青光りが包み込んだ。
その一方で、レイ(
ja6868)は別の事を考えていた。
(ウーネさんおらんのか……どうしてやろう……?)
その気の迷いが大惨事を引き起こさないか心配だ……。
そんな戦う意志を見せる彼らを蛇は笑みを作りながら、後ろへと下がり……同時に馬が猛り立った。
戦いの始まりだ!
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戦いが始まると共に馬は森中に響き渡る程の鳴き声を上げると一直線に彼らに向けて突進してきた。
黒い弾丸となった馬の攻撃を防ぐ為に、新崎 ふゆみ(
ja8965)とレイが前へと飛び出した。
「だーりん★ 愛のぱわーで、ふゆみを守って」
闘気を解放したふゆみは菱形の盾を構え、レイは重心を低くし衝撃に耐える様に待ち構える。
そんな2人へと馬は体当たりし、衝撃が2人の体を貫いた。
弾かれそうになる盾を持つ腕に力を込め、重い衝撃に足が地面に沈むがふゆみとレイは仲間を守る為に盾を強く握り締める。
(このまま敵を引きつけるぐらいの気持ちでいかないと!)
だけどこのままではジリ貧となりかねない、そんな時に上空からヴェラが蛇の様な幻影を放ち、馬目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
だが木々で視界が悪いのか、あまり効果は無かった。
しかしその隙を狙い、盾を持つ2人の背後から馬の横っ腹へと一輝が素早く移動すると共に蹴り込んだ。
そして更にマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が一輝が蹴り込んだ腹へと重い拳を打ち込んだ。
それにより馬の体勢が反れ始め、エルムが真正面から朱色の刀を突き出した!
「秘剣、翡翠!!」
肉が裂け、血が噴出す中、馬の体は斜め前に向きそのまま滑る様にして進んで……横転した。
だが馬は即座に体勢を立て直すべく、立ち上がろうと四肢に力を込めるが……立ち上がれなかった。
何故なら馬の腰の辺りへと、黒焔が鎖の様に束ねられた物が何も無い空間から地面に縫い付けていたからだ。
どうやらマキナの拳に何かが仕掛けていたらしく、馬は鳴き声を上げながらその場で体を捻り、鎖を断ち切ろうともがく。
(あまり動けないみたいだが、用心するにこした事は無いでござるな)
雅がそう思いながら、ストレイシオンに指示を出す。指示を受けたストレイシオンは翼を広げるとバチッと音がし、雷電を馬に向け放った。
雷に一瞬怯んだようだが、馬はなおも鎖を断ち切るべく暴れる。
そんな馬へとLのスレイプニルが近づくと威嚇する様に体を反らし上げ、鳴き声を上げた。
「お前は目立つからね。だがそれがいい。少しシンドイが、耐えておくれよ」
その威嚇に反応し、馬とスレイプニルの蹄がぶつかり合う。ガキガキと蹄同士が音を立てる中、一輝が距離を取りながら側面へと回る。
「そう言えば最近馬刺し食ってないな……美味いのかな?」
きっとディアボロは美味しくはないだろうが、そう呟きながら一輝は刀を鞘から一気に引き抜き、素早い居合いを見せた。
すると振り終えると共に刃から輝くアウルが放たれ、鞘に戻ると同時に命中し馬の腹部を斬り裂いた。
痛みに馬は慄き、声を上げるがスレイプニルとの蹄の打ち合いはやめない。
更に上空からヴェスが森に視界を遮られながらも蛇の幻影を呼び出し攻撃を行う。
上空からの攻撃に対処し忘れていたのか、それともそんな攻撃は通じないという意思の表れなのか、それとも……。
蹄を鳴らしながら、馬の荒い鼻息は外気の寒さで白く蒸気の様に噴出している。
そんな馬の背にマキナが飛び乗ると手綱に掛けるかの様に鋼糸を首に巻きつけた。
「馬乗りをしてみたかったんですよね」
ロデオの様に暴れる馬から振り落とされまいと両手に力を込めながら、彼女は馬の首に鋼糸が絞まっていくのを指先で感じた。
だがその度に黒焔の鎖は千切れ始め、馬は徐々に立ち上がろうとし始めていた。
そんな中でのLのスレイプニルとの闘争、マキナの首を締め付ける鋼糸、そんな中で馬に更なる一撃が加わった。
「もらった!」
エルムの声と共に刀が目にも留まらぬ速さで馬の脚部目掛けて振り下ろした。そしてしばらくして紫焔の軌跡が走り、刀が通り過ぎた事を示した。
スレイプニルへと再び蹄を当てようとした馬だったが、ぶつかる寸前に前の片脚が滑る様にして地面へと落ちた。
そして切断面からは血が噴出し、馬は慄いた。そんな中で樹の上から馬へと飛び掛る影があった。
