●畑を育むもの
夏が近づいているからか、畑へと向かう道の先には大きな入道雲が見え空は太陽が照りつけ……ザワザワと木々を揺らしながら、熱い風が吹いてくる。
そんな中、太陽から身を隠す事も出来ない農道を8人の撃退士達が歩いていた。
(なぜ撃退士を呼ばせたのか分らぬ……何かの罠なのだろうか?)
肌から溢れてくる汗に夏を感じながら、酒井・瑞樹(
ja0375)は疑問に思う。
「日本の食料自給率は低い……だから農家の人はしっかりと守らないといけないと思う!」
太陽と同じ位に元気なレイ(
ja6868)が両手を天に掲げながら叫ぶ。
後ろではエルム(
ja6475)へと蘇芳出雲(
ja0612)が質問をしていた。
「……と言った感じね、ウーネミリアは」
「なるほど、少女の方は心当たりはありますか?」
「まったく分らないから、危険な依頼になりそうな気がします」
出雲の言葉にエルムは答え、謎の少女に不安を感じ始める。
だが、畑は徐々に近づいていき……彼らの眼に、あぜ道に座る2人の少女が映った。
同時に2人の少女もこちらに気づいたらしく、片方は歓迎する様に手を振り……もう片方は、薄っすらと笑みを浮かべた。
「くすす。良く来てくださいましたわね、撃退士の皆様」
笑みを浮かべながら、含み笑いと共に少女はスカートを摘み華麗に挨拶を行う。
その少女へと出雲は手を上げながら問い掛ける。
「君が依頼の少女かい? 僕らを呼び出して、何が目的だい……見た所、君たちは化け物には見えないしね」
ただしその眼は油断なら無い者を見る瞳だった。
それに気づいているのか少女は笑みを作ったまま、彼らを見る。
「くすす、そう言って貰えるのは嬉しいですわ。ええそう、私達は戦う気はありませんわ。敵は畑にいますもの」
言いながら少女は畑へと招く様に手を向ける。何処か演技めいた態度に違和感を抱きながら、レイが口を開く。
「悪魔さん達の目的って一体なんだよ」
「くすす。畑に入ったら教えますわ」
「それじゃあ、私達で生かせてもらおうかね。グラム!」
L・B(
jb3821)はそう言って、あぜ道を滑り畑に立つと素早くティアマットを召喚した。
召喚されたティアマットのグラムは雄叫びを上げ、畑に降り立つ。
彼女に続き、紫園路 一輝(
ja3602)も畑に降り立つ。
「Lの姉御、足元気をつけてくださいね? 情報通り緩い所がありますから」
硬かったりスカスカだったりする畑の土を踏み締めながら、一輝は歩き2人は畑の中央へと歩く。
だが、地中に居る気配はあるのに、出てくる気配は無かった。
L・Bが胸元から阻霊符を取り出すと、光纏した。透過していたら蚯蚓は出てくるはず……だが、出て来ない所を見るとどうやら透過で潜っている訳ではないようだ。
「くすす。2人が頑張っているのですから、皆様も行ってあげたら良いじゃないですか。ウーネミリア」
「わかったよー★ えーい!」
少女の声に反応し、ウーネミリアが立ち上がるとあぜ道で様子を見守っていた者達を全員押し飛ばした。
結果、撃退士達全員が畑に入る事となり、直後……2匹の蚯蚓が地中から姿を現した。
「さあ、やっと始まりますわウーネミリア。私達のディアボロ、どちらが多く撃退士を倒す事が出来るかと言う勝負を」
「負けないよー! がんばれー、うねうねー★」
少女の意味を理解し切っていないまま、ウーネミリアは応援をするのだった。
●始まるゲーム
押し飛ばされて畑へと落ちたが軟らかい土壌で痛い思いはせず、即座に体を起こすとマキナ・ベルヴェルク(
ja0067) は身に宿る力を解放し、拳を構えて敵と対峙する。
太刀を収めた鞘を地中に突き刺し、瑞樹は一気に光り輝く太刀を引き抜くと柄を握り直す。
その視線の先にはヌルヌルとした蚯蚓……。
(ううう……足の無い生物は、に、苦手だ……が、武士ならば我慢なのだ!)