(地面がしけって、やーらかいなら……地面にめり込んじゃわないかなっ)
わくわくしながらふゆみが馬の頭上へと、両足を揃え蹴り込んだ。
結果は彼女としては少し残念だったろうが地面を抉りながら背後に下がっただけだった。
「だったら、もう少し立てないようにするぜ!」
言いながらレイが髑髏がついた杖で馬の後ろ足の向う脛を力一杯に殴りつけた。
馬は痛みに片足を崩し座り込むが、直後に怒り狂った鳴き声と共に上半身を高く伸ばすと力の限りに血が出ているにも拘らず地面を踏み締めた。
その踏締めは馬を中心に森の地面を揺らし、その揺れは周囲に立つ彼らを転ばせ、乗っていたマキナも背から落ちてしまった。
すぐに起き上がろうとする彼らだったが、一時的だろうが立ち上がる事が出来なかった。
「敵も本気を……いや、ただではやられぬという事でござるか」
地面に膝を突きながら雅は地面に手を当てた。すると翼を広げていたストレイシオンが消えて行くと共に雅の居る地面から上がるようにしてスレイプニルが姿を現し、その背に雅を乗せた。
「おぬしの最後、拙者がつけさせてもらう! 我の心の怒りと憂いを、汝が喰らいて力を宿せ! 我と汝は共に在り!」
剣を構え、雅は意識を集中しスレイプニルと意識を共感させると馬を見据えた。
それに気づき馬も立ち上がるとまっすぐに足を伸ばし、突進の体勢を取る。だがそれに対し、雅もスレイプニルに特攻を指示する。
直後、2つの弾丸は飛び出し、ぶつかり合った。だがその背には雅は乗っておらず、地面を素早く転がっていた。
どうやらスレイプニルを囮にし、雅は奇襲を仕掛けるべく体を丸め移動していたのだ。
だが、あと少しという所で馬は脚を上げ、雅を踏み潰そうとする。
「今だ、スレイ!」
しかし馬が片脚を雅に向けた瞬間、Lの声で彼女のスレイプニルが声を上げ馬を反対側から蹴り飛ばした。
雅に向けられようとしていた脚は急いで自分の下へと引くが、横転していく体を支える事は出来なかった。
その倒れる馬の先には……剣を地面で支えた雅が居た。
そして、馬の首に――剣は突き立てられた。
「この勝利は我らの絆の賜物……。名残惜しいが永劫の闇へと帰られよ」
静かに言った雅は剣を振り、胴と首を分割するのだった。
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「くすす、流石ですね皆様」
足が動くようになり、馬が動かなくなった事を確認する中、蛇は笑みを浮かべながら近づいてくる。
そんな蛇の前に一輝が立つと、勝利の報酬を求め始めた。
「先ず一つ、そこの巻き蛇を取り前へ投げろ、蛇は動くな」
「くすす、それは聞けない相談ですわ。私は何処を斬っても良いし、殺して構わないとだけ言ってますもの」
そう言いながら一輝の言葉を払い除けた。
蛇の動作を見ながら、エルムは事前に話し合った可能性の確信を抱き始める。
そんな時、ふゆみがちょっと陽気に蛇に話しかけた。
「蛇、って変な名前だよねっ。ほんとーは、ちゃんとした名前があるんじゃないの☆」
「くすす、どうしてそう思いますの?」
「だって『蛇』じゃあ……腕に付いてるそれだけ、みたいじゃん★」
ふゆみの言葉を聴きながら、蛇は笑みを浮かべるだけだった。
そのまま静かに膠着状態が続いていたが、蛇が残念そうに溜息を吐いた。
「いい加減に私を殺してくださらないなら、帰ることにいたしましょうか」
「……その指、治さないのかい?」
立ち去ろうとした蛇へとLが不意に語りかけた。彼女は戦う意志が無いのか、目の前でスレイプニルを帰しつつ訊ねる。
「ええ、殺していただくのに治すのでは意味がありませんもの」
それを聞きながらLは続けて問い掛ける。
「好戦的なお前、臆病な君、本物はどちらなんだろうねぇ」
「くすす、お好きなように思ってくれて構いませんわ……ではぁ」
お辞儀をし、蛇は今度こそ帰ろうとする。……が、そんな蛇の前へと雅が進み出てきた。
「悪魔でも人間でも辛いことがあるでござる。拙者の命は……くれてやる。だから正気に戻れ!」
叫び、雅は蛇を力強く抱き締め、そのまま強引に唇を再び奪った。
ちなみに前回は蛇が物凄く動揺していたが、今回は……物凄く冷めた瞳をしていた。
そんな蛇の背後へとこっそりと近づく影が1つあった。ふゆみだ。
手には袋に入れられた粉の様な物が見え、背後に近づくと袋の中身を振りかけた。
それを見ながら腕に巻きついた蛇はチロチロと舌を出し入れしていた。だが、主の顔を見た瞬間……固まった。
「やっぱり思ったとおりだ。腕の蛇、あなたが蛇だね」