「デカ……ッ、何これどこのエロゲですか? ……っと、冗談言ってないで策の遂行と行きますか」
一輝が銃を構えながら、あまりの蚯蚓の大きさに驚きの声を漏らす。
また一方でエルムは碧色の柄を握ると、片方の手で鞘を引き……朱色の刀身を露にする。
「うわぁ……ヌメヌメしていてイヤな感じです……」
ピンクの肉からは体液が滲み出ており、枯れる事は無さそうな気がした。
レイはレイで転がり落ちた体を直ぐに起き上がらせると、逸早く襲われ難いであろう後方に移動し全体を見渡せる位置へと立つ。
全体を見渡せる位置に立ち、周囲の動きを洞察し始める。
そして、ヴェス・ペーラ(
jb2743)は地面に体が接地するよりも先に翼を広げ、少し滑空しつつ上空へと舞い上がる。
そのまま、金のラインが描かれた銃を構え、地上を見据える。
「グラム、そろそろ始まるよ」
ピンクの蚯蚓を黒の蚯蚓から見えない様にグラムが立ち塞がり、L・Bが側に立つ。
その間に蚯蚓共が攻撃を仕掛けなかったのは少女達が止めていたのだろう。
整った状況を確認し、出雲が少女達を見る。
「こういう遊びなら僕らは付き合うさ、だけど農家の人に怪我をさせたのは不味かったね」
「けど、そうしないと来て下さらないでしょう? それじゃあそろそろ始めますわね」
少女が手を挙げ、下げると蚯蚓共は動き出した。
「まずは目印を付けさせてもらいます」
上空からヴェスが銃を構え、弾丸の形に練り込んだアウルを黒の蚯蚓へと撃ち込んだ。
その攻撃は蚯蚓を傷つける事は無かった。だが代わりに、たとえ地中に潜ったとしても何処に居るかが手を取る様に分かるようになった。
「行きます」
足に力を込め、マキナは地面を蹴り上げ一気にピンクの蚯蚓との距離を詰めると握り締めた拳を打ち付けた。
しかし、土が軟らかく力が篭り切らなかった事と、蚯蚓が思った以上に弾力性があった事もあり……決定打となる攻撃とはならなかった。
粘液の付いた拳を振り、マキナは畑に足を沈めない様にしつつ後退する。
同時にエルムが脇を駆け抜け、ピンク蚯蚓へと近づく。
「くらえっ! 秘剣、翡翠!」
叫びと共にエルムの高速の突きはピンク蚯蚓を穿ち、向こう側が見える穴が出来上がった。
だが蚯蚓の特性なのか血が吹き零れる事は無く、滑る粘液に混じって黄色の体液が混ざり始めるだけだった。
痛みを感じていないらしく、ピンク蚯蚓は縮めていた体を少し伸ばし始めエルムへと巻き付こうとする。
反撃に気をつけていた彼女は距離と取り、後退して行く……が運悪く緩い土に足を沈ませ、仰向けに倒れてしまった。
「くっ!? ――しまっ!」
起き上がろうとするエルムだったが、その足へとピンク蚯蚓が巻き付いてきた。
ヌルリとした嫌悪感と締め付けられる痛みが徐々に足から脚へと昇り昇り始めて行き、土の中から足を抜く邪魔をする。
そんな時、光り輝く軌跡が走り……彼女の足に登っていたピンク蚯蚓の胴体が斬られ、グネグネと斬られた部分を頭に体を振り回した。
「大丈夫か、エルム君っ? 立てるか? 手に捕まって」
その攻撃を放った主は、瑞樹だった。差し伸べられた手を掴むと、2人は急いで後ろへと下がる。そんな2人へと黒蚯蚓が細い体を振るい、鞭の様に襲い掛かってきた。
だがそれに気づいた一輝が黒蚯蚓に向け銃を構え、弾丸を撃ち出した。
放たれた弾丸は黒蚯蚓に命中し、茶黄色い体液を地面に垂らしながらグルグルと胴体をその場で揺らす。
「うわ……何と言うか気色悪い……。Lの姉御! 今の内に!!」
「さあ、良い声で鳴きな。グラム!」
L・Bがグラムに呼び掛けると応える様に鳴き声を上げた。瞬間、近くの木々から鳥の鳴き声が響き渡り、ピンク蚯蚓が伸ばしていた胴体を縮ませた。同じ様に黒蚯蚓も怯み、少し地中に胴体を戻し始めていた。
怯んだのをレイは見逃さず、素早く出雲に指示を出し始める。
「出雲さん、相手は怯んでるから今の内に攻撃だぜ!」
「分りました。さて、こちらは如何でしょうか?」
ピンク蚯蚓に問い掛ける様に出雲は言いながら、燃え上がった朱雀の絵が描かれた大ぶりの扇子を広げたまま……ダーツの様に投げつけた。
すると扇子は焔を纏い、ピンク蚯蚓目掛けて飛んで行き……命中すると共にブーメランの様に出雲の手へと戻ってきた。
そして、焔はピンク蚯蚓の表面を覆う粘液を蒸発させ、水気をあまり感じさせない様になった。
「これで表面で滑る事は無いですね」
力を黒い焔として具現化させた右腕を握り締め、マキナがピンク蚯蚓へと近づき……拳が当たる距離に立つと軟らかい土を踏み締め、力が伝わり易くなるのを確信すると共に全力の一撃をその胴体へと打ち込んだ。
先程と同じ柔らかな感触だったが、ヌルリとした体液は無く彼女の拳はピンク蚯蚓の胴体へと深く沈んで行き、硬いゴムを突き破る感触と共に粘り気のある冷たいモノに右手が包まれたのを感じ、手を引いた。
赤交じりの黄色の体液がマキナの手とピンク蚯蚓を糸の様に垂らしながら、彼女は右手の生臭さに軽く眉を潜めながら暴れるピンク蚯蚓から離れて行く。
「気をつけてください、下から来ます!」
そんな彼女に向けて、上空のヴェスが告げると同時にマキナの立つ場所の土が盛り上がるのに気づき……素早く片足を蹴り上げ、宙を回る様にしてその場から逃れようとする。
同時にまるで槍の様に地中から黒蚯蚓が飛び出し、マキナを早贄よろしく突き刺そうとした。だが、ヴェスの呼び掛けがあり、間一髪で貫通される事は無かった……しかし、このままでは肩に突き刺さる筈だった。
「危ない、マキナさん!」
レイの声と共にマキナを被う様に翼が広がり、黒蚯蚓の突きを防いだ。その代償として、レイは顔を歪めながら肩を押さえる。
土の上を転がりながらマキナがその場を離れると共に上空からヴェスが蛇図鑑を開き、生み出された蛇の様な幻影で攻撃を放つ。
「……行きます。はぁぁああああーっ!!」
ピンク蚯蚓を睨みながらエルムが闘争心を解き放ち、朱色の刀身を正面に向け痛む足に無理をさせずゆっくりと近づき……大振りに刀を振り上げると、全力で振り下ろした。
硬くブヨブヨとしたゴムの感触が手に伝わりながら、刀は沈み……柔らかな感触と共にピンク蚯蚓が開かれていった。
「さてと、いい加減全部見せて貰おうかな。グラム!」
同時に蛇の幻影に襲われる黒蚯蚓をL・Bの指示でグラムが掴むと、力を込めて一気に引き上げた!