一輝がそう言って蛇の腕に巻きつく蛇を指差した。
そう、ふゆみが掛けた粉、それは死霊粉だったのだ。戦闘では役に立つ訳が無いアイテムだが、今この瞬間では限り無く疑問を払拭させるにふさわしいアイテムだった。
ゾンビの様に見える蛇の腕には、巻き付いたまま変化する事が無い蛇。
直後、巻きついた蛇は裂ける程口を開いて笑った。
『くすす、素晴らしい。素晴らしいですわ、よく分かりましたわね。くすすすす』
でも、と蛇は続けて言う。
『残念ですわ残念ですわ。折角貴方達を人殺しと言う事が出来ると思いましたのに、本当に残念ですわぁ。くすすす――す』
言い終えようとした瞬間、ふゆみの背後からヒリュウが飛び出すと物凄いスピードで巻きついた蛇へと近づき、その細い首を咥えると一気に少女から引き剥がした。
蛇が離れた少女の体は雅の腕の中でビクリと跳ね、気を失ってしまった。そして、ヒリュウは少し離れた場所まで飛ぶと蛇を口から放した。
「よくやったね、ウィグ」
えっへんとするヒリュウの頭をLが撫で、撃退士達は地面に落ちた蛇を見る。
『くすす、少し油断しましたわ。今度は注意しないといけませんわね』
「次は無いよ。これでゲームは終わりだ」
蛇を見据えながら、一輝は刀を構える。更にマキナが散弾銃をエルムが刀を、Lがウィグを召喚したまま待機しヴェスが再び上空へと飛んだ。
もう逃げる隙も無く、蛇はただやられるだけだろう……なのに。
『くすす、私に構っていていいのですか? ほら、殺されるはずだった子を見てみなさい』
笑いながら蛇は雅が抱き抱える少女を見るように言う。
少女は先程と同じように気絶したままだったが、顔色は……物凄く青かった。
恐る恐る雅が少女の額に手を当てると、物凄く熱かった。
『ただの人間なんですから、指がこんな風になったまま放置してたら何か病気に感染してたりするんじゃないでしょうか? 早く連れ帰ってあげなくて良いのですか?』
笑いを堪えるように蛇は自らを囲む撃退士達に言う。
あの様子を見る限り一秒でも早く少女を病院に連れて行くべきだろう。だが今目の前には無防備な蛇が居て、倒せるチャンスがあった。
『ああ、可哀想ですわね。折角、私から助けられたというのに私を殺す事を優先した皆様のせいで死んでしまうんですのね。くすす、くすすす』
撃退士達が悪いと言う言い方をしながら、元凶は笑う。その言葉を聞きながら、一輝は歯を食い縛らせ……刀を納め……。
「皆さん、すみません……。蛇、次は容赦しない」
折角助けられる事が出来る命を無駄には出来ない。その想いと蛇への怒りを込めた言葉を残し、撃退士達はその場を離れて行った。
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森を離れ、急いで病院まで行くと少女は直ぐに処置室へと連れて行かれ、今はベッドの上で眠っていた。
横たわる少女を見ながら、一輝は浮かない表情をしつつも少女が求めた救済に応える事が出来た事に少なからず救われていた。
「紫園路さんは聡明ですね。私には思い至らない――と言うより、思い当たっても実行しないと言うのが正しいですね」
そんな彼へとマキナが話しかける。どうやら蛇の正体の事を言っているのだろう。
きっと彼女なりの励ましなのだ。
「敵は滅する。が、私の行動原理であり求道ですから……だから、素直に羨ましいと思いますし、素敵だと思いますよ。一輝さん」
そうマキナは少し微笑みながら言った。
そんな会話を聞きながら、雅は席を立つべきか悩むのだった。
公衆電話の前ではエルムがディアボロの撃退と共に蛇の正体を報告していた。
「はい、ですから巻きついた蛇をどうにかしないといけません。はい、はい……」
近くのベンチではLがアンパンを食べており、考えるのにも糖分摂取は必要と言うことだろう。
隣ではふゆみがダーリンの愛の力にきゅんきゅんさせていた。
隅の方ではレイが窓の外を眺めながら、ウーネミリアの事を思っていた。
(とりあえず、ウーネさんと蛇さんって何か関係あるのかな?)
今度また戦いの場で彼女に会う事が出来たなら聞いてみよう。そう彼は思うのだった。
(くすす。長い間使っていましたが、そろそろ変え時だったから良かったですわね)
森の中、細長い体を滑らせるように蛇は移動していた。
目指すは遊び相手にしている悪魔のアジトだが、もう少し歩く為の足が欲しいといえば欲しいものだ。
『そうですわ、そうですわ。彼女は良いですわね』
何かを思いついたように蛇は声を弾ませながら、移動するのだった。