魚が掛かった釣竿の糸の様に引っ張られる様にして黒蚯蚓の胴体が土の中から姿を露にし、巨大な姿が露となる。
「蛇っぽい印象でしたが、蚯蚓ですね。ならこちらは『蛇』の攻撃、いきますよ」
長い三節棍を掴むと、出雲が踊る様にしながら棍で身動きの出来ない黒蚯蚓を殴りつける。
さらに瑞樹が輝く刀身をその黒い胴体に突き刺すと横に振り切った。
「これで、最後だ!」
瑞樹の言葉と共にグラムが雄雄しく吼え、力を込めて黒蚯蚓の胴体を引き千切った。
●そして少女は名乗る
「あらあら、倒されてしまいましたか」
「うー、ウーネも遊びたいよー!」
動かなくなった2匹を見ながら、2体の悪魔は思い思いの反応をする。
そんな中、エルムが片方の悪魔を睨みつける。マキナを襲った黒蚯蚓の明確な殺意、それに覚えがあるのだ。
「あの時の……廃工場の虎型ディアボロは、貴女の仕業ですか?」
「ええ、私ですわ。ご挨拶をと思って行わせていただきましたの、面白い余興だったでしょう?」
くすすと笑いながら、少女は微笑む。
それを聞きながら、瑞穂がウーネミリアを説得する様に声を上げる。
「ウーネミリア、聞いただろう?! この少女がきみの大事だったモフモフを殺した犯人だ!」
「モフモフー??」
聞きながらウーネミリアは首を傾げる。どうやら、過去は振り返らないという事なのだろう……。
口を開かないマキナだが、その眼は警戒の意思を放っており……『敵』と認識していないだけなのだ。
(ああ、何だろう。このドキドキ……ずっと見られていたから、まさか恋の予感!?)
レイが顔を赤くしながらソワソワし出すだ、どう見ても熱中症+肩の怪我が原因だろう。
微妙な空気が生まれそうになる中、L・Bがアンパンを2つ持ち、声をかける。
「ウーネ、アンパンあげるからそっちの子の事を教えてくれないかい?」
「わーい、アンパンだー★」
両手を挙げながらウーネミリアが近づこうとするが、少女が諌める。
「駄目ですわよ、ウーネミリア。こんな下賎な人間なんかの食べ物を食べたりして、貴女の価値が下がるなんて嫌ですわ」
「うー、アンパンー……」
あぜ道に立ちながら、アンパンを持つL・Bを見下しながら少女は笑いながら、背を向ける。
「さあ、ウーネミリア。ゲームは撃退士の勝ちですので、帰りますわよ」
「はーい★ それじゃあ、ばいばーい!」
手を振りながら、ウーネミリアは空を飛びその場から立ち去って行った。
そして、少女も優雅にその場から立ち去ろうとする。そんな彼女を出雲が呼び止める。
「ゲームだったなら、僕らが勝ったご褒美を下さい」
「人間如きにあげるご褒美は持ち合わせておりませんわ、残念ですわね」
言い残し、少女は立ち去ろうとする。だが、エルムが今度は呼び止めた。
「私は、撃退士のエルム。貴女は?」
「しつこいですわね。ですが、これを褒美とさせていただきますわ。私の事はそうですね、蛇……とお呼び下さいませ。では……」
蛇と名乗った少女はスカートを摘み、令嬢の様に挨拶をすると風の様にその場から駆けて立ち去って行った。
そして、彼らは2体の悪魔を追う事は無く、ヴェスの用意した大型のシートへと倒した2匹の蚯蚓を包む作業に移るのだった……。
その後、蚯蚓がいた畑に植えた作物が例年よりも数倍以上の大きさとなったという話を聞いたとか聞いていないとか……。